横浜基地シミュレーター室
この三日間は、受領したF-18E/Fスーパーホーネットの機種転換訓練とXM1の完熟訓練を行っており、シミュレーター室とブリーフィング室を往復していた。
JIVESを使用した訓練は、シミュレーターでは得られない機体の戦闘機動、特にXM1を搭載した事によって負担が掛かる関節部のデータ取りが進んでいた。
「ハイヴ内へと突入後、最低限の戦闘行動以外は禁止する」
「――ブレイド02了解」
「――ブレイド03、了解しました」
萩村、斉藤の両名は元々持った才能のおかげか、第2世代のF-18E/Fスーパーホーネットには慣れ始めており、XM1も使いこなし始めている。
このXM1は、戦場を生き残ってきたエース達の行う機動や機体制御を新任衛士が任意に再現出来るようになるモノなのだから、こうではなくてはいけないのだろう。
3機編成の、1個小隊ほどの規模である隊の編成は、現段階では萩村と斉藤の2人でエレメントを組んでおり、そのカバーに北条が入るという形を取っていた。
北条が見る限りだが、萩村は前へ出る思い切りの良さがあり良い突撃前衛になれそうに感じるし、斉藤について一度被撃墜された経験からか周囲に常に警戒し、慎重である。
3人がお互いに上手くカバーしあえば、生存率も上がる事だろう。
「ブレイド02、前へ出すぎです!」
萩村機を先頭にハイヴ内を進んでいく。機体間の感覚が、自分では気付かないが離れすぎてしまったのだろう。BETAとの遭遇は未だに無かった事で、先を急いでしまったようだ。その空いたスペースに、突如として偽装坑からBETAの一群が現れたのだ。
映し出されたレーダーでは萩村機と、北条と斉藤の2機で離されてしまった。
「嫌みったらしい、配置だなっ!」
ハイヴ内ではBETAは天地逆さまだろうが、壁面だろうが走破する能力を持っている。自分の立っている地面だけを警戒するわけにはいかないハイヴ内だと、全周囲を警戒して進まなければならないのだ。
気が緩んでしまったタイミングで、この奇襲である。
「ブレイド03、左側が薄い、そこを抜けるぞ」
萩村は、接近を許した要撃級3体を相手にしており、身動き取れないようだった。しかし、舞い上がった噴煙に紛れて見えなくなる。
北条機は、斉藤が通り抜けられるように、左翼BETA群へと機体を突入させると、機体前面へと36mm砲弾による弾幕を張る。
「――ブレイド03、02と合流しました!」
「了解、弾薬消費を抑える、前進するぞ」
「――ぜっ、前進ですか?」
「そうだ、復唱しろ」
ブレイド03、了解しますと返信がある。北条は進行方向に現れた要撃級に92式多目的追加装甲で殴り飛ばす。
装着された炸薬が作動し、その身体を吹き飛ばし、半身を失った要撃級は行動不能になったようである。
それを跳躍で越えると、先を進む2機の後方へと付く。
まだ、先は長い……。
横浜基地第3ブリーフィング室
シミュレーションを終えた三人はデ・ブリーフィングの為集まっていた。ハイヴ内に侵入して、35分後に隊はBETAの大部隊と遭遇、全滅した。
各々の操縦技術だけでは突破できない規模のBETA群である。対するは戦術機が3機のみである。
不意の遭遇戦を切り抜ける時のみに限定した応戦だったが、度重なる戦闘で弾薬、推進剤はあまり残っておらず、最後にはCIWS-1A短刀を使用して戦う事態にまでなったのだが、それでは火力不足であった。
「中尉、ここの機動なのですが、もう少し最小限で動けないでしょうか」
「この場合なら……」
データログを確認しながら、反省点を見つけそれを改善出来ないか、また良い所を見つけて伸ばせないかと2人とも真剣に取り組んでいる事で、北条自身もまた2人に追い抜かれ内容に鍛錬していた。
「補給があれば、もっと進めましたよ。やはり、戦闘を極力避けるとはいえ1個小隊のみでは……」
「やはり、フロアを確保し兵站を確保しながら進むしかハイヴを攻略する方法は無いんでしょうか」
