「これで、アフリカの目しか残らなくなったな」
目の前でブースターから激しい炎を上げて炎上するコムサイを確認しながら、グレートディヴァイデング山脈の山すそを覆う霧とミノフスキー粒子を目くらましにトールたちは再び身を隠した。
UC0083年10月14日午前0時20分。まだガトーたちはここまで到達していない。誰がGP02の奪取に来るかは気になっていたが、やはりガトーのようだ。アクシズには行かず、デラーズと行動を共にしているらしい。
「ジオンの通信を傍受します。二人は周囲の警戒を」
「心得た」
「了解」
コムサイの爆発地点から4キロ北西に離れた森林に身を潜める。コムサイをはさんでガトーや追撃部隊がいる南側でもないし、コースを変えて東方向に向かって海岸線に出ようと考えてもこちらには向かってこないだろう。ミノフスキー粒子も濃く、通常型センサーの友好半径が3キロ程度になっている。お、通信が来たようだ。
「ガトー少佐!コムサイがやられました!」
「何!?連邦の部隊がこの近くに展開しているのか!?」
そこから通信が小声になる。なにやら相談しているらしいが、ミノフスキー粒子が濃くて聞き取れない。量子通信システムはミノフスキー粒子の影響を大きく排除できるが、完全とは行かないためだ。
「よし、海岸線に出てU-801の回収を受ける」
レーダーに映る輝点が徐々に方向を東に転じた。地図を取り出して位置関係を確認する。現在位置はウェスタンクリークだから、海岸線までおよそ300キロ。最短で向かうとなると……ゴールドコーストあたりか。いや、少し北にブリスベンがあるから、其処からの連邦軍が来る。距離を取りながら追跡を開始すると、進路を北に転じた。
やはりブリスベンは避けるらしい。ディヴァイディング山脈沿いに北上して、人家の少ない地域に出るとなると……ケッペルベイ・アイランズあたりを目指すのだろう。あのあたりなら人家も少なく、地形も複雑だから身を隠しやすい。
「あたりは付いたか?」
アクセルが聞いて来る。先ほどのコムサイを竜王双撃で沈めたのは彼だ。出て行く暇すらなかった。やはり、修羅場を何度もくぐったエースパイロットは違う。
「多分。バイフィールド公園あたりを目指して移動していると思う。あのあたりなら人家も少ないし、基地もない。サンゴ海だから、波も幾分穏やかだ。回収には適していると思う」
「後続の連邦軍は如何する?」
東方先生が尋ねてきた。コムサイ近辺での戦闘に介入したため、現時点でトリントン勢の戦死者は基地襲撃の際のラバン・カークス少尉だけだ。バニング大尉、ディック・アレン中尉、コウ・ウラキ、チャック・キース少尉はまだ無事だ。編成も0083通り。
「ミノフスキー粒子を東方向に撒いてから撤退しましょう。そうすれば東、ゴールドコースト方面へ向かったと判断するでしょう」
「……流石にそれは考えまい?」
東方不敗は言ったが、私は頭を振る。
「ゴールドコーストならブリスベンと挟撃が出来ます。それに、どちらにせよこのミノフスキー粒子の濃度では見失う可能性の方が多いです」
「……だな」
アクセルも同意した。
「バニング大尉も任務の重要性は承知していますが、率いている小隊全員が戦争未経験であることは承知しているはずです。無理はしないでしょう。ただ、無理をした場合でも、この状態で追撃して追いつけるかは微妙です」
「トール、システムの件を合わせて考えてもそうか?」
う、と詰まる。改変の結果が関与次第と言われている。しかし、ここで関与しても後々の事例にたいした影響はない。
「いいえ、退きます。ここまでくれば、我々の機体を視認される方がまずい。さっさと引き上げて、アフリカに」
「良い判断だ」
東方不敗はうなずいた。
第44話
樺太に帰還した私を待っていたのはレンジ・イスルギと張兄さんの二人組だった。なんとも異色な取り合わせだが、脂ぎったオッサンと張兄さんの組み合わせは、どこかのヤクザ組織を思い出して少し笑ってしまう。基本的にアフリカから脱出するのであれば問題はないと考えているから、これから月へ戻る予定だ。話は早く済ませてしまおう。
「どうしました?」
話しかけられた二人は譲り合うが、まずレンジが口を開いた。
