№28「こたえて」
「最近ね?探していたの。
私から逃げるでもなく、それどころか立ち向かい、
己が目的を達成しようとする気骨のある生き物を。」
倒れている人形を足蹴にし、抵抗できぬようその細い喉を踏みつける。
人形は「ぐっ」と短い呻き声を上げる。
……壊しても構わないけれど、こいつに聞きたい事もある。
冷静な話し合いをする為に、少しだけ身体に付けてあげた切り傷――裂傷が見え隠れする四肢に、一瞥をくれる。
……まだまだ、か。
私も最近思う物があり、手加減など微塵も考えず全力で戦った。しかしその攻撃のどれもが急所や人体にとって重要な血管等を外されている。
まったく……もういい加減、槍の扱いにも慣れただろうと思っていたんだけど。ほんと、まだまだ。精進が足りていない。
「……。」
「命令を忠実に守る、いえ守らざるを得ない貴女は、格好の的とも言えるわね。……ねえ?聞いてる?」
「不可解……貴様、何故私の魔法が通用しない?何故私がこうも簡単に屈服されなければならない。」
わけがわからないといった顔で、人形は仰向けの状態から怨嗟の声を上げる。
その両手は私の足に添えられており、自身の喉に掛かる圧力を押しのけようと腕に力を込めている。
健気な物だ。
そんな人形が、話易いように少しだけ喉の圧力を緩めてあげた。
ほんの少し力を込めて踏み込めば、容易く折れてしまいそうなその首に、まだ線は刻まれていない。
「何故私の、何故私が、ねぇ。話してもいいけど、私も貴女に聞きたい事があるのよ。
いい機会だし、まずはお互い自己紹介からはじめましょうか。」
◆
私が、私を尾行する存在に気づいたのは、まったくの偶然だったと言っても過言ではない。
それは完全に気配を断ち、決して自身の存在を悟られぬよう、細心の注意を払って行動していたのだろう。
今思えば、その事に注視して周囲を観察してみれば、幾つかの違和感を感知できたのかも知れないが、
今更何を言っても後の祭りで、敗者の言い訳に過ぎない。
勿論、何かしらの敵対行動に移せば、私も感知していたであろう。
しかし、逐一尾行し、監視する事がこの監視哨の役目であるならば、この状況下において、私の負けである事に変わりは無い。
さて、そんな私が手にした少しばかりの幸運は、それは本当に小さい物で、正しく路傍の石の如く、
それに意識を向けなければ、日常の雑多の中に埋もれていて、思考の片隅にすら引っ掛かる事はなかった筈だ。
それでもやはり、思い返せば偶然の産物でしかない。
「――お嬢ちゃん、そんなにじぃーっと見つめても、値段は下がったりしないぜ?」
店主が話しかけてくる。それに関しては何の問題もないが、
私がそのアーティファクトが欲しいから、見つめていたなどと思われるのは少々心外だった。
「これね、これが本当に正規の値段なの?」
「なんでぇ……値下げ交渉ならママを呼んできな。お嬢ちゃんの母親なら、さぞ美人だろうよ。」
普通ならばおくびにも出さないような事を、平気で口にするこの店主の口振りが、魔法世界でのジョークなのか、
見た目が子供の私に対して、商品にいちゃもんを付けるくせに、どうせ買う金もないのだろう?という只の嫌味なのか、わからない。
後者だとしたら、さぞ捻くれた性格の持ち主だと断言できるのだが、それを検証するほどの時間も無く、暇でもない。
私は探している。この世界でもおそらくあるであろう、ネギま原作では語られていない、あのアーティファクト。
正確には有ってもおかしくない。という曖昧な物だが、探さずにはいられない。
それに、それだけに留まるのではなく、この世界のアーティファクトは実に種類が多く、有用性の高い物も多く揃えている。
収集家の心意気など毛ほども持ち合わせていないが、どうも目移りしてしまう。
アーティファクトに何度も助けられている身としては、蔑ろにはできない。
「私が言うの事に納得できないでしょうが、これね、ガラクタじゃない?」
「ははっ!何を言い出すかと思えば、これは正しく神器に勝るとも劣らない名剣だぜ?お嬢ちゃんには、一生縁のない代物だ。」
