№17「離別」
塔の中に入ると、造物主は待ち兼ねたように語りかけてきた。
「…見事だ人間、その短き人の生で良くぞここまで辿り着いた。
その技、その力、その意志、その全てが常人とは掛け離れている。」
「ハッ!当たり前だ!俺は最強無敵の魔法使い、
“千の呪文の男”だからな!その他大勢と比べてんじゃねーぞ!」
「最強か…それは上々、素晴らしい。…どうだ?
貴様等、私と一緒に来ぬか?」
「なッ!」
ほほう、なるほどそう来たか…解り易いテンプレだな。
世界の半分でもくれるのかしら?
「この世界はもう滅ぶ、限界だ。これは変えられぬ運命であり、
この世界に残された道は消滅のみ。
私は最後を綺麗に終わらせたいだけなのだよ。この世界を終わらせ、新たな世界を創る。
今までの不完全な醜い世界ではなく、完全な美しい世界。
私の思い描く永遠に、貴様等を招待しようではないか。
ククク、悪い話では在るまい?
完全なる世界の原初なる人間!それが貴様等だ!」
…完全なる世界、“完全”か。
私の知る、完全と呼ばれる者達、即ち神々は、絶えず戦争を繰り返し、
仕舞いには自分達が蔑む対象であった人間達の世界にまで手を伸ばし、その世界を崩し、英雄を自分達の戦争の駒に変えた。
そんな世界に一度でも身を預けた私の意見としては、確かにその世界は美しく、そして欺瞞に満ちた世界だった。
同族では無いからと、他者を打ちのめし、
ある者は、無用な混乱を人間界に招き、レナスが死者の魂を集めやすくする為と、
自分が力を得る為に、人間界に安定をもたらす四宝を持ち去り、それが元で己が足を掬われる。
ある者は主神には絶対の忠誠を誓うが、神ゆえの傲慢さで人間達には全くの無慈悲、見向きもしない。
その主神が殺されれば、その場を離れずただ泣き崩れるだけ。
ある者は味方と敵対する神族との間に生まれ、それを理由にどちらの神族からも蔑まれ、
自らに根付いた怨念を日に日に募らせた。
そんな者達が完全?
…笑わせる。こんなモノが完全であるものか。
そして貴方の語る完全も同じニオイがする。
まるで他者の事を考えず、自らの都合の元に行動する。
それではまるで、何一つ変わらない。
完璧なまでに人のままだ。
完全を創ろうとする貴方が、そんな事では完全には程遠い。
…私も人の事など言えた物ではないが、私もその辺、まだ人間だという証明なのだろう。
「…俺は、俺はさ、難しい事はわかんねー。」
「ナギ?」
造物主の元に歩を進めるナギ、…やがて造物主の一歩前で歩みを止める。
「だがな、一つだけ聞かせろ。」
「…構わぬ。話せ。」
「お前はすげぇ魔法使いなんだろ?なのに、何でもう既に諦めてんだ?」
「諦めてなどいない。これが考え抜いた結論であり、変えられぬ運命、十全たる事実だ。」
「…そうかよ。」
造物主の話を聞いている間、私は彼の背中しか見えず、表情が読み取れない。
そのナギが、搾り出すように声を出す。
その声は震えており、いつものナギとは思えない、小さな声だ。
「さあ、決めたか?己が運命を。」
「あぁ、たった今決めた。」
…だが、蓋を開けてみれば、先程の弱弱しい声とは裏腹に、その声は揺るがぬ決意を秘めており、
此方から表情は伺えないが、きっとナギの目は燦爛と、ギラギラと輝いている事だろう。
ナギはナギなりに考えた、これが本当に正しいのか。
無い知恵振り絞って、絞り出して、一生懸命、考えたのだろう。
だけど貴方が、頭で考えて理解できる事なんて、驚く程少ないわ。
だから―
「それは―」
だからそれ以上、造物主の話は続かない。
「あああっ!!!!!」
ナギは自身の雄叫びと共に、造物主に綺麗な右アッパーカットをぶちかました。
そう、貴方は頭で考えるよりも先に、手が出る方が圧倒的に早い人だもの。
「ククッ、フフ、フフはは。
ははははははははははは!!!!!!
私を倒すか人間!それもよかろうッ!
私を倒し、英雄となれ!羊達の慰めともなろう!」
造物主は複数の、いや複数と言える数ではない。
その数は膨大であり、また巨大な魔方陣が奴の背後にそびえる。
…果てが見えないな。
「チッ、しぶてぇ奴だぜ。」
かなりの魔力を込めた奇襲で、近距離からの物理攻撃、障壁の防御にも限界がある。
それでも悪態を吐くのは大方、かなりの手応えでもあったのだろう。
それでも生きている造物主も化物か。奇襲でラスボスを倒そうなんて…。
汚い?せこい?…ふふふ、戦争に汚いもクソもないでしょう?
