巨大な台風は、BETAの東進とともに日本を縦断するかと絶望しされていたが、それも杞憂に終わった。
未だ、雨や風は強いものの海上には帝国海軍、国連、米軍による艦艇からの支援砲撃が開始され、AL弾による重金属雲を展開している。
米軍は、F-14トムキャットが琵琶湖運河を起点とし、各方面へと火力支援を行い、国連軍もまた避難を続ける非戦闘員の誘導、警備を担当している。
戦術機部隊は機甲科、特科と連携しBETAを食い止めようとしている。
岩国基地を出撃した北条の所属する第31戦術機甲連隊は、山口、鳥取を東進するBETA集団に対し、光線級への吶喊を行っていた。
多方面から敗走した部隊を吸収し、1個大隊規模へと戦力はなったもののBETAの数の暴力によって削られていく。
東、東へと進むBETAの波に飲み込まれないようにと第31戦術機甲連隊も同じように東へと移っていった。
補給に戻る基地は、東にしか無く、ある物全てを利用しながらの戦いで、撤収で運べない破棄された物資をかき集め、破壊された機体から弾薬を手に入れるという事をしながら進む。
当初、この作戦は北からも同じく国連軍の戦術機甲部隊が吶喊を行い、合流後はそこを起点にして戦線を構築、西より迫るBETAを一時的に抑えるという作戦だった。
かなり無茶な作戦であり、京都へと進むBETAを殲滅後にそのまま戦線を押し上げ、合流。しかし、北からの部隊が全滅失敗してしまった。
万が一、この作戦が失敗してしまった際の合流地点の基地目前だったが、基地は陥落し、配備されていた部隊も全滅している。
一方、山口南部を侵攻していたBETAが南下し四国へ。九州、山陽地方から避難していた民間人が犠牲になっていた。
北条たちは孤立し、無限に感じるBETA増援の中で、隊を率いていた中隊長代理も落ち、今は佐藤中尉が指揮を取っていた。
壊滅し誰も残っていない駐屯地へと移動、補給コンテナにあった振動センサーを展開した後に小休止を取っていた。
機体を降りる事は無いが、連戦をこなしてきた為、疲労の色は隠せない。この時間はが無いよりはまだマシだと誰もが感じていた。
第31戦術機甲連隊に残された戦力は北条を含め、たった4機にまで減り、1個小隊が全てである。
残った機体の損傷が軽微だった事が不幸中の幸いだったとでも言うべきだろうか。
北条も目を閉じ、僅かな時間を仮眠しようとする。
『――中尉、設置した動態センサーに感有り!BETAです、数は測定不能!』
「――どこにいてもか……。レーダー範囲の外側を探知してくれて助かるよ」
休息の終わりを告げるBETA接近の警報音が響き、各機の主機が戦闘体制に入った事を告げる唸り声を上げる。
逸れたBETAの一団、というだけではなさそうだ。戦車級の赤い海の中に、要撃級が十数体。小型種は数えるのも馬鹿らしい。
「――120mmキャニスター弾装填、射程距離内に入ったら一斉射!」
「――了解!」
「――撃てぇぇぇ!!」
中尉の号令に合わせ、引き金に合わせた指に力を込める。どこでも良い、と佐藤中尉は無線を飛ばし、特科の火力支援を要請しながら後退を続ける。
全周波数に無線を飛ばすが、返信は無く、後退に後退を重ね、亀岡地区へと辿り着く。BETAを食い止めることを断念、北条は山陰道を東へと進んでいた。
京都西山霊園
「――各機、状況を報告!!」
「――弾薬は36mm砲弾が25パーセント、120mm砲弾は残弾0です。推進剤は20パーセントを切りました」
『――佐藤中尉、近くに補給コンテナも無いようです』
周囲のBETAを一掃し、やっと一息つける段階であった。北条も周囲を確認しようと広域レーダーへと切り替えるが、補給コンテナも見当たらない。
それだけならまだしも、この付近でさえも友軍の姿が見つからない。データリンクで戦域マップを更新すると、嵐山に補給基地が設営されているようで、レーダーで確認する事が出来た。
