北アメリカ大陸北西に位置しユーラシア大陸との玄関口ともなるアメリカ合衆国アラスカ州。
東西に走るユーコン川とポーキュパイン川で北と南に分け、境界線としたアメリカ領とソ連租借地となっている。
ユーコン基地へ着任していくつかの評価試験をこなしていたのだが、北条は自分の知っている人物だったり機体はまだ現段階では見ることは叶わなかった。
それからしばらくしてからの事だった。北条達は極東ソビエト戦線への国連合同運用試験へと派遣されることになった。
機体は戦術機空母へと搬入までされ、北条たちはF-18E/Fスーパーホーネットの戦術機空母と運用を兼ねての遠征である。
それからの出来事の一つだが、記憶に残っていた通りの事が起きてしまった。BETA上陸が確認されてからすぐの事であったのだが、アフリカ連合軍の試験小隊が凄惨な戦闘を目の当たりにして戦争神経症を患い国へと還されたなんて聞いていた。
それも一つの要因なのだろう、前線基地へと戻っても、お客様扱いされているようなものであり、我々は必要は無い、というような空気である。
彼らを撤退させる為に戦線を維持し続けたソ連の部隊が被害を受けたとも聞いている。
彼らのせいだけではないのかもしれないが、国連軍への評価が最悪になったのも言うまでもない。
それでも北条たちは洋上での空母の離発艦、指定されたポイントへの迅速な移動、橋頭堡の確保といった訓練を黙々とこなしていく。
「しかし、凄いな。空母の離発艦は殆どコンピューター任せで、機体のチェック以外はすることがないよ」
「衛士のする事といえば、武器の管制システムの確認や、跳躍ユニットの動作確認とかですし……」
北条たちに割り当てられた前線基地のデブリーフィング室で、今日の訓練についての反省会を行っていた。
内容も、どちらかと言うと橋頭堡の確保や光線級出現の際の対処など、それが主だった訓練内容になっている。明日には部隊が終結する予定との事だった。
この派遣には霧島も付いてきていたのだが、帝国に戻る必要があるという事で戦術機空母と共に後方へと下がってしまった。
今日の訓練を終えて、戦術機空母は艦の整備点検を兼ねてこの基地からは離れていた為に、明日からは地上での演習とBETAが上陸した際の迎撃任務である。
近接戦闘長刀様の兵装担架システムも第8大隊の中でも白兵戦能力の高い萩村の機体へと換装していた。
「実際には、近接戦闘長刀を振るった感想はどうだった?」
「機体が優秀だからでしょうか。動作に問題があるようには感じません」
ただ、撃震に搭乗していた経験から近接戦闘長刀に振り回されたようにも感じましたと、萩村は言う。
萩村だから何か思うところがあるのだろうか。シミュレーターを使った演習で北条も近接戦闘長刀を選んだが、それだと普通に使えるものだろうと思っていた。
やはり、使用する人によっても何か違いが分かるものなのだろうか。撃震も近接戦闘長刀を使用するために手を加えている。
北条は少し喉が渇いたとコップに手を伸ばす。視線の先にある水の表面が波紋を広げていた。かすかに揺れているかのようにも感じていた。
この振動でさえも、身構えてしまうのだが、早期警戒警報もなっていないのだ。
ここ最近は、小さな地震が続いていると到着したその日にこの基地の兵士が言っていた気がする。
もちろん、地震とBETAの起こす振動の感知システムはしっかりしているから、今回もまた地震だと北条は考えていた。
爆発するような音共に大きな揺れが北条たちを襲い、それと同時に基地の証明が落ちる。その考えが甘い考えだった事を後悔することになった。
「な、何事ですか!?」
「地震か、なんなんだ?」
すぐに証明が戻るかと思ったが基地内部は電源が落ちたのか、今は非常灯が点滅し、警報が鳴り響く。