萩村、斉藤の視線が北条へと向かう。唯一人類の攻略できたハイヴは、ここ横浜ハイヴのみである。
人類の持つ、通常兵器ではなくBETA由来の新兵器を使用しての奪還であった。
これは記憶に新しく、まだ2年も経っていない。今、この場で何かしら人体に影響がある可能性もゼロではない。
北条自身が、この場にいるという事もイレギュラーなのだろう。
BETAの物量が圧倒的を抑えられているのは、今の段階では平野部で鉄量を以ってしての防衛線を維持しているのみである。
これが崩壊する事になれば、人類には後が無くなるだろう。
「難しい、としか言えないな」
北条の言葉を聞いた2人は、落胆したような顔をする。
「だが、やるしかないんだ。軍人になった時から、人類の剣であり盾なんだから」
2人とも、徴兵とはいってもこの場にいるという事は、何かしら思うところがあるからだろう。
それを思い出したかのように、お互い頷きあって、元気よく「はい!」と返事をしてくれた。
「まずは、自分に与えられた任務をこなそう。それがまず第一歩だ」
時計を確認すると、すでに昼を過ぎていた。午後には機体を使用した演習が控えている。
2人を促し、PXへ向かうことにする北条だった。
昼の混む時間が過ぎていた為か、PXは閑散としていた。
奥の席の方に座っている体格の良い衛士が座っているのに気がついた。あちらも気付いたのだろうが、視線を向けてくる。
見覚えのある顔だった。つい2日前に絡んできた、あの小隊の4人のようだ。
面倒ごとはここでは起こしたくないと思っていたが、向こうもこちらを気にしていないようなそぶりを見せている。
「あっ……」
萩村も気が付いたのか、険しい顔つきになっていた。
「ほら、萩村。昼食後すぐに午後の演習だ。とっとと済ませよう」
後ろから肩を押して、席へと誘導する。斉藤も気付いてはいるようだが、あえてその事には触れないようだった。
横浜基地第3戦術機格納庫
昼食を済ませて、PXから格納庫へと来た三人を待っていたのは、一度本社のある北海道に戻っていた霧島だった。
機体のほうは整備班が万全の状態にしようと作業をしている。
「お帰りなさい、向こうはどうでしたか?」
「嫌味かな、中尉殿?」
滅相も無いと首を振る北条である。話があるという事で、萩村と斉藤の2人には先に機体の準備をするように伝えると、霧島と格納庫の外へと出た。
暦の上では、夏も近いのだが未だに外は肌寒く感じる時がある。
「今日は急遽だが、対人演習を組ませてもらったよ」
今日の演習は元々では、対BETA戦を想定して組んでいたのだが、それを急遽変更したという。
それを急な変更を行うという事は、それなりの理由があるからなのだろう。
「まぁ、あまりグダグダと説明してもしょうがない。要は、勝ってもらいたいという事さ」
「それだけですか?」
「海軍としては正式採用したい、と意見だからな。ただし、現在、帝国軍内部では陸軍の発言力が大きい」
不知火の改修計画、それを進めていることから予算も限られているという。
正直、F-18E/Fスーパーホーネットの案が通るのは難しくなっているという。
「うちとしては、ここで手を引かれるとかなり痛手なんだ。知っているだろう、斯衛の方ですでに後がないんだ」
紫電の事なのだろう。これは武御雷との機種選定で敗れたものを独自に改修して、先の戦いに向けているようだ。
それだからこその、ステルス性能だったりもするのだろう。
「まぁ、うちの社の考えが米国よりなのが多くなってしまっているというのも一つだがね」
新型を作るよりは、既存の機種で優良機種はすでにいくつもの生産ラインを持っている。
諸外国ですでに採用されているという事は、それだけ数を整えられるという事なのだ。
でも、元々ある物を使わせてもらう、という事ならばライセンス生産では会社自体の利益も少ないような気もするのだが。
