ソロモンから脱出したガトーはカリウスのリックドムⅡに回収され、そのまま合流予定のアクシズ先遣艦隊と邂逅した。ソロモン戦の被害は大きい。謎の新型機2機と交戦した結果、サイクロプス隊は隊長のシュタイナー大尉のみが生還。ケリィ・レズナーのヴァル・ヴァロは大きな被害を受けて放棄された。
アクシズ先遣艦隊と合流したのはガトーが率いるヴィリィ・グラードル少佐の分遣艦隊だが、アクシズ側からMSの供与を受け、損害を受けたMSと交換することで戦力を回復させていた。陽動作戦は成功したが、もともとの戦力差が洒落にならないほど開いているため、撃墜された機体も損傷を受けた機体も多い。
「アクシズ艦隊の予定通りの回収に、予定外の補給までいただけるとは……ハスラー提督、誠にありがとうございます」
アクシズ先遣艦隊の旗艦、グワジン級グワンザンの艦橋でガトーは言った。もしアクシズ先遣艦隊に拾われなかったら、事後の作戦は成り立たない。この援助があったればこそ、ガトーはもう一度戦えるのである。
「うむ、ガトー少佐。一連の戦いにおける功績、ドズル閣下も痛くお喜びである。「水天の涙」作戦への援護は心配するな。既に進発したヘルシング艦隊への補給も終え、新型を渡してある。勿論、ドズル閣下肝いりのビグ・ザムもな」
ガトーの顔が破顔する。若きMSパイロットであるエリク・ブランケ少佐は、はじめてあった時から信頼できる歴戦の勇士であることがわかった。彼のところにビグ・ザム及び新型機が配備されたとなれば水天の涙作戦の成功もより確実になるだろう。
「それは!ビグ・ザムあれば連邦の雑魚どもごとき!それに、新型とは?」
ハスラーは頷いた。あまりうれしそうな表情ではない。
「水天の涙作戦を実施するインビジブル・ナイツの諸君にはアクシズより輸送してきたゼロ・ジ・アールの改造型、アインス・アールを専属パイロットであるヤヨイ・イカルガ少尉と共に渡してある。都合ヘルシング艦隊及び、アインス1機、ビグザム2機、ゲルググ5機、リックドム15機他でグラナダのマスドライバーを狙う。……気には入らぬが、キシリア閣下の遺産付でな」
「キシリアの!?」
ハスラーはもう一度頷いた。うれしそうではない表情の意味がよくわかった。ジオンに存在してはならない卑怯者だったキシリア。あのガラハウ閣下でさえ止めることが出来なかったジオンの癌。ア・バオア・クーを生き残った将兵は、あの戦いを敗北へと導いたキシリアに対する恨みが深い。ハスラーは沈痛な面持ちで言葉を続けた。
「グラナダ近郊に残る旧キシリア派残党部隊と、生物兵器アスタロスだ。後者については詳しくは私も専門家ではないので解らぬが、コケ類に類別される新型の植物で、地上のどの植物よりも繁殖力が高く、そのため他の植物の生育を阻害し、結果として枯死に至らしめる生物兵器とのことだ。但し、試験型で、決められた回数しか細胞分裂が不可能であるため、地球上の農産物生産に2年ほどしか損害を与えられぬ。だが、コロニー落着に失敗したときの事を考えると妥当であろう。これを機に、ドズル閣下もキシリア閣下の怨念や遺産と決別したいと言う思いを持っておられる」
ガトーは暗い顔だ。正直、キシリアだの生物兵器だのという言葉は聞いていて嬉しくない。しかし、ジオンの理想を掲げるためとはいえ、無辜の民衆にまで被害が拡大しそうな結果になることは避けたい。
「キシリアの女狐の遺産に頼るのは正直、気が進みませんが、ドズル閣下がそうお認めになられたのであれば話は別です。但し、あまり戦争とは関係のない人間に矛先を向けるわけにも」
「そういう甘い状態ではない、と言うのがドズル閣下の判断だ。月からの報告では、軌道上でコロニーを待ち構えるのはベーダー大将の第一軌道艦隊とティアンムの第二軌道艦隊から抽出された戦力らしいとの事だ。また、編成途中の第9艦隊から増援が到着したと言う報告も受けている。この作戦に失敗が許されない以上、作戦の補助、もしくは代替となる案を進めておく必要がある」
その言葉にガトーは反論できない。一年戦争後半を余裕を持って進めた連邦軍は、いまだ強力な艦隊を配備し、一部はアステロイドベルトにおいてアクシズとも戦闘に入った旨を聞いている。となれば、可能な限り連邦の体力を落す方策を考えるのはジオン軍人として当然のことであろう。
