俺たちは契約内容を確認し合いビジネスパートナーになった。
俺はマールブルグを生きたまま村に届ける。そのために飛竜を殺す。
彼女は俺の身元保証人になる。職を斡旋し、当面の衣食住と安全を保障する。
しかし、お互いに契約を履行する気がない者同士だった。
対空警戒と雑事をマールブルグに任せ、戦闘が始まるまで休ませる。作業の殆どは俺が担当する。蒼レウスはもう現れてもおかしくない。
「おい、そろそろいい感じだ。」
「ああ、今行くよ。」
作業を中断し、向かう先には火が起こり、パチパチと音を立てている。魚が焼けていい匂いだ。
魚は彼女の持つ釣り針に、石の下にいたミミズをくっ付ければ簡単に釣れた。
着火剤、マッチ、枯れ枝を使い簡単に火を付けた彼女は実に手馴れていた。
そう言って褒めると、
「携帯肉焼きセットを使えば誰だってできることだ。」
と言うから思わず笑ってしまった。マッチと着火剤は、携帯肉焼きセットらしい。マッチってあるのか?
「(もぐもぐ)……終わりそう?」
「半分は終わったからあと2つ。それより、これ上手いな。こんがり魚って感じか?」
最期の晩餐ならぬ、最期の昼飯ってか?名前も出てこない魚の塩焼きが最期の食事とは泣けそうだ。どうせならキレアジでいいから食べてみたかった。
「安心しろ。勝つのは私たちだ。弱音を吐くな!それでもハンターか!」
「まあ、まだ死にたくないしね。やるだけやるよ。ハンターじゃねえけどな。」
魚は普通に美味かった。
さあ、作業再開だ。時間もないし、さっさと始めるかね。
彼女には悪いが分の悪い賭けだ。勝ち目は薄い。せめて、タル爆弾かボーガンがあれば戦術の幅が広がるのだが、彼らは元々ランポス数頭を討つだけの装備しかないのだから仕方がない。
「待て、ヤナギも疲れているはずだ。」
これを飲めと渡された緑の液体。
「…うえぇ。まっじぃな、これ。」
「ガマンしろ。すぐ慣れる。」
てか、よく飲めるな。涼しい顔でグビグビ飲んでいる彼女を見てこっちまで気持ち悪くなる。
「こんなの飲みたくないんだが。」
悪いが逆に具合が悪くなりそうだと言って、返す薬液は全く減っていない。
「ガキっぽいヤツだな。ちょっと待っていろ。」
今度は大丈夫だと渡された液体に変化した様子はない。
恐る恐る飲んでみる
「お、美味いじゃん。てかお前のもこれだろ!」
「さてな。だが少しは元気がでただろう?」
「性格悪いってよく言われるだろ。けど確かに効いてきた気がする。」
もしかしてハチミツ入りか?回復薬グレート?