経営のことはよく判らない、考えても仕方ないと頭を振っていらない考えを振り切る。
「まぁ、色々あるわけだよ。うちも戦術機部門だけじゃないしね。上の考えはよく判らないかな」
「てっきり、あなたの考えだと思っていたのですが……」
「まぁ、私には私なりにBETA打倒を目指しているという事だよ。今日は頑張ってくれ」
あと、うちのお客様もこの演習を見に来ているのだから、無様な結果を出さないでほしいなと言うと霧島は格納庫とは反対方向にある管制塔へと歩み去った。
北条が機体へ搭乗すると、2人の姿が網膜投影システムで現れた。データリンクも正常のようだ。
機体チェックを済ませ、各自最終報告を済ませてくる。一連の動作を終え、CPへと報告をしようと呼び出したその時だった。
コックピット内に警報が鳴り響く。
『――こちらCP、ブレイド隊聞こえるか?』
「こちらブレイド01、感度良好。ブレイド隊準備よし」
『――了解、これより作戦を通達する。未確認機が演習場内の市街地エリアへと侵入した。数は不明、別働隊への対処の為に今動ける君たちにこれの迎撃に向かってほしい』
「敵の装備、数、どれも不明なのですか?」
監視所が破壊され、レーダーもジャミングにより一時使用不能に陥り、不明だと、情報が更新されれば逐一報告するという。
これを撃破しろと言うのだから、かなりやりづらい演習なのかもしれない。外では実弾が装填された突撃砲への換装が始まっていた。
市街地エリアは、遮蔽物の多い演習場だ。すでに、待ち伏せしている可能性は高い。
「ブレイド隊、聞いたな。敵は不明だが、これを迎撃する。すでに、未確認機は市街地に侵入しており、待ち伏せされている可能性もあるぞ」
対人戦闘をこの三人でするのは、実際初めての事だ。今までは、ずっとシミュレーターやJIVESを使用した対BETA戦をしている。
それが、急に対人戦になるのだから、緊張するのは当たり前のことなのだろう。
「2人とも焦るな。自分の今までやってきた事を思い出せ。相手が人でもBETAでも同じだ、油断だけは絶対するんじゃないぞ」
了解、と言う2人の瞳にはまだ不安が残っているように思えた。
たぶん、突発的な状況を作り出した演習なのだろう。新任衛士が、対人戦闘でどこまでやれるのかという事なのかもしれない。
「いいな、お互いの事をしっかりカバーし合うんだ。2人は守ってみせるさ」
「――あの、相手はBETAじゃないんですよね?」
「やれる事をやるんだ、わかったな?斉藤少尉」
各自、帝国軍の突撃前衛の装備である。この機体では逆に使い慣れた装備になった。近接戦闘長刀だけは装備していないが、その代わり突撃砲の予備が増えたと思えばいいだろう。
地上誘導員の指示に従って、格納庫の外へと出る。第2格納庫の方からも機体が出撃していく姿を捉えていた。あそこは、第2大隊の格納庫だったはずだ。
向こうも同じように演習を組んでいるのだろうか。方向が違う分、別の演習なのかもしれない。
「――ブレイド01?第2も出たんですか?」
「そうらしい……。自分たちの持ち場へ向かうぞ」
市街地エリアはここから、匍匐飛行を使って5分ほどの距離になる。
北条を戦闘に、萩村、斉藤のF-18E/Fスーパーホーネットが続く。
『CPより、ブレイド隊へ。未確認機より発砲があった。交戦を許可する、繰り返す、交戦を許可する』
北条はレーダーを確認すると、舌打ちするしかなかった。敵性機を示す赤い光点が6つ現れたのだ。こちらの2倍の数である。
2対1に持ち込まれてしまえば、いくらこの機体とXM1とは言え、勝つなんて無理かもしれない。
多分、この状況は今より悪くなる可能性もあるわけだから、いきなり無茶は出来ない。
ここで負ければ、XM3や第4計画にまで支障をきたす、なんて考えが北条には過ぎっていた。
「――か、数が多すぎます!後退の許可は出ていないんですか?!」
「許可は出ていない、やるしかないぞ」