「閣下から命じられました、ジャミトフ閣下との接触ですが、上手く行きました。N6およびライプツィヒでのMS開発に参与することが決まりましたので、御報告に」
「で、レンジさんは何をジャミトフに流すつもりですか?」
「今回、閣下からタカクラ嬢やフィリオ氏といった研究者やテストパイロットとして妹のスレイ嬢、アイビス嬢の派遣をいただきましたので、まずリオンV型からの提供を始めようと思っております。ジオニックとの業務提携の話、グリーンヒル議員などのお手を借りまして、来年あたりには認められるそうでありますので」
あ、そうそうとレンジは独り言を言った後で言葉を続けた。
「閣下から御提供いただきましたラミネート装甲、あれを譲渡しようかと考えております。流石にフェイズシフト装甲はまずくありましょう?」
如何答えるべきかな、と少し困ってしまった。ミツコ・イスルギとレンジ・イスルギにそれぞれ連邦・ジオンの間をわたらせることがGP社に彼らを呼び出した目的だが、有望な投資先を見つけることに腐心するミツコさんとは違い、父親のレンジの方は投資先が絶対に安定している事を求める。
だから、ジオンに投資先を限定してやれば、投資先の安定化を目的にかなりの腕前を見せてくれると思ったが、やはりそのとおりになった。ジオン時代、彼の水面下でのロビー活動には本当に世話になった。N1を作ることが出来たのも、N1に地歩を固めることが出来たのも、彼の飽くなき安定化への模索の結果だ。
しかし、投資先が基本的に連邦となる戦間期~グリプスでは、この投資先が安定している点が問題になる。ミツコさんなら投資する部署を幾つかに分けるか、もしくは派閥ごとに分裂する方向に持っていって、新しい投資先を作り出すことに努力を傾けるだろうが、レンジの場合は投資先の更なる安定化を求め、投資している勢力の政治的な勢力の強化に腐心を始めるのだ。今回、ジャミトフ派に対してレンジを派遣した理由は、ミツコさんが私と結婚してしまったため。アレがなければ、ジャミトフとの折衝にはミツコさんが出向いていただろう。
システムの守らせるルールもあるから、こちらに逆らう真似こそしないが、結果としてこちらが困ることになるのは避けたい。ラミネート装甲は実弾中心の現在はまだしも、ビームライフル中心のグリプスになれば、その硬さを遺憾なく発揮するだろうし。
「……それについては少々、待っていただけますか?新素材としてのチタン・セラミック複合材の使用は許可します。ラミネート装甲の譲渡はジャミトフの勢力拡張の程度を見てから御願いします」
「仕方ありませんな。宇宙用MSの譲渡の件は如何致しますか?」
レンジは汗を拭きながら同意し、たずねる。現在地球はビュコック大将が宇宙軍総司令に転任したことで空いた第一軌道艦隊の司令職にダグラス・ベーダー大将が就任し、第二軌道艦隊のティアンム大将と共に北及び南半球の静止軌道上の警備を行うと言う防衛体制をとっている。
現在、連邦艦隊はこの他にコリニー提督の第7艦隊を現在、ソロモン沖に展開させているのみだが、来週発足するヘボン少将のコンペイトウ鎮守府艦隊とワイアット大将の第5艦隊についても、コリニー閥の手を伸ばして、宇宙での活用できる戦力として位置づけようとしているらしい。勿論ジャミトフにも直属の艦隊として、少将昇進後に第9艦隊の設立が噂されているが、恐らくレンジに要求したのはその第9艦隊向けのMSだろう。
「第9艦隊向けですか?」
レンジは頷く。新型MS。しかも、宇宙空間及びコロニー内での運用が可能な、暴徒鎮圧用MSだと言う。明らかに準備に入っているようだ。……ジム・クゥエルか?いや、ジムⅡの生産が始まっているからこれはコロニーあたりでないと使えない。
「……セニアやテューディ、ミツコさんと話す必要があります。返答はいつまでに?」
「急ぎませんが、今月中には。来月またキリマンジャロで会合の予定ですので」
私は頷くと張兄さんの方を向いた。張兄さんはレンジが離れるのを確認すると樺太の会議室に入り、入り口で警備する兵士に何事かを命令した。本気で盗聴を心配しているらしい。かなり重要だ。
「まずい事態になった。アデン湾の基地にあったはずのHLVが、恐らく北欧に流れている」
「は!?」
耳を疑った。北欧?ジオン軍?……あ!
