「あの男、自分が出ずに済ませるつもりか」
金髪にサングラスをかけた連邦軍の軍服を着た男が、私的な関係者らしい女性に話しかけるように言った。月面、グラナダ市郊外のこの施設には、マスドライバー施設に関わる職員や、警備を担当する連邦軍部隊の兵員が押し込まれている。またこの施設は、グラナダからの恒久都市間連絡ポートも兼ねており、どうやらそちらの使用を考えていたようだ。近くには旅行鞄もある。
「大……あなた、どうします?」
「ここで大人しくしている他は無いな、ララ」
そういうと金髪の男はサングラスを外し、視線をモニターの方に向けた。遠くの閃光は戦闘が行われている証だ。周囲の人間たちが兵士も民間人も関係無しにざわめくが、二人は気にする風も無く、壁沿いにしつらえられたソファに腰掛けた。ここはどうやらパーティ会場として使われていたらしく、片付けられていなかった椅子が積まれ、給水機も見えた。男は給水機からコップに水を取ると、女性に手渡した。
「どちらが勝つと思う?」
まるで、勝つ方がどちらかはっきり解っている、とでも言うように―――実際、わかっているのだろう―――男は女性に尋ねた。女性―――黒髪を後ろに流した、インド系らしき褐色の肌の女性は男に笑いかけた。空虚で何処か、艶を含んだ笑いだ。
「決まっていると思います。あの人がいる方ですわ」
「……ララとこうした話は出来ないな。既に答えがわかっているのだろう?」
「それを私に聞くあなたも。解ってらっしゃるんでしょう?どちらが、なんて」
言われた男は笑いながらサングラスを外した。鋭い目つき。一度見たら忘れない目だ。そして、眉間に刻まれた一筋の傷。大きくため息を吐いてソファに深く寄りかかると、女性の肩に手を回す。手つきは優しげで、いやらしさは感じさせない。むしろかなり大切に思っているらしいことがわかる。
「アンブロシアから離れて、本当に良かったのか?」
「はい、私、住むところはあなたと一緒であれば……いえ、あなたが帰ってきてくれるなら問題はありません」
そういわれた金髪の男―――シャア・アズナブルは困ったような笑みを浮かべた。一年戦争終了から三年。ゼブラ・ゾーンのアンブロシア基地に身を寄せたシャア・アズナブルは、地球圏に近づきも離れもしないその微妙な位置のコロニーで一年戦争後の世界を見続けていた。そして始まるジオンの残党狩り。ゼブラ・ゾーンには月の駐留部隊がかなりおざなりな―――誰かが手を回したのだろうが―――配備で、それこそ宇宙海賊に堕さなければ安心して過ごしていられたが、他の地域は違う。
特に地上はアフリカの残党狩りが激しく、ジャングルや砂漠のオアシスが、残党部隊ごと関係の無い民衆も含めて殲滅されるなど、噂と真実が次々にアングラ情報を通じて提供されてきている。地球圏での反連邦、特にジオン残党に対する政策に親ジオンのサイド4、6が連邦の宇宙移民に対する政策に反発していることは、地球圏の新たな局面の始まりを物語るものにシャアには思えた。
だからこそこれから彼は連邦軍の軍人、行方不明から帰還したクワトロ・バジーナ大尉として活動する予定だ。そのために、ララ―――ララァ・スンには安全な場所にいて欲しかった。そして、シャアに考えられる安全な場所は、あの男のいるNシスターズしかありえなかった。
遠くに何回かみたあの機体。黒いウサギのような顔を持つ機体はガンダム以上の性能を持っているだろうことはすぐにわかった。連邦軍が投入し始めた新型、GM2やらリオンやらリーオーといった機体を生産しているならば、ああいう、少々値段が張っても性能を高めた機体をそろえることは難しくない。