機体カメラでも、敵機を視認することが出来た北条は、自分の目を疑いたくなった。
それが事実だという事を、萩村の言葉で改めて間違っていない事なのだと諦めるしかなかった。
「――なっ!?不知火の……あのカラーリングって教導団のですよね!」
「――嘘ですよね、なんでこんなところに?援軍ですか?!」
北条はあれに勝てるのか、と言う感情と驚いている自分の事を想像して笑う霧島の顔が目に浮かぶようだ。
「やるしかないっ!CPへ、こちらブレイド01交戦開始!ブレイド02、03はお互いにカバーし合え、絶対に孤立するな!」
「――了解、ブレイド02交戦!」
「――ブレイド03了解です!う、後ろは任せて」
横浜基地管制塔
「演習で当たらせる相手を選ぶのはそちらにお任せいたしましたが、まさか帝国陸軍の中でも精強の方々だとは……」
「そちらの自信を持って進めていたプロジェクトだろう?これくらいの相手にも勝てんようではなぁ。所詮それまでという事だろう」
この場にいるのは、霧島乙女と重工の関係者と帝国陸軍、海軍から視察と言う名目で訪れていた将校である。
居合わせた横浜基地の通信兵たちは、重苦しい空気の中で仕事していた。
JIVESを使用した、実戦さながらの演習を組んだのは霧島の提案だったが、このF-18E/Fスーパーホーネットへの当て馬として上がっている不知火改修機、その原型にあたる不知火壱型のロシアカラーの機体が管制室のモニターに映し出されていた。
「現在、スーパーホーネットについては近接戦闘長刀を使用した演習プログラムは組んでおりませんが、使用にも耐えうるかと思われます」
「ぉお!」
説明をする霧島だったが、演習場の方で動きがあったようだ。海軍将校が、驚きの声を上げており、陸軍の将校は苦虫を噛み潰したような顔をした。
霧島は、モニターを見ていなかったが、それで何があったのかは大体わかる。
(うまくやってくれているようだな……)
演習場市街地エリア
跳躍ユニットのジェットエンジンの音と、砲弾が風を切る音が響く。
戦闘を開始してから、どれだけ長い時間が経ったのだろうか。確認しようにも、相手がそれをさせる余裕を与えてくれるわけではなかった。
何度か際どい至近弾もあったが、北条、萩村、斉藤の三人は未だに5機の不知火を相手に立ち回っていた。
「ブレイド03!前へ出すぎだ!お前らしくないぞ!!」
「――はいっ!」
なんとか指示を出す北条だが、それもそのはずだった。相手の攻撃がさらにきつくなっていた。
それもそのはずなのだ。驚いた事に、萩村が相手を1機撃墜したのだ。相手も油断していた可能性もあるし、萩村も実力なのかもしれない。
しかし、それからというものの萩村の動きがあまりよくはなかった。
「ブレイド02!何をやっている!03に無茶をさせるな!」
「――」
萩村が何かぶつぶつと言っているようだが、北条は上手く聞き取れない。
すでに、92式多目的追加装甲は破棄し、両腕は突撃砲を装備して萩村と斉藤の2人をカバーしながら戦っている。
何を言っているのか、耳を済ませて聞いてみる、そんな余裕は無かった。
「――きゃあっ」
肩部へと被弾した斉藤が悲鳴を上げている。攻撃を避けた先で体勢を崩した斉藤機の隙を逃さないと言うように、1機の不知火が射撃を加えたのだが良くあの体勢を持ち直したものだと誉めてやりたかった。
「03無事か!02!シャキッとしろ!お前だけじゃなく、斉藤も死ぬんだぞ!」
嗚咽のようなものが聞こえてくる。人を殺したと思っている萩村は今、葛藤しているのかもしれない。
今は優しい言葉を言う事もないし、これが演習だという事を伝えるのは禁止されているのが辛かった。
「萩村、お前のせいじゃない。責任は命令した自分にある!まずは、自分とその仲間を守ってくれ!」
北条の耳にロックオンされたと警報が鳴り響いた。後方に1機回り込ませてしまったようだ。
(くそっ、間に合わないか!)
