一日目 日中 日本国床主市 私的呼称“ポイントアルファ”付近 登山用品店『たのしい八甲田山』
「もう少しだ!もう少しで!」
この異常事態でよくもまあこんなに騒げるものだ。
ドアを蹴破ろうとする轟音の中、俺は感心しつつも拳銃を構えていた。
聞こえてくる声からして人数は二人。
どちらも成人男性と思われる。
武装の有無は不明だが、俺のように銃やボウガンで武装している人間はそうそういないだろう。
今の段階であれば暴徒化した警察官や自衛官はまだいないはずだし、暴力団関係者であれば自分たちの安全を確保することに精一杯の段階だ。
そんな事を考えているうちにドアは蹴破られ、金属バットと木刀を持った二人組が店内へと入ってくる。
うん、ある程度のリーチがある、それなりに強度も期待できる打撃武器。
武器の選択は悪くないな。
「二人とも動くな!武器を捨てろ!」
突然店内から発せられた言葉に二人は動きを止める。
それはそうだろう。
もし店内に誰かがいれば、常識的に考えて黙ってドアを蹴破らせようとはしないはずだ。
そうでなくても血がこびりついたどう見ても本物に見える拳銃を持った男に声をかけられば、普通は驚いて動きを止めるだろう。
まあそれはともかくとして、この二人は運がいい。
俺はこの状況下でも冷静さを保てており、無駄弾を撃とうとは思っていない。
彼らが満足な恐怖を味わう余裕もなく、できるだけ少ない労力で、可及的速やかに即死させようとしている。
「おい!お前誰だよ!」
手前にいた男がこちらへ近寄ろうとする。
頭に狙いを付け、発砲。
命中率が低いことで知られるニューナンブであっても、この至近距離で落ち着いて撃てばさすがに外れない。
放たれた弾丸は男の頭部を破壊し、そのまま貫通して後頭部から飛び出す。
「や、やめろ!殺さないで!!」
薄情なことに、相方は即座に悲鳴を上げて逃げ出そうとした。
この異常な状況でそこまで体が動くとは大したものだが、逃がすわけにはいかない。
最初に思いついたかどうかはわからないが、とにかく略奪先に登山用品店を思いつくような奴は生きていては困る。
ドアへと向かっていく背中に向けて発砲。
先程に比べて随分と大きな目標を選んだだけあり、移動目標相手にもかかわらず命中した。
背中を拳銃弾で蹴り飛ばされた男は、そのまま床へと逃走先を変更した。
痛みと衝撃のあまり悲鳴もあげられないらしい。
「いでぇぇぇ、いでぇよぉぉ」
背中から肺に突き抜けたらしく、男は口から血を吐き出しながら呻いている。
まったく、どうしてこうも無駄に動くんだ。
お陰で銃弾を一発無駄に使ってしまったじゃないか。
それにうるさい。
奴らが聞きつけたら面倒な事になるだろうが。
「指示に従わないそっちが悪いんだぞ」
特殊警棒を取り出しつつ男に近寄る。
苦しげに身動ぎをしているところから、こちらの様子を伺っているわけではないことがよく分かる。
振り上げ、振り下ろす。
室内は再び静かになった。
ドアだった場所から外の様子を伺うが、動くものはいない。
結果として大騒ぎしてしまったが、銃弾二発の損失で済んだことは喜ぶべきことなんだろうな。
出来る限り手早く死体を改めて現金と金属バットを回収すると、俺は店を後にした。
警察官の死体から銃弾を回収しつつ、次の目標へ急がなくてはならない。
今までの経験では安全だったはずなのだが、今経験したばかりのイレギュラーが気になる。
改めて室内を確認すると、静かに裏口から退出し、侵入がわかるようにドアの下と地面を繋ぐようにして細く切ったガムテープを貼り付ける。
さあ、次は車だ。
一日目 夕刻 日本国床主市内 ガソリンスタンド『ENEOSO入光四井五菱コスモス石油 床主営業所』
「ガソリン満タン、軽油もジェリ缶三つ分満タン、ドリンクとおやつ満タン。
その他物資も問題なし」
ガソリンスタンドを後にしつつ、持ち物を指呼確認する。
ちなみに言うまでもない事かもしれないが、現在運転している軽自動車は盗難車両だ。
ついでに言うと、俺は運転免許を持っていない。
まあ、何回も生きていると運転技術を身につけてしまうような事もあるということだ。
「待ってくれ!俺も乗せてくれ!!」
略奪したらしい食料が入っているダンボールを抱えた男がこちらへ声をかけてくる。
荷物は魅力的なのだが、後ろに迫っている奴らに気がつかない程度の注意力しか無いのでは減点対象だ。
