UC0079年12月3日。キシリア艦隊旗艦「パープル・ウィドウ」
「グラナダから出ておいでとは、よもや出張っておられるとは思いも」
シャアはキシリアに言った。
「情報が不確かゆえ、艦隊をカラマ・ポイント経由で現在向かわせようとしているところだ。私の艦隊はドズルへの援軍ゆえな」
ふむ。ガラハウ少将にマ・クベ用の艦隊を取られ戦力も減り、グラナダも月が中立地帯となることで、月方面からの攻撃を受けないために安全なはずなのに出てくるとは、よほど政治的にまずい状況に追い込まれたと見える。ふふ、これは肝所だ。
「連邦軍が現在進めている『星一号』作戦。具体的内容がつかめましたので、御報告にあがりました。まずは、お人払いを」
キシリアは鼻で笑った。
「独立300戦隊、か。陣容はどうなっている」
シャアは頷いた。作戦よりも前にそちらの方が重要か。まぁ、無理も無い。艦隊をガラハウに取られ、グラナダの部隊も月の中立化で縮小方向に移りつつある。本国防衛隊とア・バオア・クー、更にはガラハウに戦力を取られるかもしれない焦りに満ち満ちているというわけだ。他勢力の大艦隊に対するにはニュータイプ……いや、もはやそれしかすがるものが無いのかもしれん。
「独立第300戦隊は私のザンジバルを旗艦とし、ファーレン中佐のケルゲレンを僚艦として編成が完了しております。指揮権につきましてはガラハウ少将のものであり、艦隊の出撃に関しては少将の了解を得る必要がございますが」
「セレイン・イクスペリは来ておるのだな?」
シャアは頷いた。あの若い女性をどうしてキシリアが気にするのかがわからない。
「ふふ、こちらから送ったアイン・レヴィと接触させ、接触を継続させておくように。後々、必要にもなろう」
「はっ」
理由はわからないが、注意しておくべきだと考えた。あのガラハウ少将の妹をここまで重視するとは……人質としての利用を考えてでもいるのか?
「それから、エルメスの調子は如何だ?」
「はっ。ララァ・スン少尉、およびクスコ・アル少尉に配備した1号機、2号機共に正常に稼動しています。現在、両機共にザンジバルに格納しておりますが、おかげで、私のゲルググ以外のMSを乗せる余裕がありません。ケルゲレンのイクスペリ少尉にも3号機を予定しておりますので、キシリア閣下には艦隊戦力の供出を御願いしたく思っております」
キシリアは鼻を鳴らした。
「そんなもの、ガラハウの艦隊を充てよ。これ以上の戦力減には流石に耐えられん。私の動きようがなくなるからな……で、お前がつかんだ星一号作戦の内容とは?」
シャアは頷き、床一面に地球圏の星図を投影させた。しかし、何もしゃべらない。
「私はニュータイプを戦力にせよ、とは命じたが、ギレン総帥にまで話を回せ、とは言わなかったな?シャリア・ブルとかいう十字勲章組を編入させ、ギレンよりにフラナガンが開発していたブラウ・ブロをまわしたと。シムスもアレに乗せるようだな?一体、何を考えている?」
キシリアは席から立ち上がり、投影されたスクリーンの方へ歩み寄る。
「私はスパイの真似事をせよ、と言った覚えは無い。そうだな?ガルマのことがあり、ドズルににらまれたお前は、私かギレン総帥かのどちらかを頼らなければならん。ジオンで生き残っていこうと思うならば、だ。……言っておく」
キシリアはシャアをにらみつけた。
「私は、ギレン総帥を好かぬ」
「勿論わかっております」
シャアは頷いた。
「これが、現在の状況です。まず、ルナツーに集結した連邦の艦隊ですが、想像以上の規模、現在、こちらの全軍の倍以上の勢力を誇っており、更に地球からの増援で増える予定です。そして、ソロモンが攻略された場合……」
シャアはコンソールの内容を次へと移した。
「ソロモンを攻略した艦隊、恐らくティアンムでしょうが、ティアンムの艦隊にレビルが合流し、ビュコックが援護に付くことになるでしょう。ことによると、対スペースノイド強硬派のコリニー艦隊―――本人ではなく、おそらくワイアット大将あたりでしょうが―――も同道するでしょう。この3個艦隊乃至4個艦隊が次に何処を攻撃するか。選択肢は三つ」
シャアは月を指差した。
「グラナダはありえません。月の中立化によって恩恵を受けているのはジオンも連邦も同じ。月面上の広い地勢を考えれば、無意味な消耗戦を繰り返すだけになります。ジオンにそんな国力は無く、連邦にそんな金はありません。ア・バオア・クー、これもありません。連邦は財政上、戦争を早くやめたがっています。これ以上の財政出動は、軍はともかく議会が耐えられません。それに、ソロモン、ア・バオア・クーで損耗を重ねた場合、最終決戦の可能性を戦えません」