レーダーギリギリに映し出されたことから、もう少し離れた場所だったら見つからなかったかもしれない。
「――中尉、嵐山補給基地が近いようです」
佐藤中尉が補給基地を呼び出している間、北条はこの先の事を考えていた。
このまま、京都が陥落し西日本はBETAに蹂躙される。新潟まで突出したBETAは佐渡島に関東まで進んだBETAは横浜にハイヴを建設する事になるだろう。
これを変えることが出来るのだろうかと考える。
まず、これまでの戦いで西日本での遅滞戦闘によって西日本の戦力は壊滅している。
九州の方も未だに抵抗を続けている部隊がいるとの噂も聞いたが、今はどうにもならないだろう。
さらには、この先に米軍が撤退することを踏まえれば自分の取るべき行動は、とあれこれ考える。
前は、運良く会えただけだろうし、遅すぎたかもしれない。
香月副司令となんとか会うか、やり取りできないだろうかと考える。
『――こちら嵐山CP了解した、BETAがすぐそこまで迫っている。急いでくれ』
「――了解。シールド隊はこれより嵐山補給基地へと向かう」
各機遅れるな、と佐藤中尉の声で意識を今へと戻す。
正直、目の前の事に集中しなければ、この場を生き残る事は出来ないのだ。
途中、嵐山補給基地へと進路を取る部隊が壊滅し機体も損傷した2機を拾う。彼らもまた、部隊が孤立し、散り散りになったようだった。
損傷も酷く、稼働している事が奇跡の有様である。
京都嵐山仮設補給基地
ここ嵐山補給基地は補給基地は、前線を戦う部隊への補給と整備が出来る最低限の設備を有している。
BETA上陸が早い事によって、九州、さらには山陰地方陥落によるBETA侵攻速度からも、間に合わせの基地や拠点がいくつかあるが、殆どが通信が途絶しており絶望視されていた。
「貴様らの任務は、この補給基地の防衛である!教練も終えていないひよっ子どもが前へ出ても正規軍の足手まといになるだけだ」
機体の前で整列し、ここを守ることを考えろと赤を纏う中隊長の訓示を受ける武家出身の11人。
機体の瑞鶴は白く塗装されている機体の中に目立つ赤と山吹色の瑞鶴が各1機ずつ出撃を待っていた。
各々、思うところはあってもそれを口に出してしまう事は出来ない。
待機の命令を受け、機体の前でいつ下されるか分からない出撃命令を待っている。
ウェーブのかかった髪を二つ結びにし、メガネの少女は俯いていて呟く。能登和泉(のといずみ)は九州防衛についていた交際相手を失っていた。
「あたし、彼氏の仇を討ちたかった、それなのに……」
「和泉……」
長く伸ばした綺麗な黒髪を赤いリボンで束ねた少女、甲斐志摩子(かいしまこ)が慰める。
そんな、まだ少女としか呼べない衛士の中に篁唯依(たかむらゆい)は、改めて気を引き締めている。
時間を追う毎に、防衛戦は綻び始め、鷹峯(たかがみね)付近まで迫るBETA群。
その報告が嵐山補給基地の防衛に就いた斯衛の1個中隊へと入る。
「大変でしてよ!BETA先頭集団が突出、鷹峯まで迫っているそうですわ」
黒いストレートロングで前髪を切り揃えた少女、山城上総(やましろかずさ)
それを聞いた中隊を構成する11名の衛士の顔が強張る。
「防衛線は……」
「こんな後方の補給基地まで……」
鷹ヶ峰の方向の空は先ほどとは打って変わり、赤々と照らされている。
髪をショートにして活発な印象を持つ少女、石見安芸(いわみあき)が、6つの光点が近づいている事に気が付く。
先頭を進む4機が尾根スレスレを匍匐飛行するのに比べ、さらに後ろを進む2機は損傷が激しい為か姿勢制御の不安かはここからは分からないが、明らかに高度が高くなっている。
「あぁ!?」
1機が光に貫かれ爆散、さらにもう1機も回避しようと機体を左右に振るが、それも虚しくレーザーに焼かれる。
貫かれた機体は、そのまま火達磨になりながらも嵐山補給基地へと進路を取っているようだった。
「ちょっと……マズイよ?!あの機体燃えながらこっちに突っ込んでくる!」
