<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


No.24402の一覧
[0] 宇宙戦艦ヤマト・オルタクロスオーバー 【遅延及びお詫び】[七猫伍長](2011/09/08 02:00)
[1] 第一話[七猫伍長](2010/12/14 18:45)
[2] 第二話[七猫伍長](2010/12/14 18:48)
[3] 第三話[七猫伍長](2010/12/26 13:28)
[4] 第四話[七猫伍長](2010/11/27 09:07)
[5] 第五話[七猫伍長](2010/12/10 23:54)
[6] 第六話[七猫伍長](2010/12/26 13:29)
[7] 第七話[七猫伍長](2011/01/17 08:17)
[8] 第八話[七猫伍長](2011/02/03 03:03)
[9] 第九話[七猫伍長](2011/04/20 21:17)
[10] 第十話[七猫伍長](2011/09/08 01:56)
[11] 外伝[七猫伍長](2011/03/10 14:24)
[12] 暫定設定資料集[七猫伍長](2011/03/11 09:22)
[13] 【雑文コラム】[七猫伍長](2011/02/11 05:17)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[24402] 第五話
Name: 七猫伍長◆bcb2db3e ID:b0e589f1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/12/10 23:54
第352分遣調査艦隊が、ラダビノット准将らと最初の会合を終えてから二週間。更に、各鉱工業・重工業メーカーや軌道保安庁が調査船複数を送り込み、土星圏の資源調査を拡大。
同時に艦隊司令部、政策調整官、外務省暫定交渉団らは、現段階における異世界の状況報告。並びに交渉素案を数度の立案、協議の末に纏め上げ、それぞれの上位部隊や本省へ上奏していた。

おおまかに纏めてしまえば、素案の内容は以下のようになる。


1.現地でBETAと呼称される異生物は、きわめて人類に敵対的かつ補食性質を有しており、数も数億単位と膨大である。
降着ユニットと呼ばれる隕石により各惑星に展開、繁殖する能力を持つため、ハイゲート近隣には至急戦闘艦隊・警備衛星を、常時配備されたし

2.同方面の地球は、西暦1998年であり、航空宇宙技術、兵器技術は我々の当時に比して卓越しているものの、BETAにより滅亡の危険性が高い。
その場合、ハイゲートを介して、次に我々へ興味を向く可能性が大きく、何らかの援助措置が必要と考えられる

3.ハイゲート通過地点である、同方面の土星小惑星帯は、概ね当方の掌握している地点に、豊富な鉱床が多数存在し、有力な資源地帯として機能しうることが期待される

4.現在艦隊は、現地国際連合及び一部主権国家の許可の元、タイタン、月、地球軌道を周回中。パッシブタキオン探査システムにより、さらなる情報収集、先方との協議継続に努めるものとする

5.当面は土星資源地帯とバーターで、20世紀末レベルでも扱える、安価な援助物資・工業プラントの大量供与。
それによる同世界人類の抵抗力強化により、当方へBETAの興味が指向されることを抑止することが、妥当と愚考す


この、降ってわいたような爆弾のような事案に、地球連邦政府は大いに困惑した。異次元銀河の衝突、二重銀河の消滅などを過去に経験しているが、
まさか異世界と、そこにおける地球人の存在。そして敵対的な多数の異生物と、それと背中合わせのきわめて魅力的な莫大な埋蔵資源。

何れも咄嗟の判断に躊躇せざるを得ない、危険な案件であった。
地球連邦大統領、イーノス・アークハートは緊急閣議を招集。担当官公庁の事務次官クラスも可能な限り呼び寄せ、内閣としての事態対処案の作成に乗り出した。


「最早、放置と監視だけで済まされる段階は、過ぎたと判断すべき事態でしょう」

地球防衛軍総司令官。古代守大将が議事の第一声を切った。弟同様、加齢と経験により、円熟味を増した顔立ちとなっているが、声音は厳しいものであった。彼は報告書のBETAの項目を指し示した。

「BETAという異生物は、個体単位であれば、恐らくは容易に無力化が可能です。しかし現地の調査によれば、地球だけでも最低数千万から数億。
そして、自らが感じた脅威に対応し進化する能力さえ備え、恒星間を移動する母艦のような隕石も有しているとのことです。
シャルバート近隣には第8航路護衛艦隊に加え、機動予備部隊の一つ。第12艦隊の展開を発令いたしております」

第12艦隊はシャルバート星系方面防衛艦隊の機動予備部隊であり、どちらかといえば砲雷撃戦を重視した打撃艦隊である。
最新鋭艦こそ少ないが、主力戦艦8隻、各種巡洋艦12隻、軽空母6隻、駆逐艦24隻等を基幹とし、支援艦も1個任務部隊が張り付けられた有力な戦力単位でもある。
万が一「降着ユニット」がゲートアウトした場合、最悪、周囲の小惑星への誤射を恐れず、第8航路護衛艦隊と共同で、全火力で破壊せよと既に発令されていた。

「航路保安庁にも、海賊・密輸船多数出没という名目で、封鎖の強化を発令しています。
防衛艦隊へ掃海部隊の支援を要請。デブリ除去の強化により、ワープ可能地点とバイパスを複数の設置設定には成功しました。
効率低下は最低限です。しかし、そろそろ運輸業等々からの疑問を抑え、なだめすかすのも限界が近いでしょう」

バーンズ政策調整官からの報告を受けた、アバルキン運輸大臣が苦い顔をして応じた。
連中も調査船を出している以上、ハイゲートの存在を知悉しているところが増えています。早くメイン航路を開けるか、
現地での鉱工業・重工業メーカーと提携しての商売を始めさせろと、矢の催促です、と。

地球連邦の経済自体は、恒星間進出の継続により概ね景気は悪くない。しかし、植民に必要なコロニーや宇宙艦艇。
そして何より、それらを作り上げる製造プラントのための、レアアースやレアメタルは、どれほどあっても足りない有様であった。

「矢の催促といえば、ボラーの連中も騒ぎ出しました。どうも大遠距離のアクティブかパッシブ観測で、ハイゲートを見つけだし、当方の活動を指摘し始めました。
 今のところはガルマン・ガミラスの外務と共同で、なだめにかかっております。
 あちらは一時的な統制経済の強行により、何とか国民生活レベルの向上と穏健化に成功していますが、余談は禁物でしょう」

同じく、現地に展開しているギュンター大使より報告を受けた、アレクサンドラ外務大臣が、眉間に深いしわを刻んでいる。
外観は子供達と亭主の面倒を見ている、気っぷの良い主婦といった趣だが、慎重な洞察力と部下への権限委譲見極めが巧みな、出来物として知られていた。
そしてボラーの実状は彼女の言葉のとおり、かなりデリケートなものであった。

彼等はベムラーゼという強力な指導者を失い、更には異次元銀河衝突による国家規模の大損害を蒙っている。
それを「粛清」というのが相応しいほど、徹底した非常事態宣言と統制経済を短期間とはいえ中央官僚団が強行し、
今は一応の安定と秩序を取り戻している。地球連邦との関係も悪いとまでは言わない。

しかし良好ともいいがたい。経済的な摩擦は経済体系の違いからどうしても頻発し、一部では各地の海賊行為にボラーによる支援の形跡も見られる。
過去の戦役の経緯を考えれば、何をするか分かったものではないと警戒するのも当然であった。

「これはあくまで最悪の可能性ですが、あちらの手付かずなコスモナイトを初めとする膨大な資源。
 その割り当て・輸出強化を目的に、軍事的圧力を強化するケースもありうる。
 一時的に本業へ戻って貰った、うちの情報官がそんな報告を送ってきました。恐らくクロでしょう、奴は確信のもてない情報はけして送ってきません。
 不確定ですが、プロトンミサイルの艦艇への搭載が始まった。また、予備役将兵の一部に動員がかかった形跡がありますな」

田中情報省大臣が、細い金属フレームの眼鏡の奥の瞳に、怜悧な光をともしながら、淡々と報告してきた。一時的な本業へ戻った情報官とは、勿論、ニコ・ベリックのことである。
彼は、本省が危険な兆候を掴んだ段階で、現地艦隊より一時召還され、自動駆逐艦(一定人員数までであるが、自動艦も臨時居住区画は設けられている)により再度こちら側へ帰還。
ハードワークに不平たらたらながら、本業であるヒューミントを用いた間接情報収集と分析を、数名の部下達と共に開始。
ボラーの一部に、コスモナイトを初めとする鉱工業や製造業の好景気で潤っている、地球連邦から安価に資源を輸出させることで、
危ういレベルで押さえ込んでいる国民の不満を、より安定的なものにしたい向きがあることを、彼は確認していた。

