死後の世界、などというものに想いを馳せたことは――――多かった。
ミリルとジーンという人間二人を救うために思考の大半をそれに傾けたとはいえ、自らの終点を明確に『死』と定義してからはどうにも頭の片隅から離れない概念であったから。
…………死を終点になどと特別視した覚悟を持たぬとも、それは誰にでも訪れる平等な話。
しかし俺にとってそれは重要なことだったのだ。
死を、救いと、罰と、完全な逃避と考えていた俺にとっては。
故にエルク達をアークに任せ、ミリルとジーンの無事を確認してからの俺はこれ以上なく清々しい気分でいられ『た』。
微かな意識の中でまるで歯が経たないアンデルとガルアーノの余裕面を感じつつも、崩れかけた心に感じるのは紛れもなく達成感『だった』。
そんな感情を過去形で認識できるこの状況に、俺はしばし呆然とした。
まるで陽光に眼を向けて瞼を閉じた様な、眩しく燃える白い視界。
身体中を今まで感じたこともないような暖かさが覆い、化け物として生き続けた感覚からは久しい脱力したものを感じている。
もはや記憶にも薄れた肉親の腕に抱かれる様な奇妙な雰囲気。
目的を達成し、完成した最後を迎えられた俺にとってはこれ以上ない祝福であったが、それを感じれば次々に疑問は浮かんでくる。
まるで天国とも言えるこの柔らかな感覚は、あまりに血溜まりのクドーにとって不釣り合いだった。
俺は、地獄に行くはずだろう。
――――誰かが俺の名を呼ぶ。
耳鳴りにも近いその声に気付いたのはいつだったのだろうか。
視界は未だ白のまま、身体はピクリとも動かず、不自然なほどに柔らかなその感覚は未だ健在。ここまで来るとどこか不気味なものさえ感じてしまう。
そんな不可思議な状況の中で、俺の名を呼ぶ声だけはあまりに鮮明としていた。
上辺でなどではなく魂の奥底に響く様な、跪きたくなるような人ではない何かを感じさせる荘厳なそれ。
女? 男? いや、中性的にも聞こえる。そんな声がしきりに俺の名を呼んでいる。
ここはどこなんだ。俺は、一体どうなっているんだ。
名を呼ぶ声に応える前に、それだけが知りたかった。
もはや人として定義することが出来た俺にとって、この暖かな感覚はあまりに、あまりに――――俺の心を責める。
「ここで終わってもいいのかい?」
「それが望みだ」
名を呼ぶだけだったその声が、俺に問う。
この状況に狼狽していながらも、その問いには驚くほどすらすらと答えることが出来た。
なぜならその問いは幾度も俺自身が自問自答してきたことなのだから。
――――無論、エルク達と共に最後まで一緒にはいたかったさ。
だがそんなことをすれば必ず俺の心は壊れる。
今の今まで多くの命を吸い、消えかけた命を見捨て、悪行の限りを尽くしてきたこの俺が、彼らと歩を合わせるなどと耐えられるわけがない。
だから逃げたのだ。こうして今、死の向こう側で笑っているのだ。
「卑怯な悪党で終わっていい。無残な死で終わってもいい――――最低の『人間』で、終わっていい」
「…………」
呼吸。
その動作が出来ることに心で苦笑したが、あるかどうかも分からない肺に通る空気は新鮮だった。
もういい、意識を閉じよう。死という逃避を以って、罰を以って――――。
そんな想いに駆られたその時、『ソイツ』は、吐いた。
「君は、本当に罰を受けたのかな?」
「――――」
全てが強張った。
隠し続けてきた矛盾の深奥が貌を覗かせた。
意識が――――逆流する。
◆◆◆◆◆
「――――――――」
果たしてその荘厳な声が真実化け物と堕ち、ぐずぐずに崩れ掛けた身体のクドーの意識に届いたのかは定かではない。
