城塞都市ロマリア。
国土としては小さいながらも驚異的な軍事力と生産力で世界の中心となったこの国の平和が、今やたった十数人の人間達によって崩壊の危機に晒されていた。
未だ都市の中心部を守る50メートル以上の鉄の壁は傷一つ付けられてはいないが、その中心部を外壁部から貫く様に続く軍用列車トンネルは凄惨な有様。
幾重にも並んだ線路は暴走した列車によってぐちゃぐちゃに破壊され、当の巨大列車は横転しながらトンネル内部に突っ込み、盛大な煙を上げながら爆発炎上中。
まるで蟻の巣をひっくり返したようにロマリアの兵隊がその処理に右往左往し、常に世界の王であったロマリアは空前絶後の混乱に見舞われていた。
「クソッ……どこのどいつがッ……」
「レジスタンスだ! 肥溜めの連中が調子に乗りやがってッ!」
「お、おい……火を……誰か火を消してくれぇ!」
灰色の制服に身を包んだロマリア兵達が現場となったトンネル周辺で口々に叫び声を上げ、時には何かを罵る形となって空に吠える。
鳴り止まぬ爆音と悲鳴、そして怒号とサイレンによって混乱の極みにあったその場では兵達の統制さえも取れやしない。
誰も彼もがこの悲劇を起こした犯人に恨みつらみを口汚く飛ばすしかないのだ。
それもそのはず。
ただの暴力によって栄え続けたロマリアの兵隊などに統率などあるわけもなく、そしてその灰色の服の下は協力し合えるような人間の類ではないモノが蠢いている。
良く見ればどの兵隊もまるで死人のように眼は濁り、そして当然の如く兵隊の群れの中に異形が我が物顔で徘徊している。
「人間風情が舐めやがって」
そんな異形の中の一人――――既にロマリアでは珍しくなくなったキメラ兵がそう呟いた。
もはやこのロマリアという国は人々が平和に暮らす軍事国家ではない。
そのほとんどが魔物によって支配された恐怖の巣穴に過ぎないのだ。
故に城壁で覆われた都市部の平和も、造り上げられ停滞した偽りの平和に過ぎず。
都市の地下では常に闇に塗れた狂気の研究が続けられ、その上では魔物が形だけの統率者となって好き勝手暴れ続けている。
世界の中心を誇る国民など一人として存在しなく、誰も彼もがこの地獄からの解放を願っていた。
故にたかが十数人の人間は平和を乱す魔の使徒などではなく、解放を願う勇者に他ならない。
その勇者たちはいまや各国から続々とこの国に集まり始め、二人の勇者が起こした騒動に便乗しながら巨悪の一人を討つために動き始めている。
城壁に守られることなく国の肥溜めとして扱われることになったクズ鉄の街。
年の中心部から流れる産業廃棄物や、ゴミ捨て場のように捨てられる機械類の廃品によって衛生などはすこぶる悪く、其処に住む人々の顔色も病魔に侵されたようによろしくない。
だがしかしトンネル爆破の轟音は、そんな絶望に塗れた住人の眼さえも引きつけ、何が起こったのだと誰しもがトンネルの方向に視線を向けていた。
「ホホホ……トッシュの奴め、派手にやるわい」
「トッシュ?」
「儂らの仲間じゃよ。ちぃーっとばかし手荒い奴じゃがの。といってもお主は知っとったかの? シャドウ」
『おい、街中なんだから俺に話し掛けるんじゃねェ、老いぼれ。影に隠れるのも苦労すんだぜ?』
クズ鉄の街には似つかわしくない民族衣装を身に纏った金髪の少女と、足に届かんばかりの顎鬚と折れまがった腰が特徴的な皺だらけの老人。
そしてその二人の近くから姿なくとも聞こえる荒々しい声と言葉。すぐ傍には蒼の鬣が誇らしい魔獣の姿もそこにあった。
そんな集団に住人は気付くことはなかったが、交わす言葉はこの騒動の犯人を知っている様なものだった。
「パンディット? ちょっとここの空気は鼻についちゃうかな……」
「なにせ狼型じゃからのぅ……鼻は儂らより利くんじゃろ」
『ケケケ。いいザマだぜっ……ってクソ、影を踏むんじゃねェ! てめェのご主人さまのだろうが!』
心配そうに魔獣の鼻を撫でた少女の行動と顔を顰めている魔獣を嘲笑うかのように『影』は笑い声を上げるが、そんなことをすれば魔獣は少女の足元の影をぐしゃぐしゃと踏みつぶし始めた。
