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No.23296の一覧
[0] 【ネタ】猿(十二国記)[saru](2010/11/06 15:28)
[1] 2匹目 魔猿公[saru](2010/11/06 15:29)
[2] 3匹目 斎王君・李真[saru](2010/11/13 19:39)
[3] 外伝 猿が州侯になったわけ[saru](2010/11/14 11:08)
[4] 4匹目 蘭州侯・姫公孫[saru](2010/11/13 20:19)
[5] 5匹目 斎麟・紫微[saru](2010/11/28 20:56)
[6] 6匹目 延麒・六太[saru](2010/12/04 23:05)
[7] 7匹目 海客・中嶋陽子[saru](2011/04/01 17:03)
[8] 外伝 半獣・楽俊[saru](2011/04/04 11:02)
[9] 8匹目 将軍・劉李斎[saru](2011/04/10 11:15)
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[23296] 7匹目 海客・中嶋陽子
Name: saru◆3f7abc8f ID:4e91d614 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/04/01 17:03


 黄金の気配を感じた。
鍬を置き、千里の彼方に意識を飛ばす。
麒麟。
本来、蓬莱山か、各国に存在していなければならぬ神獣が黄海にやってきている。
 はて、と自問する。
今現在、幼い蓬莱公は存在したかと。
少なくても、俺の覚えている限りではいない。
ならば、これは魔猿公の威を知らぬ若き神獣の無謀なる挑戦ではない。
何か明確な目的を持ってこの地にやってくる相手だ。
 囁くように告げた。
「如何なる御用か」
「!?」
 千里の彼方にある麒麟がびくりと震え、周囲を見渡した。
囁きにすぎぬそれは、木霊(こだま)によって千里の彼方へ運ばれたのだ。
千を越える時を生き抜いた妖術使いであるからこそできる小技である。
「この地は神威の届かぬ試しの地。御身は既に主を頂く麒麟であると見受けるが如何か?」
 すう、と麒麟は息を吸うと近くにある叢雲に乗り、転変する。
現れたのは金の髪を持つ女、麟である。
雲上に立つ女はどこか張りつめたものを感じさせる声で答えた。
「甚大なる霊威を示されるお方、あなたの身辺を騒がせる無礼、詫びさせて頂きます。私は巧州国宰輔、塙麟。主の命にてこの地に住まわれるという先の蘭州侯にお目にかかりに参った者です」
「ほう?」
 随分と面白い口上だった。長いことを生き、様々な名で呼ばれてきたが、『先の蘭州侯』と呼ばれた覚えはあまりない。
もっぱら魔猿公、あるいは先の猿州侯とばかり呼ばれてきたためだ。
だから、ついこう返してしまった。
「貴女はなかなかに興味深いお方の様だ。宜しい、奇門遁甲を解く故、我が庵に来ると良い。茶の一杯は馳走しよう」

 琥珀色の茶をティーカップに注ぐ。
「これは?」
「この前、蓬莱に行った時に手に入れたもんだ。いや、蓬莱の貴人が飲んでいる光景が中々に様になっていたんでな、今度客人が来た時にでも使用しようと思ってたのさ」
 ざっと百年近く前、現在の供王君が誕生した頃のことだ。
貴人に仕える従者の動きがあまりにも見事であったので、それを真似したかったのだ。
 そう言うと塙麟は目を瞬かせ、こちらと手元の紅茶を見た。
笑い、
「世に名高き、先の蘭州侯がそのように俗事じみた方とは思いませんでした」
「俺は元からこの様な存在だが、失望されたかな?」
「いえ、貴方はそれで良いと思います」
 そう言うと、塙麟は一口ティーカップに口をつけた。
おいしい、と女は笑った。
「それで、主を頂いている麟がはるばる黄海にきてこの身に何の御用かな?」
「…………」
 本題を投げかけると途端に女は俯いた。
いやな予感がする。
けれど女は言うべきではないと分かっている顔をしてそれを告げた。
「私は主上の代わりとしてここに参りました。これから伝えます言葉は御身にとって大変耳障りであることは分かっておりますが、主になり替わりまして御身に願い奉ります」
 一息。
「主上はこう申しました。我が国に災いをもたらす焔の如き髪を持つ海客を御身に打ち取って頂きたいと」
「はて」
 嗤って返す。