「了解いたしました。一つ、お聞きしたいことがあります」
「なんだね」
ガトーは言った、年来の疑問を尋ねるために。
「今回、ガラハウ艦隊が参加しなかったのは何故でしょうか?閣下の姉君シーマ大佐の部隊があれば、作戦の幅が広がったと思うのですが。それに、閣下の仇討ちにもっともふさわしいのは……」
「ガトー少佐、まずは聞き給え」
ハスラーは続く言葉を遮った。
「シーマ・ガラハウ大佐率いる艦隊は、我らとは別のルールで動いておる。ドズル閣下もその点はご承知であるし、認めてもいる。理由は黙して語らぬがな。ただこれは私見であるが、ドズル閣下の話し振りや行動、計画を見ている限り、トール・ガラハウ中将閣下はまだご存命のように思う」
「なんですと!?」
驚きに目をむくガトーにハスラーは頷いた。
「ガラハウ閣下は戦争開始直後から負けた場合の事を考えて動いておられた。我々が補給を受けられたゼブラ・ゾーンのアンブロシア基地もそうであるし、定期的な地球圏からの情報伝達もある。こちらから送れないのが問題ではあるがな。今回、我が艦隊から月に侵入させる工作員の目的の一つは、閣下がご存命ならば連絡を取ることなのだ」
ガトーは大きくため息を吐いた。それと共に悔しげに顔を歪ませる。ご存命ならば何故、という思いが強い。閣下の手腕と新型MS開発能力、なかんずく、手塩にかけて育てられたガラハウ艦隊があれば、地球圏に残ったジオン残党の戦力もすぐにでも回復できるものを!
「ガトー少佐」
ハスラーの声にガトーははっとなった。まだ話の途中だったのだ。
「ガラハウ閣下はキシリアをあの一年戦争中、抑えに抑えきった智謀の持ち主だ。今回の件に援助の手を表立って差し伸べないのも、閣下なりの深謀遠慮があるかも知れぬ。また、我らアクシズ先遣艦隊の補給と、貴公らデラーズ・フリートの戦力あれば星の屑と水天の涙、双方達成が可能であると判断されたやも知れぬ。あるいは、その作戦後の事を考えたのやも、な。ジオンの戦いはこの作戦で終わるわけではない。むしろ、これからが大切である事を考えれば、閣下の判断も納得がいく」
ガトーは力強く頷いた。そうだ、何を迷うことがあったか!?閣下の深謀遠慮あったればこそ、サイド3本国は無事であり、われらは戦力を保ったまま潜伏を続けられたのではないのか。また、アクシズと地球圏の連絡体制やアンブロシア基地の設営など、閣下の採られた方策に誤りは無い。
ガトーは一年戦争から続くトール・ガラハウに対する信頼を改めて確認すると、ハスラーに向かい、頷いた。
「これで、死ねなくなりました」
ハスラーは微笑んで頷いた。
「格納庫に行くがよい。イカルガ少尉の乗るアインス・アールはニュータイプ用のMAだが、君に用意したノイエ・ジールはアインス・アールの原型機。ゼロ・ジ・アールを改良した強襲侵攻用MAだ。但し、その分パイロットにかかる負担は並大抵のものではない。少佐なら扱えると解っているが、くれぐれも慎重に。また、無駄死になどするでないぞ」
「地球連邦への復仇は我がジオン将兵、なかんずくデラーズ閣下への忠誠あればこそ!そして勿論、本作戦終了後には、ガラハウ閣下に対する忠誠を果たすために戦う所存であります!それこそが、ドズル閣下への忠誠につながるかと!」
ガトーは敬礼した。色気のある、美しい敬礼だった。
第55話
「解りました。東方先生のクーロンは装甲を全て取り替えて、機器やセンサー類をどうにかすれば使えますが、アクセルのアースゲインは装甲とスラスターが融解してセンサー・機器まで全滅のため使えないわけですね」
ソロモン戦の結果を尋ねるために通信をしたところ、いきなりの大損害の報告に頭を抱えそうになってしまった。ソロモン核攻撃の被害こそ少なく抑えられたようだが、コロニーおとしの阻止に向かえる戦力が厳しい状態になってしまった。かといっていまさら月からマスターガンダムとソウルゲインを輸送している暇は無い。連邦軍の被害も抑えられたようだが、被害が抑えられた分混乱が拡大しているようだ。楽観が出来ない。