耳すらあるかどうかも分からぬヘドロの身体に、ただ終わりに向かう狂気の意思だけを携えて吼える彼の眼前には静かに怒るガルアーノと素っ気ない態度を見せるアンデルしかなかったのだから。
白い部屋全てを覆い尽くすまでに膨れ上がった灰色の身体を、シルバーノアが侵入してきた際にぶち破った天井から降り注ぐ陽光が鈍く照らす。
あまりに多くの魔を取り込み、不死たる存在に近しいためかその醜悪な身体は焼けるような音を立てながら崩壊する建物の煙と混じり合っていく。
終焉。
疑う余地もない、血溜まりと呼ばれた化け物の最後だった。
アンデルによって放たれた膨大すぎる魔力が『クドーだったもの』を打ちぬき、やがて力なくヘドロの塊は灰となり、崩れた白い部屋の中に落ちていく。
脱出したアーク達の足止めと残されたキメラ兵たちを巻き添えにして、消えていく。
あるかどうかも定かではない意識が、魂が、心が消えていく。
これ以上の願いはなかった。
例え彼を少なからず取りまく人間達の涙があろうとも、彼はこの結末だけは妥協しようとしないだろう。そしてこの結末こそが、彼にとっての最良だった。
そう、最良。
数多の勇者、数多の戦い、数多の犠牲者。
それを以ってして尚、救われない世界において一人の異世界人がもぎ取った唯一の最良。その結末。
アークザラッドと呼ばれる世界において図々しくも選び取った最良。
あまつさえ未来の知識を勇者たちに残し、死後の世界の行く末にまで彼は希望を残した。
ただ一人この残酷な世界で毟り取ったこれ以上ない最良。
それを、世界が、許すのか。
「すまないな」
巻き戻される歯車。
凍りつく灰色の世界。
人の手に抱かれる崩れかけた身体。
奇妙な歪みが白い家を覆い尽くした時、アンデルとガルアーノという強者にさえ気取られずクドーという存在を構成する核は救い上げられた。
ただ何事もなかったかのように、『正史』であったのかのように抜け殻の身体が灰へと崩れ、何事もなかったかのように白い家は崩壊したのだ。
救いは、齎されない。
今一度、血溜まりのクドーは地獄に還る。
◆◆◆◆◆
重苦しい空気が漂っていた。
赤黒い岩肌を晒す高台には熱気を伴った風が吹き、時折遠くでは空を飛ぶ魔獣の鳴き声が薄暗い空に響き渡る。
水気なく乾き切った空気が絶え間なく吹きすさぶその高台は、凡そ人が住めるような場所ではなく、その有様は切り立った崖とも入り組んだ洞穴とも呼べる自然の要塞だった。
アゼンダ高地。
砂漠の大陸『アララトス』奥地に広がる、人々が歴史を始めたと呼ばれる場所。
今でこそ怪鳥であるロック種や土の魔人と呼ばれる魔物が蔓延っているとはいえ、時折埋もれた岩の隙間からは骨董品が出土するとその筋の人間に知られる秘境である。
専らトレジャーハンターたちは同大陸に存在する『遺跡』に眼を奪われているのだが。
どちらにしても人気など欠片もない場所に違いないのだが、そんな足場の悪い岩場の隙間を縫うようにして奥へ奥へと突き進む人影があった。
身体から頭まですっぽりと隠れる様な唐草色のローブを見に纏い、腰にはどことなく由緒あるものを感じさせるような装飾付きの剣を一振り。
深々と覆われたフードの中からは時折、少しだけしわがれた肌が見え隠れしており、どうにもこの険しい場所を踏破するには心許ない人相の男だった。
しかししっかりと踏みしめられたブーツは持ち主と長くを共にしたのか随分と草臥れており、翻したローブの中から見えた衣服も色を失せた灰色を基としていた。
旅人とも、自殺志願者とも言えるような。
そんな、現実からどこかしら乖離した気配を漂わせる男。
そんな人影が頭上を飛び交うロックから隠れるようにして前に前に進んでいた。
