北海道矢臼別演習場
特務大隊の4人が到着して2時間程経った頃、先程とは違い外は騒がしくなっていた。
まるで、戦場になったかのようである。
「失礼します!急ですが、機体の着座調整をお願いします!」
「急だな、霧島はまだ来ていないのだろう?」
「いえ、今は到着して我々に指示を出しておりますが?」
「そうか、こちらへはまだ来ていなかったのでな。分かった」
外へ出ると、整備員が慌しく作業している。ここに展開する整備員は霧島重工から出向し、この場にいる何人かは特務大隊へ配属する事になっている。
北条は、慌しく動く整備員の中で指示を出す1人が目に付いた。
(香月博士!?)
一瞬、白衣を羽織っていたために後姿で見間違ってしまった。
よく見たら長身で、髪の色や長さも違うようだ。それをなぜ見間違ってしまったのだろうか。
こちらの視線に気付いたのか、その女性は振り返り、いくつか指示を出すとこちらへと向かってくる。
「待たせてしまいましたね、すみません」
「とんでもない、こちらこそ協力感謝する」
片桐中佐と親しげに話すこの女性の名は霧島乙女(きりしまおとめ)。
長身で、髪は腰まで伸ばし前髪は切りそろえている。目は切れ長で眼鏡を掛けており、先程の指示を出していた大声とはだいぶ違う印象を持った。
技術屋と言うよりは図書館とかにいそうな雰囲気で、北条は日本人形というのかそれを思い出した。
「早速で悪いんですが、これから北部方面隊の一部隊との演習を行ってもらいたいんです。機能検証と言ったところですね」
「急だな、こちらはまだ機体がどんな物かも分かっていないんだぞ?」
ハンガー内へ霧島乙女の後に続く。そこには見たことも無い機体が出撃態勢を整えていた。
どことなく機体は日本や米国製より、ソ連製にも見えなくは無かった。
霧島乙女は、機体の説明を簡単にまとめて話してくれると言う。
「まず初めにこの機体は正式採用された機体ではありません」
99式戦術歩行戦闘機「紫電(しでん)」
元々は帝国軍の次期主力戦術機候補として霧島重工が開発していたが、砲戦特化型に開発されていた。
日本帝国軍の使用要求との食い違い、また97式戦術歩行戦闘機【吹雪】も採用されていた事もあったこと。開発されていた武御雷への開発費の異動があったこともあり、選定漏れする。
その後、霧島乙女の新プランでステルス機能検証機として独自に再開発、電波吸収塗料を使用していて機体色は濃紺だ。
また吸収しきれない電波を受け流す為に、機体は流線形を取り入れている。
全てのセンサーを回避する事は塗料や機体形状では難しいため、1機に試験的にアクティブ・パッシブソナージャマーを搭載。
OBL(オペレーション・バイ・ライト)使用で、機動力が向上し機体重量は軽量化されている。
跳躍ユニットは日本帝国軍からの要求で武御雷と同じFE-108-FHI-223をそのまま使用。
機体全高は18.0mとこの頃同様に開発されていた戦術機と比べると小型になっている。
「では、各員機体へ搭乗してください。着座調整が済み次第、第3演習場で待機をお願いします」
「聞いたな、これよりゴースト隊となる。コールサインは私がゴースト01、副隊長にゴースト02、序列でゴースト03、05だ」
「了解!」
メサイア01がゴースト01、メビウス01がゴースト02、メビウス11がゴースト03にコールサインが変更され、北条はゴースト05への変更になった。
管制ユニットが統一規格じゃなければ新しい機体を動かすなんて無理だっただろう。
機体ステータスのチェックも済ませていく。F-4Eと比べると、出力も推進力も圧倒的に違った。
「着座調整は良し……。この機体はステルス性能を検証するって言っていたが、どこまで通用するんだろう」
北条は原作を思い出していた。F-22ラプターの性能は確かに強力だった覚えがあった。
しかし、あれは米国のBETAを殲滅した後の対人類戦を想定して長い間開発していたのではなかっただろうか。
だからこその性能だと思うが、この機体はどうなのだろうか。
砲戦特化型と言っていたから、日本版F-22ラプターのようなものなのだろうか。
(これが普通、なのか。BETAが国内にハイヴを建設している日本でさえも、対人類戦を想定しているのか)
『CPより、ゴースト隊へ。第3演習場へ向かって下さい。なお、状況開始からはCPとの無線封鎖。各員の状況判断お願いします』
