なんとも情けない方法ではあるが、懸念を払拭してくれた先生と彼女たちにはお礼を言わなければならない。お礼は何が良いですか、と訪ねたところ、脇で聞いていた姉さんたちから「働きな、このおバカ!」とありがたい苦言をもらってしまったので、早速アルビオンが月面に来るまでの間、馬車馬のように働くことになってしまった。
勿論、その馬車馬のように働く間にも東方先生の「やさしい流派東方不敗」講座が続いているので、夜にズタボロになって寝台に横になることは変わらない。しかし、この頃はある程度レベルが上がってきたせいか、あんまり伸びが良くなくなってきている。
ちょっとした壁にぶつかっているような気がしたが、それを話すと東方先生がにやりと笑った。アレは絶対に何かを考えている目だ。すぐにセニアやテューディのところに行ったから、またぞろなにかを考えているのだろう。
「トール・ミューゼル少将ですな。初めまして、アナハイム・エレクトロニクスの常務をしておりますオサリバンです」
これから来るであろう修行と言う名の人間の限界への挑戦―――というか、既に限界突破して久しいのだが―――に頭を悩ませていた私に声がかかった。現在地はフォン・ブラウン市のアナハイム本社ビル。この会社、ジャミトフによれば、ティターンズ用MSとしてうちのジム・カスタムの丸パクリ商品であるジム・クゥエルを持ち込んできたらしい。
アナハイムにいちゃもんつける絶好の機会だし、ラビアンローズの使用とGP計画への干渉を考えて、商取引にまかりこしたわけである。勿論、ここでアナハイムにつぶれてもらっても困るわけで、アナハイムに宙ぶらりんになったジム・クゥエルの引き取り先を明示する目的もある。彼らにはエゥーゴの大口スポンサーになってもらわないといけないから、ここで揺さぶりをかけてみよう、と言う思惑もある。
「こちらこそよろしく、常務。妻は御存知ですか?」
オサリバンはヒゲ面に満面の笑みを浮かべて頷いた。しかし、ある意味芸術的な顔である。
「ミツコ・イスルギ……いや、失礼。ミツコ・ミューゼル専務にはいつもお世話になっておりますが、市場とはしては負け続きですな。ここ数年、地上軍向けに売り出されたリオン・シリーズに加え、今回、ジャミトフ閣下の第9艦隊向けに売り出されたリーオー。安価であそこまで性能を出せるMSばかり売られては、流石に我が社も形無しです」
世辞、いや、少しばかり本音も混じっているのか。笑みの口元が引きつっている。MS生産の経験こそ積んではいるが、ほとんどがライセンス生産ともなれば恨み言の一つも言いたくなるだろう。それが、RX計画を初期に主導したともなればなおさらだ。
本来なら、今GP社がいる位置はアナハイムのものなのだから。
「勿論、早速我が社とリーオーのライセンス生産契約を結んでいただいた件はありがたく。……本日は、そちらの御用件でしょうか?」
そのオサリバンの問に答えたのはミツコだった。首を振り、一枚の書類を取り出す。脇から中を見てみると、ジム・クゥエルのライセンス生産の契約書。ああ、なるほど、そういう形で収めるわけか。ライセンス生産料が結構な額である。いやぁ、これオサリバン常務首飛ぶんじゃないの?他社の計画丸パクリしたのがばれて、違約金含んだ契約書とか。
勿論、契約書を見たオサリバン常務の表情が一瞬硬くなったのは見逃さない。まぁ、モロバレとか普通ないですよね。
「現在起こっているデラーズ紛争の後を考えまして。アナハイムとは市場で共存する体制を考えておきたいと思っておりますの。流石にそちらも我が社の製品のライセンス生産のみで食べていくおつもりではございませんでしょう?」
ミツコさんは更に一枚の書類を取り出す。今度はリーオーのライセンス契約書。こちらはかなりライセンス生産料が押さえられている。これか、これがリアル『飴と鞭』とかいう奴ですか!いや全く恐ろしい。いくらなんでもここまでやりますか普通とか考えてしまうが、其処をやるのがミツコさんクオリティなのだろう。いや彼女ホントに経済系については半端ない。
オサリバンは破顔するとはげた頭を手のひらでなでた。
