リョウが急患としてカプソーサ村へ移送されているころ。
彼が倒れた小屋からリーベェル街に向かい、さらに東に進むと小さな村がある。名をトーキョ村と言う。
そこでは事件が音もなく進行していた。
ぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃ
どこからか耳障りな鳴き声が聴こえる。
トーキョ村。
リョウが東京出身と言った時にスーザンにここ出身と勘違いされた経緯がある。(04参照)
この村では農作物を荒らしたブルファンゴ一頭の狩猟さえ村で処理せず街に依頼したことがあった。
村のハンターは何をしていたのか。
彼らは鉱山夫として働いていた。
本来は人が足を踏み入れれば瞬く間に命を落とすことになる洞窟内では村中のハンター達がピッケルを使い採掘に勤しんでいた。
ある時から村の周囲一体からモンスターが消えていた。モンスターは時に喰われ、時に逃げ出した。
野生の獣たちは微弱な電気を敏感に察知した。察知できない獣は喰われた。
それは洞窟でも同じだった。いや、むしろ洞窟からは徹底的に獣たちがいなくなった。
村人達はいぶかしんだが、洞窟からモンスター達が一掃されていることに喜び、我先にとピッケル抱えて向かって行った。
それだけでなく、村を上げての情報規制を行い、鉱石の流通を管理し、利益を独占した。
なんのことはない。他所から現れたブルファンゴ一頭を追いかけまわすより、ピッケル振っている方が儲けが良かっただけだ。
朝から晩まで、たいまつを焚き採掘が行われた。
しかし、その洞窟の最奥では、体組織に色素を持たず白く、目も耳もないヒルのような頭部を持つ飛竜フルフルが体中に無数の傷を刻まれながら長い冬眠を行っていた。
フルフルが洞窟を巣にした時期はMHP2G時代まで遡る。
フルフルは突然自分の身に起こった空間転移を理解できなかったが、何をしなくてはならないか本能で感じていた。
暗い洞窟で大声を上げる人間。フルフルは目の前の人間が何故か先ほどまで己を傷つけ瀕死に追いやったハンターに思えた。フルフルは怒りにまかせ首を伸ばす。
二人の学生は突然目の前が真っ暗になり、声を上げながら互いの位置を確認し合った。それが死を呼ぶことも知らずに。
結果として、痺れた体をフルフルに抱えられ、抵抗もできずに生きながら喰われることとなる。
真っ暗な洞窟に響く咀嚼音。激痛に耐えかね叫び声が洞窟に反響する。
視界が閉ざされたからこそ恐怖は恐怖を呼び、パニックに陥ったまま二人の学生は死を迎えた。
その後、フルフルは傷付いた体を癒すために多くのエサを摂り、痺れて動かなくなった生物を大量に巣に運び込んだ。
そして現在。
かつてレジェンド級ハンター二名に与えられた瀕死の傷はやっと癒えつつある。長い療養期間を終え、寒冷期になるとともに巣から出て新しい餌場を探すつもりでいた。
第十四話
俺は暗い画面を観ていた目を周りに向ける。当然自宅ではない。ボロ屋でもない。
コンクリートも壁紙も存在しない。木材だけの住宅。
木の壁、木のドア、木の柱、木の床、木の収納棚、木の置物、木の窓。
そして、木の天井。
「あー、知らない天井だってか。」
窓から外を見ていると、すぐ後ろで声が聴こえた。
「……あっ!お、おきたのですか?」
振り返ると、茶色髪のガキンチョが二人いた。姉妹だろうか。
「助けてくれたのかな。ありがとう。で、どうゆう状況なんだ?説明よろしく。」
話してみると俺はボロ小屋の中で倒してから2日間以上も寝ていたらしい。
この村に運ばれるまで1日間、到着してから1日間。
この村はカプソーサ村。ポッケ村でもポット村でもない。ポット村の近くの村らしい。
外が騒がしいことを指摘してみれば、蒼レウスが現れたせいで村を上げての警戒態勢だったとか。
既に討伐は確認され、通常体制に移行中であるらしい。
目が覚めるたびに故郷に戻っているのではと期待してしまい、その度に裏切られることの繰り返し。
もはや日本に帰ることは絶望的だ。俺は不貞寝したい。ニートになりたい。
「また寝るの?あ、起きたら村長に知らせないないといけないんだった。すぐ呼んでくるから寝ちゃだめだよ。」
ガキも馬鹿だが、俺もアホだな。
最初に俺のナイフを確認すべきだった。手元にない。
しかし、ある程度の情報を入手できた。対応もし易いというものだ。