「ジオン本国。そう言いたいのだな、シャア」
「そうです。間違いなく」
シャアは言い切った。
「ソロモンさえ落としてしまえば、サイド3があるL2ポイントは連邦軍の前にその姿をさらすことになります。そうなれば、ア・バオア・クーに戦力を集中させたところで、本国を抑えてしまえば如何にでも料理できます。ア・バオア・クーの工廠能力だけでは駐留軍を維持できません。食糧生産も支障をきたすでしょう。早晩、飢えに耐えかねた艦隊が離散を開始し、連邦は抑えたサイド3、ソロモン、そして月面で、飢えた狼の処理を考えればよくなります―――その場合」
シャアはキシリアを見つめた。
「デギン公王は、如何動かれます?」
キシリアは詰まった。答えが出ない。
「陛下は元々開戦に乗り気であらず、更に戦争の規模拡大と長期化、ジオン側の劣勢で、最近は事毎に総帥と対立しておられます。マハルの件でも、です」
「……実現可能か、その種の兵器は」
シャアは頷いた。
「連邦軍の投入する新兵器も同様の思想で形作られております。ソロモンへの正攻法での攻撃は、投入までのカモフラージュとなるでしょう。総攻撃は圧倒的なものとなり、ソロモンは、予想したほどの損害を連邦に与えず、陥落します。決断なさってください、閣下」
そして言葉を続ける。
「ソロモン陥落を、是とされるか否かを」
キシリアはため息を吐いた。
「ソロモン救出を考えるなら、ギレンはガラハウの艦隊を投入し、ア・バオア・クーの艦隊もまわせばよい。しかし、それをせずに、ゼブラ・ゾーンにガラハウを送り、デラーズにア・バオア・クーへの戦力集中を任せた。何故か?」
「後、でしょう」
キシリアは頷いた。
「明らかに兵力を温存しようとしている。目的は―――。シャア、お前はどうする?何処に身を置く?私はキシリア。キシリア機関の長だ。過去も現在も未来も、知るべきことは何でも知らずにおかぬ」
「………」
それに対し、シャアは黙して答えることは無かった。
バカなことを。知るべきことを知っているのなら、若造一人御せように。
第26話
UC0079年12月6日、カラマ・ポイント。
シーマ艦隊が曳航してきたグワジン級アサルムを受領した私は、すぐにアサルムの艦長室に居を据えると指揮下艦隊の集結を待った。シャア率いる独立第300戦隊がまだ到着していなかった。恐らくキシリアと何か悪巧みをしているのだろう。が、壁に耳あり障子に目ありとか考えないのかね?自分が出来ないことを、相手が出来るかもしれないことを考えたこと無いのか?
諜報でのし上がって来た人の苦手が防諜とか笑えない事態過ぎる。実際はそんなことは無く、キシリア機関の防諜はトワニング准将によって運営され、それなりの成果を上げている。トールたち相手には上手くいっていないが。そもそも金属を介してプログラムへ自由に侵入し操作、介入どこから変質までを行えるブラスレイターがいる時点で反則だ。
あの後、基地を「アンブロシア」に設営し、更に実戦部隊の母港として小惑星ペズンを用いるとギレン総帥に話を通し、ペズンをゼブラ・ゾーンへ曳航させ、現在基地化を進めている。キシリアも予定通りにグラナダから戦力をソロモンへ移動させ、Nシスターズ地下からも援護のため、MA-09量産型ビグザムを宇宙用に改造した、MA-09C量産検討型ビグザムを三機、ビグザムと一緒に送っておいた。
ドズル閣下からは「ビグザ(ry」と威勢のいい演説が送られてきたが、送ったビグザムにはIフィールドを搭載していない。量産検討型を含め、すべてがビームコート装備で、ビーム兵器が全く効かないと言う訳ではないのだ。一つにはIフィールド技術が進みすぎると後々ネオジオン系のMAに手を焼かされそうなことと、二つには、あまりにビグザムが強すぎるが故の、ティアンム提督の戦死は防がねばならなかったからだ。
艦隊に対して特攻をかけても無事だったのは、装甲ではなくひとえにビームを無効化するIフィールドだということは充分以上承知している。実際、ソロモン、ア・バオア・クーと連邦の被害はうなぎのぼりになっていく。戦後のティターンズだけではなく、その後々も考えると、良識派の人間はほしい。シャアの部隊は押さえるとして、問題は、だ。
この視界の下で動くピンク色の生き物をどうにかしなくてはならない。