「"ジオンの再興"か!?」
張兄さんは笑った。どうやら、ヒントとなる事例を出せば即座に知識が出てくる事が笑えるらしい。いやもうほんとスイマセン。僕ガノタですから。
「それはともかく、だ。HLVが北欧に運ばれたと言うことは、北欧から宇宙に上がろうとしている奴らがいるって事だ。心当たりは?」
北欧。ガンダムではほとんど描かれない地域だ。辛うじて第一次ネオジオン抗争から第二次ネオジオン抗争の間に、シャアが派遣した部隊があの辺りに降下したというぐらいしか記憶がない。しかしそれは90年あたりの話で、今ではない。欧州、近いのはロシア、中東……アデン?水天の涙作戦か!?
「……恐らく、ウラルのレーダー基地とオーガスタを襲撃した奴らだと思う」
「だとすると、お前さん、そろそろ当たりが付いてきたんじゃないのか、トール」
兄さんの言葉に頷いた。恐らく、水天の涙作戦と星の屑作戦はどこかでリンクして発生するはずだ。どうつながる?コロニーおとしとマスドライバー。両方とも地球に対する攻撃であることは確かだ。目的は?マスドライバーを使えるなら、ジャブローへの集中爆撃も可能だから、歴史の通りに北米の穀倉地帯を狙うよりも確実に連邦に損害を強いれる。
逆にそのまま穀倉地帯を狙った場合は?連発が効くから穀倉地帯を何度も爆撃可能だが、マスドライバーで打ち出せる質量でそんな事をやろうとすれば、月単位の時間が必要だ。ジオンへの批判を考えなければ、主要都市への無差別爆撃が出来るが、そんなことをすればマーズィムが広まっているこの世界ではジオニズム派は悪魔のごとく扱われる。
「ありがとう。ランドルフ少将に聞いてみる」
「よし。俺のほうでも追加であたりを引けるかやってみるが、あまり期待はするな。欧米系で固められてるジオンとはやっぱり相性が悪い。それに、N1での防諜もあるしな。バラライカは?」
「今は欧州に浸透工作している。ライプツィヒを監視状態に置くみたい。2回襲って当たりがなかったから、80%ぐらいの確率でライプツィヒだとは思うけど、やっぱり防御が固められてて工作に時間を避けないみたい。新型の投入を考えてる」
それがいい、と張は同意した。実際にPSを使用しての鉄火場の経験があるから、流石に近頃のハイッシャーの力不足は痛感している。ここ数十年お世話になったが、流石に辛い。
「だろうな。この頃はイカれた奴がワーカーを乗り回す時代になった。今使っている機械人形じゃきつい。大きさは大きくなってもかまわないが、20mmだけだと如何にも出来んことが出てくるようになった。新型は欲しい」
私は頷いた。さて、ランドルフ少将の所へ行かねばならない。張兄さんはいつもどおり、こちらに背を向けて手を振ると、悠然と去っていった。ああいう背中を見せられる男性になれれば良いんだけどなぁ。
その後、ランドルフ少将に北欧出撃の準備を進めるように御願いして月に戻った私は早速地上に送り込む部隊とジオン側として行動する場合の機体の用意に入った。月に戻ると、テューディが格納庫に新しいジオン製MSを用意してくれていたので早速向かう。
「MS-19ドルメル。これがあなたのジオンとしての機体よ」
またMADらしいというのか、マイナーなMSを持ってきてくれたものだ。しかし、ゲームの紹介で見たドルメルとは機体の細部が違う。どちらかと言えばジオン時代に乗っていたRFゲルググSに近い。テューディにもその疑問は通じたようで、疑問に対する答えをくれた。
「正式な型番はOMS-17RF、リファイン・ドルメル。性能から言って、グリプスの初期あたりまでは使えると思う。武装はビームライフルとビームセイバー、後は他のMS手持ち武装を流用できるようにしてある。武装の強力化よりも生残性と隠密性に特化させてあるわ」
なるほど、と頷く。ジオン軍として行動する場合、絶対に連邦軍やティターンズは数で攻めて来る。となれば、当然生き残るためへの技術投資が必要になってくるわけだ。不死設定は持っているけど、だからといってデスルーラを強要されるのもなんだ。
「海兵隊の方はRFゲルググでよいでしょ?あのまま流用すれば、普通に使えるし」
「そうだね。姉さんもガーベラの改造型で良いと思う。……ところで、何故隣に見慣れたゲルググがおいてある?」
ドルメルの隣には、一年戦争時、ア・バオア・クーで撃墜された―――自分で壊したはずのRFゲルググSがおいてある。
「トール・ガラハウ少将のネーム・バリューってすごいのよ?」
後ろから声、セニアだ。
「ミリタリー・マガジンだけじゃないわ。ジオン共和国の軍人たちの間では、連邦との休戦協定を取りまとめた武人の中の武人なんて讃えられているし、ジオン残党の中でもあのギレン暗殺犯、キシリアを排除してデギン公王を守り、連邦からサイド3を守っただけじゃなく、指揮下の部隊が指揮官を失ったにもかかわらず友軍の撤退を援護、残党を各地に逃がした、なんてね。マガジンが"最後の勇将"なんて持ち上げるだけはあるわ」
名前が一人歩きしている。嫌な感覚どころの話ではない。これで蝙蝠などということが判明したらどういうことになるか。そして目の前の機体を用意したということは、その蝙蝠に戻れというつもりなのか?
