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No.24259の一覧
[0] ◇ 過去に戻って幼馴染と再会したら、とんでもないツンデレだった模様[ペプシミソ味](2011/01/13 12:55)
[1] ・第2話[ペプシミソ味](2010/12/07 13:03)
[2] ・第3話 【小学校編①】[ペプシミソ味](2010/11/19 08:16)
[3] ・第4話 【小学校編②】 [ペプシミソ味](2010/12/07 17:54)
[4] ・第5話 【小学校編③】[ペプシミソ味](2010/12/07 17:54)
[5] ・第6話 【小学校編④】[ペプシミソ味](2011/02/03 02:08)
[6] ・第7話 【小学校編⑤前編】[ペプシミソ味](2011/02/25 23:35)
[7] ・第7話 【小学校編⑤後編】[ペプシミソ味](2011/01/06 16:40)
[8] ・第8話 【小学校編⑥前編】[ペプシミソ味](2011/01/09 06:22)
[9] ・第8話 【小学校編⑥後編】[ペプシミソ味](2011/02/14 12:51)
[10] ・第9話 【小学校編⑦前編】[ペプシミソ味](2011/02/14 12:51)
[11] ・第9話 【小学校編⑦後編】[ペプシミソ味](2011/02/25 23:34)
[12] ・第10話 【小学校編⑧前編】[ペプシミソ味](2011/04/05 09:54)
[13] ・第10話 【小学校編⑧後編】 【ダンス、その後】 を追記[ペプシミソ味](2011/10/05 15:00)
[14] ・幕間 【独白、新江崎沙織】 [ペプシミソ味](2011/04/27 12:20)
[15] ・第11話 【小学校編⑨前編】[ペプシミソ味](2011/04/27 12:17)
[16] ・第11話 【小学校編⑨後編】[ペプシミソ味](2011/04/27 18:35)
[17] ・第12話 【小学校編10前編】[ペプシミソ味](2011/06/22 16:36)
[18] ・幕間 【独白、桜】[ペプシミソ味](2011/08/21 20:41)
[19] ◇ 挿話 ・神無月恋 『アキラを待ちながら』 前編[ペプシミソ味](2011/10/05 14:57)
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[24259] ・第10話 【小学校編⑧前編】
Name: ペプシミソ味◆fc5ca66a ID:710ba8b4 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/04/05 09:54
・第10話 【小学校編⑧前編】



 ◆



 なじみ深い消毒液の鼻を刺すツンとした香り。安心できるその香りに包まれて、ボクはまどろみの中を漂い続けていた。
 こんな……夢を見ない眠りは久しぶり。まるで母さんに包まれているような深い安らぎを感じつつ、怠惰な眠りを貪り続ける。

「……それで、沙織お嬢様はどうなのでしょうか? 電話では問題ないと伺いましたが」
「ええ、安心して下さい。容態は安定しています。検査の結果、脳や骨に異常はありませんでした。ただ同意して戴いた通り、右肺に損傷がみられたので3時間前に緊急手術を行っています。術後は安定、他に問題は無し。今は麻酔が効いて眠っていますけれど……」
「そうですか、ほっとしました。それで……その、おっしゃっていた緊急処置について、もう少し詳しく伺いたいのですが」

 遠くから響いてくるぼそぼそとした話し声。どこか聞き覚えのある女性の声――大人の女性といった感じの落ち着いた雰囲気――と母さんの声だ。
 けれども母さんのその声には、普段とは全く違う厳しさが感じられた。まるで怒りを隠しているような。

「まず、新江崎沙織さんは打撲による緊張性気胸でした。非常に危険な状態であったと推測されます。リサイクルセンターから報告を受け、ココに車が到達するのに要した時間は26分。……結論としては、謎の医師によるストローの緊急処置がなければ極めて重大な結果になっていたでしょう」
「それほどですか……。処置として、先生の目から見ても問題が無かったと?」
「ええ……問題の無い。いえ、むしろ見事な処置であったと思います。ただし、いくつか腑に落ちない……そう、納得がいかない点がありますが」
「それはどういった所でしょう?」