キシリアとアイリーン女史との会談を終えて戻った私を歓迎してくれたのは、例によって自称ガラハウ三姉妹だった。張兄さん仕込みのスルースキル発動で逃げようと思ったら、いつに無く真面目な顔で、ハマーンが制服の裾をつかんでいる。
「私も、MSに乗りたい」
頭を抱えた。まだ早いよお嬢さん、せめてあと4年は待ってと説得を開始したけれども意志は固い。ソフィー姉さんたちを見るが、頷くだけでハマーンを止める気は無いようだ。
「戦場に出るということがどういうことかは、私の記憶を読んでいるのだから、わかっているはずだよ、ハマーン」
「トール、私はあなたの隣に立ちたい。私には、その力があるはずだ」
目をもみ始める。確かにハマーンの高いNT能力なら、戦場でも充分以上の働きはしてくれるだろう。だからといって、12歳の子供を戦場に立たせようなどと考えるほど、落ちぶれたつもりは無い。
「守られるのは、嫌だ」
ハマーンの口調が変わった。聞き覚えのある、あの声質だ。もう一度ため息を吐く。
「私にもまだ弱いけど、NT能力があってね。ハマーン、読んでもいいかい?」
「どうぞ」
ここまでいっても返事は変わらないか。こちらも、本気にならないと。確かに、私のNT能力は弱い。ポイントで獲得したばかりで相手の思考を如何読み取ればなどわからない。ただ、視線を交わしてハマーンが額をつけてきたとき、目をつぶると頭の中に別な光景がうつるのが見えた。これが共振って奴か?
などと思っていたら、額をつけるだけではなく唇まで合わせてきた。姉さんたちに悪い教育を受けたらしく、舌まで入れてこようとするのは流石に防いだが、接触面が多くなったわけでもあるまいに、入り込んでくる情報が一気に多くなる。
気がついたら抱きしめていたことが、とても、とても……心に痛かった。頭を壁にぶつけ始めたところをシーマ姉さんに止められたと同時に、この決意が本気であることも、どういう風に考えての行動か、そして何故姉さんたちが文句を言わないのかを理解させられた。そりゃあ、ここまで決意を持っているのに、いまさら言葉による説得なんて効きっこない。よくわかった。
「姉さん、いいのか?」
「女が決めたことを、覆せるわけが無いだろう」
それは普通男の場合だと思ったが、すぐに頭を振った。男だろうと女だろうと関係ないか。
「まだ12歳だよ?MSの戦闘に耐えられるとは思わない」
「私らと同じようにナノマシンは打ってある。お前が連邦に行ってから訓練も続けてきたしね。そんなに心配なら、12歳でも扱えるMSをデザインしてやればいいだろう?」
「断りも無くナノマシン処理したのか!?」
「トーニェィ、どうするつもりだったんだい?」
ソフィー姉さんは言った。
「シーマには同意の上でしたね?そりゃ、お前がこれから先、付き合わせるからだろ?天使の輪っかが降りるまでかそのあとかはしらないけどさ!」
言葉に詰まった。確かに、ナノマシンによる不老化処理やポイントによる不老化処理は、そのためのものだ。艦隊指揮官として、少数の艦隊運用を任せたら、シーマ姉さんはジオン有数の手練だ。3年間、宇宙海賊として生き残ってきた実績、そしてそれを生んだ才能はそれほど強い。基本、穴倉に引きこもっていたデラーズとは役者が違う(デラーズが決して下手というわけではないが)。毒ガス部隊という汚名のおかげで安定した母港を持てない姉さんが三年間、ザンジバル1隻とムサイ8隻の艦隊を、戦闘力を維持したまま維持し続けたのは、伊達ではないのだ。
「ハマーンはどうするつもりだい。今はいいさ、まだ子供だからね。でも、これから先は?気持ち先行で助けるのはいいけれど、助けた人間の面倒のことも考えているのかい?」
ソフィー姉さんは言った。
「だから処置した。ポイント使って年齢変更だとかをやれば、心に応じた加齢も出来るんだろ?巻き込んだのがお前なら、巻き込んだなりの責任を取りな。あの子は決めたんだ。お前についていくと。……充分以上に伝わったんだろ?」
黙るしかない。姉さんの言うことは正しい。正しいけれど、きちんとした判断が出来るまではしたくなかったのだ。いや、言い訳か。ハマーンの決意がそれだ。なのに、俺が踏み切れなかった。
「月での耐G訓練じゃいい成績を出してる。シートは調整してやればいい。シーマのところのゲルググじゃ、シーマとコッセル以外は勝てないよ?もうすぐコッセルも危なそうだがね。フェンリル隊との模擬戦でもいい成績を持ってる」
腕も申し分ないのか。仕方が無い……違うな。……良し、決めた。
「戦場では絶対に離れるなよ。俺が死んでも生き残ることを考えろ」