スーザンが裏切ったおかげで、俺の生活保障がなくなってしまった。
上手く立ち回らないと。
コンコン。
「失礼するよ。どうだい具合は?」
ドアから白ヒゲがモジャモジャの爺さん、村長らしき人物が顔をだした。
後ろにはさっきのガキンチョもいるようだ。
「はい、少しダルイですけれど大丈夫です。ありがとうございます。あと、少しお腹が減っています。」
メッチャだるい。あと飯食わせてください。
「一応、用意させておいた。食べながら話そうかね。」
ガキンチョが運んできたようだ。
スープとパンと、肉の塊。大きい。
久方振りの食事なのだから、もう少し軽いものにしてほしかった。
食べますけどね。
「…つまり、何も思い出せないのかね。名前も出身も全て。」
と、村長が俺に確認する。
だから、そう言っているでしょう。少し苦しいか。
「ええそうです。しばらくすれば思い出すかもしれませんけれど、すみません。」
「いや、いいんだ。しかし、蒼いリオレウスについても覚えていることはないかね。」
「・・・??」
「お連れさんとは火竜に遭遇して逸れたのかもしれないよ。」
「…すみません。判りません。」
むしろ、蒼レウスがお連れさんです。
そのあと、少し話をして村長も帰って行った。
俺は記憶喪失の振りをすることにした。この世界の常識を知らない俺にとっては下手なカバーストーリーを用意するより都合がいい。
蒼レウスのこともあって村は未だ警戒態勢らしい。正式に街から安全宣言が出されるにももう少し時間がかかる。
少なくとも安全宣言が出されるまでは、ここで養ってもらえるそうだ。
食事を要求したのは確認をしたかったから。
食べた瞬間にスタミナや体力が上がったような感覚があった。
クエストが終わり、村へ到達してもゲーム内のようにアイテムの効果を享受できるようだ。
出歩くことは禁止されたが、思考はできる。
俺の状況について。
最悪な状況は回避したが、逆に日本への帰還は絶望的だ。
このモンハンのような世界で生きていかねばならないだろう。
結局最悪な状況だ。
覚えることや考えることも沢山ある。
常識の習得やら衣食住の確保やら帰還の問題まで。蒼レウスや日本からの来訪者の有無。
特に常識の習得は急務だ。マールブルグが抱いた不信感もこのあたりかもしれない。
とりあえず、トイレはボットン便所だった。けれど臭くない。
消臭玉だろうか。
ホントに学ぶべきことが多そうだ。
あと、死にかけたこともあったが、悲壮感に苛まれないよう気をつけねば。
せっかく、モンハンワールドに来たのだからファンとしては精一杯楽しんでみたい。そう思い込め。
それに、俺の脳内には、こんなトンデモナイ状況をシミュレーションした結果がちゃんと記録されている。
異世界へ飛ばされる方々は大勢いる。俺の先輩となる千尋ちゃんなどの有名な人や、もちろんサイト君もいる。
蒼レウス以上の対ドラゴン戦では、鋼の後継が頑張っている。最近じゃ仙石アキラが恐竜相手に奮闘中。
バキなら素手で恐竜を倒せるだろう。
21世紀地球の知識を享受してやろう。
まずは定番の農業革命だ。ハクオロさんもやっていたし。
しかし、ちっとも知識チートが出来る気がしない。モンスター情報もあまり役に立ちそうもないし。一応やるだけやってみるが。
トイレから戻ると、何か用でもあるのか部屋にはガキンチョが一人いる。
「お前、なんでまだいるの。」
「ご、ごめんなさい。世話係のサリンです。」
「よろしく。でも寝るだけだから帰っても大丈夫だよ。おつかれさま。」
笑いかけながら言ってみた。
なんだかやけに委縮しているのでほん少し優しくしてしまった。何気に優しくするのはこっちの世界では初めてかもしれない。
治療期間はあっという間に終わった。
出された肉は残さず食べた。サリンの姉コレット曰く、売れば5zはする新鮮で高級な生肉を使用したので感謝しろとのこと。
処方された回復薬も毎日飲んだ。いや、毎食僅かずつに分けて大切に飲んだ。ゲームのような効果はないが、確実に超回復が起こっている。
回復薬はお肉より高級品で、7z分。タダで貰ってしまった。申し訳ない。
日に日に元気になっていく俺に世話係のガキンチョも喜んでいた。
「すごいです!もうふつうにであるけるようになったんですね。よかった。」
なんか普通の女の子だ。年齢は8歳ぐらい。茶色髪の毛を腰近くまで伸ばしている。