そして、あの男―――トール・ガラハウは本質的に臆病な男だ、とシャアは見ている。離れずにいつも付きまとっていた少女への接し方、ア・バオア・クーでの味方機、おそらく縁者が乗っていたのだろうそれに対する守り様からみて、奪われること、失うことに対する恐怖がありありと伺える。そんな男が、帰るべき場所、帰らせるべき場所に心を砕いていないはずが無い。
そしてそれは同時に、手を出す人間に対しては容赦しないと言うことでもある。エゥーゴ側にたったにしろ、ティターンズ側にたったにしろ、立っただけならば何とか挽回も出来ようが、あの男、月に手を出した―――Nシスターズに手を出した勢力に対してはその後の動きも関係なく叩き潰そうとするだろう。その弱さは信頼できる。
「私は卑怯な男だな。自分の望みを叶えるために、全てを利用しようとしている。他者の愛さえも。現に、今もララを守るために彼を利用している。元は、私自身の違和感から出たことだと言うのに」
「……人のエゴとはそうしたものでしょう?それに、あの方なら私一人ぐらい、許してくれます」
そうだな、とシャアはララァに笑いかけた。でなければ、ア・バオア・クーでこの女性を助けるために手を回してくれたりなどはしない。それに、そのことに関しては少々、妙に感じていることもある。
何故、あの男はあの場所でガンダムと出会い、ララァとガンダムとの戦いに介入できた?何故、私がガンダムのパイロットにこだわりを持っている事を見抜き、ララァに対してもそうだと見抜いていた。そう、それに、だ。
何故あの男は、ギレンを助けることが出来たのに見捨てたのだ?キシリアを早めに排除することが出来たのにしなかったのだ?まさか……
「隣を宜しいかな?」
一人の壮年の男性がシャアに話しかけた。連邦軍の軍服を着ている。階級は准将。背後に立つ少佐は緊張した面持ちでシャアを見つめている。双方共に、話しかけた人間がどういう人間か、という情報は持っているようだ。
「ルナツー方面軍所属のクワトロ・バジーナ大尉だね」
「ええ、ブレックス・フォーラ准将」
男性は頷くと、シャアを見つめて話し始めた。
「今回のこの紛争、やはりジャミトフが仕掛けたものだ。現在、奴は治安維持部隊ティターンズの設立に向けて動いているが、かなり、計算違いが生じているようだ。動きが妙だし、後ろ盾だったコリニー提督との距離を取り始めている。コンペイトウでのミスが原因だが、アレぐらい、奴ならば事前に情報を得ていそうなものだ。コリニーの責任をうやむやにする手腕は充分にある。しかし、奴はそれをせずに見捨てた」
「ほぅ?ジャミトフほどの政治巧者が読み違えを起こしましたか」
ブレックスは頭を振る。
「というよりは、方針転換、かな。部下に新しく加えた、トレーズとか言う少佐がいる。かなり有能だ。早速、憲兵権限を持つ特殊部隊Ozの創設が認可されて、新型MS、リーオーが配備された。ティターンズが設立されれば制式採用となる。どうやら、バスクなどの過激派を押さえ込むためにどこからか呼び出したらしい。出身は月になっている」
「Nシスターズ?」
ブレックスは頷いた。
「鍵を握るのはNシスターズを実質的に軍閥として支配しているトール・ミューゼル月第一艦隊司令だ。彼を引き込めるかどうかで、月が我々についてくれるかが変わる。アナハイムは協力を約してくれたが、制式採用争いが軒並みGP社に帰したことや……」
言葉を途中で切るとブレックスは映像板を示した。現在、眼前で続けられている戦闘は、ジオン残党が有利なように思えるが、それはMAを投入しているからだ。MSだけの戦闘力で見た場合、どちらが有利なのかは見るまでもない。民間施設近くに防衛のために展開しているゲシュペンストが遠目に見える。マシンガン、及びバズーカにビームライフル、中にはキャノンらしき支援火器を持った機体もある。武器の取り扱える数はそのまま汎用性の高さ―――FCSの性能をも示している。
