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No.24259の一覧
[0] ◇ 過去に戻って幼馴染と再会したら、とんでもないツンデレだった模様[ペプシミソ味](2011/01/13 12:55)
[1] ・第2話[ペプシミソ味](2010/12/07 13:03)
[2] ・第3話 【小学校編①】[ペプシミソ味](2010/11/19 08:16)
[3] ・第4話 【小学校編②】 [ペプシミソ味](2010/12/07 17:54)
[4] ・第5話 【小学校編③】[ペプシミソ味](2010/12/07 17:54)
[5] ・第6話 【小学校編④】[ペプシミソ味](2011/02/03 02:08)
[6] ・第7話 【小学校編⑤前編】[ペプシミソ味](2011/02/25 23:35)
[7] ・第7話 【小学校編⑤後編】[ペプシミソ味](2011/01/06 16:40)
[8] ・第8話 【小学校編⑥前編】[ペプシミソ味](2011/01/09 06:22)
[9] ・第8話 【小学校編⑥後編】[ペプシミソ味](2011/02/14 12:51)
[10] ・第9話 【小学校編⑦前編】[ペプシミソ味](2011/02/14 12:51)
[11] ・第9話 【小学校編⑦後編】[ペプシミソ味](2011/02/25 23:34)
[12] ・第10話 【小学校編⑧前編】[ペプシミソ味](2011/04/05 09:54)
[13] ・第10話 【小学校編⑧後編】 【ダンス、その後】 を追記[ペプシミソ味](2011/10/05 15:00)
[14] ・幕間 【独白、新江崎沙織】 [ペプシミソ味](2011/04/27 12:20)
[15] ・第11話 【小学校編⑨前編】[ペプシミソ味](2011/04/27 12:17)
[16] ・第11話 【小学校編⑨後編】[ペプシミソ味](2011/04/27 18:35)
[17] ・第12話 【小学校編10前編】[ペプシミソ味](2011/06/22 16:36)
[18] ・幕間 【独白、桜】[ペプシミソ味](2011/08/21 20:41)
[19] ◇ 挿話 ・神無月恋 『アキラを待ちながら』 前編[ペプシミソ味](2011/10/05 14:57)
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[24259] ・第8話 【小学校編⑥前編】
Name: ペプシミソ味◆fc5ca66a ID:710ba8b4 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/01/09 06:22
 ・第8話 【小学校編⑥前編】


 ◆


 人気の無い古びた駅の待合室、まるで骨董品のようにボロボロな木製のベンチに腰掛けたまま、ボクはぼんやりと親友を待っていた。待ち合わせの時間は9時、けれど、すでに時計の針は9時10分を示している。
 しかしまあ焦る事はない。9時20分発の電車に乗り遅れなければいいのだから。あと少しで恋は来るだろう。

「ふわぁ」

 大きく背伸びをしながら欠伸をしつつ、古びた駅の中を見渡す。出口付近に紙コップ式のジュース自販機、入り口横にはピンク色の公衆電話とボロボロに破けた電話帳が乱雑に置かれている。白い髭を生やしたおじいさんの駅員(背筋がピシッと伸びている)が、古びた透明ガラスのむこうで、無言のまま何か作業を行っていた。紺色の制服にはシワ一つなく、キッチリとアイロンがあてられている。
 そんなところまで含めて、この駅はいつ来ても変わらない……といった感じだ。どこか不思議な安心感のようなモノさえ覚えつつ、ボクはぼんやりと駅員さんの作業を見守っていると、

