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No.24259の一覧
[0] ◇ 過去に戻って幼馴染と再会したら、とんでもないツンデレだった模様[ペプシミソ味](2011/01/13 12:55)
[1] ・第2話[ペプシミソ味](2010/12/07 13:03)
[2] ・第3話 【小学校編①】[ペプシミソ味](2010/11/19 08:16)
[3] ・第4話 【小学校編②】 [ペプシミソ味](2010/12/07 17:54)
[4] ・第5話 【小学校編③】[ペプシミソ味](2010/12/07 17:54)
[5] ・第6話 【小学校編④】[ペプシミソ味](2011/02/03 02:08)
[6] ・第7話 【小学校編⑤前編】[ペプシミソ味](2011/02/25 23:35)
[7] ・第7話 【小学校編⑤後編】[ペプシミソ味](2011/01/06 16:40)
[8] ・第8話 【小学校編⑥前編】[ペプシミソ味](2011/01/09 06:22)
[9] ・第8話 【小学校編⑥後編】[ペプシミソ味](2011/02/14 12:51)
[10] ・第9話 【小学校編⑦前編】[ペプシミソ味](2011/02/14 12:51)
[11] ・第9話 【小学校編⑦後編】[ペプシミソ味](2011/02/25 23:34)
[12] ・第10話 【小学校編⑧前編】[ペプシミソ味](2011/04/05 09:54)
[13] ・第10話 【小学校編⑧後編】 【ダンス、その後】 を追記[ペプシミソ味](2011/10/05 15:00)
[14] ・幕間 【独白、新江崎沙織】 [ペプシミソ味](2011/04/27 12:20)
[15] ・第11話 【小学校編⑨前編】[ペプシミソ味](2011/04/27 12:17)
[16] ・第11話 【小学校編⑨後編】[ペプシミソ味](2011/04/27 18:35)
[17] ・第12話 【小学校編10前編】[ペプシミソ味](2011/06/22 16:36)
[18] ・幕間 【独白、桜】[ペプシミソ味](2011/08/21 20:41)
[19] ◇ 挿話 ・神無月恋 『アキラを待ちながら』 前編[ペプシミソ味](2011/10/05 14:57)
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[24259] ・第5話 【小学校編③】
Name: ペプシミソ味◆fc5ca66a ID:94755e29 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/12/07 17:54
 ・第5話


 ◆


 ホームルームが終わって放課後のざわついた教室から見る5月の空は雲ひとつなく、冴え渡る青がどこまでも広がって見えた。花が咲く中庭へと開け放たれた窓からは、爽やかな風がボク達の過ごす教室の中へと吹き込んでくる。美しい……けれど毎日変わりばえのしない、その風景。
 それと同じく、普段と何一つ変わらない学校の1日を終えたボク達。気の早い幾人かのクラスメートは教室を勢い良く飛び出して帰宅し始めている。
 ボクも桜が待っている5年生の教室へ向かおうと席を立った時、背後から親友――神無月 恋――の恨みがましい声が聞こえた。

「アキラ? まさかとは思うけど、委員長の仕事で困ってる僕を放って自分だけ帰らないよねっ、ねっ?」
「……いや、帰るけど。桜、待たせるとマジ怖いんだよ。今日は一緒に料理を作るって約束してるしさ。それじゃ頑張ってっ! ……って、ちょっ、離せよっ、ドコ触って!? こらバカ!」

 そそくさと親友の声を聞き流し逃げようとしたボク、しかしそれより一瞬早く、ボクのズボン……腰のゴムの部分がしっかりと恋の手によって掴まれていた。Tシャツからのびた小麦色の腕、細い指、ピンク色の爪先、小さな手が、絶対に離さない……というように握り締められている。
 「うーっ」と子犬のように唸りながら、可愛らしい褐色の顔で、怒っているようにも、少し困ったようにも見える目でボクを見上げる恋。リップを塗ったようにツヤツヤしている薄桃色の唇、そこから少しだけ覗く真っ白な歯。西洋人形のように整ったブラウンの大きな瞳が、涙でウルウルと潤んでいるように見えた。