「…なあ、マールブルグさん。」
「(ぐびぐび」…ん?」
飲みすぎだろお前。どんだけ飲むんだよ。
って違くて。えーと。
「たださ、二人とも無事生き残れるといいなと思って。」
「当たり前だ。ハンターだしな。」
ハンターは関係ないけど、無駄に自信満々だな。自分を鼓舞でもしているのか。存外、健気なことで。
「私は少し休みなから警戒に戻る。あんたは投げナイフに麻痺毒を塗っといて。」
了解、と言って立ち上がる。
さあ、作業再開だ。時間もないし、さっさと始めるかね。
ちなみに、焼き魚は普通に美味かった。
第十一話
麻痺毒塗りもあと残り一つと言う所で、マールブルグが小さく緊張に震えながら声を出す。
「ヤツよ!」
「了解!最後のは放棄するぞ。俺が引き付ける。うまく落とせ。」
俺はいつでも準備できるようにすぐ傍に置いてあった布袋と剣を持って駆け出す。
いた。俺らを囲むように咆哮を上げ回りながら飛んでいる。このまま近づかれれば咆哮の音に耐えられないかもしれない。
剣を突き上げ、注意を引き付けるために蒼レウスに負けじと声を張り上げた。
「こっちはてめえに二死くらってんだ!天鱗も逆鱗も全身剥ぎまくってやるよ!降りて来い!」
俺の言葉を理解できたとは思えないが、調子の良いことを言っといてすぐに木の後ろに隠れる。
咆哮が止んだからだ。
鳴き袋として使用していた体内袋はすぐに火炎袋としての機能を発揮はじめた。
蒼レウスが火炎を吐き出すのと俺が隠れるのは同時だった。
太い木を選んだつもりだったが、それでも真っ二つに折れた。
破片と衝撃に身が竦む。何処か怪我したみたいだ。しゃがめばよかった。
けれど、離れた所にいたマールブルグの準備は整ったはず。
「目をつぶって!!投擲…今!」
マールブルグの合図のすぐ後に、激しい閃光と爆音が当たりに響く。
音はレウスには効かないだろうと思ったが、余った火薬も併せて作った閃光玉は即席の音響閃光玉――スタングレネードとなりレウスの目の前で炸裂した。
その効果を遺憾なく発揮する。ギルドの正式装備として提案しても良いほどの出来だ。
レウスは地面に叩きつけられた際に翼を傷つけたらしく、骨が突き出し激しく出血している。
思わぬ追加ダメージだ。
俺は布袋から毒ビンを取り出して、蒼火竜に近づきながら頭部に投げた。頭には当たらなかったが多少は効いているだろう。
これで条件はクリアされた。
続いて、腰に刺していたナイフも全て放つ。殆どは弾かれたが数本は傷つけることに成功した。
事前に決めた作戦通りの展開だ。
マールブルグに作戦はあるかを訊かれた時の話だ。
俺が彼女に提案した作戦の概要はこうだ。
第一段階、閃光玉。敵レウスを奇襲し地に落とす。
第二段階、毒ビン。弓使いから奪った支給品の毒ビンをボロボロの頭部からぶっ掛ける。
第三段階、麻痺投げナイフ。マールブルグのナイフに麻痺毒を塗りたくって一斉投擲する。
第四段階、頭部に攻撃を集中。全力で頭をカチ割る。以上。
作戦とは言えないが、手持ちの装備ではこれが限界だ。
「そんなことで殺せるのか?けど、やるしかないか。」
自称ハンター少女は多少疑問顔だが、やる気充分。
だからお前は雑魚ハンターなんだよ。馬鹿だな。殺せるわけがないだろうが。
勝てないが、弱らせることはできる。
それで充分なのだ。俺らの勝利条件はヤツを殺すことではなく、生き残ること。
俺はその後の生活基盤を入手。マールブルグは救援が来るまで無事でいること。
だが、クックより弱い彼女はG級リオレウス亜種を殺せる気でいる。愚かだが俺に取ってもその方が都合がいい。せいぜい勘違いしていてもらおう。
蒼レウスに見つかるまで時間がない。閃光玉と麻痺投げナイフをせっせと作る。
「やっぱり俺も手伝おうか?片手じゃ辛いだろ。」
「いや危険だ。これだけは素人には任せられない。監視を頼む。」
「まあいいけどね。」
リョウは見下しているが、スーザン=マーブルクは優秀なハンターだ。調合、採集、治療、採掘、戦闘などハンターとしての必要な技能を多く身につけている。
だから、彼女はランボス狩りのついでに採集も行っていたし、クック遭遇を懸念して幾つかの素材も予め持ってきていた。
彼女はエリートであり大多数の村所属ハンターは彼女の足元にも及ばない実力なのだ。重症でありながらこれだけ動ける精神力も並ではない。
マールブルグが今作成しているのは閃光玉。