「ゴメン、そしておはよっ、ちょっと出かけにじいちゃんに捕まっちゃってさ」

 少し息を切らしながら、大声で謝罪しつつ恋が駅の待合室へと飛び込んできた。自転車の鍵を肩にかけたバッグへ入れ、謝るように片目をつぶる。

「大丈夫。それよりホームに行こうぜ、ほら切符。先に買っておいた」
「ありがとアキラ。帰りの切符は払うから」

 真っ白な歯を見せながら、華やかな笑みを浮かべている親友の手へ切符を渡す。全力で自転車をこいで来たんだろう、細い首筋を汗が流れていた。
 趣味の陸上の為、健康的な小麦色にやけた肌、茶色で軽くクセのある柔らかなショートカットの髪型。太ももむき出しのデニムショートパンツ、足元は真っ赤なハイカットスニーカー、そして水色のフードつきパーカー。
 とても恋に似合っていて、いかにも運動が大好きって感じの格好なんだけど、しかし中性的というか……よりはっきり言えば女の子のようにしか見えない。
 それは恋の大きな瞳や可愛らしい顔のパーツだけの問題じゃない、雰囲気からして普通のクラスメイトの男子とは違う。親友、神無月恋にはどこか不思議な感じがある。上手く言えないけれど、まるで妖精のように現実離れした雰囲気……。
 まあ、そんな事は関係なく恋はかけがえのない親友なのだけれども。

「うううっ、すっごい楽しみ! ずっと観たかったんだよね。ほんと待ち遠しかった」
「どうかな? 映画ってさ、予告編が一番面白そうに思えるから」
「もうっ、すぐそんな意地悪言って。いやまあ、そういう映画もあるけどさ、今日はアタリだよ! だってね……」

 今日観る予定の映画の話をしつつ人気の無いホームに移動していく。大きく身振り手振りをまじえながら、熱っぽく俳優の話をする親友。よほど楽しみなのか、ニコニコした笑顔を浮かべつつ映画のあらすじを語りかけてくる。

「……でさ、この視覚効果がすごいんだって、それだけじゃなくってさ……って、ちょっとアキラ、もう、ちゃんと聞いてよ」
「あはは、聞いてるってば」

 話を聞け、と言わんばかりにボクの腕を握りしめてガクガクと揺らしつつ語りかけてくる恋。
 親友であり学級委員長でもある恋の趣味は映画鑑賞で、かなり筋金入りだ。邦画、洋画、アジア系を問わず、ジャンルは恋愛からコメディー、スプラッター系ホラーまで、映画と名のつくものなら全部好きらしい。
 ただ、ボク達の町には映画館なんて気のきいたモノは無い為に、映画を観るためには電車に約30分ほど乗って、近隣の大きな市――後橋市へと移動しなければならない。

「あっ、電車きた! ほらアキラッ」
「ちょ、そんなに引っ張るなって、そんなに慌てると危ない……」

 よほど待ち遠しいのか、ボクを引っ張るようにして電車へ乗り込んでいく親友。背が低く華奢な体格のために、こういう風に無邪気だとまるで年下の弟か妹のような気分になる。

「だってさ、仕方ないじゃんっ。アキラがじいちゃんを説得してくれるまで、ずっと後橋市に行けなかったんだもん。今も映画館に行けるってだけでさ、すごくドキドキしちゃうんだよ」

 ボクの腕をひっぱりながら、肩越しに振りかえりつつ満面の笑顔を浮かべる親友、恋はおじいさんとおばあさんとの三人暮らしだ。何度か会った事があるけれど、そのおじいさんと言うのが、元々どこかの大学の偉い教授でものすごく威圧感のある人物。両親がいないただ一人の孫――つまり恋――を甘やかす事無く、厳しく育ててきたらしい。
 それで数ヶ月前まで、恋は電車やバスに乗ることを禁止されていた為、後橋の映画館で観ることがあまり出来なかったそうだ。

「説得って、いや、そんなの偶然だし。それに恋には迷惑かけてばっかだしさ」
「ううん、迷惑なんてない。感謝してる、ありがとうアキラ」

 今から数ヶ月前、母さんの診療所へ健康診断で訪れていた恋のおじいさんと将棋で勝負をした、といってもおじいさんは駒をおとしたハンデ戦だったけれど。
 まあ、それでなんとかギリギリ勝てたボクは、――その頃、全国小学生能力模試のことで助けられたばかりの恋に恩を返したくて――ボクが一緒ならば、という条件で恋が後橋市へと出かけていい許可を得た。
 ただ、今思い返してみると、恋のおじいさんはわざとボクに負けたように思えるけれども。

「ま、いっか。それにボクも恋に買い物に付き合って貰えるから、お互い様だよ」
「ふふっ、そう言って貰えると嬉しいな。でもアキラって意外と迷子になるから、ボクがいないと危険かもね。あははっ」
「うるせぇよ」