無視して通過するまでもなく、彼は背後から噛み付かれて絶叫を上げることとなった。
バックヤードまで荒らしてありったけ積み込んだわけだが、お話にならないくらいに何もかもが不足している。
この事態がどれだけ継続するかは不明だが、ある程度の備蓄を行った三回目と十一回目の時は餓死したからな。
もっともっと、かき集めなければならない。
餓死しても奴らの仲間入りをするのかは不明だが、などと下らない事を考えつつも路上の様子に注意を配る。
もはやこの近辺で逃げようとする人間はいない。
奴らに食われるか、ありもしない安全な場所を求めて遠くへ避難するか、自宅に引き篭っている。
この状況は悪化すれども収まることなどありはしないのだが、籠城という判断を笑うことはできない。
実際、俺も最終的には安全な籠城場所を確保するつもりだからな。
「おっと危ない」
ヨロヨロと路上に歩み出てきた奴らを避ける。
ひょっとしたら負傷者だったかもしれないが、まあどうでもいい。
出来ることならばこのまま全速で市街地を脱出したいところだが、それはできない。
現時点では、床主市内の主要幹線道路は全て避難民と機動隊と奴らで大変混雑しており、人ごみが苦手な俺としては立ち寄りたくない。
であるならば今日の最終目的地まで一気に行ってしまいたいところだが、もう少しだけ寄っていく必要がある。
「ええと、あったあった」
正確な時間は揺らぎがあるためになんとも言えないが、この辺りは三日以内に大規模な火災で灰になってしまう。
そのため、出来る限りの物資を回収しておきたい。
幸いなことに自動車はあるので、余程の重量物でない限りは遠慮する必要はない。
最初に行くべきなのは、コンビニエンスストアだ。
街の中にいくらでもあるこの種の店舗は、優秀な補給拠点として使うことが出来る。
まあ、飲食物については早々に略奪の対象とされてしまうが、今日と明日の段階では、日本人の特長が最大限に発揮されるお陰で略奪は少ない。
今日一件の店を襲撃したことによる収穫は、明後日では一日掛けても入手できない量になるのだ。
「右よし、左よし」
車を止め、周囲の安全確認を行う。
破られたらしい入り口。
店内には血の跡が生々しく残されている。
この店は事件の初期段階で襲撃されたらしく、店員や客は救急隊員によって運び出されたようだ。
警察による現場検証は行われたようだが、その最中にそれどころではなくなり全員が撤退。
結果として、見張りの巡査二名だけを残して放置されていた。
まるで見てきたような言い方だが、実際に何度かの周回でここが襲撃されるところを確認しているのだから間違いない。
とにかく、残された二人もこの状況下で生き残れたわけがなく、自律行動が不可能なレベルまで食い散らかされて道端に転がっている。
そのような危険な場所であれば、当然ながら奴らも大量にいるはずなのだが、今は状況が違う。
大声を出して引きつけてくれる親切な人々がここから遠ざかるようにして移動していったため、一時的に無人の状態となっているのだ。
「お借りしますね」
素早く車から降りると、巡査たちの拳銃を始めとした装備品を素早く回収する。
手帳や財布も回収し、店内を確認。
動くものが無いことを確かめると、車に戻る。
小刻みに切り返しをしつつ、入り口近くで後部のハッチドアを開ける。
行動は目的を明確に定めた上で、スピーディかつ正確に実行しなければならない。
隙間から店内に滑りこみ、飲料、缶詰など保存食、電池、懐中電灯、その他雑貨類を優先的に運びこむ。
軽自動車とはいえ、後部座席を倒せばそれなりの搭載能力はある。
続けてガスコンロ、ガスボンベ、冷蔵室にある飲料のストックなどを繰り返し運び出し、助手席までを荷物で溢れさせた。
これだけやっても一部を運び出せただけだが、今日のところはこれだけあれば十分だ。
今後は収穫が減り、危険性ばかりが高まっていくわけだが、それでも物資が入手できなくなるわけではない。
「まだ」
独り言を漏らしつつ、三十分程度走らせた所で車を止める。
過去の何度かの失敗で、俺はひとつの教訓を得ていた。
それは、理由は未だにわからないが、この街から逃げ出そうとすると必ず死んでしまうというものだ。
救助ヘリに乗ればパイロットが発症して墜落するし、船で逃げ出せば必ず感染者が紛れ込んでいて地獄になる。
陸路は車だろうがバイクだろうが、それどころか徒歩であっても、とにかく手段に関係なく必ず立ち往生して死んでしまう。
