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No.24259の一覧
[0] ◇ 過去に戻って幼馴染と再会したら、とんでもないツンデレだった模様[ペプシミソ味](2011/01/13 12:55)
[1] ・第2話[ペプシミソ味](2010/12/07 13:03)
[2] ・第3話 【小学校編①】[ペプシミソ味](2010/11/19 08:16)
[3] ・第4話 【小学校編②】 [ペプシミソ味](2010/12/07 17:54)
[4] ・第5話 【小学校編③】[ペプシミソ味](2010/12/07 17:54)
[5] ・第6話 【小学校編④】[ペプシミソ味](2011/02/03 02:08)
[6] ・第7話 【小学校編⑤前編】[ペプシミソ味](2011/02/25 23:35)
[7] ・第7話 【小学校編⑤後編】[ペプシミソ味](2011/01/06 16:40)
[8] ・第8話 【小学校編⑥前編】[ペプシミソ味](2011/01/09 06:22)
[9] ・第8話 【小学校編⑥後編】[ペプシミソ味](2011/02/14 12:51)
[10] ・第9話 【小学校編⑦前編】[ペプシミソ味](2011/02/14 12:51)
[11] ・第9話 【小学校編⑦後編】[ペプシミソ味](2011/02/25 23:34)
[12] ・第10話 【小学校編⑧前編】[ペプシミソ味](2011/04/05 09:54)
[13] ・第10話 【小学校編⑧後編】 【ダンス、その後】 を追記[ペプシミソ味](2011/10/05 15:00)
[14] ・幕間 【独白、新江崎沙織】 [ペプシミソ味](2011/04/27 12:20)
[15] ・第11話 【小学校編⑨前編】[ペプシミソ味](2011/04/27 12:17)
[16] ・第11話 【小学校編⑨後編】[ペプシミソ味](2011/04/27 18:35)
[17] ・第12話 【小学校編10前編】[ペプシミソ味](2011/06/22 16:36)
[18] ・幕間 【独白、桜】[ペプシミソ味](2011/08/21 20:41)
[19] ◇ 挿話 ・神無月恋 『アキラを待ちながら』 前編[ペプシミソ味](2011/10/05 14:57)
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[24259] ・第11話 【小学校編⑨前編】
Name: ペプシミソ味◆fc5ca66a ID:710ba8b4 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/04/27 12:17
 
・第11話 【小学校編⑨前編】

 ◆

 NGOの備品であるジープ――軍の払い下げ――の大きなタイヤでさえ、ガタガタと振動の激しいアフリカの道。舗装などないその道を、NGOキャンプへ向かって延々と走り続ける。
 ハンドルを握る軍人あがりのNGO職員と助手席に座る護衛は、大きな段差を越える度に軽く口笛を吹き、何事も無かったようにスペイン語で雑談を続けていた。彼らにとってはお馴染みの悪路なのだろう。
 ぼんやりとその様子を意識しながら、後部座席に座ったオレは無言のまま車窓の外を眺める。すぐ隣、泣き疲れて眠っているセリシールの手を握ったまま。
 ――もうすぐ地平線へ太陽が沈みそうな時刻、日本で見ることのほとんどない広大な平原を見つめる。雨季が終わった直後という事もあり、地平線のあちこちには緑色の草原が広がり様々な動物が見えた。
 野性の獣はいつ見ても美しく迷いが無い。彼らは生きる……という事に嘘をつかない。人間の欺瞞にみちた生活を嘲笑うかのような野生動物の営み。
 そのあるがままの生命を見ると、医師という仕事は不自然の極みなのではないか? と疑念に思う事がある。いずれ必ず死ぬにも関わらず資源と時間を費やし、わずかだけ命を延ばす。その事に何の意味があるのだろうか? と。