 何を話しているのか? 言葉だと思うけれどその意味が解らない。まるで遠い異国の言語のように音しか解らない。フワフワとした優しい眠りに落ちたまま、ぼんやりとその音を聞き続ける。

「まず何よりも、患者――沙織さん――を放置して姿を消している点です。どんな理由があれ、命の危険のある患者を放置して姿を消す――なのに手術はしている――のは同じ医者として信じられません。もし容態が急変していたらと思うと……。何故手術をしておきながら姿を消したのでしょう?」
「学校の先生……つまり町の大人には姿を見せたくない強い理由があったのでは?」
「それは私にはわかりませんが……。次に、緊急処置の手伝いをアキラ――私の息子ですが――小学生の子供にさせている点です。アキラの左肩に残された患者の爪跡からして、胸腔穿刺の際に沙織さんの体を抑える手伝いをさせたようですけれど」
「ええ、アキラ君。一度、図書館で会いましたわ。とても真面目で誠実な少年だと思いました。疲労で眠っていると聞きましたが、お嬢様を助けて下さったのですね……。それが問題とは?」

 母さんの声に、やっぱりほんのわずか怒気が混じっている。普段、ボクや桜にはけっしてする事の無い声。
 いつも微笑んでいる母さんが、こんな怖い声を出すなんて……。

「これは、私が母親でもある為、冷静な判断が出来ていないからかもしれませんが……小学生に手伝わせるくらいなら、なぜ大人を呼んでこさせなかったのでしょうか? すぐ近くの施設に学校の先生方がおられたのですから。救命、いえ常識で考えてもおかしく思います。それに目の前で手術まで……。助かったから良かったものの、万が一の場合、息子は……、アキラは一生悔やむ事になったでしょう。自分が同級生を殺す手伝いをした、と。手伝いとは言え、子供に安易に命を背負わせるなどと……」
「……その点からも先ほどと同じ、どうしても町の大人へ会いたくなかった理由があるのだ、と推測できますね。しかし先生にとって、医師として、そして母親としても許せないと?」
「はい。どのような理由があろうとも、消えそうな命より己の都合を優先させるなんて。……ただ、緊急術技のスキルは高いと認めます。不安定な場所での手術、更に麻酔もない、レントゲンもない緊急の状況で行なったとは思えないほどに。血管や神経などに傷をつけることなく最小限の切開をしています」

 どこからか漂うコーヒーの匂い。温かなシーツにくるまって、ボクは依然まどろみを漂い続ける。

「間違いなくベテランの医師であると?」
「ええ、間違いありません。ここ、この狭い場所ですが……、第2肋間鎖骨中線へと一切のズレなく一度でアプローチしています。成人なら体も大きいため、骨の隙間が広いので少しはやりやすい。ですが、新江崎沙織さんは発育が良いほうだとは言え、いまだ小学生。成人よりも遙かに狭い肋骨の隙間へ、他組織の被害は最小限でストローを通しています。寒気がするほど卓越した手術術技……凄まじく経験豊富な外科医です。それだけに、これほどの人物が患者を放置して立ち去ったのが……」
「……なるほど」

 少しの沈黙。ボクの耳へ届いていた音は止まり、重苦しい無音が支配する。しかし、数分後……その沈黙を破り、母さんではない方の女性が口を開いた。

「わかりました。しかし先生、この事は内密にお願いしたいのです。状況から考えると、沙織お嬢様を処置した人物は、元新江崎家の医師、実父の鉄雄氏の可能性があります。新江崎家が依頼している興信所によれば、5年前に新宿で確認されて以降、発見出来ていないですけれど」
「いえ、それはおかしいと思います。父親が――いくら緊急処置をしたとはいえ――実の娘を放置して姿を消すはずが……」
「先生、申し訳ありませんが、それは新江崎家の問題です。口を挟まないで頂きたい」

