深夜、一台の軍用貨物車がそのエンジンを回していた。
宮藤博士の提唱した理論を元に作られた自作ストライカーの試作機を前線にいるというウィッチに届けるためだ。
この研究者はストライカーの有用性を早くに見抜きなんとか自分の力で作れないかと苦心した。
その結果粗末ながらも完成したストライカー「VG.33試作型」。
のちにガリア軍ウィッチ部隊の標準装備となるストライカーだが、この機体を上に見せたところ一瞥して蹴飛ばされた。
結果を出せていなかったからだ。
『扶桑のウィッチ達はストライカーで飛び回ることができたが、ガリアのウィッチ達は浮かぶことすらできないではないか』
『ただし、魔導エンジンの効果は認めるので地上用に改造せよ』
「冗談じゃない!」
その研究者はさらにペダルを踏み込んだ。
この研究者は空を飛ばなければネウロイとは戦えないと思っていた。
確かにウィッチ達はストライカーを使えば地上だろうが空中だろうが無類の戦闘力を発揮するのは誰もが認めるところだ。
まずは、地上で堅実な地力を整えてから空戦装備に切り替えればいい。
上層部はそう考えているようだが、そうではない。
(自分でも見ただろう、飛べないウィッチ達を!)
いかにストライカーがあったとしても飛ぶまでには過剰な程の練習量が必要なはずだ。
この男はそれを無視し、機体の性能が足りないと楽観する上層部に反感を抱き、単身前線の『ガリア軍最初の一勝』を生み出した例のウィッチへと自作のストライカーを運んでいるのだ。
無論、地上型ストライカーの有用性も否定できないのは確かなので自分の工房の残りの研究員達に地上型への移行を任せてきている。
(結果を出せばいいんだろう!?やってやるさ!)
そんな風に上層部への研究者特有の不満をぶつけていると、無線に連絡が入った。
無線には詳しくないが、この軍用車は首都の基地からコッソリくすねてきた物なので、これは自分宛の連絡ではなくこの一帯の軍事関係者全てへの連絡という事だろう。
(そういえば、もうデジションへは近いんだったな)
恐らくそこからの連絡が紛れ込んだのだろう、と無線を受信に切り替える。
『ヘルウェティア国境線にネウロイを確認!総員第二種戦闘配置!繰り返す!――』
「ウソだろ!?」
こんないきなりチャンスが回ってくるなんて!という思いと先に死んでしまうんじゃないか?という思いが男の頭に浮かぶ。
どっちにしろ急がなきゃならん。
研究者はペダルを一気に一番下まで踏み込んだ。
「俺のストライカーを使うまで、死んでくれるなよ!」
私達は敵ネウロイの襲撃で防衛線として機能しなくなったリヲンの町を出て、デジションという所まで北上してきた。
今回は時間に余裕もあったせいか近隣住人は既に首都パリスへと避難していた。
できることなら他国、特にブリタニアまで逃げて欲しいものだけれど、自分の国を出ることに不安を感じているのか、首都で国内の戦いの推移を見守る事に決めたみたい。
ガリア軍は首都を守るように防衛線を敷いている。
南方はオルレアからアリア川に沿って対空火砲を設置し、南西はこのデジションを拠点にしてる。
東側は言わずもがな、帝政カールスラントがある以上そう容易く突破はしてこないだろうという計算だ。
それと、首都でウィッチの銃撃訓練が始まっているらしい。
恐らくペリーヌさんもいるんだろう。
でも、ペリーヌさんが戦争に参加したのはガリアの戦いでも終盤。
