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No.24259の一覧
[0] ◇ 過去に戻って幼馴染と再会したら、とんでもないツンデレだった模様[ペプシミソ味](2011/01/13 12:55)
[1] ・第2話[ペプシミソ味](2010/12/07 13:03)
[2] ・第3話 【小学校編①】[ペプシミソ味](2010/11/19 08:16)
[3] ・第4話 【小学校編②】 [ペプシミソ味](2010/12/07 17:54)
[4] ・第5話 【小学校編③】[ペプシミソ味](2010/12/07 17:54)
[5] ・第6話 【小学校編④】[ペプシミソ味](2011/02/03 02:08)
[6] ・第7話 【小学校編⑤前編】[ペプシミソ味](2011/02/25 23:35)
[7] ・第7話 【小学校編⑤後編】[ペプシミソ味](2011/01/06 16:40)
[8] ・第8話 【小学校編⑥前編】[ペプシミソ味](2011/01/09 06:22)
[9] ・第8話 【小学校編⑥後編】[ペプシミソ味](2011/02/14 12:51)
[10] ・第9話 【小学校編⑦前編】[ペプシミソ味](2011/02/14 12:51)
[11] ・第9話 【小学校編⑦後編】[ペプシミソ味](2011/02/25 23:34)
[12] ・第10話 【小学校編⑧前編】[ペプシミソ味](2011/04/05 09:54)
[13] ・第10話 【小学校編⑧後編】 【ダンス、その後】 を追記[ペプシミソ味](2011/10/05 15:00)
[14] ・幕間 【独白、新江崎沙織】 [ペプシミソ味](2011/04/27 12:20)
[15] ・第11話 【小学校編⑨前編】[ペプシミソ味](2011/04/27 12:17)
[16] ・第11話 【小学校編⑨後編】[ペプシミソ味](2011/04/27 18:35)
[17] ・第12話 【小学校編10前編】[ペプシミソ味](2011/06/22 16:36)
[18] ・幕間 【独白、桜】[ペプシミソ味](2011/08/21 20:41)
[19] ◇ 挿話 ・神無月恋 『アキラを待ちながら』 前編[ペプシミソ味](2011/10/05 14:57)
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[24259] ・第10話 【小学校編⑧後編】 【ダンス、その後】 を追記
Name: ペプシミソ味◆fc5ca66a ID:710ba8b4 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/10/05 15:00
・第10話 【小学校編⑧後編】


 ◆


 遙か昔、紀元前460年――古代ギリシア文明が栄えていた頃――地中海へ浮かぶ小さな島コスに、1人の男が生まれた。ヒポクラテスと名づけられたその男は、現代の医者から今もなお『医聖』『医学の父』と讃えられている。
 彼は、それまで呪いや天罰が原因とされてきた病気を科学的考察により分析、根拠のない迷信から切り離し、現代医学の基礎を築いた。が、その偉業とはまた別に、ヒポクラテスの名は全ての医療関係者……いや、医を志すもの達にとって特別な意味を持つ。

 『ヒポクラテスの誓い』

 それは医に携わる者であれば、誰もが知る聖なる誓い。彼が生まれて約2500年という長い年月が流れてなお、その誓いは全く色あせる事無く、オレ達の胸に宿り続けている。

「――ッッ、ううっっ」

 蒸し暑く寝苦しいアフリカの夜。……何か、苦しそうな声が聞こえた気がして、オレはふと暗闇の中で目を覚ました。枕元に置いてあるシンプルなデジタル時計を見れば、深夜2時。濃密な闇の中を、デジタル時計の緑色をした表示部分だけがぼんやりと照らし出す。

「……っう」

 吸い込む空気さえ蒸し暑く感じる暗闇へと再び響く声……やはり、オレの勘違いでは無かった。簡易なプレハブ作り、医療キャンプ施設の薄い壁を通して聞こえてくる音。
 それは隣室――セリシールの部屋からの嗚咽だと気付く。かつてオレが毎晩していたような、嘔吐混じりのどうしようもなく苦しそうな声。

「セリシール……」

 寝汗を吸い込んで重くなったシーツをはぎつつ、助手の名前を小さく呟く。数時間前、最後に行なったオペの事が脳裏へと浮かんでくる。同時に、口の中へあふれ出してくる苦い唾。奥歯をきつく噛み締めながら、その唾を飲む。
 最後の患者はセリシールの知り合い――彼女がこのNGOに来て初めて仲良くなったという少女――だった。少女が血まみれで運び込まれた時のセリシールの青ざめた顔を思い出す。
 まだ10歳という年齢ながら、4人の弟のために日々、市街地で野菜売りを行なっていた明るい少女だった。しかし……老朽化、そして戦争による脆弱化を受け、突如崩落してきた建物の下敷きへなってしまったらしい。不運としか言いようの無い事故。けれど、インフラが何もかも未整備なこの土地では免れない悲劇でもあった。
 街の大人によって医療キャンプへ少女が運びこまれてきた時には既に意識不明、脳挫傷、大腿部の開放性骨折、そして大量失血と非常に危険な容態だった。オレとセリシールは3時間、全ての技術を費やし足掻き続けたが……。しかし、命を救う事は出来なかった。
 せめて、もう少し早くキャンプへ到着していれば助けられたのかも知れない。が、貧しすぎるこの国では、瓦礫を除去できる重機械の数は少なく、また燃料さえ常に不足気味。事故が起きても迅速な救助は望めない。救急救命の前提からして、先進国とは何もかもが違う。

「……」

 疲労から痺れたように感じる体でベッドから降り、暗闇の中をゆっくりと部屋の出口に向かって歩き出す。隣室から聞こえる声――セリシールの嗚咽は止む気配はない。胸の奥からあふれ出しているような、哀切極まりないその声。