 一瞬、気まずい沈黙が流れる。が、軽く咳払いをした後、再び女性は口を開いた

「話を続けます。先生もご存知かも知れませんが、今、新江崎家党首――沙織お嬢様のお母様――は再婚の準備で非常に多忙なのです。これ以上、無駄な火種を抱える余裕はありません。今回が仮に鉄雄氏の処置では無かったとしても、再婚が正式に決定されるまで、出来うる限り波風は立てたくないのです。お解りいただけないでしょうか?」
「つまり、この緊急処置を重要視しない……という事ですか?」
「そうです、お嬢様を緊急処置した人物は偶然通りがかった何の関係もない医師であった、と。……それに元々、刑事事件となりえない状況でしょう? 『良きサマリア人の法』ではありませんが、今回のケースは緊急避難、止む負えない処置であったと先生もお認めになられました。新江崎家としては、善意の第三者であったと判断します。そう、決して元父親に助けられた訳ではない。沙織様はこれまでも……そしてこれからも、あの男に接点など無いのです。よろしいでしょうか? くれぐれも他言無用でお願い致します」

 再びの沈黙。ボクは眠りと覚醒の間をさまよい続けている。そして母さんの声……どこかため息を含んだような響き。

「……私は医者です。口止めされるまでもなく、患者の病状に関することを他人には喋りません。しかし、沙織さんが詳しい事情を知りたがった場合、それを伝えるのもまた医師としての責務です。それでよろしいですか?」
「ええ、本当はお嬢様にも言わないで欲しいですけれど……先生にそうお願いしても無駄でしょう? それで結構です。それでは先生、お嬢様が目覚めたら再び連絡を頂けますか? 転院の手配もしなければなりませんし、詳しい状況も沙織お嬢様から伺いたいので」
「解りました。夕方まで図書館、それ以降は携帯でいいのですか?」
「いえ、図書館だけで結構です。今晩はあそこに泊まりこみますから。それでは先生、沙織お嬢様をよろしくお願いします。それにご子息もお大事に、お嬢様を助けて頂いて、本当にありがとうございました、とお伝え下さい。……多忙な新江崎家頭首に代わって、厚く感謝申し上げます」

 コツコツと床を歩くハイヒールの音、そしてドアの開く音の後、母さんの深いため息が聞こえた。悩むような、悲しむような……それは、疲れ果てた人が言葉に出来ない暗い思いを吐き出すような、そんな重苦しいため息だった。



 ◆◆



 それは唐突な、あまりに唐突すぎる目覚めだった。泥のように深い睡眠から一気に覚醒し、そのくっきりとしたクリアーすぎる意識の為に、逆に状況が把握できずオタオタしてしまうくらいの目覚め。
 ボクは体にかけられていた真っ白なシーツをめくりながら、上半身をベッドに起こす。

「ここ、ここって診療所?」

 呆然と呟きながら周囲を見渡せば、見覚えのある白くて無機質なベッドの上。間違いなく母さんの診療所にあるベッドだ。
 時刻は昼間なのだろう、窓の外から白いカーテンを透し、まぶしい太陽光が差し込んでいた。ボクはジーンズと、上半身は診療所備え付けのブルーの浴衣というアンバランスな格好をしている。しかも左肩には創傷用のポリウレタンフィルムが貼ってあった。
 ――何でこんな格好を、それになぜ診療所なんかに? Tシャツは……いや、そもそも何をしていた? どうして左肩を怪我……っって!? 

「新江崎さん!!」

 一気に蘇ってくる記憶。様々な場面が脳裏へとフラッシュバックしてくるけど、そんな事はどうだっていい。新江崎さんは無事なのか? その思いだけが胸を焦がす。
 まだ眠っているように倦怠感のある体へ力を込め、ベッドから床へ足をつく。いまいち力の入らない手、少し痛む左肩を誤魔化しつつ、病室の仕切りとなっている真っ白な布をひく。
 独特の甲高い音を立て開かれる白い布。そして数メートル先に隣のベッドを仕切っている淡いグリーンのカーテンが見えた。