結論として、生存を諦めるか持久戦に持ち込むしか方法がないのだ。
そういうわけなので、籠城のための場所の確保と準備にどれだけの時間をつぎ込めるかが最近の目標だ。
「失礼しますよ」
守衛の成れの果てらしい制服を着た奴の頭部に金属バットの重い一撃を喰らわせる。
頑丈な樹脂製のヘルメットが砕け散り、そこに収められていた何かが叩き潰される。
「うん、いつ見てもいい場所だ」
現在位置は市街地の中心部から外れた場所にある倉庫だ。
この辺りは倉庫の立ち並ぶ地域であり、驚くほどに人通りが少ない。
それでどうして守衛が感染しているのかは不明だが、まあそれはさておき安全地帯なのだ。
ゲートを動かし、車を敷地内に入れると素早く戻す。
この近辺で奴らを見たことは数えるほどしか無いが、油断して不意を打たれるよりは警戒しすぎて時間を浪費する方がましだ。
まあ、何事も程度問題ではあるのだが、力の入れ具合を人に言われなければ調整出来ないほど子供ではない。
音よりも早さに考慮してシャッターを開ける。
車を素早く内部へ入れ、エンジンを切る。
この素敵な物件を見つけるまでに三十七回ほど籠城に失敗している。
これは極限状態における不和からくる内部抗争や、無秩序な避難民受け入れによる公的な避難所の崩壊を除いた数だ。
説明の必要はないかもしれないが、安全な籠城場所というのはとても厳しい条件をクリアしなければならない。
「ドアロック良し、窓の施錠良し」
まず第一に、籠城場所は外壁も含めて強固な構造でなければならない。
木造など論外であり、トタンや軽合金もダメだ。
内部への進入路は最低限のドア、最低限の窓のみとし、余計な開口部分は少ないほどにいい。
ドアは出来れば人員用が一つ、非常口が一つ程度で、車ごと搬入できそうなシャッターが付いていると嬉しい。
表の駐車場に止めてある車というのは、驚くほど多くの危険に晒される。
車の下は安全か?生存者に奪われる可能性は?夜の間に破壊されてしまう恐れはないか?あるいは緊急脱出の際にそこまで辿りつけるか?
治安が維持されているという前提があって、初めて屋外駐車場は利用できるのだ。
第二に、物資を保管したいので、それなりの広さは必須だ。
人間一人が生きていくのに必要な物資の数というのは驚くほどに多い。
だが、仮に集められたとしても、それらが居住空間でひしめき合っているのは宜しくない。
視界を遮るようなことがあれば侵入者を即座に発見できないし、火災発生時には消火する間もなく炎に巻かれてしまう。
「一階トイレ良し」
指呼確認は一見すると間抜けに見えるが、うっかりを無くすにはこれが一番である。
いずれライフラインが死ぬにしても、とりあえずトイレと水道は欠かせない。
調理場については、まあいい。
有ればありがたいが、料理に凝っていられるような余裕はない。
「武器の準備良し」
拳銃にきちんと弾が込められていることを確認し、二階部分へと足を進める。
籠城場所として大切な要素として、第三には最低でも二階建てである事が望ましい。
寝るのであれば、安全な二階だ。
奴らは階段がない限りは上階には上がってこない。
侵入者が発生したとしても、二階にいれば対処する時間的余裕ができる。
「二階事務所良し、二階非常口、施錠良し」
非常口を開けて非常階段の踊り場に出る。
頑丈な鉄骨製のそれは、一階部分までを柵で覆われており、さらに外へ出るための扉は内部からのみ開くタイプとなっている。
この踊り場からはどんなに手を伸ばしても採光用の窓には届かず、つまりこの物件は改めて確認しても安全というわけだ。
「ええと、今日はあと銃を回収しておかないとまずいな」
時計を見るとまだ日没までには時間的余裕がある。
日没後の移動は、例え乗用車があったとしても危険だ。
俺の拙い人生経験によると、市街地の夜間行軍は完全武装の陸軍歩兵小隊と一緒でも危険過ぎる。
最低でも機甲部隊と航空支援の常時待機がないと不安だ。
贅沢を言えば砲爆撃で徹底的に叩いた後に外壁で隔離し、年単位でゆっくりと安全確保をしてもらいたい。
それはそれとして、危険物を保管しているわけでもないのに今時コンクリート造りの倉庫とはありがたい話だ。
ブツブツと独り言を楽しみつつ、車から荷物を降ろす。
整理整頓は夜のお楽しみとして、とりあえず全部出してしまおう。
この物件は何もかもが理想的だ。
まず、立地条件。
