「えーっと……」
石壁に囲まれた遺跡の中を進む人影が三つ。そしてそれに追随する動物の影も一つ。
その集団の戦闘を行く男二人の後ろで、リーザは困惑していた。
気まずそうに眉をハの字に曲げたまま、先を歩く二人を見やればパンディットも心配そうに喉を鳴らす。
無論モンスターの蔓延る遺跡内で油断する様なパーティーではない。
戦いとは無縁だったリーザもここ最近ではすっかり慣れ、エルクやパンディットの援護なしでも対一で対応できる。
そもそもこのヤゴス島の封印の遺跡内で、彼らを脅かす強力なモンスターはいないのだ。
そんな中、リーザの浮かべる困惑の理由とは。
それはエルクの態度にあり、そしてジーンの態度にもあり。
ずんずんと先を進む男二人は確かにリーザにとって頼もしいのだが、様子が余りにもおかしいのだ。
事あるごとに双方共に互いの動きやら表情やらを見定め、じいっと見つめた後に無言で歩きだす。
互いの様子を観察していると言うか、なんと言うか。
どちらにしてもその異様な状況にリーザは困惑を覚え、そして気味の悪さも覚えていた。
男二人が互いを気にし、しかし言葉には出さない。
煮え切らぬ空気。
(も~……何なんだろ)
腰に手を当て、困ったようにパンディットに視線を向ければ、彼女の愛犬もまた困惑したように声を上げていた。
彼らが遺跡内に再び入っている理由は勿論、ヴィルマーとの約束を果たすための機神発掘。
リーザ自身としては初めて見るロボットに好奇心が少しばかり疼いていたのだが、そこはやはりモンスターの巣窟。
ひょっとしたら封印されている魔物が、などという不安も抱いていた。
しかし昨日の夕食時からエルクとジーンの様子が目に見えておかしいのだ。
エルクは前にも増して無口になり、ジーンは軽口を言う気配すら見せない。
ぼーっとしていた所をリアに話しかけられて意識を戻すジーンなど、余りに不自然過ぎた。
無論、リーザはその変化を双方に直接聞いてみた。
しかし返ってきたのは納得のいかない曖昧な返答。
エルク曰く。何でもない。
ジーン曰く。何でもない。
さすがのリーザもこれには眉を顰めた。
しかし此処でずけずけと喰い下がるわけもいかず。
もやもやとしながら一晩過ごし遺跡内に再び入る準備をしていれば、昨晩と変わらぬ二人の姿があった。
だからといって遺跡探索に影響が出たかと言えばそうでもない。
相変わらずエルクの槍技は冴えに冴え、放つ炎は遺跡内のアンデッドを容赦なく屠っていく。
ジーンはジーンで自らの役目を知っているがごとく、飛びまわるバットを風の刃で切り裂いていった。
パーティーとしては何一つ文句のないメンバーではある。
前衛をパンディットに任せ、中衛前衛を入れ替わりながらジーンとエルクが動く。
後衛には勿論リーザが。
最初こそ女の子に前衛は任せられないという過保護な理由からの決定だったが、今となっては重要な援護役。
これほどにバランスのいいパーティーはないだろう。
なのに何故こんなに妙な違和感を抱きながら戦わねばならないのだろうか。
度重なる戦闘に少しだけ疲弊の影を見せたパンディットにキュアをかけながら、リーザはため息をついた。
といっても変わり映えのしない遺跡を歩けばうんざりしつつあるのはエルクたちも同じ。
機神の階へ降りる頃には既に二人の様子もいつもと変わらぬものになっていた。
「なんだか面倒なことになってきたな」
「同感。爺さんもさすがにあのポンコツに手を出すのは止めた方がいいと思うけどなぁ」
「で、でもあのロボットさんを助けないとヒエンが……」
三者三様。
といってもエルクとジーンの内容は同じようなものではあるが、目的である機神が埋もれた壁の前に三人はいた。
目的の機神は相変わらず壁の中で不気味な眼を光らせ、完全に機能を停止しているのかどうか微妙なままの姿でそこにある。
所々壁の土が削れているのは、面倒だと言い放つなり力づくで掘り起こすと提案したエルクのもの。
手持ちのソードで全力の剣撃を叩きこめば、壁がほんの少しだけ欠けただけで、エルクの手を痺れさせるばかりだった。
脳筋。ぼそりとジーンは呟いた。
しかしそれが功を為したのか、動かぬはず機神が目と思われる部分を金に光らせ、言葉を発した。
グロルガルデがどうだの。七英雄がどうだの。封印された力がどうだの。
はっきり言えばエルクたちにとって意味不明な単語の羅列であり、そもそも機神はヒエンに対するただの交換条件に過ぎない。
