一日目 日中 日本国床主市 私立藤美学園付近
さて、突然ではあるが、日本国内において殺傷能力のある射撃武器は、一般人としてはどれくらい入手できるかご存知だろうか。
銃で武装した警察があり、いわゆる軍隊である自衛隊が存在する以上、国内には多数の銃器が存在している。
しかし、それらは販売どころか厳重に管理され、あるいは武装した人々が保有しているわけで、入手対象とはならない。
それでは、暴力組織が持っている違法な武器はどうだろうか?
前述の通り、武装した人々が保有しているわけで、容易には入手できない。
厳重な法規制が敷かれたこの国で違法に保有しているわけなのだから、ただ金を持っていれば購入できるというわけではないのだ。
では、猟友会、つまり法で定められた免許と規制の中で銃器を保有している民間人相手ではどうだろうか?
後先を考えない暴力行為を働くか、あるいは定められた手順を用いて合法的に購入すれば、確かに入手は不可能ではない。
しかしながら、誰が持っているのかは見ただけではわからないし、購入に当たってはそれなりの時間とお金が必要だ。
今直ぐ銃火器が必要だという差し迫った危機が発生したと仮定した場合、これも解決策にはならない。
それでは、今直ぐにそれなりの殺傷能力を持った武器が手に入らなければ死んでしまうという場合、どうしたらいいのだろうか?
ここで役に立つのが、武器ではあるが比較的規制のゆるいものである。
例えばボウガンやスリングショットといった品は、拳銃に比べればかなり入手難易度が下がる。
「左に一人、右に一人」
そんなわけで、俺は"大崩壊”前に購入したボウガンを使用している。
使用方法はそれなりに難易度が高いが、銃器の入手自体の難易度に比べれば些細なものだ。
それに、発射にあたって銃とは比べものにならないほど発射音が小さいこともありがたい。
奴らを相手にするにあたっては、これほど嬉しいことはない。
「距離150、風は弱い、まずは左から」
矢の数には限りがある。
冷静に狙いをつけ、あらゆる要素を考慮して矢を放つ。
発射音が小さいとは言え、それなりに肝を冷やしてくれる音を立てて矢が放たれる。
目標の頭部に矢が突き刺さり、着弾の衝撃でそいつは地面に倒れる。
もう動かない。
しかし敵はまだいるわけで、装填を行う。
「続いて右、距離100から130くらい。風量変わらず」
引き金を絞る。
放たれた矢はほぼ理想的な道筋を描いて目標の頭部に突き刺さり、元女子高生らしいそのゾンビを停止させた。
「右よし、左よし、さて、今回は成功したいな」
再装填を行ないつつ、腰に下げた特殊警棒を確かめる。
わざわざ持ってきたのだし今回も役立って欲しいところだが、近接武器が役に立つのは緊急時だけなんだよな。
「お、おい!助けてくれ!」
後ろからかけられた声にため息が漏れる。
現時点では奴らが音に敏感に反応することは常識にはなっていないが、どちらにせよこのような場所で大声を出していいはずがない。
「お静かに」
僅かに振り返り、辛うじて届くかどうかという声量で依頼する。
ここが下手な戦場よりもよほど危険なことを考えれば、この動作だけでも感謝してほしい。
だが、極度のストレスで殺気立っている彼はよほど腹に据えかねたらしい。
「静かに!?静かにってこんな時に何を」「お巡りさん、うしろだ!」
ボウガンの射出音が最大の音源だった路地は急に騒がしくなった。
喚き立てている男性、見たところ警察官らしいが、とにかく彼の後ろから同僚だったらしい別の男の姿が見える。
だったらしいと過去形だったのには理由がある。
両手を前に突き出し、明らかに生きている人間の顔色ではないそれは、口を大開きにして彼に噛み付いた。
せっかく警告の叫びをあげてやったというのに無反応ということは、彼は今起きている状況を少しも飲み込めないまま負傷した同僚と逃げてきたのだろう。
警察官の元同僚は、不運な彼の肩に思いっきり噛み付いていた。
制服が裂け、皮膚が噛みちぎられ、肉が露出する。
つまり目の前の警察官は助からないことが確定した。
背後の安全を確認し、ボウガンを構える。
まずは目の前の、抵抗してくるかもしれない負傷者の処理からだ。
「痛ぇ!いだ痛いいだいいだい!!!やめろはなせぇ!」
全力で痛みを訴えつつ振り回される頭を狙うというのは難しい作業である。
それにしても、痛いのは分かるが、君は早く逃げろと一言いってくれてもいいだろうに。
俺はため息を付きつつ、まだ人間である警察官に矢を打ち込んだ。
至近距離で狙いを付けていたこともあり、放たれた矢は狙い通り警察官の頭部に深く突き刺さった。
「許してください、とは言わないよ」
信じられないといった表情でこちらを見つつ、ゆっくりと全身が弛緩していく。
それはそうだろう。
奴らに襲われている真っ最中に、一切の迷いも無しに襲われている側を攻撃したのだ。
この地獄の戦場に慣れていなければ、確かに万人が驚くだろう。
抵抗をやめた同僚に相変わらず噛み付いている警察官に近寄り、腰から抜いた警棒で頭部を狙う。
手加減をしても自分が後で困るだけであるから、全力で振り下ろし、頭蓋骨が砕ける感触を確認する。
動きを止めたことを確認し、周囲を見回しつつボウガンを再装填する。
「前方異状なし、後方も異常なし。
それじゃあ、失礼しますよ」
前後の安全を確認し、俺は警察官たちの装備を確認する。
日本的表現では撃ちまくったらしく、二人合わせて残弾三発。
あとは特殊警棒と手錠だ。
無線機は何事か喚いているが、現状ではいくら助けを求めても誰も来てくれない。
警察は爆発的に増殖する奴らの正体すら知らず、無計画に軽装の部隊を送り出しているだけだ。
対処方針が変わるのは本日夜半ごろ、全てが手遅れになってからである。
「それにしても、警察官が高校生に助けてくれはないよな」
苦笑しつつ、懐から取り出したナイフで拳銃の吊紐を切る。
これが自動小銃であれば脱落防止にストラップをつけたいところだ。
しかしながら、拳銃は咄嗟の取り回しが必要な場面が発生しやすいし、万が一の場合には誰かに素早く手渡す必要性も考えられる。
何度か落としたり取り回しがきかなかったりと不便な思いをしたが、結局のところ紐で縛ることにより取り回しに不便が出る方が恐ろしいと結論したわけだ。
「早いところ、ポイントアルファに行かないとな」
殉職した警察官二名の警察手帳を預かり、俺は以前発見した重要ポイントその一へと足を進めた。
手帳マニアというわけではない。
組織的な活動を維持できている警察官に出会えた時に、足元の彼らは安らかに眠った事を伝えたいだけなのだ。
ちなみに、足早に向かったせいで矢を回収し忘れたことを思い出したのは、目的地についてからだった。