ライダーとアーチャー、そしてバーサーカーとの殺し合いはまだ続いていた。たった三人の戦いだというのに、それは数千人で兵戈を交えるよりも更に激しい。
闇の中で煌く天馬の輝き。闇に同化してもただ赤黒い眼光を放つ巨人。城の外壁や森の上を飛び回り、斬る為の武器を弓矢に使う男。それは確かに人間には規格外な戦闘だった。
ライダーの初撃でどれほどの体力を奪ったのか。そもそも奪えたのか怪しい程、バーサーカーは苛烈さを増していく。理性や知性は欠片も残って居ないだけにスタミナだけは底無しだ。
とは言え多勢に無勢という程ではないが、二対一である事は大きい。英雄という人を超越した人物がタッグを組めば、いとも簡単に戦力差は翻る。
逆にイリヤというマスターを守りながら、サーヴァント二体を相手にしている事の方が異常なのだ。そして巨人はマスターの傍に居ない二人を罵るように咆哮をあげる。
ライダーは幾度目かの緩急を付けた攻撃の最中、自身のマスターを思った。無論自分とてマスターの傍らで待機していたいのは本音だ。
しかし今ここでバーサーカーを倒すというのも立派な奉公という物だろう。慎二と桜を連れてこの巨体を相手に出来る気がしないのもある。
天馬は膨大な魔力を有している代わりに制御が難しい。騎兵のライダーだからこそ使いこなせるじゃじゃ馬と言っても過言ではない。
極限まで張り詰める集中力と、一撃で屠られるバーサーカーの攻撃をかわす緊張感。マスターの事を考える余裕がそこにあるかどうか・・・。
慣れというのも恐ろしい技能で、バーサーカーに一度与えた技は通じない。戦闘が長引くのも、バーサーカーがこちらと互角の位置まで登り詰めて来た事に他ならない。
ライダーはちらりと共闘しているアーチャーを見る。お互い協力しているつもりは毛頭無いと言った具合で、コンビネーションらしい協力技も無い。
ただ何度も猛攻をバーサーカーから受けながら、尚も戦うあの弓兵は何者なのか。今となっては多種多様な武具による剣戟が、バーサーカーの体力を地道に削っている。
ライダーがバーサーカーの体勢を崩し、そこに追撃を加えるアーチャーの一撃。そしてその攻撃を毎回耐え、バーサーカーがアーチャーへ切り掛かっていく。
この流れが何度も展開されている。言うまでも無く、一番苦しい立場に置かれているのはアーチャーだ。バーサーカーの攻撃は避ける事に心血を注いでも、それでも喰らう。
受け流す事も、受け止める事も、かわす事も出来ない。病み上がりの体でバーサーカーとこれだけ戦えれば大健闘だろう。
ともあれ終わりが見えない戦にも、思わぬ所から終焉を迎える事になる。一瞬だけ慎二の存在を知覚すると、その生命力が殆ど残されていない事に気付く。
ライダーの体がわなわなと震える。慎二が窮地に立たされ、今一人で闘っている状況に今更になって気が付くなど―――
「っ―――」
言い訳や卑下はとりあえず後回しで、一刻の猶予も無い。サーヴァントはマスターが居てこそのサーヴァントなのだから。
とは言えここで行けば、アーチャーの生存率は限りなく低くなる。自分が見捨てたように思われるのも何となく決まりが悪く、一瞬考えてしまった。そんな時
「居ても居なくてもそう変わらんよ」
まるで心を読んだかのように城の屋根の上からアーチャーが声を発する。言い方は皮肉なのに、酷く優しい心遣い。
普段から嫌みったらしいのにどうして憎めないのか、何となくその理由が分かる。表面の棘は照れ隠しで、心根は優しいからだろう。
「・・・すいませんが、我がマスターの命を優先させて頂きます」
「ああ」
「あなたもセイバーと合流したらどうです?一人で殺り合うのはいささか不利でしょう」