慌てて逃げる衛士や整備員へと迫る炎に包まれた撃震。
篁唯依は、高度がもう少しでも低ければ墜落だったのだろうが、何もかもが悪い方向へと向かっているようだと感じていた。
その時である、聞き慣れた跳躍ユニットの出力を絞る音が聞こえる。
訓練で始めて乗り、ずっと使っていた77式撃震だと気が付いた。
振り返る篁唯依の目に映ったのは、麓から2機の撃震が、割って入ると、1機は多目的装甲で庇う様に唯依達の前に立ち、もう1機は長刀で叩き落とした。
呆気にとられる唯依達に、庇う様にした機体の衛士だろうか、優しく語りかけた。
「――大丈夫か?」
「ありがとうございます!」
各々が声を上げ、こちらへとお礼を述べていた。
白の強化装備を見に纏っている中で1人だけ目立つ色の人物がいた。
そちらをズームアップすると、北条は驚いた。そこには髪型は短くなっているが、篁唯依中尉がそこにはいたのだ。
「あっ!篁中……」
その声も基地の警報が高々に鳴り響き、それらの声を掻き消す。
危うく、呼びかけてしまうところだった。彼女たちは、機体の方へと駆け出していく。
『――突出したBETAの先頭集団、当基地西10kmまで接近中、コンディションレッド。衛士は戦術機に搭乗、繰り返す……』
出撃準備に慌しくなった基地内部で、北条は自分の機体を担当し整備と補給を続ける整備員の一人を呼び止めていた。
紙と鉛筆をもらえないかと頼み、受け取っていた。補給を受けている間は何も出来ない。それならば、香月に手紙を書いて、なんとか届けられないものかと考えての事だった。
まずは、一度会ってもらえないかという事を書く。前回、ノートに書いたようなことはさすがに書けないでいた。
検閲もあるはずである、まずい事や不利になる事を書くわけにもいかず、どうやったら会えるかと悩む。
もっと簡単に会えないものか、と考えていると佐藤中尉に呼びかけられた。
『――まったく、無茶を。勇気と無謀は違うぞ……』
「――すみません、中尉。おかげで助かりました」
『――目の前の事を放って置けなかったか……』
こんな無茶は二度としないからな、と通信を切られる。CPに呼び出された様だった。
九州から一緒に戦い続けてきた熊谷、山田少尉が映し出される。2人も疲れているだろうが、表情は笑っていた。
『――北条少尉、いきなり速度を上げるからなんだと思ったじゃないか』
『――まったく、突拍子の無い事をする人ですね、相変わらず』
「――すみません、熊谷少尉、山田少尉」
他の中隊に配属されていた同期という事もあってすぐに仲良くなれた。向こうが自分の事を知っていただけで、2人のことはあまり分からない。
それでも、自分にとっては同期とはいいものだと思うには十分であった。自衛隊の訓練を一緒にしていた同期を思い出す。
この世界の彼らはどこかにいるのだろうか。頭が少し痛む。顔と名前が思い出せないのが悔しかった。
ふと視線を移すと、北条たちが補給を受けている横で、斯衛が出撃準備を進めているようだ。
「――北条、いいか?」
「――はい、なんでしょうか?中尉?」
「――我々はいま現在、京都防衛戦闘団に組み込まれてはいるが、基地が壊滅した為に所属が浮いている」
嵐山の指揮官は、斯衛1個中隊に佐藤と北条2人を組み込みたいとの事であった。
任官を繰り上げた為、殆どが機体を動かせればいい状態であり、それが前へ出てもどれだけ持つかわからない。
それでも、1機でも戦力が必要であり、激戦を生き延びた我々に彼女たちを戦えるようにしてほしいとの事だと言う。
なぜ、この2人だけかと言うと、熊谷と山田の2機の整備班が確認したところ、損傷が思っていた以上に大きく、すぐには動けない状態であった。
「――熊谷と山田両名は、整備次第嵐山の直衛だ。まずは、機体を直せ」
『――たった、2機でですか、了解です』
『――早く帰ってきてくださいよ、中尉?』
