1998年7月11日
天草諸島を抜けたBETA群はすでに熊本県沿岸部へ上陸が確認されていた。
九州北部へ戦線を構築する為に部隊が集結中だったのが幸いし、上陸したBETA群の第1波を撃退。
しかしBETAの上陸は未だに続き、BETA上陸は菊池平野への圧力を強めているようだ。
そして北条の所属するシールド隊は人吉市に展開していた。
「シールド01よりシールド03、状況は」
「こちらシールド03、異常無し」
ここへ到着してすでにどれくらい時間は過ぎたのだろうか。いつ来るかも分からないBETAに精神的に追い詰められているように北条は思えた。
静か過ぎて、自分の心臓の音が砂糖中尉へ聞こえてしまうようで、それを佐藤中尉に聞かれるのも嫌だと思っていた。
そんな静けさも、突然の無線によって乱される。
『こちら水俣地区守備隊ゼブラ02より、シールド中隊へ。戦線を突破された!BETAがそちらへ侵攻中!数は……、中隊規模と推定!』
「シールド01了解!聞いたな、距離は……」
九州に上陸した台風は北上を続けており、九州南部は風が幾分か弱まり支援砲撃が開始されていた。
九州北部では未だに風の影響で砲爆撃の支援の効果が得られず戦線に影響も出ているようだが、ここ九州南部では徐々に支援砲撃の効果が現れているとの事だ。
風を切る音が響き、続いて爆発が起こる。
突撃級を先頭に現れたBETA群の頭上へと砲弾が降り注ぐ。
未だに光線級の上陸が無い事が幸いし、レーザーに迎撃される事もなく次々に命中しているようだ。
「シールド03、05はこちらを潜り抜けたBETAを警戒しろ。人吉市側への発砲は許可しない」
「了解!!」
主機が産声を上げ、突撃を開始する。数はそうは多くないが、残るBEATは未だに多いようだ。
正直、あんな化け物と白兵戦を繰り広げるなんて、自分には厳しいと考えた結果が佐藤中尉の援護をする事に至った。
自分の機体の装備を再度確認する。支援突撃砲と持てるだけの36mmマガジン、万が一の為にと長刀を1つと突撃砲を1つ担架へと搭載している。
「シールド03!そっちへ要撃級ほか小型種に突破された。頼むぞ」
「シールド03了解、シールド05聞いたな」
「りょ、了解!」
着いて来い、と飛び出す佐藤中尉の後を追う。突破してきたBETA郡の最前衛には突撃級が多数確認出来る。
(な、なんて数だよ……)
レーダーを埋め尽くすBETAの光点で、画面は半分が赤く染まっている。
躊躇している間に、佐藤中尉の撃震が噴射跳躍でBETA群へと突撃する。
あっという間に距離を詰めていく。それに続いて、北条も撃震を前に出す。
現在光線級の上陸が無いのが人類側を多少有利に立たせているようだ。
防衛するのが目的、こちらの有効射程内に来るまで待てばいいと思っていたが、違った。
今自分たちの後ろには支援部隊や避難する民間人しかいない。前に出るしかなかった。
「シールド05、いいな。落ち着いて対処するんだ」
貴様は今まで生き残ってきた、その実力はある。そう佐藤中尉は告げると、さらに加速していく。
レーダーを確認すると、BETA群の最前衛はもう目の前だBETAを示す光点がすぐ傍に迫っている。
自分の鼓動が痛いくらいに早くなっているのが分かる、目の前に迫る死から逃れるには戦うしかなかった。
「シールド05、ボーっとするなっ!」
「りょ、了解!!」
目の前で佐藤中尉の機体が戦闘の突撃級を飛び越えると、まだ接敵するまでに距離のある要撃級や戦車級へは目もくれずに突撃級の背後へ回り込んだ。
佐藤中尉は突撃前衛だった。近接戦闘長刀を使って撃破していく。短距離噴射跳躍も使い、BETAの間を縫って進む。
背後から攻撃された突撃級は佐藤中尉の機体へ対処しようと旋回、今度はこちらへ背後をさらしていた。
「シールド05!」
自分も背後を見せる突撃級に支援突撃砲で狙撃を開始する。
画面でしか見たことの無いBETAが今目の前にいて、それと戦っている。本当に夢としか思えない。
こんなに落ち着いていられる自分はおかしいのかもしれない。
突出してきた突撃級を撃退する頃には、後続のBETA群も目の前に迫っている。
その頃には中隊も合流し無事に浸透してきたBETAを撃退する事が出来た。
これも支援砲撃によって数が上手く減らされていた為でもあるはずだ。
気付かなかったが無意識にBETAから距離を取っている、そう佐藤中尉に指摘された。
自分ではそういう風に動いているつもりはまったく無かった。
