「ポーカー、ですか?」
「ああ、今日はルッキーニ達が早くに寝ちまってさ、良かったら入ってくれないか?」
それは、あの3地同時作戦から3日後の夜。
訓練で溜まった汗を遅めにあの広い大浴場で洗い流した後、寝る前に水分を取りたくて厨房に来た時、つまり深夜のことだ。
シャッ、シャッ、シャッ、シャッ、と乾いた音が響く。
トランプを切る音だ。
シャーリーさんに誘われて、食堂からある個室へと移動すると、そこには3人の人影があった。
その後されるがままに席に着かされると、シャーリーさんがトランプの箱を開けてそれを混ぜだしたのだ。
「でも、意外です。坂本さんがこういう事されるなんて」
「まあ、賭け事は余り好ましくはないがな」
だが、禁止するほどの物ではない。
入り口から右の東側の席に座るのは坂本さんだ。
ポーカーをする、という印象はちょっと無かったけど、どうやら嫌々参加しているという雰囲気でもなさそうだった。
「私にはお前の方が意外だよ、ファルシネリ」
あなたが一番意外です、そう返したくなる。
一番右から一つ手前、坂本さんの横に座るのはバルクホルンさん。
何度かシャーリーさんとトランプで遊んでいたのは目にしたことが有るけど、この時期は、正直な話、そんなに良好な関係では無かったように思う。
「トゥルーデは、私が誘ったのよ。どうも寝付けないようだったから」
「だから、常連ぶってるけど実は初参加なんだよ、そいつ」
「だ、誰が常連ぶっているだリベリオン!」
そう言いながらシャーリーさんが私の隣に座る。
その横にはミーナさんが座っていて、私を中心に左右に2人づつという席順だ。
別に席に文句があるという訳じゃないけど、これは、
「リベリオン、向こう側の席は使わないのか? これではカードが見えるぞ」
そうだ、窓側の席に誰1人座っていないわけだから当然テーブルは多少、窮屈になる。
が、シャーリーさんはその言葉を聞くとニヤリ、と笑ってこう言った。
「いいんだよ。後々わかるからさ。今は気にしないでよ」
それより、何を賭ける?
そう言いながらシャーリーさんは慣れた手つきでカードとチップを配っていく。
どうやらディーラー役はシャーリーさんが請け負ってくれるようだ。
配られたチップは黒緑赤白5枚ずつで、最初の持ち点は655。
「今日はニューフェイスが2人もいるからな。武勇伝はどうだ」
「おっけー。それじゃ、えーと、2000くらいでいいか。2000支払われた奴は昔話。それでいいか?」
武勇伝を話す、ということはつまりそれを話のネタにされる、という事だろう。
(少し嫌だな)
そう思いつつもバルホルンさんが強気で了承の意を返したため、私もそれに倣って頷く。
別に武勇伝がない、とは言わないけど、これは絶対に恥ずかしい。
(前の世界では、無かったな……)
前の世界では、そもそもこんな時間なんてなかった。
ずっと戦って戦って戦って、巣を壊滅したらまた別の巣に。
(違う……)
ただ、時間を作らなかっただけだ。
戦場があればどこからだって駆けつけて、戦っていれば忘れられるような気がして。
(私が、逃げてただけだ……)
やろうと思えば、今の坂本さん達みたいにこういう時間を作る事は出来たはず。
でも、仲良くなるのが怖くて、繋がりを持った人が消えるのが怖くなって。
マイナス思考に落ち込みそうになるところで、シャーリーさんから声を掛けられる。
「ヴィオレーヌ、お前は何にする?」
言いながら、シャーリーさんは机の上にお菓子や飲み物を取り出していく。
私はその中から甘いものを幾つかと、扶桑のお茶を貰った。
坂本さんは、相性の良い菓子があるな、と言いながら緑茶を手に取っていた。
というよりは、厨房から自分で持ってきていたようだ。
ミーナさんはポッドの紅茶とケーキを選んだ。
バルクホルンさんもミーナさんと同様に。
シャーリーさんは炭酸飲料を手に取りながらジャンク系の菓子を引っ張り出していた。
「それじゃあ、始めましょうか」
ミーナさんがそう言って自分の手札を見る。
それに倣うように他4人も自分の手札を確認する。
(私は……)
揃っていた役は3と4のツーペア、それにハートの5。
初回からツーペアは悪くない手札だけれど、
(数字、ちっちゃ!)