 互いに笑いながら、並ぶようにして電車の座席へと腰掛ける。二両編成の車両はガラガラに空いており、小学生のボクたちでも遠慮せずに座ることができた。ジリリリリ……と、鼓膜どころか頭蓋骨まで震えそうな音をバックに閉まっていく扉。プシューという空気の抜ける音が唐突に終わり、ガタンッと電車が動き出す。

「それじゃ今日の予定は、まずアキラが行きたいトコ、えと……まずどこだっけ? なんかいっぱいあったよね?」

 肩からおろしたバッグから小さなメモ帳を取り出す恋。昨日の昼休みに今日の予定を立てた時に書き込んだモノ……を読みあげていく。そこに不思議そうな、はっきり言えば不審がっているような声色が混じる。

「えっと、釣具屋に、手芸屋、雑貨屋、工具屋、100円ショップに本屋。……あのさアキラ、昨日も聞いたけど、なんなのさコレ。本屋はいつもの事だけど、他が脈略無さ過ぎじゃない?」

 パッチリした二重まぶた、茶色の瞳でジト……とボクの目を覗き込んでくる親友。癖なのか、ピンク色の唇を褐色に日焼けした人さし指と親指で挟むように触りつつ、あきれたように言葉をこぼす。

「いいだろ別に。それにボクも趣味を持ったほうがいいって、さんざん言ってたのは恋じゃんか」
「ま、そりゃそうだけど、ちょっと唐突すぎて。その……何か悩みとかトラブルがあったらさ、遠慮なく言ってよ?」

 小柄な体格の恋が下から睨むようにしてボクをジロジロと見つめつつ、不満げに頬を膨らましている。その上目遣いが、どこか機嫌を損ねた子犬のように見えて、ボクは思わずにやけてしまった。恋の幼い顔立ちが怒っていても、全く怖くない……むしろ可愛らしいとさえ思えてしまう。

「むぅっ、何だよアキラっ。人が心配してやってるってのにっっっ」
「あははっ、ゴメンゴメン。お前って内面はしっかりしてるのに、外見とのギャップがさ……その、おかしくって、つい」
「なんだよそれ、どういう意味っ。もう、心配して損しちゃったよ、馬鹿アキラ」

 リズムよく進んでいく電車に揺られながら、ボク達は普段のようにじゃれあいつつ過ごす。電車の窓から見える風景、田園が広がる田舎の景色が徐々に山深くなり、そしてトンネルを潜り抜け後橋市へ近づく度に民家や建物が増えてくる。
 恋と映画や学校、テレビの事を話しこみ、ふと気付けば車窓から見える風景は、コンクリートのビルと工場の煙突、広い道路に広がっている多くの車などに変わり、都会の喧騒まで聞こえてきそうだった。

「恋、もう着くよ」
「うんっ、行こう。……アキラ、ボクから離れちゃダメだよ? すぐに迷子になっちゃうからさ。あははっっ」
「よく言う」

 軽口をたたきあいながら、電車が停車するのが待ちきれず、座席から立ち上がってドアへ移動するボク達。最初に乗った時に比べ、幾分か人の増えた車両の中をゆっくりと進んでいく。そして、徐々に車両のスピードが落ち……がたんっと最後に少し強めに揺れ、完全に停車した。
 空気の抜ける音とともに開くドア、一気に流れ込んでくる排気ガスとアスファルトの匂い……都会の空気。ソレを期待に高鳴る胸へと吸い込みながら、ボク達は一歩、足を踏み出した。


 ◆◆


 後橋の大きな駅を抜けた後、まずボク達が向かった場所はフィッシングショップ。もちろん、今まで釣りに興味など無かったボクは入るのも初めて。けれど、物怖じせず、更に勘のいい恋の助けもあって、欲しいモノをあっさりと入手する事ができた。――それは極小さいサイズの釣り針と糸。
 縫合練習の為にどうにか代用品を……と悩んでいたボクがひらめいた物だ。もちろん人体には使えないけれど、カエシの部分を削り、上手くカーブをつければ(医療用の針は半月型にカーブしている物が多い、当然、使用部位によるけれど)練習で人形を縫ったりするのには使えるはずだ。縫合は外科の基本で、何度でも体に覚えこませたい。