大人しそうな子だが緊張するとすぐに短剣の柄を弄る。最初の頃は柄から手を離さないので怖かった。
仕事は配膳と片付けぐらいだが、話し相手になってもらった。
初対面の余所余所しさは解消されつつある。
「サリンいないのー。虫取り行こう!」
こっちのうるさいヤツはコレット。サリンの姉。11歳ぐらい。あまり話したことはないが、時々食事の配膳を手伝う。
残念なファッションセンスを持っていて、空きビンの首掛けをしている。コレット曰くビンネックレス。
二人とも布製のゆったりとした上下。村人たちの一般的な服装だ。
村長の家は村のギルドも兼ねているようで、俺がいる離れまで喧騒が聴こえる。
一家は、村長とその息子、孫娘二人の四人構成。
二人の娘を持つ父親とはあまり話したことがない。仕事で忙しいみたいだ。
なんだか急に運気が上昇した気がする。
子供に懐かれ、世話される。村長宅で食事と回復薬を与えられ、ベッドで眠れる日々。
そしてハンター登録までさせて貰えることになった。
なんて運がいい。
村長を始め村人達は素朴でいい人ばかり。だが何か裏がありそうで怖い。
いずれは街へ行き、他にも来訪者がいるのか確認したい。
しかし、ハンターにならなければ村々の移動もままならない。今回の事は渡りに船だった。
ハンターに与えられる特権は様々で、まずは移住権。村や街からの退去は彼らの自由意思によるものだ。もちろん移住先がハンターの受け入れを拒否する分には自由。
これは一部の街や村による不当な戦力占有を阻止し、動的で有機的なハンターの戦力展開を助けるためである。
他にも武器の携帯や狩猟もギルドに許可されて初めて可能になる。
逆に、未登録のハンター行為はギルドナイトや警察により粛清される。
ちらりとあの女のことが頭を掠める。蒼レウス討伐者は瀕死の女という噂だ。マールブルグのことだろう。街にいるらしい。
療養期間を終えた頃。
現代知識を使って農業革命や産業革命を起こし立身出世をするべく村を見物していた時のことだ。無理そうだが。
村の入り口から騒ぎ声が聴こえる。
「なッ!!日本人!?」
思わず声に出してしまった。
倒れている女が一人。
血だらけの学校の制服姿。こんな服来た人間は日本人しかいない。
俺は人集りを抜け彼女の傍にしゃがみ込んだ。
意識がないのかぐったりしている。
良く見れば体中傷だらけだ。一番ひどいのは右腕。骨が突き出ている。
「おい!大丈夫か!しっかりしろ!」
呼びかけながら女の体をまさぐりブレザーの内ポケットからPSPと学生手帳を抜きだした。
背負って来たハンターは女の持ち物を物色するほど悪人ではなかった。
だから古龍の大宝玉以上の希少価値があるPSPを俺に盗まれるのだが。
誰にも呼び止められずに急いで部屋に戻ることができた。
女のPSPは最新のPSP-3000。カラーはホワイト。保存状態もいい。
興奮しながらも電源を付けると、スリープ状態から復帰した。
「こ、これってサード?」
クエストはおそらく上位のギギネブラ一頭の討伐。
残りの報酬は三分の一。既に二死している。
俺のPSPと同じだった。
モンスターは画面におらず、クエストの時間は進まない。
この世界のどこかに上位ギギネブラも来ている。
堅い鱗を持たず、火を弱点とする分雑魚なモンスターな気がする。人間でも十分に戦えそうだ。
生徒手帳から熊本の高校生であることが分かった。地球の地理はこちらに影響を与えていないのかもしれない。
翌日。
村長の家に担ぎ込まれた女は眼を覚ますことなく息を引き取り、身元不明の死体として埋葬された。
彼女の服の痛み具合から言ってここ数日の間に転移してきたように思える。
俺は記憶喪失前の知人かもしれないと言って、病室に付き添い、埋葬にも立ち会った。
花を供え、手を合わせ拝んだのは俺だけだった。
埋めた人達が行った簡単な呪いはこの国の宗教儀式なのだろうか。アカムやウカムを神扱いしていることは知っているがそれ以外はさっぱり判らなかった。
画面の中のアバターは倒れたままでクエスト失敗画面から動かない。
生徒手帳にはメモが残されていた。日本語だ。
ところで、ここは異世界だが、村では日本語が話され、漢字や仮名と古代文字が使われている。
古代文字は多くのハンターが使える。俺もいずれ覚えた方がいいだろう。
