番外 エヴァ2
「危なかったなー、アン…じゃねえ。」
「…………。」
私を――この私が誰かと知って助けたのか?この男は。
……知ってか知らずか、まあどちらにしろ、救いようの無い大馬鹿者だな。こいつは。
「お前は誰だ?何故私を助けた?」
此処がどこかもわからぬ森の中で、枯れ木を集め火を焚く。それを名も知らぬ男と囲う。
最近は茶々ゼロとしか話をしてなかった私には、久しぶりの人との温もりで……
!?
違う!違う!温もりだと?様々な異名を持ち恐れられているこの私が、
こんな何処の馬の骨だか知れない奴に温もりなど感じる筈が無い!
「さあな、まぁ食えよ、うまいぜ?」
そう言ってこの男はいい按配に焼けた魚を私に差し出す。
私の質問に答えない事は気に食わないが、
この男が私を向ける視線は時折、懐かしいモノを思い出すかのように見据えている。
その瞳には落胆の色も伺える事から、失った愛しい者を思い出しているのだと、私は600年にも及ぶ過去の事例から類推した。
そしてその件に関して、根掘り葉掘り尋ねる事を、
何処の馬の骨とも知れない他人の事情に、そこまで深く踏み込む事を良しとはせず、
ただ黙って久しぶりの暖かい食事を噛み砕いた。
「しっかし、なんであんなトコから落ちたんだ?」
この男は、私の質問に答えない癖に、私の非については問いただす。
「新呪文の研究開発に着手していてな。三日三晩寝ずに開発に取り組んでいたらあのザマだ。」
「へえ~呪文の開発ね。俺には珍紛漢紛だぜ。まったくもって理解できねぇ。」
男はやれやれと言った感じで、溜息を吐いた。
……此方は質問に答えた。今度こそ答えてもらうぞ?
「で?貴様は何者なんだ?」
「……結構しつこいのな、お嬢ちゃん。俺が何モンかだって?そうだな……俺は――」
「千の呪文の男。そう呼ばれている。」
……不十分。
何の説明にもなっていない自己紹介。
しかも千の呪文を操るだと?何処を如何見ても、この男がそんな大魔法使いには見えない。
……真偽はともかく、そんな得体の知れない男の言葉を信じられる訳も無く、
そしてそういう奴等の殆どが、口だけで実力が伴わない。こいつもその一端なのだろう。
私はそれに呆れるばかりで、やはりこいつはただの身の程を知らぬ馬鹿で、
取るに足らない存在だと結論づけた。
「で、この後はどうすんだ?」
「は?」
この後?何を言っている。
この後もこれからも無いだろう。
ただ飯を馳走になっただけの一期一会の交差。もう二度と会う事もあるまい。
それとも、これから夜を共にしようという誘いか?
もし仮にそうだとしたら、氷の彫像にしてやるだけだが。
「だから、こんな所にガキ一人ほっといて帰れるかって言ってんだ。何の予定も無いならどっかの街まで送ってやるよ。」
「なんだ、心配しているのか?この私を?……クハッ!アハハハハ!!」
「な、なんだよ急に笑い出して――ハッ!まさか…そこらへんに生えてる毒キノコでも食ったのか?」
不味いだろ……キノコってのはプロでも見分けがつかねぇって詠春が言ってたぜ?と、宣う自称千の呪文の男。
どこのどいつだ!その詠春と言う奴は!大体、キノコなど食っとらん!
「違うわ!このど阿呆!貴様ァどうやったらそんな答えに辿り着くというのだ!!」
「あれ?違うのか?」
「違う!!」
はあ、疲れる。
やはり、この男が千もの呪文を操るとは考え難い。
こんな馬鹿が、千の魔法を極める程の頭脳や力を持ち得るとはどうしても思えん。
疑惑は確信へと変わりつつあるが、わざわざ確認するような事でもあるまい。
それに、私はこんな馬鹿の相手をしている暇など無い。私には成すべき事が在る。
「お、おいどこ行くんだ?」
私が立ち上がると、私の雰囲気を感じ取ったのか声を掛け、引き止める男。
……何故其処まで私の事を気に掛ける?