「古代長官には申し訳ないですが、無かったことには出来ませんかね」

北欧系の顔立ちが濃厚に出ている、ハッシネン厚生労働大臣が、見事な銀髪が目立つ頭部。その額を軽く揉みながら呟いた。

「余り言いたくはありませんが、傷痍軍人恩給から育児奨励金に至るまで、人口回復のための福祉予算は常に不足気味です。
更にはボラーとのデフコン向上、異生物対処による防衛予算増大は、非常に手痛いのです。
正直現地部隊を撤収。飽くまでハイゲートの防衛のみに専念していただき、出費は最低限にしていただきたいのです。
我々は、未だに人口の面でガミラス、ボラーに比して数分の一の小国であるという現実は、変わっていないのです」

ハッシネン大臣の言葉に、一座は一時渋面となった。2180年代には130億を数えた人類。
それはガミラス戦役における一方的な攻撃で、18億にまで減少し、その後の数度の戦役により、最悪の時期には17億5000万にまで減少したのだ。
今でこそディンギル戦役以来、20年近い平和と繁栄。そしてそれに伴う出生率と平均寿命の改善により、人口は30億以上を数えるに至っている。
さりながら、それだけの人口を増やすには、雇用と奨励金、各種医療保険や年金。
そして多数の死傷者を出した防衛軍に対しても、傷痍年金等が必要となる。福祉は高度に発展した国家。その財政にとってのブラックホールという呪いは、23世紀でも健在であった。

「私も極端に国庫を悪化させる、傾かせる軍事行動を提唱したつもりはありません。しかし、現地からの報告が確かであれば、BETAという異生物はかの世界の人類を、既に数十億。
嘗ての遊星爆弾で失われた人命並の命を、補食しております。万一、市民へその脅威が向けられる可能性を、軍は看過できません。
ボラー方面に関しましては、幾らかの機動予備を前進配置すると共に、交渉で何とか出来ればと。・・・財務大臣、ご意見がおありでしたね?」
「ええ、これは経済産業省、運輸省とも共同で審議した素案なのですが」

中堅企業の経営者から出発し、地球連邦の金庫番にまで上り詰めたアメリカ系財務大臣。クリーズ氏は長身と禿頭を伸び上がらせるように、やや高めの声音で応じ始めた。
相当に入念に審議を行ったのであろう。出てくる数字は立て板に水であった。彼は多少積極財政を支持する傾向が強い。
つまりは、場合によっては多額国債発行もいとわない「大きな政府」に傾倒しがちな側面はあるが、財源となりうるものは逃さない嗅覚も併せ持っていた。

「現地のベー・・・・ああ、BETAでしたね。BETAの侵攻を受けていない土星衛星地帯の資源なのですが。
概ね我々が知っているものと、同等の埋蔵量が見込める可能性が高いという結果が、官民双方の調査で出ています。
まあ、調査に共同したガミラスにも分配しなければなりませんが、大雑把に言えば特大の植民船団が最低一〇個、護衛艦隊込みでは作れるであろう資源が。
また、鉱床地点が概ね掌握できているため、資源試験採掘は一週間もあれば。商用大量採掘活動でも一月あれば何とかします。
これにより雇用増大、税収増大。何より、ボラーに対する取引材料とすることで、ことを穏やかに纏めることは、不可能ではないかと」
「雇用と税収増大は有り難いですが・・・問題は出方不明のボラー、ですか」


「ならば、内閣としての方針は決議されたようなものだな」


それまで敢えて沈黙を守り、閣僚達の議論を興味深く見守っていたイーノス・アークハート大統領は、
あれは政治家というよりマフィアのボスに近いのでは。そう言われる酷薄そうな顔に、薄笑いを浮かべて言を発した。

彼は彼で、自前の諮問機関による情報収集は欠かしておらず、同時に数度の閣僚経験から、各官公庁のトップ。その考えの指向性については、十分熟知していた。
本来は教養人であり、ユーモアを好み、敵対者に対しても控えめな紳士でありながら、
外観で常に誤解される地球連邦政府の最高権限者は、今度ばかりは誤解のしようのない、明確な発音で各位へ令達を発し始めた。
日頃は物静かで、それ故に睨み顔と誤解される彼であるが、一度スイッチが入ると、行動力は非常に大きい。


「古代総司令、子細は任せる。艦隊のみでの迎撃に万が一失敗したことを想定し、
空間騎兵師団と軌道防衛システムの現地展開を外務・ガミラスと共同で、シャルバートへ申し込んでほしい。
BETAとやらの物量を考えれば、艦隊と航空隊、軌道防衛システムのみで漸減できるか怪しいものだ」
「2個師団と1個システム群でしたら、既に出師準備は整っております。空間騎兵は重機甲師団ですので、幾らか予備役輸送船舶もお借りしますが」
「抜かりはないようだな。予備役船舶の復帰は予算を付ける。存分に使ってくれ。外務大臣、君には幾つも案件を押しつけることになる。
財務、運輸と共同して、ガミラスとボラーとの共同合議にあたってもらう。
ガミラスには多少緩い、無償に近い形で現地資源の数割を供与し、ボラーとの協商関係拡大交渉の援護を取り付けて欲しい。
ボラーも短剣を手放さないとはいえ、国民生活レベルが今よりも安定して、
戦争など当面結構と国民が言い出せば、あの寡頭支配集団も無茶はできまい」
「外務も甲案として、そのアウトラインは策定しております。直ちに関係各所との詰めの上で、半月以内には・・・・・
ああ、それと。向こう側の国際連合へ、大統領の署名を頂いた正式な一筆も頂きたいのですが」
「ん・・・?いかん、まだだったな。年は食いたくないものだ。それも含めやってくれ。田中大臣、ボラーのヒューミントを、酷だが現状維持のまま監視を続け、必要なら拡大して欲しい。
外務を信用しないわけではないが、あの国は軍閥の寄り合いに近かった時代もある。暴走集団の激発に関わる情報は、押さえておいて欲しい」
「あちらさんのボラーチウムを用いた通信ライン、そこへのパッシブ観測も既に開始しています。ヒューミントはまあ、慣れた人材をもう少し増員いたしますが、それで『あちら側』の方は」
「それは最早、私が行くしかあるまいよ」


アークハートの発言に、一座は流石に騒然とした。確かに相手は、地球連邦から見れば小規模とはいえ、主権国家の集団である。
そして、かの世界の国際連合は、地球連邦ほどではないにしても、難民保護から軍隊に至るまで、一種の超国家組織として、嘗ての自分たちの母体である国連よりも大きな権能を有しているという。しかし、とはいえ。


「閣下、こう申し上げてはなんですが大胆に過ぎます。外務でありましたら、私が」
「君にはボラーを睨み付けて貰う仕事がある。私ではまるで、逆にボラーからシマを寄越せと誤解されかねないからね」

アレクサンドラ外務大臣の懸念に、アークハートは苦笑して、自分の面立ちを指し示し、敢えて日系人のマフィアの慣用句を用いた。その後に一転、表情を真剣なものへと切り替えた。

「あちらは恐らく、3世紀近く進んだ異世界の我々に、半信半疑だろう。今後は有力な資源得意先、そしてBETAに対する緩衝地帯だ。
芸のないやり口とは承知しているが、国権の最高責任者が、足を運び、礼節を示すほかはない。それにむざと用心もせずに赴くわけではない。古代総司令」
「はい」
「現在動かせる頑丈な大型戦闘艦。古い主力戦艦でもかまわない、適当なものにあたりをつけてくれ。
かの世界をことさらに威圧するつもりはないが、一度は核攻撃を受けているという。コーランではないが拳と掌、双方が必要だ」
「3時間以内には。護衛の空間騎兵、補助艦も含め選抜します」
「すまないな。砲艦外交など下策とは承知だが、私も安直に倒れるわけにもいかん・・・ハッシネン大臣」
「ええ、ええ。分かりましたとも。こちらも腹を据えましたよ」

最早苦笑すら浮かべつつ、政治家としては古参の域に達している厚生労働大臣は頷いた。
異世界発見などは初めてであるが、彼も、二重銀河衝突の余波や宇宙災害。
それに伴う救援計画発動の指揮を執ったことは、両手の指を越えるほど経験を持ち合わせている。
それこそ、「手段を問わない」方法で切り抜けたことも、一度や二度ではない。彼は彼で、与党野党、財界、産業界を通じた手管と人脈を豊富に有している。