「……………………」
そしてやがて辿り着くアゼンダ高地の奥地。
山の頂上を思わせる様にして眼下に砂漠と遠目に見える砂の街を収めたその開けた場所で男はひとまず息を吐いた。
フードをゆっくりと脱げば、そこから見えたのは白髪と灰色が混じった壮齢の男の顔。どこか弱弱しくも凛々しさの伴った矛盾したものだった。
「光の精霊よ……」
その場に跪き、祈る様にして言葉を連ねる。
しばしの静寂。乾いた風で男が首から下げていたアミュレットが少しだけ揺れた。
そしてやがて高まる不可思議な力場。
仄暗かったはずの周囲に眩い光が広がっていき、その光は男の前で集約し始める。
魔獣ともヒトとも違う気配を漂わせながら、その光源は少なからず人型と判断出来る形へと変えていく。
まるで後光のようにして光の輪を背負い、右手に持った杖は鈍く光り、見に纏う衣装も凡そ現代では見られないどこかの部族を思わせるものだった。
「ヨシュア」
「はい」
その光源が、不可思議が、『光の精霊』が男の名を呼ぶ。
どこまでも見透かす様な眼は真っすぐヨシュアと呼ばれた男を射抜き、その蒼の瞳は彼の向こう側を見る様にして不動。
ただ今だけは魔獣の遠吠えさえも遠く、此処一帯全てが聖域とでも思える様な荘厳な雰囲気に支配されていた。
「君は、彼をどう見た?」
「…………」
その問いかけにヨシュアは浅く歯を食いしばった。
数多の戦い、数多の命、数多の時を越え、積み重ね、そして見つけた一つの命。
世界がロマリアという暗雲に包まれてから――――いや、包まれる前より戦い続けてきた彼にとってその問いは重かった。
ヨシュア・エダ・リコルヌ。
精霊から認められた勇者として世界中を飛び回るアークの父にして、時を跨ぐ者。
この世界が暗黒の王によって支配されることを予見した『恵みの精霊』によって、時を越える力を齎された『始まりの男』。
勇者と呼ばれるアークの戦いの裏側で動き続けてきた男。
ただ彼は眉を絞り、悲しげな表情を浮かべたままに口を開いた。
「光の精霊よ。私は――――今日ほど己の無力を恨んだことはない」
その言葉は、紛れもないヨシュアの本心だった。
時を越える。
果たして人を越え、神をも超える力で何を為し得ることができるのだろうか。
悲劇、喜劇、茶番。その全てを横から崩壊させる力を以ってなお、ヨシュアは無力だった。
人にはあまりに不釣り合いな力故に、日々蝕まれていく身体。
時を越えたとて干渉することすら満足に出来ず、間接的に物事へ接触するしか出来なくなった現状。
あまりに強力な力故に、無力。あまりに矛盾した力。
「私は、無力だ」
「…………」
懺悔するようにして頭を垂れ、地についた右手を固く握りしめる。
ただ光の精霊はそれを黙って聞くだけだった。
◆◆◆◆◆
目を、覚ます。
それが出来たことに俺は驚いた。
泥へと変化し、あの決戦の地で消滅したはずの自分の身体になど気が付かない。
肌を乾いた風が叩き、音無き風の音が耳に届くことにも気付かない。
土のむせかえる様な匂いが鼻を刺すことすら気付かない。
ただ視界に映る満点の星空と、その視界の端に映る赤黒い台地だけが意識の大半を占めていた。
「此処、は……」
誰に聞くでもなく、すらすらと口から出る声の音にまで気付かない。
あの時は声すら満足に出なかったはずだと言うのに、意識が覚醒し始めた第一声すら明瞭だ。
おかしい。身の回りの状況全てが、いや、俺の現状そのものがその疑問に行き着くのは道理だった。
「死んだ、のか?」
上半身を起こし、やがて視界に映る光景に辺りを見回す。
文明の影など欠片もない岩と土の群れ。
認識できる色が赤と黒と頭上の浮かぶ星の光だったことに少しばかり呆ければ、どこか馬鹿馬鹿しくなって声が漏れ出た。