見ず知らずの、貴様の言う所のガキ一人など見捨てればよかろう?
「馬鹿の相手など此方から断らせてもらう。貴様もあるべき場所に帰るといい。」
それが貴様にとって最も優れた判断だよ。私に付き合っても良い事など一つも無いぞ?損をするばかりだ。
「おいおい、何だそりゃ。こんな夜中から移動しなくても、日が昇ってからでもいいだろ?」
「一々五月蝿い男だ。いいからさっさと消えろ、私は忙しいんだ。」
踵を返す私に、男はもう何も言ってこないようだ。
……私の跡をついて来ない。まぁ所詮はその程度だと言う事か。
皆、口では何とでも言える。そしてこういう己の表面を優しい言葉で見繕う奴に限って、
私の正体を知れば恐れ戦き、仕舞いにはその杖の切っ先を私に向けるだろう。
それも又、私の長年に亘る経験則で類推できる。
だが――
「…飯は、旨かったな。」
今度会う事でもあれば……いや、止そう。もしかしたらの可能性に期待しても、裏切られるのがオチだ。
決めたではないか。私は――。
「来たれ雷精風の精!!雷を纏いて吹きすさべ南洋の嵐!!雷の暴風!!!」
!?
奇襲ッ!!
敵の襲来、まさかさっきの男?避けれない。
様々な憶測が脳裏を過るが、どれにも答えを出すには時間が足りない。
気がついた時には何もかもが既に遅い。荒れ狂う雷の極光は私の元に辿りついて―。
地に到達した魔法が、辺りを蹂躙し、薙ぎ払い、爆音が鳴り響いた。
ほら見ろ。碌な事が無い。
…しかし、吹き飛ばされた条件が良かったのか、私の身体はなにやら暖かい物に包まれて、ゆっくりと飛ばされる。
こんな風に吹き飛ばされる事など、初めてだ。
まるで誰かに抱き抱えられているような、そんな感触と夢のような感覚。
思わず人恋しさがこみ上げて来て、腕を回してキュっと抱きしめてみる。
やっぱり、暖かい。
「だから、一人で出歩くなって言ったんだ。」
「ふえっ!?」
ハッと目を開けてみれば、そこには確かに、
先程の自称千の呪文の男が、闇夜の月に照らされていた。
「よっこいせ、っと。……怪我はしてねぇよな?大丈夫か?」
私をゆっくりと降ろすと共に心配して此方の様子を伺う男。
貴様、こ、この私を……いやさっきの感触は……まさか、私は!こんな男に!?
「お、おい!!今のはちがッ!「ちょっと黙ってろ。」ぶべっ!」
弁解を図ろうと口を開いた途端、男は杖を持った手とは逆の手で私の口を塞いだ。
そして先程魔法を放たれた方向を見つめ、静かに呟いた。
「すまねぇな。あれは多分、俺の客だ。」
は?何の事だ?
「ぷはっ!俺の客だと?何を言っている。あれは私への刺客だろ?」
「? 何処の世界に、ガキに刺客を放つ奴がいるんだよ。」
「ガキではない!私にはちゃんとエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルという名があるわ!
貴様でも聞いた事があるだろう!闇の福音の名ぐらい!」
「はぁ?何言ってんだ?状況がまったくわからん。
……だがな、エヴァンジェリン。お前が誰であろうと、ガキって事にゃ変わりはねえ。そうだろ?」
「なッ!」
「ガキのお守りは大人に任せときな。じゃあちょっくら片付けてくるから、そこで大人しく待ってろよ?」
さっきから何なんだこいつは!ガキ、ガキと私に向かってッ!
この私を、吸血鬼の真祖の、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルを此処まで虚仮にするなど!
……そうか、わざとだな?
わざと気づかないフリをして、影で私の事を馬鹿にしているんだな?
クク、そうかそうか。クハハハハハハ!!!
いい度胸をしているじゃないかぁ!!この若造が!!