自分の手札を確認し終わったところで周りを見てみると、ミーナさんはいつも通りシャーリーさんは苦々しげな顔でバルクホルンさんは得意げな顔、坂本さん神妙そうな表情をしながら頭を掻いていた。
「シャーリーさん、あなたからよ」
「あ、ああそっか。じゃあ、ん~~、チェック」
どうやらこの部屋では最初のベットはディーラーからのようでシャーリーさんから掛け金の設定を行うが、パス。
時計回りで、次のミーナさんは、
「私は賭けるわ」
そう言って緑を2枚(50)、ポッドに置く。
その後は、誰も吊り上げはしなかったものの降りなかったのでポッドには緑が10枚、合計250。
つまり、このまま終われば誰も昔話はしない、という事になる。
もっとも、まだ交換すら終わってないんだけど。
「私は、1枚」
シャーリーさんが手札を1枚替える。
ミーナさんは2枚、坂本さんも2枚、バルクホルンさんはノーチェンジだった。
「お前はどうする?」
「それじゃ、全部で」
シャーリーさんの1枚というのが、気になるのでこれで大きな手が来なければ次で降りてしまおう、という魂胆だった。
帰ってきたカードはまさにブタ、ノーペアの絵札なしという散々な結果に。
(ま、いいけどね)
最初から飛ばしすぎると後々読まれやすくなっちゃうし。
2回目のベッティングタイム。
「私は賭けるぜ」
そう言いながらシャーリーさんは黒1枚、100を賭けた。
次のミーナさんはコール、2枚替えだったし、トリプルでもあるのかな。
坂本さんはフォルド、ノーチェンジだったバルクホルンさんは当然コール、最初の手札が良かったみたいだ。
全替えの私はもちろんフォルド。
これで残ったのはシャーリーさん、ミーナさん、バルクホルンさんの3人。
この中で最も手の強かった人が勝者となり、ポッドの550を総取りする。
シャーリーさんはトリプルキング、ミーナさんはトリプルエース。
これが場に出た後、バルクホルンさんが勝ち誇っていった。
「ふ、この場は私の勝利のようだな?」
5のトリプルと7のペア、要はフルハウス。
ポッドのかけ金はバルクホルンさんの総取りとなり、バルクホルンさんの点数1025。
最後まで残っていたミーナさんとシャーリーさんが475、私と坂本さんがそれより100多い575となった。
(……これ、コール分払えなくなったらどうするんだろう)
賭ける金額が自由みたいだけど。
気になったのでシャーリーさんに尋ねると、一応コールはできるようだがもしそれで負けて資金がマイナスになったらその時点で罰ゲームとミーナさんの楽しいお金の使い方講座、らしい。
ディーラーが変わってミーナさんとなる。
「それじゃ、配るわね」
カードを全てまとめてシャッフルし、それを新たに5枚ずつ配っていく。
私に回ってきた札の中で、数字同士のペアは無かったが、代わりにジョーカーがあった。
ジョーカーは1枚とのことなので、私だけが持っている模様。
気になる各人の反応は、シャーリーさんは嫌そうな顔、ミーナさんは相変わらずいつも通り、坂本さんは今日はついてない、という顔振りでお茶を啜っていた。
全体的に駄目そうな雰囲気の漂う中、バルクホルンさんだけはまたしても得意そうな笑みを張り付けていた。
それを嫌そうに見ながらミーナさんが賭けを始める。
「それじゃ私は、このくらいからいこうかしら」
黒1枚。
100点分のかけ金をポッドに置く。