「でも……」

 それでもオレは医師を続けたいと思ってしまう。本当は運命に勝てないと解っている、けれど少しでも可能性があるのなら足掻きたいのだ。いつか、きっと良くなると祈りつつ。
 ――オレは馬鹿だから、そういう生き方しかできないのだろう。

「……先輩」

 突然隣で身じろぎし、小さくフランス語で囁いてきた助手。喪服……漆黒のスーツを着て、金髪を頭部にまとめた姿。見つめてくる青い瞳は泣きはらした所為だろう、普段よりも寂しそうに見えた。
 握ったオレの手へ軽く力を込め、青ざめた顔のまま懺悔をするようなに小さい声で。

「セリシール、起きたのか」
「すいません。先輩にまで来て頂いたのに……。私だけ眠ってしまって……」
「いや、気にするな。少しは落ち着いたか?」

 コクン……とゆっくり整った顔を下げるセリシール。しかし涙の跡はその美しい顔にくっきりと残っている。

「はい……、取り乱して、申し訳ありませんでした」

 約4時間前、あの少女の葬儀へオレとセリシールは出席した。
 元々、フランスの属国だったこの国ではキリスト教――カトリック――の信者が多い。少女の両親も熱心なカトリックであった為、教区司祭の司式により葬儀が行なわれた。
 灼熱の陽射しの下、純白でなければならない布は貧しさから少し汚れ、死者を悼む献花も少ない。遺影写真などなく、出席した遺族や親類の衣装もけっして綺麗とは言えなかった。
 けれどそんな物は全く関係ない。遺族の無念、悲しみ、悔しさ、哀惜の念は世界のどこであろうと同じ。貧富、人種などなく、出席した全員が少女を喪った痛みを共有していた。
 耳の奥へ聖歌の響きが鮮やかに蘇る。死者を悼む旋律。せめて安らかに眠れるように、と願いと祈りを込めた歌。

「気にするな」

 葬儀が終わり車へ乗り込むまで、セリシールは気丈に振舞っていた。遺族との会話も取り乱す事無く行なっていたのだけれど……。
 ジープが動きだした瞬間、彼女は泣き崩れた。オレの手をすがるように握り、泣いて、泣いて……自分を責めて。けれど己を責めても何一つ救えはしないのだと気付き、また泣いた。オレは彼女の手を握り、泣きつかれて眠るまで見守る事しか出来なかった。

「ありがとうございます」

 昨日のミーティングでチーフセルゲフが、オレとセリシールは葬儀に出席するように……と言った真意は解らない。けれど、この哀しみは忘れないだろう。
 オレ達にとっては多くの患者の1人に過ぎない。けれど、遺族にとってはかけがえの無い命なのだと、改めて心に刻む。

「先輩……。私、すごく我儘な子供だったんです」
「ん?」

 顔を伏せたまま、ポツリ……とフランス語をこぼすセリシール。ガタガタとあい変わらず上下に激しく揺れる車内。オレの手を握りながら、ゆっくりと助手は言葉を続ける。
 車窓の外では太陽が地平線へ沈みつつあり、真っ赤な夕焼けが見えた。

「母はファッションデザイナーで自由奔放な人でした。それに似たんでしょうね……教会へもあまり行きませんでしたし。末っ子で、父も私には甘かった。たまたま勉強が出来たってだけで、家事なんて一度も手伝った事ありませんでした。周囲への感謝なんて知らずに……。本当、何をしていたんだか……」
「……いや。オレも似たようなモノだよ。勉強だけで何も解っていなかった」

 ポツポツと小さな声で会話を続ける。子供の頃の話、ジュニアスクールでの出来事。友人、親と喧嘩した事。両親に誕生日を祝って貰えた喜びと、プレゼントが期待外れで怒った事。
 どれも他愛無い過去の日常に過ぎない。けれど、あの少女が経験する事は決して無い。人が死ぬとはそういう事。続くはずだった人生が何の慈悲もなく唐突に断ち切られ、二度と得られる事は無い。

