北欧、スカンジナビア半島の隣、コラ半島にジオン軍のHLV発射基地がある事をソフィー姉さんが伝えてきたのは10月24日のことだった。明日、もしくは明後日にGP02がアフリカから軌道上に打ち上げられるわけだが、やはり、地上のジオン軍残党もそれにあわせて軌道上に戦力を移すらしい。
基地が判明したなら北欧へ、判明しないようならアフリカ・キンバライトへ向かう予定で樺太からミデア輸送機に積まれてベルファストまで移動してきたが、どうやら無駄となることはなかったらしい。旧フィンランド、ロシア北部に存在する鉄鉱山の廃坑を利用して基地を作っており、衛星からの監視は発射口に被せたシートでごまかしていたようだ。
それが判明したのは張兄さんからの報告の後、急遽北半球に配備を移した偵察衛星によるものだったが、正直危なかったとのこと。隠蔽工作はかなり上手く行っているらしく、発見された理由もちょうど上手い具合にシートが雪の重みで坑内に崩れ落ちたためだ。
報告を受けた私は早速東方先生と共にゲートを使って樺太基地へ移動し、量産型ゲシュペンストをミデアに積載してベルファストへ移動した。今回、クーロンガンダムはゲシュペンストの近接格闘特化試作機として運用する事を名目に、ゴーグルアイとフェイスマスクを被せてガンダム顔を隠している。勿論ガンダムの象徴たる角型アンテナも取り払った。
久しぶりの地上部隊の出撃にネオ少佐やロックオン氏といった地上組は意気揚々だが、こちらはそんな気にはなれない。
「トール、こっち向きなさい」
声をかけてきたのは出撃に際し、月からゲートを通っての同行を強要して来たセニアだ。どうやら、システムの一件以来、避け続けてきた事を不審に思っていたらしい。そこに、ドルメルの件で何かを見透かしたらしく、ハマーンとミツコさんと相談の上で、こちらに質問をぶつけに来たそうだ。
正直、あの件に関しては自分が本当に恥ずかしく思えている。システムに半ば操られていたとはいえ、人間扱いせずに関係を結んだようなものだ。それに、その前は酒に酔っての結果。あれもシステムの介入があったと思うが、本当に自分が情けなく思えてくる。だから避けていたわけではないのだが、なんとなく彼女たちの前に出ることが恥ずかしく思え、それが結果として避けていたという訳だ。ああ、死にたい。
「……なんでしょうか?」
「何で私たちを避けるのよ。みんな我慢しているけど、話してくれないと解らないわ。……東方先生に聞いても、自分で尋ねるか言うまで待て、とか言って来るし。だから聞きに来たの」
その言葉に私は頭を掻き毟った。ああ、もうなんていえば良いのか。もう隠しようがない。
第46話
「バカじゃないの、あんた?」
「はい、その通りです」
セニアは呆れた。酒の件が出るまでの1年間付き合う中で、この男がハマーン・カーンとミツコ・イスルギという二人の女性と関係を持っていたことは知っていた。だから関係に踏み込むなど最初は考えもしなかった。けれど、ハマーンとミツコと仲が良くなるうちに、二人の抱える問題を解決してしまったトールという人間に興味が湧いたことは事実だ。
それに、ここはラングランやラ・ギアスとは何の関係もない。あちらの世界で感じた束縛感から自由になった喜びもある。実際、王女と言う地位は、王位継承権がなくても厄介なことこの上ないのだ。いや、王位継承権がないから余計だ。魔力のない役立たずとこちらを見てくるのはまだ良い方。基本的には何もさせてもらえないただのお飾りが出来上がるだけ。
ところが、ここではそんなことはない。心行くまで整備の腕を振るってくれと御願いされるし、実際好きに整備させてくれた。自分と一緒に呼び出されたらしいテューディも、イスマイルに乗って戦ったときよりもかなり温和になっていて、それが目の前で縮こまっている男のせいだとわかると更に興味が湧いた。