「私は、無理だ」
坂本さんは当然の様にフォルド。
「私は乗るぞ」
バルクホルンさんは嬉々として黒をポッドに支払う。
私は、最高の札、とは言わないまでもジョーカーがあるので一応勝負に乗る。
シャーリーさんがあっさりと降りて、手札の交換となる。
ミーナさんが1枚、交換した。
「ノーチェンジだ」
バルクホルンさんはまたしても手札を替えず、私の番になる。
ジョーカーと、一番強いハートのKを残して3枚チェンジする。
帰ってきたカードの中にJのペアがあり、ジョーカーを入れてトリプル。
(勝負してみようか)
折角ポーカーをしてるのに降りてばっかりでもあんまりなあ、と思って勝負に乗る事を決意する。
ミーナさんが緑を2枚、場に出す。
「ミーナ、カールスラント軍人たるものもっと強気で行くべきだ」
そう言ってバルクホルンさんが黒を2枚、上乗せする。
初回と合わせて350のかけ金となる。
もしこれに乗ってバルクホルンさんが勝つと、それでもう2000点に達してしまう。
「……私は、ドロップです」
もちろん、勝負から降りる。
トリプルで挑みたい相手ではない。
「私も降りるわ」
ミーナさんも降りたため、場の金額は400、この時点でバルクホルンさんの勝利が確定。
「なんだなんだ情けない」
そう言いながらバルクホルンさんの開示した手札はフォーセブンズ。
これには皆の開いた口が塞がらない。
「ちょ、ちょっと待てバルクホルン! お前、何かイカサマしてないか!?」
「失敬だなリベリオン。私はまだ配り手すらやっていない」
ディーラーは時計回りに交代しているので、次は坂本さんで、その次ようやくバルクホルンさんだ。
(つまり、初手で、4枚セブンが来たってことだよね……)
強運にも程がある。
流石に今日はバルクホルンさんの勝ちかな。
そうこう考えてる間に次のカードが配られる、ディーラーは坂本さんだ。
カードをめくるとそこには
(あ、あとひとつでフラッシュだ)
7のダイヤがスペードのフラッシュを邪魔している。
無理に勝負に行く必要はないけど。
このままいけばバルクホルンさんが勝つだろうから、
(勝負するだけしてみよう)
一回目のかけ金は坂本さんの緑2枚、50。
「少佐、もう少し金額が大きくても私は乗るぞ?」
「そう焦るなバルクホルン、時間はまだまだある。お前が過去の武勇伝を吐き出す時間くらいはな」
ニヤニヤしながら挑発するバルクホルンさんに坂本さんもヒートアップしていく。
普段の模擬戦闘訓練では実力が拮抗しているのであまりこういう状態にならないが、どちらも喧嘩に乗りやすいタイプだったようだ。
あるいは、夜の薄暗い個室という雰囲気が何かを後押ししているのかもしれない。
「私も乗ります」
そう言って緑を2枚ポッドに支払う。
これでポッドの合計金額は150。
「私はレイズだ!」
シャーリーさんはそう言うと緑2枚に加え黒1枚を場に出した。
「なら、私も受けようかしら」
続けてミーナさんも流れに乗って、その後全員コールしてポッドの点数は750。
ここでバルクホルンさんが勝てば、その時点で誰かしらが罰ゲーム確定となる。
「1枚だ」
カードのチェンジ、坂本さんは1枚。
「ノーチェンジ、だ」
バルクホルンさんはあくまでノーチェンジ。
また良い札が来ているとしたら、ものすごい強運だ。
私は1枚替えて、
(7の、スペード!)
