12月24日午前9時半。ア・バオア・クーへ向けて漂うゲルググの後を追って要塞に侵入したセイラ・マスは砲撃によって生じた裂け目に機体を軟着陸させると機外へ出た。見上げると、砲撃はまだ続き、所々に星のような爆発がきらめく。
「白兵戦?モビルスーツの上陸が始まっているの?」
銃を構えると要塞の内部へ。兄の姿を追い求め、だんだんと要塞内部に入り込む。通信が入った。近くにジオン兵!?周囲を確認すると、前方の通路に人影。すぐに近くのへこみに姿を隠す。
「隔壁をさっさと閉鎖しろ!敵に入られでもしたら適わんぞ!」
「制御系をやられました!復旧中です!」
会話を確認すると、ここはこれから放棄される区画らしい。ほっと安心したところに衝撃。身を崩して通路のほうに体が投げ出されてしまった。いけない、気が緩んでた!?
「急げよ!奴ら、まだまだ来るぞ!……!?連邦の兵だな!銃を捨てろ!」
命令を出していたらしい技術兵がセイラを見つけ、持っていた銃を彼女に向けた。
拘束された彼女は銃を突きつけられたまま、兵員たちのための大気区画となっている要塞中央部へ向かう。
「前を空けろ!連邦の捕虜を連行しているんだ!あけろ!」
「連邦軍の捕虜!?」
「女だ!」
その言葉に女っ気の無い戦場でたまるものがたまっていた兵士たちが反応した。ここにいる兵士たちは宇宙空間にノーマルスーツだけで飛び出す要塞設備の整備兵だ。頑健な肉体が要求されるため、女性がどうしても少なく、また入ってくる女性もほとんどがオペレーター業務にまわされるため、当然離れて勤務する。となれば、こうなるわけだ。
「いい女だ!おい、こっちにこい!」
「俺にも触らせろ!てめぇ、どけ!」
騒ぎが大きくなり、何とかして欲を晴らそうとセイラに次々手が伸ばされる。そこに大声が響いた。
「バカども何をしているか!」
親衛隊専用のノーマルスーツに身を包んだランバ・ラルが怒鳴った。セイラの顔が意外そうな表情に変わる。まさか、こんな場所で出会うとは思いもしていなかったのだ。ランバ・ラルは戦争が始まって以来、ガラハウ艦隊とア・バオア・クーの連絡士官としてここにあり、新兵たちの訓練教官を続けてきた。
「ガラハウ少将閣下の御到着である!何事か!?」
「はっ……連邦の捕虜を確保いたしまして」
ランバ・ラルが鼻息荒く、そぶりだけで顔を見せろと求める。頷くと顔を上げさせた。ラルの顔が驚きに見開かれる。背後に続くハモンも同様だ。
「まさか、ひっ……ひっ!」
「大尉、何をしているか!?」
後ろから若い男の声。話に出ていたガラハウ少将か、とセイラはそちらを見た。また、見知った顔が出てきた。それと共に、ガラハウという名、ミューゼルという名、トールという名が記憶と共に彼女の中で一致した。そして思い出す。幼い日に、母を連れ帰ってくれた少年の姿を。母との最後の2ヶ月を自分たちにくれた、名前しかわからない少年を。
「トー……」
「話はわかった。貴様らはさっさと仕事に戻れ!この捕虜はラル大尉が私の立会いで尋問する!」
「文句があるなら俺たちと一戦やってみるか!?」
ずるい、という声が後ろの整備員からも上がりかけるが、コッセルの怒鳴り声で静まり返った。同時に叫ぶ兵士たちを後ろから続く海兵隊とラル隊の猛者たちが獰猛な笑みで出迎える。コッセルが言葉を続けた。
「馬鹿野郎!ハマーンさまの前で若が馬鹿なことするわきゃねえだろうが!若は立派なロ……」
「……コッセル」
若い男は顔を手のひらで覆うともう片方の拳を大男に振り下ろした。いい音と共に頭を抑える大男。引きつった笑みを浮かべながら、男は苦笑しながら言った。
「……いい度胸だ。本当にいい度胸だこの野郎。何を見ている!さっさと戻れ!」
見ると、確かに腰に女の子が張り付いている。セイラは思った。この10年近くの間に、一体何がこの少年にあったんだろうか。ある意味、あの鬼子の兄よりひどいのでは……これが私の初恋?セイラは暗澹たる気持ちになった。
第32話
午前10時。
「申し上げます!ただいま前線より、シャア・アズナブル大佐がお越しになられ、総帥への拝謁を願っております!」
「シャア?……よい、通せ」
ノーマルスーツ姿でヘルメットを脱いだシャアは入室すると敬礼した。
「ふん、羽を打ち枯らして来たか。ガラハウにまで使い捨てられたようだな。もうキシリアの許にも帰れんぞ」
「はっ。ニュータイプ部隊の貴重な戦力を喪失しました。当然、キシリア閣下やガラハウ閣下に顔向けは出来ません」
ギレンは鼻で笑った。ガラハウも義理を通したか。現在、第一軌道艦隊を後方から攻撃していると聞く。呼応するようにデラーズを前進させたため、第一軌道艦隊にはかなりの損害が生じているとも聞く。どうやら、疑いは疑いで終わりそうだな。しかし、私のところへシャアをよこすとは……ガラハウめ、それなりに目端は利くようだな。