そうすればどこからともなく悲鳴が上がり、その様に老人はにこやかな笑顔を浮かべていた。止める気はないらしい。
そして腰をトントンと叩きながら右手に持った樫の杖で地面を叩き、隣で首を傾げていた少女の手を優しく手に取る白髪の老人。
束ねられた白い長髪と、金糸のような少女の髪が汚れた風に靡いていた。
「ほいじゃ、行くぞい」
「……はいっ」
『ったく』
勢いの良い少女の返事と姿無き者の適当な返事が重なれば、老人が叩いた地面には奇妙な魔法陣が浮かび始める。
確かにその中心にいる集団の姿は如実に歪み始め、そして次の瞬間、その場には彼らの影も形もなく、転移という形でクズ鉄の街からは消え去っていった。
周りでその驚くべき光景にようやく気付いた住人達が、何が起こったのだと狼狽する様を置いてけぼりにして。
まずは、2人。
事件のあったロマリアトンネルの延長線上にあるロマリア空港でもまた、人々が事件の大きさに戦慄していた。
施設の窓より見える遠くの事件現場からは黒煙が空高く登り、その下で赤や黄色のランプが回りながら灰色のロマリア兵が蠢いているのが分かる。
職員もたまたまロマリアに足を運んでいた客も恐れ戦き、それがレジスタンスのものだという情報が入れば口々に恐ろしや恐ろしやと声を合わせた。
そしてそんな騒動の少し前に空港に到着したクレニア島からの飛行艇から降り立った集団の中に、この事件の匂いを感じとってニヤリと笑う影があった。
蒼いドレスと耳に飾り付けられた大きな輪のイヤリングが歩くたびに揺れ、肩に掛かる程度の蒼の髪と妖艶なその顔つきと相まって、その女性は夜を感じさせる人物だった。
「予定通り、ってところかしら? でもやりすぎじゃないかしら、シュウ」
ハリのある唇をなぞる様にして頬笑み、周りでその女性に目が釘付けとなった男達を軽くあしらう姿は、まるで――――。
カツカツとヒールを鳴らしながらロビーまで降り立った彼女は、黒煙の上がる事件現場を細い眼で眺めながら呟いた。
「アヌビス、流れ通りかしら?」
『然り。いよいよ決着の時であろう。時間との勝負になる、急げ』
彼女の足元に広がる影が一瞬だけ濃くなり、理知的ながらも心を底冷えさせるような姿無き声に、女性は浅く笑った。
その瞳に映るのは決意を完遂させる強固な意思に似て、復讐の炎を燃やしながらもそれを邪で払うための剣とすることを覚えた覚悟。
記憶の中にしかない愛すべき弟の顔を思い浮かべ、この先で自分達を待つ仲間のために一歩力強く踏み出す。
たかがそれだけの動きだけで人を魅了する何かがある。
影を顰めた女性は魅力的で、人々はそれに魅入り――――そして女性の背後から出て来た筋骨隆々の男に度肝を抜かれた。
日に焼けた浅黒い肌と鍛えられた鋼のような肉体がまず眼に入り、女としては高身に入るその蒼い女性でさえも胸元までしか届かない男の巨体が次に目に付く。
野生児を思わせる疎らな黒の長髪の間から勇ましい戦士の瞳がぎらつき、その出で立ちも動き一つさえも隙のない英雄そのもの。
そこらで女性に見惚れていた男達が揃って眼を背けた。あれには勝てない。
そして何よりも異質なのはそのインディアンにも似た衣服であり、全く嬉しくない無駄な露出。
無論『ふ ん ど し』一丁などということは『あ り え な く』、素肌の上に重ねられた小さめの黒色のベストと、膝より少しだけ下ほどの長さのある腰巻がずしりずしりと歩くたびに揺れる。
一体どこの秘境の部族だと思わせる男だったが、これでも『本来の流れ』よりはマシである。
「戦闘中はいいけどさ、さすがに街中や空港くらいは服着なさいよ」
「ふむ……なにぶん君も知っている通り私はブラキア育ちでな。それにクレニア島では特に何も言われなかっ……」
「そりゃ闘技大会中なら褌一丁の参加者が街歩いてても、まあ、なんとか言い訳は通るわよ。でもここはロマリアなの、分かる?」
「いや、その、分かったからそう怒らなくとも……」