「先輩……。私、これからも医者を続けます。あの子のような悲劇をほんの僅かでも減らせるように。どれだけ泣いても……何一つ変わらないと、嫌になるほど解りました」
「そうか」
「……はい」

 会話の最後、締めくくるようにセリシールはそう言う。小さいけれど、少し気力が戻ったように張りのある声。
 きゅ……と、オレの手を軽く握りしめた助手。その顔は、沈みつつある夕日に照らされて赤く……とても美しく見えた。

 ◆◆

  新江崎さんのパーティーから数週間が過ぎた6月中旬。関東の西北部へ位置する、ボク達が暮らしている町にも段々と暑い日が増えてきた。木々の生い茂る山々は、初夏ならではの濃い緑一色となり、そこかしこではうんざりするほどせわしなく蝉の鳴き声が響く。
 そう、今朝も夏の暑さを予感させる目覚めだった。せっかくの土曜……学校は休みだっていうのに。

「兄さん、起きて! いい天気だよ」
「……んん、桜? あれ、どうしてココに?」
「おはよっ、兄さん。ママに送って貰ったの」

 2段ベッドの上で、昨日の夜にはいなかった幼馴染の声に驚き目を覚ます。まだ半分眠っているような感じで、頭の奥がジンジンと重い。体も少し気だるく、典型的な睡眠不足。
 というのも最近、毎週末は新江崎さんと二人で町立図書館へ行って、医学書を借りるのが習慣となっていたから。
 桜が実家へ帰って静かな金曜の夜、思いっきり夜更かしをしながら医学書を読みふける、という生活パターン。なので毎週土曜の朝、起床時刻は10時くらいなんだけど……。
 元気の良い足音、そして二段ベッドの下から響く幼馴染の声に、欠伸をしながら言葉を返した。

「何の用だよ? ていうか、今何時?」
「うん? もう8時だけど。ね、お出かけしようよ」

 トントントン、と眠そうなボクの声色などお構いなしに、ベッドへかけられた階段を昇ってきて、ひょこっと顔を覗かせる桜。にっこりと笑いかけてくるその顔……何かいい事があったんだろう。ボクは少し眠いのを我慢しつつ、無言で首を傾け、話を催促する。
 階段を昇りきり、ポンっ、と当然のように勢い良くボクの隣へ横たわる。コイツも寝起きなんだろう。ピンク色のパジャマ姿のままだった。どことなくレモンに似た爽やかで甘い髪の香りが漂う……が、正直暑苦しい。
 幼馴染の寝起きのままの黒髪が、サラサラとボクへまといつく。にっこりと上機嫌な笑みを浮かべ、パタパタと人のベッドで両足を動かしている。

「あのねっ昨日パパが、後橋で今日オープンするプールのチケット持って帰って来たの。でね、兄さんもどうかなーって」
「プール?」
「うん、行こうよ! もうすぐ学校でもプール開きでしょ? いい練習になるよぉ。色んな遊具があるって話だし。ねっ、いいでしょ?」

 プニプニとボクの頬を細い指でつっつきながら、ニコニコと微笑んでいる幼馴染。確かにコイツは水泳が大好きで、去年もさんざんプールへ一緒に行った記憶がある。そう、ウォータースライダーが大好きらしい。まあ、1人じゃ怖いと言うから、いつもボクが付き合わされてるけれど……。

「ああもうっ、そんなにくっつくなって。わかった、わかったから。暑いから離れろよ」
「えへへ、いいって言ってくれるって思ってた」
「ったく、おじさんとママの許可は貰ったんだろ?」

 暑いって言ってるのに、嫌がらせのように首筋にしがみ付く桜を無視しながら、やれやれと身を起こす。少し体が重く、頭の奥がぼんやりしていた。が、プールに入るってのは悪くないな、と思う。偶には頭をからっぽにするまで体を動かしたい。

