あの後、ハマーンだけでなくミツコさんたち、更には姉さんたちにまでお仕置きを受けた。詳細は語りたくないが、スペツナズ式だった。ナノマシンで回復するなら思い知らせてやろうじゃないかと言われたときには正直恐ろしかった。しかし、これもしたことの責任だ。
体の節々の痛みが徐々に消えていく感覚を感じながら、そして背後からハマーンの視線、というか思考を感じながらコンペイトウ鎮守府艦隊旗艦ライブラの艦橋に入る。向かう直前にGP03の接収、ナカト少佐の拘束の報告を受けたが、命令書があるために、大きな問題とはならなかったようだ。さて、ヘボン少将のこちらに向けた表情を見る限り、如何見ても友好的ではない。
「ミューゼル、貴様どういうつもりだ!?軍閥政治でも始めるつもりか!?ことと次第によっては反逆罪で拘禁するぞ!」
まずったか。いいや、こちらにも事情はある。ヘボン少将の気持ちはわかるが、だからといって黙っているわけにもいかない。それに、このオッサンもある意味"まっとうな連邦軍の軍人"だ。せっかく人の送った増援を無視するだけでなく、手柄を立てる好機と見るや、自分のところのジム隊は配置していたんだから。"整合性"かこの少将かどちらのせいかはわからないが余計な事をしてくれている。
けどまぁ、追撃を地球まで追い続けるあたりは、まだマシな方だろう。少なくとも兵隊を動かしているし。これが10年後には救えない状態になるわけだから、これからは気をつけてみておかないと。その間にもヘボン少将の怒号は続く。艦橋要員も当り散らされたらしく、こちらに視線が同情気味だ。
「ジオン残党の作戦をつかんでいたのであれば何故連絡しない!貴様がきちんと報告してさえおれば、ソロモンでの核攻撃も……」
「仮につかんでいたと報告したところで、信じましたか?きちんと作戦本部にも宇宙艦隊総司令部にも連絡してはありますし、だからこそ作戦本部からの通信に、月第一艦隊第二任務群の独立裁量の件は、ジオン側スパイからの情報に基づくと文言を入れてあったはずでしょう。しかし、少将はその命令を曲解し、第二任務群を通常編成に導入して分散配置させましたね。その上配置予定ポイントには自分たちのジム隊を配備されたようですし。こちらが遊撃隊を編成に入れ、支援任務に独立運用していなかったらコンペイトウの被害はどうなっていたかと思いますか?」
ヘボンの口を封じる。この男もバカじゃない。こちらがどういう情報をつかんでいたかの推測はつけているだろうが、推測は推測にしか過ぎない。確証がない以上、これ以上追求は出来ない。それに、情報をつかんでいたそもそもの理由が、原作を知っていますとか黒歴史ですなどとはいえたものではない。
それに、こちら側がデュー・プロセスに沿っている限りはあちらもなんともいえない。問題は、これからこのデュー・プロセスが何処まで有効になるかなんだが……13年後には、一企業によって動くところまでいくのが本来の歴史だ。それは、これから歴史外の介入を積み重ねて変えていく。
「作戦の基本的な推移を考えれば、また、核攻撃を基本前提にしているGP02の投入目標を考えれば、観艦式などというものがこれ以上ないくらいの攻撃目標であることは推測が付きます。こちらが情報に基づいて配備してみれば、横から手柄を掻っ攫おうと、下らん手管を用いようとするからこうなるんです。少将、私がジオンの作戦計画の全貌をつかんだのは奴らの基地を攻撃してからのこと、あなたにどうこう言われる筋合いはありません。そもそも命令系統が違います」
そう、私とヘボン少将では、所属する命令系統が違う。主権国家Nシスターズへの駐留軍である私は作戦本部の指揮下にあるが、コンペイトウ鎮守府は宇宙軍総司令部の指揮下にある。そして命令系統が違えば縦割り行政の問題点にしてこういう時の美点、横とのつながりのなさが盾になる。
「しかし……っ!」
「私が今回のデラーズ・フリートとの紛争に立ち入ったのはアルビオンが軌道上に上がって以降の話です。そもそも、GP02の開発にしろジオン残党による奪取にしろ、私の管轄下ではありません。それに、対策は示しましたが、月第一艦隊の保有する戦力は少将もご存知でしょう」
そういうとヘボンは黙る。確かにガンダム開発計画はコーウェンの所管で、所管になったそもそもの理由はこの男がGP社の娘婿だからだという話は聞いている。一年戦争中に連邦のMS開発をほぼ独占するだけの功績を挙げたが、それは軍産複合体からすれば市場の独占を招きかねないまずい事態。
せめてアナハイムとのバランスをとるために、ガンダム開発計画に関してはアナハイムの所管とされたし、この男から管理権限を外してコーウェンが管轄した、というのが下馬評だし真相だ。だから、今回のジオン残党によるGP02奪取にもこいつが関わっているのではないかと踏んだが、真相は違うのか?