「それはそうですな!我が社が自信を持って送り出そうとしております、初のGM製品、ジム・クゥエルを如何にかして売り込みたいと思っております。どうでしょうかな?連邦軍の方で採用できますでしょうか」
出来ないことは百も承知であろうによくもまぁ、口に出せるものだと感心しつつトールはコーヒーを飲んだ。うん?美味いな。良い豆を使っている。話はまぁ、ミツコさんの方で勝手にやってくれるだろう、などと思っていたら、早速こちらに話を振ってきましたよ。遊ばせるつもりはないらしい。
「連邦軍は難しくても、コロニー軍は如何でしょう?ザーン防衛隊の軍備に含ませることは可能かしら?トール、そちらの方は如何?」
少し考えてみる。ザーンの財政状況は悪くない。多分、このまま行けば火星向けの食料品生産で潤うだろうし。ん?そういえば、この前テューディたちが農業用新型プラントの開発とか何とか話していたような。……人の知らないところで何をやっているのか気になったが気にしない。しかし、財政が許すなら、クゥエルはほしいだろうなぁ。
「……難しくはないでしょうね。連邦軍は独立した三共和国がそれぞれ別個のMSを使用して敵味方の区別をつけやすいように、と考えていますから。勿論、ジオン共和国以外はジオン系のMSは避けてもらう、という方針ですので、アナハイムさんがザーンにジム・クゥエルの供給をするというなら、止める理由は勿論ありません」
オサリバンはもう一度満面の笑みを浮かべた。
「いやいや、それは誠にありがたい話です。我が社もこれで初の量産型MSを送り出すことが出来る、というわけですな」
「内実はうちのジム・カスタムの治安部隊仕様ですがね」
とりあえず突っ込んでおく。オサリバンが大爆笑しはじめた。苦しげに腹をさすりながら膝を叩いて頷く。いやこの人本当に面の皮が厚いわ。ん?こういうのが経営者に必要な腹芸とかいうのか。否定する気にはならない。経営者というのは儲けて社員に給料やって何ぼである。
「ははっ、我が社があなたの会社の著作権を侵したことは承知しておりますよ。ですからここにおいでなさったのでしょう?まぁ、我が社も後がないですからな。GP計画を受注いたしましたが、貴社のリーオーの発表で、また量産型から遠ざかりました。リーオーの発展性の大きさを考えれば、後継機の開発も既に着手されていると考える方が自然です。我が社も、貴社との関係を深めることで更なる製品の質的向上を図りたいところです」
私はため息を吐き、ミツコさんは口元を優雅にゆがめた。まぁ、別に当たっていないわけではない。ティターンズが発足してトレーズ閣下がスペシャルズとか作れば、スペシャルズ向けにトーラスとか供給しようかとも考えていたし。もっとも、ムーバブルフレームを実用化しても問題ない段階まで技術が進まないといけないけど。考えてみたら、GP03ってそのためのテストベッドの可能性もある。
まぁ、飴と鞭を示しただけで話にならない。オサリバンから取れるものは取っておかないと。
「クゥエルの生産権譲渡の代替に、我が社に貴社が何を提供できると?」
「色々と。まずはこれですかね」
オサリバンは封筒から設計図の冊子を取り出す。表紙にはGP04の文字。失敗作―――というよりは仕様が被り過ぎで意味を失った機体、ガンダム・ガーベラだ。
「我が社で開発した、GP01の宇宙用高機動型と仕様がかぶりました機体でしてな。我が社のMS開発能力の程度を貴社に示すには好適の機体かと思いまして、今回、譲渡させていただきます。連邦軍からRX-78が回ってきたので開発させたものですが、やはり、あなた方が開発したゲシュペンストには劣りますな」
「御謙遜を。汎用型としてはともかく、局地対応型としてはこちらの性能を超えているかと思いますが」
「しかし、局地型では売れません。現状、我が社が自信を持って貴社に提供できる製品はこれぐらいのものです。ほとんどの運用結果はGP01に類似しておりますので、我が社にとって流出しても問題のないものでありますし」
ははは、と談笑する三人。なるほど、コーウェンが私を外してGP計画をやった事を知っているから、計画の詳細は渡せないけど、計画の一端は明かす、と。んでもって、コーウェンと私との間がギクシャクしているけど、アナハイムまで同じ穴の狢と見ないでくださいね的な御願いな訳だ。