「うんっ、パパはちょっとすねてたけどね。いひひ、やったね! じゃあ家に戻って、すぐに準備してくるからっ、兄さんもお願いね!」
「はいはい」
「9時20分の電車だよ! 駅で待ち合わせだからね」

 ぴょんっと勢い良くベッドの階段を下りていく幼馴染を見送ったあと、ボクもベッドから降り立つ。何度も欠伸を噛み殺しつつ、タンスへ向かい、奥へしまいこんであったハズの水着を探す。

「プールかぁ……そっか、プールって言えば」

 スイミングバッグへようやく見つけた水着、帽子を詰め込みながら、脳裏へぼんやりと親友の姿を思い浮かべる。学級委員長でもある親友、神無月恋。健康的に小麦色へ焼けた肌、くりっとした大きな瞳と、柔らかい茶色の細い髪。天真爛漫な笑顔。
 陸上、そしてスポーツが大好きな恋はしかし、何か身体上の理由があり――噂では耳らしい――水泳の時間は毎年見学をしていた。きちんと学校の許可を得ているようで、何の問題もなかったけれど……。

「寂しそうだったもんな」

 体操着のまま物陰で、ポツン……とボク達がプールへ入っている様子を見学していた恋。時々目が合うと、日に焼けた小麦色の顔に笑顔を浮かべ、ブンブンと手を振っていた姿を思い出す。今年も、きっと見学になるんだろうなぁ、と思う。
 しかし……と、ふと考え付く。そう、必ず顔を水につけて泳がなきゃいけない学校のプールは無理だろう。けど、水辺で足を浸すくらいなら出来るんじゃないだろうか? そりゃ、ボクや桜みたいに思いっきりは遊べない、でも、少しは気が紛れないか?

「恋も誘ってみようかな?」

 だた、問題はチケットの枚数。桜は今日、後橋にオープンする施設だって言っていた。なら、きっとチケットの枚数も人数ギリギリしかないだろう。まあ、駄目で元々、桜の家へ電話して聞いてみるしかない。
 荷物をプール用のスイミングバッグへ準備し、最後に習慣となっているサバイバルバッグ――ここ最近は何の役にも立っていないけれど、持っていないと落ち着かない――を肩へ背負う。そのまま欠伸をしつつ、トントンと一階へある電話機の所へと足を運ぶ。
 とその時、母さんのいないシーンとした居間へタイミング良く電話が響いた。

「うわっ、あっ……はい、もしもし柊ですけど?」
「きゃっ、出るの早いわよ。もう、私だけど」
「え……!? ひ、あ、新江崎さん!?」

 受話器の向こうから聞こえてきた声に、ボクは心底驚きながら言葉を返す。聞き間違えようもない、ツンッと冷静沈着な声。受話器の向こうからさえ威圧感が漂ってくる。

「その……、今日ね、新江崎家が工事に関係した施設が後橋にオープンするの。それで、柊クンみたいな勉強しかしてない人に使わせてあげてもいいかな? って。可哀想に思って。その……た、たまたまね、私も暇だし」
「え!?」

 かなりの早口、そして怒っているとしか言いようのない口調。姫のその言葉を聞きながら、ボクは背中にじっとりと汗をかく。これは……もしかして桜の言っていたプールの事だろうか? それとも全然別の施設?
 まあどちらにせよ桜との約束がある為に断らなくてはいけない……と、口を開こうとした時、ボクは閃いた。もしも、新江崎さんの言っている施設がプールの事なら……。

「あの、その施設ってもしかしてプール?」
「ええ、そうよ。で、どうなのよ? さっさと返事を……」
「それってさ、もしかして新江崎さんなら顔パスで入れちゃったりするの? その……関係者用入り口なんかでさ」
「……っ、そうよ。だからどうなのよ?」

 数分後、怒った感じの姫との会話をどうにか上手に終わらせ、ボクは1人、自分の発想に惚れ惚れとしていた。ふぅ……と、気合を入れるように息を吐いたあと、急いで恋の家へ電話をかける。
 今日の暑い休日、楽しく過ごせればいいなぁ……と思いながら。