バーサーカーの一撃を大きくかわし、合流しながらの会話。ライダーは内心焦りつつもそう提言した。何となく敵前逃亡し過ぎな感も否めなくて、思わずそう提案してしまった。
目を閉じ、喉を鳴らして気障に笑うアーチャー。そして剣を複製し、バーサーカーに打ち放つ。その一撃は確実にバーサーカーの急所を捉え、喋る時間を作っていた。
「お前もマスターに毒され過ぎだ。本来の役割を思えば、マスターの救命を最優先するのは当然の事。俺のマスターは有能で、それに見合うだけの仕事をこなさねばならん。撤退して自身の無能を知らせるなど笑止千万。選択は二つに一つ。相手を散らすか、己が散るか」
「・・・」
バーサーカーの目に生気が戻り、こちらに跳躍してくる。アーチャーは背中越しにライダーに言い放った。
「お喋りはここまでだ、無駄口を叩く前に手足を動かすんだな。行け!」
そう言って奮起しながらバーサーカーに立ち向かう。ライダーは方向を変え、衛宮邸に向かう前に一言
「ご武運を」
そう言い残してマスターの元へ駆けていった。
******
猛スピードで衛宮邸に向かい、着く頃には慎二はほとんど死んでいる状態だった。死ぬ前の吐息だけが脳内に流れて来るのは酷く苦しい。
唇を血が出るまで噛んでも彼を救えない。幾ら人より能力が卓越しても、死者を蘇らせる事など自分には出来ないのだ。
衛宮邸の庭に結界が敷かれ、そこを突き破ると無数の首が彼女を待っていた。慎二は両手を生首に噛まれながら中に浮かされている。
傷の無い所など無い、無慈悲で過酷な状況でもまだ手に弓を手にしていた。その健気で前向きな姿勢に涙腺が緩む。早業で慎二に纏わり着く頭を一刀両断して自由にする。
抱きかかえる彼の温もりは小さく、目に見えて死にそうだった。周りにゆっくりと浮遊しながら近づいてくる生首、眼球、脳髄、ありとあらゆる器官達。
ゆらりと立ち上がり、ライダーは怒りと憎しみを込めて周囲のゴミを蹴散らしていく。一体主はどこにいるのか、ただそれだけが知りたかった。
「・・・違う・・・ここでも無い」
どこからともなく聞こえるが、未だに音源が分からない。辺り一体を血の海にして尚、本体が居ないのはどういう事なのか。後は慎二しか・・・。
そう思った時、慎二が口から大きく血を吐きうな垂れた。家の柱にもたれたまま痙攣を始め、目、鼻、口、耳、あらゆる出入り口から血が湧き出る。
ライダーはこの時涙を流しながら、慎二に向かって武器を構えた。
******
目を覚ます。いや、というより今の状況が分からないから状況整理から始まる。本当に目を覚ましてくれればいいのに、と切に願う。
「・・・ここは、教・・・室?」
どうも記憶が混濁していなければ、衛宮邸の庭で殺されかけた僕。『かけた』などと、もうこれは殺されたと見て間違い無いのかもしれない。
何となく自嘲的な笑みを浮かべてしまう。張っていた糸が途切れたように大きく息を天井に吐く。もしかして僕は自縛霊と言う物に分類されるのだろうか。
「別に僕、そこまで学校に思い入れ無かったように思うけど・・・」
そんな事を独りごちながら、無人の廊下を歩く。外も真っ暗で、というか闇しか見えないから何階を今歩いているかさえ定かではない。
意味も無く直進し続けると、一つの教室の電気が付いていた。もしかして同類の方が居て、あそこが避難場所なのだろうか。とりあえず今後の方針を知りたいので急ぎ足になる。
その教室は4年C組とやらだそうだ。『死』に被せた教室名に少し、ビビる。しかも中から楽しそうな声が聞こえれば、どうにも入りづらい。
「し、死神とか悪魔とか、ゆ、幽霊とか、止めてほ、欲しいなぁ」
自分も同じような存在の可能性が高い癖に思わずそんな事を口走る。そんな事を言っても怖い物は怖い。そして自分の身なりを見る限り、健常者のソレなんだ。
