遭遇戦より少し時間を巻き戻す。
リョウ達は昼すぎには問題もなく水場に到着した。
マールブルグは右手だけで器用に荷物を明けゴソゴソやっている。治療でもするのか。
昨晩彼女の持ちものを漁ったことを気付かれたのだろうか?用途不明の粉末や薬液の容器が沢山入っていた。ケータイや無線機等はなかった。
素人が手伝っても邪魔だろう。そんなことより水を飲む。美味い。頑張れば飛び越せるほど細い沢が流れている。その水を好きなだけ飲む。生き返る。
一息ついて周りを見回す。木々が生い茂っていて空が狭い。彼女と初めて会った場所はそうでもなかったがここは完全な森だ。
かなり深いところまできた。彼女は常に上空に気を配り、空から視認されないようなルートを選択していたようだった。
パンを沢の水でふやかして食べた。
彼女は皮を剥いだナマ蛇を食べていた。俺にもくれたが不味かった。
豆やパンや干し肉など携帯食料はあと7日持つように分配済みだ。分配をしたスーザンは警戒を俺に任せ軽く仮眠をとっている。
深い森に流れる穏やかな沢、少女が木の幹に背を預け静かに瞼を閉じて座っている。傍らにある剣も違和感なく、まるで一枚の絵のようだ。
絵の中に居るような俺はここが本当に現実なのかと不安になる。俺は帰れないのか?
もう少し寝かせてあげよう。年下の少女への当然の気遣いだ…当然?ただの少女だったならばな。
戦闘技術、食料の分配、進行ルートの選定、治療法、そして対空警戒。そのどれもが手馴れていた。訓練を受け、さらに経験も付与されている。
16歳程度の年齢の少女でしかないはずの彼女は普通のそれではない。顔色は悪く杖を突きながらも視線を空や周辺に向ける。
不自然な音や様子を捉えれば、とっさに杖を棄てナイフを1投、さらに腰の剣を抜剣する。折れてない右手一本で行われる一連の動作に淀みはない。すでに道中、蛇をナイフで貫いている。リョウが食べた蛇もこれである。
そして彼女は空への警戒も忘れない。
仲間を殺し、マールブルグに重症に与えた犯人を聞いたところ「アレをやったのは飛竜だ」だそうだ。彼女の道すがら話していたことを信じるならばだが。
『飛竜』――ハンターと言えど、凶悪な飛竜と遭遇する機会は滅多になく、一生に一度も飛竜を討伐しないモンスターハンターも多い。イャンクックでさえ遭遇機会は少なく飛竜の定義はあいまいだ。
通常、ハンターは『対空戦闘の有無』でモンスターを飛竜かそれ以外かを区別する。剣の届かぬ上空からの攻撃の脅威の恐ろしさを知る、ハンターらしい分類法だ。
広義の意味ではその解釈も間違いではない。
飛竜研究の権威である王立古生物書士隊では、飛竜について度々議論されてきた。広義の意味での飛竜は、鳥竜種や飛竜種の二つの種別に大別される。
鳥竜種を鳥類の竜種、飛竜種は爬虫類の竜種となる。
ここで言う竜種とは、体内に鳴き袋(火炎袋や毒袋としても使う竜種もいる)を臓器としてもつ生物のことである。
この袋の最もポピュラーな使い方は咆哮。至近でその大音量を耳にすれば、最悪で気絶、鼓膜は破れ、立つこともできなくなる。
王立古生物書士隊の連中に言わせれば、飛竜の定義は何時間かかっても語りつくせないとか。
鎖骨、羽毛、鳥類と爬虫類の違いから始まり、袋、恐竜、進化論、彼らの専攻である古竜の存在、などと1時間どころか1日中かかってもまるで足りない。
先に述べた定説もあくまで有力な仮説にすぎず、日々終わりない議論が書士隊では展開されている。
「さて、君の目の前のから揚げはナンだと思う。ドラゴンのから揚げ?恐竜のから揚げ?空飛ぶ爬虫類のご先祖様かな?それともモグラのから揚げかい?」
これは、書士隊の人間が良く使うジョークである。フライフィッシュとフライドラゴなど多くのバージョンがある。
砂竜と魚竜種についての議論もまた飛竜以上に熱いのだが、キリがないので割愛する。
第六話
「疲れた。」
仰向けに横になり空を眺める。いま空には、マールブルグが警戒していた相手はいないようだ。
しばらく木々の隙間から空を眺める。以前いた東京の空を探す。太陽が一つ、雲がゆっくり流れてゆく。今は見えない星も夜には良く見える。
探しても21世紀の人工物の痕跡は目に映らない。ひたすらに大自然。
ここはどこだろう?ギルドがあってハンターがモンスターと戦う。あの少女が言っていることはまるでファンタジーだ。モンハンだ。
それでも全部彼女の妄想ですでは、説明できないことが多すぎる。二人死んでいる事実も覆らない。
ポケットの中のPSPの感触だけが俺を安心させる。電池のゲージがさらに減っていまは1つしかない。おいそれと電源をつけるわけにもいかない。
ふと、見ると彼女が涙を流していた。閉じた右瞼から糸筋。彼女は木の幹に寄りかかり眠ったままだ。悲しい夢でも見ているのだろうか。
眠っていれば、かわいい女の子なのにと思う。
とたんに、不審者スーザン=マールブルグが普通の少女に見えた。よくない兆候だ。ただ女の子が本当の名前を名乗っているのかが知りたくなった。
「…ッ!!」
彼女が飛び起きる。目が開く。マールブルグと俺の目が合った。頬には涙の後。そんなに驚く夢なのか。
瞬間、目を顔を逸らされた。逸らした顔が少し赤い。怪我の熱のせいだけではないだろう。
(ラブコメしてる場合ではないんだがなあ。)
それに気がつくことができたのは幸運だった。仰向けに寝転がった俺はスーザンに顔を向けながら、自然と空をも視界に入れていた。
滑空してくる鳥?。それは見る間に大きくなる。体を起こす。視線をマールブルグに向ける…気がついていない!