「……地獄か」
「違う」
座り込んだままに吐き捨てた俺の声に応える声が背後から聞こえた。
ゆっくりとそちらの方を向き、暗がりの中に輪郭を持つその人型を見やる。
ローブを見に纏った中年の男と眼があった。
「……死神か何かか?」
「それも違う、クドー君」
「俺の名を?」
「ああ」
得体の知れない存在が目の前にいるというのに、俺の心はどこまでも平坦だった。
死んだ、のだから当然かもしれないが――――いや、それ以上に目の前の男になど興味はなかった。
死後がどうであれ俺の物語は既に終わり、これからどうなるかすらもはや興味がない。
俺は、成し遂げたのだから。
だというのに、この男は随分と悲しそうな顔で俺を見る。
悲しそうな瞳で、俺を見やる。
だから俺は聞いたのだ。聞かなければよかったのに。
「ここはどこだ?」
「アゼンダ高地だ」
時が凍った気がした。
急速に廻り出した思考は様々な言葉を記憶の奥深くから浮かびあがらせていき、やがて真っ白になった頭の中で俺は言葉を失った。
アゼンダ高地?
アララトス?
――――アークザラッド?
何故。
何故だ。
何故。
死んだ。
死んだだろう。
死ななきゃ。
死後?
アゼンダ?
――――何が起こっている?
何が何だか分からない。
こいつは誰だ?
此処は――――。
こいつは。
聞く。
震える唇で。
心で。
「名を、教えろ…………」
止めろ。
答えるな。
間違えろ。
なあ、終わったはずだろ?
もう先はないだろ?
何も考える必要はないだろ?
死こそが。
死こそが。
死こそがっ――――。
「ヨシュアだ」
瞳の奥が、赤に染まった気がした。
◆◆◆◆◆
「貴様ッ……時を……俺をッ!!」
「そうだ」
軋む身体でクドーが跳ね起きれば、喚き散らす様に叫びながらヨシュアに飛びかかった。
胸倉を掴み上げ、阿修羅の如き形相を浮かべては歯を食いしばる様にして黙りこくるヨシュアを睨みつける。
腹の底から、心の底からわき上がる憎悪と落胆の言葉はクドーに御しきれなかった。
「何故だ!? 何故助けた!!? 何時、誰が救いを他者に求めた!?」
「…………」
「戻せ! 今すぐにだッ!!」
息を切らし、しわがれた目を真っ赤に染めて――――包帯が剥がれミイラのような身体を晒したクドーが叫ぶ。
剥き出しの犬歯などもはや人のそれとは明らかに離れた刺々しさを持ち、その光景は今にもヨシュアを喰おうと襲いかかる魔物だった。
だが、その仄暗い空に吸い込まれる声は泣いていた。
「それは……出来ない」
「願いでもなければ頼みごとでもない……命令だ……さっさと俺の時を」
そこまで言いかけてクドーは唐突にその場に胸を抑えながら座り込んだ。
痛みなど当に忘れたはずのキメラの身体が軋み、彼の顔は苦痛に歪む。
果たしてそれは死の間際に起動したあの自壊装置の影響か。それともヨシュアのように時の干渉を受けてここに存在する対価か。
そのどちらでもなく。
クドーは震え、痛みを感じる身体を引き摺る様にして背に感じる気配へと視線を向けた。
人ならば誰もが幸福と安らぎを感じるであるだろう、その暖かな光の気配へと。
「き、さま……」
「やはりキメラに侵された身体では僕の影響は大きいか……」
闇に生きる者であれば拒否せざるを得ない波動。
誰よりも闇にその身を落したクドーには耐えかねるそれは、悲しげな瞳で彼を見下ろす光の精霊のものであった。
そしてそれと同時に、クドーは察した。
「お、前か……」
「そうだ。血溜まりのクドー。僕が、ヨシュアをあの『時』に向かわせた」
「ぐ、くっ……何故……」
