ポコによって奏でられた『癒しの堅琴』の音色が、傷ついた勇者たちの身体を癒していく。
後から追いついた歴戦の勇者たちは周りに蠢くコピーキメラ達を瞬く間に一掃し、再生するそれらの前に立ちはだかる様にしてエルク達を守るために円陣を組んだ。
そして背中を見せながらトッシュは呆れたように零す。
「あんだぁ? せっかく譲ってやったのにまだ終わってねぇのかよ」
「うるせぇ。あいつら斬っても斬っても蘇るんだぞ」
ぼやくようにしてエルクが返せば、それを鼻で笑うようにしてトッシュが飛びかかってきたコピーキメラを切り飛ばした。
しかしやはりとも言うべきか、コピーキメラ達は瞬く間にその手足を再生させ、さらにその速度も攻撃を仕掛けてくる速度も先ほどのものとはまるで違う。
それを見たイーガは、背後のアークに向けて声を掛けた。
「策は?」
「…………」
戻ってきたのは沈黙。
確かにこれだけの人数でぶつかればその戦力差はいくらかこちら側に傾いていると言えるほどの自信がアークにはある。
だがしかしこの終わらぬ命を絶つにはただの力任せでどうにか出来るほど簡単なものではないと理解していた。
「普通のアンデッドだったら、私もどうにかできるんだけどね。そこの大魔道士さんの知恵はなんて言ってるのかしら?」
「じじいを扱き使うでない……しかし、厄介じゃの」
シャンテとゴーゲンの軽口も今では何の突破口にはなりはしない。
じりじりとにじり寄るコピーキメラとその奥に居るガルアーノ気配に誰もが表情を曇らせたその時、希望に満ち溢れた明るい声を上げたのはミリルだった。
「大丈夫。絶対彼が助けに来てくれるから」
彼。その笑顔が口走った一言にエルクたちは首を傾げる。
果たしてこれ以上自分たちの仲間となってくれる者が誰かいただろうか。だがしかし先ほど合流したばかりにトッシュ達は揃って顔を顰めてミリルに胡散臭そうな眼を向けた。
本当に先ほどの話は信用できるのかと。
「嬢ちゃんよ……本当なんだな?」
「だから何度も言ってるじゃないですかっ! 彼は絶対に来ます。何とかする方法を調べてきますから!」
一体何の話をしているのだとアーク達が首を傾げ、そしてエルクとジーンだけがミリルの表情に一つの真実を見出していた。
あり得るわけがない。心の中ではその言葉が埋め尽くしていても――――何度も願った事実だった。
茫然と言葉を失ったまま二人は顔を見合わせ、そして火が付いたような勢いでミリルに掴みかかった。
その隙を狙って飛びかかってきたコピーキメラをシュウがその後ろで処理する。
「嘘じゃねぇんだろうなッ!?」
「ほ、ホントだってば!」
「うっそ……ちきしょー……じゃあなんだよ、ミリルはあいつと一緒にいたのか?」
「うん」
「あの野郎……」
悔しそうにしてジーンが顔を俯け、エルクはその男を罵る言葉を震える声で吐きだした。
ミリルの肩に手を置き、そのまま顔を隠す様にして下を向けば、浮かんでくるのは耐えられそうも出来ない笑顔だった。
裏切られた。嘘を吐かれた。だがしかし、その情報はあの馬鹿野郎を罵るよりも先に、何よりも嬉しいもの。
『勝ったつもりか貴様らぁ!!』
戦闘の中でありながら呑気にしている勇者たちに、ガルアーノが憤怒のままに剛腕を繰り出す。
だがしかしそれはグルガとイーガによって押し返され、はねた所をトッシュとアークによって斬り飛ばされる。
それと同時に襲ってくるコピーキメラなどゴーゲンとシャンテの放った無数の氷の矢によって次々に撃ち落とされていく。
流れが変わっていた。
先ほどまでの劣勢が嘘だったかのようにして勇者たちは果敢に闘い始め、もはや数だけが取り柄だったコピーキメラなど彼らを煩わせるだけの存在に成り果てた。
それに腹を立てたガルアーノの口から焼けつくような赤いブレスが吐きだされたが、ポコとリーザとパンディットが連携して繰り出した氷と大地の壁に阻まれる。