「あなたに蝙蝠に戻れというつもりはないわ」
テューディは言った。
「でも、あなたにはいつか、トール・ガラハウにならなくてはならない時がやってくる。トール・ガラハウとして介入しなくてはならない時が、ね。その時のために用意しておくの」
セニアは頷いた。
「前もって用意しておかないといけないわけじゃない?調整もあるし。デュラクシールとステッペンウルフの調整も一段落したから、ね。それからどう?久しぶりのゲシュペンストの使い心地は?レベル上がったんだから、前よりも軽く乗り回しているんでしょ?」
セニアが話の矛先を変えてくれたようだ。セニアの心遣いが痛く感じる。テューディが突きつけたとおり、おそらく、またどこかでトール・ガラハウとして活動することになるのだろう。しかし、それは出来うるなら避けたいと考えていた自分がいるのも確かだ。
これからの歴史と言うのは、恐らくジオンと言うテロリストやゲリラに零落れた勢力で戦っても意味はないのではないかと思っている。政治工作の一環として、リリーナ・ピースクラフト嬢、シーゲル・クラインを欧州選挙区へ派遣し、84年の総選挙での出馬を準備させている。しかしこれも連邦で、ジオンではない。
ジオン共和国の情勢についてはセシリア・アイリーンからジオニック社を通じて情報が入ってきているが、第一連合艦隊はサイド3を動けないらしい。デラーズの行動がアングラメディアを通じて市民に流れているらしく、戦争を知らないサイド3の市民は、連邦への反体制運動を加熱させているらしい。実戦経験はア・バオア・クーだけ、という学徒兵あがりも同調し、批判的なのは戦争を実際に経験した帰還兵だけだ。
本音を言えばリリーナとシーゲルは政治的な思想が私と決定的に合わないし、どちらも親族・友人にテロリストを抱える問題の多い方々だ。勿論テロリストの方は呼び出していないが(呼び出せといっても断るつもりでいる)、とりあえずリリーナ嬢には護衛としてルクレツィア・ノインを、シーゲルの方にはダコスタ氏を呼び出してあるからよしとしよう。政治的には意見が合わないが、移民問題評議会のお歴々や、こちらの邪魔をしてくる連中よりは随分ましだ。
当然、二人にもテロリズムに類する行為を行った瞬間に強制送還を行う、必ず周囲の人間がやろうとしたら止めること、と念を押してある。念を押しても手を変え品を変えやりそうなバルドフェルド氏や、消せないほどの名声を得そうなラクス嬢は絶対に出せない。いや、出さない。後始末だけで如何にかなってしまいそうだ。ミリアルドは如何だろう?
それにティターンズに対する浸透工作も考えねばならない。レンジからの追加報告を待って、動きにうつろ、ん?気が付くと、セニアが不満気な表情でこちらを見ている。……正直、システムとの一件を考えるとあまりまともに顔を見れない。事情は如何あれ、システムの介入を見抜けなかったのは私の責任だ。
「人の話し聞いているの?」
「……すまん」
私は微妙な視線をセニアに送った。何か気づいたようだ。いけないな。考えていることが顔に出たか?