「ああ、そうあってほしい。将来の雇用と税収のための先行投資だ。
 中古や期限ぎりぎりでもかまわない。コスモクリーナーから糧食パックに至るまで、現地難民支援準備に取りかかって欲しい。
 軍需や工業力の援助も必要だろうが、好印象を与えるには、誰もが反対できない大義名分からが良かろう」

「そういえば」

誰が言ったかは分からないが、このような発言が残っていたとされている。

「今更ですが、国民への発表は如何致します?野党は野党で、独自のシンクタンクと、軍・保安庁からの報告によりある程度知悉していますが」
「それこそ今更だな、君」

アークハートは本人にとっては苦笑を。端から見ると、禁酒法時代の大物マフィアが、同業者を恫喝しているような笑みを浮かべた。

「圧縮光速レーザーを通り越して、タキオン高速通信が行き渡った時代だ。今や、恒星間ネットを初めとする情報媒体は、あのワームホールのことで持ちきりだ。
誰も海賊船の急増など、本心からは信じてはいない。何より、二重銀河の消滅や異世界銀河の出現などで、良くも悪くも我が国民は慣れてしまっているからね。
こういった事態に。議会でも地雷のようなネタだから、誰も触りたくないだけ。それだけのことさ」

結局の所、国民への公式発表は、当面は緊急措置の密会措置を執られた連邦代議会。その決議を経て、実働が事実上始まった段階で、
「人道支援措置」「緊急避難・災害防止対策」として公表されることが、この場で決定されたとされている。



「とある異世界の盗掘者達・宇宙戦艦ヤマト2229/マブラヴオルタネイティヴ 第5話」




「労働党としては、にわかには認めがたい案ですな」

閣議決定後、急遽議会が招集され、それも地球連邦議会としては珍しいことに、一時的な秘密国会とされた議事。
そこにおいて、防衛軍や軌道保安庁、各種官公庁や民間企業の調査結果に基づく、アークハート内閣。
そして、彼の所属する共和党の作成した、異世界関連事案立法について、労働党の党首。ウィリアム・ゲイツ党首は苦い顔で応じた。
医薬品を中心とする新興財閥から出馬し、四十代半ばにして党首の座にある切れ者であった。

医療関係からのバックアップを受けつつも、福祉のブラックホールについても、一定の理解は持ち合わせており、
最良とは言わないまでも、次善に近い野党党首と市民からの評判も悪くない。

「いえ、我々も防衛軍や保安庁。運輸省などから報告は受けています。何も異世界を与太話とするわけではない。
しかし、そこへ積極的に関わるというのは、異次元銀河衝突でいまだ不安定なボラーを刺激しすぎます。軍や外務の能力を疑うわけではないが、
最悪の事態に至った場合の人命損失、出費を考えれば静観。良くて情報交換に留めるのが安全策というのが、我々の見解です」

野党側からは概ね同意を示すうなずきやうめきがあがる。流石に罵声や野次は飛ばない。そのことは院内法、つまりは国法で厳密に禁止されていた。
過去の各国の議会において、牛歩戦術や野次、暴力行為などの愚かしい行動により、著しく議事が遅滞したことを、地球連邦政府は忘れていなかった。
そして、そのような遅滞を国力に劣る国家がなす事を許してくれるほど、恒星間時代の政治と外交は、甘くはなかった。
議会における最低限度のモラルを、外的環境の厳しさが底上げしたことは、ある意味で幸福とも言える。

「議長、宜しいでしょうか」
「イーノス・アークハート君、どうぞ」

議長を務める与党穏健派の長老の許可を得た上で、アークハートは立ち上がり、一同を見渡す。
本人としては、周りの反応を伺っただけなのだが、酷薄そうな冷笑が張り付いたような顔立ちにより、いつものように威圧感を与えてしまっている。
内心で、私はいっそマフィアか海賊にでもなった方が、もっと稼げたのだろうかと内心で苦笑しつつ、外観に反した、穏やかな発音で応じ始めた。

「ゲイツ氏の懸念は仰るとおりです。ボラー連邦はかの異次元銀河衝突からの強引な立ち直りで、民心も安定しているとは言い難いのが実情です。
これを奇貨とばかりに、何らかの軍事行動を起こしかねない。その危険性は閣内においても検討されました。何よりもその危険性を警戒したのは、防衛軍です」

そこで一度言葉を切り、再度反応を確認し、彼は続ける。

「さりながら、ここにいらっしゃる諸氏には既に報告が届いてらっしゃるでしょうが、
 BETAという異生物は、仮に異世界であろうと、人間を補食対象として大きな興味を抱く危険性が高いのです。
 しかも数は、ボラー連邦全艦隊のそれを、桁で軽く3つは上回ります。
 あの、ハイゲートと呼称される、特異なワームホールの出現は、ある意味でもう一つの戦線を抱えたと行っても、間違いではないでしょう」
「その点については、同意いたします」

ゲイツ党首も、流石に異生物襲来の危険性を看過するほど、与党批判に凝り固まってはいない。彼とてガミラスの遊星爆弾攻撃を経験した世代であった。
それに類似する危険性がどんなものかは、自らの少年時代の貧窮(彼はその頭脳と学習意欲から、今の実家に養子として迎えられた孤児であった)から想像しうる能力は、十分に有していた。

「さりながら、我々はボラーという、混乱しつつも大量のプロトン惑星破壊ミサイルを抱えた、軍事国家を相手にも、事実上の冷戦を抱えています。
それを刺激し、事実上の二正面作戦を断行せざるをえない場合を、最も我々は懸念しています。
 仮にガルマン・ガミラスのの友誼、各種安全保障条約履行があったとしても、です。
 これは最悪の事態を想定し、退役軍人や各種研究法人を含むシンクタンクに依頼したデータですが、どうか御覧頂きたい」

与党内の有力代議士、連邦大統領が私的シンクタンクを有するのと同様、野党側党首とて、
自前のシンクタンクを持ち、常に学習しなければ議事で話にもならないのは、この時代でようやく定着した議論のレベルであった。
そして、各位の議席の端末に記されたデータは、与党議員でさえ思わず眉をひそめねばならないものであった。
それは、限られたBETAの情報。そしてボラー連邦が最悪の事態、軍事侵攻を起こしたケースの数値であった。
その場合、防衛軍は予備役艦艇、予備役将兵、スケルトン師団の悉くを動員し、平時の国家予算3年分から5年分を一戦で使い切り、
2つの敵を撃退出来るかは6割か7割ほどの賭、人員損失は100万単位に昇るとされていた。

そして、これはあながち荒唐無稽な数値ではない。地球防衛軍・防衛艦隊は質の面でボラー軍を凌駕しており、単位あたりの戦闘力は恒星間国家の中でも屈指に達する。
軌道保安庁も平時は警察力であるが、有事には強力な護衛戦力へ変貌する。しかし、数の面では先方が衰退した現在でも、3倍近い差異がある。
その上で、最低数億というBETAを、ハイゲート近隣宙域とシャルバートを防衛ラインとして戦った場合。

ガミラスという強大な同盟国の増援を受けたとしても、この損失。人命と国庫、双方での喪失はけしてありえないことではない。
人命は言うまでもなく、防衛軍は有する3000隻以上の戦闘艦の内、平時においては三分の一をモスボールし、比較的世代の新しい艦艇に。
空間騎兵も額面上は45個存在する師団の内、15個師団を司令部要員と基幹将校、下士官のみ存在するスケルトン師団として、32個師団を充足し、辛うじて防衛ラインを構築しているのだ。
その様な実状の中で、平和な日常では民間人として働き、国庫に納税している予備役将兵を動員し、前線から後方まで張り付ければどんなことになるかは、誰も考えたくない結果である。、

さりながら、アークハートはさして動じた風を見せなかった。
内心では穏やかではないが、彼はこの数値を、やはり閣内の論議と自前のシンクタンクによる教唆で、ほぼ近いものを事前に認知した上で、この場に立っている。
無論、後ろ暗いジョーカーや密約。その準備した数も、ダース単位では利かないほどである。


「その点については、経済産業相より返答させていただきたく思います。議長、宜しいか」
「アーベル・ブラウナー君、どうぞ」

先の閣議に際しては、各種重工業や鉱工業関係者との調整会談で出席できなかった、謹厳実直がイメージのドイツ系としては珍しい。
半ばはげ上がった頭皮、笑みを絶やさない丸顔、やや突き出た前腹など、
どちらかといえばビアホールで仕事後のビールを楽しんでいる方が似合いといった風情の閣僚が、よっこらせと重たげに立ち上がった。

