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No.22415の一覧
[0] 皇国の聖女(転生オリ主・TS)[マカロン](2011/02/20 00:22)
[1] 第1話 水の王国[マカロン](2010/10/10 16:45)
[2] 第2話 王都を行く[マカロン](2010/10/14 20:13)
[3] 第3話 流浪の剣士[マカロン](2010/10/25 17:50)
[4] 第4話 出会い[マカロン](2010/12/17 20:27)
[5] 第5話 予感[マカロン](2010/12/17 20:28)
[6] 第6話 ラグドリアンの園遊会 前[マカロン](2010/12/18 20:16)
[7] 第7話 ラグドリアンの園遊会 後[マカロン](2011/02/15 18:00)
[8] 第8話 再会[マカロン](2011/02/21 22:08)
[9] 第9話 二人の過去[マカロン](2011/06/05 21:30)
[10] 第10話 始祖に誓って[マカロン](2011/08/09 13:11)
[11] 第11話 草原の魔法学院 前[マカロン](2012/08/16 00:54)
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[22415] 第3話 流浪の剣士
Name: マカロン◆9e9ae527 ID:79853b1c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/10/25 17:50
 オルタンスとアンリエッタがトリスタニアの王城への帰路についていたとき。

 ほぼ同じ頃、混雑した市街地を進む一人の女性がいた。
 短く切り込んだ金色の髪。意思の強そうな瞳は鋭い眼光を放っている。身に着けている衣服はあまり綺麗な物とはいえないが、見るからに小汚いわけではない。
 使い込まれた諸刃の剣の収まった鞘が歩くたびにがちゃがちゃと金属音が鳴る。
 彼女は周囲を見回しながら、これからどうやってやって来たばかりのこの町で生計を立てていくべきか考える。

 自分は剣士だ。孤児院を飛び出し、各地を渡り歩く中で生きるために身に着けた剣の心得があるのだ。
 ならば、それを活用出来る職業―――あえて言うならば、首都警備隊の衛兵にでも応募するのがいいだろう。
 女性である以上はそれなりのハンデもあるが……。腕には自信がある。きっとなんとかなるだろう。
 なんとしても、自分は成り上がらねばならない。復讐しなくてはならないのだ。
 “自分の全て”を、故郷であるダングルテールを破壊する命令を下したであろう貴族に。

 やがて。
 彼女がブルドンネ街のとある商店で購入した干し肉をかじっていると……。
 トリスタニアの中央広場に面した小さな路地に、やたらと大柄な男ばかりが何人も集まっているのが飛び込んできた。
 いったい何をしているのだろう。このときの彼女は他の見て見ぬふりをする連中と同じで、特に興味もなく、なんとなくベンチに腰かけて干し肉を咀嚼するだけだった。
 けれども……。
 女性の優れた動体視力が、ほんの一瞬だけその光景を捉えた。
 男たちに囲まれているのは子供なのだ。それもとても華奢な体で、あんな筋骨隆々の男にかかればひとたまりもないと感じざるを得ない。
 なにをしたのか知らないが、随分と子供相手に威圧的な連中だ。女性は大いに嫌悪感を顔に浮かべる。

 すると。女性の視界に、困った顔で男たちの集団を見つめる綺麗な少女がいることに気がついた。
 彼女は今にも泣きそうな、おろおろとした様子で辺りをうろうろとしている。誰かを捜しているようだが……、どうも見つからないらしい。
 やがて少女は何か決め込んだのか。懐から杖を取り出し、男たちの方へ向かった。無謀にも助けるつもりらしい。
 どうやら、彼女は囲まれている子供の連れのようだ。
 やれやれ。女性は最後の干し肉を口の中に放り込むと、腰かけていたベンチから立ち上がった。
 ずかずかと歩き、少女の腕を掴む。行き急ぐ栗毛の少女の細い感触が手のひらに伝わってくる。