ヘボンの内心にトールの言葉が生んだ疑惑が膨れる。GP02をうまく使うのであれば、奪取された段階でGP計画をそのまま移してもかまわないのに、こいつは北欧のジオン残党の攻撃を優先させた。ということは、今回の作戦について何らかの情報を得ていたことは間違いないにしても、GP02のソロモン核攻撃にしろ、今回のコロニー落としにしろ、確証は得ていなかった可能性がある。
それに、連邦の軍事に関する諸権限を捨てても、こいつにはNシスターズがある。火星のテラフォーミングを進めて火星に独立国家を築きそうな勢いを持つ国家で大きな力を得ているとなれば、何も連邦での権限に固執する必要は少ない。いかんな、ソロモン以来頭に血が上っているかも知れぬ。
「すまん、……いや、申し訳ない少将。あなたの方が先任だった」
ヘボンはコンペイトウ鎮守府が設置された82年に少将に昇進している。一年戦争中に昇進したトールとは先任順位が異なる。しかし、年功序列が基本の平時の軍隊が長かった連邦軍では、同階級であれば年齢が幅を利かせている。勿論軍律違反であるが、かなりあいまいになってもいる。
「理解してくれてありがとうございます、ヘボン少将。……参謀本部からの連絡は受けていますか?」
ヘボンは頷く。トールはそれを見ると、いじめるのはここまでだ、と判断した。そろそろ、利を提示してこちらに引き込まないといけない。政治の季節は過ぎ、次はまだだと言うに、連邦軍の将官は季節の区別が解らないから困る。まぁ、目端の利く人間は大体がパトロール艦隊や作戦本部に集中しているからな。
第60話
トールは作戦の解説を始めた。
「現在、重力ターンに伴ってジオン軍残党が活動を始め、グラナダのマスドライバー施設の占拠を始めています。敵はグラナダ近郊に潜伏していたジオン軍残党を合わせてMA最低4機、MSが最低30機の大部隊。しかも、MAはアクシズからの援助を受けたらしく、ビーム兵器、一部実弾兵器を無効化するフィールドを張ることが出来ます。まずはこれを如何にかせねばなりません」
「マスドライバー施設にそんなものを張り巡らして、射出可能なのか?」
ヘボンが当然の疑問を述べた。マスドライバーの射出はリニア式のレールで行われるのが普通だ。当然、レールに走る磁力は電力で作り出す。その電力とミノフスキー粒子の反応を考えたらしい。
「当然射出時にはフィールドを解除するでしょう。それに射出作業をする間、マスドライバーを守れるのであれば問題ないと考えていると思います。また、グラナダのマスドライバー施設はレール式の射出システムだけでは無く、加速器型の射出システムも備えています。双方共に、射出の際に電力を使うシステムですから。それに、MA三機はそのフィールドの維持にまわされるでしょうが、残り一機が防御に回ります。それに加えて30機以上のMSは脅威です」
「我が艦隊の推進剤の補給が終わるまでは動きようがない。かといって推進剤の補給中に稼動し始めたら目も当てられない。推進剤の補給部隊は現在回してもらっているが、補給地点そのものは変更したい」
ヘボンがそういうとトールは星図を示した。補給位置はグラナダのマスドライバーから射出されたコンテナを迎撃できる位置で行う。補給を終了した部隊の数がまとまり次第グラナダ近郊へ送り込む。また、それに先立って一部艦隊をコロニーの追撃に回し、ジオン軍残党への陽動とすることも打ち合わせる。勿論コロニーへの追撃を行うが、グラナダからのマスドライバーの予定進路を妨害する位置にデプリを配置する役目も、だ。
「これならば、中途でマスドライバーの軌道が変更される、と言うわけだな」