「どうも俺の耳は悪くなってしまったようだ。今何と申されたかな、塙王君の名代殿。俺の耳がおかしくなっていなかったとすれば、この猿を凶手として雇いたいといったような気がするのだが、まさか仁獣たる御身がそのようなことを申されまいな?」
 妖魔としての本性を剥き出しにして、撤回しろと告げる。
けれど、顔を青くしながらも金の女は首を振った。
「いいえ、先の蘭州侯、貴方の耳は何一つとしておかしくはなっていません。私は一字一句違えず主上の言葉を御身にお伝えいたしました」
「ほう……」
 嗤う。
「では、死ぬか?」
 伸縮自在の法で取りだした冬器をつきつけ告げた。
それに塙麟は目を伏せた。
「例え、私がここで討たれようとも主上は止まりますまい。天意に逆らうと知ってなお、主上は大逆を成そうとなされている」
 その姿に殺す気が失せた。
「失せろ」
 白けた声でそう告げた。
「仁獣が粛々と悪行に手を貸すから何事かと思えば、遠回しな自殺か。趣味の悪いことだ。それが人を巻き込むとなればなおのこと。案外、貴女の主の蛮行もそれじゃないか?」
 パンと手を叩くとその場より塙麟の姿が失せた。
奇門遁甲を用いて万里の果てへと放り出したのだ。







「死ぬんだ。飢えて疲れて首を刎ねられて死ぬんだ」
 蒼猿が凶言を放つ。それに陽子は渾身の力を込めて剣を撃ち放った。数多の妖魔の血を啜ったその一閃は過つことなく蒼猿の頭を胴体と泣き別れさせることだろう。
「もったいないな、おい」
 その介入がなかったらの話だったが。
 流水のごとく透き通る刃を止めたのは鈍色の塊だった。鉄塊をつかむのはこれまた猿であった。その猿の体毛は蒼猿と異なり常識の内にあったが、けれども唯の獣ではあり得ぬことに服を着ていた。品こそは陽子が来ているような襤褸であったが、しかし妙に妙に違和感がない。
 しばらく様子をうかがっていると、猿はぎょろりとどんぐり眼を陽子に向けた。
「おいおい、確かに俺はお前さんの邪魔をしたがね。そう身構えられると、ちと傷つくんだが」
 気付けば陽子はいつでも斬りかかれるように身構えていた。これはケイキに付けられた異形のせいだけではありえない。陽子自身がこの猿に脅威を感じていたために知らずの内に構えていたのだった。
「あなたはなに?」
 今にも打ちかかろうとする体をその場に留めるのに多大な労力を使いながら、陽子は猿に問いかけた。するとふむ、と顎に手を当て猿は首をかしげた。
「何者か、か。妖魔・魔猿公といってもお前さんに分かる訳はなし。……まあ、今回はこう名乗っておこうか。おまえさんを害することをとあるバカに依頼されたものだと」
「ッ!!」
 全身の筋肉を緊張させる。先程の一合で陽子は自身がこの猿に圧倒的に劣ることを悟っていた。多くの死線を潜り抜けたとはいえ、所詮陽子は長年平和な日本というぬるま湯につかってきた一般人に過ぎない。
それがこれまで、妖魔とやり合えてきたのはケイキのつけた異形のおかげだ。しかし、姿を見せずとも分かる。明らかに陽子に付けられた異形はこの猿を恐れていた。
「ああ、そう恐れずともいい。依頼はされたが受けた訳じゃないんでな。寧ろ、忠告を差し上げようと思ってここに参上した訳だ」
「忠告?」
「ああ、忠告だ。――そうだな、早々にこの国を出て隣国、慶は荒れているから奏か雁あたりに行くと良い。この国に居る限り、お前さんは命を狙われ続けることだろうからな」
「なに?」
 今、この猿は何と言った? この国に居る限り、陽子が命を狙われ続けることになると言わなかったか? だとすれば……。
「あのっ」
「聞くのは構わんが、俺は答えないぞ?」
「!?」
「随分と不思議そうな顔をするがね、今回の助言もバカが気にくわなかったから意趣返しにやっただけだ。昔ならともかく、今の俺はもう人界と関わる気はあまりないんでな」
「……依頼主を教えてもらうのは?」
「最初はそうしようかとも思ったがね。正直、教えても今のお前さんじゃまず活かせんよ。無意味だ。ならどうしようかと思ってたんだが……」
 そして猿は蒼猿に近づく。
「ちょうど良いものがあった。暴走しているみたいだが、これは宝重だろう。あんたが壊そうとしていたのを防いだことで意趣返しは終わりとしよう」
 猿が蒼猿に触れると見る見るうちに蒼猿は形を崩す。蒼猿が崩れ、猿の手に握られていたのは失った筈の鞘だった。
「剣と鞘は二つで一つの関係だ。唯の剣でもそうだが、宝重となればとくにそれが顕著だ。片方が失われれば、災いとなる。蓬莱のアーサー王伝説にある聖剣とその鞘の関係の様なものだな、これは」
――今何といったこの猿は。
アーサー王伝説と言わなかったか?