一番うれしかったのはデュラクシールの件。あそこでああいわれて、初めて兄さんの事件を吹っ切れたように思う。となれば、もう話は決まったも同じだ。御免ミツコ、御免ハマーン。別に誰に遠慮する理由があるわけでもない。ここにいれば、テューディとトール以外に私が王女であることを知っている人はいない。それは心細くはあるけれど、自由なのだ。だから、それをくれたトールが気になっていた。
しかし、それが果たして自分の意志だったか、と言われると確かにそうだ。もし私こんな手段に出る女だったなら、ウェンディとリューネに割って入っていって、マサキをめぐって喧嘩をしていてもおかしくない。トールの話どおり、私もシステムの影響を受けていたと言うことなのだろう。でも、それはシステムの責任であってトールの責任じゃないような気がする。それなのにこの男は、自分のせいだと決め付けているのだ。
「ホントにバカよ。システムのことまで背負い込むことないじゃない」
「……でもねぇ、私が呼び出さなければそういうことはなかったんだろうし。呼び出す際に趣味が入っていたのは否定できないんだよ」
その返事は好感触。別にこっちを嫌いになったわけじゃないと。応えないこちらを不安に思ったのか、次々に言葉が出てくる。
「整備が出来るキャラクターはいるけど、基本みんなMADじゃない?となると、その技術が流出しないようにしなくちゃいけない。流出には細心の注意を払ったけど、一年戦争でジオングを作らせようとしたらグレートジオングなんて出来ちゃったし、連邦がEXAM機と強化人間の量産を仕掛けてくる。となると、絶対欲しい技術を持っている人か、技術の能力はあるけど人格的に優れた人を考える他ないじゃない。勿論、流出したらヤバい技術は避けるけどさ」
「ハミル博士とラドム博士はわかるわね。あの人たちは基本PTだからMSに応用されたら危険だし。オオミヤ博士は?」
「基本あの人特機系だし。念動力まで持ち出されたら、下手に漏れての強化人間量産化が怖かった。実際、あの人の関わっているPTや特機に関しては、記憶の操作だとか念動力を上げる為の強化手術や訓練なんてのがあるし。コバヤシ姉妹なんて悲劇も良いところだよ。東方先生とアクセルを呼び出したから、来訪願ったけど」
「だったらカッシュ博士とネート博士は如何なのよ?あの二人のナノマシン理論なんて流出させたら本当にヤバいじゃない。記録映像で見た月光蝶なんて、再現が簡単になるわよ?」
トールはため息を吐いて同意した。
「そうなんだよ。だからそもそも火星でしか使わないはずだったんだ、ナノマシンなんて。ところが、火星の開発が進んで火星の開発情報が漏れ出したじゃない。おかげであの二人に来てもらって、発展しにくいナノマシンなんてものを頼む羽目になったんだ。……システムのせいにするわけじゃないけど、結構、技術の加速が怖いんだ。意図的に探られている節もあるし」
トールはセニアの反応を確認しながら続けた。
「キャラクターを呼び出す。働いてもらう。関係が出来て親しくなるのも良いけど、その人が存在することで別な可能性が生じてくる……ミツコさんなんて特にそうだよね?で、そうなると私の考え方からしてその人を消すなんていう選択肢は消えるから、呼び出した人間をどうにか存在させ続ける責任を持とうとする。でも、際限なく呼び出していったら本末転倒。だから呼び出す人間はよく考える。でも考えるといっても好みの問題や、自分が考えたその人の欠点なんかを思い始めるともう止まらない。……自分のネガティヴな考え方はあんまり好きではないけど、でもどうしても考えちゃうんだよ」
「あたしやテューディは如何なの?」