「ううっ、来週ある校外レクリエーション……って言うより社会見学だけどさ。そこで行なう質問の選別と、皆の班を分けなきゃいけないんだ。昼休みの後に押し付けられちゃってさ。ううっ、手伝って……ていうか進んで自分から手伝おうよ、親友っ! それに、アキラに頼む事もあるし……、お願いっ」

 ――まさに必死。それに恋の美少女顔と大きく潤んだ瞳で、まるで捨てられた子犬のように哀願されるとどうも断りにくい。ボクは教室の前方にかけられている時計をチラリと眺め、ゆっくりとため息を吐きながら、委員長と向き合うようなカタチで椅子に座りなおす。
 仕方ない……、手早く終わらせてから桜を迎えに行くと決めた。

「ちぇっ、15分だけだよ。ったく、恋のその顔はズルイよ。で、なんだよ? 頼みってさ」
「やったっ、アキラならやっぱり手伝ってくれるって信じてたよぉ。うう、ありがと。そして……えっと、頼みってのは後で」

 なぜか珍しく煮え切らない様子の恋をチラッと見たあと、机に置かれているノート――来週の校外レクリエーションで訪問するゴミ焼却施設について色々書かれている――をペラペラとめくり、いくつかの項目を読んでいく。
 一日にどれだけゴミを燃やすのか、どういった過程で焼却されるのか、この町で一日にどれだけゴミが出るのか、エコロジーとは何か……などなど、調べたデータがプリントアウトされて貼り付けられている。それに合わせて社会の時間で出た様々な疑問をまとめ、質問というカタチで提出するという。たしかに少し面倒くさい。
 テキパキと恋にいくつか質問を行いつつ、予想される答えが重複するモノ、難しすぎるモノ、漠然としたモノを除外し、最後に質問の形式をスッキリと整えて添削する。わずか5分ほどだが、それなりに形になったように思えた。

「恋、こんな感じでどう?」
「うんっ、すっごく良くなったと思う。やっぱり手伝ってもらって良かったよ。ありがと」

 ニコニコと微笑み、嬉しそうにまとめたノートをランドセルへしまう委員長。こんなに喜んでもらえると手伝った甲斐があるというもの……本当に恋は頼み方が上手でズルイと思う。
 が……、ふと疑問が浮かぶ。この質問の選抜は確かに面倒だったけれど、委員長なら一人でだって余裕で出来るだろう。何故、あんなに必死でボクに手伝って欲しいと言ったのか?
 恋はスポーツ万能、成績優秀、クラスメート、先生からの信頼も厚い、今まで勉強だけに特化していたボクとは違う本物の優等生だ。こんな質問選別程度でそう困らない。
 つまり、恋があんなに困っていたのは社会見学の質問の方ではなく、本当にやっかいなのは……。

「本命は班分けか? ……ああ、そっか」
「うん、今度の班分けはちょっと特別だろ。だからさ」

 ゴミ焼却施設について使い終わった資料を全て机の中へと片付け、恋と額を付き合わせるようにして、ボク達1組のクラス名簿と、隣の2組クラス名簿を覗き込む。ズラズラと並んだ名前、コレをクラスの関係なく6人組みの班……計10組に別けなきゃならない。
 自主性を重んじる……という校長先生の方針で、生徒にこういう班分けを決めさせるボクらの学校。学級委員や図書委員、保健委員の選出なども生徒だけで行なわれ、先生が口を出すことはまず無い。
 学年の人数が少ないということもあり、こういう社会科見学や運動会、遠足の時は、クラスの垣根を越えて班を作ることが慣習になっていた。1年生の頃からそうやってしてきたし、学年が上がる度にクラス替えが行なわれるので、全員が顔見知りで友人。なので、普通は本当に適当に(出席番号順や奇数、偶数など)班を決めてしまっても、それで不満なんかでなかった。
 しかし、今回の班別けはちょっと違う。なぜなら……。