「策に溺れるからだ。言わんことではない。キシリアは御執心だったようだが、私には眼中にも無いのだよ、『ニュータイプ部隊』など。ガラハウを見習うことだな、そんなものなど無くとも連邦に勝利できる。既に見ての通り、貴様の部隊が敗れても我が軍は勝利しつつある」
ギレンはシャアに指を突きつけた。
「キシリアに何事か言い含められたか!?それとも、ガラハウにでも!?まさか、戦の旗色を読んでよからぬことでも企んだか!?」
シャアは黙して答えない。ギレンは言葉を続けた。
「お前が誰かということも知っている。キシリアやガラハウだけがジオンの諜報組織を握っているわけではない。ダイクン家の再興を図るのは良し。しかし、その為にザビ家に仇なすは許さん!時代は移り、時計の針は決して戻せん!ジオンの歴史はいまや、三世代目を望まんとしている!」
ギレンは口元をゆがめた。
「ザビ家の時代から、この私の時代へ、だ!勝利した、戦後の『人の革新』の時代へ!その流れに誰も逆らうことは出来ん!逆らうものは誰であれ、新しい時代に神となる者に裁かれる!解るか!?」
シャアは鼻で笑った。ギレンの表情が不快にゆがむ。
「……何故笑う」
「閣下の仰り様が大仰に過ぎるからです。敗残兵の一人、それも、前線で戦い敗れ、全てを失って帰るところも無い。閣下の懐に飛び込んだ、哀れな窮鳥、それが私です。……しかし、ここにただ逃げ込んだわけではございません」
シャアは言った。仮面の奥に光が見える。
「どうしても倒したい敵がいます。お力添えを願いたい。……ジオング、戴けますでしょうか?」
「知っていたか。よくもまぁ、目が届くものだ」
ギレンは微笑した。シャアはそれを確認してから話を続けた。
「ガラハウ閣下よりア・バオア・クー工廠宛に何かを送っていたことは存じ上げております。それが、モビルアーマーであることも。そして、ガラハウ少将が月より離れる時、月から一機、閣下に送られたことも。当然、キシリア閣下は御存知ありません……ガラハウ閣下も」
「くれてやる。零落れたとは言え赤い彗星だ。貴様なら使いこなせるであろう。しかし、これはある種の誓約だ。窮したお前は私に保護を求め、私はそれを受け入れた。解るな?」
「勿論」
「野心も二心もないことを働きで証明しろ。そうすれば……来るべき新しい時代にいるべき場所を用意してやる。その、本来の素性に応じた、な!せいぜい、気張ることだ!」
UC0079年12月24日、10時半。
司令部に新しい報告が入ると同時にモニターが点灯。巨大な船体をメガ粒子砲の光で彩りながら、ドロス級がこちらに向かってくるのが見える。
「キシリア様の艦隊がミドロを随伴して敵艦隊に突入されました!現在、敵と優勢に交戦中!」
「うむ……遅かったな。しかし、キシリアめ、ミドロに手を出すとは」
ギレンの独り言が終わったと確認した士官は報告を続けた。
「尚、現在敵MSが上陸を開始し、橋頭堡を確保しようとしておりますが、まもなく要塞内の予備隊を投入し、これを駆逐いたします!」
「わかった。速やかに」
「はっ!」
モニターに移った情報を確認していたギレンの笑みがだんだんと大きくなる。ドロス級の大型メガ粒子砲の砲撃は、通常型のマゼラン級の射程距離をしのぐ。唯一対抗できる手法を持っているのは改マゼラン級だけだが、当然その数は少ない。砲撃距離の優越はそのまま、敵に与える被害の優越となって現れる。
「ははは、圧倒的じゃないか、我が軍は!」
ギレンの笑みどおり、この時点で抗戦が行われている3フィールドすべてでジオン軍は戦況を有利に進めていた。Nフィールドはキシリア艦隊の突入で混乱しミドロに蹴散らされ、Wフィールドでは第7艦隊の頭が抑えられている。また、WフィールドとSフィールドのちょうど境目を狙って突撃したデラーズの艦隊は第7、第一軌道艦隊の側面に被害を与え、第一軌道艦隊は後方からガラハウ艦隊の攻撃を受け、混乱している。
連邦軍がその大兵力を有利に展開できていないとギレンが確信したその時。
モニターに閃光。ドロス級三番艦ミドロは、艦橋にバズーカらしき集中弾を浴び、迷走して後続のムサイに激突。行き脚が止まったところを集中砲火で撃沈された。
「80%?冗談じゃありません。現状で性能は100%発揮できます!」
格納庫に向かう長いエレベーターの中で、整備兵はシャアに言った。かなり大きな格納庫だ。どうやら、専用に用意されたらしい。
「どういった機体なのだ?詳しい説明を受けていないのでね」
「ガラハウ少将閣下の所から流れてきた情報で作ったモビルアーマーだそうです!ただ、少将殿はタッチしておらず……」
