北条は、シミュレーターのコックピット内で一息つく。
たった半日の間に、色々ありすぎた。
まさかの鎧衣左近と出会う事になろうとは夢にも思わなかった。
しかも、自分が有名になり過ぎている、と言う考えたくも無い言葉を残して消えてしまった。
頭痛の種はいくらでもあるのだが、解決しようにもいかんせん自分の立場ではあまり何も出来ない。
結局、あの後片桐中佐は部下を連れてシミュレーター室を出て行くし、霧島乙女も同じようにシミュレーターの設定をした後に出て行った。
これでいいのかどうかもよく判らないのだが……。考え事に没頭してた北条を現実に戻したのは、萩村の声だった。
「ブレイド02、準備完了」
「ブレイド03、準備完了です」
2人が実際に、シミュレーターとは言え第2世代にあたる機体を操縦するのは初めてだろう。
それは、記録を見て明らかだった。緊張するか、と2人に聞いてみる。
「ブレイド01もでは?」
そういえばそうだったな、と答える。片桐中佐の下にいた時には、それ以上の機体になるだろう『紫電』に乗っていたのは機密事項である。
しかも、それを自分の無謀な操縦によって大破、失ってしまっている。カレン少尉が無事だったのがせめてもの救いだ。
網膜投影に映し出された2人の顔は、やはり新しい機体に乗ることになった為か嬉しそうな顔に見えなくも無い。
少女が、新しい力を得て笑顔になるのもどうかと思えなくは無いが……。
ただ、少し気になった事は米軍機であるこの機体に対して、何かしらの思うところがあるのではないかという事。
しかし、彼女たちもいっぱしの軍人なのだ、命令に従う事でそれを抑えているかもしれない。
ちゃんとそこはフォローしなければいけないだろう、と考えていたのだが2人の様子を見る限り、大丈夫のように見えた。
「2日後には機体が到着する、それまでにはシミュレーターで特訓だ」
「ブレイド02、了解」
「ブレイド03、任せてください」
まだ若く、撃震に乗っていてもまだ日が浅い2人なら案外早く乗りこなせるかもしれない。
萩村ほどではないが、斉藤も衛士適正は低くない。むしろ、2人とも自分よりも上ぐらいである。
先程、霧島乙女から提示されたファイルの内容を思い出す。
現在、シミュレーターに使用している機体は、愛機となっていた77式戦術歩行戦闘機『撃震』では無い。
アメリカ海軍で採用され、いまやその実力が認められ多数の国でも採用され始めている戦術機F-18E/F『スーパーホーネット』である。
耐用年数が迫る中で日本帝国の次期主力戦術機選定に選ばれているという機体の一つであった。
政治的な何か、が起きている事は確実だが自分の立場は軍人であり、どうせ聞いても分からないだろう。
あと2日で機体が搬入されてくると霧島は言っていた。
それまでに、シミュレーターでどれだけ機体の特性を掴めるだろうか。
「座学をする必要も無いかとは思うが、今まで乗っていた撃震とはだいぶ違うぞ」
「なんだか、機体が不安定な気がします」
「座学で機体の特性は習ってはいましたが、撃震の方が機体がズッシリと安定していたような……」
上手く言えないのか、萩村、斉藤2人は落ち着かない様子だ。
「姿勢制御は機体制御システムが管理している、転倒は簡単にはしない」
了解と、2人の声が重なる。
「今日の演習は、目標ポイントを到達するだけだ。三回やって、一番遅い平均タイムを出した奴が今日の晩御飯から一品没収だ」
「ブレイド02、了解。ブレイド03の一品は貰います」
「なっ!?私も負けません」
ブリーフィング室
シミュレーターを終えた北条たちは、ブリーフィング室で今回の反省をしていた。
この2人には本当に驚かされる。機体の特性、第1世代と第2世代の違いを大まかでも把握してもらおうとしたのだが、飲み込むのが早い。
平均タイムも悪くない。行う毎にタイムは縮まっている。その2人は、性能のあまりの違いに興奮しているようだ。
「あんなにスムーズに動くとは思いませんでした」
「萩村少尉にもう少しで勝てそうだったのに……」
この2人、確かに第8大隊の先任少尉は萩村になるのだが、衛士課程を終えたのも同じ時期になるのだろう。