それは小さな私が、この剣を持ち戦う事など一生無いという意味か、それとも金銭的にも買えるはずが無いという意味か。
どちらにしろ、これでハッキリしたのは、この店主の意地が悪いという無駄な情報だけだ。
「そう。確かに、こんなものには縁が無いほうが無難ね。」
私の呟きに、ピクっと店主の眉が動いた。
そしてこちらの皮肉には素直に反応する頭を兼ね備えているという、どこぞの誰かの劣化版のような人間だ。
「……へっ、これはな?名のあるハンターや、高尚な魔法使いの従者が、涙を呑んで買うのを諦める程のシロモンだ。
お前みたいなガキんちょに価値を判断されるのは、可哀相ってもんだ。」
ここで言い返しても、もはや水掛け論だ。互いの事情を知らず、ましてや店主はこの程度が最高だと思っている。
そんな容量の狭い脳味噌に、あれやこれやと詰め込むのも可哀相だ。自分自身で、これが限界だと思い込んで悦に浸ればいい。
「……そうね。私には価値の無い代物だわ。邪魔したわね。」
帰ろうとした私に、舌打ちの返事が帰ってきた。……今思えば、日本は本当に良く教育されていたな、と過去である未来に思いを馳せる。
「あんな店主でもちゃんと店が回るのだから、商売するのも悪くはないのかしら。」
――在り得ないわね。
そんな心算などまったくないのに、ありもしない未来を夢想する。
何気ない思いつきに苦笑しながらも、今一度振り返る。
一際賑わうあの店に、目立つように入り口中央に飾られ、大通りに見えやすいように工夫された客寄せパンダのガラクタ――
――そこには一人の客が、注意深くそのガラクタを観察していた。
そう、私にとっては見慣れた顔の、招かれざる客が。
その後、人気の無い場所まで移動し、刺客が出てくるように促す。
促すといっても、いつもの皮肉を込めた挑発で、フェイトなんかだと出てこない可能性もあったが、
素直に姿を現した物だから、逆にすんなりと行き過ぎて、罠の可能性や誘い込まれた可能性等々、色々と深読みしてしまった。
結局何かあるでもなく、そこから戦闘に発展していく訳だが……、
正直、私とこいつの相性は抜群だ。勿論私にとって最高で、相手にとっては最悪という意味で。
まぁ様々な条件が重なり、何の因果か今の状況が出来上がった。
◆
「私の名前は嫌と言うほど聞かされているだろうし、今更な気もするけど、改めて、
アンジェラ・アルトリアよ、そんな私を尾行していた貴女は、一体何番目なのかしら?」
「……セクストゥム、知っての通り、水のアーウェルンクスです。化物。」
「……化物って、私は只の人間よ?」
「それこそ今更でしょう?元紅き翼のメンバーであり、私達を単独で撃破する者が只者であるはずがない。
……それよりも、さっさと私の質問に答えろ。」
……何か高圧的よね?この子。自分の立場がわかっているのかしら?
少しだけ、足に体重を掛けてみる。
「うっ!カハッ。」
美少女が苦悶に歪む表情を見ると、何かに目覚め……ない、心まであの変態に毒されている訳ではない……筈だ。
それにしてもこの子、人形にしては――
「貴女は随分と感情豊かなのね?他の人形は、“表情”に出すなんてしなかったと思うのだけど?」
「……知りませんね。少なくとも、貴女には関係の無い事です。」
ここであれこれ追随して質問すると、疑問に思われるかもしれない。
どうでもいい事を質問して意識を散らすとしよう。
「まぁいいわ。貴女は私を捕らえようとしていたみたいだけど、うまく行かなかった。それについて不可解だと。ふむふむ。」
「そうだ、何故……貴様は凍らない?術は完璧に行使していたし、防がれた気配も無かった!なのに、何故!」
「そんなもの、誰が教えるものか!……って言ってみただけだから。そんな顔しないでよ。」
みるみる内に泣きそうになる六番。あれ?やっぱり……感情の発露が他の型式とまるで違う。
……。
……レザァァァドォォ!!何貴方本気だしてるの!?こいつだけ手の込みようが違いすぎるんだけど!!
