僕はよくよく考えてみれば、セイバーさんと今までろくに話をしていない事に気が付いた。ライダーに任せっきりなんて申し訳無い。仮とは言え、今の僕はマスターなんだから僕も責任を持ってセイバーさんと話し合わないとね。・・・でも、やっぱりちょっと怖い。
セイバーさんは普段から鋭利な刃物のように研ぎ澄まされている一切の隙が無い人なんだ。僕みたいな隙だらけの人間を見て、呆れ果てた末に同盟破棄して殺されやしないだろうか。分別過ぐれば愚に返るとは言うけど、やはり僕はどうしても杯中の蛇影を見て委縮してしまう。
・・・ああもう、下手の考え休むに似たり!こんな事を考えている内にセイバーさんが寝てしまったらどうするんだよ。桜に決して危害を加えないというセイバーさんが悪人のはずないよ、うん。
僕はただ話をしたいなどという理由では門前払いを受ける気がした。そこで僕は衛宮君のご助力を願う事にしたんだ。
「と言う訳で、僕にお力添えお願いしますっ!」
お得意の僕の全力土下座を目に据えながら、衛宮君は目をパチクリした後に頤を解いた。え、今の僕そんなにアホっぽいの?彼はなおも可笑しそうにクツクツ笑い
「慎二、ありがとう。何だかお前見てると俺まで元気になるよ。ちょっと待ってろ。今お茶菓子と飲み物を用意するから。それから俺もセイバーちょっと苦手だったんだ。どうせだったら3人で話をしないか?」
「え、いいの!?僕はもちろんいいよ。衛宮君が一緒に来てくれるなんて百人力どころか千人力だよ。」
「なんでさ、そこまで凄いか俺?まぁ煽ててもお菓子と茶しか出ないけどな。」
褒められて満更でも無さそうに明るく話す衛宮君。それから僕達はセイバーさんの部屋、というか衛宮君の部屋に来ていた。セイバーさんの部屋は衛宮君の真横なので、必然的に衛宮君の部屋を介して顔を合わせる事になるんだ。
献呈の品としてお茶とお菓子の乗った盆を僕が持ち、衛宮君が襖の前に立つ。もう天皇陛下や総大将にご報告申し上げる気分だ。だって目の前の襖から闘気とか高貴さとか香気と言った、とにかく何かオーラが漏れ出ているんだよ。
衛宮君もかなり緊張しているのか、喉に唾液を流し込み深呼吸をしていた。自分の中で落ち着いたと判断したのか、小声で「良し」と掛け声を掛ける衛宮君。彼も内心かなりセイバーさんに気を遣っている事が伺い知れるよね。やっぱり生粋の苦労人だと思うよ、うん。
「セイバー起きてる――
スラーーー
衛宮君が最後まで聞く事無く即座に開かれる襖。
「起きています。どうかされましたか、マスター。」
僕達は餌を強請る鯉みたいにお互い顔を合わせて口をパクパクし合った。それでも意図は通じるんだ。もしや僕達って魚人?
ど、ど、どうしよう衛宮君。僕まだ心の準備出来て無い!
ば、馬鹿。さっき俺が深呼吸してたの見て無かったのかお前!
違うんだよ、まさか襖の前でセイバーさんが待ち構えているなんて夢にも思わないじゃないか。
俺だってもう頭真っ白で随徳寺をきめたいくらいだ。しかしここまで来て36計を発動させる訳にはいかない。そもそも俺セイバーのマスターなんだぞっ。
そ、それもそうだね。ああ、そうだまずは食べ物で釣ればいいじゃないか!
そうだぞ慎二、盆を上下して慌ててる場合じゃない。早くそれを彼女に!