課業後も、2人で自主訓練をしているようで、仲が良くなっているのも頷ける。
「それで、シミュレーターではあるがどうだった?取り合えず、素直に思った事を言ってくれ」
「次の動作に移る時に、若干反応が早くて次の動きにつなげやすいと思います」
「それは私も思いました。撃震も良い機体だと思いますが……」
いくら、近代改修されていても撃震と第2世代をさらに改修したF-18E/F『スーパーホーネット』と比べてしまうのは仕方ない。
しかし、実際に日本帝国軍では第3世代の不知火の配備も進んでいて、陽炎もまた精鋭部隊が好んでいるとも聞く。
あれと実際に比べる事があれば、あちらの方がさらに性能が上だと判断するだろう。
「今日は残念だったな、斉藤。次があるさ」
「はい、次こそは萩村少尉から獲ってみせます!」
グッとコブシを作ってポーズを作る。気合が入ったようで何よりだが、元々おっとしているからあまり凄みがあるようには見えない。
「さぁ、今日はここまで。ゆっくりと休めよ。明日の予定は先ほど通達したとおり」
2人の了解と言う返事を聞くと、ブリーフィング室を出る北条だった。
――2日後。
まだ陽も昇りきらない横浜基地の埠頭に、北条率いる第8大隊の3人と霧島乙女の姿があった。
霧島重工のロゴの入った大型輸送船が1隻入港し、作業班が搬入作業に勤しんでいる。
正直、今更なのだが自分の存在もここにいることが良く分かっていないのに、霧島乙女、霧島重工、この存在がまったく意味が分からない。
自社開発の機体を持っていたり、今また第2世代機である機体を持ってきたのだが……。
霧島の横顔を見る北条だが、彼女の真意が判るはずもなく、また視線を船へと戻す。
「いよいよ実機が到着したんですね」
「補給部品の搬入が先だが、終わり次第すぐにでも組み立ててみせよう」
昼には実際に機体に乗ってもらうから、そのつもりで。そう言うと、霧島は作業員に指示を出す為に離れていった。
霧島を見送ると、改めて萩村と斉藤2人の方へと振り返る。
「まったく……。2人は別にくる必要は無いと言ってあっただろう?」
「はい、中尉!しかし、自分たちの新しい機体ですから。この目で確かめたかったのです」
斉藤も萩村の意見に賛同しているようだ、うんうんと頷く。
それでも、朝から機体を拝む事は出来ず残念そうではあるのだが……。
「課業開始まで、まだあるしな。睡眠を取るのも仕事だ、すぐに部屋に戻って寝ろ」
「了解!」
2人して返事をすると、駆け足で戻っていく。それを見送り、北条も部屋に戻る事にする。
斉藤が配属されてから萩村と部屋が別々になるものだと考えていたのだが、困った事に斉藤まで同じ部屋割りになってしまっていた。
そのせいもあってか、起こさないように準備しようと思い、いつもより早く起きたつもりだったが自分よりも先に2人は起きていた。
どうしてもと言う2人を制する事が出来ず、そのまま3人で来た時の霧島の顔が、ニヤニヤとしていたのを思い出す。
最近は、出撃も無く普通の日常を過ごす事が出来ている事で自分の立場が分からなくなっている。
それでいて、普通の人のように過ごせているのだから、自分の適応力も侮れないものだと感じていた。
「……戻るか」
誰に話しているわけでもなく、北条は部屋へ戻ろうと後ろを振り返るとそこには真面目な顔をした霧島がそこに立っていた。
驚いたが、そこを茶化されるのもなんだか嫌だった北条は早口で誤魔化す。
「どうしたんですか?指示を出しに言っていたのでは?」
「言い忘れていた事があったので、戻ったが……。何か悩みかね?」
「いえ、そう言うわけではないです」
「ふむ、まぁ、君とはまだ付き合いも短い。無理には聞かんよ」
そう言うと、霧島は本題、新OSの件だと言う。彼女が知っているという事は、香月副司令が話したという事だろう。
「こんなところで話していいとは思えませんが……」
「周囲は心配ない。実際に関わっている君はどう思う?」
新OSの開発は、正直に言うと難航していると思う。
そもそも、自分の発言で開発になったのだが、全容全てを知っているわけでもないのだ。
それでは、あの白銀武が提唱しているXM3が完成するわけがないと思う。