「今回のクゥエルの恩は忘れません。また何かの機会に御社にはお返しを致します」
オサリバンは真面目な表情で一礼した。この人も、やっていることこそなんだが、自社の利益を考える企業戦士の一員である、という訳だ。ビジネスライクに考えるなら、こういう人間の方が付き合いやすいのかもしれない。人情とか下手に入ると収拾つかないからなぁ。
「今日は有意義な歓談をありがとうございました」
第49話
オサリバンと別れた後、ミツコさんと二人で本社を出ると、近くのカフェテリアに入る。名前は『カフェ・デュ・レステ』……どこかの会社から名前少し拝借していないか、とかこの時代にもこの系列店が出ていたことがある意味懐かしく、早速入ってみる。
待ち合わせも兼ねているので、早速昼食を頼むことにした。いろいろとパスタの種類があるが、基本ミート!ミート!ボロネーゼを頼んでみる。なんでミートソースといえば良いのにボロネーゼとか洒落るんだろうなどと考えていると、ミツコさんはブルーベリーパイを頼んだようだ。
ここで太るぞとか考えると容赦ないので放っておき、セットのコーヒーが来たところでこれから出てくる各勢力の量産機を如何しようか話し始めたところ、待ち人が来た。入り口からサングラスをかけたオフィススーツ姿のシーマ姉さんが近寄ってくる。どうやら、アナハイムから無事にGP04を受領したようだ。
「コッセルは?」
「港の輸送船に荷物を積み込んでるよ。まったく、なんだか変な気分だね、あたしがガンダムに乗るなんてさ」
だろうなぁ、姉さんにとってガンダムって基本敵だし。プルシリーズっぽく「ガンダムは敵だ!」とか叫んでも違和感は年齢……などと考えていると睨まれました。ゴメンナサイ。とりあえずフォローを入れておく。
「連邦にいるんだから我慢してくださいよ、姉さん。出所が解らないようにゴーグルアイにはしておきますから」
言われた姉さんの方はアップにまとめた髪が気になるのか、しきりにうなじを掻く。ミツコさんが姉さんの後ろに回ると、手際よく髪の纏めに入る。すごく手馴れた手つきで髪を結い上げていく。これ、メイクさんでも食べていけるんじゃないの?
「ありがとよ、ミツコさん。で、どうするんだい、トール。もう一つの方はあんまりうれしくない事態だよ」
もう一つの頼みとは、アルビオンが入港次第勃発するだろう、あの事件についてである。かなり妙な按配になっているようだ。
フォン・ブラウンの地下区画をくまなく探してもらったところ、ヴァル・ヴァロの姿もケリィ・レズナーの姿もなかった。戦後のジオン残党の動向を探っていて、確かに81年までは地下区画、ジャンクヤードにアナベル・ガトーと共に過ごす彼の姿を確認して入るが、ここ半年、姿を見せないらしい。原作でケリィの世話をしていた女性はジャンクヤード近くの定食屋でみつけた、とのことだったが。
これは、最悪ヴァル・ヴァロが既にデラーズ・フリートに参加していると考えた方が良いだろう。本来の歴史のようにコウ・ウラキが自信を失うような事態には陥っていないようだが、宇宙戦闘についての再訓練は実施されているようで、11月第一週をそれに用い、ソロモン海へ出撃するとのことだった。
現在、フォン・ブラウン宇宙港に停泊しようと向かっているアルビオンには、Nシスターズ宇宙港から2隻のヴォルガ級巡洋艦、ヴォルガ、レナが合流のため向かっており、搭載機のジム・カスタム6機、ジム・キャノンⅡが2機合流する予定だ。こちらはバイオロイド兵を乗せているため、コーウェン少将が派遣した部隊よりは効果的に援護が行えるだろう。また、ブライト・ノア少佐が乗るトロッターも、ネオ少佐や東方先生たちを乗せて出撃後に合流の予定だ。
「戦力的には如何かな。こちらもおおっぴらに戦力強化が難しいから。グリプスあたりになれば連邦軍内部の派閥抗争で、どっちもかなりの戦力を投入するから、MSの出所もかなり隠せるんだけどね。ただまだそういう時期ではないから。それに、アナハイムとつながりを作っておいたことは悪いことじゃない」
「……イスルギのご令嬢とミューゼル家のご子息ですかな」