「接触回線なら問題は無いだろうな。ゴースト隊各機は、エレメントで行動するぞ。状況までは作戦を練らんとな」
「了解、しかし我々が隠れて作戦行動で動かなければならないとは……」
「ゴースト02、そう言うな。我々は、与えられた任務をこなすまでだ」
「了解です」
匍匐飛行を開始して気付いたが機体が流線型を取り入れている為か推進剤の消費も少ないようだ。
不知火で培われた最小限の動作で最大限の効果を得ることが出来るようだ。
正直、戦術機の事はまだまだ分からない事だらけだな、そう北条は考えていた。
紫電4機がCPに指定された待機場所へ到着すると市街地戦闘を想定した演習場のようだ。
補給コンテナが配置されており、移動で使用した推進剤を補充する。
『CPよりゴースト隊へ、状況開始時刻1分前、無線封鎖。健闘を祈る』
「いいな、相手は1個中隊、戦力差は3:1だ。簡単には落とされるなよ」
「了解!」
矢臼別第3演習場
市街地を模した演習場を千歳戦術機甲連隊所属の1個中隊長率いるホーク01以下小隊3機の吹雪が追従する。
すでに中隊は各小隊毎に展開し、敵機の索敵を開始していた。
しかし、今現在まで敵機の発見は入っていなかった。
各個撃破される可能性を考慮して前進しているため、時間がかかっている。
演習から少し時間は遡る。
「中隊長!連隊長が至急指揮所へ来るようにとのことであります!」
「分かった、中隊各員はそのまま演習の準備を進めておけ!サボったら分かっているな!」
(このタイミングで召集をかけられるとは、一体何事だろうか)
演習場に展開する千歳基地の戦術機甲連隊は演習場の北側に野営地を構築していた。
今現在、ここに野営地を構えるのは衛士課程を終了し、配属したばかりの新任が多数配属される第3中隊が演習を開始するために主機に火を入れたところだ。
「来たな」
この方がこのタイミングで何かを言うという事は、何かしら厄介な事になっている場合だったりもする。
前回の本土守備隊との演習もそうだった。
「当初の仮想敵は恵庭の第72戦術機部隊だったが変更になった。相手は最前線からの引抜いてきたエースだそうだ」
「エースでありますか?確かに我々は直接の戦闘経験を有するものは少ないかもしれませんが、士気も練度も十分であります」
「もちろん、君たちには勝ってもらうとも。敵詳細は不明である。いつも以上に気を引き締めてかかるように」
「了解!」
「なお、演習で対峙する部隊の詳細の質問は受け付けない。そして、口外も禁止である。分かったら下がってよい」
(相手はいったい何者だと言うのだ)
「了解、失礼します」
ここ、北海道に配備された戦術機甲部隊の中でも我々大隊は最強を謳われているのだ。いくら前線から来たエースだろうと、全力で倒すのみである。
臨時指揮所を出てすぐに中隊へ戻る。これからの作戦内容を考えなければならない。かなり強い部隊なのか、それとも……。
中隊に戻り、激を飛ばす。戦えば分かる事だと、ホーク隊隊長の江ノ本大尉は疑問を頭の中から払拭した。
そして、今に戻る。
(決して、相手を見くびっていたわけではない。だが、こうも手玉にとられてしまうとは)
「なっ!?どこからあらーー」
「クソったれ!ホーク07、10がやられた!」
「バカな!レーダーには映っていないぞ?!」
中隊を示す光点(フリップ)がまた1つがレーダーから消える。
状況が開始し20分、先行し索敵に出した第3小隊の2機が撃墜される。どちらも敵の存在に気付く事無くである。
気付いたときには、ホーク07の網膜投影にはシステム停止と出ていた。
機体ステータスは腹部への36mm弾の直撃、大破と出ている。同じく、僚機であるホーク10も撃墜判定を受けていた。
それに気付いた第3小隊長は戦闘機動でその場を離れる。先に捕捉されてしまい、先手を打たれてしまったのだ。態勢を整えなければいけないと瞬時に判断していたが、それもすぐに間違いだったと気付かされる。
目の前に現れた機体に反応する事が出来ず、撃墜された。
(先のブリーフィングでは仮想敵部隊として前線から引き抜かれた部隊とは聞いていた。しかし、こうも我々が……)
「ダメだ!レーダーが使い物にならないぞ!各機は警戒を厳に!!」
「ホーク12が!!」
(こちらのレーダーにはまだ映っていない。効果範囲外からの狙撃だとでも言うのか!?)