「どうしたんだ? あそこで絡まれている子のお友達か?」

 驚いてこちらを見上げてくる少女の頭を撫でてやりながら女性が問いかけると……。不意に、少女の顔がふにゃっと崩れた。

「うっ、くすん……。あそこで、あそこでわたくしの大切なお友達が大変な目に遭っているのです。わたしが無理に連れ出したから……、わたしのせいで……」

 顔を両手で覆い、ぐすぐすと泣き出してしまう少女。
 なんだかそんな彼女を見ていると昔の自分を思い出して……。庇護欲をそそられ、女性は無意識に口を開いてしまっていた。

「大丈夫だ。わたしがきみのお友達を助けてあげよう」
「……本当に?」
「ああ。わたしに任せてくれ」

 そう言いつつ、もう一度栗毛の少女の頭を撫でる。さらさらとした手触りのよい艶のある髪。この少女が平民でないのはすぐにわかった。
 それでも。身分など関係ない。自分にとってこの少女はなんの仇でもないのだから。
 女性は少女に待つように言いつけて頭から手を離すと、大男たち目がけて歩き出す。ゆっくりと、しかし悠然と。


 一方、大男に囲まれたオルタンス。

 彼女はチンピラの男に腹部を強打された痛みでその場に倒れこんでしまっている。石畳に手を突き、ぜぇぜぇと息を荒げていた。
 こんなものはジュリオに比べれば……。そう思ってはいても、やはり年月の経過や絶対的な体格差はどうしようもない。
 そんな様子をにやにやと眺める男たち。杖はそのうちの一人が手にしている。

 やがて男の一人がオルタンスの髪を掴み、強引に立たせた。
 すると髪を結っていた紐が外れてさらさらの髪が流れ落ちる。ぱらっと白亜の髪が顔にかかる。
 そんなオルタンスの様子を見た男は……。
 驚いた表情を見せながら。しかし次の瞬間には口の端を歪めて、その醜い顔に底なしの卑しい笑みを大きく浮かべるのだ。

「……おいおい。こいつは驚いたぜ。お前、女だったのか。ま、こんなぺったんこじゃわかるはずもねえがな!」

 耳障りな笑い声を上げながら。男の手がオルタンスの胸目がけて伸びてくる。
 少女はそれを自分の手でばしっと払った。
 一瞬で、間髪すら入れずに長い足を振り上げて男の腹を蹴りつける。そして、嫌悪感を、敵意を隠しもせずに彼女は眼前の男を睨みつけるのだ。
 蹴りを受けてうずくまった男は途端に醜い顔を余計醜く歪めた。いきり、額に青筋を浮かべながら怒鳴りつけてくる。

「てめえ! メスガキの分際で……。許さねえ……」

 激怒したチンピラの男はオルタンスのシャツに手をかけた。そして一気にびりびりとそれを引き裂く。
 その下から現れたのは……白い包帯、さらしだった。薄いながらも歳相応に育ち始めた胸部を隠すために巻いていたのだ。

「……っく! よくも」
「先に俺らへ突っかかって来たのはおめえだろうか! 自業自得なんだよ!」

 そう叫びつつ、男は手にしていた木の棒を振り上げた。
 いよいよ本格的にこれは駄目かもしれない。
 オルタンスは天の国にいるであろう父を思った。マザリーニ邸にいるだろう母や兄、姉のことも思い浮かべる。

 これから起きるだろう事態のことはあまり考えたくない。無心で嵐が過ぎ去ることを待つしかないのだ。
 自分はまともな魔法も使えず、素手で抵抗出来る様な武術の心得もまったくない。どうせなら戦う術を覚えておくべきだった。
 この世界に生まれて、なにが起きるのかをある程度は知っていて。
 それでも、自分はその“物語”に関わるつもりなど毛頭なかった。それを盾にただ安寧だけを求めて暮らして来たのだ。
 だが。もう関わってしまった。それがわかっていたのに、何の対策も採ってこなかったのは自分のミスだ。

「お父さま……」

 小さく呟き。オルタンスは目を瞑って……そのときを待った。
 だけども。次の瞬間に彼女の耳に飛び込んで来たのは、大柄な男が投げ飛ばされる音と、彼の上げた情けない叫び声だった。
 閉じた目を開いて音のする方向を見てみれば―――短い金髪の女性が、明らかに体格差のある大男を投げ飛ばしたところだったのだ。