「柊クン、起きたの!?」
「――っっ!? 新江崎さん! そこにいるの? ねぇ、大丈夫!? このカーテン開けてもいい?」
「えっ、あ……、ちょ、ちょっと待って……待ちなさいよっ。勝手に開けたら許さないから」

 グリーンのカーテン越しに響く新江崎さんの声。普段通り偉そうで、だけど艶っぽくて、そしてとっても元気そうで……ボクは安堵のあまりに胸を撫で下ろす。

「いいわよっ」
「うん」

 1、2分後、ゴソゴソと何かを片付ける音が止み、ようやく許可がでたと同時、ボクは勢いよくカーテンを開いた。

「――っっ」

 その瞬間、ボクは驚きと喜びに体が固まってしまった。ベッドへその体を起こし、元気そうにこっちを見つめている新江崎さんの姿に見とれてしまったまま……。
 首筋から右肩に真っ白な包帯が巻かれていたけれど、その美しさは普段のまま生気に満ちていた。いや、どこか嬉しそうに柔らかく微笑んでいて、普段よりも更に綺麗に見える。
 黒髪はハラリと飾るように華奢な体へ流れ、パジャマは光沢のある黒い生地にフリルのついた豪華な物。ゴスロリっぽいけれど、それがメチャクチャに似合っている。まさにお姫様、ファッション雑誌からそのまま抜け出た写真のよう。

「何、そんなトコにぼーっと突っ立って。馬鹿じゃないの? ほら、ここに座りなさいよ。カーテンを開けたままじゃ眩しいじゃない」
「あっ……うん。どう新江崎さん、具合は?」

 グリーンのカーテンを閉め、新江崎さんに促された場所――彼女が座っているベッドの開いたスペース――へ腰掛け声をかける。

「具合は? って、柊クンには言われたくないわよ! わかってるの? 貴方ってほぼ丸1日眠りっぱなしだったんだから。……まあ、私は元気だけどっ! そっちはどうなのよ?」
「いっ、そうなの!? いやボクは元気。メチャクチャすっきりしてる。そっか、そんなに寝てたんだ」

 あの手術の後、急激に襲われた眠気に抵抗できなかった事を思い出す。ここ最近の夢で疲労が重なっていた事、7キロ歩いた直後に行なったオペ、その凄まじい緊張感に耐え切れずダウンしちゃったのか……。

「ん? 丸1日ってことは、学校……。っ! それに母さんは?」
「馬鹿ね、何時だと思ってるのよ。そんなのとっくに始まっているわ。今なら昼休み前、4時間目ってトコじゃない? それと、柊クンのお母様なら往診に出かけたわ。急患ですって……、ふふっ」
「ちょっ、何で笑ってんのさ。うう、学校サボっちゃったよ」

 口に手をあてニコニコと微笑む新江崎さん。

「あら、ごめんなさい。パパも毎日忙しくしてたなぁって思い出して。そしてこのアルコールの匂い……よく病院に忍び込んで怒られたもの。……すごく懐かしい。ふふ、それにね、朝、貴方のベッド凄かったのよ。桜さんと神無月クンがお見舞いに来ていたわ。ずいぶん朝早くからね」
「え?」 

 桜と恋が来たのかという驚きと、新江崎さんがお父さんの事を語る表情の柔らかさに、思わず口ごもる。そんなボクを見ながら、クスクスと笑みをこぼしつつ言葉を続けるお姫様。
 ボクの座っているベッドの位置と彼女の場所が近くって、少しドギマギしてしまう。新江崎さんが優雅に体を動かす度に、なんともいえない甘くていい香りを感じる。

「どっちも学校を休んで貴方の看病をしたがっていたわ。まあ、ただの疲労だから心配しないで学校へ行きなさいって、柊クンのお母様に言われて渋々納得していたみたいだけど。ふふ、けど学校に行く時の二人の顔、貴方にも見せてあげたかったわね」
「そ、そう。あ、でも新江崎さんってそんなに朝から起きてたの?」

 たわいない会話。けれどそれは、彼女が元気だというこれ以上ない証拠で、ただ会話しているだけなのにとても楽しかった。
 それに何故か、新江崎さんも普段よりも物腰が柔らかくって、とても話しやすく感じる。