そもそも首都自体がガリアの中でもかなり北部にあるのだから、そこまでは軽々しく突破されていたはずだ。
前の世界ではガリア軍は首都より僅かに北部を守り抜いたところで力尽きてしまったはずだ。
だがここで時間を稼げれば首都でネウロイを止められるかもしれない。
欲を言えばウィッチが育つまで、そうじゃなくてもストライカーが量産されるまでは首都を戦場にするわけにはいかない。
『ネウロイを確認!総員第一種戦闘配置!敵襲撃まで1時間!』
前回の攻撃から二日も経っていない。
先程まで二種だったのが一種に変更された。
恐らく敵ネウロイの目的がデジションに固定されたのだろう。
どちらにしても一度作戦室に行かなきゃいけない。
まだウィッチの価値がそれ程高くない(とはいえ日単位でその評価は高騰していくのだが)この世界では子供が戦いに出るなんて常識外の事で、無線で状況を尋ねても不振がられて内容を話してくれない。
先生から話を聞かなければならない。
先生以下リヲンの軍人達はネウロイ戦を経験した司令官としてデジションの司令部と対策を練っているはずだ。
(でも、作戦なんかない……)
前と同じだ。
ネウロイ戦にはあまりに頼りない銃で地上から狙い撃つしかないのだ。
できなければ、町が破壊されていく。
(これならいっそリヲンで戦った方が良かったかも)
もう破壊される場所がないほどに壊されつくしたあそこなら、『守れない』なんてことは無いのに。
そして司令部の扉をノックする。
「ウィッチ部隊、ヴィオレーヌ・ファルシネリです」
「入りたまえ」
先生ではないお偉いさんの声が扉の向こうからかけられる。
部屋に入るともう会議は終わって皆戦闘準備を始めているようで数人しか居なかった。
(この雰囲気にはいつまで経っても慣れないな……)
そもそも人に見られるという状況がヴィオレーヌにとってはあまり好ましい状況ではないのだが、年を食った軍人というのはほぼ例外なくそれなりの威厳を持つ。
その視線は絡み付くようでもあり、鑑定するようでもある。
何より、表情から感情を読み取ることができない。
「……君が、例のウィッチかね?」
私が、何って?
「例の、と言われてもわかりません」
分からない時は正直に分からないと言う。
指揮官とは常日頃から完璧な兵士を欲するが、それは兵士が完璧でない事を知っているからだ。
そう言うと、その男(おそらくこの基地の司令官だろう)は私ではなく、隣の先生にむかって問いかけた。
「本当に、彼女が?」
「はい、彼女です」
「信じられん……。こんな子供が」
そこでその司令官は初めて驚きの表情を露わにした。
だがそれも一瞬で持ち直し、作戦の話を始めた。
「奴らは南東からかなりの高速で迫ってきている。数は一機」
「一機?……ですか?」
「そうだ。奴らは単騎で接近してきている」
顔が強張るのを自覚する。
単騎のネウロイの殆どは複数での攻撃に比べれば時間当たりの破壊量は少ない。
しかしその代わりに特殊な性質を持つものが多い。
(もし防御型の特殊能力を持っていたら、手の出しようがない……)
「そこで我々は南東から北西にかけて直線状に対空砲を用意する。本来ならば町に入られる前に撃墜すべきなのだろうが、敵が高速飛行型となればそれは難しいだろう」
「私はどこに行けば?」
「首都へ向かって欲しい。と言いたいところだな。恐らく我々は敗北する」
「……随分諦めが早いですね」
「事実だからな。カールスラントからの話では大型のネウロイに通常攻撃は意味をなさない。そして、魔法攻撃も至近距離でなければコアまで達することは無い」