 ◆◆◆


 待ち合わせ……、いつ訪れても全く同じに見える町の駅。
 季節とともに変わっていくのは周囲の風景だけ……鮮やかな緑の街路樹には多くの蝉がとまり、せわしない鳴き声を上げている。駅の駐輪場へ停めてある多くの自転車。金属部分で反射する日光はギラギラと眩しく、今日の暑さを予感させた。
 そう、今日は暑いはず……なのに、ボクはゾクゾクするほどの寒気を感じる。駅の待合室の狭い空間、そこはまるで魔境のよう……。

「おはようございます、新江崎先輩。兄さんの友人……いえ、ただのお知り合いですよね」
「――ッッッ!? ふ、ふふっ……おはよう桜さん。アナタこそ兄妹でもない赤の他人ですのに、ずうずうしい……ううん、世話好きなのね。そんな子供っぽい体型なのにしっかりなさってるわ。本当、幼児体型なのに、ね……」
「――っっっ!!!」

 満面の笑みを浮かべて挨拶をかわしている桜と、ツンとまるで胸を強調するように悠然と立っている新江崎さん。二人を中心に、ビキビキと空間が凍りつくような気さえする。
 ボクの手を掴み、新江崎さんへひきつった笑顔を見せている幼馴染。膝丈のミリタリーパンツ、黄色いTシャツ、そしてお気に入りの白リボン、と動きやすいラフな格好。元気一杯、とても可愛い感じ。
 対して真正面に立っている姫は、フリル付きの半そで白ブラウスに黒の蝶ネクタイ、赤チェックのミニスカート、ブーツといったスタイル。ちょっとゴスロリっぽいファッションで、桜と違って大きめな胸もある為、すごく女の子らしい雰囲気だ。

「ふ、2人とも、仲良く……」
「ねぇ、兄さん!? どうして新江崎先輩がここにいらっしゃるのかしら? しかもスイミングバッグをお持ちで!」
「柊クン、これはどういう事なのかしら? 貴方を哀れんで誘ったのに、どうして子守まで……」

 笑顔……なのにこめかみに青筋をたててそうな幼馴染に、グイッ! と腕を思いっきり引っ張られる。
 目の前に立つ姫は、ズンッといった感じでボクの顔直前まで近寄り、腕を組んで仁王立ち。恐ろしく冷たい視線で睨み付けてくる。
 一体、どうしてこうなった? ボクはただ、皆で一緒に遊んだほうが楽しいって思っただけなのに……。

「おはよっ、アキラ! 待たせてゴメン。その、今日は誘ってくれて……って、ええ!? な、何でっ、今日はアキラと2人っきりじゃあ!?」
「あ、恋っ」
「か、神無月先輩までっ!?」
「神無月クン!?」

 その時、ぴょんっといった感じで親友が駅へ入ってきた。驚いたような表情で桜と姫を見つめ、呆然と口を開く。
 格好は普段とあまり変わらない……ふとももがむき出しのデニムパンツ、そして肩が大きく露出した黒タンクトップ姿。それに以前に買った赤いフレームの伊達眼鏡をかけている。その所為もあり、なんだか普段よりさらに美少女っぽい感じ。
 しかし、ジト……という瞳で背の低い恋は、下方向からボクを睨む。眼鏡のプラスチックレンズ越しに、クリッとした二重が見えた。

「い、いや……恋、落ち着けよ。だってさ、大勢のほうが楽しいだろ? 皆、ボクの友達だし。桜も、それに新江崎さんもさ……」
「ちょっと兄さん!? 私は友達じゃないわ。そう、何よりも大事な人だって言ったじゃないっ」
「柊クンっ、勝手に私を友達にしないで頂ける?」
「酷いよアキラ、ボクはただの友達じゃないだろっ。親友、かけがえのない親友じゃんかよっ、バカ、バカッ」