「そうねぇ、普段は6時から合気道の稽古をやっているから、遅くても4時30分には起きるようにしているわ。だから、もう目が冴えちゃって。誰かさんはだらしなく眠っていたから退屈でね。それで仕方ないから勉強していたの。怪我もおかげさまで大丈夫って話だし」
「うっ……。合気道、へぇ」

 合気道……という単語で、昨日の事――滑落しそうだったボクを助けてくれた不思議な動き――を思い出す。しなやかで流れるように優雅だった体と長い手足、そしてボクを見つめた鋭い瞳の美しさ。
 すぐ隣で、黒髪を左手で耳へ掛けつつ微笑んでいる新江崎さん。黒いフリルのついたパジャマがやっぱりとっても似合ってる。少し暑いのか、ゴスロリ調のパジャマのボタンを外していて、綺麗な鎖骨のラインが覗いていた。
 思わず視線が吸い込まれるほどの白い肌。そんな場所を見てドキドキしたボクは気付いてなかった。
 ――普段とあまりに違う明るい雰囲気、そこに隠れている不安定さ、新江崎さんの脆さを。

「えっと、……ところで柊クン。その、ちょっと聞きたい事があるのだけど、いい?」
「うん、何?」

 20分ほどポツポツと他愛無い会話を続けていたボク達。けれど突然、新江崎さんの口調が変わる。カチリとスイッチが入れ替わったように……。それは、さっきまでの穏やかな雰囲気とは違い、どこか暗い。
 浮かべていた微笑みを消し、真剣な――少し思いつめたような――表情になる彼女。キリリとした切れ長の瞳がボクをじっと見つめてくる。
 何となく言いにくそうで、まるで怖がっているような雰囲気。なかなか次の口を開かない。が、3分ほどの沈黙の後、整った顔を伏せ、ぽつり……といった感じでようやく呟いた。

「今朝……ちょっと聞いたのだけど、貴方、私が滑落した場所で大人の男の人に会ったんだよね? その人って何か言ってなかった? えっと、私の誕生日の事とか……」
「え?」

 あまりにも思いつめた様子の彼女。少し怯えるようにも見える。普段の感じとは全く違って、自信など感じられない華奢で儚げな印象。

「あ、ううん、違う。そんな事はどうでもいいの。そう……その人、元気そうに見えた?」

 少し鼻にかかる弱々しい声。祈るように両手を組みながら、じっと見つめてくる瞳。
 けれどボクは上手く答えることが出来ない。いったいどうなっているのか? 新江崎さんが何を言っているのかもよく理解できない。

「ご、ごめん新江崎さん。何を……」

 ただの時間稼ぎのように、しどろもどろに口を開く。が、新江崎さんは聞ききれずに言葉を続ける。身のうちにこもる不安を吐き出すように、ボクにすがるように。

「朝にね、私、柊クンのお母様から聞いたの。あの時、緊急処置をしてくれた医師がいるって、それを貴方も手伝ったって! その人が私のパパなの、私を助けてくれた人が! ねぇ、パパ、お病気とかしている感じじゃなかった? ちゃんと、ちゃんと元気にしていた? 教えて、私、パパの事何も知らないの。誰も教えてくれない。心配なの! どんなことでも知りたいのよ」
「あ……」

 堰を切ったようにあふれ出してくる彼女の言葉。まるで哀願するような声色。
 そして、ボクはパズルの欠片が埋まった時のように理解した。昨日の手術……それを行ったのはボクではなく、なぜか新江崎さんのお父さんがした事になっている、と。

「それは……」

 確かにボクが手術をした場面を誰も見ていないし、情けない事に説明する前にボクは眠りへ落ちてしまっていた。
 当然、ボクみたいな小学生が手術をしたなんて考える人などいない。そうすると、医師があの場所にいたと誰もが考えるだろう。それで……何故か、新江崎さんのお父さんが手術を行なった事になっているのだ、と。

