№21「長居」
馬鹿な…レザードがこの場にいるはず無い!
レナスを死ぬ程愛しているこの男が、レナスのいない世界に来る理由など、何一つ無い。
何故此処に?いや…この世界に?
考えられるのは…これか?
「彼女に振られたから、この世界に来たの?傷心旅行にしては随分遠出したのね。」
「…違います。久しぶりに会ったと思えば…いきなりですね。相変わらずのようで安心しました。」
「安心?何の事よ。」
「いえ、ククク、貴女が、“癒しの童子”などと呼ばれていたので、頭でも打ったのかと心配しまして。」
「…貴方も相変わらずね。大体私だと知っていたのなら、連絡でもしなさいよ。」
「それは不可能でしょう?私は貴女達の敵、しかも怨敵なのですから。」
敵ね…その割には前線に出てこないし、戦争中に誰かが私と同じ魔法を使ったという報告は入っていない。
レザードが戦闘に参加していたなら、この戦争はもっと苦戦していた。
こいつ自ら動いたのはグールパウダーの配布くらい?
この男は積極的に完全なる世界の活動に加担していた訳ではなく、
完全なる世界では力を隠していた…と考えるのが妥当。
ならばあのグールパウダーは…
「貴方…もしかして。」
「はい、それで此方側に私がいることを知らせる為、グールパウダーを使用したのです。
グールパウダーが使われている事を知れば、貴女は間違いなく私の事を調べ、そしてその大元を探すでしょう?その為の物です。
勿論、完全なる世界に少しだけ、私の力を誇示する必要があったのも事実ですが。」
「…なるほどね、あの後貴方が姿を現さない訳だ。
私に会う為に、誰も居ない時を狙っていたが、
この時までお互いのタイミングが合わなかった。
…いや違うわね。この戦争が収まるのを待っていた、と考える方が正しいのかしら?
でも、それは私が貴方を探している事が前提よね?
でなければいきなり現れて、有無を言わさず戦闘。となっても不思議では無い。
どうやって私が貴方を探している事を知ったの?」
「あの石化された者ですよ。私がグールパウダーを渡した者は全て記憶していました。
そこで、彼の石化を解除して話を聞き出したのです。
あぁ…安心して下さい、彼は私の研究の材料に成り変りました。
どうです?私達に共通した事柄で、いい手段だったでしょう?」
どこがだ…こいつには使い魔がいる。伝言を伝えるだけならばそれで済む。
「どこがよ…こんな面倒な方法…嫌がらせにしか思えない。貴方は私の古傷を抉るのが好きなようね。」
…私はこいつに話したか?グールパウダーで怪物と化したジェラードの事を…
何故知っているのかは不明だが、話を合わせなければ不審がられる。
「クハ、クハハハ!フフフ、何の事でしょう?」
「そんなに笑っておいて、よくそんな言葉を吐けるわね。」
「フフ、私も鬱屈とした空気の中で、少々ストレスが溜まっていまして。話の合う方がいて助かります。」
「確かに負け戦は空気が悪いわね。
でも貴方、負け戦はお好きでしょう?」
「ご冗談を、しかもまだ負けていません。」
「本当に諦めの悪い男。しつこい男は嫌われるらしいわよ?」
レナスも散々ね。こんな変態、さっさと浄化すればいいのに。
「ククク、やはり貴女は面白い。ここまで話が合うのは貴女くらいですよ。」
「私は全く面白く無いのだけれど?