確かに、そうかもしれない。
大型のネウロイの多くは遠方からの攻撃を実現する。
それでも大和に積んであるような大型砲があれば別だろうが、ガリアのそれも主要都市でもない場所にそんなものがあるわけがない。
(確かに、負け戦だ……)
でもやるしかない。
少しでもいい、ダメージを与えればネウロイは減速または撤退する。
少しでも首都に着くのを遅らせる。
ペリーヌさんや他のウィッチの人達が戦えるように。
「私はこの基地の窓から敵を狙います。南東と北西の廊下に銃と弾を運び込んでください」
結局リヲン防衛と同じ戦法を取ることにした。
敵が張り付くにしろ離脱して再度襲撃をかけてくるにしろ、基地が町の中央を陣取っている以上ここが一番攻撃回数が多い。
1時間で、全て変わることもある。
あの時、リーネちゃんが私に時間をくれた様に、今度は私が。
私はその時、覚悟を決めた。
南西に位置する狙撃可能な窓が廊下にしかなかったので、そこに座り込んで銃と弾薬の確認をする。
今回先生は司令部で指示出しを手伝うとのことなので、私は一人だ。
スコープについている埃をふき取る。
「うん、これでいいよね」
廊下ということもあって皆が慌ただしく駆けずり回っている中、一人銃を見つめて微笑む。
……何か私変な子みたいだね。
そう思いながら窓から撃つ準備をしていると、遂にネウロイ接近を伝える警報が鳴った。
耳を劈くような不快音。
でもその分、気が引き締められる。
この戦いに、希望は無いけど。
それでも『私にできること』をしよう。
現れたのは、爆撃機のネウロイ。
(戦ったことあるなぁ。でも、)
そのネウロイは町の上空近くまで来ると一気に減速した。
そして全体を通して三角形の様なフォルムから下部にエネルギーが収束していく。
そうすると赤いラインが浮かび、そして真下に向かって100近い光線が発射される。
(これは、無理だ……)
そのまま町を薙ぎ払うつもりなのかレーザーを照射したまま上空を低速で横断し始める。
ヴィオレーヌは狙撃をきっぱり諦めて立ち上がると、屋上へ向かって走り出す。
あのネウロイのコアは上部側にあって地上から狙い撃つのは不可能ではないが、それは坂本さんのような魔眼があって初めてできる芸当だ。
もっともコアの位置が分かったところで何発も全く同じところに銃弾を撃ち込む必要があるので、余程の腕利きスナイパーがいなければ意味がないのだが。
(少しでも、この基地に手間取らせる)
ヴィオレーヌが基地の屋上に辿り着いた時、ネウロイは既にその大きさを実感できる位置にまで来ていた。
ネウロイはかなりの低速だったので屋上の部隊、というか射線上の部隊の殆どは撤退し、四方八方に分かれて攻撃を行っていた。
一か所に固まればそこを狙われるという判断からだろう。
前を見れば南西の門から中央に向かって伸びるコンクリートをその熱線でじっくり溶かしながらネウロイが迫ってくる。
(こういう時、『宮藤芳佳』は本当に恵まれていたって思うなぁ)
ヴィオレーヌは正面に手をかざす。
そうすると手の周りに魔力のフィールドが形成されていき、シールドが構築される。
それは『宮藤芳佳』の100m近いシールドとは比べるべくもないが、何とか10m位は確保した。
ヴィオレーヌ・ファルシネリの魔力は決して少なくない。
が、それ以上に宮藤家の魔力はぶっ飛んでいる。
(やっぱり、ストライカー無しだと途轍もなく時間がかかる!)