義務教育のない世界であり、漢字の識字率は高くなさそうだ。しかし、村長の孫娘だけあってコレットは字の勉強のために日本語で日記を付けているらしい。
もしかしたら日本語は俺みたいな来訪者が伝えたのかもしれない。
走り書きのメモをまとめると、
マックに車が突っ込み、1死。
洞窟でギギネブラに喰われて、2死。
この後森で目が覚めて崖から落ち、骨折。
巨大な蟲か恐竜に襲われ、瀕死。
ということだろう。あまりにも悲惨だ。
メモの次ページに遺書が書かれている。
これを読んでいるならば私は死んだのでしょう。
今日で遭難3日目になりました。
私は今地球外にいるかタイムトラベルしたのだと思います。
原因は謎です。もしかしたらアブダクションかもしれません。
昨夜、物音がして走って逃げたら崖から落ちて骨折しました。歩くことが辛いです。
森の中には巨大な蟲や恐竜がいます。襲われれば抵抗も出来ずに殺さるでしょう。
これを見た人にお願いがあります。どうか生徒手帳の住所に連絡して下さい。
お父さん、お母さん今までありがとうございました。
MHP3かMHP2Gかの違いはあるが、女は俺と同じ境遇だ。
MHP3が発売された今の時期が一番来訪者は多いだろう。全員この辺りに転移するならば後何人か居るかもしれない。やっかいなモンスターと一緒に。
女子高生の遺書の次ページに俺も書き込んだ。
この手帳の持ち主は3死した。
俺の名前は矢薙リョウ。手帳を拾った日本人だ。
地球で死んだ後、このモンハン世界に転移してきた。
俺の死んだ後のために情報を残しておく
地球帰還についてだ。
PSPのクエストを達成しても無駄だった。
3死した来訪者は死体になるだけだ。2死目は死体が無くなる模様。
俺が知る限りでは帰還は不可能だ。
アイテム効果は絶対に秘密にすべきだ。記録はしない。
マールブルグに言わなくて良かった。あの女にこの力が知られていれば最悪だった。また脅されて利用されそうだ。
マールブルグは悪寒を感じた。
街での治療も順調に進んでいたが、もうしばらく安静にすべきだったか。
所属ホームをマールブルグ村の出張所からここリーベェル駐屯地に変更する手続きを行った。
クックを通り越してレウスを狩猟したため、HR4に上がるための演習と筆記試験の受験申請をしてきた。
試験自体はもう少し先の話になるので街で簡単な仕事を受けながら体を作ることにしよう。
それにしても視線が鬱陶しい。
「ねぇ、キミがあの蒼火竜を討伐したんだって?すごいなあ。色々話とか聞いてみたいし、今度一緒に狩りにいかないか。大量のハチミツが取れる穴場があるんだ。」
まただ。ちょっと名前が売れたせいでこんな輩が多くなった。
猟団への勧誘やら、一緒に狩りに行こうだのと、私は病人だぞ。
「怪我の治療があるの。悪いわね。」
手柄を一人占めした形になってしまったが本来称えられるべきは他にいる。
ヤナギは生きているだろうか。
それにしても笑いが止まらないとはこのことか。
報奨金は13800ゼニー。ギルドから与えられた報酬素材の価値も高かった。蒼火竜の鱗も甲殻も色違いどころではない。
厚鱗、重殻と便宜上呼ぶことが決まったのだが、厚鱗が5880z、重殻は7800zで売れた。さらに、重竜骨1320z、業炎袋は1920z
私の総収入は30720z。
さらに群れランポス捜索の報酬が追加される。
アプトノスの生肉一塊でも5zなので、いくら食べてもなくならない。ふふふ
これはヤナギに会えば刺されるな。
トーキョ村からほど近い洞窟。
ぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃ
どこからか耳障りな音が聴こえる。どこか鳴き声のような不協和音は生き血を求める吸血鬼が奏でる来訪の合図。
ふと気配を感じたフルフルは上体を起こし電撃袋から雷撃を放つ。一瞬辺りが明るくなり、浮かび上がるシルエットはフルフルとよく似ていた。
毒怪竜ギギネブラとその幼生ギィギがフルフルに襲いかかった。
(初稿:2011.01.15)
(修正:2011.01.17)
モンハン日記
宝玉より護石の方がレアリティ高い気がします。もはや採掘ゲームですね。
狩人と言うより炭鉱夫。剣よりピッケルを振ることが多い今日この頃。
一体どれだけガンキンと目を合わせればいいのか。
私を求めるガンキン。連れない態度の私。そろそろ目と目で通じ合えそう。