互いに役割を全うできる形になれば、もはやガルアーノの力は届かない。
そしてそんな戦場の空気から外れたように、戦場のど真ん中に立っていた白い家の子達。
並び立つようにしてガルアーノの本体を睨みつけ、一斉に飛びだす。
放たれる触手、鬱陶しく向かってくるコピーキメラ、そのどちらにも阻まれぬまま、見上げるほどに巨大な『敵』に近づいていく。
『嘗めるなぁッ!!』
三人を迎撃するためにガルアーノの深紅の瞳が盛り上がり、周りの灰色の肉を纏いながら放たれた。
どす黒い闇の力が凝縮されたそれは今にも破裂しそうなほどに不気味に胎動し、彼らの下へ飛んでいく。
「へっへ……専売特許を奪われたままじゃな!」
「続けて行くよ!」
しかし即座に放たれたジーンの風の刃によって両断され、力なく地面に落ちていく。
さらにそれを封じるかのようにしてミリルが冷気を両手から放ち、周りで蠢く触手ごと凍らせ始めた。
ガルアーノまで一直線に氷の道が出来上がり、エルクは誰よりも先に灰色の化け物の顔へと剣を叩きこんだ。
「んなろぉッ!!!」
『く、グッ……虫けら風情がぁ!!』
痛みがあるのか、ないのか。
ガルアーノは飛び付いたエルクを振り払うかのようにその巨体を揺るがし、それに執着することなくエルクはすぐさま宙返りで背後のジーンとミリルに並ぶ。
そして示し合わせたようにして揃って呪文を唱えれば、小さな災害と化した魔法がガルアーノに襲いかかった。
炎、風、氷。その全てが嵐となってガルアーノを包んでいく。
氷の礫が舞い踊り、見えない風が牙を剥き、眼を焼くような真っ赤な炎がガルアーノを燃やしていく。
三位一体となったその中心で苦しむガルアーノを確認しながら、追撃に向かおうとしていたアーク達もしばし息を吐いた。
だがしかしこれくらいでは終わらない。
唐突に周りを囲んでいたコピーキメラ達が灰色のゲル状となってガルアーノの下へ戻っていき、ガルアーノの身体がさらに大きくなっていく。
四方八方からの攻撃から逃れ得た勇者たちはその様を油断なく見つめていたが、簡単にアレに手を出すことは憚られた。
もしも先ほどの戦力をただ一つに集中させたのであれば――――。
『ク、クククッ……それでこそ、儂の餌に相応しい』
ボコボコと音を立てながら巨大化するガルアーノの中から、底冷えするような悪魔の声が響き渡る。
灰色の身体だったはずの異形の表面には、ゲル状しかかっているコピーキメラ達が張り付き、やがて背中にはコピー達の身体を張り合わせて出来た様な歪な翼が生えた。
もはやそれはガルアーノではなく。一つのレギオン。貼り付けられたコピーキメラの表情は、心がないというのにどれもが苦痛に顔を歪めていた。
『もう、遊びは終わりだ』
究極形態ガルアーノ。
丸みを帯びていた灰色の身体は肩や手の先が刺々しくなり、濁った赤や緑が灰色に混ざる見た目はあまりにもまがまがしい。
下半身から伸びる触手は周りに崩れた機械すらも取り込もうと手を伸ばし、もはやこの部屋そのものと一体化したかのように蠢いている。
「はっ……全部奪えば強くなるとでも思ってんのか」
そんなガルアーノを見ても、エルク達は揺らがない。剣を下ろさない。
彼らは、力の意味を、仲間たちの意味を理解している。
故に、この程度では屈さない。
◆◆◆◆◆
何故。
心の底から這い上がる不快な違和感に、ガルアーノは何度も立ち上がる勇者たちを相手にしながら自問自答を繰り返していた。
今もまた唸りを上げた自らの腕がグルガを吹き飛ばしたが、それを苦に思うでもなく再び彼は立ち上がる。
何故。
ガルアーノの攻勢に油断があったと言えばそれまでの話であるが、この状況はそんな簡単もので説明できるようなものではなかった。
取り込んだ瓦礫を球体に固め、砲台へと変えた肩部から発射すれば、それは誰に当たるでもなくイーガが投げ返してくる。
