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No.24259の一覧
[0] ◇ 過去に戻って幼馴染と再会したら、とんでもないツンデレだった模様[ペプシミソ味](2011/01/13 12:55)
[1] ・第2話[ペプシミソ味](2010/12/07 13:03)
[2] ・第3話 【小学校編①】[ペプシミソ味](2010/11/19 08:16)
[3] ・第4話 【小学校編②】 [ペプシミソ味](2010/12/07 17:54)
[4] ・第5話 【小学校編③】[ペプシミソ味](2010/12/07 17:54)
[5] ・第6話 【小学校編④】[ペプシミソ味](2011/02/03 02:08)
[6] ・第7話 【小学校編⑤前編】[ペプシミソ味](2011/02/25 23:35)
[7] ・第7話 【小学校編⑤後編】[ペプシミソ味](2011/01/06 16:40)
[8] ・第8話 【小学校編⑥前編】[ペプシミソ味](2011/01/09 06:22)
[9] ・第8話 【小学校編⑥後編】[ペプシミソ味](2011/02/14 12:51)
[10] ・第9話 【小学校編⑦前編】[ペプシミソ味](2011/02/14 12:51)
[11] ・第9話 【小学校編⑦後編】[ペプシミソ味](2011/02/25 23:34)
[12] ・第10話 【小学校編⑧前編】[ペプシミソ味](2011/04/05 09:54)
[13] ・第10話 【小学校編⑧後編】 【ダンス、その後】 を追記[ペプシミソ味](2011/10/05 15:00)
[14] ・幕間 【独白、新江崎沙織】 [ペプシミソ味](2011/04/27 12:20)
[15] ・第11話 【小学校編⑨前編】[ペプシミソ味](2011/04/27 12:17)
[16] ・第11話 【小学校編⑨後編】[ペプシミソ味](2011/04/27 18:35)
[17] ・第12話 【小学校編10前編】[ペプシミソ味](2011/06/22 16:36)
[18] ・幕間 【独白、桜】[ペプシミソ味](2011/08/21 20:41)
[19] ◇ 挿話 ・神無月恋 『アキラを待ちながら』 前編[ペプシミソ味](2011/10/05 14:57)
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[24259] ・第9話 【小学校編⑦前編】
Name: ペプシミソ味◆fc5ca66a ID:710ba8b4 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/02/14 12:51
 ・第9話 【小学校編⑦前編】


 ◆


 NGOのキャンプへ参加した当初、想像を超えたハードな現実に直面したオレは、ズタボロに打ちのめされた。しかし他にも、これは……と閉口させられたモノがある。
 ――日々の食事。
 元々好き嫌いのそれほど無いオレだったけれど、アフリカの食事に関しては別、かなり厳しい……と言わざるを得なかった。
 アフリカの文化において、日本のコメにあたる主食はウガリと呼ばれる食べ物――白トウモロコシの粉にイモデンプンを混ぜたモノ――だ。白い色の粉末で、日本料理のおからに外見、食感ともに少し似ており、何の味も感じられなかった。
 初めてウガリを食べた時、記憶に蘇ったのは運動会のアメ食い競争。アメを必死で探すあまり、口の中へ大量の粉が入り込んだときの不快感……それに少し似ていると思った。
 手で丸めた真っ白なソレを口に入れた瞬間、口腔内の唾液が全部吸い取られるようなパサパサした感じに襲われる。とにかく吐き出さないようにするのが精一杯。
 おかずは凄まじく酸味の強いトマトと苦いキャベツのような葉っぱの野菜炒め。そして、あごが外れそうなほど恐ろしく固い(たぶん)牛肉か羊肉。味付けも濃い部分と薄い部分がはっきりと分かれ、日本での食事に慣れていたオレには強烈なインパクトを与えた。