ヴィオレーヌがシールドを完全に固定化に成功した時、ネウロイは既に目の前にいた。
そして、ネウロイの光線とヴィオレーヌのシールドが接触する。
「っ!!」
いきなりズシンと肩に力がかかる。
だが、ネウロイは下の羽虫など気にせず進んでいく。
「くっ!」
それに合わせてヴィオレーヌも動き始める。
この下には作戦室がある。
いや、作戦を立てるだけならここでなくても構わないが、全軍に命令を出す連絡装置はここにしかない。
つまり、ここが崩壊すれば軍は軍として機能しなくなる。
各個判断の砲撃では回復能力の強い大型ネウロイに対して大きなダメージは期待できなくなる。
「づっ!あ、ぁああああああああああああ!」
ラスト5m。
ここさえ乗り切れば敵が引き返してくるまで、息を整える事が出来る。
手は震え視界がぶれていくが、ヴィオレーヌは息継ぎもせずシールドを堅牢にすることに集中した。
「あっち、行けぇぇぇええええええ!」
半分近い魔力を持って行かれたが、何とか防衛に成功した。
が、
「嘘っ……」
ネウロイはオマケとでもいうかのように自分の機体後方にあるブースターのようなものを分断し、それを真下に居るヴィオレーヌに向かって落下させていた。
「くっ!」
ヴィオレーヌは手を翳すが
「間に合わない!!」
高度500mから落とされたそれは固定化されてないシールドなど容易く破りヴィオレーヌを吹き飛ばした。
基地の屋上から地面まで真っ逆さまに墜落し、強化済みの肉体にも関わらず骨が軋むのを感じた。
あまりの痛みに目を瞑る。
そしてその痛みが収まってくると、ひとつ頭に浮かぶことがあった。
(もう、諦めてしまおう)
身体が睡眠を欲している。
そういう事にして眠ってしまおう。
起きたら、もう全部終わってる。
だから――
「おい!大丈夫か!?」
声に呼び戻されて、なんとか眼を開ける。
その時ヴィオレーヌの眼に止まったのは、薄汚れた白衣をきた痩せっぽい男。
ではなく、その後ろの最初のガリア製ストライカー「VG.33」だった。
「畜生!なんだよあれ!あんなのが、人類の敵だって言うのかよ!」
研究者の男は一夜を共にした車に最後の鞭を打ちながら、デジションの中央へと向かっていた。
何故か北東の門から軍人が一人もいない事を不思議に思っていたが、途中で基地の向こう側に見えた巨大な何かを見て納得した。
あれが、直線上に町を薙ぎ払っているのだ。
「ああもう!畜生!これじゃ俺のストライカーが」
使われる機会がなくなっちまう!
という言葉を発する事はできなかった。
このまま車を走らせればそもそも死んでしまうことに気づいたからだ。
というか、横に逃げようが縦に逃げようが100本の光線の網からは逃げられない。
「基地!基地の下なら大丈夫だよな!?」
軍用の基地なら普通の建物より遥かに丈夫にできてるはず。
そう考えて、またしてもアクセル全開でスピードを上げる。
「だめか!間に合わないっ!!」
しかし基地の中に入るのは僅かに間に合わず目の前に光線が現れた。
思わずブレーキをかけて目を瞑って身を屈める。
これから来るであろう熱量に備えての事だった。
だが、10秒とたっても衝撃は無かった。
何事かと思い空を見ると、ネウロイの100の光線が基地の屋上に集中していた。
その下には何やら魔法陣らしきもの。
「あれがウィッチか!」
どうやら屋上でシールドを張って、司令部を守ることに徹しているようだ。
その上をネウロイがじりじりと通過していく。
「よし!もうちょっとだ!死ぬんじゃねえぞ!」
そしてそのままそのウィッチは光線を防ぎ切った。
どうやらネウロイの光線は横には移動できても縦には移動できないらしく、また直下広域斉射に戻った。
よし!今から屋上にコイツを──
そう思った瞬間屋上から轟音が聞こえた。
それと同時に瓦礫と、そしてあのウィッチが落下してきて、鈍い音を立てた。
『チッ!死ぬなら俺のストライカーを使ってから死ねってんだ!』
そう言おうと思った。