これで手はフラッシュ。
いくらバルクホルンさんが強運でも、2回連続でフォーオブカインドはないだろう。
(これなら、行ける)
私が勝負の決意を固めている横で、
「私もノーチェンジー」
シャーリーさんは今にも歌いだしそうな声で、交換なしを宣言する。
その更に横のミーナさんは2枚チェンジ。
最後になるかもしれない、ベッティングタイム。
坂本さんは自分の手持ちの全てをベットした。
「え、さ、坂本さん!?」
「安心しろファルシネリ。私の標的は、お前ではない」
そう言うと坂本さんは隣のバルクホルンさんへと視線を向けた。
それに気づいたバルクホルンさんはもちろんそれに応じる。
「少佐の事は尊敬に値する上官だと思っているが、勝負の世界にその事を持ち込む気はない」
そう言いながら、バルクホルンさんも手持ちの『全て』をポッドへと移動させた。
とはいえ、坂本さんの提示した金額に皆が乗ればその時点で勝者は2000点を超えていたはずなので、あまり違いはない。
あまり違いはない、が、
(参加しようがしまいが終わるんだよねこのルールだと)
バルクホルンさんの持ち点が1000を超えている為負けたらマイナス、という事になるが、坂本さんが降りる気ないようなのでこのラウンドで必ず決着がつく。
なので、降りる意味があまりない。
「私も乗ります」
そしてそのままシャーリーさんとミーナさんも降りずに、オープンカード。
「私は、こいつだ!」
坂本さんが机に叩き付けたのはフォーサーズ、つまりスリー4枚。
どういう星の元に生まれたというのか。
「甘いな少佐! 私の方が上だ!」
またしてもカードが痛むのを気にしないかのように机に叩き付けられた手札。
役は、
「ス、ストレートフラッシュ……」
「えー……」
クラブの7スタートのストレートフラッシュ。
その役は当然、私どころか坂本さんのフォーカードよりも上に位置している。
私は素直に机に裏向きのまま手札を置く。
中身を見せないのはせめてもの抵抗となる。
「ヴィオレーヌ、お前もか……」
言いながら、シャーリーさんは手札を裏返しのまま机に置く。
せめてもの抵抗、だ。
「国を代表するウィッチ達が情けないなまったく……」
口ではまるで「嘆かわしい」と言っているような口ぶりなのに、その癖頬が引きつりまくっていた。
笑いたくて仕方がないようだ。
しばらくは我慢していたようだが、数秒もするとそれは崩壊して、ごく普通に笑い始めた。
「あははははは!そうだな、武勇伝は……リベリオン!お前に――」
「ファイブ・オブ・ア・カインド」
薄暗い小部屋、その入り口から一番左の席。
ちょうど窓からの月明かりが入らない角度となっている為、良く見えない。
そこから、そんな言葉が聞こえた。
「え、今なんて?」
「ファイブ・オブ・ア・カインドよトゥルーデ。私の勝ちね」
良く見渡すことのできないその角からミーナさんが微笑んだような気がした。
「今日の語り手はあなたよ、トゥルーデ」
ミーナさんはバルクホルンさんの武勇伝など全部知っているはずなのに、それでも罰ゲームにバルクホルンさんを選んだ。
「そこで!私は、こう言ってやったんだ」
「ほう、それはいい仕事をしたじゃないか、バルクホルン!」
「いや、待ってくれ少佐。私はカールスラント軍人として当然の――」
「――」
「――」
ポーカーの1戦から1時間後。
最初は嫌々ながら話していたバルクホルンさんも聞き上手な人たちに乗せられて、自分の武勇伝や英雄譚について長々と語っている。
そんな中、坂本さん達の話声に混ざって何かが聞こえた気がした。
「――」
私が不思議そうな顔をしているのに気付いたのか、ミーナさんがこっちを見て人差し指を唇に当てながら、ウィンクした。
その後、シャーリーさんは突然口を噤み、目を瞑った。
どうやら、耳を澄ませているらしかった。
そうすると坂本さんもシャーリーさんの様子に気づいたのかヒートアップしたバルクホルンさんに静かにするよう告げる。
最初は何が何だかわからなかったが、徐々に、鮮明になってくる。
「これは、サーニャの歌、か?」
バルクホルンさんが驚いたように目を見開きながら、気を使った小さな声で、そう言った。
それを聞くと、シャーリーさんは眼を開けてバルクホルンさんと視線を合わせると、小さく頷いた。
あくまでも喋る気はない、という事の様だ。
それを察したバルクホルンさんも口を慎み、背もたれに体を預ける。
私もそれに倣って体から力を抜いてみる。
すると、視点が窓に固定される。
(星座、かな?)
何の星座だったかは忘れたけど、以前誰かに見せて貰ったことのある、星の並びだった。
(それに、綺麗な歌声)
歌が終わるまで、私達はその椅子に腰かけたまま動かずにいた。