「修学旅行班か」
「うん、今回の班別けで大きな問題が出なかったら、今年1年間……つまり修学旅行まで同じ班になっちゃう。責任重大だよ。小学校、最後の6年生だしさ」

 クルクルと小さな手で器用に赤いボールペンを回しながら、真剣な顔で呟くように話す委員長。
 恋が決める来週の社会科見学での班、そして来月に行なう遠足では2組の学級委員長が班を決め、それが2学期に行なわれる修学旅行の班として決定される。一応、2組の委員長が来月の班決めで修正をすると言っても、今回決まる班というのはかなり影響力があるといっていい。
 修学旅行というのは、ボク達6年生にとって最も重要なイベントだと言える。その班にかなり影響するのだから、確かに悩ましいだろうが……。

「まあでもさ、そんなに仲が悪い人達なんていないだろ? そう悩むなよ。それに恋が決めたんなら皆、絶対に納得するから。大丈夫、ボクが保障するよ」

 暗い顔で悩んでいる恋の頭――子犬のようにモフモフと柔らかい茶色の頭髪がゆるくカールしてる――をポンポンと叩くように撫でながら、ボクは励ましの言葉を送る。
 委員長は優しくて、誰もが満足する道を探そうと、進んで責任を背負い込み頑張るタイプだと思う。将来の夢の為、自分の勉強だけを必死でやり続けてきたボクとは違う……、信頼でき、尊敬できる親友だ。
 だからこそ、コイツが決めた班なら皆、納得するとボクは確信が持てた。

「――っ! あ、あう、そう……かな? そ、そう言われると……その、あ、あ、ありがとっ」

 不意打ちで驚いたのか、瞳を丸く見開いたあと、顔を真っ赤にしてうつむきながら呟く恋。けど、少し気が楽になったのか、顔は赤いままだけど、嬉しそうな笑顔が見えた。その可愛らしい笑顔を見てボクも安堵する。 
 この学校は田舎だから……というのが理由になるか知らないが、ニュースなどで見る学校崩壊などとは無縁だ。ごくたまに喧嘩してる生徒もいるけど、大きい問題になるほどじゃない。くじ引きで決めたって大丈夫だとおもう。皆から信頼されている恋が決めた班なら、誰からも文句がでる筈が無い。
 ときおり意見を交換しながら、ボクたちはサクサクと班の仮決めを終えていく。
 だがしかし……途中でボクはペンを止めて恋の顔を見る。もしこの学年で、唯一注意しなければならない人物がいるとすれば……。

「まあ注意なのは、姫……くらい?」

 とても小学生とは思えない、凛……と張り詰めた空気を持つ美少女の姿を思い描く。腰まで伸びた黒髪、長い手足と素晴らしく似合っている制服、豊かな胸元に飾られた赤いリボン。鼻で笑うように強気な笑みを浮かべた、お決まりの表情。
 その整った冷たい美貌やモデルのように美しい体型だけでなく、精神、雰囲気まで一般人とは違う……というオーラを周囲に放出している『姫』、新江崎沙織。
 教師さえ彼女には逆らえず、噂では校長先生も何か施設を作る際、新江崎さんに許可を得るらしい。現に、新しく増築、改築された図書館にある本には全て『新江崎頭首継承者・新江崎沙織 寄贈』と金文字で記入されている。小学生の癖に本を寄贈……悪い冗談のようだ。
 そんな彼女と同じ班になったら、色々と大変なコトになるのは火を見るより明らかで……。いや、そもそも彼女が今回の班に納得しなければ、何一つ決まらない恐れだってある。しかしまあ、彼女はいつもの取り巻きメンバーで班を固めれば問題ないハズ……。
 