「スーザンッ!」
叫ぶと同時に駆け出す。彼女もすぐ正気になり立ち上がったが、動きが鈍い。舌打ち一つ。
見る間に近づいてくる。助けに行く余裕はない。迷わず唯一のくぼ地、沢に飛び込む。
息を止める。ただただ怖い。
水に入っても膝下までしか浸からない川とも呼べない浅い沢だが、それでも敵の初撃をやり越すことができた。損傷は滑り込みのスリ傷のみ。
顔を上げる。スーザンが寄りかかっていた木が爆発して炎上してる。さらにその隣の木は真っ二つだ。
一瞬で、雄大な自然は地獄へと様変わりした。そこかしこで火が付いた草木が燃えている。
青い翼竜が上空でボバリング。時折口からは溜息のように火が飛び出ている。激しく翼が上下し、突風が巻き起こる。風の力で炎が次々と燃える対象を移していく。
圧倒的な姿に恐怖を感じながらも、リョウは今までのもやもやした感覚がすっと無くなっていくように感じた。
モンハンならば青い飛竜は青クックとか蒼レウスとかだが姿はリオレウス。
逃げなくては、と思った。すぐに、どうやってと、考える。
「手伝え!逃げるぞ!」
マールブルグだ。彼女も沢に飛び込んだようだ。前髪が水を吸っているのか、顔にかかり煩わしそうに髪をかきあげる。彼女も無事だったようだ。
火の中を進む。全身ずぶ濡れの俺は多少の動き辛くても、彼女の隠れている木の陰に向かって進む。
「どうする?」
「けむり玉だ。全部使う。私たちの姿が隠れている間に逃げるぞ!」
皮製のズタ袋の中に箱がある。彼女はそこから白い印のついた楕円状の容器をいくつも出していく。小石で補強した出来の悪い泥団子のようだ。
彼女は突然の状況にも自分の荷物もしっかり守ったようだ。俺のは剣も含めどこにあるか判らない。
「レウスは既に俺たちを『発見』している。それにこの強風だ。できるのか?」
「リオレウスだと!?(本当か…いや私は飛竜を討伐したことがないが。)しかしやるしかない!」
「けむり玉じゃ無理だ!他にはないのか?音爆弾は?閃光玉はどうだ?光蟲は?」
ケムリは期待できない。俺にはけむり玉はただの視界を塞いで遊ぶだけのネタアイテムの印象が強すぎた。
「光蟲から取ったエキスがあるけど時間が足りない。」
「俺が時間を稼ぐ。一応けむり玉を貸せ。投げればいいのか?」
リョウは3つのソフトボール大の玉、けむり玉を受け取る。
「一回ヒビを入れてからの方がいいけど、地面に叩きつければ大丈夫…1分間おねがい。」
「了解した。完成したら蒼レウスの眼前で弾けさせろ。それで墜落すると思う。あるなら音爆弾も同時にな。」
それだけ言うと、リョウはけむり玉を持って駆ける。そしてすぐに足元に投げる。
走りながらも改めて観察する。やはり蒼レウスか?翼には一部穴が開き、尻尾は斬り飛ばされ、体も脚も傷だらけ、頭は一番酷い。白いのは骨が見えているのかもしれない。出血は止まっているようだが、間違いなく重傷。
あの青い飛竜を剣や弓で瀕死に追い込んだスーザン達は優秀なハンターなのだろう。
レウスが巻き起こす風はむしろ俺たちに有利に働いた。風に運ばれ煙が攪拌する。
安堵は一瞬だった。
レウスは飛び出したリョウに向け火炎弾を発射。吹き荒れる風と炎の上昇気流で上へと昇ってゆく煙にレウスは俺の姿を見失ったのか、火炎弾は外れた。
熱風が俺に叩きつけられる。炎を吸って死んだ人間を見てなければ、リョウも彼と同じ結末になっていたはずだ。呼吸を止めて爆風に身を任せ、身を投げ出した。
肘と手のひらに擦過傷を作ったが走れる。爆風で煙は早くも晴れはじめているので、2つ目を地面に叩きつける。再度、沢に飛び込んだ。直後に爆音。
すぐ傍に3発目の火炎弾が着弾。ゲームMH2Gの内容通りなら空中ブレス3発で着地のはず。
レウスは駄目押しの4発目を発射しようとしているのを横目で確認した。
予想はしていた。最後のケムリ玉を叩きつける―――不発!
