一日目 日中 日本国床主市 私的呼称“ポイントアルファ”
ポイントアルファとは、闇の組織や世界を守る正義の味方と合流する場所ではない。
比較的安全に生存のための物資を入手することができる場所を、個人的にそう呼んでいるのだ。
物資とは武器弾薬であり、衣服であり、食料であり、医薬品だったりする。
大崩壊の後の世界では、そういった品々は例え目の前にあったとしても入手困難な場合がある。
時間が経過するにつれて奴らがいない場所は減っていき、そして物資を求めて行動する人々が増えていくからだ。
凶暴化した人間は奴らに比べるとかなり恐ろしい。
明確な害意を持ち、大抵のものは武装し、そして動きが素早い。
そういった次第のため、安全に物資を入手できる場所を記憶していることは重要なのだ。
ちなみに、俺の私的呼称地点は18箇所まであるぜ。
記憶を辿るともっとあるんだろうが、残念なことに俺の低スペック脳みそではこれが限界だ。
そんな下らない事を思いつつ、俺はようやく動き出した元警察官の頭部に警棒を振り下ろした。
「これで十発追加か」
銃弾と共に警察手帳を回収する。
俺の自宅から余裕で徒歩圏、周囲が比較的安全で、覚えやすい場所。
それがこの、死亡した二人の巡査である。
事態がここまで進行する前に事故に遭遇したらしく、銃も抜かずに倒れている。
状況を見る限り、逃げ惑う一般車にでも轢かれたのだろう。
「これは、私が責任をもってお届けしますね」
最後に警察手帳を受け取り、俺は目の前に立っている登山用品店の裏口へ足を進めた。
この店の前でウロウロしていると、同じことを考えた生存者といつ遭遇してもおかしくない。
ちなみに、この非常時にこういった店舗へ行こうとする人間は、極めて近い目的を持っている可能性が高い。
つまり、俺が必要なものを欲しがる恐れがある。
単独行動は非常に危険なのだが、トラブルを起こす可能性がある人物と行動を共にすることはできない。
素早く裏に回り、古臭いドアの前に立つ。
狭い路地であるが念の為に周囲の安全を確認し、幾度と無く繰り返した手順で解錠を試みる。
「・・・ビンゴッ」
映画でありがちなハッカーのモノマネをしつつ、ドアを静かに開ける。
この薄暗い店内に人や奴らがいた事は一度もないが、警戒して損はない。
隣家のマウンテンバイクから勝手に拝借してきたフラッシュライトを点灯する。
今のところは無人。
もう一度だけ路地の安全を確認してから屋内へ侵入し、ドアを施錠する。
完全にただの店舗であるここは、地下室や二階、住居スペースが無いために比較的安心して探索が行える。
ドアの施錠をもう一度目視確認し、店内へと足をすすめる。
最初に確認すべきはトイレである。
侵入経路がドアと窓しかなく、そのいずれも施錠できるトイレは、次の手を考えているのであれば咄嗟の避難所として非常に有効である。
万が一に備えるため、誰かが身を潜めていないかの確認、生理的欲求の解消のため。
これを全て行うためにも俺は小さなトイレの中を確認し、使用した。
「使える時間は長くて三十分だな」
独り言を呟きつつ荷物をまとめていく。
コンパス、双眼鏡、十徳ナイフ、予備の防水ライト二つとヘッドランプに予備の電池。
飲料水、食料、コンロ、調理器具、非常食、手斧、レインウェア、夏季登山用手袋。
そしてこれらを持ち運べるだけの容量を持ったザックと、腰につけるウエストバックを身につければ、武装登山者の出来上がりだ。
最後にザックの周囲をガムテープでコーティングし、引っ掴み対策を施す。
非常にみすぼらしい外見ではあるが、これをする事によるメリットはかなりのものだ。
基本的に、間合いと物音に気をつけて移動すれば、奴らは恐ろしい存在ではない。
だが、運悪く奴らの手の届く範囲に接近し、掴まれてしまえばそこまでだ。
人体の限界に迫る勢いのその腕力は、頑張った程度ではどうしようもない。
振りほどこうと必死になっている間に仲間たちは離れていき、気がついた時には取り囲まれている。
ガムテープで紐やベルト、あるいは弛みを掴みづらくすることにより、俺の安全性は高まるのだ。
ただでさえ生存確率が低い現状では、例え0.1%であっても生き残れる確立を高めなければおしまいなのだ。
「こんなもんかな」
荒らされ尽くした店内を見回しつつ、俺は満足気に呟いた。
散らかってはいるが、次に来なければならなくなった場合を考え、物資は種類ごとにまとまって置いてある。
また、入室した瞬間に室内の様子が掴めるよう、視線を遮るようなレイアウトは全て除去した。
過去の経験から考えれば、この行動は意味がある。
思えば、遠くへ来たものだ。
神様を名乗るクソ野郎に「残念!君は一生死にたくても死ねないよm9(^Д^)プギャー」とか言われてこの世界に落とされて1592日。
死んでも死んでも巻き戻され、狂いたくても狂えない。
絶望すら許されない地獄の中で、俺はここに立っている。
今が正確には何周目かわからないが、そろそろ生存時間の新記録を打ち立てたい。
前回は「神様お助け下さい」とか言っている米兵の言葉に激昂して撃って射殺されたが、あの様な失態は繰り返さないぞ。
「駄目だ、ここも鍵がかかっていやがる」
唐突に声が聞こえたとき、物音を立てなかった事を褒めてほしい。
ここへは何度もやってきたが、こんな事は初めてなのだ。
「鍵がなんだ。こんなもの蹴破っちまえよ」
先ほど言った三十分とは、経験則に基づく確かな計算のはずだったのだ。
「だけどよ、蹴って音で奴らがきちまったらマズいんじゃないか?」
そうだ、その認識で合っているぞ。
諦めてどこか別の場所へいくんだ。
「ビビってるんじゃねぇよ!やらないなら俺がやるからどけよ!」
よしなさいって。
悪いことは言わないからどこか別の場所に行きなさい。
それが無理なら静かにしなさい。
「わかったよ」
俺の無言の要望は聞き入られるわけもなく、ドアは大きな音を立てて揺れだした。
どうやら蹴破ろうとしているらしい。
「早くしろよ!」「無理言うなよ!」
ドアの外からは賑やかなやりとりが聞こえる。
やめてくれ、健康な人間を殺すのは手間がかかるんだ。
拳銃を抜き、ドアへ向けて構える。
乱暴な言葉づかい、中へ向けて呼びかけようとしない行動。
まず間違い無く彼らは暴徒だ。
遠慮をしてはいけない。
圧倒的な暴力を見せつけ、抵抗しようという気力を奪った上で一瞬で殺害しなければ危険だ。