「ね、ねぇ、アキラ、こんなの買ってさ、本気で釣りをしちゃうの? ボ、ボク、あの餌のグニュグニュしたのちょっと苦手なんだけど」
「えっ? い、いや、釣りはボク1人でするからいいよ」
「またそんな事言って。うううっっ、でもあのグニャグニャしたミミズは……、あううっっ、背中がぞわぞわする」

 くだらない会話をしつつ針を数種買い込み――それから向かったのは手芸屋や工具屋ではなく、恋の提案ですごく大きなホームセンターだった。なんでも前に情報誌で見た時から、恋もずっと行ってみたいと思っていたらしい。
 店内にはあきれるほど巨大な空間が広がり、信じられないほど多様な種類の物が並べられていた。恋と二人、ショッピングカートを並んで押しつつ、店員さんに時々尋ねながら目的の物を選んでいく。

「アキラ? な、何これ? バッグにガムテープ、結束バンド、LED懐中電灯、安全ピン、ラップ、ワセリン、色んなサイズのハサミがいくつか、針金、色んなペンチ、裁縫セット、三角巾、テーピング、包帯、ガーゼ、他にも意味が解らないものがいっぱい……。何なの?」
「いや、つい買いすぎちゃったかも。あはは」

 買い物が終わったボクを心配するような視線で見つめてくる恋。確かに調子に乗って買いすぎてしまったかもしれない。
 思ったよりも品揃えが豊富で安かったから、ついつい購入をしてしまった。金額的な面でも、貯まっていたかなりの額のお小遣いを、半分くらい一気に使用した事になる。
 ボクと恋は一緒に後橋市へ来た事があったけど、今まで参考書類以外を買った事がなかった。それが急にこの買い物の量。不安なんだろう……いぶかしげにしている恋の背中を、誤魔化すように何度もポンポンと叩く。

「ちょっとサバイバル用のグッズなんだ。今年の夏はキャンプに行きたいなぁって、その、桜と母さんに話しててさ」
「えっ、あっ、そっかぁ小学生最後だもんね。へぇ……、先生と、それに桜ちゃんも」

 苦しい言い訳かな? と思いつつも、さりげなく会話をしながらバッグの中へ手際よく買ったばかりの物を詰め込んでいく。恋に気付かれないようにボクは何度も深呼吸を繰り返す。親友に嘘をついている罪悪感と、着々と道具が揃っていく高揚感が胸にあふれそうだったから。

「ああ、そうなんだよ。それでさ今から楽しみで、ちょっと張り切っちゃって」
「へ、へぇ、今日初めて聞いたな。ふぅん……キャンプか」

 それに予想外の掘り出し物もあった。恋がトイレへと向かった隙に密かに探しだし、高価だったけど思い切って購入してしまった物。まさか買えるとは思っていなかっただけに、すごく嬉しくて、ニヤケそうになる頬を誤魔化すのが精一杯。
 それは、使い捨て式の刃をもつ医療用殺菌済みのメス。しかも刃先の種類も豊富で、こんな場所で販売されているなんて最初、信じられなかった。どうやら精密作業をする人がカッター代わりに使用する為に一定の需要があるらしく、(数本だった事も合わせて)レジもあっさり通過して買う事ができた。
 まあ、不満と言えば、かなり高額な為に全種類を揃える事が出来なかった事――なにぶん、総額だと5万円ほどかかる計算――しかし、それはしょうがない。少量だけでも買えただけラッキーだと思う。

「さ、これでボクの用事は終わった。じゃあ、映画の前にご飯だったよな」
「あっ……うん」

 買った物をコンパクトに全て収納し、そのバッグの留め具をボクは肩へとカチャリとセットする。ズシリと肩に重みがあるけれど、どこか懐かしいと感じてしまう。

「えっと昨日、恋が行きたいって言ってたトコって、あそこの地下フードコートだっけ? 行こうぜ」
「あ、アキラ、待って、その……」
「ん、何?」

 目的のショッピングモールへ向かおうとしたボクの背中に、おずおずといった感じで声がかけられた。振り返ってみれば、どこか暗い様子、俯き加減の顔で親友が立っている。

「……ボ、ボクも最後だから一緒にキャンプに行きたいっ……んだけど……、その、えっと……、ごめんっ! やっぱ何でもないっ!」
「えっ? 何? 最初が小さくって聞こえない」
「あっ、ううん、何でもない。やっぱいい。ほらっ、早くお昼食べなきゃ映画に間に合わなくなっちゃう。行くよ、アキラ!」
「ちょ、走るなよっ」