「ボラーに関する懸念はごもっともです。我々も同様の見解に達しています、が。先方の世界の手つかずの資源地帯、バカにしたものではありません。
南部、EHI(ユーロヘビーインダストリー)、GE、繁華公司、住友。後は保安庁などの手も借りましたが、事前に鉱床座標が分かっていることから、
自動プラントと熟練した要員さえ手配できれば、一月で商用ベースの流通に乗せられます。全部が我々の取り分というわけではありませんが」
「ふむ・・・確かに、新たに鉱床を一々探らなくて良いメリットは分かりますが、やはり一部はガミラスへ?」

野党側の重工業系列に造詣の深い、旧中華大陸系の重工業企業のバックアップを受けている代議士が、微かに頷いた。
機会主義者として些か嫌悪されている人物であるが、短期・中期的な利益に関しては、かなり現実的な理解と見識を示す人物でもある。
イニシャルコストとトータルコストの区分けが付かないほどの、愚か者でもない。その問いに対して、得たりと微笑を浮かべたブラウナーは答えた。

「ガミラス『にも』です。現在、外務と運輸と共同で折衝中ですが、この際、ガミラスの外交援護を取り付けボラーと協商条約を締結。民生品レベルでの希少金属や電子部品。
逆にあちらさんからは、兎に角安く回ると評判のボラーチウム波動エンジンを筆頭に、協商条約で扱う代物を拡大しちまうんですな。
多少の赤算を見込む価格で。外貨流入で生活レベルが向上し、あちらの不満が減少してくれるなら、軍を出して事を構えるよりは安くつくでしょう?」
「大胆な提案ですが・・・ハイゲートがいつまで持続するか。それが不確定な実状で、それを先方が呑みますかな?」
「その案件が、この議会を密会として頂いた理由の一つなのです」

アークハートがブラウナーの発言を引き取る形で、議長に軽く会釈を行うと、軽く咳払いをしてから言葉を発した。何しろ内容が内容なので、言葉は余程慎重に選ばねばならない。

「今から20年近く前のディンギル戦役。その中には従軍された諸氏もいらっしゃるでしょうが、この宇宙には、
人間以外にも知性と意志を持つ存在があることは、アクエリアス破壊作戦の一件でご承知かと思われます」

その上でと、一端言葉を切る。さあて、これほどのオカルトじみた話を、どれほど誰が信じるかは、言葉の使いよう次第だろうな。

「かのワームホールの調査に、シャルバートのルダ女王。防衛軍予備士官でもある、イスカンダルのサーシア王女にも立ち会っていただきました。
検査結果はクロです。非常に嫌な言い方になりますが、あのワームホールは向こうの世界でBETAに食い殺された、数十億の死者の残留思念。それにより形成された上で、
現在、ガルマンガミラスのマイクロブラックホールコントロール設備で、規模を維持されているのです」

流石に、静粛を旨とする院内にも動揺が走った。幾ら何でも、だまし文句じゃないのか?大統領、過労で壊れたのか?そんな言葉さえ微かに聞こえてくる。
まあ、無理もない。今度ばかりは表情にも、隠すべくもない苦笑を浮かべたアークハートは続けた。

「議員諸氏の皆様が、私が壊れたかオカルトに耽溺したか。はたまた山師かマフィアへの転職を始めた(ここで軽い苦笑が起きる)とお考えになるのも、無理はありません。
しかしながら、あのお2人の感応能力自体は実証されております。何より、現地へ派遣された艦隊が、同方面の、我々の住む蒼い星とは異なる地球を観測して参りました。古代長官」
「防衛軍長官、古代です、臨時にオブザーバーとして参加させていただいております。
現地派遣部隊のデータは様々ですが、要約すれば既にユーラシア大陸は異生物で埋め尽くされ、植生と自然は壊滅。
人口は16億まで減少。まあ遊星爆弾攻撃で、明日の朝日を拝めないと怯えており、私が乗艦もろとも漂流していた頃の我々と、大差ありません。
統計データは既に転送いたしましたが、ここは映像の方がわかりやすいでしょう。議長、プロジェクターをお借りできますか?」
「許可します、古代長官」

古代が敢えて無言で操作し、23世紀現在でも省電力や省スペースから多用される、有機EL大画面パネルには、あたかも2199年の地球もかくやと思しき映像が映し出された。

現在では嘗ての町並みの色合いを残しつつ、より機能的に再整備され、観光都市としての色合いさえ添えられたパリ、モスクワ、ベルリン、プラハなどの、ユーラシアの古都は、ベトンと鉄骨、兵器の残骸。
そして白骨化した無数の食いちぎられた亡骸と、BETAと呼ばれる異生物の死骸で埋め尽くされ。もしくは硝子状の大地に整地されていた。そして、未だに人類が居住しているであろう地域。

恐らくは日本か英国と思しき島国では、空間騎兵の用いる重装甲服を数倍に拡大したような兵器、古典的な装甲車両や重砲。そして野戦陣地が、数十万、数百万のBETAの津波を食い止め、
そして一部では文字通り食い尽くされる有様が、子細に流れていた。画面の端には現在時刻、そして現地時刻が記されている。つまり、これは現在進行形で進んでいる事態と言うことだ。

「現地国際連合の許可を得て、派遣艦隊各艦のタキオン合成レーダー、パッシブ光学観測システムが記録し続けているものです。
幸い、現地とのタキオン回線によるリアルタイム通信は維持されております。彼らは過去30年の歴史で、
50億近い人命を喪失したと、数度の現地部隊との協議で報告してきたそうですが、あながち嘘ではありますまい。
短期にハイゲートが閉じてくれるなら、寧ろ越したことはありませんが、
これだけの死者の残留思念が簡単に消えてくれるかは、女房も娘も確証を持てんと言っておりますな」

先ほどの動揺とはうって変わって、院内は重い沈黙に支配された。
連邦議会は有能であれば、若手の代議士も積極的に登用することを、一応は心がけている。
さりながら、幾ら何でも30歳を下回る世代はここにはいない。つまりは、誰もがガミラスの遊星爆弾による絨毯爆撃。ガトランティスの巨大戦艦による艦砲射撃。
あるいはデザリアム降下兵団による地球占領を経験した男女達であった。

その当事者の長老格に入りつつある古代守は、敢えてその当時の記憶を刺激する映像を、予告無しで流したのだ。
そして、彼の妻と長女。つまりはイスカンダル女王と王女の双方が、人やそれ以外の知性生命体の思念を、鋭敏に感知し、
判断することが出来るという事実が、映像の衝撃に拍車をかけていた。

「つまり、因果な話ではありますが、我々は50億の死者によって舗装された高速道路を用いて、希少資源を大量に運び出すことが可能なわけです。
冒涜的な発言なのは承知ですが、ご理解いただけでしょうか」

この時ばかりは、表情が半ば消えた顔立ちでブラウナーが先ほどの中華系野党議員に向き合った。
ブラウナー当人とて、この映像資料を事前に知悉してはいたが、相応の衝撃はあった。野党議員氏はなるほどと一言頷くと、無言でその映像に食い入った。
中華大陸は、ガミラスが恐らくはその広大な地形を、植民に利用したい意図があったのであろう。
最も多数の遊星爆弾の降下を受けた地域であった。嘗て20億を数えた中華系市民が、現在では4000万名まで減少し、
華僑として古い有力な家系のバックボーンを持つはずの彼が、野党中堅議員に甘んじているのも、その影響が些か影を落としていた。


「宜しいでしょう、当面、労働党としても、少なくとも緊急難民援助事案までは、党内決議の末に前向きな回答を寄越したいと考えます」

ウィリアム・ゲイツは何かを思いきったような、悲痛な顔色を浮かべた相貌でアークハートへ応じた。
野党側の議席で、些かのざわめきが走るが、片手を僅かにかざすことで彼はそれを押さえ込んだ。

彼は独裁的な党支配体制をさして好まない男だが、見込みがない。努力する意図がないと見限った相手は、身内でも切り捨てるという、冷徹さで知られていた。

そして、この態度は8割が演技であった。別に彼とて、BETAに蹂躙される異世界の地球に、過去の自らをオーバーラップさせないわけではない。
しかしそれは過去のことと割り切れないような人物が、二大政党の党首になれるはずもない。