「あの時、すごく苦しくて、本当に痛くて……もう死んだほうがいいってまで思ってた。でも、なんとなく覚えているの。『絶対に死なせない! 頑張って、頑張って!』って必死な叫び声。私、その声に救われた。まるで、抱きしめられてるみたいに幸せだった。でも、やっぱり勘違いだったのかも……」

 手術の時、新江崎さんが強く……まるですがる幼子のように父親を求めていた姿を思い出す。いつもギリギリで頑張り続けている彼女。そして、ボクは気付いた……今日の新江崎さんが、穏やかで満ち足りていた表情を浮かべていたのは、大好きな父親が助けてくれた、と希望を抱いていたから。
 ボクは無言のまま強く奥歯を噛み締める。ここで本当の事……手術をしたのはボクだった、と告げていいのか迷ってしまう。
 あの時、本当に幸せそうな顔でお父さんに『大好き』と呟いた新江崎さん。それは全て嘘、彼女の勘違いであったと告げるのか?

「それとも、何も言ってなかった? 私、パパにまた迷惑かけちゃった……。ずっと会いたいって願っているのに、会いに来てくれない。ううん、まともに会えた事なんて一度も無い! やっぱりどうでもいいって思われてるのかな……。それとも、こんな手間のかかる娘で、私、私の事、やっぱり邪魔だって……。どうしよう、パパに嫌われていたら、私、どう……」

 最後はもはや問いかけでさえ無く、ただの嗚咽だった。怯えている子供のよう。彼女の瞳からいくつもの涙が流れ、黒い服へと落ちていく。その美しい輝きがボクの心にえぐるように突き刺さる。

「新江崎さん」

 彼女はボクと同じだ。いつも、いつも考えていた、ボクは義母にとって迷惑な存在、邪魔なのではないか? と。新江崎さんの悲しみを、自身の痛みのようにはっきりと感じる。
 胸の奥から湧き出す衝動。突き動かされるがまま彼女の白い手を包むように握り、言葉を搾り出す。それが悪だと知りつつも、どうしても言わずにいられなかった。

「そんな事ない、そんな事ないよ! 必死であんまり会話できなかったけど、その人……お父さんは元気そうだった。それに、誕生日おめでとうって。新江崎さんの事が大好きだって。助けられて本当に良かったって……言ってたよ。どうでもいい訳がない! 絶対に、迷惑だなんて! 絶対に! 新江崎さんを邪魔だなんて、嫌うわけがないだろ!」
「……うん」

 ボクは最低で残酷な嘘つきだ。この嘘がばれる時、絶対に新江崎さんはボクを許してはくれないだろう。憎まれて軽蔑されるだろう。……それでもいいと、ボクは衝動に支配されたまま、泣いている彼女の両手を握り締めていた。
 ポロポロとボクの頬にも涙が落ちていく。泣く資格なんて無い、最低の嘘つきのくせに……。今までだったら、関係がない、と割り切って本当の事を告げていたかもしれない。それが信じられなかったとしても、別にどうでもいい……と何の興味もなく冷淡に。
 だけど、今そう出来ない。新江崎さんの心が壊れるのが怖い。この最低な嘘によって、いつか余計に傷つけてしまうかもしれないけど、それでも今、彼女の涙が見たくなかった。胸の奥から湧き出る自己嫌悪。
 その中から、ボクの本当の気持ちを、心からの感謝を伝えようと言葉を探す。

「ボクも、新江崎さんが助かって……本当に、本当に嬉しいよ。ごめんね、新江崎さん。だけど……ボクも貴女が生きている。それだけで、嬉しいんだ」
「……ありがとう、ありがとう。柊君」

 握り合ったボク達の両手にポタポタと涙が落ちる。どう言えば良かったのか、ボクにはわからなかった。ただ、いつか正直に全てを話す時がくる。その時まで、何があってもボクは彼女の味方をする……と、固く誓う。
 ――それから、カーテン越しに明るい陽光が射しこむベッドの上で、ボク達は互いの両手を握りしめ、無言のまま、ただ時が流れるのを待ち続けた。少し鼻にツンとくる、馴染み深いアルコールの香りに包まれたままで。
  