その言葉の大半を聞き流した後、結局彼らに重要だったのは『そこから出られるか』ということである。
知能の高そうな物言いと見識の深さを感じさせる言葉を話す機神であったが、残念なことにそれを聞く人間には興味のないことだった。
そしてそんな興味の抱けない話の中に、今は朽ちつつある機神の力を取り戻す部品の話があった。
パワーユニット。
何でも同遺跡内の最下層に封印されるユニットを使えば、機神自ら壁より抜け出ることが出来るのだとか。
そもそも、この壁そのものが機神を封印する術式が掛けられているらしい。
うさんくせー。ぼそりとジーンは呟いた。
しかし自ら解決策を提示し、さらにその鈍重そうな身体をわざわざ誰かの手で運ぶ必要がなくなるのであれば是非はない。
面倒だ。止めた方がいい。などと愚痴を零すエルクとジーンの尻を叩くようにしてリーザは二人を急かした。
年齢こそ三人揃って同じように見えるが、その実、何だかリーザが姉気質のようなものを時折見せる面子であった。
◆◆◆◆◆
手強い。
狭い遺跡内にも関わらず、その翼を広げ飛び周るガーゴイルと死神を捉えつつエルクは思った。
今まで出会ったモンスターはどれも貧弱なバットか、動きの遅いアンデッド。
アンデッドの不死能力によるしぶとさは面倒だったが。
エルクが手に持つ槍は基本相手の間合いにより攻撃することを前提にした装備だ。
マミィの格闘戦。バットの急襲。
どれも一般人からすれば驚異のものだが、凄腕のハンターのエルクからすればただ猪突猛進してくる獲物の群れでしかない。
しかし、今エルクたちが相手をしているのは、空を飛び、さらに槍まで装備したモンスター。
さらに遠距離から魔法を仕掛けてくる死神。
成程、確かにパワーユニットを守るにしては十分な戦力だ。
ふとエルクは納得したように視線を隣に戻せば、ジーンもまた面倒そうにため息をついていた。
「全く……あのオンボロくんは何なんだかね? こんな訳の分からん魔物まで襲ってくるし」
「どっちにしたって倒すことには変わんねーだろ」
「ま、そうだけどよ」
眼の前にいきり立ち、逃さぬとばかりにじりじりと間合いを測る魔物の群れを前に二人は軽口を叩く。
エルクは槍先を若干上に上げたまま構え、ジーンは既に魔法の準備に入っている。
パンディットはその牙の生えた口に冷気を溜め、リーザは短刀を投げる体勢に入っている。
遠距離からの一斉掃射。
狭い遺跡内であるからこそ、ジーンの魔法やパンディットのブレスは効果を発揮する。
逃げ場の多い屋外では矢鱈めったら魔法を放っても当たらないだろう。
「グロルガルデ様ノ敵に死ヲ!」
魔物の内の一匹。
エルクたちが降りてきた最下層にあったパワーユニットの前で番人の如く立ちふさがった死神が吼えた。
グロルガルデ。エルクたちにはまるで関係の無い話である。
「なぁ、リーザ」
「なぁに?」
「ぐろるなんとかって知ってるか?」
「ううん。知らない」
エルクとしては学が足りず、ジーンとしては孤島の住人。
唯一見識が高そうなリーザでも知らないとすれば……そもそもオンボロのことなんて誰も知らないか。
エルクは自身で納得すると開戦の声を上げた。
「さぁ、かかってこい! お前ら如きに時間なんざ取ってらんねーんだよっ!」
それを聞くや否や、ガーゴイルの二匹が低空飛行をしながら飛びかかってくる。
狭い狭いとは言ったものの、さすがに天井近くを鬱陶しく飛びつつけられれば厄介だが、どうにもそこまでの狡猾さはないらしい。
所詮モンスター。
ガーゴイルの特攻に合わせてコールドブレスを吐いたパンディットを横目に、エルクはにやりと笑みを浮かべた。
「オオオオオォン!!」
聞く人間の心すら奮い立つ咆哮と共にパンディットが吐いたブレスは、湿っぽい遺跡内に冷気の渦を作っていく。
地を、空気を、そしてガーゴイルを凍らせていく吹雪。
一撃でガーゴイルを氷の彫像にするほどの威力ではないが、確かに突貫してきたガーゴイルの動きが鈍った。
「逃がさねぇ!」
追撃。
両手を前に向けたエルクは即座に魔法を唱え、炎の嵐を創り出した。
ファイアーストームによる氷と炎の連携。
視界と動きをコールドブレスによって鈍らせ、動きの止まったガーゴイル達を燃やしつくす、なんともえげつない攻撃。
耳に障る断末魔を上げながら灰へと変わっていく二匹のガーゴイル。
弱い。
エルクが呟けば、薄くなった炎の壁の向こう側から天上付近を飛んでくるガーゴイルが視界に入った。
二度も真正面から突っ込んでくるほど馬鹿ではないらしい。
「リーザ! ナイフ!」