ハマーンは頷く。
「大丈夫だと判断できると、俺が判断し、そう言うまでは絶対に逆らうな。俺が撃墜されそうになっても助けに入るな。後退しろといったら必ずすること」
さらに頷く。
「卑怯な言い草だけど、ミツコさんがいるからもうハマーン一人の俺じゃない。……ハマーンが嫌いなシャアと同じようなものだぞ?」
首を振った。そしてハマーンは決然と言った。
「あの男はそれを隠して、女に自分がただ一人の男だと植え付ける。ララァを出されて困ると大義を引き合いに出すか、その場だけをごまかして女の心を利用する。ただの卑怯者だ。……トールはあんな奴とは一緒じゃない」
頷いてしまった。なんて大人な考え方!……むぅ、イエス・ロリータ、ノー・タッチが座右の銘なのに。というか、原作ハマーンはアレでZ時20とかありえないだろ、でも、この頭の働き具合を見ているとそうなるのか、とか考えているとハマーンが膨れていた。いかんいかん。
「……だったら、好きにしなさい。MSは用意する」
何かもう、ぐだぐだで、男としてはとても情けない事態になったのだが、あれだけ抱えていたのだから、私としては認めるよりも他に無い。
さて、ハマーン用のMS探しは案外、難航した。最初、当然キュベレイかとキュベレイを用意したところ、悲しそうな目で「別な私と同じは嫌だ」と言ってきた。キュベレイを見ると思い出してしまうようだ。どうやら、史実のハマーンがシャアを好きになったことを仕方ないとは考えつつも、趣味が悪いことこの上ないと思っているらしい。否定できないところがシャアがかわいそうになってきたが。
……まぁ、同情はできないなぁ。不誠実この上ないし。
NT用MSに縛りがあることは本人も同意しており、むしろ、キュベレイに象徴される別な自分とは、決別したいという思いがあるらしい。ならば、と単純な考えでクィン・マンサを提示したところ、今度は大きすぎると文句をつけられた。隣に立つことが重要らしく、現在使っているRFゲルググSのように、MSサイズでないといけないらしい。だったら、と考えてクシャトリヤを提示したら、「女らしくない」と一刀両断した。俺にどうしろと。
仕方なく、クィン・マンサのデザイン自体は気に入っていたようなので、ダウンサイジングをかけてMSサイズに。メガ粒子砲の装備数を減らしてIフィールドやラミネート装甲、オルゴン・クラウドなどの防御用フィールドにまわし、生残性を向上させる。武装からはファンネルをオミット。固定装備はビームサーベル2本と腕装備のビームガン、胸部に装備させた2門の拡散メガ粒子砲とし、ゲルググJG用ビームマシンガンを装備する。
オミットしたメガ粒子砲用の出力は機体出力の向上化につながり、ファンネルを外してサイコミュを機体制御で完結させる点はゲシュペンスト・タイプSと同様で、ファンネル格納部分にスラスターを配置したため、高機動化も果たせる。装甲材質もZ.O合金製として生残性を高めておいた。ここまでやればなんとか大丈夫だろう。
塗装は当然白とのこと。ある意味安心したのはここだけの話。え?黒ハマーンって洒落にならない気が。
また、ハマーンへの専用機生産と共に、今まで使用してきたRFゲルググSを連邦側で使用してきたゲシュペンストをベースとした形に改造した。大型ビームセイバーの装備を追加し、推進器系統をスモーに準じた空間斥力処理装置に変更して稼働時間の延長を行う。「光る宇宙」に割って入るために両腕にIフィールド・ジェネレーターを装備した。ぶっちゃけ、外観をゲルググにしたスモーである。
欲を言えば、装甲もスモーなどと同じくMEF型ガンディウムFGI複合材としたかったが、ナノマシン技術の拡散を恐れて今回は採用を見送った。いきなり登場させればブレイクスルーどころではないため、火星のテラフォーミングの際にナノマシン技術の向上を言い、その中でグリプス、もしくはその後の採用を考えている。
ハマーンがこちらについてくれることが明らかになったのはうれしいが、木星に送ったガルマが果たしてどういう思惑を見せるかによって、第一次ネオジオン抗争は変化を見せるだろう。私が関係している部分はいくらでも歯止めが利くが、戦場で目撃、ないしは機体の回収なんぞされた際には困ったことになる。
シーマ艦隊のRFゲルググも同じように回収は禁物なのだ。ソロモン戦への介入を考え、同時に動かぬキシリア艦隊から届けられた報告と、コロニー・マハルの改造状況を見ながら、介入のシミュレーションを余念無く行う必要があると更に感じていた。