北条の視界の隅を黒い影が横切ったのと同時に射撃音が鳴り響く。
撃墜、そう思った北条とは裏腹に機体にはなんの異常も出ていなかった。
「――すみません、中尉。ご無事ですか?」
92式多目的追加装甲で砲弾を防いだ萩村機が視界に映し出される。しかも、こちらへと発砲した不知火を撃墜までしていた。
他の敵機を近づけまいと、斉藤機が周囲へと弾幕を張っているおかげで北条は一瞬気を落ち着かせる事が出来た。
「ありがとう、萩村!さぁ、これで五分五分だろう、すでに相手は2機失っているからな」
「――油断しないで、ですよね?」
4対3である。1機の差は小さくはないが、それでもこの状況まで持ってこれたのだ、あとは斉藤が言ったように最後まで気を抜かずに事に当たればいい。
『――CPよりブレイド隊、状況終了、繰り返す状況終了』
え、と言う萩村と斉藤2人と同じように北条も驚いていた。まだ相手の方が戦力は上である。加えて、こちらは斉藤機が小破判定を受けて、右腕が使用不能に陥ったのだ。
その状況で突然の演習終了である。これでいいのだろうか。
「――あの、北条中尉?状況終了とは……?」
驚きのあまりに開いた口が塞がらないのか、萩村より先に気がついた斉藤が声を発した。
北条は、今回のこの出撃は、最初から仕組まれていた事でJIVESを使用した対人戦闘訓練だったと告げる。
「機体の評価だとか、各個人の戦闘技術や状況判断能力を見極める為に行ったんだ。極秘にしたのはより、実戦を踏まえてだな」
「良かった……」
ホッとしたのか、目元に涙を浮かべる萩村である。多分、自分が人を殺さずに済んだ、という事で安堵しているのだろう。
BETA大戦の真っ只中で、人同士の殺し合いに使われる事の減った軍人かもしれないが、それは間違いでもあると改めて認識させられたかもしれない。
これが、実戦でもし、萩村を立ち直らせていなかったら、斉藤があの時に避けきれずにコックピットへと直撃弾があればどちらも死んでいたかも知れない。
「騙す様になったかもしれないが、起こりうる事態を想定している。それを忘れるなよ」
自分もまだ、そう言う覚悟を持っていないんだな、と改めて考えさせられた北条だった。
『――CPよりブレイド隊へ。機体を格納庫へ。10分後第3ブリーフィング室へ』
「了解、これより帰還します」
横浜基地第3ブリーフィング室
北条たち3人は、フライトジャケットに着替えると召集を受けた第3ブリーフィング室へと向かった。
途中、整備班から良くやったなと賞賛を受け、特に2機を撃墜した萩村が頭をなでられたりして笑っているように見えるが、何かおかしい。
それは斉藤も同じように考えていたようで、この演習で2人の心境に何かあったのかもしれない。
北条も、嬉しいようで反面、やはり戦いが上手くなって誉められるという違和感を拭えないのも事実ではある。
この世界では、当たり前のことなのかもしれないが、正直素直には喜べない部分だった。
「北条以下三名、入ります」
「良くやってくれた!私も鼻が高い!」
部屋へ入ってすぐに、1人の将校がニコニコと拍手で出迎えてくれた。傍には副官なのだろうか、女性士官が控えている。
「よくやってくれた!まさか教導団の2機を落とすとはな!萩村少尉だったかな、どっちだね?」
「は、はい!自分であります!」
「君には何か特別な力があるのかもしれないね。機体だけの力ではないと信じたいものだ。これからも精進してくれたまえ」
時間が無いという事で、将校は颯爽と部屋を後にする。よほど気分が良かったのだろうか、廊下に出ても笑い声が聞こえてくる。
