0083年11月12日午前10時12分(コロニー落着まで862分)。先ほどGP03とノイエ・ジールとの交戦が開始された旨の報告を受け取った。現在地はGP03とノイエ・ジールの交戦ポイントからコロニー側に移動したあたり。とはいっても姿をさらして巡航しているわけではなく、ミラージュコロイドつきの機体だからこそ出来る行為だ。今回、出撃に当ってこの、ミラージュコロイドとビーム撹乱幕が一緒になったらしいマントを渡された。
この出撃前に用意された新しいマントは、正式名称を"光学兵器遮断幕兼光学迷彩展開幕"だという。要するにビームがはじけて見えなくなるんだろ、といったら殴られた。どうやら、新兵器に関しては無駄に漢字を使用した挙句、正式名称を呼ばなければいけないらしい。それが新兵器の美学だとかなんだとか。
まぁ、SF用語の丸暗記はSFファンにとっては当然の行為なわけだけれども。
ため息を吐きながら周囲を見渡すと、一年戦争の跡が生々しい残骸が周囲を漂っている。一週間戦争の名残らしいことは、漂っているサラミスやムサイ、ザクの残骸が前期型である事でわかった。地球周回軌道近くには、地球の重力に囚われたこうした残骸が多く漂い、ジャンク屋や我々の重要な収入源になっている。時折まだ生きているらしい電源をレーダーが捉え即座に敵性反応無しと判断を下すが、ひっきりなしに警告をしてくるので少々煩くなってきた。
一年戦争後、連邦軍が即座の軍縮に踏み切れなかった最大の原因がこれだ。そして黒歴史を見てわかったのだが、地球圏での争いにほとんど連邦軍が関与できなかった理由もこれだった。
軌道上のデブリと書いてしまえばそれまでだが、それが地球周回軌道を回るうちに大きな速度―――位置エネルギーを得てしまえば、それは宇宙空間において銃弾以上の、いや、砲撃以上の危険性を持つ物質に変貌する。連邦軍は、一年戦争の結果地球の近くを漂うこととなったこのデブリの回収を主な任務とせざるを得なかった。そしてそれは、グリプス期もネオジオン抗争でもそうだ。
何故か?物流が崩壊してしまうのだ。輸送船、特に軌道往還船は、その特性上船体下面の装甲は厚く作られているが、側面及び上方はそれほどでもない。そうした往還船や、軌道上に設営されたステーション―――アメノミハシラやガンダム・センチネルのペンタを思い出せば良いが―――で積荷を移し変えたコロンブスが危険になる。勿論宇宙航行を行う船舶にはデブリ対策としての装備は積まれているが、いつもいつも回避できるとは限らない。
そして一年戦争の結果、撃墜・撃沈された両軍の兵器や戦闘の余波で粉々にされた姻戚などが高速で宇宙を乱舞することになる。こうしたゴミの回収は、宇宙で生活―――物流を前提とした生活を行うには絶対に必要な事柄となった。宇宙から地球に隕石が落ちようと、デブリの回収を怠れば宇宙に住む人間が良くて経済破綻、悪くて餓死を迎えるとなれば、放って置くしかないのだ。いいところ、寒くなるだけ―――そうした判断にも理由があったというわけだ。
勿論、0100年代が近づくにつれて回収されるデブリの量はだんだんと量を減らしているから、93年の時点でロンド・ベルに援助を出さなかった理由とするには弱すぎるが、ここにはそれに新たな問題が加わる。金の問題―――予算だ。
デブリ回収はうまみが無い。せっかく回収しても残骸ならばジャンク屋に売ればよいが、当然そうしたジャンクが高いわけが無い。ほとんどは鉄くずで、二束三文で買い叩かれるとなれば、高速で浮遊するそれを回収したとしてもコストがかさむだけになる。そして隕石の場合はなおさら安い。金属質の隕石ならばともかく、他の、特に氷だった場合には悲劇だ。
かくて連邦軍は物流を維持するためにどんどんとその実戦力を低下させていき、額だけ見るならば潤沢な予算で整えられたのは軍隊ならず回収業者と言う体たらくになる。それはMS開発にも影響している。連邦軍のMSが基本的にやられ役なのは、その最たる敵が敵MSではなくゴミだから、と言うなんとも笑えない理由になるわけだ。
だからああまで量産性を追及するし、長持ちする機体ばかりを選んで作るんだろうなぁ、と改めて思ってしまう。ガンダムUCで地球・宇宙で運用される量産型にGM2が残り、ジェガンやヘビーガンが50年近く運用される背景にはそうした事実があるとなると、"宇宙での実生活"の重みを強く感じてしまうわけだ。