「正直言えば、私はあっちの方はあまり詳しくは無いんだ。ソフトよりハード側の人間なのでね」
ただし、と最後に付け加えて何やら間を空ける霧島である。
北条も続く言葉を待つ。
「実際、雛形に近いものが出来上がったようだ。それを、今回の機体に組み込む」
「いけるんですか?!」
それは、君たちの腕次第だという。XM3の雛形が完成したとしてもどの程度のものなのかも確認をしなければならない。
こう思うのも変な感じがするが、どうせならば使い慣れた撃震で試してみたかった、という気持ちも無くはない。
「了解、自分の出来る事をするだけです」
「よろしい。とりあえず、機体の方は任せて良い」
よろしくお願いします、と頭を下げると霧島は、じゃあねと言って待機させていた車両に乗って格納庫の方へと去っていった。
北条は、午後が楽しみだなと考えながら、部屋へと戻っていった。
第8大隊詰所
機体は午後には組みあがる為、空いた午前中に萩村と斉藤の2人には詰所にて機体のマニュアルを再読しているようにと指示を出しておく。
北条はと言うと、香月夕呼の元へピアティフ中尉と共に向かっていた。執務室の扉の前で中尉と別れる。
「北条、入ります」
「……入りなさい、北条」
中へと入ると、香月と霧島の2人が執務室にはいた。しかし、向かい合い一言も発していないのだが、何やら嫌な空気に感じる。
居辛くなった北条が堪らずにこの場から離れようと躊躇しながら発言する。
「今はお時間が無いようでしたら、下がります」
「いいわ、あまり時間も無いようだから……」
霧島が横へと移動したのだが、一瞬自分の方を見たような気がする。
しかし、今の自分に優先すべき順番があるとすれば香月副司令の話を聞くことである。
「呼ばれたことについては、もう知っているのよね?」
「はい、XM3の件です」
このOSによって機体の機動、機動制御とそのパターン認識と集積する。
そこから、各衛士によって機体の戦闘機動などを独自に繋げるコンボ、一度動きを止める事なくスムーズに動かせる先行入力、状況によって即座に行動を中断するキャンセルする機能が備わっている。
より即応性の高いOSになるはずの代物である。断言できないのは、コレが同じように前線で戦う衛士や軍部など受け入れられるかという事だ。
だからこそ、訓練中である衛士とエース達とのトライアルでXM3の有用性をアピールしたわけである。
この世界では、いま現在訓練中の衛士たちは既存のOSを使用して訓練が行われている。よって、このタイミングではそれも難しいと判断したのだろう。
「XM3が完成品という事なら、これはXM1ってところかしらね」
あんた達にそのまま機体に換装し、実証試験を行っていくとの事に落ち着いたところだったという香月夕呼だったが……。
何か歯切れの悪い言い方である。いつもなら、もっと用件を言って終わり、という事なのだがと考える。
「機体の選別とかは、正直どんな機体でもいいとは思っていたんだけれどね」
香月は、この先は霧島が話すわと言って、椅子へと座る。
自分の番、と言う顔をした霧島が北条の傍へと立つ。
こんなに近くに立つ必要はあるのだろうか。視線が重なって変な間がある。
段々と照れくさくなって、つい視線を逸らしてしまった。
「ここからは、先に香月博士へ話したのだけれどね。簡単にまとめると」
霧島重工から、機体が搬入されるのは通常ならば普通の事ではないらしい。
軍、特に戦術機に関しては日本の戦術機トップメーカーが所定の手続きを以って納入されるのが普通であると言う。
となると、普通ならば帝国軍で正式採用されている機体が準備されるのだ。
整備の面にしてもそうだし、部品の調達一つにしてもその方が便利なのだ。
しかし、今現時点では、当面は防衛線を構築するのが優先である。
細かい事、政治だとか利権問題とか北条が知る話ではない。
「米国製のF-18E/Fが搬入されたのもそう言う理由があるわけなんだ」
「自分たちは何をすれば良いのでしょうか?」
「理由は知りたいかい?」
いいえ、と北条は断る。自分に出来る事、出来ない事くらいは分別をつけなければいけないだろう。