この男は浮世離れした男で自分の本心を隠すことはせず、言いたいことは何でも言う性質だった。
だが、その言葉は声にならず、別の言葉が口から飛び出た。
「おい!大丈夫か!?」
それ程に、そのウィッチはボロボロだった。
落ちてくる途中で瓦礫とぶつかり、そして地面に叩き付けられ、無事なわけがない。
体中擦り傷だらけで、眼の焦点はあらぬ方向を向いていた。
しばらく反応は無かったが、ピクリ、と体が動いたかと思うとストライカーの方を指さした。
「……それ」
「ん、あれか?あれはな、この俺が作った――」
「貸してください」
男は眼を剥いた。
どう考えてもそんな事言ってる場合じゃないだろう。
当然ながらそう思ったからだ。
しかし、今にも死にそうなそのウィッチは立ち上がりながらもう一度言った。
「そのストライカーを、貸してください。お願い、します」
「む、無茶言うな!あれは飛ぶのすら難しいんだ!そんなボロボロの体で──」
「お願いします」
普通なら喜ぶところだが、この少女のボロボロ姿を見て、それでもストライカーに乗せるなどできない。
そう思っていたのに、その少女の眼を見た瞬間何も言えなくなった。
その瞳には希望が浮かんでいた。
縋るような、瞳だった。
「っ~~~~~!」
男は歯噛みすると、少女に肩を貸した。
「いいか、まず足を突っ込んで魔力を出せ!そうしたら勝手に浮かぶ!」
理論上は、だが。
ガリアの魔女たちはそれが出来なかった。
恐らく、魔力は持たぬ者にはわからぬ性質があるのだろう。
「はい、大丈夫です。『知っています』」
「は?お前それどういう…」
言葉を遮って少女はストライカーに飛び乗った。
すると、あっさりと空へ浮かんだ。
「ありがとうございます!これで私は、この町を守れます!」
そう言ってそのウィッチは男に向かって敬礼すると、その辺に放りだされていた軽機関銃を引っ掴んで、ネウロイへと向かって加速し始めた。
ネウロイはそれでも行動を変化させなかったが、ウィッチがネウロイより高い高度へ達した瞬間その上部からまたしても100近い光線を発射した。
そしてそれは下部についてるような欠陥品ではなく、その全てが確かに、そのウィッチに向かって飛来していった。
「逃げろぉ!」
何百メートル、いやもしかした千何百メートルの距離で叫んでも聞こえないのは分かっていたが、それでも叫ばずには居られなかった。
だが、そのウィッチは声が聞こえたかのようにこっちに向かって手を振り、そしてネウロイに向かって更に加速した。
「…………そん、な」
そのウィッチは殺到する100の光線全てを回避してネウロイに接近していく。
それを見た(視覚があるかは分からないが、そう見えた)ネウロイは、スピードを上げ振り切ろうとする。
当然、さっきまで低速で動いていた物体が急に音速に達するということは無く、上部に張り付かれたウィッチによってあっさりとコアを破壊された。
デジションの半分を蒸発させたそのネウロイは、ストライカーを装着したウィッチによって僅か30秒足らずで撃墜された。
『し、信じられない……!ネウロイの消滅を確認!』
繋ぎっぱなしにしていた車の無線から報告が流れる。
するとあちこちで祝砲が上がった。
その後、いままでどこにいたんだ、というくらいの数の兵隊の歓声がした。
(機関銃の音なんて一つか二つしか聞こえなかったぞ……)
とはいえ、男も頬が緩むのを止められなかった。
自分の作ったものに間違いがなかったというのもそうだが、何より純粋にあのウィッチが生き残ったのに喜びを感じた。
とはいえ、その歓声は一瞬にして鳴りやんだ。
『こちら観測班!カールスラント国境からネウロイが侵入!』
『なんだ!?どういうことだ!?』
『現在カールスラントのウィッチが追撃しているようですが、追いつきません!ここまできます!』
「っ!」
無線を聞く限り、カールスラントで戦闘を行っていたネウロイが国境を越えてこちらに逃れてきたらしい。
男の行動は早かった。