「ドクター、ほらっ! 遠慮せずにもっと沢山お食べよ」

 医療団を支えてくれる現地おばちゃんスタッフの笑顔――オレのような役に立たない新人医師にさえとても優しい――の前で変な顔をする訳にもいかず、内心の苦労を押し殺しながら口へ運び続ける事になった。
 それに……とにかく食べて、肉体へ栄養を与えねばどうしようもないと自覚していた為、これは食事ではなく栄養補給のサプリメント、味など考えてどうする! と思いながら水で流し込むように日々の食事を行っていたが、内心では挫けそうだった。
 特にハードな手術の後、食欲のない胃へ無理矢理ウガリを詰め込む辛さは想像を絶する。たかが食事程度で情けない……と思うが、脳より先にカラダが拒否をするといった感じで、本当にきつかった。
 ……しかし、慣れというのは恐ろしいモノ。NGOの日々が2年を過ぎた頃、オレはあんなに苦手だったウガリを筆頭としたアフリカの食事を、むしろ美味しいとさえ感じ始めていた。
 ウガリにほとんど味が無いと思っていたのが嘘のよう、ほのかな甘さと旨みを楽しみ――しかも作った人により微妙に異なる――口へいれた瞬間に今日の食事当番のスタッフは誰なのか解るほど。セルゲフと食事の度にその賭けを行ない、彼のオカズ――口が痺れるほど苦い葉っぱだが慣れると美味い――をまきあげた事さえあった。

「だからセリシール。お前もきっとウガリを好きになる。我儘を言わずにちゃんと食え」
「ノン!! いくらアキラ先輩の言いつけでも、私はノン!! と言わざるを得ません。そう幾度であろうとも!」

 オレとセリシールしかいない食事用の休憩室の中、ドンッ! とテーブルをたたき、全身で嫌だと表現している彼女。
 ブロンドの髪、整った鼻、意志のはっきりした目元下には小さなホクロ……昔、魔法使いの子供達が出てくる映画を観たことがあったが、それに出ていた少女にどことなく似ている顔つき。まあ、オレがあまり白人女性の顔の区別がつかないだけだろうけれど……。
 とにかく、絶対に折れない……といった勝気な表情。さっきからオレが何度言いつけても夕食のテーブルに置かれたウガリに手をつけようとしない。

「他は何でも我慢できます。ですが、このウガリという食べ物だけは……もちろんスタッフには申し訳ないと思います。ただ、これは私の血のせいなのです。そう……料理と芸術の国フランス。私のカラダに流れるその祖国の血が……どうしても受け付けてくれない」
「いや、リーダーセルゲフもフランス人だけど、ガツガツ食べて……」
「ムッシュ! 何かおっしゃいましたか?」
「い、いや別に……」

 はぁ……と、オレは本日何度目かわからない深いため息をつく。
 セリシールはオレの外科第一助手としてこの3ヶ月、同じチームで動いてくれている。3歳年下だが、飛び級を重ね、オレとほぼ同時期に医師免許を取得していた彼女はとても成績優秀だと言っていい。ただしNGOの地獄のような修羅場での実務経験は足りていないため、手術中ふとした部分で弱さを見せる時があったが……。
 しかし基本的に彼女は、有能かつ自信家で自己主張が激しく、一度言い出したらよっぽどの事がない限り妥協したりはしない。

「けれどセリシール、今日はパンがないだろ? 食わなきゃ明日が辛いぞ」
「そ……それはそうでしょうが。し、しかし、アキラ先輩の祖国ニッポンでもブシは食わねどタカヨジと言うではないですか」
「使い方違う……」

 祖母が日本人の為に少量の日本語なら話せる……というセリシールの間違いを訂正する気力も無く、オレはどうしたものかと天井を見上げた。
 ここの料理はおかずが少なく、それだけでは空腹は満たせず栄養も足りない。やはり主食のウガリが必須なのだ。口に合おうが合うまいが、腹を満たす為と割り切って食べるしかない。
 ただ、どうしてもウガリを食べられないスタッフ用としてパン――トウモロコシ粉が多く入った恐ろしく固いモノ――が普段は用意されている。だが、ここ数日、補給部隊の到着が治安悪化で遅れており、今日の夕食に間に合っていない。

「わかったセリシール、しかしこれだけは言っておく。食わないなら明日、オレの助手は任せられない。いいか?」
「――ッ!? そ、そんな……!?」
「立ちくらみでも起こして、オペ中の術野に倒れたらどうするつもりだ?」

