「タイプS、敵モビルスーツ3機を撃破!そのままガウ攻撃空母編隊に突入!」
オペレーターのモーリン・キタムラ伍長が報告する。現在、ミノフスキー粒子の散布濃度が高いため、司令部屋上の超望遠レンズで捕捉した敵情報が、部隊からの有線連絡回線以外で得られる唯一の情報源だ。但し、ゲシュペンストに搭載されている量子通信システムはミノフスキー粒子の影響を受けないため、戦闘データがリアルタイムで届いている。
「S型が再度の敵攻撃を抑えている間に戦線を整理!あと2分もすれば、敵陸戦MS部隊が基地北部からやってくるぞ!」
基地司令のカティ・マネキン准将が矢継ぎ早に命令を下す。当初、シナプス大佐らから「トロッター」を発進させ、砲撃戦に用いるよう具申があったが、敵戦力で迎撃可能なものがガウしかおらず、敵の砲撃戦力はガウよりはむしろ潜水艦と判断したマネキンがそれを却下した。
現在、樺太基地は港湾部から上陸した水陸両用MS隊が港湾部に併設されている倉庫群を舞台に、アッザムの支援を受けて火力戦を展開中。まだ戦闘は始まったばかりだ。
「基地北部で閃光!ウィスキー隊、戦闘に入りました!」
カティは頷いた。ゲシュペンストで編成されている北部はあまり心配していない。性能は彼女自身知っている。操縦している人間の技量も。それに、北部から回ってきた二機のゲシュペンストが効果的な援護をしているから、倉庫群の戦闘もそれほど激化はしていない。装甲のあるゴッグは、やはり現状許されている装備である、ディランディ中尉の135mmスナイパーライフルでは、貫通できない。間接部やモノアイ部分を狙って狙撃してもらっているが、そもそも建物が立ち並ぶ倉庫を縫っては射線の確保が難しい。
「マネキン中尉機、被弾!敵ゲルググ、3機が突入!」
「戦線の脇を抜けてきたのか!ウィスキー中隊は……」
そこまで言ってマネキンは凍りついた。量子通信システムにより、マネキン中尉―――パトリック・コーラサワー機のカメラが捉えた映像がココには届いている。そのゲルググに描かれたエンブレムは、眼帯付の髑髏。荒野の迅雷、ヴィッシュ・ドナヒュー機だ。しかも、事前情報にはないゲルググ用ビームライフルを装備している。
戦闘がリアルタイムで流れ始める。陸戦用ゲルググ、しかも一部改造を受けた機体のようで、スラスターをうまく調整し、ホバー走行を可能にしている。牽制に腕に装備しているらしい速射砲をばら撒き、マネキン機を拘束すると一気に切り込み、蹴りつけて体勢を崩すとビームナギナタできりつけた。
「パトリック!」
マネキンが叫ぶ。
「なんという装甲だ……連邦軍め、どんな装甲を開発したっ!」
「あぶねぇあぶねぇ、てめえなんぞにやられるかよっ!」
装甲がビームナギナタの熱量に耐え切った様で、右首筋の部分から入ったナギナタが、人間で言えば鎖骨のあたりで止まったようだ。ナギナタが止まると同時にジェッツ・マグナムを打ち込もうとするが回避され、そのまま射撃戦に移る。射撃と回避の腕は確かだから、機体の性能もあれば……
マネキンは其処まで考えてため息を吐いた。
「准将、大丈夫ですか?」
「ありがとう、伍長。オペレートを続けてくれ」
第20話
ガウ攻撃空母は2機を除いて撃墜を完了。アッザムを搭載し、発進と同時に退避を開始した機体と、指揮管制のために他の機体から離れ、密集しての絨毯爆撃体勢を整えていた4機からは遠い位置にいたため、バーニアを吹かすことでのジャンプ範囲内にいなかったのだ。推進剤の残量もあり、追撃はあきらめた。
恐らく、その機体にヒープ中佐が乗っているのだろうが。
気を取り直してタイプSを基地に向ける。空爆の危険は去ったが、降下したMSはまだ残っている。データリンクによるとウィスキー中隊の戦闘が混乱。機動力を生かして迂回したらしいゲルググへの対応に増援を向かわせたところ、戦線を突破されて混戦状態にもつれ込んだらしい。
データリンクで得られた画像情報によると、エンブレムはCrossDimention0079で敵方として出る、囚人部隊ウルフ・ガー。それに、一機だけ、シールド・オブ・ジオン、ジオン共和国防衛隊所属らしいグフがいる。ヒープ中佐は、キシリアに嫌われている部隊で有能そうな部隊を根こそぎ動員して来たと思って間違いない。一部ギレン派らしい面子もあるところを見ると、有能だがザビ家からすると扱いづらい奴らをもって来たか。