僕達の見事な以心伝心で、僕は彼女に自分達の分も乗っているのにも関わらず
「ど、どどっどどどうぞ!!お供えの品ですので、どうかお納め下さい!」
風を切りながら頭を下げ両手でお盆を差し出す僕。何だか苛められたくないから、お金を渡すいじめられっ子になった気分だ。もしくは逆カツアゲ。逆カツアゲとはカツアゲされている訳では無いのに、被害妄想の果てに自ら金品を差し出す行為である。
セイバーさんは無表情に僕達をただ眺め冷えた声で
「・・・あなた方は私を愚弄するためだけに呼んだのですか?」
ゾクゾクゾク
本格的にやばいオーラが放たれ、僕と衛宮君は互いの距離を更に密着させた。そしてこんな時にさらに僕はえらい事に気が付いた。僕は衛宮君に小声で
「え、衛宮君!ヒソ」
「どうしたんだ、慎二。ヒソヒソ」
「僕セイバーさんと話そうと思っていた話題リスト居間のテーブルの上に置き忘れて来た。ヒソ」
「ば、馬鹿!そんな事を命の分かれ目の際に立たされてるこの状況で言うな!ヒソヒソ」
「で、でででもこのままじゃ、僕達完全にセイバーさんを小馬鹿にしに来た痴れ者に・・・。ヒソ」
「大丈夫だ、そこは俺が何とか―――
「・・・楽しそうな所悪いのですが、もう下がってもよろしいか?」
その瞬間、僕達は瞬時に姿勢を正し息を合わせたように首を横に振った。
「ま、まぁ何だ。せっかくお茶菓子も用意したんだ。ちょっと俺達との小話に付き合って欲しい。」
「・・・マスターがそう言うのであれば従いましょう。」
釣られてる、釣られてるよ衛宮君。セイバーさん滅茶苦茶見てる、お菓子見てるよ!僕は内心歓喜の声をあげながら、事態が好転した事に喜んだ。
僕と衛宮君はお詫びの印として、お菓子を全部セイバーさんにあげた。セイバーさんはお菓子で陥落する私ではありませんよ。と言いながら自分の下に全部のお菓子を手繰り寄せていた。当然命知らずな突っ込みは入れません。その後はむはむ美味しそうに食べ、時折頷いているセイバーさんだった。セイバーさんの機嫌が直った所で僕達は話をする事にした。
「セイバー、もう傷口の方は大丈夫なのか?」
「うん、本当に。お腹から出血していたようだから僕も心配していたんだ。」
質問を受けセイバーさんは頬に膨らんだお菓子をお茶を飲み込んで一気に流し込んだ。ほっぺに付いているお菓子のかすへの突っ込みも当然入れません。
「はい、問題はありません。バーサーカーに受けた傷なら概ね回復しています。ですがランサーの傷は少々厄介でまだ癒えていません。それでも今の状態であれば、バーサーカー以外のサーヴァントには引けを取らないでしょう。」
「へぇぇ、サーヴァントの人って本当に凄いもんだねぇ。僕なんてあんな傷負ったら数カ月くらい入院してそうなもんだよ。」
「いえ我々は個人差があるので一概には何とも言えませんが。私には自然治癒が備わっているだけですね。そしてシンジ、あなたは感心している場合では有りませんよ。そもそも本来我々は対立する関係。こんな所で無駄話に興じてないで対策を練ったらどうなんです。」
「そう言うなってセイバー。今はまだ慎二もライダーも仲間だろ?ならお互いの交流を深めたって別にいいじゃないか。」
「・・・ふぅ、マスターのあなたがそんな認識では先が思いやられる。聖杯を取ろうとお考えなら仲間であれ身内であれ、最終的には剣を付き立てなければならないのですよ。」
「お、お前――
セイバーさんに食い下がろうとしている衛宮君を僕は片手で制した。ここは僕に任せて、衛宮君。僕がそういう決意の籠った目で衛宮君を見つめると、衛宮君は心得たように頷いてくれた。
「・・・確かに。セイバーさん、別に僕は馴れ合うとかじゃれ合うために話し合いに来た訳じゃないので安心して下さい。ただあなたが未熟で半人前以下の僕と手を結んでくれた事に心から感謝しているんです。そしてあなたの事をもっと深く知っておきたいんです。」
「ほぅ・・・それは私の人となりを知って優位に事を運ぶためですか?」
「その一面も否定はできませんが・・・。しかし僕と衛宮君は本質的に考え方は同じなんですよ。そして恐らくその中にセイバーさんも含まれている。」
「持って回った言い方はよして頂きたい。何が言いたいのです、あなたは。」
「無益な争いや流血は望んでいないはずですよ。ここにいる三人はね。」
「・・・。」
「ああ、そうだセイバー。サーヴァントだからマスターだからって理由で殺すなんて絶対駄目だ。慎二や遠坂みたいに良い奴かもしれないってのに。」
「・・・まぁその考えには僕も概ね賛成だよ、衛宮君。セイバーさん、出来る事なら僕達だけでも諍いは無しにしませんか?聞く所によるとあなたは無抵抗な人間に危害は加えないそうですね。」
「・・・ええ。」
「ならば僕とライダーは喜んで全面降伏いたしましょう。セイバーさんや衛宮君を殺してまで、聖杯を欲してなどいませんから。そして何より桜が悲しみます。だから可能な限り僕達と一緒に争い以外の道を探しませんか。あなたの願いを存じ上げていないので何とも言えないのですが。」
僕の顔を真剣に凝視していたセイバーさん。しばらく経ち彼女はゆっくり目を瞑り大きく頷いた。
「いいでしょう、私もシンジの行動をさりげなく見てきましたが姦計を巡らせているとは思えない。親睦の証として私の事をセイバーとお呼び下さい。そして普段通りの口調で接して頂いて結構です。」
僕は喜色満面の笑みを浮かべ、手を友好の握手を差し出しながら
「これからもよろしくね、セイバー。」
固い握手を交わすのだった。それから衛宮君に
「何で俺だけ衛宮『君』なんだよ。不公平だぞ。」
とちょっと不機嫌そうに言われたので今後は士郎君と呼ぶ事になった。そっちじゃないよ、と笑いながら怒られたけど、何も言われなかったので不満は無いみたい。じゃあ士郎君で良いって事にしとこう、うん。
これからどう進展するのか分からない。けど僕達は頑張ってやれる事をやるしかないよね。
―続く―
はい、完全和解完了致しました。最後どうなるのかはまだ考えてませんが、とりあえず今の所はこれで良しとしましょう。それでは失礼します。
本日もこのような駄文に目を通して頂き誠にありがとうございました!(謝)