「あの機体を見てはな。GMなどとは比べ物にならない。流石ガンダム開発計画を途中から主導したミューゼル少将だけはある。我々エゥーゴがティターンズに対抗してスペースノイドの権利を守れるかどうかは、ミューゼル少将の動き次第というわけだ。彼はなんとしても、エゥーゴの側に引き込まねばならない」
「……私から話してみましょう。色よい返事がもらえるかもしれません」
「一年戦争中、戦争を指導した大将会議に佐官時代から常連だった少将が、まさか軍閥政治やティターンズとの共闘を考えているなどとは思いたくも無いが、ベルファストでジャミトフと接触した形跡もある。また、トレーズ少佐がNシスターズ出身である事を考えると少将の腹心の可能性もある。難しいかも知れんぞ、大尉」
「閣下!ミューゼル少将はそんな方ではありません!一年戦争の際にお世話になった自分が言うのですから!新型艦を能力を認めて任せてくださいましたし、周囲にもシナプス大佐やブライト少佐と、人材が揃っています!また、戦後の月でのお働きを見ても、ティターンズやジャミトフごときと……」
「ヘンケン少佐、落ち着きたまえ。しかし、何事かを考えているのは確かだ。月の独立国を実質的に動かしている彼が、次の地球圏に何を見ているのか。高まるスペースノイドの地球への反発を、如何考えているのか。誰もが答えを望んでいるのだ。彼がついた側が、次の戦いで優勢になる事を考えれば」
シャアは頷き、言った。
「でしょう。それが我々とぶつからない道である事を望むだけです。勿論、最善の努力はしてみるつもりでおります。それに、……いささか、彼とは因縁めいたものがありますもので。敵にはしたくありません」
第63話
0083年11月11日、午後8時36分(コロニー落着まで1678分)。第一波の攻撃を撃退した事を確認したエリク少佐は、残存部隊の再編成に入った。Iフィールダーは維持されているが、ビグ・ザム2機は擱座し、大型メガ粒子砲を装備した砲台程度の働きしか出来ない。現在、アインスはビグ・ザム2機と何らかの作業を行っているらしく、フィールダーを一時停止させてアクシズから派遣された整備員と何かをしている。どうやら、まだ戦力として用いれる可能性があるらしい。
それは良い。元々フィールド展開時には動けないため、固定砲台程度の役割しか期待していない。被害が少なく済んでいるのも、フィールド内にいればマシンガンしか気にしなくて良いからだ。やはり性能差は厳しい。しかし、なんとかマスドライバーを守りきることが出来た。上空からのジム隊も排除したし、このまま準備が整うのを待てば……
「マスドライバー発射準備、あと30分ほどで済みます!」
よし。このままいけば、発射は可能だ。本来ならコロニー落着とあわせての攻撃のはずだが、こうなってはそういうことは言ってはいられない。何とかして発射し、地球攻撃を行わなければならない。しかし……
「この煙幕は如何にかならんのか!?」
エリクは叫んだ。
「無理です……フィールドを一時停止させましたが、砲弾系の、爆風を生じさせる装備は前方に埋設しているので使えません。スラスターを使って晴らすにも、推進剤の補給が無い事を考えますと自然に晴れるのを待つしか、それに……っ!」
またもや上空で爆発。何発かはグロムリンが撃墜したようだが、巡航ミサイルによる煙幕の投下は30分ほどの感覚で続けられているが、先ほどから間隔が徐々に狭くなっている。また、自然に晴れるのを待つには風を待つしかなく、月面には重力があるため当然風も吹くが、重力に比例して小さいものでしかない。なかなか晴れないのだ。
「上空にはアステロイドがかかっていますし、グロムリンも展開していますから何とかなるでしょう。この煙幕は、逆に地上からの敵の接近を……」