「まぁ、そう言うわけだ。さて、それじゃあいつものようにデブリーフィングでもしようか。今日は私も参加するよ」
霧島を含めて、4人で今回の演習についての反省、改善点を挙げていく。
また、霧島からも機体についての意見や質問があったため、特に濃い時間になった。
XM1の性能のお陰で、斉藤の機体を立て直す事が出来たことも今回は霧島へと報告する。これがなければ、未だに機体の完熟訓練もままならない可能性もある事も伝えていた。
また、そのXM1で機体に過負荷が掛かっているようだが、元々の米軍機の頑丈さと言うか、多少の無茶な機動でも上手くコントロール出来ている気がする。
不知火だと、また違った感想が出るのではないかとも付け加えておいた。
出方を伺おうとした北条だったが、霧島は、そうだなぁと言っただけだった。あまり興味が無い、と言う反応ではないと北条は感じている。
むしろ、自分たちだけが携わっているわけではないという事も確信したが、今言う必要がないだけだった。
「今日の戦闘のログ見てみるといい。みんないつも以上に動いていたよ」
「教導団ですよ、普通に戦ったんじゃ勝てません。いつも全力ですが、火事場の馬鹿力というやつです」
「まさか教導団が出てくるなんて知らなかった。それを対人戦闘でも精強を誇る相手を絶望的な戦力差から2機撃墜したんだから。相当、目をつけられたんじゃないかな」
そう言う霧島も思い出したかのようで、面白い事でもあったかのように笑っている。第8大隊を激励しておきたいという事で、すぐに戻らなければいけないはずなのに、ここへ来たと説明される。
ようは、それだけであったというのだ。それだけの理由でも十分なのかもしれないが。
「次、戦ったらあそこまで戦えるかと聞かれたらやりますが、正直、難しいですね」
「中尉は、相手をかき回しただけ。撃墜したのは萩村だよ?まぁ、横浜基地で、幸先の良いスタートが切れたんだからね。これから先もこの調子でお願いしたいな、北条中尉」
今日はこれで終了、残りの時間と明日いっぱいはしっかり休んでほしいと言うと、霧島も部屋を出て行った。
敬礼し見送ると、北条は萩村、斉藤へと向き直る。霧島がいるところでは話したくなかったのかお互いに誰も口にしなかった事である。
「今日は特に厳しい訓練だっただろう?各自、思うところはあるだろうが自分でその答えは見つけるしかないと思う」
「中尉、もしその時が来たときは、私には出来るんでしょうか」
萩村が先程とは違った、力の無い声で質問してきた。斉藤も同じ考えだと言う。
本当に人と戦う事になってしまったら、自分たちは戦えるのかと言う質問だった。
もちろん、演習でも人は事故で死んでしまう事もあるが、戦うという事は相手の命を奪うという事なのだ。
もちろん、北条にもその経験は今までは無かった。
「正直、自分もその経験は無い。もし、そうなった時はやるしかない。命令だから、で済ませてもいいし、自分の中で何かしら理由を見つけても良い」
2人とも無言で北条の言葉を聞いている。北条自身にも、明確な答えを持っているわけではないが、守らなければいけない仲間がここには2人もいるのだからきっと戦えるだろうと考えている。
「あ~、難しく考えすぎるな。今、隣に立つ仲間を守ろう、一緒に戦おうでいいんじゃないか?」
あとは、自分たちで考えて結論を出すんだと北条は言う。それしか、自分には出来ないだろうから。
「今日は本当に良くやった、晩飯は奢りだ、行こう!」
2人の背中を押して、PXへと向かう北条だった。