でも内部から漏れる声に危険な「ゲラゲラ」とか「ギェーッヘッヘ」とか「ヒョヒョヒョ」みたいな、明らかにやばい感じが無い。ただ普通の笑い声である事だけが頼りだった。
意を決してドアをこっそり開ける。今回はライダーも居ないので、中の様子を伺える。中では中央で机に座る男と、それを取り囲む鬼火。
男は犬耳と尻尾が生えていて、こちら側からは表情が伺えない。ひたすら独りで周りの魂みたいな物と話して、一人で腹を抱えて笑っている。
「え、マジ?おお、そんでそんで!ほぉ絶体絶命だわ、それは。しかも本当に絶命したって救いがねぇぇぇ!!」
なかなか激しい相槌で、喜怒哀楽もまた激しそうな情緒的な人物だ。僕としては川尻君みたいな人で少し安心してしまった。
僕が胸を撫で下ろして部屋を入ると、一斉に周囲に浮いていた火の玉が消えた。自分のせいなのかとかなり焦り、もう一度廊下側に後ずさる。
「ああ、ごめんごめん。ビビらす気は無かった。ていうかそんな事でビビるなよっ!あーまぁ俺と初顔合わせだし?しゃーないのかなぁ」
また独りで頬をボリボリ掻きながら気さくに話を進める男。振り返ってまた僕は言葉を失ってしまった。
「・・・またお前か」
犬セット(尻尾と耳)に気を取られてしまったけど、顔がまたしても僕と同じだ。僕は臨戦態勢を取って、ドアを掴み逃げる準備を整える。
「え、マジで?俺の事覚えてくれてんの!?うっはー兄さん記憶力いいわ」
どうもノリが違うから何となく警戒を解きそうになるけど、まだ分からない。変な蟲をいつ飛ばしてくるか、そして目的を知りたい。
「にしてはどうも様子がおかしいって。折角の再会だってのに、顔色険しすぎ!」
「ちょっと待て、様子がおかしいと感じているのはこちらも同じだよ」
軽い足取りで歩み寄ろうとする、犬男を右手で制し大事な事を確認する。何を考えて何を思って、このような場に僕を呼んだのかだ。
「目的は・・・何だ?」
きょとんとした顔をした後、犬男は大笑いを始めた。仰向けになるまで笑われると、酷く屈辱的になるのは僕だけじゃないはずだ。
「いやー、さっすが我らの兄さんだわ。俺もその質問は想定してなかったしな。いやはや流石ですわ」
一人またしきりに天井に話し掛けた後、勢い良く立ち上がった。そして長くなるから、座りましょうとだけ言ったんだ。
******
彼は僕の常識と言う物をぶち破ってくれる事をあっけらかんと言ってくれた。
「え・・・今何て・・・?」
「だからー、慎二はその体に一番適応出来る魂だって言ってんの」
ちなみに僕の事を「兄」と呼ぶのは遠慮して貰った。何だか居心地が悪いので。
「ちょ、ちょっと待ってじゃあ僕そんなに長く生きて無いって事?」
「長いっていうか色々試した結果、上手く行ったからそのままにしてるって感じ?まぁどれ程の期間生活してたのか知らねーしなぁ」
つまり目の前に居る彼も間桐慎二という訳で。僕はとりあえず多くの魂の中の一人という訳で。
「え、え、じゃあもしかして他にも僕候補居たの?」
「まぁなぁ、妖怪でも霊魂でも受精卵でも何でもござれだったけど。そんで俺が慎二の予備って訳、予備っていうか補佐っていうか」
尻尾を振りながらアピールされても今更どうすればいいのやら。補佐の割りに僕、今結構えらい事になってるんだけど。
「僕、てっきり死んでここに連れて来られたのかと思ったよ」
「いや、それで合ってる合ってる。というかもっと早く来るかと信じて疑わなかったのに!」
楽しそうに『もうちょっと早く死ぬと思ってた』とかみたいな事言われても。無意識に人を傷つける人というのは彼の事を言うのだろう。
「とりあえず死んでからでないと君に会えなかったって訳か」