「……何を言えば」

 ギリ、と音が鳴るほど強く奥歯を噛み締めつつ足を踏み出す。
 所詮、他人であるオレが彼女へどんな事を言っても慰められないと解っている。それに、そもそもセリシールがこれからも医者を続けるならば、これは彼女自身が乗り越えなければいけない苦しみなのだ、とも。
 けれど昔のオレのようで、無駄だと思っていてもじっとしてはいられなかった。普段から必死に頑張っている助手を、他人だと冷静に割り切る事が出来ない。
 自室を出て薄暗い廊下を歩き、隣室の部屋……ドアの前へと立つ。

「セリシール、オレだ。大丈夫か?」
「うっ、うう、……せ、先輩?」

 弱々しい声の後、1、2分ほど沈黙が続き、そしてカチャリと鍵の小さな音と共にドアは開いた。
 その向こうには、泣きはらした真っ赤な瞳、ボサボサの金髪で、呆然としているセリシールの姿があった。彼女は何かを言おうとするように口を動かすのだが、それより先にポロポロと涙が白い肌の上を落ちていき、言葉にならない嗚咽が漏れるだけ。
 着ているブルーのパジャマには涙の染みがいくつも出来ており、普段、気丈に振舞っているセリシールの面影はなかった。大粒の涙を流しながら、セリシールはゆっくりと手を伸ばし、オレの腕を掴む。必死ですがりつく子供のように……。

「せ、先輩……、わ、私……」

 言葉にならない、いや、言葉にさえ出来ない悲しみや、己に対する無力感を感じているのか……。腕を掴んでいる彼女の白い指先を温めるように、オレは手のひらをのせる。それは、ここが蒸し暑いアフリカだとは思えないほど、冷たく凍えていた。
 オレの視線の先で、ブルブルと震えている唇。大きな青い瞳からとめどなく大粒の涙がこぼれ落ちていく。

「大丈夫か? セリシール、無理に話そうとしなくていい。ただ、心配しただけだ」

 労わるように声をかけたつもりだが、オレの声が聞こえていないのか……。謝罪するように小さな頭を下げる彼女。

「せ、先輩……。わ、私の声で起こして……。ご、ごめんなさい。夢で、夢であの子を見て……見てしまって。元気に、あんなに元気で、よく笑ってたのに。なのに、なのに……。すみません先輩、でも、でも、どうしても嗚咽が……お、抑えられ……なくて。う、うるさくして、ほ、本当に……、私なんかより先輩のほうが、ずっと、ずっと疲れて……」

 再び夢をありありと思い出したのか、全身をガクガクと痙攣させる彼女。軽いパニックになっている様子。とても見ていられないほど痛々しい。
 落ち着かせるように、その華奢な両肩を掴み、涙をこぼしている青い瞳をしっかりと覗き込む。一言一言を言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
 
「聞こえてるか? いいんだ、オレの事なんかどうでもいい。君が心配なんだ。落ち着くんだ、まず水を飲め」

 ブルブルと震えている華奢なカラダ。それを半ば強引に抱くようにしてベッドへと座らせ、ミネラルウォーターのビンを手渡す。虚ろな瞳でオレを見つめながら、なおも謝罪の言葉を話そうとする彼女。
 それを無理矢理に視線で押し止め、きつめの言葉で水を飲むように……と何度も繰り返す。

「……はい」

 ため息混じりのポツリとした呟きの後、まるで子供のように両手でそのビンを持ち、震える唇で口をつけるセリシール。
 いったん水を口に含むと、喉が渇いていたのだろう……コクン、コクン、と静かに飲み始めた。

「セリシール、オレは上手い事が言えない。だが、君は本当によくやっている。決して無力なんかじゃない。自分を責めるな」
「……」

 少し落ち着いた様子を確認し、セリシールの座ったベッドから離れ、入り口近くの壁へ寄りかかりながらそう話す。もっと何か彼女の救いになるような言葉を……と探すけれど、結局こんな事しか言えない。
 かつて、セルゲフがオレに語ってくれた言葉は、幾多の経験を積んだ彼だからこそ言える事。オレがしたり顔で語っても、きっとそれはペラペラの薄い言葉で、彼女の心に届くはずも無い。

「そう……でしょうか? 私、何も、何も出来ませんでした。この地で、ようやく、ようやく仲良くなれた子供一人救えない……。こんな、こんなッッ!!」

 青い瞳から大粒の涙がボロボロと落ちていく。寒くて堪らない……といった様子で細いカラダを自分の両手で抱いている彼女。胸に溜まった激情を吐き出すように言葉を続ける。
 己を責めるように、傷つけるように。
 
「私、私、医者になれば、経験を積めば……きっと大勢の人を救えるって信じてた。本当に愚かでした。……今、今になって……すごく怖いんです。また……また、救えなかったらどうしようって。怖いんです。明日の手術……、いえ、医師という仕事が」

 他人の命を背負う恐怖に蝕まれた助手の姿。ソレはかつての……いや、普段は忘れたつもりでいるオレそのものの姿だ。親しい人を目の前で失った、その衝撃が彼女の心を粉々に打ち砕こうとしている。
 ――外科医にとって、『身内切り』つまり、親しい人、家族を手術する事は最大の禁忌とされる。何故か? 
 それは……外科医にとって手術とは、常にある意味での賭けだから。手術中に外科医へといくつも突きつけられる選択肢。
 助ける事が出来ればいい。しかし救えなかった場合……それが親しい身内、愛する人であった時、外科医の心は迷い、一生後悔し続ける事になる。
 ――あの時こうしていれば、愛した人は助かったはずだ……と、いつまでも己を責め続け、そしてメスを握れなくなっていく。己の決断を信じられなくなる。
 手術中に迷い、判断を下せない外科医……それは、もはや医者とは呼べない。