何より、彼の支持母体となっている医薬品業界。主に北米、北欧を中核とした新興薬品財閥にとって、公費援助さえ見込めるこの事案への賛同、半ば決定事項であった。
彼はアークハートのような、古典的な英国紳士にして資産家のような人物を好いてはいないが、党利と支持基盤への金の流れ。
そして幾らかでも国益を増すチャンスを、是が非でも与党へ反対という幼稚な動機でつぶすほど、愚かではなかった。

何と言っても彼の
支持基盤である薬剤財閥は、嘗てはジェネリック医薬品と呼称された、正規の医薬品に比して些かリスキーではあるが安価な医薬品を、軍や発展途上地域や植民星系に大量に売りさばいてきた。

度重なる嘗ての戦乱や、現在の爆発的な人口増加は、まさに彼を拾い上げた新興薬剤コングロマリットにとって、
波動エンジン並の発展をもたらしたのだ。無論、副作用の症例も少なくはなく、訴訟も多い。
主にこの男のお陰で、未だに地球連邦市民の平均寿命は100歳を越えないのだと、後ろ指を指されることもある。
しかしながら、高価で高品質な少量の医薬品より、多少リスキーでも一応は安心して使える医薬品を、兎に角大量、何処の辺鄙な病院・薬局でも処方できるように。
それこそが、嘗て貧窮と飢餓を経験し、その上で生き残り、経営学等々を実地で学んだ彼ならではの、一種の哲学であった。


(待っていろ異世界人ども。こちらでは3級薬品、在庫期限ぎりぎりの糧食、清水でも、お前らは喉から手が出るほど欲しいはずだ。
それを公費援助で売りさばけるというのであれば、過去の悲劇に打たれた紳士の演技でも、いけすかないジョンブルとの取引でも、謹んで応じてくれる。
幾らでも在庫を出血価格で押しつけてやる。代価が我々も欲しいコスモナイトとあれば、尚更、な)

 
そう、アークハートの持っていた最大のジョーカーは、既にウィリアム・ゲイツとその支持母体の役員クラスと、利権と公益事業分配について、手打ちが暗に為されていたことであった。
議事を密会としたことは、BETAの衝撃をいきなり市民へ与えるわけにはいかないこと。
反面、それぞれの陣営の、嘗ての言葉で言えば陣笠議員と呼ばれる若手に、あえて密会という非常システムを用いることで、危機感を植え付けるために過ぎない。

まさに政官財の癒着そのものではあった。ついでにいえば、与野党双方が公共事業。あるいは収賄に関して、この時期、互いに相当危険な爆弾を握りあっており、
適当な手打ち。落としどころを欲していた側面もあった。
市民にとって、公正明朗で速度を犠牲にした議事が良いのか。このように半ば手打ちの末で、
一応の進展を癒着の末に進めるのが幸福なのか。それは受け手次第によって、千変万化であろう。


何はともあれ地球連邦政府は、当面は難民救助に必要な一連の機材、物資を。やがては確実に要求されるであろう武器弾薬、電子装備、製造設備とノウハウの供与を引き替えに、
異世界より希少資源を大量採掘し、景気回復と外交緊張緩和に乗り出すことを、本格的に決心したのである。
なお、政府公式発表として、ハイゲートの存在が告知されたのはこの議事の5日後であったが、誰もが、何を今更といった反応であった。
民間船舶が遠距離からでも撮影した映像が、タキオン高速通信を介した恒星間ネットの随所で閲覧され、
尚かつ、過去に二重銀河消滅や太陽の融合暴走、異次元銀河衝突といった事態を見てきた人類は、このあたりの感覚が、かなり麻痺している部分があった。



*異世界:1998年10月12日

未だにBETAの侵攻を受けず、人類の栄華。その残滓を色濃く留め、同時に人類の抵抗力の原動力となっているアメリカ合衆国。
その大都市ニューヨークに半世紀近く、巨大な存在感を示し続ける国際連合本部。そこでの議事は、地球連邦のそれと異なり、一層重苦しい空気に包まれていた。
ラダビノット准将、香月博士、社少尉の三人。そして駆逐艦「エイラート」の観測により、かの「シャトールノー」と名乗る宇宙船。
否、彼らの基準で言えば「巡洋艦」は、技術に造詣のあるものならば、数世紀は彼我技術に懸絶があることを、一目で見て取れるものであった。

救いといえば-

「彼らは会談した限りでは我々と同様の、地球人です。それもかなり慎重に、礼節をわきまえた。
困惑が強いのは互いのようですが、BETAの擬態という最悪のケースは流石に皆無です」

一通りの報告を、上の発言で締めくくったラダビノット准将に続き、香月博士が事前に関係各位に配布。転送した資料を基に後を引き取った。

「我々も幾つかの技術サンプルを受け取り、検証した結果、懸絶しているのは技術力のみではありません。当然のことですが、国力もでしょう。
彼らは幾度もの異生物の侵略を受け、そのたびにそれらの技術を簒奪し、あれだけの大型宇宙船複数を、『分遣調査』に送り込めます。
そして、こちらの核攻撃衛星、S-11自爆システムを何らかの手段で遠距離より、精密に検出。
更には我々が地球上で行っている通信も、相当広汎、明瞭に傍受されています。間違っても喧嘩を売れる相手ではないでしょうね」
「すると、つまりはあれかね」

大日本帝国外務省より出向している珠瀬国連事務次官が、老いた。さりながら思慮深い相貌に、深刻な懸念を張り付けて香月博士へと応じた。
誰もが言い出しにくい懸念であったが、それを切り出さざるを得ないのが、先の半島撤退作戦で戦線崩壊を招きかけたとされる大日本帝国。そこに属する男達であった。
彼らはあらゆる意味で泥を被り、不信と懸念を稀釈し続けるほかない立場にあった。

「我々はその気になれば、BETA以外にも生殺与奪を容易にコントロールできる。そんな存在と接触してしまった。
是が非でも協力、最低でも無害な関係構築を図らなければ、敵対などすれば将来はないということか」
「当方の核飽和攻撃を、たった2隻の『駆逐艦』が完全に迎撃し、その余波を受けても平然としているほどです。
その筒先がこちらへ本格的に向けられれば、確かにそうなるでしょう。彼らの戦力はよく統制され、抑制されていますが、潜在的な能力は圧倒的です」

「そして、最大の障害は」

アラブ系諸国より選抜された、浅黒い肌を持つ国連事務総長が低い口調で呟いた。

「彼らがジョーカー、エースをダース単位で有しているのに対し、こちらが供出できるカードが余りにも少ないことだ。
ラダビノット准将。彼らが2週間以内に会談を、地球上で望んでいるのは、間違いないのだね?」
「国際公法、合衆国法に従い、軌道上より降下、公海に着水。
後に我が方の艦船に座乗。直接対談を行いたい、と。司令部要員とあちらの官吏のみのようですが」

そう。地球防衛軍や地球連邦が、国力の面で言えばこの世界と比して、四桁や五桁では効かない国力の違いを持ち、
卑近な例で言えば、その気になれば地球軌道上の全ての核攻撃ステーションを短時間に吹き飛ばせる。
それだけの実力を有しているのに対し、こちらはといえば、時代の違いを差し引いたとしても、
BETAに地球の過半を食い荒らされ、人口と資源は目を覆うばかりの勢いで激減し、天候と自然環境は悪化の一途をたどり。

そして何よりBETA侵攻の勢いは、人類の奮闘を余所にとどまるところを知らない。出来れば、彼らが悪魔であれ何であれ、援助を頼みたいと考える反面、
大人しく出ていってくれればそれで良いという諦念も、誰もが隠しきれなかった。その矢先に、直接対談の通知が寄越されたのである。

「いっそ・・・ですが。派遣された外交団を招待名目で軟禁し、それをカードといたしますか」
「莫迦な」

日頃、声を荒げる事の少ないラダビノット准将が、短く、しかし深い怒気と叱責を含んだ言葉で、誰が為したかは分からない、その発言を遮った。

「彼らは真意は兎も角として、記録にあるとおり、文明国の軍隊として我々に礼をもって接した。
 こちらが正真正銘の野蛮人であることを示せば、交渉どころの騒ぎではない。
何より、人類全体の名誉を著しく損ねかねない。礼節と名誉。これはカード以前に、ゲームにあがるための必要最低条件なのだ」
「飽くまで所見ですが、太陽系をあれだけの速度で航行できる機関出力。そして、駆逐艦でさえあの攻撃力です。
仮に、旗艦としている大型宇宙船が、人質を無視して攻撃を行えば、この都市もハイヴさながらの有様を呈するでしょうね」