痛くも痒くもないただのそれを硬化した胸で受け止めれば、それでもガルアーノの心は苛立った。
何故、こいつらは。
最初にやってきたアークとエルク達を圧倒し、その後に全方位からの物量によって踏みつぶそうとしたのは間違いではないはずだった。
確かにそれでも立ち上がる勇者たちにはガルアーノは驚いたが、じわじわと傷つけられていく様は実に快感であった。
そしてとうとう全ての勇者たちが合流し、一気呵成に攻めてくるそれらを、ガルアーノは防戦一方になりながらも防ぎきった。
なのにこいつらは、止まらない――――強いはずだ、自分は究極の生命体となったのだ。
ガルアーノの濁った心に感じたこともないナニカが芽生え始める。
幾度も叩き伏せ、希望を絶ち切り、圧倒的な力を見せてもなお立ち向かってくる人間。
それはもはやガルアーノだけが誇っていた力ではなくなっていた。彼らもまた不死の戦士だった。
ならばこそおかしい。同じで不死であるならば、自分の方が優れているとガルアーノは信じて疑わなかった。
「危ないっ……ふぅ」
「ミリル~どこでそんなの習ったんだよ~」
苛立ちのままに下半身の触手を伸ばし、散らばる勇者たちを薙ぎ払うようにして繰り出せば誰ひとりそれに当たることなく回避していく。
危なげなく回避したミリルには戦闘中だというのにジーンが蕩けた声を掛け、彼女はそれに自信満々に答えていた。
「特訓したの!」
「あいつと?」
「うん」
「その服は?」
「買ってもらった!」
短い返答。話しながらも攻勢は緩めない。
まるで踊る様にして風と氷を纏い剣を振るうミリルとジーンは、笑顔を絶やさぬままに戦場を駆け抜ける。
それに加わったエルクは、右手に魔力を込めるとその勢いのままに火炎弾を生みだしガルアーノにぶつけていく。
「どうよ、エルクさん。あの野郎うちのお姫様にこんなエロイ……」
「うるせぇ! 真面目に戦え!」
「リーザー、もっと頑張んないと純情ボーイは振り向かないかもしんないぞー」
「な、なんで私に振るのっ!」
もはや背中さえ敵に見せつけて笑うジーンに、リーザは顔を真っ赤にして首を振った。
もうこの戦場には希望が満ち溢れている。
何故。ガルアーノはその有様に怒り、そして――――震えた。
――――おかしい。何故こいつらは希望を持っていられる。
揺らぎ始める弱者の心。その弱さを認めることが出来なかったガルアーノは、次第に目の前の人間達に一つの感情を抱きつつあった。
それは恐怖。常に後ろから嗤っているだけの、誰かを傷つけることしかしてこなかった存在には無縁だった感情。
頑強な鎧で隠し続けていたその心が崩れ始める。
「…………すっごく複雑なんだけど」
「まあ、今は戦うことに集中しておけ。生き残れば奴の頬を殴ることも出来よう」
「アヌビス? 貴方、もしかして私のこと騙してた?」
『まさか。我も知り得ぬことだった』
ガルアーノの視界を黒い何かが遮り、それが時計の針を鳴らしながらぶつかれば、コピーキメラが重なった頭部近くで爆発した。
シュウが素早い身のこなしで取りつけた時限爆弾がガルアーノの頭部を抉り取り、再生しかかる視界に映ったのは呑気に言葉を交わすシュウとシャンテ。
取るに足らない存在がそのような様を見せつける。何故、恐怖しないのか。この存在に震えないのか。
ガルアーノの心の内の問いに返されたのは、シャンテの放った氷の刃だった。
そう、主演にすらならぬ者ばかりだったはずだった。
ガルアーノの用意した舞台で踊るのはエルクとミリルだけ。プロディアスで回り始めた歯車を操っていたのはガルアーノ自身だと盲信していたはずだった。
そしてその舞台ではシャンテも、シュウも、そしてジーンすらも脇役でしかない。
アーク達などただの乱入者であって、すぐに消せる存在だった。
――――儂が、儂こそがッ!