デブリ云々の問題は大きい。宇宙に出たばかりの、装備もろくなものではない人類にとっては負担が大きすぎる。綱渡りで経済運営をしているようなものだ。やはり、あの作品の導入を図る他無いという判断は正しかったか。心震えはするんだが……
ん?コロニーが見えてきた。アクティヴジャンプ(座標を指定してのワープ)を用いて中継ポイントまで移動してからは巡航してきたが、予定よりも少し早く到着できそうだ。背後のアンジュルグとソウルゲイン、そして今回導入した装備を満載したステルスシップに勿論見えないけれど視線を向け、問題なさそうだな、と判断してからコロニーに近づく進路をとる。周囲には数隻のムサイの姿。
うち一隻は、コロニーとケーブルでつながっているのが解る。どうやら、アレがコントロール艦らしい。一瞬だけミラージュコロイドを解除して信号を送ると、再度コロイドを展開してミラーの破れ目からコロニー内部に侵入した。港湾部航行管制室。目的は、そこだ。
第67話
アナベル・ガトーには三年間抱えた疑いがある。それは、デラーズとハスラーの言葉で更に強まっていた、といって良いし、はっきりはしていないものの、わだかまる何かをこの三年間、抱えて続けていることは確かだ。勿論、彼を捉え続けているものは一つしかない。
"ア・バオア・クーの騎士"。
誰とはなしに呼び始められたその機体は、現在、ジオン軍残党と連邦軍からは"英雄(尊敬すべき敵)トール・ガラハウ少将を撃墜した機体"として追跡の対象となっている。ガトー自身も、何度もトールのゲルググが撃墜された映像を見返し、一縷の望みでもあった、何とか脱出の糸口でも掴んでおられないか、などという考えを確かめようとしていたが、もともとの映像自体がミノフスキー粒子の影響でノイズ交じりだったこともあって解らない。映像分析は当然デラーズ・フリートの方でも試みられており、二機が対峙した後にゲルググ側から脱出した形跡は微塵もない。
しかし、彼はその機体がシーマのガーベラとかいう新型MSを連邦軍MSの攻撃から守った事を確認しているし、シーマ機と自機の脱出を援護したことからも、最初は味方だと考えていた。勿論その思い込みはその直後に生じたトール・ガラハウ専用ゲルググの撃墜で明確な"敵"に変わることになるが、戦争が終わって改めて出来事を全体で追って考えてみると、どうにも納得のいかないことばかりが羅列しているような気がしてしょうがなかった。
もしあの機体が連邦軍のものであればシーマ中佐の機体を連邦軍の攻撃から守る理由が存在しないし、その後の連邦軍ガンダムタイプとの交戦の辻褄が合わない。もしあの機体がジオン軍のものであれば、トールのゲルググを撃墜した理由がわからない。そして連邦軍でもジオン軍でもないとすれば、何故あんな矛盾した行動をとる必要があるのかがわからなくなるのだ。
もしガンダムタイプの撃墜を狙うならばジオン軍など助けずに放っておけばよいし、もしガラハウ機の撃墜を狙ったのであればシーマ機への援護の必要など存在しない。そしてあの時かすかに聞こえた通信、"キット"なるあの機体の操縦者らしい人間。その口調には親しみこそあれ、攻撃を行うような気配は無かった。
考えなければならない問題と思い、そしてその合間に激務に近い軍務他もろもろがあったものの、連邦軍からの逃亡生活―――その最中の潜伏期間でガトーは考え続けた。本来の歴史ならばニナ・パープルトンとかかわる事件が生じる月の生活中におこるべきその事態が起こらなかったのは、ひとえにこの問題をずっと考えていたからだろう。映像に映らないで、視認されない状態でどうやって移動、もしくは脱出したか。それとも本当に撃墜されたか。
いずれにしろキーワードは"月"だった。月を逃亡先に選んだ理由も、勿論逃亡先として適当だったのが第一の理由ではあるが、第二の理由はもし彼が生きているならば、絶対に月にいるはずだと思ったからだ。トールも、そしてガトー本人も知らないが、ガトーとニナのイベントが生じなかった最大の原因はここにある。トールが生きているのであれば絶対に所在はNシスターズ、と考えたガトーが、潜伏先のフォン・ブラウンから何かにつけてNシスターズに入り込んでいた―――82年の潜伏最後の期間は、それこそNシスターズの工業都市N2に居を構えていた―――からだ。
「閣下ならば必ずこの戦場に顔を出さずにはおかぬはず……」