くぐもった声を漏らしながらクドーは這いつくばる様にして光の精霊を睨みつけた。
全てを否定しつつも――――何かに縋る様な瞳だった。
「何故貴様らが今更しゃしゃり出る……貴様らが見るのは、ぐ、が……大局だろう」
「自分のやったことは小事に過ぎないと?」
「はぁ……はぁ……貴様らが俺の行いを重く見るのであれば、真っ先に勇者を……エルク達を救うべきではないのかッ!!」
「…………」
「救うべき時に手を出さず、求めぬ者に手を出す……何が光の精霊だッ……」
怨嗟の声。だがしかし吐きだせたのはそこまでだった。
無理やりに時を越えた影響と、元々死に損ないだった身体、そして光の精霊の気配によって薄れていくクドーの意識。気を失いかけたその時まで彼は今はあるはずもない胸元のナイフを手で探っていた。
一体何のためか。自害か、それとも自分の救いを阻んだ者を殺すためか。
どちらにせよ、気を失って倒れたクドーを、光の精霊とヨシュアは黙って見つめていた。
「……大局、か。僕らは全能な神ではないというのに」
光の精霊が呟くその言葉に、感情は籠らない。
だがその人型の顔が浮かべるのは微かな虚無感であり、そして悲哀だった。
彼の言う通りに、この世にいる精霊は全能などでは決してない。
むしろ日に日に強まる闇の気配にその力は衰え、こうして自らが馴染んだ土地に隠れねばすぐさま消えてしまうだろう。
事実これまでも多くの精霊たちが無情な世に消えて行った。
例え人の営みを人間自身に任せることが精霊の常としても、今この世界を覆うのは闇の精霊による魔手。
ならばその触手が伸ばされる場所へ時を越えるヨシュアを遣わすか、それとも自らの卷属を送るかして闇の流れをせき止めることも出来たはずだった。
だが出来ない。そのような力などもはや残っていない。
ただ最後の願いとなったアークを見守り、その戦いを見守ることしか出来なくなっていた。
そして、アークを通して見るその戦いの中でようやく、光の精霊は『世界の全てから隔絶された何者か』を感じ取ることが出来たのだ。
無論光の精霊もヨシュアも、クドーの正体が何であるかは全く分からない。
だがしかし、この世界中でただ一人クドーは異端者だった。
「どんな人間も、魔物も、草花も空も……そこには繋がりがある」
「…………」
「それを絆と呼ぶのか、それとも世界の祝福と取るのかは別としても……この世に存在するものであれば必ず纏う気配」
それをなんと呼ぶのかは光の精霊でさえも分からない。
だがしかし、確かにクドーの纏うその『魂』は全てから切り離されたような異常性を持っていた。
故に、時を越得ても尚、ヨシュアは簡単にクドーに干渉することが出来、そして救い出すことが出来たのだ。
――――転生者。それは本人しか知り得ぬ事
だがそれ以上に皮肉だった。
間接的にしか誰かの助けになれぬ身にまで落したヨシュアが初めてその手で救った者が、誰よりも救いを求めぬ輩だったなどと。
「光の精霊よ。例え望まぬ結末であれ、ただの独善であれ、消えゆく命を救いたいと私は思う。思っている。故に助けた」
「知っているとも」
「しかし貴方の意思が私には分からない。人を平等に見守る精霊であれば、貴方は私に彼の事を知らせなかったでしょう」
ゆっくりと、確かめるようにしてヨシュアは言葉を連ねる。
死にたいと願うクドーの意思。救いたいと願うヨシュアの意思。
どちらが正しいかなど決められるわけではないが――――。
光の精霊は、空を仰ぎ見た。
「彼に――――勇者の欠片を見出したのかもしれない」
「…………世界の平定のために……」
「今さらだよ。ヨシュア」
誰に言うでもなく、愚かな精霊は呟いた。
「救世の本質とは、犠牲だ」