実際に、何か出来るかとあれこれやってきたつもりだが、結局、自分の力では何も出来ていない。
発言にも気をつけないといけないだろう。鎧衣左近も言っていたではないか、見られていると。
「まぁ、政治的なことだったり企業の利益だったりが絡んでいて厄介だしね」
「噂だと、陸軍寄りが進めている機体がかなり有力説ではあるんだが、それを面白くないと考える者もいる」
やはり、そんなところなのだろうが、陸軍寄りと言う事は、霧島は海軍寄りの人なのだろうか。たしか、F-18E/Fは海軍からの次期主力機として提案されていたはず。
このF-18E/F『スーパーホーネット』を対抗馬とする発言が出たらしく、それに抜擢されたのが自分達の第8大隊だというのだ。
「その件について話していたが、香月博士があまりいい顔をしなくてね」
「それもそうでしょう。国連軍の基地とはいえ、アラスカよ。OSだって私たちの手が入った機体と北条を行かせるわけにはいかない」
「もちろん、機体の整備はうちから出す。あそこの技術部には重要な情報は渡さないし、ブラックボックスとしてプロテクトもかけるんだろう」
「ちょっ、ちょっと待ってください?アラスカって、ユーコーン基地ですか?!」
確かに、場所としては都合の良い場所かもしれない。各国の戦術機の技術の粋が集まる場所だ。
オルタネイティヴ計画を知る者にとっては、牽制にもなるのかもしれないし、このOSが全世界に普及する事にも繋がるかもしれない。
新任の衛士が操縦するXM1が搭載された機体で各国から集められたエースパイロットに勝つ事が出来る力を持てる。
「まぁ、これが実際にそれほどの価値を持たせられるかは彼に掛かっているけれどね」
見たことも無い霧島の鋭い視線に、北条にこの任務がいつも以上に重要だという事を告げている。
「問題があれば、うちのが処理する。あとは、香月博士の許可が貰えれば……」
「北条、あんた出来るんでしょうね」
「命令であれば、やります」
やれることしか出来ないが、それは今は言う必要は無い。その事はすでに、香月副司令も霧島も知っているだろう。
「分かった。追って命令書で通達するから。あんたは午後に向けて準備しなさい。もう行っていいわ」
「はい、失礼します」
執務室を出て、ホッと息をつく。正直、またこの横浜基地を離れる事になるとは思わなかった。
しかも、アラスカといえば、ユーコン基地の事だろう。この時期だとだいぶ早いはずだから、あのメンバーはいないんじゃないだろうか。
帝国軍としていくわけでも無さそうだ。帝国海軍から衛士を出せない理由もあるかもしれないが、詳しく分かるわけも無い。
考え事をしていた北条は、ふと視線に気がつく。小さな影が曲がり角の向こうから廊下に写っているのが分かる。
たまたま自分と鉢合わせするのを避けて隠れていただけなのかもしれない。
執務室前から離れる。無理にこちらから話しかける必要もないだろう。それは、自分の仕事ではないのだから。
格納庫
XM1が搭載された、とは言っても自分がそれを使いこなせるかどうか自信が無いな、なんて考えながら北条は格納庫へときていた。
香月副司令の執務室から戻ると、萩村、斉藤はピアティフ中尉が来てXM1の解説書を持ってきたと言う。
それを読んでいるうちにあっと言う間に時間が過ぎていた。
慌てて、食事を済ませて格納庫へと来たのだった。そこで目にしたのは第8大隊の機体が搬入された機体の前に、人だかりが出来ていた。
ついこないだF-15Cイーグルが搬入された時もそうだったのだが、米軍機が相次いで補充されてきたのだ。
珍しさも相まって、興味を持つ人間も出てくるだろう。
それが、自分の機体が注目を浴びているというのは、変な感じだと頭を掻いた。
「さぁさぁ、いつまでも見入ってないで仕事に戻れ~」
整備班の1人が大声であっちへ行けとでも言うような手のしぐさで追い払っている。
先に向かった萩村と斉藤2人も機体を見上げていたせいか、同じ野次馬と思って追い返されそうになっている。
「あいつらは、何をやってるんだ」
「うちの連中もすまないね、資料は渡してあったんだが……」
急に後ろから声を掛けられ油断していた為に、おぅ、っと声が出てしまった。