ガトーはつぶやいた。忌々しい連邦のガンダムを追い散らそうとしたところ、一斉に打ち上げられた照明弾のおかげで追撃の機会を逸してしまった。オーストラリア以来、しつこいぐらいにこちらの動きを追いかけてくる若者だ。名前はコウ・ウラキ。ソロモンでの交戦以来、ガトーにとって忘れられない名前になりつつある。
「少佐!あのガンダム相手にビーム主体のその機体では危険です!」
「カリウスか。……先ほども同じ事を言われたが、そうもいくまい」
接近してきたカリウス軍曹のリック・ドムⅡに向けて答えを返す。自分が操るノイエ・ジールとあの機体の相性は最悪といって良い。ビーム主体の攻撃がIフィールドで防がれてしまうため、遠距離からの戦闘ではまず決着が付かない。かといって近接戦闘に入ろうとすれば、近づくまでにあのガンダムタイプのMAの実弾兵装をかいくぐる必要があるし、近づいても大型ビームサーベルなどと言う実用性が怪しい装備がある。化物のような推力と合わされば厄介なことこの上ない。
おそらく、あの機体は対MAを考えた設計になっているのだろう。高推力が生み出す速度は強襲に必要な要素であるし、実弾中心の装備はIフィールドを実用化したジオン軍MAに対抗するためには必要な装備だ。弾数と爆風で実験段階にあったララァ少尉のエルメスにあったビットとか言う小型無線ビーム砲にも対抗しようとしているのかもしれない。もっとも、木っ端のようなMSを蹴散らすための装備だといっても納得はいくが。
……待て?MAの発展形とそれへの対抗手段を考えるならば、MSでMAに対抗しようとした場合には……"ア・バオア・クーの騎士"のように近接戦闘特化型になる、のか?であるならば、やはりあの機体の操縦者は閣下?もし、こちらに悟られずにゲルググからあの機体に移動する経路があるとするならば、ゲルググを撃墜したのは連邦軍の追跡をかわすためになる。
……だが、そうならば水天の涙を攻撃するはずも……。いや、閣下の考えはデギン閣下に近い。無用の殺生などなさらぬ御方だ。やはり、閣下……か?地球の人口が35億ほど残っており、星の屑作戦の推移を考えれば我々の攻撃で多数の餓死者を生じるのは必定。地球に残った人々の目を、そして宇宙で漫然と暮らす人々の目を打ち捨てられたジオンに向けさせ、連邦の強権政治への批判とするのが狙いのこの作戦。……聞こえは良いが閣下が一番好まれぬ類の作戦だ。
ガトーは考えを振り払った。どちらにせよ現在の自分はデラーズ・フリート所属の士官であり、命令権はデラーズにある。作戦自体に疑いを持とうとも、軍人、士官である以上、一旦出された命令には従わねばならない。正直なところ、疑問など持たずに連邦への敵愾心だけで戦えた一年戦争が懐かしくもあった。
「コロニーは?」
「阻止限界点まで残り522分です。そろそろ先行して地球軌道の偵察に入った部隊からの報告が入ると思われますが……連邦軍の待ち伏せの可能性はあるのでしょうか?」
ガトーは頷いた。
「だろうな。地球軌道艦隊が阻止限界点で待ち伏せをしている可能性は高い。しかし、そろそろ前衛部隊が接触を開始してこちらの戦力をそぎに来ても良いはずだが……その点が解せんな。よし」
ガトーはそういうとノイエ・ジールをコロニー前方へと向けた。
「デラーズ閣下のところにならば何らかの連絡が入っているかもしれん。あのMAが戻ってくるだろう事を考えればここから必要以上に動けんが、補給のついでに戻るだけの時間はあるはずだ。カリウス、その間この空域を頼む。何かの際は最優先で連絡しろ。グラードル、もしくはその僚艦には中継の用意をさせておく」
「了解しました!」
ほぼ同時刻、アルビオン。多くの弾薬を射耗して帰り着いたGP03にコンテナ交換作業が行われ、損傷の修理や弾薬の補給などで格納庫は忙しい。そんな喧騒とはある程度距離を置いた艦橋では、第一軌道艦隊司令ベーダー大将とシナプスの通信が行われていた。
「我が艦隊三隻はコロニー後方1万2000についていますが、接近は難しくあります。敵新型MAを中心とする艦隊が後方に展開し、追撃に備えていますので。先ほど、工作部隊をMS隊の行動を陽動として送り出しましたが、正直、微妙なところです。やはり、支援を要します……第一軌道艦隊の現在位置は何処になりますか?」
シナプスは言葉を選びながらベーダーに向き直った。第一軌道艦隊はシナプスにとっては古巣の艦隊だが、レビルやビュコックといった面識や親交のある将軍たちとは違い、同じ派閥に属しているとはいえ、一年戦争を主にルナツー方面などで過ごしたベーダーとのつながりは薄い。それに、参謀長として隣にジャミトフの姿が見える以上、警戒せざるを得ない。