「一緒に歩く私の身にもなりなさい」
そんな山のような男の頭をへこへこと下げさせながら、人差し指を立てる蒼の女性はその男を連れながら空港から颯爽と去っていった。
残された空港の人々は二人の関係性に様々な憶測を立てながら、結局は分からず一つの言葉を零すことで無理やりに納得した。
つまり、『美女と野獣』、と。
さらに、二人。
ロマリア近郊上空。
常は他国からの侵入など城壁からの砲撃でもってお出迎えとなるのだが、今この混乱の状況でひっそりと密入国しようとする一隻の飛行艇など防衛隊の眼に入ることもなかった。
さらに言えばやってくる飛行艇はスメリア王族専用機として有名なシルバーノア。
ゴオンゴオンと低く唸りながらやってくるその白銀の飛行艇を止めようとする者など誰もいなかった。
「煙が上がってやがる……シュウかッ?」
「うおー……すんげぇ。プロディアスなんか眼じゃねーくらいでっかい街。つか何であんな息苦しい壁で囲まれてんだ?」
「ちょっと……もう少し緊張感を持ってよぉ」
そんなシルバーノアの操縦席で、前方に見えるぐちゃぐちゃに横転した貨物列車の中心を見ながら侵入者たちは声を上げた。
といってもその声もそれぞれ。迫る戦いの気配に血を滾らせる炎の子と、その先に広がるどでかい街の様相に眼を奪われる風の子。
そしてそんな二人の反応を諌めようとしてバケツのような羽付き帽子を揺らす、ちょっとだけ小太りの背の低い少年。
「わーかってるって。あの先に居るんだろ? ガルアーノが」
「先走んなよ。ありゃ俺達の因縁だ」
「分かってるって」
「あれ……何この疎外感」
がしりと腕をぶつけ合った風の子と炎の子が獰猛な笑みを浮かべ、その様子を見ながら羽付き帽子の少年は口を尖らせた。
どちらにしても仲がよろしいことに変わりはしないのだが、見た目童顔のこの羽付き帽子の少年がまとめ役であることは一目瞭然らしい。
盛り上がる二人を恨みがましく睨みつけるようにして胃のあたりを摩っていた。
「それでは皆さま、降りますよ――――どうか、ご武運を」
操縦席にいたスメリア兵の服を身に纏った中年の男がその言葉を連ねれば、誰もが表情を引き締め、戦場となったロマリアトンネルを睨みつける。
もはや退く意味もなく、風と炎の子は腰元にぶら下げた剣の柄を握り締め、羽付き帽子の少年は腰の後ろに装着していた『シンバル』を軽く撫でた。
「…………そのファンシーな武器、どうにかならねぇのか?」
「強いのは分かるけど、さすがに戦闘中にトランペットはなー」
「が、楽器を馬鹿にしないでよっ!」
戦闘を前にして、勇者たちはひとしきり笑い合った。
そして、三人。
ロマリアトンネル内部。
行き交うロマリア兵達でごった返す中を、影を残さず疾走する二人の人間の姿があった。
一人は隠密行動に相応しい全身忍び装束の銀髪の男だったが、片方は腰元に『酒』と大きく一文字彫られた壺を揺らし、赤と藍色に彩られた特攻服のような上着を袖に通すことなく羽織る赤毛の男。
既に片方の腕には抜き放たれた一本の刀が銀色の光を放っており、ギラギラと狂犬のようにぎらついた瞳はどれもこれも『敵』を捉えていた。
「おい、俺達の目的はここじゃない。雑兵など放っておけ」
「へっ……心配すんな。所構わず牙を剥く犬のつもりはねェ」
忍び装束の男が駅のホームの柱の影から赤毛の男を一瞥し、釘を刺されたその男は周り全てが敵というこの現状でありながら腰元の酒壺に口を付けて酒を飲んでいた。
なんという剛胆、とでも人は言うのだろうが、ため息を吐く銀髪の男はこの赤毛の剣侠が何も考えていないことをとうに理解していた。
適当に軽口を叩きながら穴だらけになった巡回兵の警戒の隙を突き、奥へ奥へとロマリアの闇へと歩を進めていく、トンネル爆破の張本人であるこの二人。
クズ鉄の街を本拠地として活動するレジスタンスの一味であり、助っ人であり、そしてこの作戦にたった二人で参加することになった一騎当千の兵ども。