それに奇襲は造物主が先手で行なった。一回は一回だ。
「だがゆめ忘れるな
全てを満たす解はない
いずれ彼等にも絶望の帳が降りる。
貴様も、例外ではない!!」
その魔方陣から黒の閃光が瞬くが、ナギは自身の障壁で防ぎ、造物主に接近戦を仕掛ける。
私達の補助が、無いにも関らず。
…別に好きにすれば良い、私が存在する限り、貴方に負けは無いのだから。
「ケッ!
…グダ、グダ!うぅるせぇぇぇえッ!!
たとえ!明日が滅ぶと知ろうとも!」
そして終に、造物主の元まで辿り着いた。
拳にはナギの得意属性、雷の魔法が発生しているが、そんな魔法…使っていたか?
まあいいか、お蔭で私が手を出さずとも良いのなら、今後が楽に進められる。
私は絶えずゼクトを注視していれば良い。
「あきらめねぇのが人間ってモンだろうが!」
ナギの意識に共鳴するかの如く、ナギの愛用の杖がその形を変貌させて行く。
それはナギの雷を纏い、更に魔力が練られて尚、止まる事を知らず無尽蔵に増え続ける。
流石公式チート。まさか最終決戦でパワーアップとは、ふふ。
本当に見てて飽きない、面白い人ね、貴方は。
「くっくく、貴様もいずれ私の語る永遠こそが、全ての魂を救いえる唯一の次善解と知るだろう。」
「人、間、を!」
「なめんじゃねえええええええええ!!」
ナギの叫びと共に、杖は造物主を貫き、消滅した。
「終わったの、か?…ハハハ、終わった、終わったぜ!なぁアン!お師匠!」
「何言ってるの?まだ黄昏の姫御子を助けていないでしょう?
儀式を完全に停止する。話はそれからよ。」
「その必要は無い。」
魔力反応!!――近距離後方!
咄嗟にナギを抱えてその場を離れると、そこは爆発に包まれた。
この魔法を放てる人物は、私とナギを除いて一人しか居らず、間違いなくさっきまで私の近くにいた少年風の男。
フィリウス・ゼクトその人しかいない。
「お師匠?」
「ククク…クハハハハハ!!!!」
ゼクトの高笑いと共にこの辺りに光と魔法力場が発生する。…これが始まりと終わりの魔法。
「もう遅い。世界を無に帰す儀式はたった今完成した。」
「お師匠、な、何言ってんだ?」
「ゼクト、貴方…。」
「武の英雄に未来を造ることはできぬ。貴様等には結局、何も変えられまいよ。
だが果して…自らに問うがよい。ヒトとは身を捨ててまで救うに足るものなのか?」
「人間は度し難い。英雄達よ、貴様等も我が2600年の絶望を知れ。……さらばだ。」
ゼクトの体がさらさらと風に消える。
「お師匠?……師匠……師匠ォおおおおお!!!」
ここまで、予想通り。さあこの旅もフィナーレだ。
「ナギ、貴方ならできる。」
「アン?」
「貴方は今までたくさんの人の運命を変えてきた。
そうして助けたヒトや倒したヒトが今の貴方の一因となっている。
そして貴方は曲り形にも世界を変えた、救った。
…ならば貴方の思う通りに動けばいい。きっとその先に希望がある。」
柄にも無いな…まあいいか。
まあ面白いモノを見せてくれたお礼だ。
今までの分も込めて、中々楽しかった。楽しませてもらった。
「…アンまで一体何言ってんだよ!!」
「私の言ったように、貴方は“世界最強の魔法使い”に成れた。
その強さを、貴方の強さを、それさえ忘れなければいい。神様はね、強い者の味方なのよ。」
ウェスティーゲム、追跡魔法符発動。
「それじゃあね。ナギ。」
そしてナギの何か焦ったような表情は、普段とは違う顔は、いつかのあの日を思い出させた。
それは私を笑わせるには充分なモノで、思わず、満面の笑みで笑って、行った。
「ほう?誰かと思えば…良いのか?」
「何の事かしら?」
ここは…そう遠く無いのか?近くに墓守り人の宮殿が見える。
「奴等と別れは済ましたのかと聞いている。」
立ち上る魔力流。今までのゼクトは全力では無いと思っていたが、中々じゃないか。
「私も皆と別れを済まして来た訳じゃないけれど。別に構わないわ。」
だが、本気でないのは私も同じ。
本当に久しぶりだ。ここまで緊張し、空気の張り詰めた戦闘も。
「どうせまた会えるし。」
私からも魔力流が立ち上る、その魔力は今までの比ではない。
互いの猛然たる魔力の胎動が、周囲に魔力の渦を形成し、天然の牢獄と化した。
先程までの風景は一変し、まさに今、この戦いに相応しい舞台と相成った。
今、此処で全てが終わり、始まる。
あとがき
ナギの見せ場で、オリ主、まさかの見学というテンプレ回。
このあとが大事なので、戦力温存。という事にしておいてください。