いつから歯車が狂い始めた。
そも、この勇者達は何故ここまで戦える。
自分は、最強では――――ガルアーノは身の内に淀む恐怖に耐えかねて吼えた。
『何故貴様らはッ……それ以上立ち上がるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
未知のモノを、自分の理解が及ばぬナニカを拒み、ガルアーノは力任せに巨体を暴れさせた。
まるで子供が癇癪を起したようにして激しく身体を揺さぶれば、部屋ごと揺れながら豪快に瓦礫の山が降ってくる。
そしてそれすら取り込むようにしてガルアーノは矢鱈目ったら周りのものを吸収し始めた。
力を求めるようにし、弱さを隠す様に。
「貴様には分かるまいッ!!」
答えたのは、勇者だった。
赤い鉢巻を靡かせながら飛びあがったアークは、その勢いのままにガルアーノの抉れた頭部に剣を叩きこむ。
呻く様にして体勢を崩したガルアーノが、切られた部分を抑えながらその勇者を視界に入れる。
この男もまた、ガルアーノが拒む様な希望に満ち、そして折れない闘志を瞳に移していた。
「俺達には信じられる仲間がいる。守るべき友がいる。そして受け継がれた意思がある。奪うことでしか戦えない貴様など、俺たちの敵じゃないんだッ!」
『人間どもがッ……』
「そうだ! 分かるかガルアーノッ……俺たちは弱いからこそ助け合いながら戦える。膝を屈しても、心が折れても、手を差し伸ばしてくれる仲間がいることを知っている! 残した意思を受け継いでくれる者がいることを知っているッ!!」
『戯言を……』
アークの言葉を遮ろうとして口を開けば、飛んできたのは見たこともない機械のような物体から飛んできた火炎弾だった。
そしてそれに合わせる様にしてアークが炎の嵐を生みだし、さらにそこへエルクの炎も加わっていく。
猛威の最中に、エルクは言葉をねじ込んだ。
「何もかもにビビって生きてる様な奴が、俺に、俺たちに――――あいつに勝てるとでも思ってんのか!」
『き、さまァ……ッ!!』
不死であるはずの身体が削れていく。
最強であったはずの身体は手も足も出ない。
連ねられた言葉を遮る声が出ない。
それでもガルアーノが最後まで頼るのは今まで積み重ねてきた最強の理論であった。
力こそが全て。心などはまやかし。そして自らが全てを統べる存在。
目の前に広がる光景は、状況は、どれもこれも嘘っぱちに過ぎない。
この復讐は、完遂されなければならないのだ。
よろめかけた身体に突き刺さる小さな小さな人間達の猛攻に、たまらずガルアーノは痛みのようなものに耐えかねて吼えた。
そんな感覚などこの身体にはないはずだというのに、勇者達の攻撃は確かにガルアーノに痛みを与えている。
闇と光。人間と魔物の間にある絶対的な力は揺るがない。その勇敢な心こそが。
『認めるかァッ!!』
一斉に飛んでくる数々の魔法を耐え抜き、ボロボロになった身体を腕で守りながらガルアーノは叫んだ。
そして確かに感じる不死の能力。その再生。
これだけの猛攻を受けながらも命は底を尽くことなく、究極の身体は健在でいる。
歪みきった異形の顔に笑みが浮かび、そしてじくじくと表皮を焼くような痛みを気にすることなくガルアーノは全身から肉の破片を発射した。
拳大の大きさのそれは闇の力を纏いながらただ復讐のために勇者達へ突き進んでいく。
すなわちエルクとミリルとジーンであり、ガルアーノの望みを叶えるためには必ずこの身に取り込まねば、そして殺さなければならない存在。
雨のように降り注ぐ肉片に、勇者たちは攻撃の手を止め防御する他なかった。
「くっそ……しぶとい」
エルクが苦々しく吐き捨て、魔法によって作られた盾に隠れる。
炎の奔流が渦となって傍にいたジーンとミリルの前に現れ、三人は寄り添うようにして固まってしまっていた。