事実であった。古代中将やマルスラン大佐は、直接の兵装の威力については一言も触れていない。
しかしながら、香月夕呼という英才にとって、同様のサンプリングケースから拡大ケースを、緻密に想像してみせることなど、造作もない。

実際、「シャトールノー」「ゴトランド」に搭載された、各9門の15インチ衝撃砲。これを最大出力、
ないし波動融合カートリッジ弾を一斉射でも撃ち込んだ場合、20世紀レベルの大都市であれば、そこは石器時代へと先祖帰りせざるを得ない破壊力を有していた。

そしてまず用いられることはないが、防衛艦隊の最終兵器の一つ。拡散波動砲を用いた場合は、北米大陸そのものが滅亡しても不思議ではない猛威を発揮するだろう。

「彼らとの対談を避けることは、最早困難でしょう。しかし、一つ条件があります」

合衆国側の国連大使が、落ち着いた。しかし反論を許さない口調で口火を切った。

「誇張でも自尊でもなく、現在の合衆国は対BETA戦線の最大後方拠点です。
如何に彼らが礼節を知る抑制された軍隊であったとしても、その最重要拠点へ未知の軍隊を受け入れることは、承伏しがたい」
「しかし、現在合衆国と南米、豪州以外に満足に国土を保全している国家など、殆どありませんぞ?」

合衆国大使は確かにそうですなと呟くと、おもむろに珠瀬に向き合った。

「願わくば、大日本帝国における彼らとの面談を所望したい。無論、私も出席いたします。
幸い、彼らの最高指揮官は日本人。あるいは日系人と側聞します。メンタリティの面でも問題は少ないのではないですか」
「それは-」

老練の事務次官といえど、さすがに言葉を詰まらせざるを得なかった。
つまるところ、合衆国大使。そして概ね彼に賛意を示し始めた、各国の大使(その中には大東亜連合構成諸国の人間さえいた)達はこう言いたいのだ。

先の光州作戦。半島撤退作戦に於いて、帝国陸軍現地軍司令官が、大東亜連合の難民救助要請に折れて、
一時帝国陸軍部隊が戦線を離脱。国連軍、合衆国軍、豪州軍などに指揮系統壊滅寸前の、甚大な損害を与えかけたツケの支払いは、未だに終わっていないと。

あの作戦そのものは、事態を掌握した帝国政府が顔面蒼白で、軍令部、参謀本部並びに連合艦隊司令部へ勅命を発し、
帝国の有する現役超弩級戦艦8隻の内の実に6隻。巡洋艦、駆逐艦2個艦隊。強襲揚陸専門の戦術機甲戦隊4個全て。精鋭の富士教導団。
そして統制型輸送船を改修した、MLRS搭載火力支援艦数十隻を根こそぎ急行させ、辛うじて戦線崩壊を阻止。その判断自体は各国軍より高く評価され、一部では感謝さえされた。
しかし、帝国と帝国政府そのものへの不信感は、特に米国や豪州、国連内部で非常に強いものとなっていた。

さりとて、ここまで露骨な態度となるとは・・・大東亜連合さえ。やはり、寄らば大樹の陰ということか。

「今の、私の一存では決められません。帝国とて、前線国家として戦っており、尚かつ戦線の後方には無辜の臣民や保護居留難民がおります。
政府、征夷大将軍の判断も仰がねばなりません。即断はいたしかねます」
「極東を預かる国連第11軍としても、賛同はいたしかねます。大日本帝国近隣には、佐渡島と朝鮮半島鉄原に、大規模ハイヴが存在することはご存知でしょう。
最悪、彼らが降下軌道を間違えれば、重光線級の集中砲火を浴びかねません。危険すぎます」

珠瀬は軍事的な見地から援護射撃を出してくれたラダビノット准将に、軽く謝意を示しつつも、
内心で断り切ることは出来ないであろうと、苦い思いで既に現実を受け入れつつあった。
実際に合衆国は、彼らの大使の言葉通り、誇張でもなんでもなく、各前線国家への巨大な兵器廠兼難民受入国家として、
限界に近い(そう、あの潤沢な、現代のローマとでも言うべき国力を持つ合衆国が、だ)状態に達している。

何より、合衆国はこの半世紀以上。カナダに降着ユニットが落下したことを除けば、外敵の侵攻を受けたことがない。
下手な接触を起こせば、過剰反応を惹起しかねない。その可能性も懸念しているのだろうと、珠瀬には察しがついた。

「前線国家として、大日本帝国が奮闘されているのは承知しています。
しかし、それを支える我々も、今や全世界に軍と各種物資を送り出し、尚かつ百万単位の難民を受け入れている。
 何より、仮に重光線級の攻撃を受けた場合、彼らの軍事技術のレベルを図る試金石にもなる。
 議長、珠瀬事務次官。どうかご承諾いただけませんか」

彼も合衆国大使とて、単に世界随一の大国として、実質、国連事務総長を上回る強権を振りかざしているのではない。
只でさえ難民受入の増加で治安が悪化しているところへ、幾ら公海上に停泊するとは言え、大多数の人間から見れば「宇宙人」がやってきた。

その様な情報が、何らかの形で広まれば、どのような事態を引き起こすかは見当も付かない。
他国民から「未だに合成食料を食わないで済んでいる」と羨まれることの多い合衆国だが、
かの国の国力をもってしても、戦時体制による赤字国債の累積と、難民と国民との間のトラブル。それに端を発する犯罪発生率上昇に、歯止めをかけることはかなわないのだ。
そしてこの国が、各国との安全保障条約に従い、被服から戦術機に至るまで、大量に送り出す軍需物資。
そして潤沢な装備・豊富な戦術と戦略の蓄積を誇る、米国軍の全地球規模での派兵が破綻を来せば、それは、つまり-

議長を務める事務総長も、やむを得まいと言う感情を相貌に張り付けつつ、珠瀬へ向き直った。

「珠瀬大使。私も大日本帝国の窮状は承知しているつもりだ。ラダビノット准将の軍事的懸念も妥当なのだろう。
 しかし、今の我々に、最大の後方拠点へ未知の存在を降ろすリスクは犯せない。
 第11軍には追加の戦術機甲部隊を、空輸にて増援を送る。合衆国陸海軍にも、最悪の事態に備え、グアムより帝国近隣に増援を派遣していただく。
現状ではその様な折衷案の上で、私も赴き、彼らとの会談を設定したいと考える。その路線で本国へ図っては頂けまいか」

持つものと持たざるもの。約束を守るものと破ったもの。その違いが、こういう軋轢となって、結果として帝国の首を絞め続けるのか。
せめて、あそこで陸軍が判断を誤らなければ。戦場の霧による止むを得ない判断ミス、そして人格の高潔さの余り、友軍を戦線崩壊に追いやりかけ、軍籍剥奪の末に極刑という、不名誉な最期を遂げた将帥。
彼にとっては個人的な知己の一人の顔を思い出しつつ、珠瀬 玄丞斎はこのように絞り出すのが精一杯であった。

「5日、お時間を頂きたい。彼らと接触した香月博士、ラダビノット准将の所見。お二人を介した異世界人との交渉。帝国政府にも諮問せねばなりません」
「良き返答をお待ちしております、切実に」



*異世界:1998年10月19日

一方、苦悩する日系人は何も地球上だけではなかった。第352分遣調査艦隊司令部、外交官や政策調整官、高等情報官達が、
この世界の国際連合及び各国政府。少なくとも、その実務官僚クラスとの対談を急いだことには、理由が存在した。

「国民への発表はまだしも、よりにもよって大統領閣下自ら乗り込んでくるとは、なあ・・・」

未だに豊かな総髪を軽くかき回しながら、古代進中将は呻いた。先ほど届いたタキオンバースト暗号通信によれば、議会はついにハイゲートと異世界を国民に公表したらしい。
それは良い。どのみち、民間船舶複数にも目撃されている。あのディンギル戦役の時でさえ、完全な情報統制など、結局は為しえなかったのだ。時間の問題ではあったであろう。とはいえ。

「理には適っています。確かに、小なりとはいえ主権国家の代表達との会談を要求するならば、我が方も有権者の代表者を送り出すのは正論です。
しかし、あの顔で来られたら、それこそ領土割譲要求とでも、取られるかもしれませんね」

ギュンター大使が、日頃穏やかな物言いの彼にしては珍しく、かなりきつい冗談を飛ばした。実戦経験を有する元戦車兵であり、シャルバートという非常に微妙なバランス感覚が求められる、
国境線に等しい区域の外交を任されるほどの彼にしても、あまりの唐突な決定。そして、国際連合参加諸国側の、交渉地域指定の二転三転には些か辟易していた。