『コード911!繰り返す、コード911!BETAの地中しん、こっ……』
警報と共に、館内放送でBETAの地中侵攻が起こった事を告げられる。しかし、放送は何かがぶつかって壊れるような音がしたかと思うと途切れ、スピーカーからはノイズが流れてくるだけであった。
「中尉、ダメです。内線は通じません……」
「外は、今のところ差し迫った危険はなさそうですが」
斉藤は通路を確認し、萩村はすぐに確認の為、内線で指揮所を呼び出すが、どこかで回線が切れてしまったのか、繋がる事は無い。
地震が起こってしまった為なのか、それとも続いていた地震が地中侵攻だったのか、BETAの侵入をこの前線基地では受けていた。
基地警備隊との戦闘が始まったのだろう、どちらが優勢なのかもこうも暗くては、銃声がまだ戦っている者がいる、と言う事を現していた。
どこまで小型種に侵入されているかも定かではなく、この中を進んで機体に辿り着けるだろうかと思うと、北条は足が竦んで動けなくなりそうだ。
こちらから、いくつかの周波数で呼びかけるが、どこも情報が錯綜しているようで、要領を得ないか戦闘が開始されているようだ。
それでも、前に進めるのは萩村と斉藤の2人がいるからだろう。デブリーフィング室を出てすぐに格納庫へと向かう。
途中、闘士級の死骸に押し潰され、息絶えた兵士の持っていたAK-47小銃を持って先頭を進む。これと手榴弾が2つが使えそうな武器だった。心もとないが、無いよりかはマシであった。
唯一、運が良かったと思えたのは、夜間での空母の離発艦訓練を終えたばかりであったために、まだ強化装備を着用していた事だろう。
これがあると無いとでは天国か地獄かの違いがある。これを着る為の時間だって今は惜しい。
また、この前線基地とは言うものの、最前線へと補給出来るように物資を備蓄した基地の一つだった。規模も小さく、1個中隊の歩兵と1個小隊の戦術機が配備されているだけだった。
そして、今はもう指揮所とは連絡は取れず、すでにその指揮所が無くなっているのかもしれない。
北条は走りながら、格納庫が、戦術機が無事であればと願うだけであった。
応戦する銃声は次第にまばらに聞こえるだけとなり、散発的な銃声が響くだけの基地内部を走る。外の格納庫へと出る扉を開くと、BETA特有の臭いとでもいうのだろうか、それが鼻をつく。
格納庫へはここから直進出来たとしても、200mはある。その間、BETAに発見される可能性もあり得るのだ。
ただ、ここから走り出していいかと躊躇してしまっていた。
また地響きがしたと思うと、格納庫へと近づいていく要撃級が現れる。北条の手元にあるのはAK-47だけであり、何の効果も見られないだろう。
このまま放っておけば、機体が破壊されてしまうと諦めかけていたその時だった。耳に心地よい跳躍ユニットのジェット音が響く。
今までそこにいたのだろうか、基地指揮所があった方向から2機のソ連軍のMiG-29ラーストチカが現れた。
格納庫へと迫る要撃級の集団へと飛び込むと、まるで踊っているかのようにあっと言うまに蹴散らしてしまった。
弾薬を節約しているのか、腕や脛に装備されたモーターブレードを使っている。
『――国連の衛士か、無事だったか?』
強化装備の無線にBETAの侵入に許して初めて無線が入った。嵐を意味するブーリャ01と言っている。
確か、ここ防衛に付いていた戦術機小隊だったはずだ。
「いえ、格納庫の方とも連絡が付かず、機体の状況が分かりません。そちらからは確認できませんか?」
待っていろと言うと、1機のラーストチカが、格納庫の方へと向かう。
『内部は、死体だらけだが機体は見た所無事だろう。突撃級がこちらへ向かっている、機体へ向かえ』