「シールド01より中隊各機、ローテーションで補給を開始する。シールド03、05は補給へ」
気がつかなかったが、推進剤も弾薬も必要以上に減っていたのだ。
一度BETAは撃破したものの、次がいつあるかは分からない。
補給できるうちに補給し、休息も少し取れると言う。
人吉市総合グラウンド
中隊長に指定された総合グラウンドへ向かうと、師団からの整備班が展開していた。
各方面からの補給へ下がる部隊も多いようで、自分たち以外にも部隊が補給を受けているようだ。
国連軍の部隊も多数いるようだ。
「お帰りなさい、補給の間だけですが降りて休んでいてください」
スピーカーで誘導する整備員に従って機体を整備支援担架に寝かせ、コックピットから出る。
佐藤中尉はすでに機体を預け、ベンチに腰掛けていた。
「佐藤中尉、先程は凄かったです。撃震はあんな風に動けるのですか?」
先の戦闘を思い出し、自然に口から出てしまう。
実は未だに興奮していたのだ。撃震はもともとF-4ファントム、第一世代の戦術機で改修を重ねて今でも現役で配備されている。
それでも旧式であるはず、そう考えていたが搭乗者でこうも変わるのだろうか、そう考えて気持ちが高ぶっていた。
そして、……OSがアレになれば不知火でさえ撃墜することが出来るわけだ。
「あれはたまたま、だ」
「たまたまですか?!」
「支援砲撃、タイミング、奴らの数、何もかもがうまくいっただけ。それでやれる事をやっただけだよ」
その言葉は次はどうなるかは分からない、そう言っているように北条には聞こえていた。
不安になるのが見られたくなくて、佐藤中尉から顔を背けてしまう。
総合グラウンドの外へ視線を移す。もう、太陽は傾き夜が来る。
少しの間だが休息を得る事が出来た。今回の戦闘がどれだけ長引くかも分からない。
先程、スピーカーで誘導してくれた整備員がおにぎりを運んできた。戦闘糧食は機体にも積んではあるが暖かいのを食べてほしいと言われた。
しばらくすると、機体の損傷もほとんど無いため、補給が済んだ。
ここへ来たときと同じように、佐藤中尉の後を追い中隊の持ち場へと戻る。
夜になってもまだ、避難する民間人は減っていないように思えた。
BETAもまた戦線の隙間を縫うようにこちらへの浸透を図ってくるがなんとか撃退する事に成功していた。
「シールド01より中隊各機、HQより作戦が下達された。心して聞いてほしい。長崎、佐賀の両県の放棄が決まった」
「そんな……」
「な、佐賀までですか?!」
陥落ではなく放棄であると言う。戦線の建て直しのために福岡県の三群、耳納山地へ後退、山地の稜線を利用しての防衛線を維持すると言う。
しかも、ここは元々BEAT上陸を想定し、要塞化も進めていて完成はしていないが今の状況よりは圧倒的に有利に立てると判断された為と説明された。
「なお、これについては北熊本地区へ展開する戦術機甲連隊、宮崎県からの支援部隊が合流する手筈になった。我々、シールド隊は作戦の変更は無く、これまでのとおり」
各員持ち場を警戒し防衛する、と中隊長は締めくくった。
佐藤中尉と郊外へ前進する。BETAの上陸しているであろう方角の空はどこへカメラを向けても曳光弾の描く軌跡、火災によって赤く不気味に見えた。
台風もすでに北西にそれ始めており、各地では支援砲撃も盛んに行われていると言う。
今警戒を厳重にしなければいけないのは、海岸沿いの水俣地区であった。
BETAは散発的に上陸し、守備隊と交戦している。まれに守備隊を突破しBETAはこちらへも迫るがシールド中隊で撃退を続けていた。
時間が経つにつれて、その圧力も強まっているように思う。
『HQより各隊へ通達、最優先事項。佐賀にて光線級の上陸を確認!繰り返す、光線級の上陸を確認!最優先で撃破……』
「れ、光線級!?」
「とうとう上陸してきたのか……」
光線級、人類から空を奪った化け物である。今まで空を味方に戦闘を継続する隊は多かったはずだ。とうとう、この戦いは高度を取っての戦闘が封じ込まれてしまった。
「シールド01より中隊各機!聞いたな、見つけたら最優先で潰す!発見次第、第2小隊が光線級へ吶喊、第1、第3小隊がカバーに入る」
「了解!」
佐賀県の方へカメラを向けると、空にいくつもの光の筋が見える。戦術機の持つ突撃砲の曳光弾とも違う別の光を放っている。
まさか、こんなところまで見えるものなのか、ここまでもかなりの距離があるだろうに……。
「シールド05、怖気付いたか?」