「さてと、どうすっかな。めんどくせーが仕方ねえ……ん?なんだ?」
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック。
来たれ氷精、闇の精!!
闇を従え、吹雪け、常夜の氷雪!くらえ……
闇の吹雪!!」
「おわ!危ねえ!!っておま、何やってんだエヴァンジェリン!!」
「ちっ、外したか。」
「外したか……じゃねぇ!!俺を殺す気か!」
「黙れ!黙って私に殺されろ!!」
「はあ?顔真っ赤にして何言ってんだお前?」
「ッッ!!死ね!!死んで忘れろ!!」
「アホか!!死ねって言われて死ぬ奴がいるかっつーの!このボケガキ!!」
「ボケだのアホだの、貴様にだけは言われたくないわぁー!!」
やはり、馬鹿にしてたんだろう!貴様ぁぁああああ!!
「死ね!!来たれ氷精闇の精!!闇を従え、吹雪け、常夜の氷雪!!闇の吹雪!!」
「ちょ!それは不味いって!来たれ雷精風の精!!雷を纏いて吹きすさべ南洋の嵐!!雷の暴風!!」
互いに同種の魔法を打ち合うが……相殺された!?
「マジかよ、何モンだ?エヴァンジェリン。」
「やるじゃないか!!千の呪文の男!!」
ハハ!面白い!必死に足掻くか、千の呪文の男。
ほら、もっと足掻いて見せろ!!
「来たれ氷精大気に満ちよ、白夜の国の凍土と氷河を!こおる大地!!」
「だから、それは不味いって!!」
「ハハハ!逃すと思っているのか!?」
この後も、私の魔力が尽きるまで、千の呪文の男を追い回した。
辺りは無法地帯と化した訳だが、誰か人が来るような場所ではなかったし、
この異常事態を見れば、たとえドラゴンであろうとも踵を返すだろう。
ん?あいつを追い詰めるのが楽しくて、何か忘れている気がするが、
まあいいか。忘れるくらいなら大した事では無いのだろう。
「あー死ぬかと思った。」
「中々やるじゃないか、千の呪文の男。久々に楽しめたよ。」
「そりゃどうも。……なぁ、一つ聞いてもいいか?」
「ん?何だ?今の私は機嫌が良い。少しくらいなら答えてやろう。」
「うーん、まぁ気になった程度だからいいよ。」
「…私が答えてやると言っているのだ。こんな機会は滅多に無いぞ?いいのか?本当にいいのか?」
「ああ、やっぱりいいや。」
「貴様!!私が答えてやると言っているのだ!さっさと話さんか!!」
「さっきから何なんだお前は……たくっ、えーっと、あれだエヴァンジェリンは新呪文の開発とかやってたんだろ?」
「それがどうかしたのか?残念だが、研究内容は教えられんぞ?」
「いや、お前は強いし、頭いいのは充分解ったんだが、
そんな強いお前が、なんでまだ力を求めるような事をする?
もう充分だろ?そんだけ強けりゃ。」
「なんだ、その事か。……ふむ、簡単に言うとだな。」
過去の事を振り返って思い起こすのは――あの時。不覚を取った時の映像。
あの後から、私は昔断念した術式を掘り起こしまで力を求め、完成にまでこぎ付けようとしている。
費用対効果や、技術的障害の多さなど無視してまでだ。
そこまでして、そこまでしてでも、
「負けられない相手がいるのさ、そいつに勝つ為に私は立ち止まってはいられない。それだけだ。」
「負けられない相手か。そうか、勝てるといいな。」
「ああ、その為にも――」
「ん?何だ?」
「フフ。ガキ一人、放って置けないんだろ?千の呪文の魔法使いよ。
ちょうどこれからの段階で、新呪文の実験台が欲しかった所だったんだ。うむ、実に丁度良い。」
「ははは、大丈夫。エヴァンジェリン。お前は立派な大人だ。じゃ!そういう事で!」
「逃がすか!」
――あいつが、あの忌々しい女が、反射を物にしているのならば、
私はその上を行くだけの話だ。
「マギア・エレベアの真髄……目に物見せてくれる。」