 勢い良く立ち上がり抗議しようとした彼女の機先を制するようにするどく言い放つ。うまい反論が見つけられなかったのか、口ごもりながら悔しそうに俯くセリシール。その様子を見つつ、ゆっくり口を開く。なんとかひねり出した妥協案を言い聞かせるように。

「まあ……食事はどうしようもないというのも理解できる。わかった、オレから担当のドクターへ頼んでおくから、明日はリハビリと診断を手伝ってくれ。パンが届いたらまた手術助手に入ってもらう。今日はおかずを多く食べて空腹をまぎらわせるんだ、いいな?」 
  
 これだけ説得してもダメなのだから仕方ない。セリシールへはかなり強めに言ったが、実の所ウガリというのは好き嫌いが激しく、ベテランスタッフでも食べられない人は大勢いる。
 赴任してわずか3ヶ月の彼女は、オレの目から見ても実務では相当頑張っていた。食事にまで無理をさせるのは酷だ。
 しかし……。

「アキラ先輩わかりました、食べます。私、食べますから」
「いや、大丈夫。言い過ぎたオレも悪かった。無理をする必要は……」

 青い瞳でまっすぐに見つめてくるセリシール。ブロンドの長い髪を指で耳へかけ、覚悟を決めたように深呼吸を繰り返している。真っ白な肌と、屈辱からだろうか? ピンク色に紅潮しつつある頬。
 そして、オレの言葉をさえぎるように手を振り、どこか恥ずかしそうに小さく呟く。

「平気です。食べますっ、その……食べたいんです! ただ……えっと……直接、自分の手を使う……というのが、どうしても。幼い頃から厳しくマナーを躾けられたもので……」
「ああ、なるほど。スプーンをとってこよう」

 オレやセルゲフは現地の人達と同じく素手で(当然手は洗っているのだが)ウガリをこね、適度な大きさに丸めて食べていた。それが当然だと思っていた為、女性への気配りが足りなかったんだろう。
 言い出したら聞かないはずのセリシールが妥協してくれたのが嬉しくて、オレはスプーンを持ってくる為、隣の部屋にあるキッチンへ向かおうと立ち上がる。しかしその時、オレの腕がセリシールの細く美しい指で軽く掴まれた。

「あ、あの! 出来たら、アキラ先輩がこねて下さったモノが食べたいんですけど! ええ、やはり手でこねた方がスプーンで食べるよりも美味しいでしょうし……」
「そうかな? スプーンでも大して差は」
「いいえっ、ずっと美味しいと思います!」
「ああ……そう?」

 せっかくセリシールが妥協してくれたのに、ここで変にヘソを曲げられてもつまらない。オレはテーブルへと座りなおし、右手をウェットティッシュで丁寧に拭く。
 そして、目の前に盛られたボールからウガリをすくいとって、スシのシャリくらいの大きさへと丸め始める。

「これくらいの大きさならフォークで刺せるし、食べやすいだろ?」
「ええ、ありがとうございます。アキラ先輩」

 ニコリと微笑んでいるセリシールの皿へと、手早く丸めたウガリを数個づつ並べていく。さっきまでの強情さが嘘のように、どこか楽しそうにこっちを見つめてくる彼女。少しだけドギマギしてしまうほど美しい表情。
 その笑顔、いや……この場の雰囲気が、オレの脳裏に過去の思い出を、一瞬、息詰まるほど鮮やかに蘇らせる。

「アキラ先輩、どうしました!? 顔が青いようですが?」
「大丈夫だ。ちょっと昔を思い出してしまってさ」

 心配そうに立ち上がりかけたセリシールに手を振って、オレは椅子へと深く座りなおし、深呼吸を繰り返す。ありありと蘇ってくる楽しい記憶……そう、それは楽しい記憶のはずなのに、どこか物悲しく思えて。

「本当に大丈夫ですか? 先輩が、そんな悲しそうな顔を……」
「いや、平気だ。全然悲しくなんて無い。……楽しい記憶だよ」
「失礼ですけれども、とてもそのように見えないのですが」