 ポスポスと恋に軽く胸を叩かれる。全く痛みはないけれど、うぅぅ……といった感じで睨んでくる親友の顔が辛い。
 桜はふくれっ面のままボクの腕を痛いほど握り締める。キリキリといった感じで奥歯を噛み締め、不機嫌さを隠そうともしていない。
 姫は無言のまま、ただツンと冷徹に腕組みをし、虫ケラをみるような視線を投げかけてくる。痛い……なんだか胃がジンジンと痛む。

「皆、そ、そろそろ電車の時間だよ。あははっ、行こうよ、ね。今日は皆で楽しめば……」

 この空気に耐え切れず、電車の時間が近づいたのを幸いとホームへ駆ける。背後から聞こえる不満そうな声……それを一切無視。
 そもそもボクが責められなきゃいけない意味がわからない。ボクは新江崎さんに招待されて裏口から、桜と恋は2枚のチケットを使えば(恋の分は元々ボクのモノの流用で)皆で楽しく遊べる……という完璧なプランだったのに。
 
「あっ逃げた!」

 タイミング良くホームへ滑り込んできた電車に乗り込む。その後を仕方ない……といった感じで、渋々と乗り込んでくる3人。ようやくこれで楽しい時間が……と、少し安堵する。
 ボクは急いで3人から離れた席へ座ろうと、足を踏み出した瞬間、ガシッと幼馴染の手によって腕が掴まれた。

「兄さん? せっかくですから後橋までの一時間弱、皆で座りましょうね。座席も空いてますし、今日、これからのご予定をお伺いしたいですから」
「ホント、桜ちゃんの言う通りだわ。一番悪いのは誰でしょうね」
「そうだね……、アキラ。そこに座って……違う! 一番奥に決まってるじゃんか。どうするつもりか、きっちり聞かせてもらうからっ」

 4人がけのシート、一番奥へ無理矢理に座らされる。隣に恋、真正面に桜、斜め向かいには姫。3人の凍りつくような視線が痛い。
 窓の外は初夏らしく緑が一面に広がっている……なのに、この空間だけはまるで、極寒のツンドラのようだ、とボクは思った。

 ◆◆◆◆

 電車の中、1時間ほどの拷問にも等しい時を過ごしたあと、どうにか機嫌が良くなった3人と一緒に例の施設へ入場した。結局、全員が新江崎さんの友人という事で、並ぶ事無く中へ入る事ができた。
 流石に今日がオープン日だとあって、どの部分も新品。ロッカーも広く、ボクはプールが待ちきれずに勢い良く着替えた。が、隣にいた恋がいつまでたっても着替えない。何故か顔を真っ赤にして伏せてるだけ。聞いてみれば、「お腹が痛い」との返事で、トイレへと向かったのだけれど……。

「恋、まだ? 大丈夫かよ?」
「う、うんっ。ごめん、あと少しだけ……、うん、もういいよ」

 10分ほど時間が経過したあと、ようやく出てきた親友。その姿を見てボクは驚き、呆然としてしまう。

「それ……」
「へ、変……? ショートジョンタイプって言うんだけど……。お願い、そんなに見ないで。日焼け跡が恥ずかしい……から」

 モジモジと顔を赤らめ、ボクの視線を避けるように後を向く恋。その後ろ姿を驚きながら見つめる。
 競泳選手が着ているような、上下一体型ワンピースタイプの水着。つやつやと光沢がある黒一色の素材で出来ており、親友の体へピッタリとフィットしている感じ。
 いや、何を着ようがそれは構わない。けれど問題はそこではなく、浮き出ている体のライン……丸みを帯びた華奢な肩、日焼けした細い首と腕、そして背中から腰、足にかけてのラインがどこかふっくらとしていて……、これじゃ、まるで……。