その元締めでもあった赤毛の男は、クズ鉄の街の宿屋で眠る仲間の事を考えれば手に持つ刀に力が籠るのは道理だった。
「未来、ねぇ……」
「これで分かったろう……あれでも被害を減らせていた方、らしい」
「けっ……多かろうが少なかろうが俺の子分に手を出したとなっちゃあ許しておけねぇな」
獰猛な笑みを浮かべる赤毛の男の脳裏に浮かぶのは、今まで共に戦ってきたレジスタンスの仲間が、自分の失策によって傷つけられたその事実。
未来を知っていると言うこの銀髪の男のお陰で大分被害も和らいだが、今でも宿屋のベッドの上で傷に喘いでいる仲間は多く残っている。
死んだか、生き残ったか。
そんな線引きは赤毛の男にとって何の意味もない問題だった。
ロマリアは、自らの大切な仲間を傷つけた。
やられたなら、何倍にも返す。
剣豪の幼稚なルールにして、ただのチンピラに過ぎない自分に課した確かな矜持。
「階段……こいつは……よっ、と!」
「地雷か? よく気付いたな」
「勘ってやつよ」
先へ進む二人の前にぽっかりと穴を開ける地下への階段へ赤毛が刀を振って火花を散らせば、接触式の地雷が埋め込まれてあったのか、盛大にその見せかけに過ぎない罠の階段は爆発した。
そしてその下から現れる、本当の階段。
赤毛の男も、銀髪の男も、その暗闇の先から漂う濁った匂いを感じとっていた。
「匂うねぇ……匂いやがる」
「…………」
「おっ……見ろよ。シルバーノアが来てやがるゼ」
決戦の地を前にして銀髪の男は今一度決意を胸にし、赤毛の男は黒煙の隙間から遠く先の空に見える銀色の飛行艇を視界に入れながら呑気に呟いた。
全てが予定通り。示し合わすことすらあやふやだった数々の点が、線となって繋げられていく。
そしてその線を辿った先に居るのは、まずは一つ目の因果。道の途中に転がる厄介な石ころ。
「じゃ、行くぜ」
「ああ」
言葉も短めに、男二人は暗闇の中へと消えていく。
咎には罰を。敵には死を。悪には鉄槌を。
迷いなど、欠片もない。
先駆ける、二人。
◆◆◆◆◆
闇が集うロマリア地下に広がるキメラ研究所。
各地の支部が勇者達によって破壊され、手足が捥がれた状態になってしまったそのプロジェクトであったが、その中心で指揮を取る男は未だその表情に笑みを張りつけながら最奥でふんぞり返っていた。
無論その男の耳にもロマリアトンネル襲撃の報せは届き、今もまた頭上に広がる地上での轟音が地下深きこの場所まで響いている。
「…………」
そのまま無言で立ち上がり、自室を抜けて作戦室とも呼べる数多のモニターが設置された機械仕掛けの部屋へと歩いていく、その赤いサングラスの男。
その部屋に辿りつけば白衣を身に付けた多くの科学者が走り回りながらこの騒動の対処に追われており、その中には防衛兵として研究所内に配置されたロマリア兵の影もあった。
そしてそんな者達が男の姿を見るなり、一斉に頭を下げた。
確かな権力の大きさを思わせる光景であり、そしてそれしか頼ることしかできない男の滑稽さが表れたものでもあった。
しかしそんな間抜けな事実に男は気付かない。いつだって貼り付けられたように薄っぺらの自尊心と威圧を前面に押し出して生きている。
スーツの懐から葉巻を取り出して乱暴に食いちぎり火を付ける。まるで三流映画に見られるようなマフィアのそれだった、
「ガ、ガルアーノ様ッ! 今や地上は大混乱であります……」
「ククッ……ザルバドの責任だろう? それは。儂には関係のないことだ」
この期に及んでロマリアという国の危機を、その上に立っている自分が崇拝する暗黒の支配者の危機を考えることもなく、同じ四将軍であるロマリア守護のザルバドの地位が堕ちることを期待する。
ここまで来るともはや人間のそれをも越えた欲の塊であり、それを聞いた周りのロマリア兵達も顔を強張らせる他なかった。
だがしかし今しがた作戦室に飛び込んできた兵の叫びによってガルアーノの顔は狂喜に歪む。
「ほ、報告ッ! アーク一味がこの混乱の機に乗じて研究所内部に侵入ッ! 各ブロックから警備キメラ兵を撃破しながら此処に近づいております」