ここで今までの貸しをすべて取られかねないような気がしてならない。特に、まだ姿を見せていないシャアの部隊が気になる。ガウおよびユーコン隊が上陸したのに、まだ影すら見えていないのだ。
そのとき。
基地に向けて地上を走るゲシュペンストのカメラに、港湾部から立ち登る8つの筋が見え始めた。
「港湾部に第三波!新型です!」
同時に爆発。敵の潜水部隊からの三回目の支援砲撃が始まったようだ。港湾部に隣接する滑走路、ハンガーを含む地域への攻撃。司令部近辺にも何発かの着弾。
「……なんだと!?」
爆発を無視してマネキンは叫んだ。先ほど少将のタイプSが遭遇した部隊も、事前の情報にない新型だった。これは、襲撃作戦そのものの大筋はともかく、参加している戦力に関しては先入観を排除した方が良い。
「あっ!?」
「どうした!?」
港湾部での戦闘を管制する、ノエル・アンダーソン伍長が叫んだ。
「アニッシュ!アニッシュ!」
「アンダーソン伍長、報告!」
信じられない、絶望に満ちた表情でノエルは口を開いた。モニターに一面、大きな閃光が走るのがわかる。ここにいる誰もが知っている。あれは、MSの核融合炉が爆発をした閃光だと。
「アニッシュ機……爆発、撃墜……です」
「どうした!マット中尉、報告!」
濃いミノフスキー粒子に邪魔されて聞こえにくいが、呆然と、しかし視線は敵の方から外さずにマットは答えた。
「敵……あれはズゴックの新型です!形状はズゴックに類似!続いて2機!ゴッグタイプ!」
「うわっ!ガッ」
「どうしたっ!」
いきなり割り込んだ通信にノエルの顔がさらに青ざめる。
「ラリー少尉機、被弾……コクピット!」
「敵の新型だ!クソっ!ビンみたいな頭部!円形のシールド!見たことがない!」
第2小隊フィリップ機からの報告。マネキンはかぶっていた制帽を取ると床に投げ捨てた。
「マット中尉、後退!後退だ!パトリック!バニング大尉!マット中尉の後退を援護!早く!ディランディ中尉は!?」
「無理です大佐ぁ!こいつら、離してくれません!」
「こちらバニング!滑走路入り口に到着!マット中尉たちが着次第援護を行う!」
「こちらディランディ!射線が通らない!クソ、またかよ!135mmじゃ無理だ!」
「報告!地下ブロックに赤いズゴックを確認!現在、ホワイトベース隊と戦闘に突入!地下搬入口より、水陸両用MSが他に5機!」
カティは歯を食いしばると拳をコンソールに叩きつけた。敵の技量がこちらと違いすぎる!
実際、カティ・マネキン准将の洞察は正しかった。技量そのもので言えば、MS開発当初より訓練を積んできたG-1部隊の実力は、連邦軍でも抜きん出ていただろう。恐らく、相手が出来るのは連邦軍でも、正面戦闘ではホワイトベース隊ぐらいなもので、それ以外であれば、数で押しつぶすしかない。
しかし、当然の話だが、開戦当初よりMSでの幾多の戦闘をこなしてきたジオン軍は、兵員のMS戦闘に関する技量そのもので連邦軍よりもいまだ高い。そしてユライア・ヒープ中佐は、自身に敵対するものを排除したがるザビ家の習性を利用して、今回の作戦にドズルの後援を得、今回の作戦に参加した部隊の総合的な技量をさらに底上げすることで、作戦の成功、あるいは目的の達成を計画したのである。
まず、今回動員されたドライゼ少佐率いる潜水戦隊は、ジオン潜水艦隊設立当初から、そして水陸両用MS運用当初からの部隊で、援護として展開したアッガイこそ補充兵だが、ゴッグに搭乗した兵員はすべて、操縦時間が400時間を越える猛者ばかりだ。
第三派としてこの時、港湾部に上陸した部隊は特殊部隊サイクロプス。ハーディ・シュタイナー大尉率いるこの部隊は、水陸両用MSを用いた潜入工作作戦に長けており、今回、特にキャリフォルニアベースで改修したズゴックと、ツィマッド社より納品させたハイゴッグ2機をつけ、ゲルググに敗れた試作機ギャンを共に、上陸している。アニッシュ機を撃墜したのはアンディ機のハンドミサイルユニット、ラリー機を撃墜したのはミハイル・カミンスキーのギャンだ。