「いや、へ、変じゃないよ」
「そ、そんなジロジロ見んなよ。水着、ほとんど着ないからさ……めっちゃ恥ずかしくって」
「ああ、ごめん」

 上目遣いでボクを見つめながら、柔らかな茶色の髪へスイミングキャップを被る恋。しかし見るな、とは言われたものの、ボクは日焼けしていない部分の恋の肌を見てしまい、動揺を隠せない。
 ほっそりした首筋から、少し開いた背中の部位――普段は体操着で隠れている部分――の肌が、本当に真っ白でキメが細かい。何だかいけない物を見た気がして、ボクはバッグから大きめのタオルを取り出して恋の肩へかけた。

「ん? ありがと、アキラ」
「ああ、行こう」

 ブンブンと軽く頭を振り、2人並んでプールへ向かう。桜、新江崎さんとの打ち合わせでは、入り口付近で待ってる……って言ってたけれど、

「兄さんっ、おそーい」
「はぁ……柊クン。貴方はいつでもダラダラとしてるのね」
「あ……」

 キラキラと輝くプールの水面の側へ、桜と新江崎さんが立っていた。幼馴染は学校指定の紺色スクール水着。待ち遠しくて仕方ないのか、ピョンピョンと元気一杯に華奢なカラダで跳ねている。
 対して新江崎さんは、ピンクとブラックのチェック柄ワンピース水着。胸を隠すように腕組みをしてボクを睨んでいる……のだけれど、細い彼女の腕だけで胸を隠せるはずもなく、しっかりと谷間が見えてしまっていた。そして物凄く綺麗な長い足のライン。

「馬鹿アキラ! もう、何ぼーとしてんのさっ。行くよ」
「あ、うん」

 背後から恋にポスンと軽く背中を叩かれ、2人へと近づく。周囲にも大勢の来場者がいてザワザワと騒がしい。
 けれどその喧騒も耳に入らない。桜の水着姿、そして新江崎さんの水着をまともに見られない。一体どうしちゃったのか? 胸の奥がドキドキとしてすごく息苦しい。

「柊クン、それに神無月クン。桜さんにはもう説明したけど、あそこの奥にプライベートスペースがあるわ。2号室、自由に使っていいから。これが鍵……って、柊クン!? ちゃんと聞いてるの?」
「……あ、うん」
「兄さんっ、どこを見てるのよ!」
「馬鹿アキラッ、こっちが恥ずかしいよ」

 恋と桜から理不尽な事にポスポスと背中を叩かれつつ、新江崎さんの手から鍵を受け取る。泳ぐ為なのか、長い黒髪をアップにまとめている姫。一瞬、彼女の指がボクの手へ触れる……それだけで緊張してしまう。

「兄さん、ね、まずはスライダーに行こうよっ」
「馬鹿、いきなりかよ」
「あっ、ボクも滑りたいな」
「落ち着きが無いのね」

 強引に幼馴染から手を引かれ、ボクは施設全体へ目を向ける。広々とした空間、天井は外光を取り込めるように透明で、いくつもの巨大なプールがあった。緑色の南国風の樹木が沢山植えてあり、とても空気が綺麗。プールの種類も滝のような水が落ちてくるものから、海そっくりなもの、水が元々一方向へ流れているもの等々数え切れない。
 奥には、スライダーなどの様々な施設がいくつも見える。レストラン、売店なども完備していて、恋の好きなファーストフード店のフードコートまであった。

「柊クン、恥ずかしい事はしないでね。招待した新江崎家の名誉が穢れますから」
「そ、そこまで……」
「ほらっ、兄さん行こうっ」
「……それにしても差がありすぎ。神様って不公平だ」

 小声で何かをブツブツと呟いている恋。ぐんぐん腕を引っ張る桜。あきれたようにため息をついている姫。皆で一緒にスライダーへ向かって歩く。大勢の客がいる……とは言っても入場制限がかかっている為か、歩けないといったほどではない。