ゲームでは閃光玉は光蟲と素材玉から調合する。
実際には、この他に光の成分を抽出し、強い閃光を生み出すための薬液を合わせて素材玉に封入するようだ。
衝撃や強い振動で暴発する可能性があるため、使う分は現地生産することが一般的。
使う時もペイントボールのように大量に持ち歩く真似はしない。数個程度。暴発が危険すぎるからだ。
彼はマグネシウムで遊ぶ理科実験程度の認識だが全く違う。
閃光のみとは言え、至近での爆発は指ぐらいならば簡単に吹き飛ぶ。
忙しそうな彼女を余所に俺の勝利条件を確認する。条件は俺と彼女の生存。最低でも俺の生存。
そのためには蒼レウスを殺したいが、そもそも手持ちの火力じゃヤツを殺しきれるとは思えない。
俺と蒼レウスはなぜかモンハン世界にいる。世界は違ってもゲームでのクエストは有効らしい。
残機については俺が火竜に焼かれて力尽きた時、復活できたことで説明できる。
この世界に来た時と合わせて既に二死であり、次は復活できるかは不明。
ヤツのターゲットは俺なのだろう。マールブルグの血の匂いの可能性もあるがクエスト受注者の俺がヤツの索敵範囲に入れば俺を狙ってくるかもしれない。
閃光弾作成が終わったようだ。
「後はお前がやれ。私は休む。」
「へいへい。」
それはさておき話を元に戻す。
戦況は俺らの予定通りに推移している。
「今だ!いくぞ!」
俺はハンターカリンガのような鉈を持って突撃した。
マールブルグも片手に剣を持って足を庇いながらも飛び出してきた。
「「うおおぉぉぉぉぉぉぉ!」」
二人ともグズグズに潰れた頭を狙う。
だが、俺は唐突に進路を変更した。
「ッ!?」
マールブルグが俺の行動を疑問に思ったが、止める暇もありはしないだろう。
彼女はそのまま蒼レウスに向かう。
俺は散らばった麻痺ナイフを数本拾って蒼レウスとは反対方向に駆け出した。
目的の場所まで逃げて、レウスは追いかけてきてないことを確認してから停止した。ここは俺がおっさんの死体を見つけた場所だ。
スーザンが足止めしているのだろう。彼女は死んだかもしれないが仕方ない。頭を狙ってもヤツを殺せるとは限らない。
バックから睡眠ビンを取り出す。死んだ弓使いの荷物から拝借したものだ。ビンの中の薬液をナイフに塗った。
これで準備完了。
しばらくすると、多少動きが鈍いが蒼レウスが走ってきた。まっすぐ此方に向かってくる様には恐怖を感じる。
呼吸を整える。俺の仮説が正しければ勝てるはずだ。
ヤツが弓使いの青年と鎖鎧のおっさんの死体があった場所を通り過ぎる。その先にはレウスの火炎弾連射の爆風で開いた大穴があった場所があるだ。
穴は俺が適当な草や落ち葉やツタの葉で偽装してある。
そう「落とし穴」だ。
「落ちろ!」。
ヤツはその穴に引っかかる。穴は精々数十センチ。火竜の巨体からしたら足を踏み外した程度だ。
だがその一瞬の時間だけで充分。
俺の手には『捕獲用麻酔ナイフ』がある。
俺は『マヒダケ』の毒で作った麻痺投げナイフに『ネムリ草』の睡眠薬入り睡眠ビンの毒も塗りたくり捕獲用麻酔ナイフを作った。
効いてくれ!頼む!
「くらえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
俺は全力で投げナイフを全て投げた。
それは俺に向かって突き出されていた蒼レウスの顔面にも命中した。
それはほんのカスリ傷程度。
蒼レウスは体勢を整えすぐにでも穴から足を出すだろう。そして俺は今度こそ蒼レウスに殺されるだろう。
けれど、俺は笑った。
俺は疑問に思っていた。
いくら激しい閃光だとは言え、火竜が墜落するほどのものだろうか。
だが実際、蒼レウスは墜落したわけだ。極めて不自然だが。
そもそも、俺が少しの豆や小さい硬いパン程度の食事だけで何日間も活動出来ていることも不思議だ。
それでも確信したのはついさっき。焼き魚一匹と緑の液体を飲み、疲れが吹き飛んだ時だ。今までも食事で一気に疲れが取れたが、今回は文字通り疲れが全くなくなったのだ。
マールブルグは大して回復出来てなかったようだが、俺は違う。
劇的な変化だった。
まるで、『こんがり魚』を食べたように、まるで、『回復薬グレート』を飲んだように、『体力』や『スタミナ』は回復した。
そこからは想像だ。俺はアイテムの効果をゲーム内と同じように享受できるのではないか?