「セリシール。オレはまだ未熟だから、君を慰める事なんて何も言えない。ただ……」

 あまりにも寒そうに震えているセリシール。その華奢な肩、真っ白な頬をとめどなく落ちていく涙がとても見ていられず、オレは静かにベッドへと近寄る。
 かつて……チーフセルゲフがしてくれた様に、ゆっくりと手を伸ばして彼女の背をさする。薄暗い部屋の中、オレと彼女の息づかい、そしてパジャマの布が擦れる音だけが響く。
 そのまま10分ほど時が流れ、少しだけ呼吸の落ち着いてきた助手に向かい、ゆっくりと語りかける。最近、オレが感じた事を。受け売りの言葉ではなく、オレ自身の言葉で。
 
「ただ……そう、セリシール。『ヒポクラテスの誓い』を覚えているだろうか?」
「はい……」

 少しは落ち着き始めている様子の彼女。弱々しいけれど、ほんのわずかだけ力の感じられる返事が聞こえた。
 その一瞬を逃さぬよう、たたみかけるように言葉を続ける。オレの言葉が……どうにか助手の心へ届くように、と願いながら。

「その中に、『医の誓約に結ばれた者を自身の兄弟と思い、惜しみなく己の医術を伝える事』とある」
「……」

 少し涙をこぼしつつ、ゆっくりと頷くセリシール。揺れる金糸のような髪が、はらりと顔にかかる。

「最近、その意味が少し解った……ような気がするんだ。ヒポクラテスもきっと、救えない患者を大勢診てきたんだろう。医術の限界、苦しさ、無力さを優れた医者である故に、彼は誰よりも知っていたんだ。……そして、それはこれからの医者達も全く同じなのだと解っていたんだよ。――だから、同じ医を学ぶ者達は兄弟のように支えあい、知識を高めろ……と言いたかったのじゃないか」
「……」

 かつて、医師になった時に誓った聖なる文言。偉大なる『医聖』ヒポクラテスへの誓い。
 肌の色や国籍、宗教、何もかもを超越し、医を学ぶ者達は血を分けた兄弟のように団結しなければならない。
 突然襲ってくる理不尽な死に対し、オレ達医者はあまりにも無力だから。独りでは耐えられないから。

「だからセリシール、その苦しみ、命を背負う恐怖は、君だけが感じてるモノじゃない。オレも、それに世界中の医療に携わる人達が抱えてる。……だけど、いつか。そう、未来にはきっと良くなる。必ず医学は進歩する。この苦しみは無駄じゃないと希望を持つんだ。オレ達は無力で、そしていつだって怖い。けど、独りじゃない」
「はい……」
「頼りないだろうが、辛い時はオレに言ってくれ。そして、また助手としてオレを助けて欲しい。君の力が必要だから、患者を助ける為に」
「はい、先輩……」

 少し安心したようにポツリと呟いた後、セリシールの体から力が抜けた。疲労の極地にあったのか……まるで糸の切れた人形のようにオレの肩へともたれかかってくる。
 その重み、そして温かさと穏やかな寝息を感じながら、オレもゆっくりと瞳を閉じた。うまく伝わったのか? それは解らない。
 が、完全にセリシールが眠ったのを確認し、部屋から出て行くまで、オレは少しだけ安らぎを覚えていた。
 ――日本で眠っている桜。まるでアイツがオレの肩で寝息を立てているような……そんな奇妙な錯覚を抱いたまま。


 ◆◆


 新江崎家。噂では聞いていたけれど、それはあまりにも現実離れしていて、ボクはポカン……と突っ立ってしまう。まず家の外観――というか、お屋敷と呼ぶべきだろう――からして違うのだ。
 自宅に迎えに来てくれた図書館の司書さんの運転する車から降りた時、まず目に入ったのは巨大な壁。お城? と一瞬思ったほど広い庭を取り囲む真っ白なレンガ。そのレンガ造りの壁にある鉄格子の門が、いかにも映画なんかでみた西洋風のお屋敷そのもので……。

「柊様、こちらですよ。沙織お嬢様が首を長くして待ってますから」
「ふえっ、あ……はいっ!」

 スタスタと歩いていく司書さんに遅れないように、ボクは早足で進む。が、その途中で目に入る屋敷の内装がまた凄すぎる。
 毛足の長い深紅のカーペットはフカフカの感触で、靴のまま歩いている事に恐怖さえ抱いてしまう。そして長すぎる廊下に飾られた彫刻や大きな絵画達。更に極めつけは、廊下の奥から流れているクラシックの音楽。家……というより美術館のよう。

「はい、こちらです。では少々お待ち下さいね」

 クネクネと曲がりくねった廊下を進み、案内された所。彫刻の施された飴色の木で出来たドアの前。
 ニッコリと微笑んだ司書さんは、ボクを待たせたまま扉をノックして中へと1人で入っていった。きっと、新江崎さんにボクが来訪した事を告げるのだろう。
 誕生日パーティーだという事で、一応持ってきた新江崎さんへのプレゼント包みをしっかりと胸に抱く。
 すごく心臓がバクバクとうるさい。冗談みたいなこの屋敷と比べたら、こんなプレゼントなんてゴミ同然……。正直帰りたい、という気持ちがあふれ出す。
 しかし、そう緊張している目の前で扉が開き、司書さんが姿を見せた。

「柊様、お待たせ致しました。ふふっ、それではお嬢様がお待ちですから、さあ、中へ」
「う……は、はい。失礼します」

 一歩足を踏み入れた瞬間、まず目に映ったのは部屋中に飾られたバラの花、花、花の洪水だった。豪華なシャンデリアの飾られた広すぎる部屋のあちこちへ、壁が見えないほど大量のバラが飾り立てられている。