彼としては、もう少し段階を踏んだ上での、本格的な交渉を考慮しており、その権限も与えられていたのだが、国権の最高責任者の言葉とあっては、逆らうわけにもいかない。

「兎に角、政府としてはアークハート大統領が来る前に、こちらの提案の概略。ある程度の実務段階での事前準備を、進めておいて欲しいようですな。
まあ、ギュンター大使の仰るとおり、マフィアの頭目の挨拶と勘違いされないためには、事前準備は必要でしょう」

バーンズ政策調整官は、何時も通りというか、相も変わらず歯に衣を着せない口調であった。
彼自身はアークハート内閣の能力に一定の信頼を抱いているし、何より地球連邦の一官僚として、有権者の代表に忠誠を尽くすことに疑問はない。
しかし、外務同様に、恐らくは国民、産業界、流通業界等の声に突き上げられ、性急にも思える決断を下した件については、含むところがあるようだ。

「恐らく、ベリック情報官が呼び戻されたというあたり、ボラー絡みもあるのだろう。
まあ良い、今は当座の問題に集中するほかあるまい。真田技術少佐、彼らの提示してきた降下経路。そして重光線級と呼称される異生物についてだが」
「砲術参謀、電測参謀、通信参謀、航海参謀らと協議しましたが、相当に危険な存在と見て間違いありません」

今は古代進の姪ではなく、予備役とはいえ歴とした技術少佐に立ち返った真田澪は、誤解の余地のない発音で切り出した。

「軌道上からも、はっきりと確認できるほどのレーザー照射出力が、地表にて多数確認されています。
 国連側からの資料では、極超音速の軌道突入兵器でも、超低空を飛翔する巡航ミサイルが相手でも、100%の確率で命中させてくるそうです。
そして、この時代のレベルとはいえ、戦艦が用いるような対光学兵装用の装甲を、十数秒で蒸散させる。
 面倒なことに、個体数も多数が確認されています。彼らの指定してきた大日本帝国近辺は、2つのハイヴが存在しますので、降下軌道を間違えれば、集中砲火は必至です」
「この艦の装甲、熱転換バリア、電磁障壁で何処まで保つか。それは直撃されないと分からないところですが、艦を預かる者としては、余り嬉しくない話ですな」

マルスラン大佐の暗に無茶な軌道突入は控えて欲しいという言葉に、古代は軽く頷くと、続いて航海参謀に報告を仰いだ。

「航海参謀、彼らの指定してきた軌道降下ルートについては、どうか。安全性の面で、だが」
「恐らくですが、試されています。私も真田技術少佐と幾らか意見を交換しましたが、最悪の事態。
つまり彼らの報告が過小評価であり、倍程度の射程を有していると考えた場合ですが、確実に照射を受けます。
少なくとも、彼らの報告書にあった、BETAという異生物が高性能な電算機や大型の機械。
 それに強い興味を抱く習性が事実なら、本艦は絶好の情報対象でしょう」
「そうか・・・」

これは本当に、ヤマトⅡ型でも持ち込むべきであったか。その様な埒もないことを考えていた古代であるが、決断は早かった。

「真田技術少佐、概略で良い。軌道上から確認できたレーザー出力は、どの程度か。我々の兵装に換算して教えて欲しい」
「概算ですが2190年代の大出力通信用レーザー、それに匹敵する出力は確実に。そして大気圏突入に際して、集中砲火は確実に浴びるでしょう」
「砲術参謀、降下地域周辺の目標の数は」
「かなり大きな落差があります。最小で2カ所合計400、最大観測数は1000を越えます。その内の半数は、我々を捕捉すると見て良いでしょう」
「宜しい」

古代は深く頷くと、令を発した。最早、声音に先ほどのぼやきや愚痴は消えている。

「先方の指定期日。現地時刻10月23日1100時に、我々は国際連合指定降下軌道を介し、大気圏に突入。
大日本帝国近隣の公海に着水した後、領海ぎりぎりまで光学ステルスを作動。爾後、先方の送迎手段の元に、帝国領内国連施設での会談に出席する。
降下に際しては、自動駆逐艦3隻を先導。合成開口広域電磁場を形成し、盾とする。
なお、本司令部からの出席者は私と法務士官、電測参謀、技術少佐の4名。他は『ゴトランド』にて待機。南部参謀長。緊急時は、指揮を継承せよ」
「了解しました。協議出席中、指揮をお預かりします。現在、火星軌道上で待機中の機動部隊は?
先方の態度が態度です。こちらへ急行させることも可能ですし、いっそ自動戦艦でも持ち込んだほうが良くはありませんか」
「それは最悪の事態のオプションとしよう。これ以上、彼らをいたずらに刺激はしたくない。
大統領閣下が予定を早倒しして、ハイゲートからやってくることもあり得なくはない」

古代の幾らか毒を含んだ冗談に、司令部内で軽い笑い声があがった。アークハート大統領は、数多の欠点を抱えてはいるが、時間には極めて正確な男であった。
少なくとも、こちらの事前協議が終了するまで、出師は控えるという約束は守るはずである。それを敢えて茶化して見せたのは、
彼ほどの冷徹そうに見える人材でも、政財界と有権者からの突き上げには、逆らえない事実を幾らか笑ったに過ぎない。

「外務としては、本省よりようやく草案と正式な発令が届きました。今度こそ暫定ではなく、正式に外交代表となります。改めて宜しくお願いいたします、古代司令」
「こちらこそ、その手腕に期待しております。大使」

几帳面に報告を為すギュンターに対し、やはり丁寧な答礼を返す古代。実際は多忙に過ぎる首相の管理ミスではあったが、
ようやくこれで、彼は正式な権限を付与された上で、先方と主導権を行使して交渉に当たれるのである。

「こちらは何時も通りです。既に物資輸送計画は、緊急人道支援事案という形で、えらく早い形で議決されたようで。当方で算出した分量の2割増が、
軌道集積ステーション用資材を含めて、送り込まれる予定です。大方、野党党首閣下が張り切ったんでしょうな」
「この際、必要なものが必要なタイミングに、多めに届いてくれるなら、与野党どちらの援護射撃でも良いでしょう。企業担当との交渉、多忙になるでしょうが」
「ま、それが仕事ですからな」


かくして苦悩の時間は終わり、多忙な実務の日常が再来した。
既に軍、各官公庁が現地担当者と本省で、ある程度、打ち合わせを詰めているとは言え、相手から技術レベルを試されるような状況での協議である。
こちらの対応も、幾らかシビアにならざるを得ない。また、迂闊な言質を与えるような資料が混入していないか、最終確認も必要となる。
軌道突入までの数日間、各省担当者や司令部要員は、平均睡眠時間4時間という有様で、細部を、時として本省と再協議しつつ、詰める作業に忙殺されることになる。



*異世界:1998年10月23日、1045時。大日本帝国群馬県。北関東阻止ライン

『突撃級集団、障害により半数漸減、半数壊乱。邀撃級及び戦車級他、およそ13000から15000。3郡に分かれ侵攻中。
平均時速毎時90から100km。KZ(制圧地域)までの距離6000、5500、5000・・・』
『HQ了解。HQより各位、現在の所、地中侵攻の兆候なし。既定の方針で対処する。しかし奇襲は『あるもの』と思え。この野戦築城に、幾つ大穴を空けられたか忘れるな』

長距離哨戒偵察のため、兵装を突撃砲2門と短刀2本。肩部兵装架に搭載した、煙幕代わりの70mm19連装ロケットランチャー6本に減らし、
代わりに大容量推進剤ポッドを後部パックに担いだ、本土防衛軍第12師団偵察隊所属の戦術機「陽炎」中隊。
その中隊長は、周辺の地形障害を徹底利用。歩兵で言えば伏せに近い姿勢を取り、主機出力を最低限へ落とし、
センサーマストのみを丘陵の遮蔽から僅かに突き出す形で、中隊を展開させていた。

彼らの搭乗する「陽炎」はライセンス生産の初期ロットではなく、戦術機欠乏に伴い、合衆国よりなりふり構わずかき集めた、廃品寸前のF-15Aを国内メーカーが再生。
一部性能改善を果たした、形態Ⅰ型と呼称される曰く付きであるが、今のところ機体の状態に異常はない。

「00よりビッグアイ各位、このまま観測を継続する。じきにタマ(砲兵)が降り始め、重金属雲が生じる。
その影響を勘案して観測しろ。見る限り、どうも大目玉(重光線級)だけで60はいる。良いな?」
『アルファ了解、観測を継続します』
『ブラボー了解、何時見てもぞっとせん情景ですなあ・・・』
『チャーリー了解。先任、そりゃあ誰が見たってそう思いますって』

