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No.23296の一覧
[0] 【ネタ】猿(十二国記)[saru](2010/11/06 15:28)
[1] 2匹目 魔猿公[saru](2010/11/06 15:29)
[2] 3匹目 斎王君・李真[saru](2010/11/13 19:39)
[3] 外伝 猿が州侯になったわけ[saru](2010/11/14 11:08)
[4] 4匹目 蘭州侯・姫公孫[saru](2010/11/13 20:19)
[5] 5匹目 斎麟・紫微[saru](2010/11/28 20:56)
[6] 6匹目 延麒・六太[saru](2010/12/04 23:05)
[7] 7匹目 海客・中嶋陽子[saru](2011/04/01 17:03)
[8] 外伝 半獣・楽俊[saru](2011/04/04 11:02)
[9] 8匹目 将軍・劉李斎[saru](2011/04/10 11:15)
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[23296] 5匹目 斎麟・紫微
Name: saru◆770eee7b ID:4e91d614 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/11/28 20:56
 才国、宰輔・斎麟は次なる才州国の国主を見つけるまでに実に7年もの時を必要とした。
通常ならばこれほどの年月を経れば、国は滅ぶほどではないとはいえ荒れる。
けれども、現実の才国は沈んでいなかった。
通常、王のいない国は陰陽の理が乱れ、天変地異が起こり、妖魔が湧く。
無論のこと、才国も例外ではない。けれどもこの国においてそれらは大した問題とはならなかった。
魔猿公。先帝が一匹の大妖魔を旗下に迎え入れていたためだ。
 蘭州侯・姫公孫の名を先帝より下されたこの妖魔は、王不在の才国に出現する妖魔の尽くを湧くが早いか退治し、陰陽の理が乱れたことにより起こった天災に対し変化の術を使い、嵐のときには堤となり、日照りの時には雨と化し民を救った。
 故、王が7年居らずとも大した問題とはならず才は繁栄を続ける。
才の民は語る、遵帝によってこの才は不滅となったと。
 王無きままで大国であり続けた才国、だというのに皆が望んだ新王当極から僅か5年にして台輔は失道し、才は沈もうとしていた。

 蒼白な顔をして紫微が衾褥に横たわっている。
彼女は身の回りの世話をする女官が一人としていなくなったのを確認すると、虚空に呼びかけた。
「公孫、いますか?」
 本来ならば無意味な独り言であろうそれだが、けれどここには彼女一人ではなく俺がいる。
「問われるまでもない」
 この場に存在するのは体毛を媒介とした身外身の術による分け身に過ぎぬが、常に紫微の影に遁甲し続けるそれを通して俺は答えた。
「それで、何用だ?」
「おわかりでしょうが、終わりが近い。長くは持たないでしょう」
「一月もてば奇跡ではあるな。見た所あと半月、いや一週間といったところか?」
「半刻も持たないでしょうね」
「何故?」
 それはありえないと俺には断言できた。
なぜならば、この女が使令を失ってより常に分け身を使い守護してきたのだ。
この女がいったいいかなる状況にあるかなど本人よりも分かっている。
故に問いかけの一言が出た。
何故だと。
「だって、私はここで貴方に食べられるのですから」
 さらりと言われた言葉。けれど、俺には何を言っているのか理解できなかった。
「今何と?」
「私を食べなさいと言ったのです、公孫。死しても残る者はあるでしょうが、生きている方が我が身に宿る力の吸収の効率は良い筈です」
 淡々と目の前の麒麟は信じられぬことを言った。
「…………」
「正直、あと半月も主上の為に苦しみたくはない」
 そう仁獣である筈の獣は嗤った。
その美麗な顔はひどく歪み、妖魔もかくやと思わせる形相であった。
けれどその表情はすぐに崩れ、顔を手で覆う。
「苦しむのならば、あの方の為に苦しみたかった。――どうしてあの方を奪った天の意志に従って、新たな主上の為に苦しまなければならないのですか。あまりに理不尽だ。あの方は苦しむ民を助けたかっただけだというのに」
今更それを言っても仕方ないだろうに。いや、或いは今だからこそ言えるのか。
本来麒麟とはその性、善にして情理を解する獣。
故に憎む、などの行為は行えない。