「そ、そういうわけでは……」
口では咄嗟にそう答えてしまったが、ここへ光線級が上陸し侵攻してきたらと考えてしまう。
自分の機体がレーザーに貫かれ、爆散するのを想像してしまった。
頭を振って、不吉な考えをどこかへ追いやる。
「い、今出来る事をしたいと思います」
「ほう、シールド05がそれを言うとはな。どこかで聞いた台詞だな」
「中隊長が私に言ってくれた言葉ですよ」
それを聞いた中隊長は笑っていた。
いつの間にか中隊全員が聞いていたらしい。
「聞いただろう、これからはさらに過酷な任務が待っている。しかし、今自分に出来ることをやればいい、そして生き残れ」
「了解!!」
言い忘れた、そう続ける中隊長は笑っていた。
「そうだな、私より先に堕とされる事があろうものなら、地獄にいようともそれが生ぬるい程の死ぬ程痛い目に遭わせてやろう」
なんて事を言う人だろうか。でも、怖いとは思わない。
緊張していた手をスロットルから一度離す。
(そう、今は生き残ろう。やれる事をやるだけなんだ)
ステータスを確認する。燃料、弾薬は十分だ。スロットルを握りなおし、深呼吸する。
さっきまでとは違い、落ち着いてきた。
1998年7月12日
日付が変わった頃、ここ人吉市地区でも今までのような静けさは無くなっていた。
相変わらず、避難民はまだ残っている。さらに増えたようにも思えた。
『ゼ――、こ――まで――』
「聞こえない、ゼブラ隊!もう一度頼む!!」
途切れ途切れに入る無線、光線級が確認された為に各戦線では重金属雲による通信障害が起きている。
そして、水俣地区もBETAの圧力が強まり持ちこたえてはいるもののこれ以上は厳しいだろうと判断されていた。
次第に後退する部隊も増えている。水俣地区は戦術機甲大隊が配置されていたが、今は数をすり減らし殿を務めている。
また目の前を人員を満載したトラックが通り過ぎる。
「シールド05、異常ありません。――!?」
後退する車両群の後方に位置した戦車の一両が砲塔を旋回させると間髪いれずに射撃を開始する。
それに呼応するかのように、移動する各戦車隊が道路上から思い思いに展開、射撃を開始した。
攻撃する手段を持たない車両は速度を上げている。
「水俣を抜けたBETAか!?」
「シールド03です、05と共に援護に向かいます!」
「任せるぞ」
佐藤中尉に従い、短距離跳躍で機体を前進させる。
距離を稼ぐ為に高度を取って噴射跳躍を使いたいが、光線級に捕捉されれば撃墜は免れない。
すでに九州北部の戦線では徐々にその存在が確認され、被害も出ている。
目の前で一両の戦車が突撃級の体当たりを受け押し潰され、別の一両は戦車級が取り付いていた。
次々にBEATに飲み込まれていく友軍を見ているしか出来ない。
こちらの装備の射程範囲外で、何も出来ないのがもどかしい。
『下がれ!下がるんだ!!近づかれすぎだ!!』
『ぎゃ――』
「シールド03より、シールド01、戦車隊を下げてください」
「他の非装甲車両が下がるまではここを動かんとのことだ」
戦車隊は他の部隊をここから逃がすために囮になって時間を稼いでいる。
2個中隊程の戦車が展開していたが、どんどん消耗しているのが分かる。
「シールド03了解。シールド05はあの輸送車両の後方へ!あれが最後尾のようだ」
「はっ!しかしシールド03のカバーは!?」
「私の後ろは戦車隊に任せる!」
そっちがきついぞ、やれるなと言い残し一気に佐藤中尉は戦車隊よりも前へ出てBETAへ攻撃を始めた。
レーダーを確認すると、すでに最後尾の車両へ戦車級が迫っていた。
荷台から小銃で射撃を加えているようだが、数を減らす事は出来ていない。
北条の撃震が突撃砲へ装備を切り替える。弾種は120mmキャニスター弾へと切り替え、機体を車両群と戦車級の間へ移動させる。
一発、二発、三発と発射する。
着弾を確認しなくても、撃破は確認出来た。やつらの一部や体液が飛び散っているのだ。
今までは佐藤中尉の後方から射撃しているだけだったが、今は違う。
目の前のBETAは自分へ集中してくる。怖い……、北条は身体が震えているのに気付いたが、それを押さえることが出来ないでいた。
「そこの戦術機、助かる!!」
「死ぬんじゃないぞ!」
一瞬何が起きたのか分からなかった、最後尾のトラックとすれ違うときだった。今確かに自分は礼を言われた。
気がつけば、震えは止まっていた。未だに接近する戦車級の数は多い。こちらも負けじとトリガーを絞る。
