№24「イト」
「ナギ!しっかりせい!ナギ…ナギッ!これから、これからではないか…こんな結末…私は認めんぞ!」
石化したナギを壊れ物を扱うようにゆっくりと地面へ降ろすアリカ。それは普段の彼の扱いとは天と地の差がある。
この反応を見れば明々白々。この二人は原作同様うまく行ったのだろう。
二年という歳月を悩み尽した二人だ。ハッピーエンドで終わった…と思わせてのこの仕打ちは流石に堪えたようね。
お陰で、愛しの姫様の顔が涙でクシャクシャになってるわよ?
それにしても……随分感情豊かになったのね。アリカ。
「今日は懐かしい顔によく会う日だね、まさか本当に君に会えるとは思わなかったよ。“龍の姫”
…いや象徴である仮面は外した、と報告は受けていたから…この二つ名は当て嵌まらないかな?あれ好きだったのに勿体無い。」
「まさか…地のアーウェルンクス?あの時死んだはずでは…」
「そのまさか、だよ。こうして生きている事が何よりも証拠さ。
尤も、君は人形である僕達が生きているとは思わないかも知れないけどね。
…なんだったら詳しく説明してあげようか?君に会いたがっている人もいてね。
是非僕達のアジトに招待したいんだけど?」
「現に目の前にいるのだから一々経緯を説明する必要はないわ。それに私には知る必要が無いもの。」
だって貴方達の体を直した人形師と私は旧知の仲で、貴方達を利用しようと決めたのも私達。
私は貴方を復活させた人形師ではないけれど、貴方達がどういう構造をしていて、どこが弱点なのかさえ把握している。
というか、その人形師から私の体と貴方達の体の造りの違いについてご高説承っていたのよ?聞き飽きる程ね。
それ故、貴方達については既に知り尽している。貴方の口からわざわざ経緯を語る必要など最初から無い。
貴方達は愛しい操り人形。人形は人形らしく、人の意図で喜劇を舞うのがお似合いよ。
勿論全てを理解したと言える程ではないけれど、それでも私は一々驚いた演技を見せなくてはならない。
…面倒ね。まぁ最初だけだから、我慢するとしましょう。
「本当に興味が無いんだね。まずはその考え方を改めさせる方が先決かな?」
「できもしない事を前提に話を進めるのは、貴方達の専売特許なのかしら?あの戦争で何も学ばないのね。」
「僕には学ぶとか、成長とか、所謂向上の努力なんて必要ないからね。ただ主の意向に従うだけだよ。」
「いい訳ね。まるで自分で考える事を拒否しているかのよう…薄々気づいているんじゃないの?自らの存在の曖昧さに。」
「何を訳のわからない事を…主の為に働くのが僕の役目だよ。君に何を言われようとそれは変わらない。」
うん?反応が薄い……そうか、こいつにはまだ心の琴線に触れるような出来事は起きていない。
ネギに出会ってフェイトは変わり始めるから、まだまだ先の話…。
「そうね、それもそうよね。色々と言ったけど好きにすればいい。ご存知の通り、興味ないわ。」
「君はまるで僕達の目的がくだらない事のように話すね。
でも…その興味の無い君が何故この場にいるのかな?
