とある病院、そこで一人の男がその一生を終えようとしていた。自宅へ帰る途中に体調を悪くして検査入院した、その日の夜のことだった。
国は終戦こそむかえたものの、彼は戦争の英雄であり、それだけに医者も必死に治療しようとしているが、もう体の方が限界だったのだ。
「もう眠っても良いか」
主治医に向けたそれが彼の最後の言葉となった。
その顔は穏やかであり、一目見ただけでは、まるで眠っているかのようであるが、その心臓はすでに停止しており、二度と動くことは無かった。
こうして英雄と呼ばれた元戦闘機パイロットはその人生に幕を降ろした。
はずだった。
視界に光があふれてくる。沈んでいた意識が戻ってくる。
体は一向にして動くことは無いが間違いなく生きている。
生の実感を体全体で確かめながら、しかし、あの時間違いなく死んだという記憶を持ちながら、男、いや元男と言うべきか、彼は現状の確認に努めだした。
(ここは……どこだ。俺は死んだのではないのか)
すぐ近くから二人の人間の声が聞こえてくる。
彼の聴覚が確かであるならば、それは男性と女性の声であった。
「あなた、この子の名前は決まりましたか?」
「ああ、この子は美緒だ。坂本美緒、それがこの子の名前だ」
「美緒……わたしの大事な可愛い娘、これからよろしくね」
こうして、一度死んだ男、前世において英雄と呼ばれた男は世にも奇妙なことに二度目の生という、おそらくだれ一人としてしたことのないであろう経験をすることとなった。
作者が読みたいストライクウィッチーズ
「あの少女ですか」
「ああ、彼女があの宮藤博士の娘、宮藤芳佳だ」
「ごく普通の女学生にしか見えませんが……坂本少佐、彼女は本当に有力候補なのでしょうか」
扶桑皇国横須賀基地近郊、そこに一組の男女がいた。
察するに女性は男性の上官なのだろう、少佐という呼称と合わせて二人が軍属であることがうかがえる。
彼らの視線の先には二人の少女、学校帰りなのだろうか、かばんを持っている。
雑談をしているようだが距離があるためここにその会話が届くことは無い。
こちらには気づいていないようだ、無論、気づかれないように少し離れた崖の上から観察しているのだから当たり前のことではあるが。
女性の名は坂本美緒、扶桑皇国海軍遣欧艦隊第24航空戦隊288航空隊に所属している。階級は大尉、しかし現在は連合軍第501統合戦闘航空団に出向している関係から、階級が一つ上がって少佐扱いとなっている。
男性の名は土方圭助、階級は兵曹、扶桑皇国海軍に所属しており、先に書いた坂本少佐の副官である。
ネウロイとの戦争が激化している中、このような所まで理由なくくるほど二人は暇ではない。
上層部からの命令で優秀なウィッチとなる可能性を持つ少女の勧誘を行うための任務についているのだ。
美緒は本来、扶桑からやってくる援軍艦隊の護衛としてやってきていた。
艦隊の補給が完了するまでの間、手が空いていたところに勧誘の仕事が回ってきたのだった。
無論、ウィッチの勧誘を行う人員は本来別に存在するが、ウィッチが勧誘した方が入隊しやすい、美緒は宮藤博士の研究におけるテストパイロットをしていた、ウィッチ候補の住所と基地との距離とが近いなど、諸々の理由から美緒が勧誘任務を受けることとなった。
「彼女の実家は魔法を利用した診療院だ、母と祖母が治療しているらしい。
二十歳を過ぎて魔法力を失わないのは才能あるウィッチである証拠だ。
魔法の才能は遺伝する、彼女もおそらく優秀なウィッチになるだろう」
彼女の手元にはこの勧誘任務を受けるにあたって渡された資料がひろげられていた。
彼女の年齢、身長、体重、家族構成の他に、学業成績、運動成績なども収められていたが、どちらも平均的で、目立った所は無かった。
一緒に載せられている数点の写真から、宮藤芳佳は二人の少女のうち、髪の短い方だとわかる。
「それに──」
「それに?」
「……いや、なんでもない。そろそろ彼女の実家に向かおう、土方、車を出してくれ」
「はい、わかり──」
「きゃあああ!」
「どうしたッ! 何があった!」
「どうやら急にハンドルを切ったことで荷台の二人が投げ出されたようです!」