「モニターに映せ」
「はっ……はい!」
裂けるほどに口を弧に歪ませてそれを命令すれば、モニターには各区画で戦う勇者たちの姿が映し出されていた。
そしてモニターの一つに映しだされる炎の子と風の子を確認し、ガルアーノはその場で腹を抱えて狂笑した。
周りの誰もが唖然し、その笑いに聞き入り、やがてその身を震わせる。
「ハハハハハッ……虫けらがわざわざ巨大な炎に近寄るかッ!!」
バンバンと近くにあった壁を叩き、狂ったように笑い続けるガルアーノ。
もはや兵士たちは眼を背けることしかできず、それぞれが担当地域に戻り、科学者は忙しなくモニターと手元のコンピューターに目を配る。
だがしかしもう一つ届けられた報告には、さすがにガルアーノも舌を巻いた。
「ガルアーノ様。アーク一味のイーガを捕えたというハンターが面会を求めておりますが」
「何ッ!? イーガだと?」
「はい。イーガ本人も此処に連れてきています。お会いになられますか?」
「…………よし、此処に連れてこい」
しばし考えた後に報告に来た兵士に命令し、振って湧いた幸運に破顔するガルアーノ。
クドーという手駒を失い、各支部を破壊され、後は見栄しか残らない彼にとってその報告は新たな駒を手に入れる契機でもあったのだ。
――――それを求めなければ立っていられない自分の弱さなど気付かず。
そして入ってきたハンターの後ろには、手錠がかけられた柔道着の男――――イーガが連れられていた。
抵抗したのか身体中に生傷が残っており、連れて来たハンターの姿を見れば腰元に下げた価値の高そうな剣と深々と眼下を隠すまでに被った帽子とマントが目立っていた。
剣でイーガを倒したとなれば、その強さは一級。自然、ガルアーノの口元は歪んでいた。
「で、貴様がイーガを捕えたというハンターか?」
「ああ。賞金がもらえるらしいな」
「ぐっ……」
片目を閉じ、苦しそうに唸ったイーガを蹴り上げたハンターは、何にも興味が無さそうな瞳でガルアーノを見つめる。
地に伏せたイーガはただされるがままに歯を食いしばるだけで、その様は随分とガルアーノの嗜虐心を刺激させられた。
そしてひとしきり笑ったガルアーノはそのハンターの瞳をじっとみやり、口元から葉巻を外して紫煙を吐く。
それでもハンターは身じろぎ一つしなかった。
「貴様……儂の下に付くつもりはないか?」
「金以外に興味はない」
「クハハハッ……ハハハハハハハハッ!!! いいだろう。二百万は出す。今から儂の策に付き合ってくれればな」
「策?」
ガルアーノの提示した金の額に喰いついたのか、ハンターがそれを聞き返す。
そうすればガルアーノの視線はモニターの中で奮戦する勇者達を射抜き、そしてサングラスの奥に怪しくうねる瞳は濁ったままだった。
「何……この機に奴らの全てを奪ってやろうとも思ってな。幾度も辛酸をなめさせられ続けた……お痛が過ぎる子供の躾だよ」
この男は、ガルアーノは――――愚かなままだった。
◆◆◆◆◆
いよいよ火蓋を落とされた決戦の時。
誰もがそれぞれの因縁と意思に従い、剣を取った。
もはやそれをぶつけ合う以外に方法はなく、どちらかの命を以って決着とする他なく。
未だロマリアトンネルでの騒動が静まらぬその遥か地下の中で、一つの闇が討ち果たされようとしていた。
そして遅れて、二人と一体。
他と遅れて地下への入口に立っていた勇者と化け物は、並び立つようにして地獄の釜に手を掛けた。
この先に敵がいる。倒さねばならぬ巨悪がいる――――覚悟を決め、会わねばならない者達がいる。
「少し、遅れたかな?」
「まだ間に合う。急ぐぞ」
「テンションアガッテキタ!」
それぞれの声に焦りはなく、それでも浮かべる表情に惑いはない。
その中の一人、包帯に包まれた男は巫女服を着た少女と赤茶色の身体の機神の後ろに続きながら胸に秘めた想いを今一度言葉にした。
「もう、逃げはしない」
勇者が化け物を倒す物語の中に、もう一人の化け物が土足で入りこんだ瞬間だった。