 ◆◆◆



 リサイクルセンターで起こった事故から、ちょうど一週間が過ぎた。
 ――結局、ボクは最低の嘘を重ね続けた。母さんに少し状況を聞かれた時も、『知らない男性の手伝いをした。でも必死であまり覚えてない』と、同じ返答を繰り返すだけ。新江崎さんは後橋の大きな病院へ転院。
 そしてバッグはあの時に恋が持っていってくれてたらしく、事故の翌日に学校で渡された。

『アキラ、悩みあるんじゃない? どんな事でも言って』

 と、尋ねられたが、何も言えずじまい。拍子抜けするほど普段と変わらない日常が戻ってきて、ボクはその中で日々を過ごしていた……が。

「ああもうっ、何でそんなに睨むのさ。それに、どうして恋までココにいるんだよ!」

 ――事故から一週間後、水曜日の放課後、自宅。
 何故かボクは、幼馴染の桜と親友である恋の、恐ろしいほど冷ややかな視線に晒されていた。ニコニコと居間で微笑んでいるのは母さんだけで、桜と恋は不機嫌さを隠そうともせず、ふくれっ面のままジトリとした視線で睨んでくる。

「うっさいアキラ。桜ちゃんと遊ぶんだもん。でも何さその蝶ネクタイ! すっごく変、ぜんっぜん似合ってない! ほんと馬鹿アキラって感じ」
「そうよアキラ兄さん。すっごく似合ってない。絶対笑われるだけだから行くの止めたら? 今から断りの電話を入れればいいじゃない、ね? 先生と神無月先輩、4人でご飯でも食べに行こうよ」
「そんな恐ろしい事、出来る訳ないだろ!」

 悪戦苦闘しながらタキシードを体に合わせているボクの苦労を知らず、好き放題に言いまくる2人。
 半ズボンにTシャツのラフな格好でソファーに座ったまま、ボクのお気に入りのクッションを勝手に抱いている親友、そしてさっきからあちこち引っ張ったりして邪魔をしてくる幼馴染を睨む。
 が、それ以上に不機嫌そうな視線で2人に返されてしまい、慌てて目をそらした。

「ほら、2人とも、そんなにアキラを虐めちゃ駄目。ふふっ、ほらアキラ、こっち見て。せっかくだから写真に撮っとくから」
「ちょっ、母さんまで……。ああ、もうっ!」

 デジカメを構え、カシャカシャとシャッターを切りまくっている我が母。こんなタキシード姿……すっごく恥ずかしいのに全くお構いなしに連写してくる。
 はぁ……、とため息をつきながら、ボクはタキシードのポケットに手を突っ込み、一枚の紙切れを触る。そう、この薄い紙がすべての元凶なのだ。光沢のある、いかにも高級そうな手触りの白い紙。丁寧に赤い蝋で封がしてあったその中身……。

「あーあ。でもさ、アキラだけパーティーに招待されるってどうなの? ズルイよ! ううううっっ、ボクも行きたかったっ。綺麗なドレス、豪華な料理、それにデザート!」
「そう、ズルイですよね! 神無月先輩もそう思います? なんで兄さんだけ!? ねぇ、兄さん、本当に新江崎先輩と何かあったりしてないでしょうね?」
「うるさい、バカ桜。何も無いって散々言ったじゃんか! ただ、この間のお礼を兼ねてって事で……。それに元々招待されたのは母さんなんだし。母さんが、もし急患が来たら駄目だからって断ったから、仕方なくボクが行く事になったんじゃんか」
「はーい! ほら、アキラ。こっち向いて、母さん次は笑顔が撮りたいなぁ。ね、にっこり笑って、うん、そうそう。そのまま、そのまま!」