シャアは笑った。ふん、なるほどな。ガラハウの事を総帥も信じているわけではないか。いや、独裁者としてはむしろ当然だな。
「ははは……そういうことか。ギレン閣下もおさおさ怠り無いというわけだな。ガラハウ閣下の秘蔵のモビルアーマーを手に入れられたか」
「……そう、そうです!いやぁ、初めて見たときにはびっくりしましたよ!メガ粒子砲に対艦ミサイル!アレだけで一個艦隊は相手に出来ますね!あ、ただ……」
シャアは笑って頷いた。整備兵の言いたいことはわかっている。
「そうか、何とか使えそうではあるが……サイコミュとやら、出来ると思うか?」
「保証できません。大佐の能力は未知数ですから。あの機体はサイコミュの適性が低くても使えるように有線誘導式が採用されてますが、それにしたって適性如何では限界ありますからね!適性無しのパイロットだと、誘導は使わずに指に装備されている五連装2基のメガ粒子砲を使った方がいいです!肩のバインダー兼用のスペースには腕の予備が3基ずつ入ってますので、順に!……気休めかもしれませんが、うまくやれるとは思いますよ」
「はっきり言う。気に入らんな。……あれが脚か?ブースターの間違いではないか」
「脚なんて飾りです。エライ人にはそれが解らんのですよ」
ようやく全貌が見え始めたモビルアーマー、MSN-03-2グレート・ジオング(但し、脚部はブースター)。史実では、こんなところに登場するはずの無いモビルアーマーだった。
元々、太洋重工本社で一年戦争時代のモビルスーツを検討していた際のデータの中から、ギレン直属の諜報機関が盗み出したものだ。キシリアがニュータイプ部隊を投入する可能性を危惧したトールが、意図的にジオングの開発を進めるためにギレン側に洩らしたものだが、洩らしたものの中にキケロガのデータも入っていたため、頭部はジオングのあの頭部と言うよりはむしろキケロガに近い。
「……なんだ、気に食わない、この感覚は……」
「まさか、ここまで戦力を失うとはな。マレットも撃墜されたか」
旗艦「パープル・ウィドウ」の艦橋でキシリアは臍をかんだ。後方からの突撃で第五艦隊の旗艦を沈め、艦隊を混乱状態に追いやって甚大な被害を与えたものの、ア・バオア・クーの防衛圏内に入ろうとした直前にミドロが撃沈。キシリア艦隊の方が混乱することとなった。後続のムサイを道連れにしたミドロは、総員退艦の上で、現在は横合いから攻撃を仕掛ける第7艦隊への壁として用いられている。
「敵艦隊を退け、強襲揚陸作戦などという真似を取らせることに成功しましたが、なかなか、上手く行かんものですな」
副官のトワニング准将が言った。キシリアは頷く。こちらの艦隊に混乱が生じたため、敵に新しい戦術の選択を許してしまった。ミドロを沈めたものの、まだドロスとドロワが残る要塞は健在だ。そして、艦船が混乱してしまった以上、強行上陸を選択するとはよくやる。
「賢明だよ。敵にも良い指揮官がいる。見てみろ、皮肉な光景だ。蹴散らした連邦軍が、守ってくれとでも言うようにア・バオア・クーに逃げ込んでいく」
キシリアの指摘したとおり、ア・バオア・クーはその形状からして、上部構造と下部構造の接合面であるくぼみの部分に上陸されると、砲撃が集中させにくい状態になっている。勿論そこに至るまでに上部構造と下部構造によって十字砲火を浴びるわけで、ミドロ撃沈が要塞側に与えた混乱を上手く活用されたことになる。
「で、次なる方針はどうされますか、閣下」
「接舷せよ。……そろそろ、総帥に拝謁を願わなくてはなるまい」
キシリアはそういうと笑みをマスクの下に浮かべた。既にグレート・デギンがソーラ・レイによって撃沈されたことの確認はとってある。ギレンとキシリアの暗黙の約定からして、ギレンがこれを機会に父を死に追いやったことは事実。
ついに、私の時代か。あっけないものだが安心は出来ぬ。シャアの行方不明と共にアイン・レヴィにセレイン・イクスペリを確保しての脱出を命じたが、音沙汰が無い。どうやら知れたか。使えん。連邦に流れたあの男が模索していたシステムを使うためには、あの女の存在が必要だと言うに。
所詮、屍喰鬼あがりか。忠誠心以外はまるで使い物にならん。しかし、よくもまぁガラハウのところにはあそこまでニュータイプ候補が集まるものだ。部下となってより確保するための手段を講じたがやはり無駄であったか。ガラハウ。あの若造を如何にかせねばな……。
それにはまず、あの男が決して逆らえない地位を手に入れる必要がある。新時代を作る人類は、私の手で生まれなければならんのだ。使うにしろ殺すにしろ、奴の抱えるニュータイプたちは確保せねばならん。