「え? あ、うん!」
叫んだのはジーン。
背後にいるリーザに振り向くことなく手を伸ばし、短刀の何本かを貰い受けた。
既に事細かに説明がいるほどちぐはぐな連携をしてしまうチームではない。
ただそれだけでリーザはジーンの言う事が理解出来た。
投擲。
ジーンとリーザが投げたナイフは未だ手の届かぬ高度にいるガーゴイルの翼へと吸い込まれるように投げられた。
その光景に、そういえばジーンは刃物の扱いに優れているということを思い出したエルク。
それよりも何だか同時にナイフを投げる二人の姿が何だかお似合いのように見えたのが、心にささくれを作る。
「ギャッ」
短い悲鳴。
見事に深々とガーゴイルの翼に刺さったが、それでもすぐさま地に落ちるほどの手傷を負わせたわけではない。
しかし既にジーンは行動を始めていた。
ナイフによる投擲と同時に――――魔法の詠唱。
「斬り裂け!」
腕を横に薙ぎ払えば、少しばかり高度を下げたガーゴイル二体を巻き込むようにして刃の嵐が巻き起こる。
ウインドスラッシャー。
既にガーゴイルの悲鳴など聞こえない。そんな隙さえ許さない。
火に焼かれた羽虫のように無様に地に落ちたガーゴイル。
絶命させたというわけではないが、それでも既に虫の息であった。
そこへ。
「私に任せて!」
未だ息の根の止まらない二匹に自然と舌打ちが漏れ出たエルクが振り向けば、何やらリーザが見覚えのない魔力を手に宿していた。
すぐにジーンにも疑問を視線で投げ掛けるが、どうやらジーンにもリーザのやろうとしていることは分からないらしい。
そんな一瞬のやり取り。
気付けばリーザが地面に両手を押し当てて叫んだ。
「アースクエイク!」
リーザの声に応えるように地響きが鳴り、地にひれ伏していたガーゴイルを突如現れた土の突起が勢いよく弾き飛ばした。
いつのまに新しい魔法を。
驚愕に眼を見開くエルクと、口笛を吹きつつ笑うジーン。
「いつまでもお姫様じゃないみたいだな、エルク?」
「……にしてもえげつねー追撃だとは思うけどな」
「ははは……はは」
えへんと胸を張るリーザを見ながら、ジーンとエルクは乾いた笑いを漏らしていた。
いつ使えるようになったのか。
元々地面に埋もれたマミィや、この状況でなければ使えないガーゴイルやバット相手では機会がなかったのだけか。
どちらにせよ、すっかり彼女もハンター顔負けの力を有していた
もはや敵は少しばかり焦ったように鎌を振り下ろしてくる二匹の死神のみ。
魔力の強い厄介な敵ではあるが、前衛を失くした死神にもはや耐えられる術はない。
エルクたちの勝利は決まった様なものだった。
そんな圧倒的な戦闘の流れの中、ジーンはどこか胸に刺さる想いを感じていた。
元々風使いとしての素質を持っていたものの、この平和な島国では戦いを経験する機会は少ない。
彼の剣術もユドの村にいる商人に師事を乞い、ヴィルマーの手伝いになれれば程度に考えていたものだった。
モンスターと戦うのが好きなわけでもないし、そもそもそこに愉悦を見出すほど戦闘狂でもない。
それなのに、エルクと共に闘うと何故か心が躍る。
後ろに女の子であるリーザを守る様に剣を構えると、あるはずもない闘志に火が付く。
彼の頭にノイズが走った。
果たして自分が戦う事を決めたのは、これが最初だっただろうか。
まるで白昼夢のように頭の中をフラッシュバックしていく場面の中、彼は確かに見た。
誰か一人の女の子を救うべく、守るべく、三人で誓いを交わす瞬間を。
今はまだ戦闘中。
そんな訳の分からない現象に、ジーンは頭を振って切り替える。
自分の隣にはエルクと、そしてパンディットがいて、後ろにはリーザがいる。
足りない。
ジーンはなんとなく思った。
◆◆◆◆◆
既にエルクたちの戦闘は圧倒的な蹂躙で勝利を迎え、跡はユニットでロボットを引き上げるだけとなった頃。
ヤゴス島に近づく小型の飛行船の姿が空にあった。
ヒエンのそれと同じか、少し小さいくらいの飛行船。
ユドの村でもその姿に気付く者はそれなりに少なくなかったはずだった。
しかし村人は既に一度そのような事態に遭遇していた。
無論エルクの乗ってきたヒエンのそれである。
だからか。
村人たちはその飛行船にちょっとだけ驚いたものの、すぐに冷静さを取り戻していた。
故に、ヴィルマーへの報告も遅れる。
そもそもヴィルマーは今現在ヒエンの修理中で地下に籠っており、他の誰かの声が聞ける状態ではない。
ただ一人、家の傍で独り遊んでいたリアが胸騒ぎを覚えた。