「セニアは信頼できるメカニックだし、デュカキスとデュラクシールを作った凄腕だよ。ぜひとも欲しい。特に、ガンダム顔に出来るということはMSの改設計もできるだろうから。実際、デュラクシールやヒュッケバインじゃお世話になっているしね。テューディの場合はやっぱりイスマイル。さっきも言ったけど、ナノマシン技術は流出したら取り返しが付かない。だからデビルガンダムは絶対に一時であろうとも存在することは避けたかったし、カッシュ博士も存在してナノマシン理論に何らかの影響が出るのが嫌だった。だから技術としては獲得していても、ナノ・スキンも使わなかったんだけど」
ふんふん、と私は頷く。色々考えているのだ、この男は。確かに、ナノマシンを使ってしまえばかなり楽になるが、それは技術の加速を促してこちらに帰ってくるということになる。結局は同じ土俵で戦うことになる可能性が高まるわけで、それを避けたかったと。呼び出した人間のこともよく考えている。責任とかうれしくなっちゃうじゃない。
「でも、ア・バオア・クーでゲルググで死に掛けたとき、やっぱり何らかの形で機体の再生の手段は手に入れておかなきゃならないと考えて、イスマイルにたどり着いた。用心してきた結果だけど、今回のシステムが明らかにした情報からしても、しすぎということはなかったみたいだし。それに、避けてきたのにナノマシンはついに避けられなかった」
私は頷いた。呼ばれた理由が納得できたのだ。好き嫌いあるかもしれないが、MADの度合いが低く、信頼できる人材で流出に関しては月面においておくことで可能な限り防止する。せめて一年戦争レベルには。まったく、そこまで頭が回るのに。こっちやハマーンの気持ちは考えないんだから。トールはまだ言葉を続ける。
「それに、こんなに一気に呼び出した理由は、やっぱりNシスターズが国家として独立したからさ。主権国家の力をバックボーンにした保護って、やっぱり強いんだよ。一年戦争までに呼び出さなかったのは、月が連邦のものにもジオンのものにもなりうる、不安定な立ち位置だったから。Nシスターズって言う帰るべき場所、もしくは巣とでもいうのかな。そういうのがまだ出来ていない段階で呼び出すと、引き抜かれての技術拡散が止まらなくなる可能性があったからね」
「もういいわ。そういうことなら納得した。許してあげる」
目の前で頭を下げて謝るトール。別にそこまでして謝る必要はないのだが、こちらがやきもきした分を考えれば当然だ。もう、いい男じゃない、ここまで考えて行動できるなんてさ。だけど、あまりにも一人で抱え込みすぎている。
「……ハマーンやミツコには後で謝っておきなさいよ」
そういうとセニアは整備台を降りていった。下まで降りると、振り返ってこう言った。
「……それと、あの時の話、ありがとう。まだきちんとお礼を言ってなかったわ。トール、アンタうだうだ考える割には良い男なんだから、自分にもっと自信持ちなさい!」
コラ半島の南カンダラクシャと北端ムールマンスクのほぼ中間にあるキロフスク鉱山基地は、元々露天掘り鉱山が多く、その露天掘りの跡地にHLVの発射台をすえつける形で建設された。勿論、HLVに対する欺瞞は充分に施してあり、上空からではまだ手を出していない鉱山地域にしか見えない様になっている。
セニアとトールがミデア機内で出撃前最後の会話を交わしていたのと同時刻、キロフスクではHLV6基が打ち上げを待っていた。6基に搭載されたMSはパーツ段階の物も含め合計20機。ウラル山脈レーダー基地攻撃、及び北米オーガスタ基地に攻撃を仕掛けた残党軍の精鋭部隊、インビジブル・ナイツも其処には含まれていた。
「アイヒマン大佐」
声をかけたのはインビジブル・ナイツ中隊中隊長、エリク・ブランケ少佐。勿論率いているのが中隊なのは、彼が元々大尉だからだ。一年戦争終了後、抗戦を続けるジオン残党軍ではいつの間にか、戦争中の階級よりも一階級上の階級を名乗るのが通念となった。それが敗れたことに対する報償か自己満足か、エリクは気にしていない。そういわれたからそう名乗る、そうとだけ決めている。