2機のラーストチカは、また現れた突撃級の一群へと短距離噴射跳躍を駆使して接近していく。
この場にいなくても、味方の機体がいてくれるだけで北条は心強く感じていた。
「ありがとうございます!萩村、斉藤、行くぞ」
周囲に小型種がいないかを警戒しながら外へと出て格納庫へ走り出した北条たちだったが、今通ってきた通路の奥から銃声と悲鳴が響く。
数名がこちらへと向かってきたのだろうが、BETAに追いつかれたのだろうか。すぐに銃声は聞こえなくなった。
闘士級だろうが、兵士級だろうが、足が速くこちらに追いつくのも時間の問題である。北条は足を止め慌てて戻り、通路を伺う。
戻ろうとする2人を手で静止して、指示を出す。
「萩村、斉藤!先に行け!」
「中尉!!それはダメです!一緒に行かなければ!!」
「なんとか機体に辿り着いてくれ!その後でいいから、拾ってくれよ」
走り出した萩村と斉藤は一度足を止めるが、北条は機体へ急げと命令していた。手元に武器があるのは北条だけだ。時間を稼ぐ必要があった。
通路へと視線を戻すと、曲がり角を一人の兵士が現れた。肩を怪我しているのか抑えながら走っている。しかし、後ろから追いついた闘士級に押し倒され、生きたまま引きちぎられていく。
耳に残るような悲鳴を残して、その兵士は絶命したようだった。
まだこちらへ気付いていないのか、それとも目の前の玩具に夢中なのかも分からない。
また別の一体が現れると、こちらへと向かってくる。それに照準を合わせて引き金を引く。
数が増えてくるところを見計らって手榴弾を一つ、投げ込む。ドアを閉めて、自分は壁を背にして爆発に備える。
爆発と共に、一体の闘士級が爆風に飛ばされてか、外へと飛び出てきた。倒れこむ個体に銃撃を浴びせと、通路へと最後の一個の手榴弾を投げ込んだ。
弾倉には、弾はもう少ない。まだ、格納庫へと走る2人の姿は向こうへ見えている。せめて、辿り着くまでは時間を稼ぎたいと北条は思う。
恐る恐るだが、通路を覗き込むと闘士級の死骸が散らばっており、動いているモノもいないようだった。
これだけでいてくれと、格納庫へと走り出す北条だったが、何かに足を捕まれ倒れてしまった。
「っう!このっやろぅうう!」
まだ動けたのか、一匹の闘士級の鼻のような腕が北条の右足の脛を握りつぶしていた。足はあらぬ方向を向いていたが、痛みより怒りが先に湧き上がっていた。
残った弾を浴びせると、やっと動かなくなる闘士級の腕を取ろうともがくが、いかんせん硬く握り締められていた。
重すぎて、これを引きずって這うのも無理がある。
「なんでだ、クソっクソっ、外れろよ……」
最後の一発、残しておくべきだったと北条は後悔していた。
また別の方から、戦車級が数体現れたのだ。こちらに気がついているようで、近づいてきている。
「まだ、まだ死にたくねぇよ……」
機体に辿り着いたという萩村の声を最後に北条の意識は、そこで途切れた。
酷い頭痛で気が付いた北条はコックピットへと座っていた。何時の間に機体に乗り込んだのだろうか思い出せない。
コックピット内部は暗く、非常灯が灯っている。
何か思い出したかのように、慌てて身体に異状は無いかと確認するが、どこにも怪我はしていないようだった。すでに、頭痛は治まっている。
状況を確認する為に、北条は機体を再起動すると、今まで息を止めていたかとでも言うように、機体の主電源が立ち上がる。
強化装備とデータリンクが開始され、網膜投影システムを通して機体の情報、周囲の情報が入ってくる。
残弾数は、保持している突撃砲に残ったのが最後の弾倉のようだ。予備弾倉はゼロ、兵装担架へは何も残っていないようだ。
残弾も三分の一は切っており、戦闘を継続するには補給が必要だった。
