佐渡島ハイヴのBETAによる大規模侵攻を受け、正面から受け止めた第12師団は防衛戦に広く展開していた戦術機部隊を戦線へと投入。
言葉の通り、将兵の生命を賭けた戦いによって貴重な時間を稼いだ。
北方の間引き作戦へと参加していた帝国海軍、本土防衛及び広く展開していた陸軍、米国海兵隊が駆けつけ、98年の本土防衛戦のような地獄は回避された。
鉄原ハイヴのBETA梯団の移動も危惧されたが、新潟戦線の収束と同時期に移動が停滞、警戒態勢は維持されたままだったが九州上陸は確認されなかった。
横浜基地
新潟上陸から2週間、未だにまだ戦いの爪痕は深く残っており横浜基地所属の機体の回収もまだ済んでいない。
横浜基地もまだまだ後処理に追われていた。
「F-15Cイーグルがなんでまた……」
「例えそうでも今は1機でも戦力は必要なんだ。ありがたいと思えば良いじゃないか」
ハンガーには今新しく国連軍カラーに塗装されたF-15Cイーグルが搬入され、基地地上班は慌ただしく動いている。
衛士の補充までは無かったが1個大隊規模の機体が搬入されている。それには基地要員の殆どが驚いていた。
「回収した機体は第12格納庫前に集めておけ、全てじゃなくても使えるものは使うぞ」
外からも大型のトレーラーや87式自走整備支援担架が走る音が響いてくる。
これだけの数が突然配備される事が不思議に思えてくる。度重なる新潟からのBETA侵攻によって疲弊した現状にはありがたい事ではあるが、あまり手放しで喜んでもいいのだろうか。
北条はそれを横目に自分の機体があった場所を見上げていた。そこは空のままである。
北条の機体は新潟から横浜基地へ戻ってすぐに、機体は操作を受け付けなくなり、滑走路に着陸をしたまでは良かったがバランスを崩し転倒した。
萩村にも怪我は無く、それが不幸中の幸いだったのだが。関節部に過負荷がかかり過ぎていた事もあり、修理も不可能であると返答があったと整備主任から報告が上がってきている。
「北条中尉、副司令がお呼びです」
これからどうするべきかと考えていると、後ろから声を掛けられて振り返ると、ピアティフ中尉がそこには立っている。
昼食を食べてから休憩中の事だった。急いで向かうと執務室には簡易ベッドが準備されており、そこに座るように促される。
「香月副司令、今日はどうされたんですか?」
「今回は、あんたの記憶を覗かせてもらうわ」
今まではそう言う風に、自分の記憶を覗くとかまではしなかった。
自分の話すことは、これから先のことで全てではないが信じていないとの事である。
記憶、と言われてもどういうことだろう、逆行催眠とか薬物でも使うのだろうか。
ベッドへ腰掛けると、目の前に香月副司令が立つ。真剣な顔で、何を声を掛ければよいのだろうか。
「あ、あの……。何か注射とか、薬品とか使うんですか?」
「そんなに怖がる事ないじゃない?あんたの言ってきた今までの事が証明されるのよ」
腕に一瞬違和感があり、そこを見ると釘打ち機みたいなものが腕へと押し付けられていた。
テレビで見たことのある、これって確か針のない注射器だったような気がする。
早速、薬が回ってきたのか段々と視界がぼやけていく。
「さぁ、ゆっくりと目を閉じて……。段々とあんたは今過去へと戻っていくわ」
瞼がだんだんと重くなってきた。開けている事が出来ない。そのまま閉じ、視界は真っ暗になった。
「さぁ、あなたはどこにいるのかしら」
遠いのか近いのか、声が自分を促す。
「暗いコックピットの中にいます」
「外の様子は分かるかしら」
外の気配を探ってみる。強い風雨に晒される機体、崩れた建物、ゆっくりと分かることを伝えて行く。
周りを見渡すと、突撃級に押し潰された同期の撃震は倒壊した建物に埋もれている。
要撃級と壮絶な相打ちになった機体もあった。北条にはそれが、まるで他人事のように見えている。
しかし、その後にすぐ来るのは恐怖だった。