「怪我をしているかもしれん、車を出せ、すぐに下に向かうぞ」
「はい!」
二人が現場に辿りついた時に見たのは、胸部から血を流す民間人を宮藤芳佳が治癒魔法で治療している姿だった。
その姿を見た時、土方は初めて目にする治癒魔法に対する驚きと、怪我人が治癒されていることに対する安堵とを浮かべていたが、歴戦のウィッチである美緒が感じたのは焦りだった。
(魔力に無駄が多すぎる……)
当たり前のことだが一般人が治癒魔法を必要とするほどの怪我を目にすることはほとんどない。
そんな怪我を目にするのは怪我と隣あわせの世界にいる軍人か、その怪我を治すことを仕事とする医者くらいなものだ。
日常で目にする怪我など、せいぜいかすり傷や切り傷、酷くてもねんざ程度であろう。治癒魔法を使えたとしてもそれを使う機会はほとんどない。
それは彼女が魔法の制御に慣れていないことを意味する。
かすり傷や切り傷ならば多少魔力に無駄があった所で治すには十分である。
しかし今回の怪我はそのような軽いものではなく、しかも怪我人はまだ十代の少女だ、放っておけば死ぬこともあり得るだろう。
治癒魔法が拙いならば、魔力を無駄に消費するようでは十分な治癒は行えない。
無理に治そうとすれば魔力の枯渇によって術者が命を落とすこともあり得るだろう。
(このままでは拙いな……)
坂本は彼女の肩に手を置き、話しかけていた。
「落ち着くんだ宮藤」
「あ、あなたは?」
「意識を乱すな、怪我を治すことだけに集中しろ」
「肩の力を抜いて、魔法をコントロールするんだ」
(魔法を……コントロール……する)
はじめて聞く声に従って親友を治療し、しかしその途中で、宮藤芳佳、彼女の意識は途切れた。
(とりあえず危険な状態は乗り越えたか)
「あ、あんた方は?」
「はじめまして、私は扶桑国海軍所属の土方です、あちらの女性は上官の坂本少佐です。
お怪我はありませんか?
あの少女なら大丈夫でしょうが万が一があってはいけません、車がありますからそれで近くの診療所まで連れていきましょう」
土方は運転していた老人男性──怪我をした少女、山川美千子の祖父で、名前を山川藤宏という──にそういうと坂本の所までやってきた。
「坂本少佐、二人を近くの診療所まで連れて行きましょう」
「ああ、ここから近い診療所なら宮藤の実家だろう。土方、二人を車に乗せてくれ」
「わかりました……すみませんが二人を車に乗せるのを手伝ってもらえないでしょうか」
「わ、わかりました。美千子を、お願いします」
「あなたも乗ってください。
事故の状況を説明しなければならないでしょうし、念のためあなたも診療所で診てもらったほうがいいでしょう」
五人を乗せた車は、散乱したスイカを残したまま、宮藤診療所へ向かって走って行った。
その後ここを通りがかった人がその惨状に驚き、迷惑していたことは全くの余談である。
「みっちゃん!!」
意識を取り戻した芳佳が最初に口にしたのは、彼女の親友の名前であった。
ここがどこか、どうして意識を失っていたか、普通なら出てくるであろう疑問よりも先に友人の名前が出てくるのは友達思いの彼女らしい。
ここは宮藤診療所、宮藤芳佳の母の宮藤清佳と祖母の秋本芳子の二人が経営している診療所である。二人は治癒魔法を使用できるためその評判は高い。
治癒魔法は特に外科治療において絶大な効果を発揮し、熟練した治癒魔法使いは骨折などの手術が必要となる症例でさえたちどころに治してしまうとまで言われている。
そのため仕事中に怪我した人がこの診療所を訪れることは絶えないが、二人は外科専門というわけではなく、治癒魔法を用いた治療しかできないというわけでもない。
「大丈夫よ」
「え?」
芳佳の耳に飛び込んできたのは聞きなれた女性の声、母の声であった。
そこで、芳佳は自分が診療所にいるのだということに気がついた。
患者用のベッドの上には自分が探していた美千子ちゃん、みっちゃんの姿が見え、その前では母と祖母が治癒魔法をかけている。
「傷もふさがったし、後も残らないでしょう」
「よかったぁ」
その言葉を聞いてようやく緊張が解けたことが、傍目からもよくわかった。
「相変わらず力の使い方がなっちゃいないね、気持ちばかりが先に出て」
「………………」