九州防衛戦を福岡で戦い、そのまま陸路を移動し続け、岩国、山口、兵庫を転戦し京都へと辿り着いた。
着実に前回違う事を行っているのだから、この先も何が起こるか分からない、が現在こちらは1個分隊2機の撃震が稼働しているのみ。
ならば、斯衛の1個中隊と協力出来るのは願ったり叶ったりかもしれない。
「――佐藤中尉、斯衛は現在地点はどこですか?」
「――西に5km進んだところに田園地帯があるみたいだな。そこに展開している」
疲れた身体を休める暇も無く、北条たちは補給の終わった機体を発進させる。
BETAの数の暴力も恐ろしいのだが、その中でも光線級の脅威が恐ろしい。高度を取ろうものなら蒸発させられるのだ。
「――光線級の排除を優先したほうがよさそうですね」
「――少尉、その案でいこう。斯衛の脇を抜けてそのままBETA集団後方へ回り込む」
了解、と返事を返すと同時に補給が完了した。弾薬、推進剤ともに問題は無い。
「――シールド隊出るぞ!」
基地を出撃し、尾根を沿って低空を進む。光線級の脅威は先程の2機が示していた。
「――BETA斥候って?そんな規模じゃないですね?!」
要撃級の一撃を噴射跳躍で後方へと跳躍し回避すると、36mm砲弾を浴びせる。
高度を一瞬でもあげ過ぎようものなら光線級によって痛みを感じる間も無く蒸発させられるだろうが、そんなヘマをする腕ではない。
「――北条少尉!前へ出すぎだぞ」
佐藤中尉の放った36mm砲弾が北条へと飛び掛ろうとした戦車級をなぎ払う。
九州戦線から山陰地方を戦い続けていた2機の連携は、これまで以上にバランスの取れたものになっていた。
「――斯衛の方はどうなってるんですか、ね!!」
92式多目的追加装甲で戦車級を払い退ける。爆薬が炸裂し、バラバラと飛び散る戦車級数体だったが、それでも数は減らない。
周囲に広がる森林を浸透してきた戦車級は視認が難しく、レーダーも周囲は赤く染まっており意味を成していない。
「――光線級を視認!距離300!120mmキャニスター弾装填、潰します!」
「――斉射で潰す!撃てぇ!!」
今まで要撃級の影に隠れて見えなかった光線級の姿が見えた北条は、間髪いれずに120mmキャニスター弾を発射していた。
2機の撃震が一斉に120mmキャニスター弾を文字通りばら撒く。これが重光線級だったらと思うとゾッとする。
斯衛中隊を照射可能な地帯にいた光線級を潰せたはずだった。まずは、一安心だと思いたいと北条は一息つく。
「――120mmキャニスター弾、残弾0。120mm砲弾へと切り替えます。これで少しは負担は減らせましたかね」
「――それはわからないな、少尉」
『――こちら嵐山中隊、感謝する』
BETA前衛の突撃級との交戦を開始した嵐山中隊から無線が入る。
何があったかここからは分かりかねるが、この光線級への吶喊が成功したようである。
ただし、嵐山中隊へ射線が通っていた光線級だけであり、周囲の光線級が移動した場合はその限りでは無いだが……。
広域レーダーへ切り替えると新たなBETA集団が現れていた。数は先程の比では無い。
距離がまだあるが、この速度ではすぐにここまで到達するだろう。
「――こちらシールド01、新たなBETA一群を捕捉した」
合流する、と機体を斯衛の展開する地点へと進ませる。
射線を避け、回り込んで進んだ事により偶然だったが、第3小隊が展開している地点だった。
射程圏内に入った光線級を狙い撃っていた。そちらに集中しすぎていた為、BETAの接近を許した衛士を結果的に救う事が出来た。
慌てて対処しようとする瑞鶴だったが、要撃級の主腕が瑞鶴の突撃砲を横へと逸らす。それを慌てずに北条は36mm砲弾で行動不能にする。
「――自分のエレメントの事をもっと気にかけないとダメだよ」
『――す、すみません』
『――ありがとうございます!!』
佐藤中尉も別の要撃級を撃破したところだった。