気を取り直して話を続けていく。彼はちょっとこちらをじと目で見てくる。別に何かやらかした訳でも無いけど、何となく顔色を伺うのは小心者の僕ならではだ。
「慎二、ほんとーに人違いしてたんな!全く、喜び損だ、畜生。屋上で一度会ったあれが俺だっていうのに!」
僕は、左掌に右手で判子を押す仕草で「あ~」と納得を表した。というかあんな細かい所での出会いなんて・・・。道端ですれ違ったのとそう大差無いと思うんだよ、うん。
覚えている人居るか分からないけど、そう言えば屋上で自分の腕を犬に変えるなんて事した覚えがある。気味悪いし、エサ代とかそういう変な事を考えている内にそれっきりだけど。
目の前で本当に悔しそうに机をダンダンと叩く彼を見ていると、何だか僕が悪い気がして来た。。彼は僕が思っている以上にメンタル面が繊細なのかもしれない。
「ごめん、ごめん。僕もっと凶悪な方を思い浮かべてたよ。本当にごめん!」
僕は誠意を込めて、四十五度上半身を曲げる事を意識して謝った。片目を閉じ、腕を組んでじっとこちらを見ていた彼だったがやがて大きく頷いた。
「俺、寛大だからな!許してやる、まぁ俺器大きいからっ」
やたら器の小さそうな台詞をうんうんと頷きながら言う犬君。ああ、そうだ。彼の名前をまだ聞いていなかった。
「そう言えば・・・君、何て呼べばいいの?順序かなりおかしい気がするけど」
「あーそかそか、間桐慎二は売り切れだもんなぁ。うーん、俺犬だし犬にちなんだ名前の方が覚えやすいよな」
「・・・って、え、名前無いの?」
「そうとも!」
えっへん、という感じに威張って言う事じゃないと思う。ちょっとこの子が不憫に思えて来た。自分と同じ顔の子が名前無い事を堂々と言われると胸に来る物がある。
『ケン(犬)』にこだわりが合って食べ物の名前が良いとか。ケン縛りが苦しく、即座に思いついたのが『ケンタッキー』だった。
僕が心苦しそうにそれを伝えると、おお、と目を輝かせて「それでいい!」と快く了承してくれた。長いからこれからケンタと呼ぶ事になるけど。
「それで話を戻すけど、これから僕達はどうなるのさ」
「うーん、一応決まりがあるのよ。予備の俺って妖怪とか物の怪とかそういう類じゃん?そんでまぁ慎二は人間として生活送って来た訳だからさ、世界の見え方が変わる訳」
「・・・妖怪とかそういうのが見えるようになるって事?」
「まぁそれもあるし、何より寿命が無くなる。いや、勘違いしないで欲しいけど、殺されりゃ死ぬよ?でもそれは一時的な物で、また時間が経てば修復される。人間よか耐久力が付くわな」
不老不死になって、知り合いが死ぬ所を立ち会う事になるのか。それにお化けが怖いという弱音は論外、と。
「だからさぁ、まぁ何だ。臓硯の爺さん的に死んでもまだカムバック出来る奴が良かったんだろうねぇ。死なれたら困るの、あの人だろうし」
僕は聞き捨てならない言葉を聴いた気がする。咄嗟に聞こうと思った時
「あ、やべぇ!これマジで本体壊されるわ。桜の妹さんも居る事だし、まだやるよな?」
「え、あ、ちょっと待って、き、聞きたい事が・・・まだっ」
「はい、時間切れです!」
「色々待ってぇぇぇぇぇぇ」
そう叫んだ瞬間窓ガラスが全部割れて吸い込まれて行った。今更新しい人生の幕開けって色々困るよ、僕は!
―続く―
はい、どうも。まぁそろそろ慎二覚醒させないと敵と闘えませんしね。説明不足や、不必要な説明があったら申し訳無いです。頑張って書くので許してください。
ここに来て新キャラ「ケンタ」ですが。慎二がこれより大きく戦力が上がるかと。新しい事を書いたので手直しする所が多々あるかもしれませんが、逐一修正しようと思います。
本日もこのような駄文をここまで読んで頂き誠にありがとうございました!(謝)