120mmキャニスター弾は撃ちつくし、36mmをばら撒いていく。
徐々に近づいてくる戦車級、撃破しているはずが距離を縮めてきていた。今奴等に飛びつかれたら助からない。
「よくやった、シールド05!シールド02、06は03の援護だ!」
「了解!」
弾薬が少なくなってきた時、別のBEAT群を撃破し駆けつけてくれた中隊のおかげで助かった。
佐藤中尉も無事に合流し、展開していた戦車隊がここを離れた時だった。
――水俣地区の方向で、巨大な爆発が見えた。一瞬空も明るくなる。
北条には何が起こったかわからなかった。
「シールド01より、中隊各機へ。水俣地区の放棄が決まった」
「S-11ですか……」
守備隊はBETAの上陸を防ぎきる事が出来ずに、BETAを巻き込んでS-11を起動させたと言う。
石油コンビナート群もあり、連鎖反応を起こして大爆発を起こしたようだ。
シールド隊には水俣地区守備隊の生き残ったゼブラ隊3機が合流する事になった。
これで、目の前には守備隊は展開していない。真っ向からBETAとのぶつかり合いになる。。
補給中に新たに情報が入ってきた。とうとう中国地方へ日本海側からBETAが上陸をしたという。
これで九州はBETAによって挟み撃ちになった。
「シールド01より中隊各機、よく聞け。戦術機を保有する全隊はこれより四国へと後退する」
「な!?そんなバカな……」
「未だに避難を続ける民間人がいるのですよ?」
データリンクによって中国地方の戦域が表示されていた。
九州への援軍のために展開していた友軍をBETAを示す光点が飲み込もうとしていた。
中隊の中へ動揺が走る。
「これからは今現在の状態ではない。あと数時間以内にこうなる可能性があると予想される。もちろん、避難支援については残る部隊が継続させる」
「四国への上陸は?このままだと上陸を許してしまうのでは?!」
「未だ確認はされていない、四国を簡易要塞として部隊を駐屯させて東進するBETAを抑える案も出ているとの事だ」
一刻の猶予も無い、そう締めくくる中隊長にこれ以上は誰も何も言えなかった。
各部隊にこの司令は通達されたのだろう。先程こちらへ後退してきた戦車隊や野戦特科隊、整備班などもこちらへ最敬礼を向けていた。
「全機、補給を済ませたな。これより、我々シールド隊は作戦行動に従い大分県へ移動。その後に四国へ入る」
移動を始めてから大分県へ中隊が入る頃には九州全域に展開していた戦術機甲部隊が続々を集まっている。
どの機体も損傷の無い機体はいないようだ。特に、九州北部に展開していた部隊の損傷が酷い。
1998年7月13日
九州での最後の補給を終える。
未だに各戦線では戦術機の抜けた穴を戦車隊、各支援隊が補い戦闘を続けていた。
今現在、地獄のような戦いが繰り広げられているのだろう。
いくつかの戦術機を保有する部隊が、後退するのを拒んでいるとも言うがそれを確認する術は無かった。
「シールド01より各機へ、海に落ちるんじゃないぞ」
四国、集合地点の座標がデータリンクで表示される。
現在、中国地方へ上陸したBEAT群は蹂躙しているという噂も出ていた。
このまま史実通りに進めば、これから移動する四国も陥落するんだろう。
(佐藤中尉に、これからの事もう一度言うべきなのだろうか)
これからの事を言っても、信じてもらう術はない。それなら、今出来る事をするだけなのだろうかと北条は考えていた。
先の部隊が四国へ向けて飛び立つ。確か、海上には戦術機母艦が展開していると聞いた。
それを利用して移動するという。次はいよいよ、シールド隊の順番である。
「シールド03、このままだと四国も危ないんじゃないでしょうか?」
「どうした、ここを足がかりにBETAを撃退するんだぞ、そんな考えでいいと思っているのか?」
「いえ、そうなる気がしませんか」
「わからん。これから先の事なんて神様ぐらいしか知らないんじゃないか?」
和らげて言ってもダメだった。こんな話を信じてくれる人はあの人しかいないんじゃないだろうか。
それも、限定的にしか話せないんじゃ、意味は無いかもしれないが。
「シールド隊各機!時間だ、海に落ちるなんて馬鹿な事をしでかすんじゃないぞ」
「了解!」
「り、了解!」
次々に四国へ飛び立つ戦術機。誰もがもう一度この場所へ帰ってくると考えている。
この日、日本帝国は九州の放棄を決定した。この日から日本は自国内でのBETAとの一進一退の攻防を続ける事になる。