斯衛と合流し、改めて戦術マップを確認する。周囲はBETAの残骸で埋まっており、気味の悪い色に染まっていた。レーダーには、北条を抜いて13機の友軍機を示す光点が表示されていた。
衛士課程を繰り上げて任官した割には、やはり斯衛の力は本物だということだろうか。
『――あの!ありがとうございました!!』
少女の姿が網膜投影システムによって浮かび上がる。
黒髪をリボンで束ねた少しおっとりした印象を受ける子だ。
『――光線照射を受けそうだったところ、あの、シールド隊が先行し排除してくれた事で助かりました』
ペコペコと頭を下げる彼女に呆気に取られていると、もう1人の少女が現れた。
こちらはショートヘアにして日焼けが健康的でボーイッシュな印象を受ける少女だった。
『――志摩子、じゃなかった甲斐少尉がいなかったら、アタシも突撃級にやられるところでしたから』
ワタシも救われましたとこちらは一度しっかりとしたおじぎをしてくれた。
一度ならず二度もありがとうございますと言う。
「――今回が上手くいっただけかもしれない……。まだ気を抜かない方がいいぞ」
『――はい!』
2人が声を揃える。視線を感じてそちらへ振り返ると、山吹色の瑞鶴がこちらを見ているようだった。
『――シールド隊のお陰です。甲斐、石見少尉、山城の第3小隊……。こちらへの負担が減ってくれたお陰で未だに中隊として存在している事が出来ました』
一方、佐藤中尉と斯衛中隊長の方は、指揮所を呼び出し続けているようだったのだが無線には一切の応答は無く、このままここにいてもBETA内で孤立してしまう。
「――佐藤中尉、CPからは何かしらありましたか?」
「――いや、相変わらずのようだ」
『――こちら嵐山01、呼び出しているが返答が未だに無い』
「――佐藤中尉、嵐山は陥落と考えた方が良いのでは」
周囲で戦闘を継続している友軍の存在が無いのだから、防衛線を突破したBETAに侵入されている可能性もあった。
あちらに残っているのは、撃震が2機と機械化歩兵の1個中隊だったはずである。
どれだけの数のBETAに侵入されてしまったかもわからない現場である。
「――嵐山へ下がりますか、それともさらに後退すべきでは……」
佐藤中尉も下がるべきだと考えている事だろう。
「――どうされますか?」
指揮権限は別々だったが、こういう時は相談する事もある。
『――我々は、ここを防衛する任務を受けている』
「――この場で戦い続ければ、孤立します」
中隊は、新任少尉ですから弾薬に推進剤も必要以上に消費しているのではないでしょうかと、佐藤中尉の話を聞いて斯衛の中隊長が考え込んでいる。
「――中隊長、いまは時間が惜しいです。下がるべきです」
『――わかった。第8ラインまで後退する』
「――了解、第8ラインへ交代します」
第1、第2小隊を先発とし第3小隊と北条、佐藤がそれに続く。
「――北条はどう考える?」
「――後退中の進路が、かなり拓けるところで光線級に補足されなければ良いのですが」
この早い段階で下がる事を決断した事で、そうならなければよいのですが、と答えると、そうだなと短く佐藤中尉は返す。
赤い瑞鶴を先頭に京都市内へと進路を取るのだった。
軍による砲爆撃によって燃える建造物……。赤々と照らされる京都帝都内進む14機の中隊は進んでいた。運が良かったとしか言いようがない。
もう少し遅ければ、光線級に捕捉されこの半数以下、もしくは自分も撃墜されていた可能性がある。
ただ、中隊としては数は揃っていても、弾薬と推進剤は残り僅かである。戦闘継続するにしても、まずは補給しなければならない。
周囲には友軍の姿も無ければ、補給コンテナも未だに捕捉出来ない。最終防衛線でBETAを食い止める事が出来るはずだと考えていたのだろうか。
それを信じたくなるほどの劣勢だったか、と考えていると戦闘光を発見する。レーダーを切り替えると赤い光点に囲まれつつある友軍機があった。