しかも、機体の状態は良くは無く、撃震の装甲が幾分かマシだった為だろうか、左腕がもがれて無くなっており、左跳躍ユニットは外れている。損傷したためにユニットは切り離したのだろう。
跳躍ユニットを一基失ってしまっているが、燃料タンクからユニットへのバイパスは遮断しており爆発することは無さそうである。
北条は機体を立ち上がらせ、状況を把握しようとする。萩村、斉藤は無事なのだろうか、自分はどれくらい気を失っていたのだろう。
「こちら、ブレイド01。ブレイド02、03応答せよ」
使用していた周波数からは返事はなく、ノイズを拾ってくるばかりである。
二度、三度と萩村と斎藤の名前を呼ぶが、返答は無かった。自分だけを残してまた逝ってしまったのだろうか。
自分一人だけが生き残ってしまったのか、と項垂れるがまたいつBETAに襲われるか分からない。
カメラを通して映し出された映像は、先ほどまで派遣されていた前線基地とは違っていた。
北条はそこで、感じていた違和感に気が付いた。何かがおかしいのだ。
目の前に広がる火の手の上がった街並みと、周囲には無残に破壊された撃震とBETAの死骸である。
乗り親しんだ、撃震の情報が機体ステータスには表示されており、スーパーホーネットでは無い。
「そ、そんな馬鹿な……」
徐々に記憶が蘇ってくる。BETA襲撃があって、格納庫へ向かおうとしていた事、格納庫を目の前にして、闘士級に追いつかれた為に萩村と斉藤2人が機体に辿り着けるように時間を稼いでいた事。
なんとか退けて格納庫へと向かおうとしたのだが、そこまでは思い出せる、その後がどうなったかは思い出せないでいた。
どんなに、考えても頬を抓っても、殴ろうともこれが夢ではない事は確かのようだった。
北条は、BETAの上陸した九州へと戻ってきている。なぜ、自分がこんな事になっているんだと頭が追いついてこなかった。
混乱した頭のままだったが、レーダーに友軍を示す光点が現れた。確認するとシールド03と表示されている。この世界に来て頼る事になった佐藤中尉との二度目の出会いである。
ウィンドウが表示され、懐かしい佐藤中尉その人の姿が現れた。
『――シールド05!無事か!!』
「何で、またここからなんだ?」
『――見た所、機体もだいぶやられているようだが、怪我は無いか?』
「佐藤中尉……、今は何年ですか」
何を言っているんだ、と言う顔になったがそれでも彼女は、今が1998年のと言ったところで、もう大丈夫ですと言葉を遮る。
やはり、あの日に……、自分が来たあの日に戻ってしまったのだ。いくつか仮説が思いついたが、どれも信憑性は無いし、当たっているかもしれない。
そんな北条を見た佐藤中尉が怪訝な顔でこちらの様子を伺っているのに気が付く。
『――心拍数が上がっているな、一度我々が下がるぞ。予備の隊が到着した。ここの警戒は彼らに任せる』
自分たちの周囲に1個小隊の撃震が展開していた。どの機体もまだ新しいように見えた。まだ、機体を受領したばかりの新任衛士なのだろうか。
「なんで、なんで自分がこんなところにいるんですか……?」
何も考えずに発言してしまったが、北条はまだ頭の整理がおらず、混乱していた。
そう言うと佐藤中尉は、おかしくなってしまった部下を見るような目をしていた。一瞬だが、悲しそうな顔をするが元の軍人の引き締めた顔へと戻した。
『――まずは、戻って整備と補給を済ませる。それまでの間はお前は一度、診てもらえ』
「了解……」
『――よし、付いて来い』
この世界に神様がいるんだとしたら、一体、自分にどうしろと言うのだろう。これは、ループなのか?自問自答しても答えは出てこない。
北条は慌てて、先を行く佐藤中尉の後を追うのだった。