「クソッ!」
水を吸ったのが悪かったのか煙が僅かしか出てこない。レウスと目が合った以上、此方の位置は気付かれている。
レウスは体内の火炎袋(業炎袋)に空気を取り込み圧縮。火を付けると爆発し、生成した可燃弾に着火し射出。まっすぐ狙った獲物に突き進む。
(無理だ。避けきれない。)
俺は高速で接近する火炎弾を見つめた――――直撃!
(熱い熱い熱い痛い痛い痛い熱い痛いアツイイタイイタイイタイイタイ)
喉は焼け皮膚も焼け転げまわる。そして間もなく動かなくなった。
矢薙リョウは力尽きた。
煙は手元を隠すまでには至っていない。私はテキパキと作業を進める。光蟲のエキスと薬液を玉に入れる。
このとき玉には空気が入らないようにしなければ上手く光が生まれない。混ぜ合わせたエキスと薬液は玉の中で交わる。
辺りで爆発が続く。彼は独りで逃げるのかとも少し思ったが、どうやら本当に時間稼ぎをしているようだ。
音爆弾はクックの鳴き袋を使用するため高価だ。私には手が出せない。音爆弾には劣るが爆薬を少し詰めておく。
片手での作業に予想以上に手間取る。
「…よし、完成!」
1分以上掛かってしまった。完成したと同時に、4発目の火炎弾が降り注いだ。
ヤナギは無事だろうか。陰から飛竜を伺う。どうやら私たちを見失っているようだ。5発目はない。
私と彼が見つかるのも時間の問題だ。痛む体に鞭を打ちを起き上がる。飛竜が此方に頭を向けるが大丈夫間に合う。
私は手の中で素材玉を少し潰し、思いっきり投げる。
「目を瞑れっ!」
どこかにいるだろう彼に聴こえるように叫ぶ。
即座に反転、全力で離脱する。体が軋むが耐えるしかない。目を瞑る。背後で破裂音が聴こえた。
飛竜の墜落した音がした。ヤナギが言ったことは真実だったようだ。
(…彼は何者だろう。アオレウスとは何?)
再び傷が開いた足を庇いつつ全力で逃げながらも考えることは彼のこと。
そして私は、彼はアオレウスではなく蒼レウスと言ったのだと気付く。赤以外のリオレウスの存在は聞いたことがない。
未知の飛竜に対する知識、適切な戦術オプションの選択、どれも並みのハンターに成せることではない。
彼は狩りに生きる者には見えない。ハンターではないだろう。書士隊が持つアノ独特の雰囲気とも違う。
飛竜発見までは偶然かもしれない。発見後の判断・行動は適切すぎた…ハンターである私よりも。
飛竜発見が遅れれば、私は死んでいた。
彼が水に身を伏せる所を見ていなければ、私は死んでいた。
彼がけむり玉での撤退を否定しなければ、私は死んでいた。
彼が閃光玉を使うことを指示しなければ、私は死んでいた。
彼のことを考えながらも彼の身の安否には気を割いていなかった。
私は自分が助かったことに安堵し、絶対絶命を切り抜く彼への賞賛とでそこまで気が回らなかった。
私が逃げ切れたのだから、彼が逃げ遅れたとは考えもしなかった…彼はハンターではないと思っているにも関わらずに。
彼が火炎弾の直撃を受けて死亡したことなど知らずに私は逃げ続けた。
(初稿:2010.12.09)
(誤字修正:2010.12.15)
モンハン日記
未だ村☆4の作者です。
カタラクトソードを振り回す日々。しかしこの大剣すごくダサいです。
あと下級武器防具を強化するべきか激しく迷みます。