「あっうん……そう、そうなんだよ。姫が問題で……だからさっ、アキラにお願いっていうのはソレなんだ」
「は? ソレって何が?」

 さっきボクがなでた部分の髪を指先で触りながら、なんとなく気まずそうに口を開いている恋。どうにも嫌な予感がした。はっきりしない口調も変だし、何よりいつも直球勝負な恋が、ボクからすまなそうに目をそらしている。

「アキラ、姫と同じ班になってくれない? これは2組の委員長とも相談したコトなんだよっ、お願いっ!」
「ちょっ、な、なんでボクがっ」

 ボクを拝むように両手を合わせる恋。ほっそりした腕と肩、下げられた頭部の奥から見える華奢な首筋……そして真剣すぎる口調に一瞬、ボクはたじろぐけれど気を取り直して反撃する。
 まずどうして新江崎さんと最も相性が悪いボクが同じ班にならなきゃいけない? それに彼女には分家筋など多くの取り巻きがいる。ボクなんかが入る意味は無いハズだ。そう論理を組み立てて委員長へぶつけようとした時、一瞬早く、恋のほうが口を開いた。

「アキラはさ、興味ないから知らないだろうけど、学校の中も外も今、噂でもちきりなんだよ。新江崎家が、再婚問題でゴタゴタしてるって。姫のお母さんがすっごい大金持ちと再婚するらしいって皆の噂で……。それでずっと姫の機嫌が悪いらしくって……今、我儘が酷いらしいんだ」
「じゃあなおさら、ボクなんかが入る意味ないじゃんか。新江崎さんの機嫌が余計に悪くなるだけだよ」

 新江崎家の噂なんてボクは聞いたことが無かった。いや、耳にした事はあったんだろうけど、興味が無かったから聞き流していたんだと思うし、今だって興味がもてない。

「ああもうっ、違うよ。アキラ、気付いてないの? この学校の中でさ、先生と生徒を合わせてたった一人、彼女に注意ができて、更にそれをしぶしぶとでも受け入れる人物……それはキミしかいないんだよ。取り巻きの人達の言う事なんか聞きゃしないんだ」
「は?」

 委員長のあまりにあり得ない勘違いに、反論する気力さえわかずに唖然としてしまう。一体、なにをどうしたらそうなるって言うんだ? ボクと新江崎さんは顔を会わせる度、互いに喧嘩一歩手前のような言い争いばかりだ。
 現に、今日の昼休みにあった時だって……。

「ん、あれ……?」

 昼休みの事を思い出して、少し首を捻る。ひっそりとしたトイレの前で会ったボクは、彼女に対して『危ないから教室に戻れ』みたいな事を言った。それに対して新江崎さんは、真っ赤になって怒ったけれど……結局、校舎に入っていった? それで……ボクが図書室に行ったから、再びあの場所に出かけたって事? 
 確かに、あの場所に用事があったのなら、わざわざ校舎に戻る必要は無い。ボクの言うことなんて、『姫』らしく無視しておけばいいだけなのに……。まさか、本当にボクが言ったから? いや、無い。偶然に過ぎない。

「い、いやっ、たまたまに決まってるよ! 恋、ボクは嫌だからね。姫と同じ班なんかになったら、どんな恐ろしい事を押し付けられるか……」
「そんな事言わないでよっ。彼女が万が一暴走したら、止められる可能性があるのはアキラしかいないんだ」
「あり得ない、偶然だよっ」

 とても取り合えない。ボクは椅子から勢い良く立ち上がり、急いで教室を離れようと決意した。周囲を見れば、いつの間にかクラスメートは誰一人残っておらず、広い教室の中はボクと恋の二人っきり。話し合いに熱中してしまったんだろう。
 慌てて時計を見れば、桜と待ち合わせの約束をした時間から30分近く遅れてしまっていた。