横に並んだ霧島乙女はF-18E/Fスーパーホーネットを先程の自分と同じように見上げている。
「顔写真も貼られていたんだから、覚えておけばいいのに。機械にしか興味のないやつらでね」
「いいえ、気にしていないと思いますよ」
霧島の整備班にも野次馬ではない事が伝わったようだ。
「さぁ、いよいよ君たちに乗ってもらおう。実力を見せてもらうぞ」
「善処します」
状況はこちらで準備している。早速やってもらううぞ、そう霧島は告げる。
新しいOSと新しい機体で、どうなるかは分からないが乗りこなして見せようじゃないか。
集合、声をかけるとこちらに気付いた2人が顔を引き締めて集まってきた。
もう、すぐにでも乗りたいというような面持ちだ。
「ブリーフィングを始める」
「了解!」
2人の元気な声が格納庫に響く。
第1演習場
G弾によって、廃墟となった町並みが綺麗に吹き飛ばされてしまった旧市街地。
ここを使った演習は実機によるJIVESを使用し、目標地点への到達を目標とした。
しかし、障害がいくつもある。BETAの中を突っ切って、この目標地点にいる重光線級の殲滅である。
『――こちらCP、霧島が担当する。感度良好』
「こちらブレイド隊、問題なし。いつでもいけます」
3機のF-18E/Fスーパーホーネットは、機体ごとに装備を今回は同じ装備である。
通常ならば、各人に合わせた装備をするが、初めての機体という事、それと平均的なデータ収集も目的としていた為である。
近接戦闘長刀については、誰も装備していない。87式突撃砲1、92式多目的追加装甲1、兵装担架には予備の87式突撃砲を一丁装備している。
『――状況開始する。BETA群後方に、重光線級出現を確認』
「了解。ブレイド隊行くぞ」
今まで目の前は荒れ果てた旧市街地に、BETAが出現した。
戦車級の赤い海に浮かぶように見えるのは、要撃級と突撃級である。
フットペダルに置く足に力を込める。戦闘出力に上がった跳躍ユニットから心地よい音が聞こえてくる。
『――弾がもう無い!?』
『――くそっ、くそっ!?BETAの密度が濃いっ……』
一瞬、何か聞こえたような気がした。目が霞むが、すぐに元通りになったのだが、今のは一体なんだったのだろうか。
状況が開始してすぐのはずだが、と北条は首を傾げる。
「……ブレイド02、何か言ったか?」
『――いいえ、ブレイド01。こちらは問題ありません』
『ブレイド03、弾倉交換!』
弾倉を交換する間、ブレイド03に近づく戦車級を排除していく。今は目の前の訓練に集中しなければいけない。
新OSを搭載していると説明を受けた萩村と斉藤だったが、それ自体の性能がどう言ったモノなのかは実戦で使おうにも上手く立ち回れていない。
今までどおりの、機体の動かし方になってしまう。それでもなお、機体の性能が高い事もあって未だに致命的な損傷も無く、状況は推移している。
『――CPよりブレイド01、重光線級の位置を確認した。目標を排除せよ』
データが転送され、網膜投影システムによって映し出された戦域マップに重光線級を示す光点が現れる。
位置がどうにも悪く、要撃級の壁の向こう側である。
「ブレイド01了解。いいな、ブレイド隊、行くぞ」
返事を待たずに、跳躍ユニットに火を点す。頭を完全に抑えられているが、それでもまだ動きようがあるし、もしかするとXM1を使うコツのようなものが掴めるかもしれない。
普通なら、『誰でも』使えるであろうモノが、『誰も使った事が無い』ために使いこなせないのだからしょうがない。
『――正面、要撃級6、戦車級計測不能!』
36mm砲弾で一体の要撃級の動きを封じ、続く2機の為に戦車級に120mmキャニスター弾を使用して足場を広げる。
危険高度ギリギリでよく着いて来たと誉めたいところだが、これぐらいやってのけてもらわないと困る。
『――足場を作るなんて無茶なっ』
『ブレイド03、私たちはこれでやってきている!』
萩村も、当初は戸惑っていたじゃないかと言おうと考えたが、これは黙っておく事にする。
目前へと迫る戦車級にありったけの36mm砲弾を浴びせながら、次の移動地点を探していく。