同期ではなく、コックピットの中で潰された誰かが自分だったらと言う恐怖。
「まだ残存するBETAがいます!このままでは、このままでは!」
「大丈夫、落ち着きなさい。大丈夫……」
その声に惹かれるように、眠くなる。誰かが自分の傍に座ったのか、ベッドが沈む。
眠気と同時に今まで見えていたものが暗闇の中へと吸い込まれる様に消えて行く。
「また瞼が重くなるわ。今から少し時が戻る」
促されるまま、また目の前が暗くなる。
「さぁ、段々と目の前が明るくなる」
ゆっくりと周りの景色が見えてくる。目の前は白い雪に覆われ、フェイスマスクをしているものの寒さで露出した部分が冷たい。
身に着けた防弾着は重く、吐く息は白くて余計に寒さを感じていた。
「今、あなたには何が見えているのかしら」
「制服の違う、あれはどこの冬季迷彩でしょうか?色々な軍が集まっているようです」
「場所はどこ?他には何が見えるの?」
90式戦車が1個中隊だろうか、自分の73式装甲車の横を通過していく。
自分は車体の上面に設置されている12.7mm重機関銃M2の射手として配置されている。
「場所は分かりません。雪に覆われていて、いくつもの部隊がここよりも前に展開しているようです」
指揮所から敵第一陣が接地した地雷原に入ると無線が入る。続いて、轟音が響き渡り、それがしばらく続く。
普通では無いのが分かる。普通なら、地雷に触雷すれば行動が止まるはずなのだ。被害が出ないように、地雷を処理をする行動するべきだろう。
地雷によるものなのか、こちらへと進む敵のものか判断はつかないがここまで地響きが続いてくる。
「あなたや、あなた達は何と戦っているの?」
「分からない、回収した死骸からはまだ何も分かっていない」
ピリピリと振動した空気が振動していて、何か気配が変わったような気がする。
『敵の最前衛が、地雷原を突破!』
操縦手が声を張り上げる。地雷原を突破した群体には大小様々な野戦砲による雨の様な砲撃が行われる。
無線からは、色んな国の言語がひっきりなしに入ってくる。
「相手の姿は見えた?」
「あれは、あれは……」
通信機が指揮所からは後退せよと指令が下りている。後方にあるはずの指揮所へまで敵の一部が浸透していると言うのだ。
その直後に身体がフワリと宙に浮いたように感じ、その後は、目の前が真っ暗になる。
「つぅ……」
銃手席から投げ出された。
まだ目がチカチカとしているが、爆風でだろうか乗っていたAPCが引っくり返っていた。
近くには、ヘリのテイルローターがグルグルと回っていた。
上空をAH-1Sの編隊が通過して行く。その内の1機が墜落したのだろう。
身体は無事だろうか、と確認をする。急いでいるのに、身体は言うことを聞いてくれない。
耳は無事か、先程からキーンと言う耳鳴り続いている。
襟首を掴まれて、引き摺られいく。慌てて太腿のホルスターの拳銃へと手を伸ばそうとするが、その手を別の手で制される。
「ーー、き――、聴こえるか?」
首を縦に振ると、相手も安心したようだ。
衛生兵だろう、腕章と被っているヘルメットで分かる。
怪我は無いなと言うと、横転したAPCへ駆け出していった。
それを見送っていると、数台のスノーモービルが現れる。
「おい、動けるか?!レーザー型が出たおかげで、そっちの対処でヘリ隊が手が回らん」
スノーモービルで偵察していたのだろう隊員は、後ろへ乗れと言う。
84mm無反動砲と、弾が積載されていた。
襟元の階級章は一尉を示しているが、ここを勝手に離れるわけにはいかない。
「上には何人か連れて行くと言ってある。ハチヨンの装填手を頼みたい」
「り、了解!銃を取ってきます!」
慌てて、横転したAPCの開いた後部ハッチから中へと入る。
自分の89式小銃を取り出し、確認する。
衛生兵が分隊長だったモノを運んで行く。
それを横目に小銃の動作に問題は無い様だ。急かせれるままスノーモービルの後ろに跨った。