「帰る」
「ちょっと待ってよっ、アキラっ」

 早足で扉へ向かったボクの背後からパタパタとした足音が響き、追いかけてきた恋の右手がすばやく動いた。小さい身長、華奢な外見にしては意外なほどの力で、ガッチリとボクの右手首をつかんで離さない。
 
「離してよ」
「逃げないでよアキラっ。その……言おうか迷ってたけど……これはキミのためでもあると思う。またそうやって、勉強と桜ちゃんと先生だけが大事で頑張って行くの? 姫や……ボクみたいな他人は興味が無いって、最初からわかり合おうともせずに切り捨てて。そんなの寂しいじゃんかっ! それにさっ、もし将来、アキラの勉強が追いつかなくなったらどうするんだよ。そのうち……桜ちゃんや先生も切り捨てる事になるんじゃないのかよっ?」  
 
 真剣な恋の声……その響きがボクの足を凍りつかせたように止める。桜のカラダ中に点滴の管がつきささった風景が脳裏に浮かび、ボクはあふれ出す苦いツバを何とか飲み込む。
 何か反論を……、勉強や医学の知識は豊富にあるってのに、けれど今、役に立ちそうな言葉が浮かんでこない。それでも、ボクは振り返って恋の茶色い瞳を見つめ、喉の奥から必死で声を出した。

「勉強は絶対大丈夫だしっ。それに、か、関係ないだろ。それが、どうしてボクが新江崎さんと同じ班にならなきゃいけない理由になるんだよ」

「まず一つは、新江崎さんがアキラの言う事なら聞くだろうし、キミの前なら姫はあんまり我儘を言わないから。そしてもう一つは、キミと姫は対等な友人として、互いにわかり合えると思うから。――アキラが新江崎さんを認めてるって事は気付いてる。僕は、キミにも友人と共に修学旅行を楽しんで欲しいんだ。アキラ、お願いだ。必死に勉強だけを続けてきたキミをずっと見てきたんだよ。遠足だってキミはいつもつまらなさそうで……、せめて修学旅行くらい思い出に残して欲しい、お願いだ」

 恋の張り詰めたような表情に、ボクは思わず息を飲む。小麦色だけどキメ細かい肌、固く閉じられた薄桃色の唇、泣き出しそうにうるんだ大きな瞳。――反則だと、いつもボクは思う。こんな泣き出しそうな可愛い顔で頼まれて、断れる人間なんているんだろうか?
 それに、ボクがどこか新江崎さんを認めてるってのは事実。昨日までの『ボク』は本当に他人に心を開いてこなかった。その中で、興味が無いのではなく――仲が悪いという関係にせよ――恋以外の同学年の生徒を意識したのは、新江崎さんだけだと言っていい。 

「ああもうっ、仕方ないな。わかった、ボクが悪かったよ。全く、その顔はズルイって」
「ホント……? ホントに?」

 恋のパッチリとした二重まぶたの瞳から、いまにもあふれ出しそうになっている涙。その目尻をポケットから取り出したハンカチでそっとなぞる。が、拭き取りきれなかった涙が一筋、褐色の肌の上をスッと流れ落ちていく。
 
「ああ、わかったよ。その……友達になれるかはわかんないけど……新江崎さんと同じ班っての了解した。確かに記憶にずっと残りそうだしね。けどさ、友達と修学旅行を楽しんでって言うなら……恋も一緒の班になってくれる? その、委員長は一番の親友だからさ」 

 どことなく照れくさくって、ボクは顔が熱くなるのを意識しながら、モゴモゴと呟く。その瞬間、パァっと花が咲く様に笑顔を見せる恋。

「うっ、うん!! 当然だろっ。親友じゃんか……」

 ポスッ……という感じで、ボクの腹部へ柔らかな髪の毛を押し付けてくる恋。思わず涙を流してしまった事に対する照れ隠しなんだろう。クラスの男子の中で一番小柄な体型……折れそうに華奢な肩と、ほっそりしたうなじ。
 誰もいない教室の中、僕たちは照れ笑いをしながら至近距離で顔を見合わせ、互いの拳をかるく打ち合わせた時……。