今、彼女の身に起こっている失道という状況にでもならなくては、だ。
「憎いのか?」
「ええ、憎いです。あの方を奪った天も、あの方の築いた才を滅ぼす主上も、それを止めることができなかった者達も」
「俺もか?」
「…………」
 どろりと重苦しい情念で濁る瞳を紫微は俺に向けてくる。
しばしの沈黙の後、紫微は首を振って俺の問いかけに答えた。
「分かりません」
 無言で続きを促す。
「憎くないと言えば、嘘になるでしょう。けれど、貴方はあの方の望みを叶えて下さった。それが例え私の望みと反することであっても、貴方はあの方の意志を尊重した。ならば、あの方の臣下としてどうして貴方を憎めましょうか」
 もはや、目の前の女は麒麟ではないのだろう。
この女は今の自分が得ている望まぬ苦しみが李真の望みに端を発していると分かって、罪のない他者に八つ当たりをしている。
李真はこの女がこの様に苦しむことなど分かっていた。
俺もまた知っていた。
けれど、李真の望みを叶える為に、俺たちはある意味でこの女を切り捨てた。
李真は王として、また男として紫微を生かしたかったからこの女の意志を無視した。
これはその結末である。
「ならば、李真の意志を尊重する俺が、お前を喰らうわけがないということも分かっているな?」
「でも、それでは貴方に利点がない。私も苦しまなければならない」
「知ったことか。この猿が損得や他人の都合で動くと思うな。我は猿の中の猿、魔猿公とも呼ばれた至高の猿よ。道理など知らん、俺は成したいことを成したいままに通す。だから、お前は苦しんで死ね。死んだら荼毘に付して李真と同じ棺桶にぶち込む予定だからな」
「え?」
 驚いたように紫微は俺を見た。
「何を驚く。俺は李真から女の世話を頼まれた。ならば、あいつの女だ、同じ墓に入れるしかないだろう。冥府で爛れた生活でも送るがいいさ」
「は、ははは……」
 紫微は泣いた。
「ははは、それじゃあ、もうちょっと苦しまなければいけませんね。ええ、公孫、貴方の言う通り冥府ではあのお方と蜜月を過ごすことにします」
笑いながら。
「そうしろ」
「ええ、そうさせて頂きます」
 だって、と紫微は言葉を切り。
「私はあの方の女なのですから」
そう笑って言ったのだ。



 紫微が死んだ。
そのことを宮中の誰もが知らぬ中、俺は采王――李真が覿面の罪を犯した故に国氏が斎から采に変わったのだ――に会いに行く。
「それで猿州侯、如何なるようじゃ?」
 白髭を生やした禿頭の老爺、元々はどこぞの里の閭胥に過ぎなかった男だ。
名は知らない。
何度か聞いたような気がするが、興味がなかったので覚えなかったのだ。
「暇を請いに来た」
「な……!?」
 開口一番の台詞に采王は愕然としている、何故だろうか?
「何故じゃ!?」
 こちらの内心の疑問に采王は答えず、逆にその困惑を吠えてきた、何故だと。
何故、か。
「紫微が死んだからな、もうこの国に用はない」
「紫微……?」
 采王はその名が示す者が分からず困惑する。
当然だ、この男は李真が斎麟に下した字を知らない。
一度として最後の斎麟に字があるかを問うことなく、ずっと斎麟の呼び名で通してきた。
まあ、それも仕方ないことなのかもしれない。
 紫微の字を知る者はあまりに少なく、傍仕えの女官ですら恐れ多くて字で呼ぶことはなかった。
だから知る機会がなかったといえばそれまでとなる。
「斎麟のことだ。躯は傷一つとしてなく仁重殿にある。綺麗なもんだよ、あの子の使令はあの子を護る為にみんな殺したからな。ついでに一つ提言しときたいんだが、あの子はこのまま荼毘に付して葦山に封ずるが良いと思うが如何か?」
「待て」
 血の気が引いて蒼白となった顔に脂汗を浮かべ、采王はこちらに言葉を放ってくる。
「それは何か、猿州侯、お主は台輔がなくなった故、儂を――引いては才を見捨てるということか。遵帝登霞の後も才州国を守護し続けたお主が!?」
「まあ、そういうことになるな」
 軽く頷くと采王は血走りの走る目を剥き出しにし、激昂した。
「何故だ! 天意のみならず、何故お主まで儂を見捨てるというのだ!! 儂に玉座にある資格がなかったならば何故天は儂を選んだという!!」
 絶叫だ。
僅か5年、けれども五年もの長きに渡り玉座に縛り付けられ、どんどんと沈んでいく国を見続けさせられてきた男の叫びだ。
 答える必要などない。
なかったが、気が変わった。
「お前は何か勘違いをしているようだから、いくつか教えてやる」
 まず人差し指を立てる。