部下達の軽口を、敢えて無言で看過すると、彼女。一ノ瀬朋子大尉も廃品改修陽炎に取り付けられた、不知火と同等の最新のセンサーマストを活用。
網膜投影で捉えられ、尚かつ中隊データリンクが形成する敵情概略を子細に観測する作業を再開した。

幸いにして、一ノ瀬達12師団偵察中隊は、成績優秀者や実戦経験者で固められており、近年、衛士の技量不足が懸念される中では、かなり贅沢な人材を寄越して貰っている。
部下が不用意な行動をとる心配がないことは、指揮官として大きな救いであった。
彼女自身も、光州作戦の際は負傷療養で内地にいたが、未だに人類が大陸で戦っていた頃、大陸派遣軍の一員として、地獄を幾度もくぐり抜けている。

敵は、相変わらず知能化対戦車地雷、竜の牙、その他の障害へ盲目的な突進を継続し、絡め取られている。
そのたびに障害は半ば消滅するほどの損害を受けるが、主複郭陣地への負担は大きく減り、戦闘・築城工兵の仕事は大きく増える仕組みであった。
軽く戦域情報へ切り替えると、KZに突入した敵先鋒が、戦車砲、多目的誘導弾、車載機関砲や重機関銃。そして重迫の阻止射撃により、死骸の壁を築いていく。

先の突撃級の壊乱で、分断されてはいるものの、集団一つあたりの数が多いため、その死骸の壁が射界の妨げになる。逆に言えば光線級の照射の盾にもなるのは、痛し痒しであった。
そして12師団戦術機甲連隊を初めとする、各種戦術機部隊は、複郭陣地が金床となって敵を阻止している間隙を利用し、側面より直射重火器を見舞うべく、既に低空飛行展開を開始している模様だ。

そんな折り、網膜投影ディスプレイに原色の「対照射警報」が表示され、コクピット内は緊急警報で満たされた。そんな莫迦な?
未だに足の遅い要塞級と混交して展開している、光線級や重光線級は敵主力。そして偵察中隊より十キロ単位で計れるレンジがあり、目標探知能力も鈍い。
主機出力を落とし、地を這うように展開した戦術機が見つけだされるなど、これまでの実戦経験でもなかった。彼女の驚愕と、即時回避命令を出す間もなく、光線級、重光線級総計100.体以上が、一斉にレーザーを放った。


『・・・ブラボーより00、隊長。奴らは何を撃っているんですかね?』

彼女と同じくらい、戦歴の長い第二小隊長が拍子抜けしたような、呆れ返ったような顔で通信を開いてきた。
事実、光線級の集団は、未だに砲兵射撃も始まっておらず、自らを狩ろうと中隊支援砲や徹甲ロケット弾、多目的誘導弾を装備し、突っ込んでくる戦術機の集団も、視界には入っていない筈だ。
だのに、まるで軌道上にある何かを狙うように、しきりに照射を繰り返している。センサーの熱源反応からして、山脈、地平線の向こうの佐渡島ハイヴからさえ、照射が行われているらしい。

「正直、見当も付かないが、奴らが何かの射的に夢中になってるのは好都合だ。
砲兵の阻止射撃を繰り上げ要請する。精密な位置観測を継続しろ。但し、こちらに筒先が向いたら、尻に帆をかけて逃げ出して構わん」

富士額、細面の育ちの良さそうな顔立ちに似合わず、低く、よく響く声で隷下中隊に命じた一ノ瀬は、データリンクチャンネルをHQへ再度切り替えつつ、疑問はやはり拭えなかった。
BETAの戦術は稚拙ではあるが、危険目標の優先順位を明確化したり、防護力に優れた突撃級を先頭にしたパンツァーカイルじみた突進など、無駄な行為は少ない。

一体全体、奴らは何をやっているのだろうか・・・?



*同時刻、地球低軌道上:戦闘巡洋艦「シャトールノー」

既に航海艦橋から人員は撤収し、主だった要員は戦闘指揮所や兵装各部を初めとする、装甲と間接防御区画に守られた、戦闘配置に付いている。
波動エンジンを扱う第三分隊は、もう一つの側面。艦内応急作業に備え、応急班が重装甲服を着用し、ダメージレポートに備えている。
現在、地球防衛軍巡洋艦「シャトールノー」は、全くの戦闘態勢を維持しつつ。
そして、鉄原や佐渡島。あるいは大日本帝国北関東部に展開した光線級・重光線級の内、射界に捉えた個体の照射を相次いで受けている。

さりながら自動駆逐艦を含め、未だに致命的な損害。というより複数の命中弾を受けた艦はいない。理由は、全くの偶然ではあったが。

「日本列島、朝鮮半島方面より多数の微弱な照射波・・・これは、タキオン照準レーザーに近似しています!奴ら、これで精密照準を」

そう。シャトールノーの電測士官の一人が感づいたように、どういう偶然か。あるいは元は宇宙空間で生息する為の異生物であったためか、
光線級、重光線級ともに、本格的な射撃の直前に、防衛軍でも多用するタキオンレーダー、あるいはレーザー波に極めて近い周波数の光波を照射してきたのである。

もとよりタキオン系統の電波・光波照射は各種天候変動、宇宙空間の状況変化に強く、照準システムとしては最適なものである。そして、それを多用している防衛軍が、それへの対策を用意していない筈もない。
彼らは初の波動エンジン搭載艦を手に入れてから30年近く、延々とその技術と戦術を研鑽してきた組織であった。

「タキオンEA(電子妨害)攻撃始め!電磁バリア出力展開。バレージで構わん、大出力のタキオン妨害波で制圧してやれ!!」

平時の昼行灯ぶりから切り替わり、悪鬼のごとき表情のマルスラン大佐の命令の元に、シャトールノーと自動駆逐艦3隻。
それら4隻のコンフォーマルアレイアンテナ、長距離用多目的アンテナから、複数周波数帯に渡るタキオン妨害波が、照射される。

そして、各艦の波動エンジン出力。その余剰が許す限りの電磁バリアが展開され、同時に装甲に内蔵される、熱転換バリアが循環を開始する。
4隻の防衛軍艦艇は、電磁バリアとアクティブステルスを用いながらも、その膨大な波動エンジンの出力と大気抵抗により、赤熱化した光と大気を纏いつつ、戦闘突入に近い降下を継続する。
さながらそれは、空間騎兵の強襲上陸か、宙雷戦隊の突入を思わせる凄まじいものであった。

そして、その危険と安全の境界を図り、電子的な目潰しを行いながらの突入を行った。
その効果は大きかった。当初は合成開口広域電磁バリアに多数が直撃し、艦自体への直撃は許さないまでも、電磁バリアに大きな負担をかけていたレーザー照射3桁以上。

それらが途端に統制の取れないものとなったのだ。当然、命中精度は大きく低下し、よりEA攻撃出力に割ける機関出力リソースも増える。そして、恐らくは現地の戦闘で殺戮されたのだろうか。徐々にレーザー照射源の数自体が減少し始めた。

結果として、成層圏から大気圏へ降下しつつある課程で、脱落艦は皆無であった。電磁バリア展開の負荷により、
自動駆逐艦の内、1隻が波動エンジンに幾らかのエラーを起こしていたが、航行に支障を来すほどではない。


「やれやれ、彼等のテストとやらは随分ハードルが高い。しかし乗り越えたからには、こちらの要求も呑んでもらいたいものだ」


部下を敢えて、異世界人の技術を図るような意図に従い、危険にさらさざるを得ない事態。それを甘受しなければならない現状に、深い怨嗟を何処かで抱いていたのであろうか。
この世界の地球公海上に着水した際、古代進中将は、声音と言葉こそ穏やかであるが、姪である真田澪技術少佐でさえ、直視できないほどの暗い笑みにゆがんでいた。

彼は基本的に、人間というものを愛しており、同胞を守ることには疑問を抱かず、出来れば異なる世界であったとしても、同じ地球人であれば、最大限の協力を何かの形で出来れば。その様に考えていた。

その点については、今でも変わりはないが、本当の意味での同胞、部下の生命の安全を、危難に晒すような相手に対しては、
相応の対価を支払ってもらわねば困る。否、支払わせねばならないと決め込んでいた。


かくして、異なる世界の地球人。それらが本格的な交渉を交える時間が始まったのである。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.031478881835938