「ほ、ホーク01!我々は何と戦っているんですか?」
「同じ人間に決まっているだろう!我々の力はこんなものではない!」
「こちらホーク06、敵機発見!なんだあれは……?」
データリンクで情報を共有する中隊各機には仮想敵表示は正体不明と表示されている。
ホーク中隊の誰もがこの機体を見たことは無かった。
(ここまでされて!こちらにも意地があるのだ)
「ホーク06!見失うな!」
「くっ!交戦に入ります!ホーク11周囲警戒も怠るな、援護頼む!!」
2機の吹雪の持つ突撃砲が敵戦術機をロックオンし、ホーク06の突撃砲が火を吹く。
操縦する衛士の操縦技術も相当なものだ。しかし、吹雪も紛れも無く第3世代の戦術機でその距離を縮めている。
敵機の回避機動にあわせて射撃するホーク06の吹雪も相当の腕前だった。直撃させる事は出来なくても、無理な機動を行った敵機は転倒防止するために機体が硬直するはずだ。
追従するホーク11がそこへ畳み込むことでまず1機撃墜する事が出来る。
「ホーク11、仕留めそこなうなよ!」
「了解っ?クソ!どっからあらわれーー」
ホーク11の機体がレーダーから消えている。一瞬、そこに意識を向けたために目の前の敵機がこちらへ接近している事を気付くのが遅れてしまった。
近接戦闘長刀が目の前に迫り、ホーク06の機体も撃墜判定と表示されていた。
「ホーク06、11も撃墜されました……」
「くそ!残存機はもう第1小隊だけか」
第1小隊は開けた場所に展開する。各機が背中合わせで全周囲警戒態勢へと入る。入り組んだ場所ではレーダーが頼りにならないのであれば、こういう場所で相手を目視確認で見つけるしかない。
「ほ、ホーク01!奴ら何を考えているんですか!」
「な、こっちにも現れたぞ?」
今までこちらを機動戦闘でかく乱していた敵機は近接戦闘長刀を構えていた。一瞬困惑するホーク01以下第1小隊だが、相手はこちらへ白兵戦闘を挑んできている。ならばと、こちらもと近接戦闘長刀を構える。
「今までコソコソと……。我々へ格闘戦闘を挑むか。ならば、ここは答えてやるべきだろう。全機抜刀」
ホーク01も突撃砲を放棄し、近接戦闘長刀へと装備を切り替える。僚機もこれに従い、敵味方ともども白兵戦で雌雄を決める。
(正直、相手側を撃墜した報告もない。そして、目の前には4機。まさか、たった1個小隊でこの私の中隊をここまで追い込んだというのか)
1対1の白兵戦闘、こちらにも分がある。
「我々の力、見せ付けてやれ!!」
北条以下、ゴースト隊は驚いていた。この紫電という機体はあまりにも動きがいい。比べる事もおかしな話だが、今まで乗ってきたF-4ファントムや、撃震なんて目じゃないくらいの機動性を持っている。
(いくらステルス機能で発見はこちらが先だとしても、こうも一方的に叩く事が出来るのか)
敵中隊が小隊ごとに展開していたからの戦闘だった。中隊として固まって動いていれば、こうもうまく推移するとは思えなかった。
北条に対峙する吹雪が近接戦闘長刀へ構えなおす。1対1の戦闘だが北条は未だに白兵戦ではゴースト03に勝つ事が出来ていなかった。
相手は帝国軍の衛士だ、近接戦闘長刀を使用した白兵戦は向こうが断然上のはずだ。
(もっと、訓練しておけば良かったかなっ!?)
吹雪が水平噴射跳躍で北条の紫電へ迫る。近接戦闘長刀を突き出すが北条の紫電は横に飛んで回避する。
(危なかった!?)
そうなるの事を予測していたのか、吹雪は北条の紫電へ追いついていた。
「こんな動き反則だろぅがっ!!」
お互いの長刀がぶつかり合い火花が散る。
出力は北条の紫電だが、乗りこなせていないからか吹雪と鍔迫り合いが続く。
(下がったら、押し込まれる……!)