まぁいいわ…まず貴方の事情を聞きましょう。」
「…えぇ、貴女にも確認しておきたい事があります。お話しましょう。」
そう言って、彼は語り始めた。
私を送った後、着々と準備を進め、大体一ヶ月程で準備を済ませ、アスガルドに攻め行ったらしい。
そこで繰り広げられた激戦。
レザードは不死者の軍勢を率いて、神々に挑戦し、ついに愛しのレナスの元まで辿り着くも、
結果は惨敗。レザードがグングニルを過大評価していたのか、レナスの神剣が他の追随を許さないのか。
それは対峙していない私にはわからないが、あの最強仕様のレザードでさえ、惨敗と言う程だ。想像も付かない力だろう。
そして不死者の軍勢も、英霊や神達に悉く潰され、最早退路も断たれ万事休すのレザード。
そこで……グングニルが暴走したらしい。
暴走と言っていい物なのか、レザードでもわからないそうだ。
レザードが転移で逃げようとした時、私を送った時と同様の黒い穴が出現し、
それに巻き込まれ、気がついた時にはこの世界で意識を失っていたそうだ。
そこで完全なる世界の者に拾われ、今に至る、か。
「そして拾った者が…」
「デュナミスという完全なる世界の幹部。
彼は私を救う為に治療を施し、意識の無い私は彼に保護されました。
私の意識が回復し、私自身の魔法で怪我を完治させた時には、大層驚いていましたよ。」
「そう、私の情報を渡したのは…貴方ね。」
「全てではありませんが、つい口が滑りました。申し訳ありません。」
こいつ…心にも無い、解り易い嘘を。
「…まぁいいわ、別に彼を殺しても問題無いのでしょう?」
「構いませんが…無駄ですよ?彼等は不死と同義ですから。」
「どういう事?」
「彼等は人形。人形師によって、その身体を生成できます。
彼等の生命はまさに不死同様。人形師が居る限り、肉体に意味は無いのです。」
「なるほどね、この戦争自体、完全なる世界の幹部連中、全員殺さなければ、私達は真の意味で勝てなかったのね。」
「その通りです。彼等は時間さえあれば何時でも復活できる。貴女達は勝ちを譲ってもらったに過ぎません。
長い目で未来を見据えれば、真の勝利者は完全なる世界…のはずでした。」
「はず?」
「貴女の存在ですよ。」
「……。」
「貴女が彼等とは違う、この世界を救う答えを出してしまった。そのグングニルもどきを用いてね。」
「もどき?」
「元所有者の私から言わせれば、それは劣化品と言わざるを得ません。」
「…ちょっと待って、その口振りなら最後のあの戦いを全て見ていたのでしょうけど、
あんな力、向こうの世界では発していなかったはずよ。」
「それについては憶測ですが考えがあります。それでも構いませんか?」
「ええ、これについては私も聞きたい事がある。あれはグングニルの特有の物ではないの?」
「それは違うと、私は思います。あれはグングニルというより、四宝の性質でしょう。」
「四宝の、性質?」
「四宝とは、世界の安定を齎す物。こう言えばわかりますか?」
「……、つまりあの魔力が消失する現象を、世界の崩壊を、四宝モドキであるこのグングニルが、
その現象を異常として認識し、この世界の安定の為にその力を発揮した?」
「そう考えるのが、適切かと。」
「確かに…そちらの方が納得できるわ。」
失われた魔力を補完するだけの為に、術者の力量を超える力を発揮した。
…どうも私はこの槍に振り回される傾向にあるようだ。
あの力はいつでも発現できる物では無く、偶々、状況に応じてその真価を発揮したに過ぎない。
…糠喜びもいい所だ、あの力がいつでも発揮できないのなら、レナスなど程遠い。
「それで、先程言っていた確認したい事って何よ?」
「いえ、もう完結しました。」
「まさかの自己完結?話を振っておいてそれは無いんじゃない?」
「…いいでしょう。話は単純です。あの暴走は貴女が仕組んだ物かと疑ったのです。
しかし、貴女はグングニルについて余りに無知。それ故、あれは只の暴走だと、たった今理解しました。」
「…酷い人ね、二重の意味で貶されるとは思わなかったわ、聞いて損した気分よ。」
そんなに捻くれているから、レナスに見向きもされないのよ。
「貴女が聞きたいと駄々をこねるからです。自業自得ですよ。」
「そうね、もうその話はお仕舞い。他に聞きたい事があるわ。
…何故私に会いに来たの?雑談する為にグールパウダーを使うとはどうしても思えない。」
「……。」