 心配するような不審そうな顔で見つめてくる彼女。オレはまるで言い訳のように、ポツポツと語り始める。
 それは遠い記憶。命を救う意味さえ考えず、医者になる事だけが義母への償いになると信じ込んで、勉強を続けていたあの頃……。

「えっと……小学生の頃、そう、夏休み前の記憶だよ。授業でどこかの施設見学に行く事になってさ。まあ、その頃のオレも性格の捻じ曲がったガキで……班での集団移動中だったが、英語の単語帳をこっそり読んでいて……」

 こんな事をいまさら――しかも全く関係のないセリシールへ――話してどうなる? と考えているのに、オレの口は勝手に動き続けて言葉を紡ぐ。まるで懺悔でもしているかのように……。
 セリシールはしかし、何も口を挟まず静かにオレの言葉へ耳を傾けていた。

「とんでもない田舎の山道を長々と歩き続けて。注意散漫だったんだ、足元の路肩が崩れてたのに気づかなくってな。班から独り離れて行動していたオレは、足をとられて滑落しちまった……結局、気付いたら母の診療所で寝てた。右手骨折……今の知識で言えば右上腕骨外顆骨折だろうけど……」

 あいまいな記憶では、前日までに激しい雨が降っていた。結構な山奥の施設近く、かなりの急斜面を落ちていった気がする。あの程度の怪我で済んだのは、本当に幸運だったのだろう。

「それで食事も出来ないから桜が……、ああ、えっと……妹みたいな幼馴染が看病してくれたんだ。さっきセリシールにオレがしたように、目の前でおにぎりを作ってくれたのを思い出した。その時のアイツの心配したような泣き顔とか、たまらなく美味しかったおにぎりの味、強引に看病されてパニックになった事なんかが一気に蘇って……、ちょっとな」

 母さんの診療所のベッドで目を覚ました時、ウサギのように目を真っ赤に泣き腫らした桜の顔を見て、思わず笑ったような気がする。
 そして当時仲の良かった友人――小学校卒業以来、一度も会っていないが――神無月の姿もあったように思う。
 今思い返せば、あの頃が一番……幼馴染や友人とよく会話していた頃なのだろう。夏以降のオレは、中学受験、そしてその先の勉強を見据え全く余裕などなかったのだから。

「あら、冷静なアキラ先輩にもそんなそそっかしい過去があったのですね。……あの、ところでそのマドモアゼル? サクラとおっしゃる方は、ええと、その……今は?」
「桜? ああ……日本にいる。事情があってさ、少しばかり長く入院しているけれど」

 邪気のないセリシールの言葉に、ドクンッと胸の奥が疼く。日本を発つ直前に見たアイツの美しい……生気の無い人形のように美しすぎる寝顔が、ありありと思い出されてオレの胸を強く揺さぶる。
 入院している、という言葉に何かを敏感に察したのだろうか? 気づかうような優しい微笑を浮かべるセリシール。

「それは……早く良くなる事を私も祈っていますわ。サクラ……という名前、決して他人とは思えませんから」
「ん? それはどういう?」

 器用にフォークを使ってウガリを口へ運んでいる彼女に問いかける。家族同然の幼馴染、桜と目の前に座っている金髪の女性に共通点が?

「私の名前、祖母につけて貰ったんです。祖母の故郷すぐ近く、ウエノ公園の花にちなんで」
「それは……」

 NGOへ出発する直前、東京の病院、幼馴染が入院している部屋から見えた満開の薄紅色の花びらが脳裏へ蘇る。

「ええ、そうなんです。桜ってフランス語でセリシールって言うんですよ。先輩」

 セリシールの鮮やかな微笑み。それはどこか……満開の桜を思わせるように、とても美しく見えた。


 ◆◆


 日、月、火、と3日間降り続けた激しい雨が嘘のように晴れ渡った今日、水曜日。
 けれど、そんな晴れやかな5月の空とは対称的に、ボクたちは不満たらたら……といった表情を浮かべつつ(一応舗装されているけれども)薄暗い山道を歩いている。
 そう、今日は校外レクリエーションという名目の社会施設見学の日。朝から7キロも歩いて山奥のゴミ処理施設場へと訪問し、1日見学を行なうのだ。