「しかし、変わったとしても地球に落ちれば結果は同じです。デプリも設置箇所にそのまま直撃するとは限りません。それに加え、マスドライバーの加速はかなりの運動エネルギーを内包します。デプリ設置は出来れば、マスドライバーの運動エネルギーを吸収できるような大きさのもので設置を御願いします。手間でしょうし、コロニー追撃に向かいたいとは思われるでしょうが」
ヘボンは笑った。
「同じだよ、少将。第一、第二軌道艦隊が雁首をそろえているところに後ろから攻撃を加えるのも結構だが、あちらは戦力的には充分だ。しかし、こちらは違うだろう。現在、月近辺には我々と月面駐留艦隊しかいない。それに、貴官の情報によると、デラーズ・フリートは軌道上の迎撃は考えていないようだが、追撃はかなりの注意を払っているだろう。となれば、下手な追撃は出来ない。……アルビオンは?」
「アルビオンには巡洋艦2隻をつけてラビアンローズに試作機の受領に向かわせています。追撃はそちらに」
「新型ガンダムか。充分だな」
ヘボンは頷き、艦橋内に命令した。
「総員に告ぐ。我々コンペイトウ鎮守府艦隊は、これよりミューゼル少将の月第一艦隊と合流して月面裏側のジオン軍残党攻撃作戦を行う。第5艦隊残存艦艇から補給を開始し、補給が終了次第、司令部が算出したマスドライバーの予定射出コースで妨害措置を行え。第5艦隊所属艦艇は、妨害が終了次第、コロニーの追撃に向かうように。第7艦隊所属艦艇は補給が終了次第、月面駐留艦隊とともにマスドライバー基地攻撃に出撃。コンペイトウ鎮守府艦隊は、月軌道上、及び地球までの各迎撃ポイントでのマスドライバー迎撃を行う」
そう命令するとヘボンは立ち上がった。
「第5艦隊の指揮権は戦艦ワシントンのキンゼー少佐を臨時の分遣隊司令に任命する。第7艦隊の指揮権はミューゼル少将に移す。各艦、新たな指揮権に基づいて行動を開始せよ。これはコンペイトウ鎮守府司令部命令である」
流石ジャブロー出。そつが無いとトールは感心した。こちら側がもたらした情報で出した命令が"鎮守府司令部命令"ときた。これならば、月面のジオン残党軍との戦いで行動した部隊は"鎮守府司令部"の命令、つまりヘボンの下で動いたことになる。こちらの功績を全て持っていったことになるわけだ。
視線に気付いたのか、ヘボンがことさら陽気な表情でこちらに笑いかけるのが見えた。連邦軍の主流派にはまだ気を使っておく必要があるが、まずい。月駐留部隊の政治的位置が下がるのは、グリプスなどを考えると……
「ヘボン少将。月の協力、忘れずに報告に記載を」
「勿論だ少将。便宜は図らせてもらう」
GP03を搭載してアルビオン及びヴォルガ、レナがラビアンローズを出発し、コロニーへ舳先を向けたことを連絡として受け取る。ヘボン少将の率いるコンペイトウ艦隊のうち、第5艦隊所属艦艇が予定通り、デプリ設置作業とコロニー追撃の陽動行動に出た事を確認したトールはMS部隊の指揮をアクセルと共に帰還したセルゲイ中佐に任せると、出撃準備をカーティス大佐に一任し、Nシスターズ地下区画へ移動した。勿論、ヴァイサーガでの出撃に備えるためである。
カーティスはグラナダ近郊のマスドライバー基地周辺にジオン軍残党が集結している事を確認し、得た情報どおりにMA3機がIフィールダーを展開して防御体勢を整えている事を確認。Nシスターズ自衛軍の司令官としてヘボン少将と相談の上で、MAに対する攻撃をMS隊と共にコンピューター制御のサラミスを2隻、フィールドを形成するMAに向けて突入させる作戦を採用させる。
グラナダ市からは当然抗議声明が来たが、これについてはマスドライバーの使用による生物兵器散布という緊急事態を盾に黙らせた。グラナダ市との関係、及び市の物流そのものに問題が生ずるだろうことは予測できたが、事態が事態だけにマスドライバーの破壊もやむをえない、という判断で黙殺された。反発が生じることは予想できたが致し方ない。それに、これからを考えればすぐに押し流されるだろう。