 何かを吹っ切ったように元気良く駆け出す親友。どこか不思議に思いつつも、その後ろを見失わないように、ボクも足を踏み出した。


 ◆◆◆


 手早くファーストフードで昼食をとったあと、お得な小学生料金を払い、ボクは親友と大きな映画館の中へと入る。公開されてからあまり日が経っていない事もあってかなり混雑していたけれど、運良く程よい位置の座席を確保することが出来た。
 映画の始まる前の数分間の緊張、それがボクは好きだ。いくつかの広告や映画予告編ではザワザワとしている観客席が、映画本編が始める直前、ピンと張り詰めたように静まり返っていく。その不思議な一体感……、名も知らない大勢の人達がこの一瞬だけは同じ目的でココにいる、という事実。その独特の空気がたまらない。
 ――そして始まる映画のストーリー。それは恋のオススメしていた通りに素晴らしいものだった。
 それから2時間後……。

「ううっ、悲しい。ほんとに悲しすぎる。あんな終わり方ってどう? ねぇアキラ! 酷いと思わない?」
「ああもう、いいかげんに泣きやめよ。それに、そんなに酷いラストでもなかったじゃんか」

 映画館近くのショッピングモール地下、巨大なフードコートでボクは親友の顔あたりへハンカチを投げて渡す。映画は豪華なSFラブロマンス……といった感じの内容で、噂以上の視覚効果、わかりやすいストーリー、ハッピーエンドだけれどもどこか悲劇的な要素もただよう……といった感じで、とても面白かった。
 ただ、ストーリーが恋の心の琴線へ触れたらしく、コイツは映画館を出てからもずっとポロポロと泣きっぱなし。まわりのジロジロとした視線に晒されながら、ボクは親友を泣きやませようと必死の努力を続けていた。

「だって、『ラストダンサー』が好きって想いさえ主人公に言わないままなんて、そんなの可哀想すぎる」
「いや、そりゃそうだけど……」

 恋が言う『ラストダンサー』というのは映画の話、主人公によって創造された、85%が生体部品、10%が機械、残り5%が人間、という美しい女性の外見を持つ人型超兵器の名前だ。
 今から遙か未来、長く続くエイリアンとの戦争を終わらせる為に創造された究極の兵器。念動力、テレポート、時間加速能力などを中心に様々な超能力を駆使し、エイリアンを滅す死の舞いを美しく踊るモノ、そして人類最後の希望……文字通り『ラストダンサー』。
 その時代の超兵器エネルギーは『意志』が源となっていて、その『意志』をラストダンサーに宿らせる為に天才科学者である主人公が使用したのが、戦争で死んだかつての恋人の脳細胞。
 予想を遙かに上回る兵器としての圧倒的な性能を発揮し、エイリアンを次々と打ち破っていく彼女。しかしどういう不具合か、『意志』を使えば使うほど、かつて人間だった甘い記憶、主人公を愛していた想いがラストダンサーへと蘇っていく。
 けれど、自分はすでに死んでおりただの兵器にすぎない……とも理解する彼女。そして皮肉にも、その苦しむ感情が彼女の戦闘能力をますます向上させていく。
 主人公の科学者は、恋人を殺された恨みをはらす為、そして少しでもエイリアンに殺される人々が減るように……と、己を省みずに研究に没頭し続けており、ラストダンサーの葛藤に気付けない。――そしてラストダンサーも自分の記憶が蘇りつつあるコトは決して口にしない。なぜなら、かつての恋人である主人公に、死んでしまった自分を忘れ、新しい幸せな人生を歩んで欲しいから。
 苦しくて悲しくて、本当は主人公に気持ちを打ち明けたくて堪らないのに、自分が人では無いから……と、諦めて戦い続ける彼女。戦争が終わってしまえば、ただの兵器にすぎない自分は存在理由が無くなると知りつつ、死の舞を踊り続けていく。
 そして……エイリアンと人類の存亡を賭けた最終決戦が始まる。
 互いに全てを結集した総力戦の果て、戦闘用強化スーツを身に纏った主人公へと寄り添うように立つ美しいラストダンサー。様々な激戦を潜り抜け、とうとうエイリアンの本拠地中心部へと辿り着く二人、そこで選ぶ選択、最後のダンス。