其処まで話した瞬間、上空で閃光が走り、地上に展開していたMS隊に通信が入る。
「こちらグロムリン、アンリだ。上空から接近する三機小隊を確認……一機反応が消えた!?クソ、新型2機!こいつら動きが早い!」
「第4小隊、迎撃に向かえ!敵をマスドライバーに近寄らせるな!」
推力に優れるリック・ドムⅡの4機小隊が上昇を開始した。先ほどの戦闘で撃墜されたのはビグ・ザム1機にMSが8機。残存戦力はMA3機にMS28機。まだ戦力の2割。戦闘能力は充分に残っている。先ほどの化物戦車には肝を冷やされたが、何とか撃退することが出来た。あとはこの煙幕が晴れれば……いや、このままが良いか。どうせ、マスドライバーの発射で晴れる。
エリクは上空の戦闘を確認しながら状況を分析する。上空の二機は新型といっていたが、ミノフスキー粒子が濃くて映像が届かない。かなり素早い機体らしく、アステロイドを使って上手く攻撃を回避している。……近くに寄られればグロムリンでも厳しいか。
「第5、第6も上空に向かえ。アンリ博士の指揮下で敵を包囲、殲滅しろ」
上空の敵に関わっている間に奇襲など考えたくも無い。先ほどの敵の攻撃は、煙幕が張られてからはアンリ博士のグロムリンの砲撃があったればこそ、敵MS隊を後退に……其処まで考えたエリクの耳に、叫び声が響いた。
「上空から着弾!スモークです!……間隔10……いや、8分に短縮!」
「さっきから煙幕ばかり……一体何を」
そのとき、エリクの耳を叫び声が叩いた。
「ギャっ!?両腕が……!?脚も!?」
「カメラがやられ……ああっ!?」
「ヴっ!?」
いきなり三名……谷の東側の尾根を守っていた第8小隊から。反応は消えずにいるから撃墜はされて……反応が一つ消えた。一機はコクピットをやられたらしい。しかし、敵の反応がぜんぜん無かった。ミノフスキー粒子の濃度が高いとはいえ、谷の中では途切れ途切れではあるが通信が可能だ。そして通信が可能だと言うことはレーダーも距離はともかく働くわけで、敵機が侵入したとすればなんらかの反応が……
そこまで考えたところで北側の尾根を守っていた第2小隊の1機の反応が消えた。エリクは確信した。レーダーに反応が無かろうが、敵機がここにいる。この煙幕、化物戦車の砲撃だけでなく、こいつをこちらに送り込む事をも考えてのものか!?……視界がある事を前提に作ったこの布陣では対応できない。仕方ない。
「マスドライバー施設へ。レールの方は放棄しろ。コンテナは加速器で射出する。この通信が聞こえている全小隊は加速器の防衛に移動しろ。布陣を送る。良いか、小隊ごとに警戒して後退。不審を感じたならばバースト射撃でいぶりだせ。敵機を確認次第、残存全機で攻撃開始」
コクピット内のコンソールを操り、最終防衛ラインまで部隊を下げる。煙幕を晴らしたいが、下手に晴らすとこちらが砲撃される可能性がある。先ほどの化物戦車の砲撃を見ても、似たような砲戦力が敵にあるかもしれない。ならば、煙幕をこちらも利用するしかない。一定のラインまで後退して、そこで煙幕を晴らせばよい。
問題は、そこまで何機の味方がやられるか。
エリクは自分の小隊にも警戒陣形を組み、概略方向でよいから、敵がいると思われる場所にバースト射撃を行いながら後退するように命じた。流れ弾が味方に当る可能性があるが、90mmのバーストならば着弾は良くて1発。フィールド内に入ってしまえばゲルググのビームライフルは使えなくなるが、リック・ドムⅡを中心するほかの部隊なら問題はないだろう。ザクに当ったときはそれまでだ。
エリクはゲルググにビームナギナタを抜かせると、発見次第、ナギナタを叩き込む体勢を取りながら後退を開始した。