「何、あい変わらずぼうっとしちゃって。文句でもある?」
「え……? う、うわっ、あ、新江崎さん!? あ、そ、その……」

 視界一面の花、その奥から突如聞こえてきた声、そちらに目を向けたボクは絶句しそうになりながら、無理矢理に口を開いた。
 ドレスを着飾った姫、新江崎さんがあまりにも綺麗だったから……。周囲にある大量の花さえ、一瞬で色あせたように感じる。
 ――艶やかな黒髪は丁寧に編みこまれ、キラキラと輝くティアラで飾られている。ドレスは深紅……大胆に肩が露出し、豊かな胸元が開いたデザイン。小学生には思えない胸の谷間がくっきりと見えて、凄く目のやり場に困る。
 普段から大人びていて、凛と美しい彼女。しかし、今夜はドレスに合わせて化粧をうっすらとしている所為だろう、強烈な色気……のようなモノさえ感じてしまう。
 キリっと整った瞳は、黒いアイシャドウで飾られてボクを鋭く見つめてくる。ちょっと不機嫌そうにツンと結ばれた唇は赤みが強く、妖艶な感じさえ漂っていた。
 そして背筋を伸ばしたまま、ガーターベルト付きの白いストッキングに包まれた長い足を、スッ……と伸ばしてボクへ近づく。

「ふん、意外にスーツも似合うじゃない。ほら、グズグズしないでよね! はいっ」
「……えっ、な、何?」

 怒っているのか、少し頬を赤らめたまま、さも当然のように右手を目前へと伸ばしてくる彼女。白い手袋に包まれている指先。ボクは見とれてしまって何をすればいいのかわからない。
 冷静に考えれば、エスコート――彼女の手を引いて、ドアまで案内――すればいいだけ。なのに、あまりに現実離れした状況で……。

「えっ、ちょっ、ひ、柊クンッ、きゃっ……。え、嘘……やっ、嘘、嘘!?」

 パニックになっていたボクは、映画で見たシーン――お姫さまの手に口付けの挨拶をする騎士――の事を思い出し、思わず新江崎さんの手の甲へ無我夢中で唇をつけてしまった。

「あっ、きゃ……ん……バ、バカ! ひ、柊クン、あの……。ん、ち、違う、違うったら……、あ……んんんっ」

 純白のシルクで出来た手袋に包まれた姫の手。口付けをしているボクの唇に触れるサラサラして、だけど柔らかな感触。更に甘くて例えようも無いほどいい香りが長い指先から漂ってくる。

「……んっ、柊クン、あっ、んんっっ」

 時間にすれば、ほんの数秒間だっただろうけれど、唇を離したボクの胸は張裂けそうなほど強く脈打っていた。勢いでしてしまったけど、もの凄く照れくさい。
 挨拶ってこれで良かったのかな? と深呼吸をしながら目前の新江崎さんを見つめる。

「あ、新江崎さん、これで……良かった?」
「え……、あ……え!?」
  
 ボクは少し怯えながら姫を見つめる、が反応が無い。
 頬はチークの所為なのか、赤く染まっていてやっぱり凄く綺麗。お姫様のつけるようなティアラと真紅のドレスが冗談のように似合っている。部屋のシャンデリアに照らされている大きな瞳が、まるで宝石のようにキラキラと潤んでいるように見えた。 

「あっ……、ん……、ま、まあまあね。んっ……柊クン、じゃあ次は会場へエスコートしてよ」
「え、う、うん、こう?」

 ボクの左手に新江崎さんの手袋に包まれた指が素早く絡みつく。ほんのすぐ左隣へツンとした表情で立つ彼女。首筋から大きく露出した胸元、それがくっきりと視界に入ってしまい、慌てて前だけを見る。

「ちょっと、歩くの早い。ほら……、もっとこっちに近寄って。うん、そう、歩幅を私に合わせて……、気をつけて、こけないでよ」
「あ、うん」
「手、離さないでね。――っっ、って、か、勘違いするんじゃないわよっ、マナー、マナーだからね!」
「あ、うん」

 メチャクチャに接近している距離から漂ってくる甘い香り。何を話しかけられているかもよく理解できない。
 あまりにも綺麗に飾られた姫に緊張しっぱなしのまま、おずおずと扉を開けて足を進めて行く。ボクの左手から伝わってくる彼女の体温。そして時おり、きゅっ……と握り締めてくる柔らかな感触。クスクスと小さく笑いながら、後をついてきている司書のお姉さん。
 何もかもが現実離れしていて……。ボクはまるで、童話の世界に紛れ込んでしまったような不思議な気分のまま、会場までの長い廊下を歩き続ける。 
 そして、すっかり舞い上がっていたボクは、せっかくの誕生日プレゼントを彼女の部屋に忘れていた事に、会場へたどり着くまで気付くこともしなかった。



 ◆◆◆



 新江崎さんの誕生日パーティー。それは大勢の大人たちがひしめきあっていて、まるでドラマを見ているかのようだった。会場の中心にいる新江崎さん――そして母親、現新江崎家頭首――へ対し、ひっきりなしに挨拶が繰り広げられていく。その隣にある広い空間では、クラシックの生演奏が行なわれており、様々な人達がダンスを続けている。
 しかし……ボクはと言えば、目立たぬように壁際に立ったままモグモグと料理を味わっていた。

「ほら、あれが……診療所の……」
「ええ、どうしてここに? あの女の……」

 決して温かくは無い視線と、ヒソヒソと囁かれる色々な言葉。努めて気にしないようにしながら、様々な料理を食べていく。時々、新江崎さんが視線を投げてくるけれど、彼女へ切れ目無く訪れている挨拶の邪魔は出来ず、あいまいに頷きを返すだけ。
 料理、デザートはすごく豪華で種類も豊富。なのに、何故か美味しく感じられない。司書のお姉さんが、時折、ボクを他人の視線から護るように動いてくれたけれど、それでも居心地が悪かった。 
 