「でもそうかもな。恋の言う通り、伝えたいコトはキチンと伝えたほうがいい。うん、少なくとも努力はしなきゃね。じゃないと悲しい」

 美しかった映画のラストシーンを思い出しながらも、ボクはぼんやりと『オレ』から知識を譲られた夜のことを思い出す。あの時……『オレ』はきっと、母さんと桜に会って、何かを伝えたかったんだろう。それは『ありがとう』とか、きっとそんなたわいの無い一言だろうけれど……。もし言葉に出来なかったとしても、それが一瞬だったとしても、どうしても会いたかったんだろう。

「だよね、うんっ。言いたい気持ちは伝えなきゃいけないよねって……」
「ん、どうした?」

 ボクの投げつけたハンカチを握り締め、勢い良く立ち上がった恋。だけど、急に語尾を弱めてヘナヘナといった様子で椅子へ崩れ落ちる。さっきまでの悲しんでいた様子ともまた少し違う、どこか自分へ愚痴るような雰囲気で口を開く。

「……そんな簡単に言えたら苦労しないよっ」
「ちょっ、いきなりどうしたんだよ恋?」
「なんでもない……ちょっとトイレに行ってくる。大丈夫だから、ハンカチありがと」

 ボクへハンカチを返し、どこかガックリした様子でお手洗いへと向かって歩く親友。その後姿は、普段見慣れている元気な様子とは全く違っていて、とても寂しそうに思えた。
 若干心配しながらも、ドリンクや荷物を置いたままの席を離れる訳にもいかず、人ごみに消えていく青いパーカー、華奢な恋の背中を見送る。

「なんだ?」

 さっきの口ぶりだと、誰かに何か言いたい事があるようだった。もしかして誰か好きな人がいるんだろうか? それで告白したいって事? わからない……。
 ボクは恋愛事ってのに全く興味が持てず、勉強だけに打ち込んできた。だから、こういった方面について全く知識が無い。けれど、噂だけど恋はカナリ女子から人気が高いと聞いたような気がする。

「アイツ、だれか好きなのかな、もしかして桜とか? いや、うーん、それはどうかなぁ」

 オレンジジュースの入ったコップにささった青いストローをズルズルと吸いながら考える。たしかに桜と委員長は昼休みに色々話をしてるみたいだけど……、ボクの感覚だと恋には失礼だが、仲のいい姉妹にしか見えない。
 それともひょっとして、逆に桜が恋の事が好きだったり? いや……桜はまだ子供で無邪気なバカだ、ボクと同じで恋愛なんて考えた事も無いハズ。というか、あの桜が恋愛なんて、ありえなさすぎて考えるだけで笑ってしまう。

「ああもう、こんなの全然わかんないや……って、あ、そうだ」

 そういえば恋に昨日の事――新江崎さんのニキビを指摘したら、どうしてあんなに怒られたのか――を訊いてみるのを忘れていた。あんまりあてにならないだろうけど、お手洗いから親友が戻ってきたら一番に尋ねてみよう……と、考えをまとめた瞬間。

「アキラ、これっ、これ見てよ。今配ってたの貰ったんだ、ほらっ」

 人ごみを巧みにすり抜け、さっきまでの落ち込み具合が嘘のような勢いで恋が姿を現した。なにかに興奮しているのか、紅潮した頬、茶色の瞳がキラキラと輝いてまっすぐに見つめてくる。
 その右手には何か紙……文字やイラストが印刷されたチラシを持っていた。それをドンッといった感じでテーブルへと叩きつける。

「落ち着けって、なにこれ?」
「よく読んでっ、本日開催、後橋市中央商工会ベストカップルコンテストだよ! 何と優勝カップルには商品券10万円分。準優勝でも5万、他賞品多数! 商品券は後橋市でならほとんどの店で使えるって、映画だって見放題って事さ」
「いや……そりゃすごいと思うけどさ、ベストカップルコンテストだろ? ボク達には全く関係ないじゃん」