今までゴースト03と訓練してきたわけではない。
跳躍ユニットを点火し、前へ押し出す。
「うぉぉぉぉ!!」
吹雪を身体ごと体当たりする様に押し込み、体制が崩れた所を近接戦闘長刀で斬りかかる……。
『CPよりゴースト隊へ、状況終了、繰り返す、状況終了。ハンガーへ後退して下さい』
「ゴースト隊了解、これより帰投する」
北条も、倒した機体が立ち上がるのを手伝い、ゴースト01の紫電へ続く。
ゴースト隊の勝利だったが、手放しには喜べないでいた。
霧島側の指揮所内では、通信機でホーク中隊の指揮官と話す霧島乙女の姿があった。
『それで、今回の演習記録は破棄という事でいいんだな?』
「はい、今回の立ち会っていただいた隊の方達にもそのように」
『まさかこれほどまで一方的だとは思いませんでしたな。もう一度私の隊と手合わせ願いたいものだ』
「ご遠慮致します」
検討を祈る、そう最後に無線は切れた。
そろそろだろうと、指揮所を出ると聞き慣れた紫電独特の跳躍ユニットの音が響く。
待機していた整備班が誘導灯で各担当機を誘導している。
機体を降りたら指揮所へ来るように先に伝えている。
「機体の各部チェック急げ!」
「05の機体無茶しすぎだ、もっとうまく立ち回れなかったのか」
「87式の準備出来てるぞー」
北条が機体を降りると先に降りていた片桐中佐、ゴースト02と03が自分の機体の前に集まっていた。
「遅いぞ、ゴースト05。今日は近接戦闘で前に出ていたな」
「何か吹っ切れましたか?今までは及び腰だったのに」
そう言われれば、北条は長刀を使った戦闘で対人戦に勝てたのは久しぶりだった。
特に特務大隊に入隊してからは負け越していた。今はもう取り返す事が殆ど出来なくなった。
しかし、これだけの力が出せたのも仲間のおかげだった。
「あ、ありがとうございます……」
「まぁ、いいだろう。そろそろ行くぞ」
「了解!!」
指揮所内に入ると、演習前まであった通信機材や演習場を映していた戦術画面も撤収されており、ただのテントになっている。
「まずは初陣を勝利で飾ってもらえて嬉しい限りだ」
「ありがとうございます」
「直接機体を扱ってどうでした?」
「まったく、あの機体には驚かされるばかりだ」
戦闘機動をこなしてなお、推進剤は20パーセントを残している。砲戦特化型というが、間接部も日本製で近接戦闘長刀での戦闘もこなせていると思った。
ステルス機能も良好だと感じていた。他の機体を操縦した事のない北条にはF-4Eとしか比べる事しか出来なかった。
「各種センサーを誤魔化していたから、あそこまでの隠密性を発揮できたのか?」
「そうですね、あれのおかげもあると思いますよ。なかなかの効果が発揮できていたのではないでしょうか」
「質問ですが、ゴースト01の機体に搭載された電子戦システムで相手のセンサーを誤魔化しているんですよね?それを使わなかったらどうなります?」
霧島乙女の説明だと、今回ゴースト01の機体に搭載された電子戦システムはかなり高性能だった。
ステルス性能の効果を確認する為に高性能なシステムを搭載していると言う。
今回で得たデータを元にシステムを再構築し、各機体に搭載すると言う。
「あとは、しばらくは同じように対人、対BETA戦をこなしてもらう必要があります」
「我々は特務大隊だ、前線にすぐに配置されるはずだが?」
霧島乙女は、首を横に振る。この機体を今国外で運用は避けたいと言う。
日本がこんな機体を開発していると言うことを周りにはあまり知られてしまうわけにはいかないと言う。
そのまま驚かされる事実が彼女の口から出た。
「特務大隊は本日付けで、横浜基地に配属となります。今言えるのはこれだけです」
(そんな馬鹿な、自分の知っている限りではこんなストーリーとか機体があったなんて知らないぞ?)
北条は困惑していた。このタイミングで横浜基地に行けるとは思っていなかったからだ。
しかし、先程は国外での戦闘は難しいような事を言っていたのに、横浜基地なんかに行っては同じような事ではないのだろうか。
それでも、機密性を優先するのなら計画に関係していくのだろうか。
「演習が終ってお疲れのところ長距離移動になりますが、もうしばらくよろしくお願いします」
霧島乙女に頭を下げられる。片桐中佐もこの話を聞いていなかったようだ。
「我々は、あなたに従うように命令を受けています。変更はありませんから、従います」
すでに、ハンガーから87式自走整備支援担架へ機体を積載していた。
元々移動は決まっていたのだろう。戦闘指揮車が到着していた。織田少佐が傍にいると言う事は、彼も同じように配属されるんだろうか。
指揮車へ乗り込むと一斉にエンジンが始動する。ゆっくりと車列が動き出していく。
最近、ずっと移動ばかりだな、と考えていた。
横浜基地香月執務室
夕呼は1人執務室で、特務大隊の資料に目を通していた。なかなかの経歴を持つ人員を要していたようだが、それも別の圧力があった為に先のエヴェンスク戦域で多くが失われている。
その激戦の最中でも唯一生存する事が出来たこの4人、そしてその中でも目を引くのは――。
「北条、直人……ね。まさか生き残っているなんて。しかもここに来る事になるなんてなんの因果かしら」
何の因果かしら、と考えていた。あのノートについての事も聞く必要もあるかもしれない。
霧島も思い切ったものだ、自分の戦術機を世に出す為にこちらとも取引しようと言うのだから。正直、その分野の事は興味が無いがこちらのカードが増えるのはいい事だろう。
「ふふふ、さてどうなるかしらね」