「柊様、お嬢様に話しかけて頂けませんか?」
「え!?」

 そんな風に疎外されたまま、美味しくもない食事を続けていたボクへ、突然背後から囁き声。驚いて振り返れば、司書のお姉さんがニコニコとした笑みを浮かべていた。お姉さんも、会場に合わせてドレスアップしているけれど、他の客に比べて控えめ――黒を基調としたシックな装い――だ。けれど、それが逆にお姉さんの可愛らしい雰囲気に合っている。
 が、そんな服装よりも、ボクは言われた事に驚き、思わず言い返した。

「な、何で!? だってほら、あんなに大人が彼女の誕生日祝いに……」
「柊様、よく見て下さい。あの人達は、お嬢様に挨拶をしているのではありませんわ。ご頭首様に対して行なっているのです。部屋に飾られていた花……あの退院祝いも全てそう。バラはご頭首様がお好きですから」
「え!?」

 周囲に聞こえないように気を配った囁き声。その内容に驚き、ボクは新江崎さんの立っている方向を見た。
 多くの大人たちが立ち、談笑しているその空間。けれど確かに、司書さんの言う通り、姫はつまらなさそうに立っていた。今日は彼女のパーティーのはずなのに……。
 それに、そう言えば姫の友人――取り巻き連中――はどうしたんだろう? 今夜のパーティーにもいない。いや、それどころか、ここ最近、新江崎さんと一緒にいる所を見た記憶が無い。

「お嬢様の他のご友人――クラスメートたちの姿が無い事にお気づきですか? 今、沙織お嬢様はご頭首様の再婚に頑強に反対しています。その為、お嬢様は一人きりなのです。今、沙織お譲様に表立って味方できる一族なんておりません。今回のパーティーに来てくださった同年代の友人は、柊様ただお一人だけなんです」
「……そう、なんだ」

 ボクの視線の先で立っている新江崎さん。彼女は大人だらけの状態、周りに誰も味方がいない状況にも関わらず、気丈に胸を張り、ツンとした表情を崩していなかった。あくまでも凛と美しく……。
 でも、ボクは彼女のその美しさ、気丈さが、どれだけギリギリなのか? を知っていた。あの手術で見てしまった父親への涙、診療所でついたボク自身の残酷な嘘。
 何があっても、ボクは彼女の味方だと、あの時に誓ったんだ。

「ありがとう、司書さん。ボク、新江崎さんの所に行ってみます」
「ええ、お願いします。それから司書さんじゃなくって、私の名前は水仙原みづき。よろしくね」

 ポンっと、応援するように背中を軽く叩いてくれた司書さん――じゃなくって水仙原さん。ニコニコとした笑顔が心を柔らかく包んでくれる。
 ジロジロとボクに遠慮なく突き刺さる好奇の視線。それを無視しながら、ずんずんと足を踏み出していく。大勢の大人が立ち並んでいる会場の中央へ向かって。新江崎さんの美しい立ち姿を目指し、真っ直ぐに。

「ちょっとすいません。ここ通ります!」
「――っっ!? えっ!?」

 人波を掻き分け、ようやく彼女の側へと辿り着く。驚いたように大きな瞳を見開き、ボクを見つめている新江崎さん。なかなか見ることができないその呆気にとられた表情が、こんな時だっていうのに少し可愛い。

「あら、他所者……失礼、娘に何の用でしょう?」
「柊クン……」

 が、新江崎さんの体を遮るようにして入り込む人影。それは彼女の母親、初めて見る新江崎家頭首の姿。
 さすが親子といった感じで、顔立ちは凄みさえ覚えるほど綺麗に整っている。その体つきも、色気を周囲に振りまく妖花のよう。姫よりも更に大胆にカットされた真紅のドレス、大きなバスト、ほっそりとくびれた腰、長くて細い足。女王……という表現がピッタリで、思わず気圧されそうになる。

「新江崎さん……さ、沙織さんの友人として会話に」
「そう? 娘は話したく無いようです。ほら、用が済んだのなら帰りなさい」
「マ、ママ! 私も柊クンと……」

 聞く耳を持たない、といった感じで冷たい視線を娘へと投げかけ、強引に会話を終わらせる母親。ぐっ……と悔しげに唇を噛んでいる新江崎さんの姿が映る。そして、寂しそうにボクへ頭を下げようと……。
 けど、ボクは強引に腕を伸ばし、そんな姫の手を無理矢理に掴む。

「きゃっ、ひ、柊クン!?」

 何があってもボクは彼女の味方だと、あの時に誓った。いつか残酷な嘘だったと告げ、彼女に憎まれ、蔑まれるその日までは。

「まだ用はあります! ダンスを誘いに来ました。沙織さん、ボクと踊っていただけませんか?」
「――ッッ!?」

 ――ここ最近の放課後、恋と桜、2人を練習台に繰り返したダンス。とても未熟で、正直、人前に晒せるようなレベルじゃない。けれど、マナーだけは知っていた。よほどの理由がない限り断る事はない、と。そして、踊る本人の意思が尊重される。周囲の人間が決める事は出来ない。

「……え、ええ。こちらこそ、よろしくお願いしますわ。柊君」

 伸ばしたボクの右手へゆっくりと新江崎さんの手のひらが載せられる。優しく包むように握り締めながら、ゆっくりと2人で足を踏み出す。背後から無言のプレッシャーを感じるけれど、正直どうでもいい。この場所から離れ隣の会場へ彼女をエスコートしていく。
 胸はドキドキとうるさく脈打ち続け、喉がカラカラに渇く。ダンス会場が近づくにつれ、物凄く大胆なことをしちゃったのだと自覚してしまう。
 新江崎さんも驚きから顔を赤く染め、チラチラと視線を送ってくる。手をつないだままのボク達は、そうやって視線が絡み合う度、強烈に照れくさくって無言のまま足を進めるだけ。
 が、会場へ入る直前、ボクは慌てて口を開いた。