「そうだ。避けるのが遅かったらしい。二名のジオン軍パイロットを捕虜にしたそうだが、その二人を核の衝撃波と熱線から守るために背面部をさらした結果、スラスター類が融解して使い物にならん。あれでよくも推進剤に引火しなかったものよ。流石我が弟子だけはある」
まるで死んでから復活しろとか言ってませんか、先生。ああ、流派東方不敗は死亡フラグを噛み破るのが信条でしたね。弟子かぁ、多分私も其処に含まれているんだろうなぁ。いいなぁ、ああいう風に死亡フラグを噛み破れるように早くなりたい。というか、まずこの胃痛を如何にかして欲しい。流派東方不敗を極めれば胃痛から解放されるのだろうか。
「ノア艦長、第二任務群の戦力はどれくらいですか?」
「ゲシュペンスト4機、ジム・カスタム2機が撃墜及び大破による機体放棄。パイロット1名――ルイ・ギュイエンヌ少尉です――死亡であります。先ほど東方先生の話にもありましたとおり、クーロンが中破、アースゲインが大破しております。それ以外は小破した程度でまだ戦闘は可能です」
ルイ、か。バイオロイド兵のカバーネームだ。バイオロイド兵は、全て設定した国の偉人の名前+地方名というルールで名前を設定してある。しかし、やはりゲシュペンストでもきついのか。改造案を考える必要があるかもしれない。
まぁ、今はいい。先ほど聞いた戦闘結果を鑑みても、ソーラ・システムの攻撃の際に思わぬ邪魔が入ることは避けられないだろう。となると、戦力は集中させるより他はあるまい。アクセルには一時ゲシュペンストを使ってもらうとして、月からの増援をラビアンローズに送ろう。配置は如何するか。ガトーのノイエ・ジールにコントロール艦を叩かれて「ちょっと暖めボン!(シーマ姉さん命名)」作戦を台無しにされるわけにはいかない。
となると、一応トレーズ閣下のトールギスがあるけど、戦力的には不安だなぁ。……まずはそこからだ。
「ノア艦長、トロッターは直ちに地球軌道上に移動してください。指揮権に関してはベーダー大将に独立裁量が許されるように御願いしておきます。まぁ、ユグドラシル級砲艦を2隻譲渡してありますから、そう悪い扱いは受けないでしょう。ソーラ・システムのコントロール艦を護衛できる位置に移動し、護衛については東方先生の指示に従ってください。必要ならば、トレーズ少佐の指揮下に入るのもアリです」
「了解しました」
通信が切れる。同時にコロニー・ジャックの報告が入り、月面フォン・ブラウンに落着するルートでコロニーの移動が始まったことが判明した。アルビオンも追撃任務の中途で補給の為にドック艦ラビアンローズに移動したようだ。トロッターをアルビオンから分けて派遣することになるが、ラビアンローズでナカト少佐―――おそらくバスクあたりの差し金だろうが―――が手を出してくる事を考え、ヴォルガ級巡洋艦2隻はアルビオンに配属し、GP03の接収命令を出しておこう。
命令書を整えラビアンローズ及びアルビオンに送付し、念のためを考えてヴォルガ級巡洋艦配属のバイオロイド兵に、ナカト少佐が命令に従わない場合の拘束を命じておく。まぁ、これで良いだろう。あ、念のため、ルセット・オデビーの保護も忘れないでおこう。
作業を終えるとバージニアとの回線を開き、コッセルを出させる。
「第一任務群についてだが、本艦トロイホースは少々遅れるが、ラビアンローズにてアルビオンと合流する。コッセルのところにはシーマ姉さんが行くから、Nシスターズの防衛準備を整えておいて。恐らく、フォン・ブラウンへのコロニー落としを盾に、レーザー推進システムを用いた重力ターン加速に使うはずだから、連邦のヘボン艦隊にまわせる推進剤の補給準備もよろしく」
「へい、若!了解しやした!」
コッセルは勢い良く敬礼する。少々不恰好な船ではあるが、久しぶりのシーマ艦隊勢揃いである。背後の艦長席が通信中にも関わらず片付けられ始め(というか、取り外しが効くのか、アレ)、あのなつかしのトラ皮の敷物や大きめソファーが運び込まれる。手際が良すぎる。明らかにこちらの命令を予測して準備をしておいたな、アレは。