手元にあった無線機を起動し、ストライカーに装着されている無線と接続する。
この男は今上空にいるウィッチと連絡を取る方法を持っているのは自分だけだと分かっていた。
「聞こえるか!?大変なんだ!カールスラント方面からもう一体ネウロイが来る!!」
『そうなんですか?了解です』
焦っている男に対して電話先のウィッチは動揺の欠片さえ無かった。
下降しようとしていたところを持ち直し、東のカールスラント国境に向けて飛び始めた。
『聞こえるか!?大変なんだ!カールスラント方面からもう一体ネウロイが来る!!』
「そうなんですか?了解です」
それにしても、やっぱりストライカーは凄い。
大戦末期の高性能ストライカー達に比べれば見劣りするにしても、十分強い。
この時期のガリアのストライカーならVG.33だろうなぁ。
さっきの人には本当に感謝だよ。
もしあの人が来なかったら私死んでたよね。
死ぬ覚悟とか決めてたしね。
『聞いた感じだと、カールスラントの魔女が追撃に入ってるらしい!少し時間を稼げればいい!』
「了解です」
今の時期のカールスラントのウィッチと言えば、バルクホルンさん、かもしれないなぁ。
バルクホルンさん、懐かしいなぁ。
20年ぶりくらいかな。
もっとも今は知り合いでもなんでもないんだから、仮にそうだったとしても話しかけるわけにはいかないんだけど。
「!──見つけた」
小型のネウロイが3機。
もし大型だったら弾が心配だったけど、これなら十分弾は足りる。
多分護衛機的な奴だから、主力はバルクホルンさん達が落としたんだろうな。
銃を構えて引き金を引く。
小型のネウロイはコアまでの層が薄いため、しっかり狙えば大体一撃で落ちる。
直前の擦れ違いで1機、反転で1機、そこからスピードを残しつつ振り返って、
「これで、最後!」
小気味いいリズムをたてながら発射された弾丸によってネウロイは光の粒子となって消えていった。
「ふう」
流石にもう来ないよね。
極力最小限で倒してきたつもりだけど、そろそろ魔力も限界に近づいてきた。
汗を拭っていると、後ろから2対のストライカーのエンジン音が聞こえた。
「カールスラント空軍第2飛行隊、ゲルトルート・バルクホルン少尉だ」
「エーリカ・ハルトマン飛行曹長だよ、よろしくー」
「ハルトマン!階級が分からない相手には敬語を使えと──!」
(この人は、本当にぶれないなあ)
この二人、本当に開戦当初から一緒だったんだ。
変なところに感動しつつ、返答する。
「ガリア空軍のヴィオレーヌ・ファルシネリです。階級はまだありません。よろしくお願いします」
その後一言二言言葉を交わして、それぞれの持ち場へと戻った。
無許可で国境を越えたとかそういうのは偉い人に任せるらしい。
『ガリア空軍のヴィオレーヌ・ファルシネリです。階級はまだありません』
『よろしくお願いします』
ゲルトルート・バルクホルンはついさっき初めて会った他国のウィッチの事を思い出していた。
「どう思う?ハルトマン」
「あの子がクリスに似てるなって話?トゥルーデはかわいい子を見つけるとすぐ……」
「茶化すな。真面目に聞いている」
低い声色で真面目な返答を促す。
コイツは分別なくふざけるから、本心を聞きたいときはしっかり『そういう』意思表示をしなければならない。
「……そうだね。まあ、一戦やらかした後ですって風貌ではあったよね」
ハルトマンの言葉に頷く。
身なりも体もボロボロだったが、あの小型ネウロイと戦ってできた傷とは思えなかった。
「そんな事より、戻りたくないなー。ミーナ絶対怒ってるよね」
ネウロイを三匹とはいえ取り逃がした話だろう。
そのまま許可を取らずにガリア領へ突っ込んだのだから、恐らく――
「しばらく、自室謹慎だね……」
ハルトマンがげんなりした声で言う。
「お前はもう3度目だろう……。私は初めての罰則だぞ」
はぁ。
二人揃ってため息をつく。
というか、ガリアがウィッチ不足だと聞いていたから救援に行ったのだが。
あの手際はどう考えても……。