急に声がかかった。声に振り向くと、横に禿頭の男を従えた壮年の男性がいる。アナハイムとの接触を行ったのは、勿論前に言ったような理由があるが、そろそろ、ある人物と直に接触しておくべきかもしれないと考えていたからだ。まぁ、もっともあっちから接触してこないようであれば、星の屑が終わったあとにまわそうと思っていたのだけれど。
「自己紹介が遅れましたな。ビスト財団代表、カーディアス・ビストです。ようこそ、フォン・ブラウンへ」
第一軌道艦隊所属、コロンブス級輸送艦「クリスマス」艦内のMS格納庫でトレーズは自分の機体を眺めていた。周囲には第9艦隊MS部隊所属の整備兵たちが忙しくリーオーの整備に働いている。連邦軍に新しく加わる第6種軍装―――第5種軍装はティターンズ用―――OZの制服を身に纏った男たちだ。
「ここでしたか、トレーズ様」
「ん、どうした、レディ」
レディ・アンは一礼すると報告を始めた。
「ミューゼル閣下への連絡が終了いたしました。トレーズ様の下―――第一軌道艦隊のベーダー大将宛にユグドラシル級砲艦を配備するとの事、受領を願う、と。また、我々OZは11月10日付で正式に第一軌道艦隊から第9艦隊へ配置換えとなり、ジャミトフ閣下の指揮下に入ります」
「そう、か。あの御仁もなかなか苦労しているようだ。もっとも、苦労が続くからこそ、私のような敗者を呼び出そうと考えるわけだろうね、レディ」
トレーズ様、と声を上げかけるレディを手で押さえてトレーズは続けた。
「この機体、トールギス。また会えるとは思ってもいなかったよ、ゼクスはいないが。しかし、腕前の良い兵士たちを集めてくれたものだ」
戦いの場にまた立てることは感謝しなくてはなるまい。それに、戦うべき意義を与えてくれたことにも。私が仕えるべき男は、その点においては不足ない。勿論、自らが最終的には敗者になる事を予測している点も。しかも、私とは違う視点で。ふふ、同じような事を考えたのにもかかわらず、解決方法が真逆の相手に私を配すとは、なかなかに人を見ている。
「一年戦争中から声をかけ集めていたものたちだそうであります。勿論、一人たりともバイオロイド兵は入っておりません」
「いちいち報告するまでもない。そんなものを入れるような男が、私のような男を呼ぶと思うかね、レディ」
「……注意は必要かと。先日も一人でジオン残党軍の基地へ突入したそうですので。存外、無謀な男かもしれません。確かに、私たちを呼び出した力は恐るべきですが、閣下が其処まで気にされる必要があるとは思えませんが」
トレーズは鼻で笑った。レディは心配性が過ぎる。しかしトール・ミューゼル。人を見る目には胡乱は無いようだが、自らに向ける目には胡乱がある、か。あの御仁もその点では真逆な性質を抱えているということだ。しかし、ああいう力を持てばデキムやデルマイユの様に手を汚さずに物事を運ぼうとするのがまた人ではあるが。ふふ、だから人とは面白い。
「それこそ即日、東方先生の拳が飛んだことだろう。心配するに当らぬよ。あの御仁の近くにはよき者たちが控えている」
「ならばなおさら閣下の専用機たるトールギスⅡをきちんと用意すべきでは!?中身まである程度デチューンされているのではせっかくの閣下の能力も発揮の機会を失います。また、アレだけの技術を保有していながら、その実戦への「レディ」」
レディ・アンの言葉を易しく止めたトレーズは何かを押す。言い終わった瞬間に艦内に地球の小春日和の最中のような、大自然の音が響く。いきなりの変化に周囲の兵員は戸惑うが、トレーズの姿を確認すると納得して作業に戻った。レディ・アンの眼鏡の奥の堅い表情がだんだん和らいでいく。それを確認したトレーズは続けた。
「兵士たちが命をかけるのが戦場だ。かけるに値する戦場で戦うのが兵士だ。技術で戦争を戦えないことは、ツバロフを見て理解しているだろう?少なくとも、あの御仁は自らの手を血で濡らす事を厭うていない。そして、少々の戦争は認めつつも、人類の精神的な発達を願っている。生まれ一つで人を色分けするなど、愚の骨頂。デルマイユは、そしてこの世界ではジオンがそれを解らなかった」
トレーズはまるで夢を見るかのようにトールギスを見上げた。
「我らは雄雄しく戦い続けよう。そして雄雄しく勝てば良い」