戦果を拡張し、二機のジム・コマンドを撃墜して港湾部を制圧した彼らは、基地滑走路に後退するカジマ小隊とマット機を追撃し、侵入を開始している。現在、第4小隊(バニング)が援護のために前進中だ。また、地下搬入口近辺ではヤザン、ライラの第5小隊が、ホワイトベース隊と共にシャア率いるマットアングラー隊と戦闘を行っている。
基地北部の防御砲台陣地では、戦線を突破されて陣地内部で混戦が継続。組み合わせはポプラン中尉のウィスキー中隊とランス・ガーフィールド中佐率いる囚人部隊だ。囚人だが、それを率いているのがMS部隊の教官職を勤める人物だけあり、短い期間で部隊を仕立て上げた。それに、囚人部隊と言ってもジオン軍である以上、MS戦闘の経験がある。
そして、ここまで人事を尽くしてもおごる事無く、防御陣地を迂回して基地中心部をつく部隊に精鋭ヴィッシュ・ドナヒューの小隊をあて、その上にガウで爆撃を行い、問題児ニムバス少佐のイフリート隊を投入しようとしていたのだから、ユライア・ヒープ恐るべしだ。戦いは戦いが始まる前に勝敗が決しているというが、それをたがえる事無く、勝利への準備がおさおさ怠りない。
しかも今回、トールが情報を得損なった理由は、キシリアに決して好かれているわけではないことをこれ以上なく自覚している中佐自身が、戦力をかき集める際に秘密厳守を徹底させていたからだ。キシリア機関が連邦にエルラン中将を確保していたように、連邦が絶対にジオン側に内通者を確保していることを確信していた中佐は、戦力を集める際に絶対にジオンを裏切れない人間を用いて集めてきていた。
「2機撃墜……アニッシュ、ラリー少尉機か……戦力の見積もりが甘かったか?」
防御陣地へそのまま突入。後方から、前方のゲシュペンスト隊と射撃戦を繰り広げていた味方へバズーカによる援護を行っていたザク3機を始末する。内心は悔恨で一杯だ。優れたMSを揃えようと、一年戦争と言う舞台では限界がありすぎる。いや、違う。
「悩んでる暇はありませんわ」
いきなりの通信。声を聞いた瞬間に何かが覚めたような感覚が生じた。現金なもんだな、男って。クソ、何か情けない。今の状況がわかっているのか、あのドヤ顔だけを見せて通信をきった。
現在、前方で戦闘を行っているのはウィスキー中隊とグフ、ザク合計6機。流石に同数近くになれば支援の必要性は薄い。さらにグフ1機を背後から近づいてのショットガンでしとめた私は、司令部近辺で単機迎撃を行っているコーラサワーの援護に向かった。
「新手か!クソ、新型の動きが良く牽制されてしまったか!」
「よそ見してる暇はネェ!」
コーラサワーのゲシュペンストが弾薬を撃ち尽くしたM950マシンガンを棄て、プラズマカッターを用いての近接戦闘に移る。
「ほぅ、思い切りの良いパイロットだ、しかぁし!クエスト伍長、やれ!」
「了解、待ってました!」
陸戦用ゲルググ、ジョン・クエスト伍長機が何かを放り投げる。ザクにも装備されているクラッカーだが、手榴弾ではなく閃光弾であるそれは、薄暗闇の中での戦闘に慣れきった目には一番役に立つ攻撃方法そのものだった。
「うわっ、なんだよそれ!?」
「その目の良さが、命取りだ!」
ゲルググで地上すれすれのNOE飛行を開始したドナヒュー機がコーラサワー機の懐に入り、両腕を斬り飛ばす。先ほどまでの戦闘で、コクピット周りの装甲が頑丈そのものであることを見抜いていた彼は、肘の間接部分を狙ってビームナギナタを振るったのだ。
「あ、ちっく……ゴッ」
両腕を失い、攻撃手段を失ったゲシュペンストを蹴り飛ばす。蹴られたゲシュペンストは周囲の建物を破壊しながら飛ばされ、最後にはビルの破壊口にその身を横たえた。
「クソ、予想外に手間取った!」
本来の目的である司令部を求め、周囲の状況を確認しようとした時、いきなり爆発が生じた。振り返るとクエスト伍長のゲルググのバックパックに、鉄塊らしきものが突き立っている。イフリート用のコールドブレードだ。
「ちゅう、イッ!」
クエスト機のバックパックが爆発。味方機の誤射かと思った瞬間、ザクの通常装備となっているはずのMMP-80マシンガンが自分に向けて降り注ぐ。如何見ても誤射ではない。続いてミサイルの着弾。一部が崩れたハンガーの影から、先程まで相手にしていた機体と同型の機体が向かってくる。