「――――兄さん? 心配したので来て見たらとーっても楽しそうで……よかったですね。ふふ、約束から40分ですよ? 40分も放置プレイされちゃうなんて……。これからもずっと一緒だから……なーんて昨夜おっしゃってくれたのはどこのどちら様でしたっけ? ねぇ、アキラ兄さん……?」

 背筋が凍るような声が、教室へと響いた。

「う、うわぁああっっ! さ、桜……その!」
「ボ、ボク帰るっ! アキラありがとうそれじゃまた明日お元気でっ!!!」

 脱兎の如く……とは良く言ったもの。学校で飼っているウサギが逃亡した時の事を思い出させるような勢いで、教室を飛び出していった委員長。あっという間に遠ざかっていく足音……さすがは短距離走、県記録保持者なことはある。さっきまであれほど親友と言い合ってたのが幻のよう……。
 ボクはといえば、幼馴染の迫力に完全に圧されてしまってバカみたいに突っ立っていた。教室の中にゆっくりと足を進めてくる桜の姿をぼんやりと見てしまうだけ。

「別に気にしてませんよ? そうですね……もうこの時間ならすぐに先生が帰ってこられるから、兄さんと二人っきりで料理を作るのは難しくなるでしょうけど。ええ、ぜーんぜん気にしてません、ふふっ」

 淡い紫色のスカートから伸びる白い足、真っ赤なランドセルを背負って少しシワが出来ているピンクのカーディガン、ボクが5年生の時、家庭科の授業で作った白いリボン。どれもとても似合っていて可愛い、妹同然の大切な幼馴染の姿。
 だけど、ニコニコと微笑んでいる顔がなぜか逆にとっても怖い。伊達に長い付き合いじゃない……桜は今、猛烈に怒っている。

「さ、桜? お、落ち着いて、な? 恋にいろいろな用を押し付けられてさ。その……お前を忘れてたわけじゃないんだ。と、当然だろ?」
「ええ……それはそうでしょうね。私……兄さんの大切な……何でしたっけ?」

 ニッコリとした笑顔でボクの正面へ立つ幼馴染……どこか寒気がするけど気のせいに違いない。心から誠心誠意、気持ちを伝えれば絶対にわかってもらえるはず。
 挫けそうな自分を励ましつつ、桜の肩を掴み、しっかりと正面から彼女の真っ黒な瞳を見つめて言い切った。

「家族っ! うん、桜は大切な家族……妹だから、忘れるわけない。家族っ! そう、家族だよっ! な? わかってもらえて嬉しいよっ!」
「……いいもんっ、どうせ解ってたし。全然悔しくないっ。でもっ、でも、そんなに何度も家族、家族って言わなくっていいじゃん! ……兄さんのバカっ、ばかばかばかぁぁぁああああっ!」
「えっ、ええええっ!?」

 意味がわからない……。ボクの言葉が言い訳っぽく聞こえたんだろうか? まるで泣きそうなほど顔を真っ赤に染め、ポカポカとぜんぜん痛くない拳を振り上げてくる桜。紫のスカートをひらひらとなびかせながら、ポスン……と、ときおり力無く繰り出されるローキック。
 ほとんど痛くは無いけど、下手に回避して桜のバランスが崩れて倒れたりしたら大変。ボクはわざと全部の攻撃を受け続けるしかない。泣きたいのはコッチのほう……両手で頭をかばいつつ、必死で機嫌を取り成そうとボクは様々な提案を続けた。
 ――結局、幼馴染の機嫌が直ったのはそれから5分くらい経過した後で……、『柊アキラ1日自由券』なんて訳のわからない、怖すぎるチケットをノートへ作らされた後の事だった。



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