「……気付かれたか。まぁ、それはそうか。ゲームみたいに早々パニックには陥ってくれないのも当然。いや、練度が高いからこうした局面にも対応できるのだろうな」
「そういう気分を味わうには難がありますよ、トール。しかし、茨の園のときと比べると落ち着いた様で何よりです」
キットの言葉にため息を吐くと、サーモグラフィーを使用して敵の状態を荒く見る。三機ごとにじりじり後退を始めている。嫌な陣形だ。サーモグラフィーを使って一機ごとに煙幕を利用してしとめ、しかしこちらの姿は擬装用の増加装甲に加えられたミラージュコロイドで発見がされにくい。
煙幕はおなじくサーモグラフィーを使って砲撃を行ったゾンネン少佐のヒルドルブⅡのためのものでもあるが、増加装甲を含めてセニアが色々いじくったため、サーモグラフィーからこちらのわけのわからない装備まで、完全な特殊任務用の機体に変わっていた。おかしいなー。元々は白兵戦用の機体のつもりだったのに、なんで必殺仕事人っぽい仕様に変わっているのだろう。
「ああいう系統の時代劇は趣味じゃないんだが……」
「セニアは良くリューネという女性と鑑賞していたようです。私もライブラリから拝見しましたが、あれがジャパニーズ・サムライやニンジャというものなんですか?」
「違う違う。アレをサムライといったら、それこそチャック・ノリスもありになる。個人的には剣客商売とかが好きなんだけど、ね」
「無外流、でしたか?あなたが斬艦刀という種類の武装を使わないのはそれが理由ですか?」
左腕に持ったオルゴンソードを伸ばして一機、はぐれたらしいザクの胸を貫く。サイトロンとキットの補助を受けているから、斬艦刀から連接剣までイメージどおりに変化させられるのはありがたい。イメージしたのは分かれた剣がワイヤーでつながれながら、何処までも伸びていくイメージ。これだけではオルゴンを実体化できないため、不足するイメージ情報をキットが補い、サイトロンを介して伝えている。
斬艦刀をイメージできない理由はここにある。あのサイズの刀を取りまわすイメージが自分には無い。もちろん試しに振るってみたが、普通サイズの木刀や竹刀、大きくても太刀サイズまでの経験しかないし、どうしても経験がある故に引き摺られてしまう。アレは、剣道とか示現流とかいうレベルの話ではない。
「というか、使っている自分をイメージできない。下手に習ったせいかも」
「補助にも限界がありますからね」
その通り。キットが補助できるのは、"データとして存在する"イメージのみ。つまり、写真や映像などのデータが必要だ。また"存在"する以上、重量と慣性の問題も発生する。ギリギリ限界でベルセルクの"ドラゴン殺し"がいいところだ。勿論、それを使っている状況は当然限られる。それに、剣道や刀と言うものに下手な知識があるトールは、どうしても"叩き潰す"剣というイメージよりも"斬る"刀をイメージしてしまう。
斬ることについての概念の違いはそのままオルゴンを武器としてイメージする際に細部の違いとなって現れる。"叩き潰す"ための剣を"斬る"ものとしてイメージしてしまった場合、その自重の重さからモーションが大振りになり、動きに無駄が生じると東方先生に指摘された。私は剣や刀に対して先入観が強いらしく、やはり日本人と言うこともあるため、刀を扱う術を学ぶべきだと諭されてしまった。
そのため、斬る事、貫く事をイメージした武器については扱いがかなり上手くなったが、叩き潰す場合は棍棒状にでもしないといけない。ままならないが、それでよいかなとも思っている。別に無理して使う必要は無い。必要なら、それこそゼンガー少佐でも呼べば良い。ネート博士を呼んだんだから、護衛としても奮闘してくれるだろう。