「また新型だと!?」
「ドナヒュー中尉、先に!」
「いかん、クエスト!戻れ!」
言った瞬間、先ほどまでの機体には装備されていなかった、腕部の杭打ち機がクエスト機の胸部に打ち込まれた。誘爆。アレでは助からない……
「クエスト!ええい、新型部隊だけあってやる!サイモン曹長、先に行け!」
「了解!」
いかん!ここで司令部までやられれば、各個に撃破されかねない、しかし、荒野の迅雷では後ろを見せるわけにも行かない!即座にアンカーワイヤーを打ち出し、サイモン機の脚に巻きつけると右腕にビームサーベルを持ち、ドナヒュー機と対峙する。ビームライフルをこちらに向けた瞬間に動く。
「離せ!畜生!」
アンカーワイヤーを巻き取り、サイモン機を転倒させるとジャンプしてサイモン機の直上に機体を回す。1発、ゲルググのビームライフルが直撃し、肩の装甲を一部溶かしたがそれは無視する。ゲシュペンストの胸部装甲が開き、ブラスターキャノンを発射。現状、ビグロのメガ粒子砲クラスの威力を持つそれは、ゲルググ程度の装甲など問題にならない。
爆発。
「サイモン!ええい、一機ごとに武装が違うか!」
ビームライフルを連射しつつこちらに迫るドナヒュー機。流石に相手をしている暇はない。ここまで北部の戦力が押し込めれば、後は撤退までの時間稼ぎをすればいい。こちらはさっさと地下に向かいたい。
しかし、そんな思惑をドナヒューは許さない。途切れ途切れに入る通信から、基地北部からの戦力がほぼ壊滅状態であることを確認した彼は、ここで新型の南下を許すわけには行かないと判断していた。これだけの戦力を投入して確認した撃墜が新型2機(ウィスキー中隊から1機)にジム型2機だけ。それに対してこちらは既にガウ4機とゲルググ2機、ザク3機、グフ2機とイフリートを3機失っている。南部から侵攻する水陸両用MS隊もゴッグ2機、アッガイ4機を失っているのでは。やはり戦況は不利だ。
どうするか、今の段階で、荒野の迅雷相手に接近戦を挑んで勝てるか?左腕を少しずつ腰のビームサーベルに向けて滑らせながら、いつでも右腕のパイルバンカーを前に突き出せるように体を動かす。こちらの思考を読み取ったゲシュペンストが、人間そのままの動きを再現していることに、ドナヒューは目ざとく気づいた。
「動きが滑らか過ぎる……操作や追従性に重きを置いた機体か、厄介な」
「厄介と思うならここで退いてくれるとありがたい」
「そうもいかん!」
ドナヒューが動いた。シールドを背中に回すとビームライフルを連射しこちらに近づく。左腕にはビームナギナタ。
「真打登場ってね!」
ビームサーベルとナギナタが火花を散らそうとした瞬間、連続した着弾。私とドナヒューは同時に機体を離す。通信、ネオ少佐だ。
「少将!お早く!ここは俺が抑える!」
「させん!」
すばやくバックステップを踏んだゲルググがバーニアを最大出力で噴射。盾を装備した背面部からオレンジカラーのゲシュペンストに激突した。空中で体勢を崩すゲシュペンストに向け、ビームライフルの銃口を向ける。そのゲルググに連続した着弾が生じた。
「させませんわ!」
「それ……ダグラ……」
「ランドグリーズと言ってくれません!?」
製造した覚えのない、ヴァルキュリアシリーズの一機、ラントグリーズが肩のリニアカノンを命中させたのだ。クソ、今の声からすると……
「ここは私とネオ少佐が抑えます。少将、さっさと地下に向かって!滑走路は第4小隊が敵を押し戻しましたけど、地下は苦戦ですわ!」
ミツコ・イスルギ、如何見てもスリル感がありすぎる頭部ガラス張りコクピットによくもまあいられるものだ。感心する。彼女がPTの操縦技術をもっていたとは知らなかったが……
「それから!コクピットはちゃんと腹部にあります!頭部のこれはダミーとセンサー類ですのよ!」
ああそうですか。ほんの少しでも感心したのが悲しくなってくる。ミツコさん一人ならともかく、ネオ少佐もいるとなればここは任せて安心か。
「たのむ!」
タイプSのスラスターを吹かし、一機に離脱する。荒野の迅雷の機体を見るが、リニアカノンが命中した肩が大きく破損しているから、そう時間もかからずに撃退できるか、撤退に入るだろう。
私は機体を地下区画への搬入口に向けた。