「まず、第一に俺はそもそもお前にも才にも仕えた覚えはない。元より猿州――かつて蘭州と呼ばれていた地の州侯の座は李真に嵌められた所為で、いつの間にやら、なっていたものだ。まあ暇だったから何となく続けていたけどな、あの男がいなければそもそもこの国に居る理由はないよ」
「では何故、今の今までお主はこの国にあった? 才に愛着があったのではないのか。それとも何か、台輔に懸想でもしていたというのか」
 フンと鼻で笑う。
共に笑止、そのような理由ではこの猿は縛れない。
「この国に残っていたのは、一重にあの阿呆に女のことを頼まれていたからにすぎない。他人の、それも尊敬できる男の女に手を出す趣味はないよ。まあこの国、特に猿州に愛着はあったがね」
「ならば、何故!」
「――それとこれとは話が別だろう?」
「なっ……」
 理解できぬものを見たかのように采王は震えた。
無視して、中指を立てる。
「第2にお前はさっき、玉座を預かる資格などなかったと言ったがね、それはあり得んよ。お前には間違いなく、王たる資質はあった」
「あり得ぬ! そうであれば何故、大国であった才がたかだか5年で沈むというのか!」
「そりゃ、お前」
 ボリボリと頬を掻く。
「李真の後だったからだろうが、ほとほと運がないな」
「遵帝の後であったからじゃと?」
「ああ、俺や紫微を筆頭として、あいつの代からの臣下は皆、才じゃなくてあいつ個人に忠誠を誓っていた。だからどうしても王というものに李真の影を求めてしまう。お前は李真じゃないのにな。それで、勝手に失望して誰一人としてお前を認めない。そりゃいくらお前に名君たる資質があろうと国は沈むさ。天意も同様だ」
「は……」
 壊れたかのような笑みを采王は浮かべた。
「ははは、何だそれは……。何だそれは!? それでは儂のこれまではいったいなんだったという! 天意に選ばれたからこそ、玉座についたというのに、何なのだ、それは!!」
 憤怒の声。
崩れた表情を隠すために、采王は顔を手で覆う。
しばらくの後に、それが除かれた時にその瞳には炯炯たる光が宿っていた。
獣性を感じさせる光だ。
 かちりと鯉口を切る音がした。
「俺を殺す気か?」
 白刃が走る。
「面白い」
 まずは小手調べと参ろう。
本来ならば、踏み込みからの一撃にて殺害するがこの猿の業。
なれど、今それをするは無粋。
魔猿公と恐れられていた頃であれば別だが、今の自分は誇るべき男より姫公孫の名を与えられた空前の猿。
なれば、技を交わし、その上で超越することこそが我が誉れ。
故、最初の数手は譲るとしよう。
 剣線を見切り、ふわりと後方へと飛ぶ。
まさに紙一重、薄皮1枚を断ちかねぬ距離にて回避する。
続く上段からの袈裟掛けは半歩立ち位置をずらすことで掠らせもしない。
更なる追撃は下段からの切り返し。
「許すものか……」
 その全てが並大抵のものではない。
元がどこぞの里の閭胥とは思えぬほどの剣のさえ。
「絶対に許すものか! 儂の性はそのような下らぬことで終わるとでもいうのか!」
 避ける、ずらす、避ける。
飽きた、本当は100手ほど譲ろうとも考えていたが、もうめんどくさくて堪らない。
 采王の続く一手――大上段よりの斬り下ろしを完全に無視し、ゆるりと一歩進む。
「何ぃ!?」
 すり抜けた。
少なくとも采王にはそう見えたことだろう。
実際はただの体捌きにすぎぬそれだが、けれどあくまでも常人の範疇に収まる程度の武人にすぎぬ采王ではそうとは分かるまい。
 ポンとゆるく握った拳を采王に当てる。
「がッ!?」
 その一撃で采王の体は崩れた。
追撃は行わない、ただ静かに見降ろすのみ。
「何故じゃ……」
 采王より悲哀が零れる。
「何故殺してくれぬ」
 思わず同情したくなる、その声。
だが、
「知ったことか」
そう、知ったことではないのだ。
「どうせ、麒麟は既にない。お前は遠からず死ぬのに何故俺が手を汚す必要がある?」
 この上ない侮蔑、もはや怒る気力もないのか采王は視線を上げることはなかった。


それからのことを話そう。
まず、紫微だが彼女は国葬された。
荼毘に付された後、その灰は遵帝の墓へと納められた。
これは現王が強く望んだからだという。
 その王は、それ以後失意のうちに死亡。
諱をして失王という。
どうやら国と猿とを同時に失ったせいらしい。
 それまでを人に変化したままで見届けると、俺は200年ぶりに黄海に戻る。
一度として何かを得ることのできなかった王に哀悼の念を捧げながら。


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