麻帆良学園に到着したネギはタクシーの運賃を支払い、予定通りに学園長の下へと挨拶に向かおうと歩を進め始める。
今まで研究ばかりで引きこもっていたせいで外の世界をあまり知らないネギは麻帆良の予想以上の広大さに目を奪われていたが、ある一定の境界を越えた瞬間、体を通り抜ける異様な感覚に襲われる。
「結界か……」
呟き、ネギは警戒の意識を強める。
なんとなくであるが、監視されているような異様な感覚がしてならない。
それは彼があの事件以来すっと感じ続けてきた違和感。
子供のころから幾度となく命を狙われ、利用され、大人たちの利権や、悪意にさらされたからこそ人一倍感知には長けていた。
ネギは思う。
結局どこにいようと自分の立場が変わりはしないのだと内心で笑う。
英雄の息子という業がある限り永遠に逃れられない宿業なのであることを改めて思い知らされた瞬間であった。
「いまさらだな……」
今もどこかで見ているであろう誰かのことなどいちいち気にしてはいられないとネギは歩き出す。
はじめて来る土地で道がわかるわけもなく、近くにいる学園生らしき女性に話しかけ道を教えてもらう。
女生徒は途中までご一緒しましょうかと、声をかけるが人一倍警戒心の強い彼が好意を純粋に受け取れるはずもなく辞退するのは当然である。
ネギ自身、まったく気がついていないが、今の彼の容姿はモデル顔負けなほどに整っている。
そんな彼を見て好意を持たない女性はほぼいないといってもいいのだが、本来は10歳にも満たない少年であり、長年悪意にさらされ続けた彼がそれを理解するのは間違いなく不可能であった。
「やあ、ネギ・スプリングフィールドくん」
時折、道を聞きながらたどり着いた中等部の校舎の前では一人の壮年の男性が待ち伏せていた。
「高畑・T・タカミチ……」
見覚えのある姿に言葉がこぼれる。
過去に一度だけウェールズに訪れ、僅かばかり話したことがあったが、深い関わりがない彼がなぜで迎えに来るのかは間違いなく父親関係であろうと推測する。
高畑・T・タカミチ。
父親と同じ組織、元・紅き翼の一員であり、先天的な欠陥を持ちながらもAAAの戦闘能力を持ち、本国でも高い評価を得ている。
ネギは父親にはまったく興味はなかったが、自分を今の境遇におしやった原因を探らないほどバカではないためさまざまなルートによって情報を得ている。
そのうちの一つが目の前の男の存在である。
探せばいくらでも情報が出てくるため、知るのは容易であった。
「久しぶりだね。
ようこそ麻帆良学園へ。
まずは学園長のところに案内するから着いてきてもらってもいいかな」
笑顔で歓迎の意を示す高畑。
「はい」
友好的に見えなくはないが、何を考えているかがわからない以上は警戒を解くべきではないと判断する。
尤も、どれほど警戒しようと所詮は研究者でしかないネギでは戦闘になれば秒殺されてしまうであろうことは想像に難くない。
狙われている以上、逃げるためにいくつかの戦闘呪文や移動呪文などは会得しているが、それも所詮はにわか仕込みでしかないため身の程を弁えたほうが懸命であるというのが自身の見解であった。
「それにしても、見違えたね。
その姿はどうしたんだい?」
「幻術ですよ。
教師として派遣されてきたのに、子供の姿では格好がつきませんから」
本来の年齢を知る者にまで隠すほどのものではないと判断したネギは正直に告げる。
「ははは……、たしかにそうだね。
うん、普通に考えればそれが常識だよね……」
何か思い至るところがあったのか、苦笑いを浮かべる。
ネギが知る由もないが、学園側は元々子供の姿のネギを受け入れようとしていた。
それも魔法や権力を駆使して無理やりねじ込む形で。
高畑はそれらのことを思い出し、自分がずいぶんと常識という枠から物事を考えなくなってしまったのだなと苦笑いしたのである。
そして、いつから自分はこうなってしまったのだろうかと、これを機に再び自分を見直すきっかけになるのだが、それは余談であった。
「ええ。
そもそも私のような子供に教師という経験が必要となる要職に就かせる意味が理解できません。
それが条件ならばやぶさかではありませんが、本当ならば辞退したいところですよ」
高畑はその物言いにこの子は本当に10歳の少年なのだろうかと戦慄する。
今まで考えてこなかったが、この学園は常識というのを麻痺させてしまうのかもしれないと本気で自分自身を心配してしまいそうになっていた。
「僕には事情はわからないけど、それは間違いないね……」
下手な言葉は火に油でしかないと判断した高畑は苦笑いを浮かべながら適当な相槌を打ちながら、学園長室へと案内するのであった。
あとがき
タカミチの汚染されていた常識スキルが初期化されました。