№20「終わり、始まり。」
槍が私の手に戻ってくる。魔力は垂れ流したまま、翼も展開したままだ。
この姿を見た者は皆、口を揃えて言うだろう。
―天使だと。
これでは弁解のしようがない。私が信仰の対象になるなど、冗談ではない。
…それよりも―
辺りに霧散していた魔力光、白い光が晴れると、そこには何も存在していない。
おかしい…
デュナミスの件でやりすぎには充分注意して、死体が残る程度には加減したのに…
死体になれば、人間だろうと人形だろうと、私の魔法かユニオンプラムで生き返らせれる。
魂が無くなろうと、肉体に宿った記憶は消えない。ジェラードと私の、この身で、魂で、証明した事だ。
脳という記憶媒体があれば、鍵の使い方も十分、理解できるはず。
それゆえのニーベルン・ヴァレスティだったのだが…
これは、逃げられた?憤怒と言っても過言ではない態度を示していたにも拘らずか?
死んだのか…逃げたのか。どちらも腑に落ちない。
―恐ろしい力だな。
念話、この声は……数秒前の疑問は簡単に払拭されたわね。
「あれだけ大口を叩いておいて、逃げるとはね、思いもよらなかったわ。」
魔力探査……無理か、範囲外に逃げられた。
―貴様の力、その魔力があれば、この世界の消滅も防げるはずだ。
…考え直せ、貴様が力を貸せば、全てが丸く収まる。
「しかし、私とこれは使い潰される。」
―貴様だけの犠牲で救えるのならば僥倖。それが最善ではないか。
「あなた達には、ね。犠牲になる者がいる限り、最善など語るべきではないわ。」
―考えを改めるつもりは無いのか?
「くどいわね…あなた達の為にこの世界に永久に囚われ、
この世界の民によって無尽蔵に使われ、失われる魔力を、永遠に供給しろと?」
―それが、貴様等の仕事だろう?神ならば迷える子羊を救うのが使命ではないか。
「仕事…使命、ね。……ふ、ふふ、あははははは!!」
―何がおかしい?
「ふふ…何が、ですって?おかしいわよ、その考え方がね。
神が人間に、そんな感情を持ち合わせているとでも?
神は人に対して、残酷なまでに無慈悲よ。高慢、あなたも先程言っていた、それそのもの。」
―……貴様の意志は与した。
だが、私の次善策よりもより良い最善策が現れたのだ。私は貴様を、貴様の力を必ず手にしてみせる。
「そう…あなたも、何かを求めるならば、それ相応の対価を用意する事ね。」
―肝に銘じておこう。
気配が…消えた。
…互いに究極とも言える魔法具を賭け、相対する。
実力差はあるが、私もこのグングニルも完璧に制御できているとは言い難い。
絡め手で来られたら、足を掬われる可能性は大。彼等も最早、形振り構っていられないだろう。
彼等の力は底が知れない。強力なアーティファクトをどれだけ所持しているのかも不明、
そして組織という物は総じて厄介な物だ。
何より多対一は分が悪い。単体、複数ならまだ良いが、軍は難しいだろう。
軍による攻撃に一人で応戦するなど、馬鹿のする事だ。三十六計逃げるに如かず。
完全なる世界が私に全戦力投入など、考えたくも無い。
私は奴等を相手にせず、頑張ってタカミチやクルトに数を減らしてもらおう。
とりあえず、神を凌駕する力は手に入れた。無理に鍵を手に入れる必要は無い…か?
…保留だな。焦る必要は無い。今は情勢を把握するのが第一。
後、残った懸念事項は……グールパウダーか。
そして…
「漸く反転術式が起動した…もしかして、私達の戦闘が収まるのを待っていた?」
ありえる…ここまで魔力消失現象が到達していたから、可能性は高い。
私達の戦闘が遅延させる原因だったとは…自業自得だな。
「ま、結果的にオスティアは落ちないわ。これでお相子よ?アリカ姫。」
失われた魔力は私が補完したから…オスティアは落ちないでしょう。多分。
オスティアが落ちなければ、アリカは投獄されないのだろうか?
一応自国民を危険に晒したのだから、投獄されるのも当然と言えば当然。
その他にも国際的な奴隷公認法など通したから…
…殆ど変わらないか、事件が未遂となり難民は出なかった。
しかし、救われた者達は自らの身に起きた奇跡に、感謝もしない。
本当は死ぬ運命だったはずの、3%の救われた民は、国が落ちた未来など知らぬまま、
戦争の指導者を罰するだけだ。
父王を殺し、死の首輪法を通し、既に多くの非難を受けていた、王と言う名の生贄を。
更に敵の本拠地を自分の国に抱え込んでいた。……元より、アリカの死刑は免れない運命か。
皮肉な物ね。王が助けた民達が、その王の首を刎ねる。
まぁこれもあくまで推測。これからどうなるか、私にだって先は読めない。
これからを考えるのもいいが、
反転術式の遅延原因となった場所に、これ以上留まるのはマズイかな…転移するか。
移送方陣展開、場所は…とりあえず人目の付かない所…あの掘っ立て小屋でいいか。
「アンジェラ!――」
誰かに、声を掛けられた。私の名を呼ぶその声は耳に覚えが有る。
世界を救う為に自らの国を滅ぼした、災厄の魔女。
ナギの妻、ネギの母となる人物。
振り向けば、アリカ姫がいた。
此処に居てもいいの?総司令でしょ?貴女。
「待て!お主は――」
何か言いたい事でもあるのか、わざわざ御身で私を止めようと駆けつけた。
しかし展開した移送方陣は止まらない、止めない。
私は貴女に話す事など何も無い。
貴女に感謝される為にやった訳ではない。失われる命を、国を、救うつもりなどさらさら無かった。
貴女に罵倒される趣味も無い。色々黙っていた事に腹を立てているのか?いつかの平手打ちはもうゴメンだ。
だから、さようなら、災厄の魔女。
貴女がそう呼ばれるか、これからの貴女次第だけれど。
「誰か…居るはずないわよね。」
タルシス大陸極西部オリンポス山、紅き翼隠れ家。
アリカとナギが騎士の契約を交した、名シーンのあった隠れ家だ。
数ある秘密基地の中で、ここを選んだ理由は特に無い。
ただ単にオスティアから離れているからだ。
これからの方向性を考える為に、静かな場所と時間が欲しかった。
紅き翼のメンバーはオスティアでの停戦記念の式典に出席しているはず。
ここを知っている誰かが来るような事はないだろう。
「いえ、お邪魔していますよ?」
「!!」
しかし、私達の…いや、紅き翼の隠れ家には既に、招かれざる客が鎮座していた。
「勝手に家に上がるのは聊か失礼かと思いましたが、宿主が居ませんでしたから。」
その男はフードを目深に被った、顔の見えない不気味な男。
あのグールパウダーを生成していた男だ。
「……何か用?一戦やりに来たのなら、後日、日を改めてくれるかしら?」
「そんなに無碍に扱わないで下さいよ、つれないですね。私と貴女の仲でしょう?」
私と貴女の仲、仲…?
………ま、さか。
「お久しぶりです。」
男がフードを捲る。そこには、
私の失伝魔法の師匠であり、この身体の製作者であり、
稀代の錬金術士と死霊術士でもある。
レザード・ヴァレスがそこにいた。
あとがき
短い…申し訳ないです。殺人的なかそk…忙しさで。
という訳で、死霊術士はレザードさんです。
世界を超える力を持っているのは、彼くらいなのでわかる人にはわかったかも知れませんね。
とりあえず何故敵側にいたのか、何故グールパウダーを使ったなど、疑問は次回!