そしてそれは蒼レウスも同じなのではないか?
だから、俺は『携帯食料』を食べることでスタミナを一定量回復し、何日間も過度のストレスを受けながらも深い森で活動を続けられた。
だから、蒼レウスは『閃光玉』で墜落して、落ちた。落ちた後も満足に動くことができないマールブルグが逃げおおせることができるほどの隙をつくった。
ならば効くのではないか?小さなナイフに塗った毒程度で巨体が倒れるのではないか?
だが駄目だ。罠に嵌まっている状態じゃないと『捕獲用麻酔薬』の効果は得られないかもしれない。
どうすればいい?トラップツールはマールブルグも持っていなかった。
だから俺は罠モドキを利用することにした。『捕獲用麻酔投げナイフ』は、罠にかかったモンスターには効果がある。別にトラップツールは必要ないだろうと開き直った。
賭けの要素が強い。だが、これ以上の策は思いつかなかった。
捕獲用麻酔投げナイフを使い蒼レウスを捕獲する。クエストは達成される。そして俺は家に帰る。
これが本当の作戦だ。
マールブルグに話した作戦は彼女を協力させるためのダミー。元から少女と一般人が剣一本でドラゴンを殺せるとは思っていない。
「キノコと野草で全長20mの化け物を眠らせる作戦があるんだけど協力してくれ。」
と言って協力する命知らずはいないだろう。
マールブルグは死ぬだろうが所詮は他人だ。
帰還出来なかった場合、今後の生活保障は惜しいが、俺は焼き魚程度でもスタミナを回復させられるのだからなんとかなるだろう。
俺の目の前では瀕死のG級リオレウス亜種が寝ている。
すぐに起き上がってくる気配はない。
俺は全力で捕獲用麻酔ナイフを投擲して、その内の数本が蒼レウスのボロボロの表皮に当たり、カスリ傷を与えた。
その結果が目の前にある。
「矢薙リョウはクエストを達成しました。ってか? ははは、マジ疲れたわー。」
俺も気が抜けて地面にぶっ倒れた。
捕獲用麻酔薬なのだから数分で目覚めることはあるまい。
寝ている蒼レウスを殺しておきたいが、火力不足だ。片手剣を全力で振りおろしたとしても頭蓋骨に弾かれるだろう。心臓も同じく破壊できそうもない。
下手をすれば目を覚まさせるだけでやるだけ無駄だ。
(目玉から脳を抉るか?)
「倒したのか!?すごい、すごいぞ!」
振り向けばマールブルグ。傷から血を流し、足を引きずりながらも、隣りまで近寄ってきた。
ぎゅっと抱きつかれた。
口元に彼女の袖が来て苦しい。傷薬なのかヒドイ臭いだ。
「ちょ、ちょっと。離れろって。(てかクサいよ)」
あれ?俺もなんだか眠くなってきた。
どうやら帰還が始まるのかもしれない。次に目覚めたら自宅だろうか。
悪かったな、マールブルグ。だが生き残れたんだし許せよ。
意識を失う直前。
「悪いわね、ヤナギ。」
彼女は先の喜びが嘘のように情けない表情でそんな言葉を言った。
「な、んで、まーるぶる……」
なんでマールブルグが謝るんだ?袖口に何か塗ったのか。
その答えを聴けずに彼女の腕の中で目を閉じた。
(初稿:2010.12.22)
(誤字修正:2011.01.01)
モンハン日記
進み具合 : 村と下位のジエンをクリア。やっと上位。
こやし玉について。
今作で変化しましたよ。投げて当てるのです。
命中した敵がエリア移動。でも普通、逃げるのって臭い奴の周りじゃないですかね。
つまり何がいいたのかと言うと、ペッコちゃん自重してください。