「――10時方向に友軍機を確認、BETAに囲まれています!」
「――こちらシールド01、友軍機の支援にいかせてほしいのですが」
『――嵐山01了解。弾薬にまだ余裕のある第3小隊を付ける』
「――はっ!お預かり致します」
『――お任せ下さい!』
左腕の肘から下を失い、機体もいたるところが損傷しているようだったが、それを感じさせない機動力でBETAを屠る不知火に見惚れる北条であった。
衛士として戦ってきたせいか、あのように機体を制御し戦う事に憧れてしまう。無駄の無い動きとでもいうのだろう。
そんな北条を現実に引き戻したのは、佐藤中尉の号令だった。
「――兵器使用自由!化物を蹴散らせぇぇ!」
『――嵐山中隊……。感謝する』
『――きっ、教官!!』
その人物に驚いたのか、山城少尉が驚いた声を上げる。今はそれを気にしている余裕は無かった。
「――山城少尉は、不知火にBETAを近付けさせるな!北条、要撃級を片付けるぞ!」
了解と短く返すと、左翼から迫ってくる要撃級へと36mm砲弾を放つ。最後の弾倉で弾薬はすでに30パーセントを切っている。
無駄弾を撃つつもりは無い。動けなくすればいいだけだ、と短くトリガーを引き次の標的をロックする。
短距離噴射跳躍を駆使して、BETAの中へと飛び込むと、そこを狙ってでもいたかのように飛び掛る戦車級へは左腕で保持していた92式多目的追加装甲で払いのける。
カメラを通して網膜投影に映し出されたのは、追加装甲を離すまいとしがみつく戦車級である。
すでに、爆薬は使い切っており、殆ど意味を成さなくなっていたそれを今の今まで持っていた事に笑うとそれをそのまま別の要撃級へと投げつけた。
74式可動兵装担架システムを起動させ、近接戦闘長刀へと持ち直し、降りかかる火の粉を払うかのように長刀でまた別の戦車級をなぎ払う。
数は、すでに不知火が減らしていたからだろうか、淡々と処理していくことですぐに殲滅し、先行する中隊を追う事が出来そうだ。
周囲を見渡せば、残りは佐藤中尉と山城の第3小隊が片付けていた。警戒するが、動いているBETAはここにはいないようだ。
「――そういえば、山城少尉?先程の教官と言うのは?」
『――あのお方は、衛士養成学校の教官ですわ』
『――ここでは、大尉と呼べ。感謝する、ブルーファング1、真田晃蔵(さなだこうぞう)だ』
「――私はシールド01、佐藤中尉です。今現在、斯衛の嵐山中隊と共に、第8ラインへと後退しているところであります」
『――そうか。ならば、京都駅へ向かう方がよいだろう。そこが物資集積場となって友軍が展開しているはずだ』
「――良い事を聞きました。嵐山01、こちらシールド01。友軍と合流しました。ブルーファング隊です」
すぐに合流する、と佐藤中尉を先頭に5機の機体が動き出す。
山城少尉たちは、真田大尉との再会を喜んでいるようで、今までの戦いを彼に話しているようで、それを誰も咎め様とはしなかった。
今しか、こうして会話出来ないかもしれないし、こうすることによって張り詰めていた神経が少しでも和らぐかもしれないと考えているからである。
思いつめすぎていても、この戦場では生き残れない。
『――こちら嵐山01!ここはダメだっ!フ……』
突然の嵐山中隊からの無線が入る。
切迫した状況のようだったが、何があったのだろうか。中隊長の無線が途切れる。
「――嵐山01!どうした!嵐山01!!」
『――こちら、第2小隊篁少尉です!中隊長は要塞級に!体では多数の要塞級が!支援を!きゃあああ』
「――すぐに向かう!各機、速度を上げろ!京都駅へ全速!!」
了解と、北条もフットペダルに力を込める。要塞級が出現という事はBETAの侵攻が予想以上に早いのだ。
一番足の遅いアレがいるということは京都はすでにBETAの海の中で孤立しかかっているのだろう。
京都駅
『――唯依!大丈夫!?』
『――なんとか……』