倉庫街に近く、人口密度は大変に低い。
つまり奴らの数はとても少ない。
海にも近いため、自衛隊が上陸してくれば直ぐに見つけてもらえるはずだ。
内陸から来れば最後に発見されることになるだろうが、それは許容すべきリスクとして無視するしかない。
それに、市街地の方は奴らも多いし、火災が燃焼すれば助からない。
籠城場所で生存者たちと接触する可能性も高く、そうなれば助けるか殺すかの二者択一を迫られることも増える。
来るかどうかもわからない救助に早い段階で会えるというメリットと、それ以外のデメリットを天秤にかけるまでもなく、市街地は却下だ。
ちなみに、この倉庫を試して三回ほどだが、今のところは火災や攻撃的な避難民にあったことはない。
ひょっとすると長期間の籠城を続けるうちには遭遇するかもしれないが、ダメだったら次の周回で別の場所を探せばいい。
次に、籠城場所としては満点に近い構造をしている。
建設重機でも持ちださなければ突破不可能な頑丈な外壁。
必要最低限の数を満たし、防犯上の観点からいずれもが強固に作られている開口部。
それはつまり、内部の生活音が表に漏れづらいという利点も実現している。
そして大原則。
広く、視界の確保が容易で、管理が困難な構造ではないこと。
倉庫なのだから内部が広いのは当たり前であり、物の積み方を間違えなければ広い視界を確保できる。
そして管理については、する必要がないに等しいほど部屋がない。
この物件は、倉庫スペース、人間では入れない高さにある小窓しかないトイレ、二階に設けられた事務所で構成されている。
ここに寝袋を敷けば、ほら!完璧な物件じゃないか!
まあ、そうやって自画自賛したところで、快適には程遠いということは理解している。
だが、時間は呆れるほどたくさんあるんだ。
適当な民家を襲撃して寝具を確保し、娯楽を入手し、貴重な資材をかき集め、娯楽や食料を定期的に確保し続ければ優雅な一人暮らしを継続できることだろう。
一日目 夕刻 日本国床主市内 中富ビルヂング1F 銃砲店『テキサスタワー』
「日没までは、あと二時間程度。
うん、今回も行けるな」
荷下ろしを終え、俺は車を再び走らせていた。
目標は銃砲店だ。
拳銃、予備弾薬、ボウガン、ナイフ、金属バットなど、俺は既に民間人としては過剰すぎるほどに重武装だ。
だが、武器はあればあるほど良い。
特に、面倒な同居人を受け入れる気が全くない現状としては、なおのこと武器は豊富にあったほうがいいのだ。
「路上良し、路地裏も、うん、良し」
周囲の安全確認をしつこく行い、俺はビルの裏へと通じる路地にリアハッチを向けて停車した。
武器の状態を再確認し、素早く下車。
うん、気持ちいいぐらいに周囲は静かだ。
万能ツールの一つであるバールを掴み、裏口のドアに突き立てる。
「これが、私の、全力ぅ、全開ぃーと!」
全身の筋肉を使ってドアをこじ開ける。
五回目以降の経験から、この店の攻略方法は把握済みだ。
近くの変圧器に銃弾を撃ちこんでこの辺りは停電させてあるし、ビルの玄関先から伸ばしてきた植木用のホースで水をかけて警備装置は破壊してある。
銃砲店とは、日本で唯一の合法的に銃を購入することのできる店舗である。
売っているものは狩猟や競技用のものに限られるが、金属バットやバールを振り回すよりは遥かに簡単に奴らを始末することができる。
そして、ここの店主はどういうわけだか法律で許可されている以上の弾薬を抱え込んでいる。
「おじゃましてます」
腕から血を流しつつこちらに向けて口を大きく開いた店主に向けて発砲する。
至近距離であることから一撃で脳を破壊し、店主は動かなくなる。
彼はこの店に逃げ込む前に噛まれたらしく、おまけによほど恐ろしい思いをしたらしい。
店内を見れば銃のショーケースが解錠されており、さらに弾薬庫が開け放たれている。
恐怖に震えながら頑丈に作られている自らの店舗へ逃げこみ、武装をしている最中に発症したのだろう。
お陰さまで俺は随分と楽ができる。
「すまないけど、成仏してくださいよ」
店主の頭部が破壊されていることを確認してから拳銃を再装填する。
続いて彼の傍らに落ちている機能美に溢れた散弾銃を持ち上げる。
“いつも”と同じく、ベネリM3スーパー90と呼ばれる彼女は銃弾を装填され、ストラップも取り付けられている。
奴らに対して、散弾銃は装弾数の問題を除けば非常に有用な武器である。