「どうかしましたか?」
「え?……あぁ、あれはアーティファクトの効力よ……。」
って、何を素直にしゃべっている!嘘でも付いて誤魔化せば良かったのに!
しまった、つい口から滑り出た……。
「アーティファクト?馬鹿な、そんな物の発動など感知しなかった。」
「……さぁ?信じるか信じないか、それは貴女次第よ。」
危ない危ない。真実は、真実をより嘘っぽく見せ掛けて話したほうが、バレにくいと聞いた事がある。
結果オーライ。終わりよければ全て良し。これで真実は暈す事ができた。
「……。」
現にこちらを探るように観察している。まだ確信には至っていないと見た。
「報告では物理攻撃は無効化されたと聞いている。では私は……。」
「成す術なし。チェックメイト。いやこの場合はステイルメイトかしら?
でも、現実には引き分けは在り得えないから、やっぱり貴女の負けよね。」
「まさか、初めから……私には成す術なかった?……では戦う前から、負けて……?」
「実際にはそうよね。弄ばれて、生殺与奪の権利さえも私に握られている貴女には、敗者の名が相応しい。」
「……。」
「まぁどうでもいいんだけど。次の質問はそう、確か五番目、風のアーウェルンクスの事ね。あれが殺す勢いで――」
私に攻撃を仕掛けてきた、と言葉を次に繋げることはできなかった。
先程の戦いで繰り広げられた水が、まるで生き物のように私に襲い掛かって来たからだ。
それこそ、これが先の疑問の答えであると言わんかのように、
「まだだ!まだ、負けてなどいない!」
殺意を持って、これが解だと、叫んでいた。
「冗談ではない。」
本当、冗談では済まされない。
何を思ったのか、辺り構わず、氷を造っては投擲してくる。それは、子供が駄々を捏ねて手あたり次第に物を投げる様子にも見えたが、例えと現実の規模が違いすぎる。
何も考えていないのか、魔力を惜しみなく使っては投擲し、避けた私の後方には氷の山が積み上げられていたり、
超高速で打ち出された氷は、その速度を持って地面にクレーターを作るほどだ。
「何ムキになっているのよ……。」
それこそ、氷がダメなら水で攻勢に出ればいい。水の、と自身の属性に冠する名前なのだから、何も氷だけに拘る必要はなかったはずだ。
「子供…。」
ピッタリな気がする。それこそ、“前の”身体とは勝手が違うだろうし、
もしあの変態が心技体の内、技と力の他に、それから更に手を加えるのだとしたら、後に残る物は――
「終わりだ!」
考え事をしている間に、相手の魔法の準備が出来たらしい。
視線を隈無く蔽うかのような氷の群れは、たとえ空でさえ逃げ場はないと語るように、周囲を包囲していた。
「死ね!!」
これは本気ね……。
私を捕らえるのが貴女の課せられた使命ではなかったのか。
他にも聞きたい事があったのにとか、本題はまだ聞けていないとか、
頭に思い浮かべていた質問のストックは、後々にまわされる事となった。
氷が殺到する。その直径は人が二人から三人はすっぽり丸々収まってしまいそうな巨氷だ。
それが群れをなして襲い掛かってくる、明確な殺意を持って。
……間に合うか?
「間に合いそうにないわね。」
――なら、諦める?