「此処まで来て話せない。じゃ済まないでしょ?早く話なさい。」
「ふぅ…いいでしょう。これは貴女の協力が必要になるのですが、聞いて貰えますか?」
「聞くだけならね。」
「…では、私が貴女に会いに来た理由ですが…
貴女に協力して欲しいのです。私がもう一度あの世界に帰れるように。」
「……次元転移、一応あの術に関してそう定義しましょうか。
おさらいすると、次元転移する為には複雑な術式や膨大な魔力が必要だったわね。
術式は貴方が知っているモノとして、膨大な魔力は劣化グングニルである程度賄える。
こう言えば簡単に聞こえるけど、その程度の考え、貴方も簡単に思い付くはず…何か問題があるのね?」
「相変わらず、話が早くて助かります。貴女の考え通りです。しかし問題は更にその先にあります。」
「何かしら?」
「これは実践しなければわからない事なので、何とも言い難いのですが…。
あちらの世界とこの世界が繋がっている可能性とそうでない可能性、繋がっていても帰れない可能性。三つの可能性があります。
まず、あちらの世界からこの世界に私達二人が同じ世界に来た事は事実ですから、二つの世界が繋がっている可能性はかなり高いでしょう。
ですが、それが相互通行しているか、それは未確認です。
もしかしたら一方通行かも知れません。仮に次元転移の術式を発動できたとしても、あの世界に帰れるかどうかは、賭けになってしまう。」
「……うん、大体理解したわ。この世界に来る事はできても、戻る事はできないかもしれない。
それどころか、もう一度転移して違う世界に移動してしまっては、更にレナスが遠のく。であってる?」
「ええ、それで構いません。」
「で?協力と言うのだから、解決策は立案してあるのでしょう?」
「勿論です。……これは運の要素も含まれるのですが…。」
「焦らさないで、早くして。」
「…あの世界からの刺客を待ちます。」
「……は?」
「私達は大罪人です。それを神々が放って置くとは到底思えません。
多分…いえ必ず、追っ手がこの世界に来るでしょう。その追っ手を倒し、帰る方法を聞きだす。そしてその方法で私達は帰るのです。
神々ならば、帰る方法も用意しているでしょう。そうすれば私は晴れて帰郷できます。」
…私“達”って勝手に私を含めないでよ…。大体、問題点が多すぎるでしょう?
「貴女と私、どちらかの前に姿を現すはず。だから貴女に神を倒す手伝いを…聞いていますか?」
「はぁ…聞いているわよ。…それしか方法は無いわけ?随分他人任せになったのね、貴方。」
「無論、問題は山積みですよ?それが理解できない程、私は愚かではありません。
しかし現状では、これが唯一の方法です。」
「…試しに次元転移を展開して、貴方が穴に入って直ぐ帰ってくる。貴方が帰ってくるまで、ずーっと展開しておいてあげるから。
世界が違えば、戻ってくればいいじゃない?ね?そうしましょう。」
「私が穴に入った瞬間、有無を言わさず塞ぐでしょうね。貴女なら。」
チッ、ばれたか。
「そんな事より、勝算はあるの?追っ手の神に。
次元を超えてやってくる力を持つなら、かなり神格の高い神が来るはずよ。それも貴方を確実に殺し、魂を消滅させる程の。」
「否定しないのですか…まあいいでしょう。
勝算はありませんが、準備はできます。
神が来るには時間が掛かるはずです。充分すぎる程の時間がね。」
「時間…ね、どれくらい?」
「先程お話しましたが、私は“一ヶ月程”後で戦いを挑み、その戦闘の終結間近、次元転移でこの世界に来ました。
…時間軸が大幅にずれているのです。此方の世界はあちらの世界と比べて時間の流れがかなり早い。
私がこの世界に来た時には、既に貴女の写真は完全なる世界に出回っていましたから。」
つまり、VP世界での一ヶ月がネギま世界で三年近くになるというのか?
「それは…時間は有り余っているわね。それで貴方の予想で、向こうの世界の何ヶ月程で、此方の世界に刺客が来ると見てるの?」
「神々があの現象を理解し、術式を完成させるのに、大体、三ヶ月から半年以上ですかね。」
「それじゃあ…貴方が死んでいる可能性の方が高くない?いつまでも来る当ての無い刺客を待つと言うの?」
「勿論、それ以外の方法も探します。あくまで主案はこの方向で動き、違う最善策を模索する形になります。」
「私にメリットは?」
「無残に一人で殺されるより、私と二人で戦った方が身の為ですよ?