まだ、重光線級へは辿り着けない。不意に、BETAの一群が左右へと別れる動きを見せたのを北条は見逃さなかった。
「っ、回避だ!!」
この動きに気付いたのが2人より北条が一瞬早い。
それならば、このXM1の性能を試してみる絶好の機会かもしれない。
跳躍ユニットを垂直にし、機体を一気に危険高度へと加速し、上昇させる。
「ちゅ、中尉!!」
萩村の叫ぶ声が聞こえるが、それに構っている余裕は無い。
コックピット内を、重光線級からの照射警報がひっきりなし鳴り響いているからだ。
斉藤の声も聞こえたという事は、2人に向かうはずだったレーザー照射も引き付けた。
そのまま、機体は反転し、要撃級を挟んで重光線級の照射圏内から離脱、なんとか回避に成功したらしい。
重光線級の照射の直撃を受ければひとたまりもないのだが、今回ばかりは運がよかったのかもしれない。
『――ブレイド01、ご無事ですか?』
「あー、なんとか無事なようだ」
レーダーを確認すると、2人はお互いをカバーするように立ち回っている。
案外、自分と萩村より息はピッタリかもしれない。
『――ブレイド01、あんな無茶はこれっきりにして下さい』
「ブレイド01、了解。さぁ、もう一踏ん張りと行こうか」
ブリーフィング室
演習を終えた第8大隊と霧島は、ブリーフィング室へと集まっていた。
機体はすでに格納庫で点検に入っている。
「ふむ……、可も無く不可もなく、というところかな。中尉は、さすがと言ったところだけれどね」
萩村と斉藤2人は、結局、OSの性能を上手く発揮できないまま状況が終了してしまった。
運よく、誰も被弾するといった事は免れただけでもよしとしたいところだが、霧島としてはこれでは納得出来ないだろう。
特性は頭に入れたとしても、衛士として身体に染み付いた従来の機動や姿勢制御をしてしまうのだ。
「ただし、北条中尉のあの時の機動は上手くOSを利用したという事かな?」
「はっ、五分五分でしたが実際にやってみないことには、これがどこまで出来るのかわかりませんでしたので」
霧島は何か言いたげな顔をしていたが、それ以上は何も言う事はないようだ。
「まぁ、いい。機体だけではなく、このOSもモノにしてもらいたい」
「はっ、全力を尽くします」
萩村と斉藤は形式ばった敬礼をするが、霧島は面倒くさそうに手を上げるだけであった。
「よろしく頼むよ、北条も使いこなせるよう、よろしく頼んだよ」
レポートにまとめて、後で持ってくるようにと言い残し、霧島はブリーフィング室を出て行く。
残された北条に、部下2人が詰め寄る。
「中尉、あの機動には驚きました!レーザー照射を受けるのを覚悟であれをやったのでしょうか」
「あんな危険な機動をして!もし、撃墜されてしまったらどうするつもりだったんですか!!」
萩村と斉藤2人に同時に詰め寄られて、慌てる北条である。
斉藤も、萩村が怒ったような口調に驚いたようだ。
「おい、落ち着け。何も演習だったんだ。機体とOSに慣れるためだろう、萩村」
斉藤は、そうですよと興奮する萩村をなだめる。
「むしろ、あれ以上の事がきっと出来るはずなんだ」
それが、ベテランだろうが、エースだろうが、新任の衛士が使って生存率が上がるんだったか、それほど凄いOSになるはずである。
それを今の段階で足踏みするわけにはもういかない。
もう、上の方でも動き出しているのだろうし、辞令が来るまでには、自分を含めた3人でもっと使いこなせるようにならなければいけないのだ。
「ですが、ですが……。試すなら、次からはそう言ってください。心底驚いたんです」
萩村は何を言っているんだろうか、OSの動きを見て驚いたのか。
「分かった分かった、次からはブリーフィングの時点でどんな機動を試すかも話し合っておこう。全員が出来る様になるんだからな」
「北条中尉、きっとそう言うことではないかと……」
斉藤まで何を言っているのか、さっぱり分からない。
「おっと、そろそろ時間だな。続きはまた今度だ」
就業時間を知らせるラッパの音が響く。北条は号令を掛け、国旗が掲揚されている方向へと敬礼する。
詰所に戻ったら、明日の訓練内容を見直さなくては、そう考える北条だった。