ジオン軍残党との戦闘がアフリカ各地で散発的に生じる中で0080年が終わり、翌年に入ると政治的な動きが連邦内部で活発化した。まず5月28日にアステロイドベルト、小惑星アクシズに到着した公国軍残党はそのまま先行していたドズルの指揮下に編入。ドズルの脱出にゼナなど家族が同行していないことに列席の将官は驚いたが、アクシズまでの長旅に耐えず、と説明し、地球圏に残してきた事を伝えると、地球圏への帰還がやはり、第一の目標となったようだ。
連邦側では10月の定例議会で連邦軍の再編成計画が持ち上がり、これに基づいてRGM-79RジムⅡが以後の汎用主力機として選択された。設計図はAE、GP両社に配布され、戦後の企業再生計画の一環として生産が開始されることとなった。
10月1日、火星のテラフォーミング第一段階が終了。火星極冠のドライアイス、氷塊層の融解が終了し、火星に水が出現した。大気状態は二酸化炭素濃度が濃い(95%)であることは変わらないが、極冠に対する太陽光反射ミラー照射によって惑星内部の地殻変動が再開。自転速度が向上し、地表の大気圧が地球とほぼ同じ920hpaまで上昇したことによってスケールハイトも8.5kmまで減少。大気組成の変更をかければ、地球とほぼ同じ重力条件まで向上しているため、恒久都市の建設無しでも居住が可能ではないか、ということまで示唆され始めている。
これを受けてGP社は火星恒久都市の建設と、火星の大気に対するナノマシン散布によって二酸化炭素の分解を開始、また地球やアステロイドベルトより窒素を採取してこれを投下し、大気組成の変更を行うことなども示唆している。また、藻類の繁殖によって炭素を植物などの形態に固定して酸素濃度を増やすなどの案も出されている。
いずれにせよ大気組成の変更などに関しては長期間を要する為、GP社は火星の継続的開発を行うため火星初の恒久都市"セントラル・マーズ"建設を行うと宣言したのであるが、このニュースは久々に地球圏にマーズィムの記憶を呼び覚まし、サイド4や他のサイドなどは、独立よりも火星への移住を考えるべきではないか、などの意見が出されている。
11月の補正予算審議の中ではGP社との開発環境のバランスをとるため、としてジョン・コーウェン少将の指揮下でアナハイム社が「ガンダム開発計画」の担当企業となる事が決定。GP社はこれに対して反発したが、戦争中および直後に巨利を得たことから、ジオニック社との合併交渉が結局上手くいかなかったAE社に開発計画がいく事が決定された。
同月にデラーズ・フリート、AE、GP社との接触が行われ始め、またデラーズ・フリートがアクシズとの協力関係を確認し、勢力を強化する。AE社は暗礁宙域におけるデラーズ・フリートのモビルスーツ生産力の獲得に協力し、性能は落ちるものの、MS-21Cドラッツェの生産能力をデラーズ・フリートが獲得することとなった。
年末に、アフリカのジオン残党がHLVにて月面に達し、マスドライバー占領を目的に第一次「水天の涙」作戦を開始したが、月面駐留の連邦月面第一艦隊がこれを殲滅。一年戦争後期に「第13独立艦隊」として戦線各所で活躍したその実力が維持されている事を喧伝した。
明けて0082年。1月1日にサイド1がザーン宇宙共和国として独立を宣言。連邦政府に宙間軍事力を制限された形ではあったが、主権国家としての独立を果たす。共和国初代大統領はブライアン・ミットグリッドが就任した。また月面にて極冠都市連合「Nシスターズ」が同様に独立を表明。同じく連邦に宙間軍事力を制限され、且つ又連邦月第一艦隊の駐留基地として運用する事を安全保障条約にて締結。初代大統領にマイヤー・V・ブランシュタインが選出された。
宇宙空間にNシスターズ、ザーン、ジオンの三共和国が成立したことはスペースノイドの地球連邦に対する反発を弱め、戦争の被害の回復を図ることで独立への動きが加速することになるが、一年戦争でジオンに協力したサイド6、大きな被害を受けたサイド2、サイド5は復興計画の対象に組み入れられ、計画終了まで独立は制限されることとなった。
残るサイド4であるが、人口が連邦の規定規模(20億人)に達していないとして連邦政府がこれを拒否。独立を宣言する場合は連邦政府に対して保有する債務の消化が条件として盛り込まれた。地球圏は復興と拡大の時代に入り、急速に戦争前の平穏を取り戻して行くこととなる。