米軍のM2ブラッドレー歩兵戦闘車がこちらの意図を汲んでくれたのか、87式偵察警戒車と共に追随している。
ゴーグルをしていても、前を見ることが出来ない。白くなった視界が開けると、そこは地獄の様だ。
履帯が損傷した半身不随の戦車砲塔を旋回させまだ戦えると言う様に射撃を続ける。
コンクリートを使った急造の歩兵陣地に突撃型に粉砕されている。
先程いた場所はここよりはまだ安全だったのだ。
90式戦車の120mm滑空砲の直撃を受けた突撃型は動きを止め、相手を探すかのようの方向を変えている。
「クモ型も接近中だ、先に突撃型から減らすぞ」
脆い後方へと回り込むと、スノーモービルを台替わりに84mm無反動砲を構える。薬室へ弾頭を込めると、射手を務める一尉のヘルメットを叩く。
ドン、と言う音が響き突撃型の脚部付近を吹き飛ばす。次に行くとスノーモービルが急発進し、振り落とされないようにしがみつく。
追随してきたM2ブラッドレー歩兵戦闘車が急停車し、後部ハッチから兵士が周囲に散開している。
「クモ型だ!弾幕を張れ!!」
「戦車に近寄らせるな!」
クモ型?振り返ると、その姿は遠く見えずらいがどこかで見た記憶がある。降り積もった雪のせいか、動きがニブイように見えなくもない。
次の突撃型に行くぞと、スノーモービルが動き出す。こちら側に突出してきた突撃型の背後に回りこみ撃つを繰り返していた。
「ダメか、司令部との連絡が途絶した……。弾は幾つあるか」
「あと1発です。これからどうするのですか?」
「ちょっと待て……、大隊指揮官からだ。ここの放棄が決まったそうだ」
退避座標まで後退する、と言うと元来た場所へと向かってスノーモービルを走らせ始める。
白く視界は悪い、しかもゴーグルを掛けていても寒さで段々と目が開けてられなくなる。
何も見えなくなった。上も下も分からない。遠くで誰かが話しているのが聞こえる。
「どう、社。見えるかしら」
「全てを確認した訳ではありませんが、類似点からBETAと判断します」
「BETA、ね。他にはどう?」
「拒否しているイメージしか伝わってきません」
「もう少し探ってみましょう」
何かを自分へ話しかけているが、それもよく分からない。
何かを聞かれ、何かを答える。ずっとそれを繰り返している。
それ以外は何も分からない。
「――、ほ――、北条、北条」
瞼がとても重い。このままただ眠っていたいのに、誰かが自分を起こそうとしている。
瞼を開けると、どこか見覚えのある2人が自分を覗き込んでいる。
1人は白衣を羽り、1人は髪を二つに結んでツインテールにしていた。うさぎの耳を模したカチューシャを着けている少女だった。
「……えーっと、ここは病院でしょうか」
「まだ寝ぼけているのかしら」
「ここは、病院ではありません。覚えていませんか?」
深呼吸して下さいと、促される。少女の声は抑揚は無いが、素直にそれに従うことが出来た。一つ大きく深呼吸をするとゆっくりと、少しずつ思い出してきた。
戦術機に乗っていた事、死にたくない気持ちだけでがむしゃらに戦ってきた事、あの日からずっと一緒に戦ってきた隊長が死んでしまった事。
全てがゆっくりと思い出されてきた。頭が少し痛むのと、体が少しだるい気がする。
「ここは横浜基地の……」
香月副司令に呼び出されて、執務室へと来ていたはずだったがと周りを見渡し、薬品の匂いで医務室のベッドに寝かされているようだと分かった。
半身を起こして香月副司令へと視線を戻す。
「……香月副司令、なにか、何か分かりましたか?」
薬も使っていて、社霞がいるのならば全てを知ったことだろう。
「数式も、自分からは分からなかったんですよね」
「そうね、唯一分かった事と言えばあんたのいた場所でも同じ敵を相手にして戦っていたようね」
「……え?」
彼女が何を言っているのか分からない。同じ敵を相手に戦う?