それはともかく、出来るだけ風を起こさないように、歩いて移動。スラスターは当然あるが、煙幕を揺らすわけにはいかない。やはりジオン残党の戦力、と言うか練度は高い。この状況でパニックを起こすものが少ないうえに、連携してさっさとレール式のマスドライバーを放棄した。判断も良い。固まられるとヴァイサーガでは骨だ。
私は決心するとハマーンに呼びかけた。
同時刻、月からコロニーを追う形で出撃した第5艦隊を追撃する形で、発進の準備を進めている艦があった。艦の名前はガーティ・ルー。モスボール状態を解かれて久方ぶりの出撃だ。既にいつでも出港できるように港湾部の入り口が上げられ、現在物資の最終搬入が行われている。
「ブースターの設置、終わりました!」
「よし、MSの積み込み急ぎな、デカブツは待っちゃくれないよ!」
シーマの目の前に鎮座するバージニア級輸送艦にはサラミス級にも使用されている大気圏離脱様ブースターパックが追加されていた。勿論、月から地球へ向かうコロニーへの加速の為に用いるためだ。このおかげで、どうやら阻止限界点到着ギリギリにはコロニー近辺の空域に侵入が出来る。
水天の涙にNシスターズにある全稼動戦力をつぎ込んだため、現在、トールが用いることが出来る戦力は、モスボール状態にして保存しておいたジオン系のものに限定されている。当然MSは誤認及び誤射を引き起こしかねないため使えないが、ゲシュペンストの海兵隊仕様バージョン(青系塗装)が6機、搭載されている。またモスボール状態を解かれたRFゲルググも同数搭載の予定だ。ジオン、連邦双方に対峙したときのためでもある(カラーはどちらにも見えないように、青系塗装だった)。
「しかしシーマ様、俺たちは何のためにコロニーへ?」
「トールは何か考えているんだろうさ。それに、これを機会に回収出来るものはしちまうんだとさ。宇宙に散らばるゴミ拾い、って所かねぇ。……それだけじゃないけどさ。まだいえないよ、デトローフ」
コッセルは頷くと自分のゲシュペンストを見上げた。
「まさか、自分が恐怖の的のこいつに乗るとは思いもしませんでしたがね。しかし、セニア嬢にテューディさん、偉く豪勢に張り込んでますねぇ」
そういいながらコッセルはMS格納庫から搬出されるゲシュペンストに視線を移した。地下の格納庫からエレベーターであがってくるのだが、以前、一度だけ覗く機会のあった格納庫は、"宇宙用のズゴック"やら巨大なミサイル、果てはガンダムタイプから用途不明の試作機まで新技術のオンパレードだったのだ。
今回バージニアに搬入されているゲシュペンストにしても、背面部に大きく翼のようなユニットが追加されている。型式名RPT-007KP、量産型ゲシュペンスト改。背面部にテスラ・ドライブを装備し、重量軽減と大気圏内での飛行を可能にしている。海兵隊仕様ということもあって武装からF2Wキャノンは外され、装備自体は今までのゲシュペンストと共用するが、特に装甲面と機動性の向上が著しい。
本来ならば腕部に装備されているはずのプラズマ・バックラーは海兵隊らしく手持ちのシールドに装備され、引き抜けばビームサーベル(実態はプラズマカッター)として運用も可能。海兵隊からは機体の外見はともかく、運用で慣れ親しんだゲルググマリーネと共通点が多いため、ゲシュペンスト・マリーネの名前が通称となりつつある。
「こいつでグリプスまで戦うつもりなんだから、張るのは当然さね。ここまでしてもらったんだ、一機も落ちるんじゃないよ」
「了解でさ!」
コッセルは鈍く笑うと、外見からは考えられないほど色気のある敬礼をシーマに送った。シーマはコッセルに微笑むと、次に搬出されたMSを見て微笑みを止める。搬出されたMSはOMS-14SRF。一年戦争時のトールの乗機、シャルル・ロウチェスター専用ゲルググ―――この世界ではトール・ガラハウ専用ゲルググだった。