第40話
ナタル・バジルールは不遇である。これは世の摂理なのか、それとも前世の宿業なのか。いや、実際トールが使いどころがないために忘れていただけである。現在の彼女の所属はロベルタ率いる武装メイド隊主計課長。世が世なら戦艦の艦長職が花形である彼女も、ブライト、シナプス、ヘンケンのUC名艦長グループの追い込みには勝てなかったと言うわけだ。
しかし良いこともある。ナタル・バジルールの士官としての地位が定まらなかったおかげで、彼女は若々しくメイド業をこなしているだけでよい。それに、全く違う環境で人を使うことは、軍人としてしか人間を使ったことのない彼女をある意味成長させていた。
勿論、ロベルタやアンネローゼの薫陶よろしく、その種の趣味に目覚めていたことも確かではあるのだが。
「お帰りなさいませ、坊ちゃま」
「……ナタル、それ嫌味だろ?」
ラインハルト・ミューゼル18歳である。本年、目出度くナイメーヘン士官学校を卒業し、少尉に任官して月の実家に帰省したのだ。予定では、このまま兄の第一艦隊に砲術士官として参加する予定だ。勿論、もはや坊ちゃまと呼ばれる年齢ではない。
フェザーペッティングも良いところの配置だが、ラインハルトも兄のトールもアンネローゼの言うことには絶対服従である。年長の姉、ソフィーもシーマもアンネローゼに逆らわないことがそれを証明しているのだ。その姉が「ラインハルトと久しぶりに会いたいわ。そろそろ一緒に暮らしたいの」とか言い出したんだから従う他はない。
姉の趣味の矛先を自分に向けないこと、これが兄トールの第一の行動基準である事をラインハルトはよく知っている。とか何とか言う割にはあの兄も姉には甘いんだけどなぁ、とラインハルトは改めて思う。姉の主催する孤児院業に、株や資産運用、開発権の譲渡などによる利益をかなり突っ込んでいることからも確かだ。
さて、一年戦争中からこの時まで、ナイメーヘン(一時期ジャブロー)という平和な世界でラインハルトが軍人教育を受けなおしていた理由は、MSという全く違う戦術単位による戦闘が主流となるこの世界に適応するためである。宇宙に広がる大艦隊の指揮、という宇宙世紀に比べると戦術的な動きが制限された状態での会戦こそラインハルトの得意とするところだが、この世界ではその常識は通用しない。
まぁ、一番の理由は幼くなってしまった彼が、先に幼年期を脱してしまった兄の分も姉たちのショタっ気の犠牲になることが嫌だった……という笑うに笑えない事情が真相だ。6歳のときに女装をさせられた際には、兄のトールに写真に撮られ、保管されてしまった。当然、脅しの材料とするためであることは言うまでもない。
ちなみに、この写真を発見したハマーンが激しい嫉妬と一縷の望みを感じたことも言うまでもない。勿論、その後で詳細を知った彼女が、「男に負けた……」とへこんでいたことも忘れてはならない。おかげで、カーン家の次女との仲は最悪だ。
Nシスターズの中心都市N1、中央部地下の一角に広がる大規模居住スペース、その大部分を占めるミューゼル家の敷地は広い。外見は豪華そのものだが、玄関から入ると西側の一棟はえらく地味に―――日本風のマンション形式に作られている。兄のプライベートスペースだ。
アレを見るたびにラインハルトは思う。日常ふざけ過ぎが過ぎる兄も、ああいう謙虚で慎ましい所があるのだと。風聞で大富豪の女性と結婚したことが士官学校にも流れてきたが、きっと兄のそういうところに惹かれた女性なのだな、と尊敬の念を湧かせる。実際はトールが暮らしていた部屋よりもよほど豪華で、単に小市民な彼がアレ以上の贅沢では落ち着かなかっただけだが。ここらへん、やはりラインハルトも貴族の坊ちゃまである。
邸内に騒がしさが生まれた。妹たちの参上だ。同年の妹セレインは既に兄の艦隊に配属されているとのことで、一流のMSパイロットとなっていることを聞き、少しうらやましく思う。自分も早くあの星空の大海へ戻りたいものだ―――そう思えてならない。ちなみに、セレインが彼の代わりに士官教育を受けるべく、学校に通うことも聞いていた。月面に新設される月第一士官学校というらしいが、この家からそれほど遠くないことがうらやましかった。