 桜と恋に何度目になるか解らない説明を繰り返しつつ、母さんのカメラに向かって作り笑いを浮かべる。

『新江崎家次期頭首 新江崎沙織 生誕12年記念パーティー招待状』

 ポケットに入っている白い紙には、金文字でそう記入されている。でも、招待状と言うより召喚状……と言ったほうが正確だと思う。桜と恋、そして母さんの相手をしつつ、ボクは招待状を渡された時の事をぼんやりと思い浮かべていた。
 
 ――それは先週、金曜日の放課後。桜を父親が待つ自宅へ送った後、向かった町立図書館での事。
 あい変わらず可愛く微笑んでいる司書さんへ挨拶を行ない、医学書室へと入る許可を得た。本当なら新江崎さんと一緒じゃなきゃ駄目なんだろうけれど、彼女は後橋市の病院で入院中だから仕方ない。
 もしかしたら駄目って断られるかも? と思っていたけど、案外すんなりと司書さんの許可が下り、ボクは上機嫌で医学書を読みふける。
 それから時が過ぎ、背後で扉の開く音が聞こえ……何? と思いながら振り返ったボクの視線の先には……。

「新江崎さん、どうして!?」

 そこに立っていたのは私服の新江崎さんだった。普段の制服ではなく、白色のシンプルなワンピース姿に黒のハンドバッグを持っている。裾はすごく短くて、そこから伸びる長い足には白のロングソックス、足元は黒のハイヒール。髪には赤のカチューシャを着けて、まさにお嬢様。
 右肩に既に包帯は無く、簡単なカーゼが貼り付けられていた。顔色も良さそうで、とても健康に見える。あの時の弱々しい感じは微塵も無く、ツンとした近寄りがたい雰囲気が全身からあふれ出していた。

「何よ、悪い? 今、自宅療養中」
「い、いや、全然悪くないよ。そ、そうなんだ、でも元気そうで良かった。何の用でって、あ……もしかして、勝手にココに入ったから? その、ご、ごめん、丁寧に読むから。ほんとゴメンね」

 ジロリと切れ長の瞳で睨んでくる彼女。不機嫌なのか唇は固く結ばれ、顔は怒っているように少し赤い。
 慌てて医学書を閉じ、彼女に頭を下げる。新江崎さんにとって、お父さんはとっても大切な人だと知ってしまった。それなのに勝手に本を読んでしまったのは――いくら彼女が入院中だと思っていたとはいえ――ボクが悪い。
 やっぱ怒ってるなぁ……と内心ため息をつきながら、少し顔を赤くして視線を逸らしている彼女を見つめた。

「……怖がらないでよ、バカ」
「え?」
「――っ、何でも無いわよっ! あい変わらずムカつくヤツ!」

 白いワンピースから覗くむき出しの肩、ほっそりした腕を組んでイライラと指先を動かしている彼女。爪先には以前と同じようにキラキラと輝く石がついていて、とても可愛らしい。そう、見た目だけは……。

「ああもうっ、強引に抜け出してきたから時間が無いの! はいコレ!!」
「え? 何?」

 早口で言いながら、持っていたハンドバッグから白い物を取り出す彼女。それを凄い勢いでボクの目前へと突き出す。

「これって……何?」
「いいから受け取りなさいよ、ほらっ、グズグズしない」
「う、うん」

 完全回復、普段の通り唯我独尊モードの新江崎さん。気圧されながら、ボクはその白い紙を受け取る。

「来週の水曜。18時からだから。もし来なかったらわかっているでしょうね?」
「あの、まず何がなんだか……」

 白い紙は手紙の封筒、しかも真っ赤な蝋で封がされており、正直、ボクはどうやって開いたらいいのかさえ解らなかった。
 けれど姫はそんなボクにおかましなしに言葉を続ける。

「じゃあ私戻るから。その……、少しはダンス練習しときなさいよ」
「え……?」

 カツカツとハイヒールの音を立て、医学書室を出て行く彼女。その後姿さえ、冗談みたいにバランスが良くって、持った手紙の事を思わず忘れながら見送った。
 ――ボクが、それが招待状だと理解したのは20分後。何が可笑しいのか、クスクスと笑い続けている司書さんと2人で封筒を開いた時だった。  


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