そもそも、BETAなんて存在は知らないし覚えていない。
自分は何を喋ったのだろうか、それさえも思い出せない。
いったい、何を見たんだ。そして、何を伝えたんだろうと社霞へと視線を移す。
彼女はすっと動いて香月副司令の後ろへと隠れるようにしている。
「あんたの記憶が正確なものかどうか……。あんたの頭の奥でも同じような絵空事でいっぱいじゃなければね」
記憶……、ここに来てからは思い出せたのは自分が自衛官だった事やこの世界の出来事ばかりである。
そもそも、BETAなんて存在と戦った事なんて無いはずである。
副司令は、自分の記憶は何か出来事があって奥深くに閉じ込めており、それが原因で思い出せないのだろうと言う。
「困った事に、あんたにギリギリまで薬物使ったんだけれどね。肝心な事はなーんにも分からずじまい……。時間の無駄だったわ」
「必要な情報を引き出すまではしなかったんですか?」
「何もなかったが正解ね。あんたからは必要な情報はもうないのよ」
もっと落胆するとか、ショックで悲しくなるとか思わなくないが、逆に期待されていない分だけ気持ちが楽になったような気がする。
元々知らない事なのだから仕方ない、そう考えていて副司令が何か言っている事に気付かないでいた。
「知りすぎているあんたには目の届くところにいて置かないといけない」
「自分は誰にも喋りませんし、喋っても誰にも相手にはされないのでは?」
「聞かなくても分かるでしょうに」
あとは、自分の部署に戻って仕事なさいと香月副司令と社霞は部屋を出て行く。
入れ替わるように看護師が腕についた点滴の針を取り除き、着替えを持ってきてくれた。
着替えを済ませて部屋の外へ出ると、今までが不思議だったかのように喧騒に包まれていた。
「機体も無いからXM3の開発にも携われないだろうに……」
第8大隊の為に用意されている事務所に入ると、いつものように萩村からの元気な挨拶があると思っていたが、その日はそれが無かった。
不思議と部屋を見渡すと、疲れて眠ってしまったのか机に突っ伏して眠っている萩村を見つけた。
北条も椅子に座ると、これから先の事をどうしようかと考える。
XM3の開発に専念する事になったが、開発は難航している。白銀武の考えた物には到底なっていないだろう。
それでも、自分には今出来る事があるんだと考えれば不思議と嫌な気はしない。
ドアがノックされる。それに気付いた萩村は目が覚めたのだろう、自分と目が合った。
「あっ、ちゅ、中尉!?すみません、寝てしまって……」
「いい、気にするな。疲れていたんだな」
萩村がドアを開けると、名前までは分からないがどこかで見たことのある顔だ。
自分よりも先に萩村が気付いたようだ。
「あ、あなたは第2大隊の……」
「あの時は、ありがとうございました」
思い出した、丁寧にお辞儀する彼女は第2大隊所属のランサー12だ。
怪我はもう大丈夫なのかと聞くと、もう問題はないと彼女は言った。
ここの医療技術が高すぎるといつも思う。
まだ支給されて新しいのだろう国連の制服を見に纏っている彼女は姿勢を正すと綺麗な敬礼をする。
髪は肩の高さで綺麗に切りそろえ、目じりが少し垂れていておっとりしているような印象を受ける。
身長は萩村よりかは幾分か高いようだが、それでもまだ少女なのだな、と考えてしまった。
これが、ここでは現実なのだ。
「本日より第8大隊所属になりました、斉藤加奈子(さいとうかなこ)少尉です。よろしくお願いします」
副司令が何かやったのだろうか。これからここもにぎやかになりそうだ。
空いている机に案内し、これから歓迎会くらいはした方がいいなと考える北条だった。