興味が無いのならこの処刑も見て見ぬ振りをして、放って置けばいいじゃないか。」
「何故ってそれは――」
――それはアリカ処刑の前日。
私は処刑について何の心配もせず、全ては紅き翼が解決し、ただ原作通りの道筋を進むであろうと高を括っていた。
その為、
何の気兼ねも無く、我が家で寛いでいたのだ。それこそ休息の二文字を体で表現するほど、私はだらけていた。
そう何の問題も無かったはずだ。少なくとも一匹の不幸を告げる黒猫が現れるまでは。
「行かないのですか?処刑見物に。」
黒猫がその外見に似つかわしくない声を発声する。これが生来の声でない事は最早説明不要だろう。
これはレザードの使い魔…これで猫らしくニャーとでも鳴いてくれれば、まだ可愛らしいのだが…。
「そうね、魔獣蠢く谷底へと落ちる麗しき女王を肴に…何をすると言うのよ。この変態。」
それにしても…緊急でも無い癖にわざわざ転移させて送り届けるなんて。
話相手が居なくて暇なのかしら?私も暇をしていたから話相手くらいにはなるけど…
まぁ彼は元来、交流と言う物が苦手なのだろう。それに完全なる世界の中に彼と話が合う者がいるとも思えない。
何故そう断言できるかと言えば、私は彼の人間性を知っているからだ。
私が知る、レザードという人間は…
自らの狂気故に偏執的、何より禁断を好み、根っからの極悪人。あと生粋の変態。
それこそ、己の欲望の為に級友や恩師でさえ策を用いて殺すような男だ。
尤も、師については疎ましく思っていたらしいから…恩師などとは欠片も思っていないのかもしれないが。
そう、総じて彼は残虐なエゴイストと言える…それが彼の一面であり、本性と言い換えてもいい。
そもそも彼は誰かや何かに対して“悪い”と本心で思う事は無い。
“悪”という意味は理解していても、いや充分に理解しているからこそ、それを無下にする…そんな感じだろう。
無下にした他人の親切を、更に地に叩き落とし踏みつけて、それを見て嘲笑うのがレザードだ。
よくよく考えると、こんな人間と付き合いがある方がどうかしている。
そうだ…彼も私の事をとやかく言えないのではないだろうか?何が“遠慮という思考が欠落している”よ。人の事を言える立場なの?
それこそ貴方は罪悪感という感情が欠けている。
「褒めても何も出ませんよ…と言いたい所ですが。本当に?」
「しつこいわね。大体私が行く必要があるの?」
彼等に任せていれば、私は邪魔なだけだと思うけど。
「大有りですよ。折角貴女と私の為に用意した初舞台なのですから。」
「何それ?私と貴方の為?」
「そうです。これは私達の為に用意した喜劇の、第一幕ですよ。」
…第一幕ね。まだ他にもあるの?とか色々な疑問はとりあえず置いといて…。
「聞かせてもらうわ。」
「――それは、私にも動くに足る、それ相応の理由があるから。その為に此処に来たのよ。」
「それは是非聞かせて頂きたいね。君に興味を抱かせる物に僕は興味がある。」
「大した事じゃないわ。本当に…くだらない事よ。」
「なるほど、そのくだらない事以上に僕達の目的はくだらないと…そういう意味かな?」
「あら、自覚してるんじゃない。お人形さん。」
「……ここで君の挑発を買って、戦闘を始めても良いんだけど…僕の役目は終わったからね。
獲物は取らないでおこう。」
「獲物?それは…一体何の事?」
「それは秘密にしておくよ。それに今日は挨拶だけのつもりだったんだ。
君が此処に来るという情報をとあるルートから入手してね。」
「…嘘でしょ?どこから私の情報を…?」
「フ、ハハハハハハハ!いつまでも逃げ隠れていられると思わない事だね。龍の姫。」
じゃあね。と最後に不吉な予言を残し、水の転移魔法で消えてしまった地のアーウェルンクス。
これで意趣返しができた――とでも思っているんでしょう。
此方が事情を知っているとは露知らず。勝ち誇った顔をして主の下へと帰還した。
…彼は結局、演技の研究はしなかったようね。
こんな猿芝居を見抜けないなんて……成長しないって言うのも考え物か。
さてさて、それでは…私は私の役目を終えるとしよう。
「…私が直接出向く訳には行かないとはいえ、
遠見の水晶で見ているだけはツマラナイですね。
少々盛り上がりに欠けるようですが…まあ及第点ですか。良しとしましょう。
喜劇の舞台は幕を開けました。複雑に絡み合う運命の糸という名の喜劇をその手中に収めるのは私達か、それとも…。
貴女には期待していますよ?ジェラード王女殿下。いや此処ではアンジェラ・アルトリアでしたか。」
「ククク…暫しの夢に訪れる泡沫夢幻の世。それを裏から動かすというのも面白い。」
あとがき
おうぅ…orz
遅い、短い、で定評のある?作者ですが
少しでも面白くしようと努力しておりますので、
こんな作者ですが生暖かい視線で見守ってやって下さい。