「……姉さん、前から聞きたかったんだけど。マレーネやガーティ・ルーの艦長席といい、あの大急ぎで準備されているアレといい、姉さんの趣味?」
背後を振り返らずにシーマ姉さんに言葉を向けると、呆れたようなため息が聞こえた。振り返るとわざわざ空涙を流して目元を扇で隠している。あの扇がビームコーティングに防弾加工を施され、先端がスイッチ一つでカミソリになるという純然たる武器である事を知っているのは、技術の星・青赤コンビ+海兵隊員+私だけ。まぁ、セニアとテューディが悪ノリして作成したものだが、なかなか気に入っているらしい。
「悲しいね、そんな趣味を姉に疑うなんて……んなわきゃないだろ。あいつら、何を考えているのか、私はああいうところに座ってなきゃいけないんだと譲らないんだよ。まぁ、すわり心地は悪くないし寝れるしねぇ」
「……姉さんがドロンジョさまで、コッセルがトンズラー。となるとボヤッキーは……ううっ、ポチッとなは魅力的だけど考えたくない」
「アタシの右側はいつでも空いているよ、トール」
トールは力なく笑うと次の考え事に没頭し始めながら艦橋を後にした。シーマはため息を吐くと、バージニアへの移動のために格納庫へ足を向けた。
最大限度、ラビアンローズの位置までであれば、月にとんぼ返りしても間に合うだろう。水天の涙が何処を標的にどのように開始されるかがわからない現在、実施されないことも考えておくしかない。船内の一室に戻ると月からのメールが届いている。どうやら、アクシズ先遣艦隊との連絡が付いたようだ。
報告は時系列に沿う形で、ここ3年のアクシズの動向が記されている。あれだけエンツォを邪魔する体勢を整えていたのに、ちゃっかり地上から脱出してアクシズにまで逃げ込み、強硬派の一角を占めていたようだ。但し、マハラジャ中将とケラーネ、ハスラー両少将を危険視して排除を試み、ドズル閣下の即断で追放されたらしい。
軍備はかなりの戦力を残してアクシズに撤退したため、また、居住区の拡張を一年戦争中から続けていたため活発になっており、ガザシリーズの生産数も多い。一方で本体の大きさを小さく抑え、追加装備の切り替えでタイプを変えるというズサ系の技術発展が進んでいるとのこと。資源的な問題は旧式のザク、リック・ドムを廃棄する形で補っているようだ。ゲルググのほうはまだ充分に実践に耐えうることもあってか、肩アーマーの交換でリゲルグに改装する案で戦力向上を進めているらしい。
艦艇の方はまだムサイ級が主力であるが、新型巡洋艦としてエンドラ級の一番艦が近く就役するとのこと。こちらもスペース的な問題が解決しないようであれば、ムサイの廃棄を進めて切り替える方針のようだ。ザンジバル級についてはアクシズと地球圏の定期運送に任務を限定して運用するらしい。
グワジン級については、アサルム以外のグワジン級をグワダン級に改装する工事が進んでおり、一から建造していたグワンバン級グワンバン、グワンザンの二隻を現在は艦隊旗艦として使っているらしい。1機の大型MA及び1個中隊のMSを搭載する、戦闘空母化を進める按配のようだ。
そして、最後のページ。困ったのはやはりドズルを避難させただけあって、大型MAの開発に研究が振り向けられている点だ。そもそも戦力の絶対数で劣るジオンが費用対効果を考えてMAに熱を入れるのは解っていたが、ドズルが避難した事で拍車がかかっているようだ。Iフィールドの実用化も、ゼロ・ジ・アールのそれを援用する形で実戦装備となり、大型MAの基本装備となるらしい。一年戦争中にかけた制限が、却って加速を誘発させたようである。……痛い失敗だ。
驚いたのはIフィールド・フィールダーという拠点防御用の装備が開発されていたことで、一定空域内にIフィールドを張り巡らし、その内部でのビーム兵器と一部実弾兵器の運用を不可能に出来るとのこと。この情報は貴重だ。フィールド内にアルトアイゼンで突入して大爆発とか目も当てられない。但し、運用には最低3機の大型MAで正三角形の陣形を組む必要があり、拠点防御にしか使えず、連邦がソーラ兵器を投入した場合には対応が不可能であると判明しているとのことだ。