話しかけられた、キロフスク鉱山基地司令。元欧州方面軍北部ロシア方面隊司令オットー・アイヒマン大佐は振り向いた。表情には焦燥感が強い。無理もない。現在はジオン残党軍欧州隊とは名乗っているが、現在はMS40機ほどの大隊規模まで転落してしまった。オデッサ作戦初期に、ロシア方面の主力と分断されたことで戦力は温存できたが、続く3年の抗戦は、櫛の歯を削るように戦力を目減りさせていく。そこに、今回の軌道上への戦力移動だ。
この作戦が終われば、欧州にまとまった戦力としてのジオン残党はいなくなる。残党の残存戦力も潜水艦を用いてのアフリカへの移動を行う予定だ。
「ご苦労。貴官らの部隊には苦労させることとなる」
「いいえ。恐らく大佐こそ、これからを考えれば」
エリケは言った。打ち上げるMSはほとんどがザクⅡF型。欧州戦線は第一次降下作戦で降下したMSが多く、当然主力はまだ地上に対応していないF型だった。しかし、今はそれがありがたい。J型では宇宙で戦えないからだ。
既にこの基地に残る陸戦用は少ない。徐々に数をアフリカに移しているし、この基地自体もHLVの発射の後には放棄され、戦力はアフリカへの脱出を試みる。しかし、恐らくそれまでに連邦軍の部隊と交戦する事になるだろう。その場合、アイヒマンは降伏を決断していた。
しかし、戦力はなんとしても軌道上に打ち上げねばならない。
「いいか、少佐。私はなんとしてでも貴官らを軌道上に打ち上げ、デラーズ閣下の下に送りだす」
アイヒマンは言った。その言葉の強さに決意を感じ取ったエリクは、アイヒマンに尋ねる。
「閣下、どうされました?まるで、死ぬ事を覚悟しているような感じを受けますが」
「数日前からベルファストにいる部隊が、な。あのガンダムを作り出し、運用した部隊だ。現在はその完全量産型らしいMSを使っているとスパイから報告があった。君も知っている、タチアナ・デーア中尉からの情報だ」
エリクの表情が変わる。連邦に潜入して以来、何処にいるかも解らない幼馴染。その情報ともなれば確実だ。
「現在、デーア中尉は同じベルファスト基地に駐留する連邦軍部隊に潜入している。出撃を遅らせるための工作に入ると伝えてきたがやめさせた」
エリクはアイヒマンの言葉に頷いた。工作員は潜入が第一だ。長く潜入すればするほど、情報をこちらに送り続けることが出来る。下手に動いて素性が判明しては困るのだ。
それに、タチアナには無事に戻ってもらいたい。エリク・ブランケ個人としてはそう思う。エリクは少しの間そのように考えていたが、アイヒマンの言葉で我に帰った。
「君らの部隊は軌道上に打ち上げられた後、デラーズ閣下の指揮下で「水天の涙」作戦を実行せよ」
!?
「大佐、ただいまデラーズ閣下が行われている作戦は「星の屑」ではありませんか?」
「エリク・ブランケ少佐」
アイヒマンは言った。
「我々ジオン残党には後がない。連邦の戦力は強大な艦隊が数多く残っており、地上の施設も一年戦争ではそれほどの被害を受けなかった。ソーラ・レイで戦力のほとんどを焼き尽くしても尚、連邦の戦力は強大であり続けた。なぜか解るかね?」
エリクは頭を振った。いきなりの話の展開でわからない。
「人口だ。地球に現在居住する30億……いや、非登録人口を含めれば35億には達するだろう。この35億人によって生産される物量。これがジオンを押しつぶしたのだ。デラーズ閣下も私も、その点では意見が一致しておる」
この話はわかる。元々ジオンと連邦は人口と工業力に絶望的な差があった。
「「星の屑」の目的と「水天の涙」の目的は同じである。目的は地球。詳しくは軌道上に打ち上げられてからデラーズ閣下に尋ねるがよい。今回の作戦にあわせ、既にアステロイドベルトのアクシズからも援軍が向かっている。三年ぶりに、我がジオン軍は連邦に向けてその矛先を向けるのだ。貴官は、そこに地上のジオン軍を代表して向かうことを心しておいて欲しい」
「はっ!」