それに私の所属はまだ完全なる世界のままです。逐一情報を譲る事をお約束します。」
「それだけ?確かに神の追っ手は恐ろしいけれど、私は異世界を転々とすれば良い。逃げ道がある。」
「しかし、何処までも追って来たら?その可能性も無いとは言い切れないでしょう?
それに貴女はあの鍵のような物を欲していましたね?私がそれを手に入れる事をお約束しましょう。」
「論外。まだ手に入れていないのなら皮算用よ、無駄…。」
いや…待てよ…完全なる世界の所属か、この男が…
「貴方、幹部になれそう?」
「完全なる世界のですか?幹部程度なら、この戦争で多大な痛手を受けましたから、頭角を現せば直ぐにでも。」
「なら同時に人形師の術を習得して来て。天才の貴方ならできるはずよね?」
「…何か考えがあるのですね?」
「ええ、貴方があの組織を乗っ取っるの。」
「乗っ取り…ですか?組織に興味はないのですが…。」
「私も組織の雑魚には興味は無い。でもあの人形共の力は無視できないでしょ?
エインフェリアくらいの力は絶対あるわ。もしかしたら下級神くらいなら相手にできるかもしれない。」
「なるほど、戦力として、ですか。その為にも…」
「そう私の倒したデュナミス、紅き翼の面々が倒したアーウェルンクスシリーズ。
それらを貴方の駒にすれば、突然来る神の急襲にも捨て駒と使えばある程度対応できるし、
あれを貴方の制御下におけば、あの組織の中心戦力は実質貴方の思い通り。」
「神を倒すには、戦力の増強は免れない。…面白い。組織を使い潰し、神を打倒する為に道化を演じろと言うのですね?この私に。」
「そうなるわね、人形は人形師には逆らえない。そこを逆手に取りましょう。
しばらくは趣味の悪い人形遊びに精を出して貰うわ。
…あぁごめんなさい、貴方のホムンクルスは最高の物よ、自信も持っていい。あれをあんな人形と同一に考えていないわ、本当よ?
それに貴方はあの鍵を手に入れて、しかもあの目障りな老人も消してくれるのでしょう?」
「白々しい…褒めても無駄ですよ。後、さり気無く注文を増やさないで下さい。油断も隙も無い…。」
「あら?同じ事よ?あの鍵は肌身離さずあの者が持っているでしょうから。手に入れるなら殺して奪うしかない。
あ、後使い方も聞き出してね?」
「…貴女には遠慮という思考が欠落している。」
「そんなの、今更でしょ?何言ってるの?」
「…だから貴女に協力を仰ぐのを躊躇したのです。」
「あはは、ご愁傷様。」
「その言葉を、再び貴女の口から聞く事になるとはね…。」
レザードは落胆しているが、
これでいい…
私に対する完全なる世界の追っ手は無くなり、
私は鍵を労せず手に入れられる。
それに
神の追っ手など、私には関係がない。
確かにグングニルを渡したのは私だが、それをどう扱うなどレザード自身が決めた事だ。
神々に戦争を仕掛けたのも又、レザードなのだから、
その責任を私に取れと言われても困る。
まぁいざとなれば世界を超えて逃げれば良い。
勿論、レザードを囮にして。
故に、現時点でやるべき事は…次元転移の術式を完全に記憶する事、
そして劣化といえど、あれだけの力を発揮した槍を完璧に扱えるようになる事。
総じて言えば、私自身が成長する事。それが想定される全ての状況において、優先される必要事項だ。
強くなる。単純ゆえに、難しいな。
とりあえず強くなる為に、簡単に思い付くのは…
強くなりたいならば、強い者と戦う。
経験値は強い者の方が多いと、相場は決まっている。
あとがき
ながい…前話の短さは何だったのでしょうか…
レザードとの会話が弾む弾む。
正直今回はプロットがあるとは言え、書きやすかったですね。
さてこれからの方針は決まりましたが、どれほど強くなれるか、強くなろうと思っているのか、
アンジェラはこれからどんな生き方をするのでしょうか?
次回は番外を挟みます。