しかし、実弾、それも徹甲弾か、実体剣のみしか対抗の仕様が無いと言うのは大きなアドバンテージだ。要塞攻略用の兵器を持ち出すしか対抗手段が無いと言うのも大きい。特機系の機体を用意するしかなくなって来たようだ。現在扱えるのはテューディだけ。セニアやラドム博士などに運用のためにポイントを使う必要がある。
アクシズでのニュータイプ研究については、一部フラナガン機関の研究者が避難している為、細々とではあるが、強化人間などの研究も行われているらしい。C.D.Aで開発を担当していたマガニー博士の所在はついに一年戦争中確認できなかったが、やはりアクシズにもぐりこんで研究をしていたらしい。レベッカ・ファニング、スミレ・ホンゴウ、ヤヨイ・イカルガの名前を確認した。
早速マガニー博士の暗殺及びスミレ・ホンゴウの確保と地球圏への移送、レベッカ・ファニングとヤヨイ・イカルガについての詳細な報告をまわすように指示した上で、マガニー博士のラボでの研究開発の状況を報告するように命令する。一旦命令を下せばバイオロイド兵の動きは早いが、命令以上のことは日常対応ぐらいしかしないため、こういう連絡がつけにくい状態には向かないが、それは仕方ない。
そして最後の項目、今回のアクシズ先遣艦隊の内容に目を向けた瞬間、私は頭をかきむしり、そしてすぐさま、私室を飛び出して艦橋に向かった。
「グラナダのマスドライバーを狙う!?」
ナタルの声が艦橋に響く。量子通信システムでトロッター、バージニアを結んだ"こちら側"の緊急会議の場で、ついに明らかになった星の屑・水天の涙作戦の全貌の最初の一端を話した瞬間のことだ。トールは頷くと作戦の全貌を話し始めた。
「今回のコロニー落とし、所謂星の屑作戦は、歴史どおりに北米の穀倉地帯を狙って仕掛けている。目的は地球上の穀物生産能力を減少させて、食料の宇宙頼みを加速し治安を崩壊させ、ドズル艦隊の地球圏侵攻の際の支持を確保する狙いがある。月面へのコロニー落としを仕掛ける事を陽動に、コンペイトウの第5、第7艦隊の残存戦力とパトロール艦隊の推進剤を消費させる点も同じだ。星の屑は変わりない」
その言葉にモニターに映る、トロイホース艦橋の誰もが頷く。
「しかし、水天の涙をここに連動させると事態は異なってくる。デラーズは、連邦軍の戦力が一年戦争末期に被害を受けなかったことで、多くの艦隊戦力を残している事を考え、対応される可能性を考えたらしい。だから、支作戦として水天の涙を組み込んだんだ」
そういうとトールはグラナダ近郊にあるマスドライバー施設の映像をモニターに出した。
「水天の涙作戦は、元々マスドライバー施設を使った、連邦の地球上の基地に対する攻撃作戦だった。砲弾なり質量爆弾なりを投下するためにはそれなりの大きさのマスドライバーが必要で、それはフォン・ブラウンとNシスターズ、グラナダにしかない。Nシスターズが第一次水天の涙作戦で攻撃を受けたのは、第一次の方が原作戦どおりに実行されたからだ。しかし、第二次のほうは違う」
モニターの映像が切り替わり、何かアメーバ状の物質が映し出される。
「第二次水天の涙作戦では、この生物兵器アスタロスが散布される。目標は地球上の穀倉地帯。このアメーバ状の物質がアスタロスで、正体はコケ類に類別される植物だ。しかし、繁殖力が異常に強く、散布された地域では組織的に駆除を行わない限り農業生産が壊滅する。プロトタイプで規定回数以上の細胞分裂を行えばテロメアに仕込まれた時限爆弾が爆発して枯死するが、最低でも2,3年は地球上の穀物生産が壊滅する。深刻な食糧危機の到来だ」
モニターの内容が切り替わり、もう一度グラナダ近郊のマスドライバー基地が映し出されるが、今度は赤い点―――ジオン軍の防衛計画が出ている。
「水天の涙作戦はマスドライバーを使用した地上へのアスタロス散布を目的とした作戦だ。もしこれが実施されれば、表面的なインパクトの大きさはないが、地球上の農業が壊滅状態になる。……救いは細胞分裂の速度が尋常ではないため、光合成の速度もそれに比例し、地球の熱汚染が一時緩和されることぐらいだ。環境回復と攻撃をあわせた"クリーン"な作戦というわけだ」
重いため息がその場を支配した。最悪の、タイミングであった。