「あははっ、アキラ。なんでそんなに疲れた顔してんのさ。ほらっ、元気だせよ。歩くのって楽しいじゃんか」
「バカ、周りを見てみろ。楽しそうなのってお前くらいしかいないだろ? ったく、山道だから雨がまだ残ってるんだよ。すげー足元が悪くって、もう」

 オレンジ色のTシャツにデニム生地の半ズボン、お気に入りの真っ赤なスニーカー。鮮やかな水色のリュックサックを背負い笑っている親友……神無月恋。ボクはその親友に対し、息を切らしながら返事を行なう。
 この数日降り続いた雨の為か、山道へ葉や木の枝が落ちており、更に水溜りまで所々に出来ていて酷く歩きにくい。ただでさえ急勾配の薄暗い山道……出発当初は元気だった同級生達も、到着間近の今は疲労から無言のまま足を進めていた。

「うう、足が痛い。つま先がジンジンするよ」
「ふふっ、頑張れアキラ。あと少しじゃんか。ひっぱってあげよっか? あははっ」
「言ってろ」

 ボクの着ている白Tシャツのソデをからかうようにひっぱりつつ、天真爛漫な笑顔を向けてくる恋。いかにも楽しくってしかたないという……余裕綽々の表情。
 周囲を見ればまだ余力がある、という感じの生徒はスポーツで普段から練習を行なっている恋のような人達ばかり。といっても、その人達も7キロも歩き続け、けして元気一杯という訳ではない。
 やはり、陸上でアホのような走りこみを日課としている親友は別格と言える。同じ班のため、隣に歩いている恋は普段と変わらぬ頻度で話しかけてくる……ニコニコと笑顔を浮かべているのが信じられない。
 いや、もう1人。余裕たっぷりといった感じで歩いている生徒はいた。それは幼い頃から武道で鍛えられてきたというお姫様……。

「柊クン? 神無月クンと無駄口を叩く暇があるのなら、もっとピシッとしてくれないかしら? 私の目の前でイチャ……ダラダラとした歩き方! 同じ班として恥ずかしくて堪らないわ」

 新江崎さんの全く疲れた様子のない、凛……とした声が背中から響く。普段のブレザーではなくて、デニム生地のミニスカートにフリル付きの白シャツ、黒のスニーカー、黒髪に真っ赤なカチューシャをつけたスタイル。背負っている大きめのリュックサックには、有名ブランドのロゴが入っていた。

「……姫じゃなくって女王様だよ」
「柊クン!? 何かおっしゃいました?」

 まさか、ボクの口の中の呟きが聞こえたのか? ズイ……という感じで、恋を押しのけて隣に並ぶ新江崎さん。
 細い眉、キリッと艶のある唇、スベスベした頬の肌、恐ろしいほど綺麗な顔立ち……真っ直ぐな眼光がキリリと睨みつけてくる。とても小学生には思えない迫力。
 モデルのように整ったスタイルの為か、フリルの飾られたシャツの胸元が窮屈そうに膨らんで見えた。

「い、いや、何も……」
「ちょ、ちょっと新江崎さんっ、アキラの隣はボクなんだから! 元に戻って、隊列がぐちゃぐちゃになっちゃうじゃんか」
 
 ぷぅ……といった様子で頬を膨らませ、褐色の顔を少し赤く染めた恋が大きな声を出す。新江崎さんに負けじと、ぐぐっといった感じで彼女を押しのけ、ボクの隣に立つ親友。

「ちょっ……あら、神無月クン。そんなに隊列がお気になさるのでしたら、委員長らしく先頭に行かれたらどう? 私はこのだらしのない柊クンを指導しておきますから」
「……なっ」

 ピンク色の唇はニッコリと微笑んでいるのに、瞳が全く笑っていない新江崎さん。恋に押しのけられた場所――つまりボクの隣――へ細くて長い足を伸ばし、スッ……と入り込む。その動作は武道を長年鍛錬しているという噂通り、全く無駄がない滑らかな体裁きだった。
 恋よりも高い身長、スラリと長い手、細い指でサラサラの黒髪を耳へとかき上げながら、やれやれ……といった口調で話す。