さて、あまり高くないつくりの一角、兄が待っているはずの私室の前まで来ると、ナタルは一礼して戻っていった。ヘンケン少佐という人がブレックス准将付きの参謀に栄転したので、次の艦長こそ私が、と意気込んでいると姉アンネの手紙にあった。幼いときから世話になっているから、ぜひともなってほしいものだ。
そんな思いを胸に、ある種尊敬する兄の部屋へと続くドアを開けた。そして彼は、この日、別な意味で兄を尊敬することになる。
望んで修羅場に入るなど、酔狂が過ぎるにもほどがある、と。絶対に私には真似できない。さすが兄上だ。
一方、そんな風に弟ラインハルトに見つめられたトールの方はどうだろうか。
何か、変に目をキラキラさせながらこちらを見てくる、数年ぶりに会う弟ラインハルトにちょっと引いてしまった。あれ?おかしいな?この家に戻ると言うことは姉さんズのショタ狂いの犠牲になること決定な訳だから、こいつ嫌がっていたのになー。まぁ良いや。忘れているなら嫌でも思い出すだろ。
久しぶりの家族団らん―――新しい家族がまた増えていたが―――を楽しんだ後は、また別れてそれぞれの仕事に戻っていくこととなるが、この家族団らんも仕事と無関係ではいられなかった。まず最初に出てきた問題が、最初にして最大の重要案件となった。「GP計画」である。
一年戦争時、ガンダムの開発計画であるRX計画を初期に主導し、RX-77ガンキャノンまでを制作したのはアナハイムであった。しかし、RX-78ガンダム以降の開発は樺太基地で行われたため、MSの開発能力に際し、樺太基地の後援者であるGP社に大きく水を明けられる始末となった。
それは一年戦争中のジムの生産台数にも表れており、ジム改、ジム・コマンド、ジム・カスタムと次々と新型機を送り出す樺太基地、そしてそれを生産するGP社と、中・長距離支援MSであるガンキャノン、ガンタンク各型および改修機ジムキャノンを生産し、ジムなどはライセンス生産だったAE社を比べると、戦後のMS軍需市場におけるパワーバランスは、最初からGP社に傾いていた。
起死回生の重力下浮遊MSもGP社のリオンシリーズが選択され、AE社は連邦政府からのGMⅡの受注生産と一年戦争中に生産したMSで、まだ使い続けられているものの補修部品の生産ぐらいしか、MSの生産は行えていなかったのである。
AE社は、GP社に水をあけられたMS開発能力を互角程度までにするには、MSの代名詞ともなりつつあるガンダムの生産能力を持つしかないと決め、積極的なロビー活動の下、今回GP計画を担当する企業に自らを売り込んだのだ。なぜかコーウェン少将がこれに賛同を示して、人のところからRX-78を持っていった。
問題はないのだが、コーウェン少将の動きがちょっと変だと感じたので、今調べさせている。
「まぁ、もっとも潰すわけにもいかないし、放っておくとまたぞろなにか考えてくるからそろそろMSの生産を何か受注させないといけなかったんだけど」
とトールは言った。目の前でお茶を飲んでいたミツコが頷く。
「……そもそも、今のアナハイムにGMⅡ以上のMS、生産できますの?このごろリオンの売り込みに忙しかったせいでとんとそちらの方には疎くて」
バラライカは難しい顔をして何枚かの写真を取り出した。出てくるのは如何見てもジオン系のMS。見てみると、ペズン計画系の機体が多い。……ガッシャか、これ?こっちはドワッジ?アクトザクは実用化されていたから入っていないようだ。
「色々と苦労の後はうかがえるのだが、正直、試作機が多くてどれだ、とは言えん。連邦に採用を目指すならGM系のはずだろう?GM系の生産経験が少ない今のアナハイムだと、対応できないんじゃないか?」
お手上げ、とでも言いたいのだろう。確かにこんなに開発計画が錯綜していてはどうしようもない。しかし―――
「だからこそ、GP計画か。素体の生産能力を上げないとどうしようもない、と。確かに、現在の主力のGMⅡは出力が1500kwクラスだけど、試作機で考えれば、最低2000kwの出力に耐えられるようにしておかないといけないしな。逆に言えば、技術を全部放り込んでそれだけの試作機を作れるメーカーになれば、量産機でも性能高いのが作れるようになる、と見越しているわけか」
そうそう、とセニアが参加する。テューディは相変わらず研究室に篭ってMAD道一直線だ。専用機についてあれやこれや議論していたら、ついにブチギレしたらしく「アンタにうんと言わせる機体を出してやるから待ってなさい!」とか言って研究室に篭ってしまった。……後が怖い。