……いやいや、簡単に諦めたりしないわ。それに。
間に合いそうに無いなら……。
「作るまでよ、間に合うように。」
その為には――
「リフレクト・ソーサリー」
――これには、この魔法には賭けの部位が存在する。大魔法は防げないという点だ。
そしてそれを判断する材料は――どこまでが大魔法で、どこまでが通常の魔法に分類されるのか――曖昧なのだこの世界は。
しかし一つの、VPとネギま!で一つの共通点がある。
詠唱と、無詠唱。
その違いは誰の目にも明らかで、目安としては充分だった。
詠唱魔法は防げず、無詠唱ならば防ぐ。
術者の実力や、練り上げられた魔力量などに差異はあれど、上級者との戦いではこれほどわかりやすい違いはない。
ならばこれも、この放たれた魔法も又、無詠唱。
弾くはずだ、この世界でも。
他にも八百万の錬鉄鋼で防ぐという手もあった。転移で逃げるという手もあった。
しかし錬鉄鋼ではダメだ。あれでは私を凍らせなくとも、周囲とアーティファクト、中に居る私ごと一緒に凍らせて、身動きとれず強制転移。という流れになりかねない。
転移では確実に逃げきれるだろう。しかしそれでは圧倒的優位の立場から逃げ出した事になる。
今までは敵魔法範囲外まで逃げてそこから遠距離殲滅魔法という私のセオリーで勝利してきた。
確かに、それは私のセオリーで、そして必勝の形。その形態をとればまず負ける事はなく、今までもそうしてきた。
しかし、しかしだ。
それでは、そんな勝ち方では、磨かれない。
私の技能が、経験が、咄嗟の判断力が、魂が。
成長しない。このままでは。
幾ら必勝法に慣れようとも、癖になろうとも、
成長しない。何時までも。
だから、変わらなくてはならない……私も。
その為には、少々痛い目を見たとしても、経験を積むべきなのだ。酸いも甘いも。そのどれも、それ以外も。
だから、まずは、
「同じ土俵で、正面から、叩き潰す!」
何時か逃げられなくなるその時に苦労するのではなく、今、知っておこうではないか。
己の力だけで劣勢を跳ね返す、自身の底力という物を。
「相殺?いやこれは……。」
その為に少し手の内を明かす事となろうとも、構いやしない。
私が、更に成長すればいいだけの話なのだから。
「跳ね返しているのか!?私の魔法を!!」
「ご名答……。」
「どこまでふざけた存在なのだ、貴様ぁぁぁ!!」
更に質と量を増やした魔法の氷は、殺せ、殺せ!と耳元で囁くように、跳ね返り相殺し、砕けては消えていく。
残念ながら、今日はその要望には応えてあげられそうに無い。
「其は汝が為の道標なり。我は昇華をもって汝を饗宴の贄と捧げよう!」
私の背後に積まれた氷壁が、突如音を立てて崩れ落ちる。
それもただ崩れ落ちるだけではなく、凄まじい水蒸気を上げ、急速に融けている。
崩れた氷の山は、今も尚、何かの進行を阻み、蒸気をもうもうと上げている。
どれほどの時間だったのか、数秒か、それとも数分か、数時間か。
六番目にとっては一瞬で、私にとっては少し長く感じた時間の相対性は、私達が互いに違う時を刻む生き物である事を自覚させた。
「カルネージアンセム!!」
その詠唱と共に、完全に氷は溶融し、彼女に襲い掛かる煮え滾るマグマは、瞬きを行なう時間さえ与えなかった。
あとがき
こんな、暢気に小説書いている自分に激しく自己嫌悪しながらも、
東北の方面皆様が、ご無事であるように祈る事しかできません。
そして、少々内容を変更させていただきました。
本当は金曜日にあげる予定だったのですが、今回の戦闘……
水の名が冠するよう、圧倒的水量でのほにゃららが攻撃方法でした。
そして対するオリ主のアンジェラはカルネージのほにゃら攻撃……というように全体的に今回の被災をイメージさせる内容でした。
これは不味い。とこんな結果に。本当に色々と、申し訳ない。