「ア、アキラッ、黙ってないでアキラからも言ってよ。ね、ね? ボクの隣のほうが元気が出てピシッってするだろ? ね! そうだもんね!」
「あら、柊クンのようなタイプは、厳しく言ってあげる必要があるのです。私だって本当は隣になんて立ちたくありません。ただ、とてつもなくだらしないので、同じ班として仕方なく。ねえ、柊クン? あなたもそう自覚されているでしょう?」

 ボクの右には新江崎さん。そして左には親友の恋が立ち、ほとんど同時に言葉を投げかけてくる。

「あ……あの、いや、その……」
「ほら、そのだらしない返事。全くこれだから」
「ううぅ、アキラ! アキラからビシッって姫に言ってやってよ」

 ――ボクは何か悪い事でもしたんだろうか? ただでさえ長距離の歩行で足が痛く、カラダは疲労困憊。それなのにこの状況……。何かに祟られているとしか思えない。
 疲労と気疲れで、肩に背負ったバッグ――中身は、桜が作ってくれた弁当、水筒、お菓子、そして後橋市で購入した自称サバイバルグッズが入っている――がズッシリと肩に食い込んできたような気さえする。

「くっ、こっちはヘトヘトで足が痛くてたまんないのに……。なんで二人ともそんなに元気なんだ」

 どっちが良いとか悪いとかそんな事はどうでもいい、今はただひたすら歩くことだけに集中したい。話しかけてくる恋や姿勢を注意してくる新江崎さんには申し訳なく思うけれど、この元気な二人を同時に相手できる余裕なんてなかった。 色々と話しかけてくる二人から逃げるように少し早足で遠ざかり、ボクは脳をカラッポにしながら、ただ機械的に踏み出そうとして……、

「――ッッ!?」

 ほんの少し――わずか5センチくらい――だけ崩れて陥没していた路肩の部分へ偶然、左足をとられてしまったボク。バランスが崩れ、とっさに体勢を整えるべく右足の位置を踏み変え……しかし、そこに水に濡れた木の枝があって、
 
 ――パキリ、という不吉な音と共に足元の枝が折れ、ボクの体は完全にバランスを失った。
 
 路肩下の急斜面がはっきりと見える。緑の草が生い茂っている山肌、どこまでも滑り落ちていきそうな角度。フラフラとボクの両手が支えを求めて何もない空中をさまよって……。

「アキラッ!」
「柊クンッ!」

 ガッシリとボクの体、そして両腕が握り締められた。重心を低くしたタックルのような体勢で、安全な方向へ押し倒すようにぶつかってきたのは恋。普段の可愛らしい顔ではなく、燃えるようにキリッとした瞳。
 しっかりと両腕を握り締めてくれたのは新江崎さん。ミニスカートから生足を伸ばしスッ……と地面を踏みしめる。サラサラと長い黒髪をなびかせながら、合気道のような不思議な重心移動でボクの体を安全な方向へとズラしてくれた。

「大丈夫アキラッッ!?」
「柊クンッ、怪我は無い!?」

 ベタンッと思いっきり地面にしりもちをついてしまったボク。腰にしがみついたままの親友、腕を握ったままの新江崎さんが同時に話しかけてくる。
 二人の真剣な声色、強い意志を感じさせる眼差しが、恐怖でパニックになりそうだった心を落ち着かせていく。

「あ……う、うん。あ、ありがとう。恋、新江崎さん、助かった……」

 そんなありきたりな言葉しか浮かばない。一瞬、瞳に映った山肌の景色が蘇る。あんな急斜面へ、バランスを崩したボクが勢いよく倒れこんでいたら一体どうなっていたんだろう? 運が良くても怪我は避けられない。いや、下手をすると酷く危険な事になっていたかも。

「ううううっっ、バカアキラっ!! もう、もう、もうっっ、ぜっっったいボクの隣から離れちゃダメだかんね!!」
「――っっ、柊クン? 私の班から怪我人なんかでたらいい笑い物よ。本当に貴方という人は! フラフラしないようにしっかり監視しますから!」