「こっちはトールのおかげで先の製品の動き方も性能もわかるし、開発する機体にしたって開発費は実質タダだから、アナハイムに勝ち目はないわ。かかる費用って言ったら、整備マニュアルや専用工具、予備部品や武装の開発だしね。そうしたこっちの利益から考えると、AEにはそろそろ餌をあげないといけない時期に来ていると思う。あ、……ミツコ、アンタかなり儲けているでしょ?」
う、と図星を突かれた様にうろたえるミツコさん。あれ?別に儲けても結局うちらの勢力のものなんだから良いんじゃないか、とか思っていたら、セニアが言葉を続けた。
「アンタ、「トールの生きるお金は私が全部出しますの!」とか言っているけど、儲けたお金、結局トールのおかげでしょ」
頭痛がしてきた。こんなところまで修羅場発生か。TPOを弁えようよ。これかっ!……これが"修羅場決定"技能か。というか、いましているのは真面目な話なんだが、と思っていると私よりも先にソフィー姉さんが切れた。
「セニア、ミツコ!ふざけるのはそこまでにおし!」
そのあとに何かが起こっているらしく(知りたくないのでみんな目をつぶっています)絶叫が響くが今のソフィー姉さんに逆らう人間は他にはいない。久しぶりにキレた姉さんを見たラインハルトが蒼ざめている。あいつなぁ、元の銀英伝ばりの傲慢キャラで姉さんに「見せて貰おう、私の姉を名乗ろうとする者の手並みを!」とか迫ったらごっつい修正食らっていたからなぁ。スペツナズの流儀は精神に退行現象まで生じさせるらしい。どこの天使のわっかだよ……まぁ、いいや。望み通り12年前に戻れたんだ。話を戻そう。
「となると、GP計画にメスは入れられないなぁ。……核ガンダムかぁ、避けたいんだけど無理だろうなぁ」
嘆息しながらトールは言った。リック・ディアスにしろネモにしろGP02にしろ、アナハイムの80年代前半の主要MSは基本、ZIMAD社の設計が基本だ。ジオニックを買収していないとはいえ、グリプス戦役の最初期は、基本歴史そのままだろうと判断出来る。
連邦軍の開発関係は基本樺太が握っているから、このままいけばムーバブルフレームの開発・保有もこちらが行うことになるんだろうが、となると変形系MSの開発運用も握ることになる。ティターンズの戦力を弱めることでグリプス戦役の基本的な流れが変わるの避けたいが、そうしたMS開発による蓄積が後々生きていく事を考えるとやめるわけにもいかない。
ジオン側、ねぇ。今回の0083でジオン側で動くメリットは少ないなぁ。地球にコロニー落としてもGPマイナスが来るだけだろうし。よし。
「シーマ姉さんの艦隊はジオン側としては死蔵する。シーマ艦隊分の戦力が不足するから、デラーズには地上のジオン残党の脱出の手はずを整えてやろう」
シーマがそれに頷く。元々デラーズ紛争にジオン側で参戦するつもりはない。口実もあるし、いくらでも乗り切れる。しかし、それはある程度まで状況をコントロールできなくなることでもある。ここでトールは、今回の0083において、基本連邦軍側のみで介入する事を決定した。
「で、姉さんたちにはミューゼルの名前で連邦軍の軍籍を用意するから、基本それで行動してください。ソフィー姉さんと張兄さんには、久しぶりに動いていただきます。5.45mm弾でも9mmパラベラムでも12.7mm砲弾でも良いですから、黒い服着たお調子者の集団を思う存分教育してあげてください」
頷くシーマ、バラライカに張。
「東方先生は……良いですか絶対に月からここから出ないでください。あなたが生身で宇宙空間で行動できるのはわかっていますがそういうのはUMAといって人間とは言いません。頼みます話がややこしくなるので絶対に出ないでください」
顔も見ないで呪文のように言うトール。憮然とした顔で東方不敗は頷いた。ポイント制限で行動範囲をN1限定にしてあるけど、こう言っておかないとこの人はチートを無視して行動しそうで、いや絶対行動するだろJK。
0083年までの基本方針として、新しい量産型MSの配備と専用機の開発が出来次第、ムーバブルフレームの開発を行っておくことで変形型MSに対応できる体勢を整えておくことで決まり、ゲシュペンストを主力、ブローウェルを支援機として基本構成とすることが決まったのである。