それはこの猿が元の世界を知っているということではないだろうか。
「まあ、あれとこれとでは関連性が薄いか。いやいや、年を取ると己の薄学をひけらかしたくなって困る」
「待って」
「ん?」
「なんで、貴方がアーサー王伝説を知っているの?」
「そりゃ、本で読んだからに決まっているだろうが」
「どこで」
「日本でだ。こっちにはそんな本はないからな。……?」
 不思議そうに陽子を見る。だが、そんな猿の様子など陽子には気にならなかった。
見付けた。帰るための道しるべを。
「教えて、教えてください!貴方は知っているんでしょう!? この世界から帰る方法を!!」
 その猿がどれだけ恐ろしいものが本能的に察知していながら、陽子は猿に掴みかかった。
本来であれば、陽子は猿に近づくこともできなかっただろうに、けれど、積もり積もった執念が顔を出し、不可能を可能に変えていた。
「帰りたいんです、帰らなきゃならないんです! ここに私がいてはいけない、私がいると災いをまき散らすんです! 両親も私のことを心配してます! それなのに……」
 叫び
「どうして私はここに連れて来られなければならなかったの……」
泣き崩れた。
 それを見てしばし猿は目を瞑る。瞼を開いた時、それまであったどこか飄々とした態度は消え、唯真剣な面持ちがあった。
「俺はおまえさんを返すことはできる。だが、したくはないな」
「どうして!?」
「そりゃ、返してもすぐにお前さんが死ぬからだ」
「えっ?」
 今、この猿は何と言った?
驚く陽子を不思議そうに見ていた猿は、何事かに気付いたかのようにポンと手を叩いた。
「ははあ、お前さん何も知らんと見える」
 うむうむと頷き、
「簡単に言えばな、お前さんの命はもはやお前さんのものではない。麒麟の拝礼を受けたその命は天に召し上げられ、国のものになっているのさ」
「くに……?」
「おおよ。玉座が空の国はいくつかあるが……そうさな、恐らくはケイだろうな。つまり、お前さんはケイジョオウというわけか。ははあ、道理で暗君が大逆の的に選ぶ訳だ」
「なにを言っているの?」
 理解できない。
陽子は目の前の猿が何を言っているのか、まるで理解できなかった。
そんな陽子を見て、猿はどこか慈しむような、憐れむような目をした。
「まあ、今のお前さんに理解できるように言えば、お前さんが日本に帰ればお前さんは死ぬということだ。それも多くの人間を道連れにしてな」
 どうして。
「あなたも私を災いだというの? 猿なのに、妖魔なのに、ここの人たちと同じように」
「いいや? お前さんは災いじゃない。だが、お前さんがなんなのかは俺の言うことじゃあないな、お前さんの下僕が言うべきことだ。まあ、死にたくなったら黄海においで。そしたら、お前さんを故郷に帰してやるから」
 とん、と蜻蛉返りを打つ。
「待って!」
 けれども既に時遅し。
怪猿は霞の様に消え失せていた。
残ったのは、茫然とした陽子と、蒼猿が姿を変えた剣の鞘だけだった。



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