 恋の半分泣きそうな顔、新江崎さんの――怒っているんだろう――赤く染まった頬。それぞれに拒否などできる訳も無く、従順に頷く。

「うっ、よろしくお願いします……」

 立ち上がり、肩に荷物を背負いなおしてボクは再び歩き出した。両隣を恋と新江崎さんに挟まれ、まるで連行される囚人のように。


 ◆◆◆


 ようやく施設に到着、長い休憩をとってから最初の簡単な見学を行なった。それで午前の部は終了。待ちに待った昼食タイム。
 あれほど疲労困憊していたのが嘘のように、皆はしゃぎながら友達とお弁当を拡げていた。

「アキラ、その唐揚げ、すっごくおいしそう。うぅ……いいなぁ」
「ったく、欲しいならそう言えよ。ほら、勝手にとれ。その鮭の切り身と交換な」
「うんっ。えへへ、いつもありがとアキラ。はいコレ」

 ゴミ処理施設(リサイクルセンター)という名前から想像も出来ないほど綺麗で明るい施設の敷地内。親友と日当たりの良いベンチへ向かい合わせで座り、モグモグと口と箸を動かしていた。
 恋のお弁当は作ってくれているおばあちゃんの趣向を受けて、野菜の煮物や焼き魚を中心としたメニュー。米も玄米入りと実に健康に良さそう……だけれども、肉が全く入っていないのが食べ盛りのボクら小学生にはきつそう。
 それとは対称的に、桜が作ってくれたお弁当は、エビピラフに唐揚げ、玉子焼き、キャベツとえんどう豆の炒め物、ハムとオニオンの和風サラダとボリュームが凄かった。

「おっ、この玉子焼きって中にチーズとツナが入ってる。桜のヤツ、いくらなんでもカロリー多すぎだろっ。……まぁ、味は美味いけどさ」
「へぇ、お弁当って桜ちゃんが作ってくれたの? ふーん、どうりで豪華なハズだよ」

 明るい5月の日差しを浴びながら食べるお弁当はとても美味しい。目前に座っている親友も、日に焼けた褐色の顔でニッコリと微笑みつつ、パクパクとご飯を頬張っている。

「いや、アイツの趣味なだけだよ。帰ったらきっちり感想を言わなきゃなんないんだぜ? たまんないよ」
「あははっ、桜ちゃんって可愛いトコあるよねー」
「どこが可愛いんだよっ」

 学校の休み時間に話す内容と大して変わらないのに、外だとまた違った感じがしてとても楽しい。陽射しは温かく、風景は山奥という事もあって緑豊かで美しい。
 帰りも7キロ歩くという事実さえ考えなければ、最高の環境と言えるかも知れない。周囲に散らばっている同級生たちも、仲の良い友達同士でワイワイガヤガヤと騒ぎながら楽しんでいる様子。
 と、そこに……。

「あっ、神無月君、柊君も。探したわよ。あのさ、姫……新江崎さんって見なかった?」
「やあ西道芝さん。姫? ボクは見なかったけど……。アキラは見た?」
「ううん。いつもの人たちと一緒じゃないの?」

 黒髪のおさげで眼鏡をかけた、いかにも真面目そうな生徒――隣のクラスの学級委員長、西道芝さんが声をかけてきた。
 ちょっとふくよかな体型で落ち着きのある雰囲気を持っている。

「それが違ったのよ、どこにもいないの。まさか帰ったんじゃないかしら? これだから我儘お嬢様って困るわ」

 お父さんが消防士、数年前にこの町へ赴任した際、家族ごと引っ越してきた西道芝さんはいわゆる『他所者』だ。しかしとても誠実で真面目、そして裏表のないサバサバした性格が皆に好かれている。
 が、それゆえに新江崎さんを頂点としたグループとは少々仲が悪い……というか、お互いに良い印象を抱いていない様子。西道芝さんは、新江崎家にもその周囲の親戚筋の取り巻きへも一切遠慮をしない。