「…………柊クン、あ、ありがとっ。すごく嬉しかった」
「足、踏んだらごめんね! 先に謝っとく……って、何か言った?」

 タイミング悪く、顔をそむけながら何かブツブツと呟いた彼女とかぶる。何を言ったのか? ボクが必死で考えようとした瞬間、顔を鬼のように赤くした新江崎さんが強い力で引っ張る。

「――――っっっうううう!! な、なんでもないわよ! バカ、足、踏んだら許さないから! ほら、曲が始まるわよ!」
「え、あっ、ちょっと引っ張らないで」

 左手をほっそりとした彼女のウェストへ回し、右手を優しく握りなおす。正面からまっすぐ新江崎さんを見つめるけれど、視界にどうしても胸の谷間が入ってきて、脳が沸騰しそうな気分。

「……んっん! その……もう少し、左手でぎゅってして……し、しなさいよっ」

 そんなボクの気持ちも知らず、腰にまわした手に力を入れろ……と命令してくる姫。半ばやけくそで力をこめると、豊かな二つの膨らみがボクの胸で潰される。そのほにゃほにゃした柔らかすぎる感触。しかも、あの手術の時、思いっきりこの胸を見てしまった映像が浮かぶ。ツンと上を向いた膨らみと、その頂点にあった桜色の……。

「うわわっ」
「ちょっと、ステップがメチャクチャ。しっかりしなさいよ」

 バランスが崩れそうになった体が、合気道のような不思議な体重移動で矯正される。一体、どちらがリード役なのか? 自分でも解らないまま、ただ、無我夢中でステップを踊り続けた。
 目の前にある新江崎さんの顔、そのツンとした……でも、少し楽しそうな笑顔を見つめながら。



 ◆◆◆◆ 【補足】【ダンス、その後】


 
「柊クンっ、柊クンったら、もう……軽い冗談だったのに、こんなに弱いなんて」

 誰かの声が、ぽわーんぽわーんと頭に直接響く。体が熱くフワフワして、とっても気持ちがいい。ボクは、大きなベッドみたいなソファーへ横たわったまま、楽しくてしょうがない。
 それに、とっても甘くていい香りが漂っている。頭の下にある枕から立ち昇ってくるその匂い。スベスベした肌触りで柔らかくって……なんだか懐かしい。ボクは思わず、猫のように頬を枕へスリスリと擦り付ける。

「――っっ! きゃっ、あっ、ちょっとダメ、ダメったら。お酒飲ませたのは謝るわ。や、ほんとにダメ、きゃう……んんっ」

 頭上から聞こえる柔らかな声。少し困ってるようで、だけどどこか鼻にかかるような、ちょっと艶っぽい吐息。ぽわぽわした夢見心地のまま、ぼんやりと瞳を開く。

「あれ? 姫だ。どうして姫?」
「ちょっと、誰が姫よっ、って、バカ。頭を……う、動かしちゃダメったら。太ももに擦れて……、んっ」

 見上げれば、まるでキスが出来ちゃうくらい近い距離にある新江崎さんの顔。ちょっと困っているような、照れたような表情だけど、あい変わらずとんでもない美少女だと思う。
 ボクをまっすぐ見つめてくるアイシャドウで飾られた瞳。黒髪につけられたティアラ。耳元に光っているイヤリング。きめ細かい、陶磁のような白い肌。
 全てが奇跡のように美しく思える。フワフワした意識のまま、彼女の顔に見とれつつぼんやりと口を開いた。 

「綺麗……、夢の中でも、やっぱり新江崎さんってすっごく美人だ」
「――っっぅ!? っっっうう。バ、バカじゃない、そ、そんな事、酔っ払ってる時に言われても、う、嬉しくなんてない……わよ。こ、このっ、こっち見ないで」

 これは夢なんだろう。揺れる視界のまま、ゆっくりと頭部を動かせば――その度、頭上から「きゃんっ、んっ」と可愛い声が響くのが楽しい――壁一面にバラが飾られた豪華な部屋が見える。
 いつ眠っちゃったんだろう? ダンスが終わって、緊張と疲れから喉が渇いてしまい、新江崎さんから笑顔で差し出されたジュースを飲んで……そこからの記憶が無い。
 でも、そんな事はどうでもいい。これが夢の中だとしても、すごくいい香りに包まれて枕は柔らかく幸せ。難点といえば、頭を動かす度に頭上から響く姫の声だけ。

「きゃうっ、やっ、ちょっと。あっ、ジンジンしちゃう……から……だめっ」
 
 本当にこの枕って何だろう? 普段使ってるヤツよりずっと気持ちがいい。ボクは夢見心地のまま両手を枕へと這わせる。適度に丸みをおびた2個の円柱状クッションがくっついたデザイン……それにさわさわと触れていく。
 張りがあって、でも表面は柔らかいのに、中身は引き締まっている。そう、こうやって手で撫でるだけでも気持ちいい位だ。

「……もうっ、こ、このっ、調子に乗るんじゃ……やんっ、ダ、ダメよ、そこから奥は、――っっ!」
「ん? 赤い、枕カバー?」

 新江崎さんの声を一切無視しながら動かし続ける指先に、突如触れた赤い布。サテンのように光沢がある生地でツルツルと高級そうな手触り。ぼんやりした視界で見れば、ボクの枕はその赤い布の奥にまで伸びていた。白いスベスベした2本の枕、それが、赤い布の奥へと。
 何かに似てる……そう、まるで、太もものように?