「しかし、かなりの大作戦ですな」
作戦会議の席でセルゲイ中佐が発言した。作戦総指揮を取るカーティスはそれに頷くと、グラナダ近郊のマスドライバー基地の図面を出し、指揮棒を取った。ヴァイサーガでの突入をトールが控えているため、艦隊の総指揮をも委任されたからである。ウォルター・カーティス大佐は、所属及び国籍をNシスターズに移籍させている。一年戦争時からトールに付き従っている元ジオン軍人は、戦後退役を選んだものを除いてNシスターズ自衛軍に移籍済みだ。勿論、退役者の中に月への移住を望んだものは優先的に認めてもいる。
「マスドライバー基地は三方を山に囲まれ、突入を行うには基本、南方のレールが敷かれている面に向けての攻撃となる。当然、生物兵器散布の妨害が目的であるため、レールの破壊が第一目標だ。しかし、このマスドライバー基地は、レールに頼らない加速器式のマスドライバーも備えている。コース変更や加速はそちらの方が難しいから、レールが破壊された段階で射出が切り替わると見て良いだろう」
その言葉に全員が頷く。
「ところが、加速器式のマスドライバーは三方を山に囲まれた谷の一番奥に設営されている。一年戦争時に地球爆撃に使用するため設置されたものだが、南極条約もあり、設置工事が完了した12月に月面中立条約が結ばれたために今まで使用はされていない。レール式のほうが予算が安くて済むからな。しかし、緊急用の、またはグラナダ市への突入コースを取った小惑星の迎撃には使用可能であるため、完成まで工事は続けられている」
カーティス大佐は円形のマスドライバー施設の拡大図を投影させた。
「この円形の部分が加速器になっており、この内部で加速されたコンテナが射出機から打ち上げられる。第一目標はコンテナの撃破だが、この加速器の撃破が第二目標だ。しかし、アルテリオン、ベガリオンの偵察でも近づけん。奴ら、目視だけではなく浮遊機雷を周囲に打ち上げておる。コンテナは加速の際に強い磁力下にさらされるが、どうやら、その磁力には反応しない形で、しかも射出コースを邪魔しない形で散布してあるため、上空からの攻撃は不可能だ。もっとも、不可能な理由はそれだけではない」
モニターが切り替わり、見たことがあるMAの映像が映る。
「グラナダ市の防衛隊を攻撃に現れた、敵の新型MAだ。フィールドを形成している、仮称"アインス"部隊とあわせてジオン残党軍の主力らしい。名称はMAN-05グロムリン。有線ヘッドビーム、ヴァリアブル・メガ粒子砲、有線アンカーレッグ、対空メガ粒子砲を搭載し、戦艦を容易に撃沈しうる移動要塞ともいうべき絶大な火力を保有している。しかし、搭乗しているのはニュータイプではないらしく、ニュータイプでは可能となる、ヘッドビームとヴァリアブル・メガ粒子砲の同時使用が不可能のようだ。しかし、装甲及び火力の高さは、マスドライバー上方からの攻撃を避けるのに充分だ」
セルゲイが発言する。
「大佐。現有のゲシュペンストでも、この4機を撃墜するのは骨……いや、かなり難しいと言わざるを得ませんが」
カーティスは頷いた。
「まず、アクセル・アルマー大尉の新型機ソウルゲインが突破口を開く。諸君らは敵MS部隊を拘束して、ソウルゲインが敵MAとの戦闘、特に三機構成でフィールドを形成している部隊に攻撃を集中できるように。作戦開始直後及び、排除が難しいと判断された場合の二つのタイミングで敵に向けて慣性航行のサラミスを突撃させ、自沈させる。ただ、敵にはビグ・ザムが2機。弾除け程度に考えておくように」
「はっ!」