「もういいわ……。神無月君に柊君、姫と同じ班だよね? もしも見かけたら先生が呼んでいたって伝えてくれる?」
「うん、了解」

 用件を言い終えたのか、そのままスタスタと他の人達の所へと立ち去っていく西道芝さん。そのがっしりした後姿を見送った後、ボクは恋と再び顔を見合わせる。

「ふーん、先生が呼んでるんだ……あ、そうだ! 先生って言えばさ、ここにも不審者が出たらしいって、さっき話し合ってた。この前は学校だったしさ、うぅ、ちょっと怖いよね」
「不審者って……あの、全校集会で注意されたってヤツだよね?」
「うん、そうだよ。あはは、アキラにしては珍しく覚えてたんだ。ちょっと意外」
「うっせぇ」

 恋の笑い声を聞きながらも、ボクの脳裏へは数日前に学校の図書館の窓から見た新江崎さんの姿が浮かんでいた。――誰かを必死に追い求めているように、余裕のない、まるで迷子の子供みたいだった姫の雰囲気。
 
「まあ怖い話は置いといて、姫、ドコ行っちゃったんだろう。さっきは楽しそうに見えたけど……ストレスかなぁ? お母さんが再婚するって、今、家が大変らしいもんね。姫の誕生日パーティーの準備も、色々トラブルばっかりって噂だしさ」
「へぇ……誕生日パーティー」

 恋の話にほとんど上の空で返事。
 脳裏に新江崎さんの様々な姿が浮かんでは消えていく。学校の体育館近くで会った時の事、図書館で顔を真っ赤にして怒っていた表情。そして……お父さんの事を話してくれた時の、誇らしげな、本当に嬉しそうな笑顔。

「……」
「アキラ、聞いてる?」

 頭の奥が、何かをささやき始めていた。
 心臓がドクドクと脈打ち、全身へ燃えるような血液が流れ込む。神経がギリギリと引き絞られた弓のように張り詰めていく。それはまるで、闘いに赴く前の戦士のよう。
 
 ――動け、手遅れになる前に。

「ちょっ、ちょっとアキラ? 大丈夫!?」

 目の前にある命を救いたい、理不尽な悲しみをほんの僅かでも減らしたい。そう思うから、どうしようもなく、そう願ってしまうからこそ。『オレ』は……そして『ボク』は。

「恋、ちょっとごめん」
「アキラ!? ちょっ、お弁当置いたままどこ行くのっ!?」

 この前買ったサバイバルグッズを詰め込んだバッグだけを持って、恋の驚いた声を背にボクは走りだす。足が向かう方角、それはカラダが勝手に決めてくれた。
 脳裏へ風景が浮かび上がる。それは経験したことのない記憶。けれど、まるでボクが体験したかのように、くっきりと細部までリアル。

 ――右腕を骨折し更に全身を強く打ってしまったボクは、何も出来ないまま母さんの診療所、ベッドに横たわっている。すぐ隣には桜、そして友達の恋の姿があって、あれこれと話しかけてきていた。

『もう、馬鹿アキラッ。新江崎さんがさ、昔お父さんとよくキャンプに訪れていた山じゃなかったら、もっと救助に時間がかかってたかも知れないんだよ。ほんと……、姫にお礼を言うんだよ。ったく、こんな事なら無理矢理にでも同じ班にしとくべきだったよ!』
『そうよ、兄さんの馬鹿。山歩きしながら単語帳を読むなんて……あきれて何も言えないわよ』

 白い病室の中、ベッドから逃げ隠れできないボクを、ここぞとばかりに責めてくる二人。怒ったような安心したような、複雑な表情。

『10メートル以上滑落してたんだから。ボク、吃驚しすぎてパニックでさ。その時に姫が、あの位置――アキラが落ちた場所――なら、処理場横の細いわき道から辿り着けるって先生に言って……』

 ――これは断じて『ボク』の記憶ではない。なら、未来の『オレ』の思い出なのだろう。どうして今、こんな事が勝手に浮かんできたのか? それはどうでもいい。
 ただその記憶に導かれるようにボクは走り、リサイクルセンターの横、細いわき道へと入り、先へと進んでいく。

「新江崎さんっ!!」

 そこでボクは彼女の姿を見つける。
 額から流れている真っ赤な血。瞳を閉じ、眠るように土の上に横たわっている姿を。



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