あわや、要塞級の触角がぶつかるかと言うところを間一髪で回避する事が出来た。
そう何度も出来る事ではないだろうが、これで運を使い果たしている事だろう。
『――いやぁぁぁああああ!やめて、こないで……』
一機の瑞鶴が要塞級に気をとられ、背後のビルから迫っていた戦車級に気がつかなかった。
何体もの戦車級が頭上から降りかかる。助ける余裕は誰にも無かった。
助けを求める断末魔が今生き残っていた篁、甲斐、石見、能登の心をへし折ろうとしていた。
『――一人前の衛士らしくなったかと思えば!貴様らにはやるべきことがあるだろう!!』
『――この声って』
『――教官です!』
北条は残っていた120mm砲弾を一体の要塞級に全て打ち込む。それでも、ダメージを与える事は出来ているだろうがそれでも倒れる事は無かった。
硬い、と思う。要塞級との戦闘は初めてでは無いが、こんなに硬かったかと恐怖した。
4体の要塞級と多数の戦車級が4機の瑞鶴を囲んでいた。そして、破壊された6機の瑞鶴。赤い瑞鶴は管制ユニットを貫かれている。
『――北条!』
佐藤中尉も同じように要塞級へと撃ち込んでやっと崩れ落ちた。
真田大尉は山城の第3小隊と共に別の要塞級へと攻撃を加えている。
「――状況は!」
『――は、はい!私たち以外は……。中隊長も私たちを庇って』
足元の戦車級を36mm砲弾でなぎ払い、そこへと着地する。
「――120mm砲弾は最後です」
「――こちらも同じようなものだ」
ビルの影から新たな要塞級が現れる。足元には要撃級が多数である。
どちらも同時に相対したくない相手だった。
『――山城少尉!!』
『――きゃあっ』
北条が見たのは、山城機を横へと弾き胴体から真っ二つにへし折られ爆発する不知火壱型の姿だった。
「――ここにいる必要はもう無い!下がる!?」
佐藤中尉の指示が止まる。後方、京都駅の向こう側へと下がろうと判断したのだろうが、そこにも要塞級が現れたのだ。
四面楚歌とでも言うのか、これで自分たちは完全に逃げ場を失ってしまった。
「――各員、腹をくくれ……」
74式可動兵装担架も前面に展開した佐藤中尉の撃震である。
出し惜しみする必要はもう無いと考えたのだろう。
同じように、瑞鶴5機も展開していた。
「――まだ諦めるのは早いです!絶対になんとかなります!」
「――北条!諦めたんじゃない!やるぞ!」
化け物どもに人間の力を見せてやろうじゃないかと笑う佐藤中尉である。
『――動くなよ!』
突然、割り込んできた英語で通信に全員が動きを止めた。
次に、周囲にいた要塞級を含むBETAを赤々とした炎が包み込む。
『――よく頑張ったな、あんたたち!今だ、後退を開始しろ!』
匍匐飛行で頭上を通過する戦術機、肩に海賊旗をあしらった4機のF-14Dトムキャットが通過する。
大型クラスターミサイル【フェニックス】を運用する第2世代機。
彼らの圧倒的な火力を持つ機体が自分たちにもあればと、歯をかみ締める。
『――こちらジャーリーロジャース01。京都の放棄が決定した。撤退を支援する』
撤退、その言葉に北条と佐藤中尉以外の全員が息を呑んだ。日本帝国の首都であるここを放棄する事になったのだ。
誰もがその現実を受け止めたくは無いだろう。
周囲にはF-15Cイーグルの2個小隊が着地すると、生き残っていた戦車級と要撃級を淡々と制圧していく。
「――感謝する。各機、今だ!示された集結地点へ向かう。続け!!」
『――その肩のマークは、シールド隊か!あの時の借りを返すぞ』
九州でたまたま救出することが出来た、何とかって米国衛士だった。
名前が出てこない事に少しばかりの罪悪感があるが、彼の名前は絶対に思い出さねばならないなと考えていると、真っ先に佐藤中尉が機体を進める。未だに動き出せないでいる5人に対して北条は言う。
「――いまは、今は我慢する事だ。必ず、必ずここは取り返せる!」
やっと全員が動き出す。そう、まだ始まったばかりなのだ。