「え、これって?」
「お願いっ、ほんとにダメなのっ。許して! や、覗き込んじゃダメ! 見えちゃう、見えちゃうからぁ」
「うわわっっっ」

 顔を真っ赤に染め、ぎゅううううといった感じで必死にスカートを抑えていた新江崎さん。その姿を見ながら、ボクは一気に身を起こす。
 今まで枕だと思って好き勝手に触りまくっていたモノの正体……それは、彼女の太ももだった? と驚愕しながら。

「あ、まぁでも……夢だからいっか」
「バ、バカぁ」

 でも、驚いたのもつかの間。所詮、夢に過ぎないから……と安堵して、ボクは新江崎さんを真っ直ぐに見つめる。だって、これが現実の訳が無い。あの気の強い姫が、ボクに膝枕なんてするハズが無い。
 それに……、

「やっ、ちょ、ちょっと。また!? ううっ、もうッ!」

 ころん、とボクは再び太ももへ頭をのせようとする。そうすると、ブツブツ文句を言いながらも、新江崎さんはボクの頭部を両手で支え、太ももへと導いてくれた。更に、髪の毛を優しく撫でてくれるサービスまで……。
 ――これが、夢以外の一体なんだって言うんだろう?

「ううっ……、や、また触っちゃ……んんっっ!?」
「あははっ、夢の中の姫って可愛い」

 下から見上げる新江崎さんの顔立ちも、やっぱりとても綺麗。しかも、現実ではありえないような、どこか困っている表情……それがちょっと幼く見えて、可愛く思える。
 なんだか、ボクは少し火照った勢いも手伝って、もう少し彼女を困らせてみたくなってしまう。

「か、可愛いって、この、からかって……。それにまた姫って、こら、やぁっ、んん」
「だって本当に可愛いんだ。でも、ちょっとうるさいかな」
「――っ!? あぅっ」

 笑いかけながら、右手で太ももを触る。そのスベスベの手触りを楽しみつつ、素早く左手を新江崎さんの口元へ伸ばした。再び文句を言いそうになった彼女の唇へ。
 ボクの鋭敏な指先――なぜか、ジンジンと感覚が火照っていて少し鈍いけれど――で、姫のぷっくりした唇をなぞる。

「んんんっっっ……」

 ツンツンした声を聞くのも楽しかったけれど、流石に少しうるさい。ちょっと静かにならないかな? って思いつつ、柔らかで濡れた感触の赤い唇を、からかうようにひっかく。

「……っっん、んっ」

 指先で唇へ触れる度、ビクンっ、ビクンっと細かくカラダを痙攣させる姫。その様子が可愛らしくって、人さし指を執拗に這わせていく。
 ほんのわずか伸びた爪……そこで、真っ赤に濡れた唇の端をカリカリと優しく擦る。きゅっ、と固く閉じられている新江崎さんの唇。それがボクの指先に反応し、ほんの少しだけ力が緩む。

「ふふっ、やっぱ可愛い」
「んんんっっっ」

 ほんのりと濡れて熱い唇。プニプニした感触を充分に楽しみながら、ゆっくり、ゆっくりと今度は唇全体へ指先を這わせる。指の腹を使い、触れるか触れないか……ギリギリの距離でくすぐるように。

「んっ、ん、んんんっっ」

 新江崎さんは顔を真っ赤に染め、ビクビクとカラダを震わせる。潤んだ瞳でボクを熱っぽく見つめてくるけれど、決して嫌がってる感じじゃなかった。夢の中ならでは……だろう。
 現実でこんな事をしたら、100回は殺されてもおかしくない……と、いうより、あの姫がこうやってされるがままになっているハズがない。
 なんだか、体が燃えるように熱くってゾクゾクする。調子にのったボクは――夢の中だからいいや、と思いつつ――ゆっくりと身を起こし、新江崎さんの耳元へ口をつけて囁いた。

「ねぇ、続けてもいい?」
「え? あ……」

 唇を撫でながら、からかうように囁く。耳元まで真っ赤に染まっている新江崎さん……うるうるとした瞳がきょとんとボクを見つめてくる。意味が解ってないんだろう。
 右手をスベスベした太ももの上へ這わせつつ、左手で濡れた唇をなぞる。そうしながら、少し意地悪な感じで小さく耳へ囁きかける。時折、ボクの唇で新江崎さんの耳たぶを挟み、軽く吸いながら。

「あっ、んんんんっっ……!! んんっっ!」
「ちゃんと聞いてね。ほらっ、こうやって触り続けててもいい? それとも止めようか?」

 ビクンっ、と体を震わせながら、シルクの手袋に包まれた指を伸ばし、ボクのシャツへしがみ付いてくる姫。ようやく言葉の意味を理解したのか、彼女は潤んだ瞳でボクを睨みながら口を開く。

「このっ……、あっ……んんっ、ん、かっ、勝手にし、しなさいよっ! んんっ、この、変態、あっ、あっ……」

 ボクの指先――自分でも怖いくらい繊細で精密な動きをする指――で、太ももの内側、下唇の柔らかな部分をごく軽くなでるように触っていく。そして真っ赤なドレスを着た新江崎さんのうなじ、丁寧に編み込まれた黒髪の生え際へ唇をつける。
 新江崎さんの細かな動きを見逃さない。反応があった場所を執拗に、でもジラすように軽めにタッチし続ける。そして、

「――っっ、あっ、んんんっっっ」
「ふーん、そっか。それなら止めとくね。いくら夢の中でも、姫って怒ったら怖そうだし……」
「えっ!? あっ……ん……ううぅ」

 囁きの後、唐突に手を離し、ソファーから立ち上がろうとする。しかし、その瞬間、きゅっ……と弱く握られるボクの腕。顔を真っ赤に染めた新江崎さんが、何か言いたそうにモジモジしている。
 そして、本当に小さな、かすれるような声。目をそむけ、恥ずかしくって堪らない……といった風に。