「誰かのために何かしたいってのはわかるけど、私たちの力は使い方を覚えないと、自分の命を落とすことになるんだよ」
諭すように話しかけるのは芳佳の祖母だ。
彼女は先達の治癒魔法使いとして、芳佳の祖母として芳佳に無理をしてほしくないのだ。
「…………わたしだって……わたしだってお母さんやおばあちゃんのようにみんなを助けたいの」
「それに…………」
「約束、したから」
「そう落ち込むな」
「うん…………え?」
思わず返事をしてしまったが話しかけてきた声に聞き覚えは無い。
いや、聞いた覚えはあるのだが知り合いにこんな声の人はいなかったように思う。
驚いて声の方向に目を向けると、年のころは二十歳前後だろうか、白い軍服の見知らぬ女性が正座してこちらを見ていた。
まず目についたのはその右目を覆う眼帯だ。眼帯をつけているということは右目が見えないのだろうか。
眼帯をつけている人などそう多くないため、失礼なことかもしれないが、どうしても目が行ってしまう。
その後、無意識に胸に目をやった後──同年代の扶桑の女性は胸が慎ましいため、この時点で芳佳は自分の性癖に自覚が無かった──彼女と目を合わせた。
「わたしが見たところお前の才能はずば抜けている。
訓練すればお前は素晴らしいウィッチになれるだろう」
「ウィッチって…………って、あなたどなたですか!」
「っと、すまない。挨拶がまだだったな」
「私は連合軍第501統合戦闘航空団、通称、ストライクウィッチーズ所属、坂本美緒少佐だ。よろしくな、宮藤」
「……よ、よろしくお願いします」
「みっちゃんとあなたをここまで運んできてくれた人よ」
「運んで?」
(あっ、みっちゃんに魔法をかけてた時に助けてくれた声の人だ)
「私たちは強大な魔力を持つ将来有望なウィッチを探しているんだ。
お前の魔法を見せてもらった。まだまだ未熟とはいえ訓練次第では素晴らしいウィッチとなるだろう」
「えへへ、ありがとうございます」
「ふむ、そこでどうだろうか? 軍隊に入り私たちと一緒にネウロイと戦ってみないか?」
「え?」
「そ、それは」
「うちの孫を軍隊に連れていくおつもりですか?」
突然の勧誘に芳佳の頭はその言葉を十分に理解できていなかったようだが母と祖母はすぐに難色を示す。
当然のことだろう、いくらネウロイが侵略行為を行っているとはいえ大事な娘や孫が命の危険がある軍隊に行くことを喜ぶはずがない。
母、祖母としては可愛い芳佳には安全なところで育ってほしいのだ。
「軍隊…………お断りします! わたし、学校を卒業したらこの診療所を継ぐんです!」
軍隊という言葉を認識した時には芳佳は断りの返事を返していた。
芳佳は戦争が嫌いである。
それは大好きな父が戦争によって奪われたからであり、そのことで幼少期は随分と寂しい思いをしていたからだった。
軍隊に入るということは戦争をすることである。
そんなことをするよりもこの診療所を継いで一人でも多くの人を救いたい。
だから芳佳は軍隊に入りたくなかった。
なんといわれようと絶対に軍には入らない。そう言おうとしたが、
「……そうか。いや、すまなかったな。別に無理に入れというわけではないんだ、嫌なら入らなくて構わない」
「診療所を継ぐという夢があるのに誘ってしまって悪かったな、許してくれ」
「……え?」
芳佳が何か言うよりも先に相手があっさりと引き下がってしまった。
あまりにあっさり引き下がったので、一瞬なんと言われたのかわからなかったほどだった。
しかも頭を下げてこちらに謝っている。
「さ、坂本さん、頭をあげてください。こっちが困っちゃいますよ」
「いやいや、自分の道が決まっている人に対して道を曲げろと言ったんだ、頭くらい下げておくべきだろう」
「いや、でも、そんな……」
「軍人さん」
話に入ってきたのは芳佳の祖母、芳子だった。
これほど真剣な眼をした祖母を、芳佳は知らなかった。
「軍人さんは、うちの孫を、芳佳を軍に勧誘にきたんじゃないんですか?」
「……ええ、事故のためこの様な形になってしまいましたが、本日は有力なウィッチ候補である宮藤芳佳さんの勧誘にうかがうつもりでした」
「それがなんで急に引きさがったりするんですか?