「すっげぇ。でもこれ、はぐれたら大変だね」
「……ねぇ、だからプライベートスペースを教えたんじゃない。柊クンってホントぼんやりしてるのね」
「私は兄さんと2人っきりでもいいけど」
「……ボクも」
 
 なんだかんだと話をしつつ、ようやくスライダー施設の入り口まで辿り着く。すでにかなりの人が並んでおり、まあ仕方ない……と最後尾へついた。隣にあるスライダーは急斜面になっており、滑り落ちていく人達の絶叫と歓声が響く。弾ける水しぶきが飛んできて、それだってすごく楽しい。
 ぺちゃくちゃと会話をしながら順番を待つ。最初は何故か険悪だった風の桜と新江崎さんも、少しずつ会話しているようで、ボクは胸を撫で下ろす。慣れていない為か「スイミングキャップが痛い」と愚痴をこぼす恋。それを調整する為、ボクは両手で恋の頭を触ってたりしていると……。

「……ん!? うわっ!!」
「きゃっ、何?」
「えっ」
「兄さんっ」

 突然、ぐいっという感じでボクの腰へ何かがしがみつく。驚いて見ると、腰にしがみついているのは背の小さな金髪の子供。小学校3年くらいの体格で、青い、まるで人形のような瞳でボクをうるうると見上げていた。口元は意志が強そうに固く結ばれ、絶対に離さない……といった感じでキリキリと腰へ爪を立てる。

「痛いっ、痛いってば」
「兄さんっ、誰?」
「迷子?」
「ちょっ、何なのさ」

 桜達も驚いて、咄嗟に何も出来ない。小さな人形のような少女をむりやり引き剥がす事も出来ず、ボクは驚いたまま痛みに耐えるだけ。
 と、そこに……。

「セリ、おお、何をしてるんだ。御免なさい、子供が迷惑をかけて」
「えっ、ロリス先生っ」
「うん、桜さんですか?」

 男性の低い声が響き、桜の見ている方向へ目を向けると、そこには背の高い大人が立っていた。少し薄くなった頭髪、日本人……にしては肌が少し白く、彫りの深い顔立ち、大きくて高い鼻。人が良さそうな中年の男性で、心底困ったような様子でオロオロとしている。

「痛いっ、痛い……って桜、知ってる人?」
「はぁ!? 前に集会で……もう、5年生の先生だよ。ハーフなんだって」
「アキラ……」
「もう……こっちが恥ずかしいわ」

 周囲の冷たい視線に晒されながらも、ボクは腰にしがみつく少女をなんとか宥めようとする。無言のまま、ただ見つめてくる金髪の少女――セリとよばれてた――はボクが頭を撫でるとにっこりと笑顔を浮かべる。しかし離してくれない。
 父親の呼びかけを完璧に無視し、ただひたすらボクだけを見上げている。一体、何なのか意味が解らない。

「セリちゃん。その、ちょっと痛いんだけど」
「違うわ」

 何が嫌だったのか、ぎゅっと不満そうに爪に力をこめる少女。意志が強い……ていうんじゃなく、これはメチャクチャに我儘なんじゃないか? と思う。

「何が違うの」
「名前。私、セリシールっていうの。ね、呼んで」
「セリ……シール?」

 少女に促されるまま、ボクはポツリと呟く。満足したのか、にっこりと微笑んだあと腕を離す金髪の少女。西洋人形のように整った顔立ち、映画に出てくるような完璧な白人の子供だ。
 初めて会ったはずなのに、だけどどこか懐かしい。セリシール、という単語の響きさえ口に出すと、まるで言い馴れていたように感じた。
 バタバタと恐縮しながら駆けて来る先生、周りで驚いて何かを言っている桜や恋、新江崎さん。けれどその音は耳に入らず、ボクはただセリシールと名乗った金髪の少女と見つめあう。その青い瞳の奥に……何か、不思議な輝きが見えた気がして。


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