「貴方が、どうしてもって言うなら、つ、続けても……いいわ」

 ツンとした表情と、困ったような表情が混じり合った表情を浮かべている姫。なんだかとってもいじらしくって、つい、意地悪な事を言ってしまう。やばい、ボクの背中、体の奥が燃えるように熱い。

「どうしよっかな?」
「……っ、うう、このっっ意地悪っ、変態! うううっっ……」
「ふふっ、冗談だよ。姫がすごく可愛いから、ごめんね」

 まるで泣きそうな雰囲気だった姫の体を、背後からドレスごと強く抱きしめる。
 左手を足、右指の人さし指と親指では丁寧に彼女の唇を挟み、クニクニと優しく触れる。そして、艶やかな黒髪の生え際から大胆にカットされた背中――スベスベと滑らかで真っ白な肌――をペロリ……、と舌を使って舐めた。

「――――っっっっ!! っっっんんん!!」

 思わず開いた唇、その中へからかうように指を一瞬差し入れると、応じるように濡れた舌で細かく舐めてくる彼女。ボクの指先とチロチロと動く新江崎さんの舌が絡み合う。たっぷりの温かい唾液が絡みつき、くちゅくちゅという音が部屋へ響く。
 ボクも負けないように首筋から肩、背中までを時折、唇で吸いながら舌を使う。新江崎さんのカラダがピクンッと反応する箇所、そこを重点的に、まるで開発していくように。

「んっ……んんんっっ、んんっ、ひゃうっ、あっ、うううっっ」
「姫、可愛い……、すごく可愛い」
「ま、また姫って……あっ、あっ、あっあっ、んんっ、……っっっあん」

 口の中に入っているボクの指先を、カリカリと優しく甘く噛んでくる姫。絡みつくように舐める柔らかくて熱い舌。指先からボクのカラダ全体へビリビリした感覚が駆け抜ける。

「柊クン、柊クンっっ、あっ、あああっ、柊クンっっ」

 太ももを撫でているボクの左腕へ、手袋に包まれた両手でしがみ付いてくる彼女の様子がいじらしい。指を入れられた不自由な口で、ボクの名前を呼びながら抱きついてくる熱い体。そんな何もかもが、体の奥を燃やし、不思議な欲望が生まれていく。
 何がしたいのかわからない。けれど、無性に求めている事がある。自分でも訳が解らない……夢、だから?

「柊クン、あっ、あんっ、あっ……スしたい、したいのっ!」
「……え?」
「このまま、強引にっ、強引に奪って……、あっ、ああっ、私、私の初めてっ、あっ、んんんっ」

 とろん……と唾液の透明な線をひきながら、姫の唇からボクの指が離れる。こっちへ振り返り、潤んだ瞳、半開きの唇を見せる彼女。さっきまで指が蹂躙していた新江崎さんの口の中、その中ではたっぷりの唾液と、真っ赤な舌が見えた。
 そう、誘うように唇の中で真紅の舌が動いて……。

「んっ……!」
「んんんっっっ!!」

 夢の中だから……という大胆さ、そして全身に毒のように回る熱さで何も考えられず、ボクは本能のまま新江崎さんの唇を貪った。ぎゅうううっっ、と彼女の両腕がボクの首へまわり痛いほど締め付けてくる。
 柔らかすぎる唇の感触と甘い香りが体中へ広がっていく。その上、濡れて熱い舌が何度もボクの唇をなぞる。

「んっ、んんっ」
「んんんっっ」

 ソファーの上、無我夢中で互いの体を抱きしめあい、口付けを続ける。呼吸が出来ない苦しさ……そんなモノは圧倒的な甘い痺れの前に消え去る。
 クネクネと蠢く姫の舌、そのあまりの柔らかさに耐え切れず口を開く。その瞬間、ヌル……と入り込む熱い柔らかな舌と甘い唾液。脳が、体全てが燃えていく……。初めて経験する快楽が、ボクの全身を稲妻のように焼き尽くしていく。

「んっ、んんんっっ、んんん!! ……っっん! んんんっっ!!」

 互いの声が入り混じり、唇と唇、舌と舌が一つに絡み合う。何もかもを忘れ、気持ちよさと不慣れな痛み、その二つを恍惚の中で味わい続ける。
 ボクの体で潰れている柔らかな彼女の胸。本能のまま、そこへ両手を這わせる。ピクンッと痙攣したあと、まるで押し付けるように体を寄せてくる新江崎さん。指先に吸い付くような柔らかすぎる胸の手触り、タッチするたびに響く艶のある姫の吐息。

「ん、んん……」

 何もかもが、まさに夢。
 ――けれど、ボクの意識は、燃え上がる炎の中……、ゆっくりと、ゆっくりと白く、薄らいで……。まるでスイッチが切れたかのよう。

「ん、あっ……んっ、ひ、柊クン? ん、ど、どうしたの? ねぇ、ねぇ!! えっ、ええ!?」

 クルクルクルとまわり続ける意識。脳のどこかで、酸欠、そしてアルコールの相乗効果、と声が響く。するすると眠りに落ちていく感覚。
 全く……夢の中で、また、眠る……なんて、何もかも、すごい夢だ……と、ぼんやり感じる。

「うううっっ、このっっ、変態!! こんな中途半端で、お、覚えてなさいよ!! もうっ」

 怒ったような、どこかすねたような声。けれど、ぽにょん、と再び柔らかな膝枕へと優しく頭が乗せられる。そして、唇へゆっくりと触れる柔らかな感触。ペロ……と触れる熱い舌、甘い吐息。

「バカ……。感謝の言葉も言えないじゃない。ダンス、下手だったけど、すごく嬉しかったのに」

 小さな、本当に小さな囁き声。 
 ――ああ、やっぱり夢の中の新江崎さんは最高に可愛い。と、ボクは火照った頭でそう思った。


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