そりゃまあ、突撃銃や半自動小銃に比べれば不利な点は多いが、そんな基本的性能についての文句を言ってもしょうがない。
それらを扱えるところまで生き延びられたのは十八回ぐらいしか無いし、そのいずれもが数時間以内に死ぬハメにあっている。
であるならば、腰の拳銃の次に長い時間を共に過ごしているコイツを持っている方が安心出来るというものだ。
「新武器入手後は戦闘イベントってのは伝統だよな」
ベネリちゃんを手に取るなり賑やかな音を立て始めたドアを見つつ彼女を肩から下げ、同じく装填されていたライフルを手に取る。
豊和M1500と呼ばれる素敵なライフルである。
ちなみに、家具でバリケードを作ってやり過ごすという案は却下だ。
理由はわからないが、食料を持ち込んで一週間近く籠城をしても、結局奴らは去って行かなかった。
あの時には保存食の不足でその程度の時間でダウンしてしまったが、一向に改善されなかった状況から推測するに、それが一ヶ月になっても変わらなかっただろう。
この世界はどういうわけだか変にゲーム的なところがあるので困るんだよな。
「五分は持たないか」
回想している間に状況は変化し続けていた。
裏口へと続く店舗側ドアの蝶番は今にも外れそうになっているし、向こうから聞こえるうめき声は増えつつある。
このような状況では、先手必勝しかない。
奴らの一体ぐらいは仕留められるであろうドアの中心に狙いをつけ、素早くボルトを引きつつ五発連続で発射する。
こいつは30口径マグナム弾仕様の素敵な一品であり、頑丈には作られているものの防弾仕様ではないドアを一発で撃ちぬいてくれた。
あとに続く四発たちも、残らず突き抜けてドアの向こうへ飛び出していく。
「ああ、仲間がほしい」
贅沢を言えば三日目以降に港で会える除隊直後の空挺隊員である本田さんか、八日目以降にここで合流できる猟師の飯沼さんがほしい。
それが無理ならば明日以降に合流できるはぐれ機動隊員三名(名前は忘れた)でもいいぞ。
とはいえ、本田さんと合流すると避難民を片端から救出しなければならないし、飯沼さんはほぼ毎回といっていい頻度で持病の心臓発作で亡くなってしまう。
はぐれ機動隊員無能系三人組は、避難民相手には絶大な安心感を醸しだしてくれるのだが、奴ら相手の激闘では控えめに言っても役に立たなかった。
拳銃の腕は大したものなのだが、ライフル射撃はお粗末なものだし、取り囲まれれば自慢のプロテクターは重荷でしかない。
おまけに彼らも警察官として恥ずかしくない職務意識で避難民を救助しようとするものだから、こちらとしては失うものしか無くて困る。
腹を空かせた善良な紳士淑女に囲まれても、こちらとしてはデメリットしかないのだ。
うん、前言撤回だ。
やはり自立した男は一人で何でもできないとな。
「そうら、プレゼントだ」
装填を終え、発砲を再開する。
本来であれば膨大な量を誇る奴ら相手に殲滅戦を行うのは愚の骨頂なのだが、状況が撤退を許してくれない。
頑丈な作りの、侵入可能な部位を意図的に限定している銃砲店には、シャッターを開けるなり絶命確実の正面玄関か、危険になってしまった裏口しかないのだ。
「やったか?」
改めて一弾倉分を叩きこむと、俺はお約束を実行した。
案の定ドアの向こうからは奴らの呻き声が再び聞こえてくる。
映画のお約束。
死亡フラグとは油断や緊張の弛緩を具体化したものである。
フラグを立てるということは、つまり積極的な自殺にほかならない。
さんざん学ぶ機会に恵まれたお陰で、俺は臆病なほどに慎重さを忘れることができない。
「残念だったねぇ、ホント残念だ」
下らないことを考えている間に装填を終えていた俺は、ドアの向こうに見えた人影に遠慮無く発砲した。
お約束其の二。
必要な場合には攻撃は徹底的に行うこと。
無駄遣いとは対局に位置する考えという前提でだが、出し惜しみをしてはならない。
ただし、弾倉は常に満タンにし、残弾数を把握しておくこと。
銃は強力な武器だが、弾が装填されていなければ繊細な打撃武器でしかない。
残弾数と手持ちの残り弾薬は常に把握しておかなければ、弾薬を大量に抱えながら弾切れで討ち死にか、撃ち過ぎて銃器の山を抱えての無駄死にが待っている。
「さて、行きますか」
再び下らない事を考えている間にも発砲は続いており、ついでに言うと再装填も終わっている。
ドアの向こうも静かになったし、そろそろ安全な隠れ家に移動するとしよう。