その隙を、ガルアーノは逃さない。
『貴様らだけは!』
巨体から放たれる全てが、腕が、瓦礫が、触手が、その三人の下へ殺到していく。
執念によって彼らだけを標的にした攻撃の密度はまさに必殺。周りの勇者たちも一斉にエルク達を守るようにして防御魔法を展開した。
ガルアーノはもはや裏切りで止まった自らの歯車を元に戻すことにしか執着していない。
この復讐を終わらせねば――――全てを取り戻さねば先には進めない。
「ミリル、ジーンッ!」
「正念場ってやつだなッ」
「早く、早く……」
エルク達もまた剣を、刃を、短剣を構えその攻撃に備える。
さすがにジーンの額にも汗が吹き出し、その隣でミリルは未だこの場に現れない者のために祈る。いや、この戦いの場にいる誰も彼もが彼の存在が願っていた。
早く。早く。早く。皆、待っている。
迫りくる悪意と迎え撃つ意思の狭間。確かに勇者たちは見た。
頭上を飛び越え駆け抜けていく黒い影を。
「調子に乗り過ぎたな、肉袋」
靡く黒色の外套。
唐突な乱入者だったはずだと言うのに、天井から飛来した影はこの凄惨な戦場の中で何よりも雄弁にその存在を知らしめていた。
交差するガルアーノの攻撃を掻い潜る様にして影は本体へと忍びより、膨れ上がった頭部へと自らの腕を翳すと静かに呪を紡いだ。
放たれるのは毒の風。究極生命体となったガルアーノの身体には蚊ほども効かない『石の風』。
『なっ……』
だがしかし包帯に包まれた影の指先は、確かにガルアーノの視界を石化という異常で覆い、それに狼狽したガルアーノの攻撃はあらぬ方向へと飛んでいく。
まるで海が割れる様にしてエルク達の下には何一つ及ばず、そして戦場には沈黙が降りた。
エルクは、ミリルは、ジーンは、ただ静かにガルアーノに向かって歩き出す。
その乱入者は、言葉を失くしたガルアーノを無視するかのように背後を見せ、彼らの下へ歩いていく。
眼と鼻の先。向かい合うのはすぐだった。
言葉はない。
誰も彼もが笑って、その影を迎え入れただけ。
そして求められた『彼』は、そのまま踵を返すと三人の横に申し訳なさそうに並んだ。
しかし無言の歓迎もそこまで。エルク達は口々に文句を言い始める。
「覚悟しとけよ」
「もうちょっとで危ない所だったし」
「なぁなぁ。ミリルの服選んだのお前なんだってな」
「かっこつけた登場しやがって」
「これで倒す方法見つからなかった、ってわけじゃないよね……?」
「お前的にどこらへんにぐっと来たの? へそ? 背中?」
「じゃあさっさと終わらせるぞ。言ってやりたいことがたくさんあるんだ」
「エルクってば素直じゃないんだから」
「俺的には、こう、鎖骨の辺りが…………あ、はい、すいません」
それぞれの言葉は驚くほどに辛辣で、馬鹿げていて、そして柔らかく。
誰もが頬が吊りあがるのを抑えられなかった。
嬉しくて、嬉しくて、嬉しくてしょうがない。
だからエルクは、心の内に潜む声の群れをぐっと堪えた。
今すぐその帰還に喜び大声で泣き叫びたい。
今すぐ目の前の敵を放って、心安らぐ所で多くを語り合いたい。
この場に並ぶ友たちと共に、生きてゆきたい。
そんな想いに恥ずかしさを覚えつい口が尖ってしまうのは、少年故にか。
腕を、上げる。
エルクは剣を、ミリルは短剣を、ジーンは刃を、彼はナイフを。
四つの牙が、意思が、ガルアーノに向かう。
そうすれば彼らの後ろにいた勇者たちも次々に武器を向け、決して折れない意思をそこに重ねた。
勇者たちが決着の幕を下ろす時がきたのだ。
その中心。誰ひとり躊躇することなく帰還を認められた男は、獰猛な笑みを浮かべながら謳い上げた。
「さっさと終わらせて――――帰ろう」
彼の言葉に勇者たちは揃って眉を顰め、そして笑った。
―――――遅れてきた癖に。
だが、確かに勇者達とクドーの想いは重なっている。