ネウロイとまともに戦えるのはウィッチだけだと聞きます。
有力候補ならばなおさら入隊させたいんじゃないですか?」
「…………私は軍人なので上官の命令には従いますし、勧誘して来いと言われれば勧誘しに行きます。
しかし私の個人的な意見としては、いくらウィッチだからといって民間人を軍に入れるのは反対なのです」
「戦争とは軍人の仕事です。
不必要に民間人を巻き込むわけにはいけません」
「たとえそれが人間同士の戦争であり、民間人を人質にとればその戦争が有利になるとしても、やってはいけないことなのです」
「それが私の、坂本美緒の考えなのです」
「…………そうですか。
先程は失礼な態度をとって申し訳ありませんでした、どうか許してください」
「いえ、お孫さんが目の前で軍隊に勧誘されたとあれば当然のことだと思います。
こちらも配慮が足りず、申し訳ありませんでした」
「………………」
結局美緒はそのまま帰ることになった。
外はすでに暗くなっており、虫の鳴き声が聞こえてきた。
「今日は失礼しました。美千子さんが目を覚ましたらよろしく伝えてください」
「こちらこそ、娘とその友人を助けていただきありがとうございました。
何もない所ですが、また来てくださいね」
「坂本さん、今日はありがとうございました」
「ああ、十分魔法の訓練をして立派な医者になってくれ」
「はい!」
「……ああ、そうだ。これを渡さなくてはいけなかった」
そういって美緒は荷物から封筒を取り出して芳佳に手渡した。
「これは……なんですか?」
「わたしの名前が書かれた紹介状だ。
それを持って横須賀基地まで来てくれればわたしに会うことが出来る。
軍隊に入りたくなったらいつでも来てくれたまえ」
「ええっ! わたし軍には入りませんよ!」
「はっはっは、いや、わかっているさ。
しかしわたしも今日は仕事できたからな、一日かけて何の成果もありませんでしたでは怒られてしまう」
「『入隊させることは出来なかったが紹介状を受け取ってもらえたので、今後、入隊する可能性は高い』くらい言っておかないといけないんでな。
わたしを助けると思って受け取っておいてくれ」
「は、はあ。そういうことならもらっておきます。で、でも、軍隊には入りませんからね!」
「その紹介状をもって基地に来ない限り何も起こらないさ。
軍といったってそう乱暴な組織じゃないからな」
「若いのに大変ですねぇ」
「確かに大変ですが誇りを持っている仕事ですから。
多少の手間は苦労に入りませんよ」
「それでは、失礼します。帰るぞ、土方」
「はい」
「暗いので気をつけて帰ってくださいね」
「坂本さん、さよーならー」
手を振って見送る芳佳に手を振り返しながら、二人は車で帰って行った。
「少佐、いいのですか?」
「ん? なにがだ?」
「宮藤芳佳のことです、彼女のような優秀なウィッチが軍に入ってくれればネウロイとの戦いもぐっと楽になるでしょう。
治癒魔法の使い手が戦場に出れば死傷者もずっと減るはずです。
多少強引にでも勧誘してしまった方がよいのでは?」
「……やる気のない味方は足手まといにしかならん。
無理やり入れるぐらいなら心変わりを待つか、彼女の娘が生まれた時に勧誘に行くでもしたほうがずっと建設的だ」
「それに──」
「彼女はきっとウィッチとして空を飛ぶ。きっと、な」
「なにか理由でも?」
「わたしの勘……ということにでもしておいてくれ」
主人公の前世紹介1
・撃墜王と呼ばれたエースパイロット
こんなストパンSS読みたいなーって前々から思ってたけど誰も書いてくれないので自分で書いてみた。
誰か続きとか似たようなSSとか書いてください。
自分で書いてて展開とか会話とか地の文とかが気持ち悪いなーとか思ってるけどこれが限界でした。
どこをどう直せばいいか助言お願いします。