「現在、第一軌道艦隊は敵の迎撃のための準備中である。最終防衛ラインとして静止軌道上に新型ソーラ・システムを展開しているが、手が足らんのでな。展開が遅れているためにまとまった形で部隊を動かせん。勿論、システムの展開が終了次第、護衛の部隊を残して迎撃に向かうが、今はまだ無理だ。シナプス大佐、貴官の部隊と挟撃の体勢をとるならば、こちらからも小艦隊を向けることは可能だが、戦力的には持つか?既に数回交戦していると聞く。新型ガンダムを用いても……」
「いえ、ここで敵に時間を与えると、最終軌道調整の準備時間を与えかねません。パイロットたちには負担を強いますが、もし挟撃の体勢がとれなくとも、蝕接を続けることで敵の注意を一定以上、こちらにひきつける必要があると考えます」
ベーダーはその言葉に頷いた。シナプスの考えは道理だ。GP02強奪及びソロモン襲撃事件の責任をとる形でコーウェンの権限が大幅に削られてから、ガンダム開発計画は一年戦争と同様にミューゼル少将の所管となったが、それも影響していると考えるべきだろう。ミューゼルがすばやく戦力を派遣及びGP03をシナプス隊に組み込んだおかげで、現在の戦闘が可能になっていると言っても良いからだ。ベーダーも一年戦争時にはトールに世話になっているから、手腕と決断について否やはない。
問題は、この連邦軍側"だけ"を見るならば良好な状態が別な問題を生み出すことだった。それはまず、ベーダーの言葉から発生する。
「ジャミトフ、確かイオージマ隊は動かせたはずだな?」
「あの部隊ですか?出すには出せますが、まだ慣熟訓練が済んだとはいえません。訓練航海中に押しかけてきた部隊ですから暇といえば暇ですが」
その言葉にシナプスは怪訝そうな顔をする。イオージマとは一年戦争前に建造されたアンティータム級宇宙空母の一隻だ。一年戦争では主にセイバーフィッシュ型戦闘機を運用していた船だが、モビルスーツの戦力化と共に予備艦の指定を受けてモスボール状態に移る予定だったはずだ。
「イオージマは復帰したのですか?しかし、機体は」
「勿論セイバーフィッシュではない。現在連邦軍が進めている新型長距離巡航機の試験母艦として運用するために現役に復帰した。今確か、8機程度が運用されていたはずだ。それを中心とした部隊を回す。すまんな、員数外の戦力しか基本送ることが出来んし、ミューゼルから送られた戦力とジャミトフ肝煎りの部隊はコントロール艦の護衛につけているのでな」
そこに背後から連絡士官が何事かをささやく。その言葉を聞いたベーダー大将は眉を少し上げた。
「良い話だ。展開がひと段落しつつあるため、あと一時間半ほどで右翼の第9艦隊が動かせる。玉突き状態にはなるが、イオージマとジムを積載したサラミスを数隻回す。またミラーの展開が済み次第、艦隊は前進配置に移り、迎撃を開始する予定だ。シナプス大佐、こちらの動きは常に気をつけておいてくれ」
「はっ、了解いたしました」
0083年11月12日午前12時00分(コロニー落着まで764分)現在、地球軌道上に集結しつつある連邦・ジオン艦隊は以下のように動こうとしていた。まず連邦艦隊は第一軌道艦隊を主力として静止軌道上にソーラ・システムの設置準備をしているが、ひと段落を迎えたため前衛部隊を編成してコロニー周辺のジオン残党を迎撃する体勢に移行しつつあった。
これに対してデラーズ・フリート側は戦力の低下に悩んでいた。地球圏からの残党脱出を作戦の主目的として設定したため、各サイドなどに潜伏していた残党を回収して脱出ポイントであるアンブロシアまで輸送する部隊を設けたため、コロニーを護衛する艦艇に不足をきたしていたのだ。MSだけはカーゴシステムもあり輸送が可能だったが、流石に艦艇の不足による哨戒ポイントの減少は、特にラビアンローズからの追撃を開始したアルビオン隊の予想外の接近を許している。
月から出撃したシーマの艦隊はアルビオン隊とコロニーをはさんだ向側、アルビオンから比べて後方1万5000キロの空域まで前進している。ここまで距離を稼げたのはブースターのおかげだ。編成はガーティ・ルーとバージニア。双方共にミラージュコロイドを展開させている。
コロニーをまるで正三角形のように取り囲むアルビオン、シーマ、連邦艦隊に正三角形の重心・コロニーを守るデラーズ艦隊。
その全ての中心であるコロニーは静かに宇宙の海を進んでいた。