 意味がわからない、と親友の顔を呆然と見つめてしまうボク。だけど恋は、全く問題ないっ……といった元気いっぱいの笑みを浮かべたまま堂々と胸を張る。

「受け付け開始時刻まであと30分ある。アキラ、輸入雑貨屋さんに行こうっ」
「え? 何、ごめん、意味わかんない」

 飲み残しのジュースを急いで処理し、半ば恋へ引き摺られるような形で、近くにあるオシャレな雑貨屋さんへと入った。そこは女の人が大勢いる店で、数多くの化粧品が試供品と一緒に所狭しと並べられている。
 全く物怖じせず、素早く化粧品が並べられてるブースへ移動する恋。

「えっと、ビューラーとリップグロス、うーん……、あと赤フレームの伊達メガネ。うん、まだ買える。それと……えっと、ねえアキラ! こっちのカチューシャと、このリボンだったらどっちが好き?」
「え?」
「もうっ、時間がないだろ。お願いだから早く選んでよっ」
「え?」

 あまりの急展開で脳がついてこない。いや、むしろ、理解する事を拒んでいるといったような感じで……。目の前にはボクを急かすように、ちょっと頬っぺたをふくらませながら見つめてくる恋の顔があった。それは可愛い女の子のように見える、――そう、知らない人だったら女の子だと思うだろう……って、まさかっ!?

「えっ、えええ!? こ、恋っ、お前っ!!」
「あははっ、ようやく理解した? さ、はやく準備を済ませて受付しちゃわなきゃ。ほら、どっちが可愛いかな?」

 笑顔を浮かべつつ、髪へパーカーと合わせたような水色のカチューシャをセットする恋。ボクは驚いたまま何も言えずに無言で頷きを送る。

「こっち? うん、わかった。それじゃあ買ってくる」
「ちょっ、恋っ!! 待てよ」

 そのままレジへと向かおうとする親友の腕をしっかりと掴む。それはとても華奢で、強く掴むとポキリと折れちゃいそうに弱々しく感じた。
 が、気持ちを切り替えて親友へ向かって口を開く。さすがにこれは行き過ぎた冗談だと思う。

「恋、こんなのおかしいよ。やめようぜ」
「…………」

 ボクの言葉に反応を見せず、押し黙っている恋。その華奢な体、肩が細かくフルフルと震えている。それを見ながら、ボクはもう一度言葉をかける。

「な? 不味いよ。おかしい……」
「おかしくないっ!! おかしくなんかないもんっ、嘘だよっ。今回だけの嘘、冗談なんだからっ! 優勝するなんて無理だってわかってる、冗談で済むから出たいんだよっ!! ボク、小学校を卒業したら関西の中学に行く事が決まってるんだ。こんなっ、こんなのっ、もう、一生無理だって……、その……」

 まるで泣きそうに顔を真っ赤にして俯いている恋。親友の悲痛な声色に飲まれてしまい、ボクは何も言えず、ただ立ちすくむ。

「つ、伝えたい事は、絶対に言っちゃいけない事なんだ。今日、あの映画を観て、悲しくて堪らなくて……それに偶然このチラシを渡されて……、ボク、ボク。お願い、アキラ。胸の奥が苦しいんだ。今回だけ、もう、こんな我儘言わないよ」

 正直、ボクは恋が何を求めているのか、全く理解できなかった。けれど何故か、ボクの胸の奥までズキズキと痛くて、恋の細い腕を掴んだ指をゆっくりと離した。

「意味、わかんないけどさ。その……、賞金がもし貰えたら山分けだからな!」
「うん……うんっ! 優勝目指して頑張ろうね」

 泣きそうな顔で無理矢理にニッコリとした笑みを浮かべる恋。ボクは何も言わず、強引に親友の腕から水色のカチューシャを奪い取る。

「ちょっ、アキラ!」
「ならこれは優勝の為の資金投資って事だろ? ボクがこの分は払う」
「――――っっ!! あ、あっ、ありがと……」

 自分でも良くわからないけど妙に気恥ずかしくって、恋の顔を見ないままレジへと向かう。顔を真っ赤に染め、背後から無言のままついてくる恋の気配さえ、何だかゾワゾワとした変な感じがして堪らなかった。
 
「ありがとうございました」

 レジのお姉さんの顔がとてもおかしそうに微笑んでいて……何故か、そんなどうでもいい事だけが、くっきりと脳裏に焼きつき離れなかった。

 


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