「な、なんだお前は!」
「暴漢に名乗る名はないっ!」

 再び大男の悲鳴。とっさに手にしたナイフを剣で弾き飛ばされた男は手を押さえて、ぶるぶると震えながらうずくまる。

「こ、このアマがっ! ……ぐぁっ!」

 ほんの一瞬の出来事であった。
 金髪の女性は目にも止まらぬ速さでオルタンスを掴んでいた男へ近寄り、あっという間に懐へ飛び込んで剣の柄で顎へ一撃を加える。
 だがしかし、男たちが体勢を立て直すのも速い。
 瞬く間に健在の四人が金髪の女性を取り囲む。じりじりと間合いを測りつつ、睨み合う。

 闖入者の女性の手で束縛から逃れたオルタンスは地面を転がり、地面に放り出されていた杖を見つけると駆け出した。
 それをただ見逃すわけにはいかない。
 チンピラの男がオルタンスに杖を渡すまいと駆け出した。拳を繰り出し、なんとしてでも足止めをしようとする。
 だが。それはチンピラの肥えきった締まりのない肉体では無理があるというもの。
 オルタンスは単に足の速さだけならば、そこら辺の貴族の子女ではまるで敵わないほどに速い。細い脚に力を込め、靴音を響かせながら地面を蹴る。
 そして。男よりも早く、彼女は地面に転がった己の杖を手に取った。
 間髪いれずに追ってきた男の目の前目がけて魔法を叩き込む。

「う、うわぁぁぁぁっ!!」

 刹那。オルタンスの唱えた『錬金』であるはずの魔法はそのルーン通りの効果は発揮せず、ただ何の捻りも無しに石畳を抉り取った。
 間近でその光景を目撃した男は顔中から汗を噴出し、もうこれ以上は無理だと判断したのか逃げ出すのだ。
 情けない悲鳴を上げつつ逃走する男などもう眼中にも入れず。オルタンスは闖入者の女性の援護に向かおうとする。
 しかし。
 彼女は目の前で広がる光景に思わず目を見開く。

 なぜならば、もう金髪の女性はたった一人で四人もの大男たちを打ち倒していたからであった。

 うめき声を上げる男たちを避けながら、オルタンスは謎の女性に近寄って行く。
 刃こぼれを起こして使い物にならなくなってしまった剣を見て、残念そうに鞘へ収めていく女性に声をかける。

「あ、あの。危ないところを助けていただいて、本当にありがとうございました」
「……ん? いや、わたしがおせっかいで勝手にやっただけだよ。礼はいらない」

 ふっと妙に恰好のいい笑みを見せながら女性は謙遜の姿勢を示す。
 そのことにオルタンスが何か言おうとしたとき、たたたと軽い音を立てて駆け寄って来た少女が、思い切りオルタンスに飛びついた。アンリエッタだ。
 王女は栗毛を振り回し、端整な顔を涙やら何やらでぐちゃぐちゃにしながら包帯の巻かれた胸に顔を押し付ける。

「ごめんなさい! わたくしが無理にあなたを連れ出したばっかりに……! ああ、もう駄目ですわ! そんな、大事な友人を危険に晒してしまうなんて!」
「で、殿下! あ、ひゃ、そ、そこは……!」
「いけませんわ! アンと呼んでくださいまし」

 ぺたぺたと白髪の少女のの体をまさぐり始めるアンリエッタ。かすぐったそうに高い声を上げるオルタンス。
 密着して絡み合う美少女の姿。なんだか妖しい雰囲気を感じた金髪の女性はごほんと咳払いをして、二人の注目を自分に集めた。
 それと同時に集まり始めていた野次馬を鋭い眼光を持ってして追い払う。

「……と、とにかく! 無事でなによりだ。わたしは仕事を探さねばならないからこれで失礼するが、きみたちは早く家に帰りなさい」
「は、はい」

 きょとんとした表情で返答するアンリエッタ。その間も手の動きは止まらない。
 そして、居た堪れなくなった女性がその場を去ろうとしたとき。オルタンスは思わず女性に名を尋ねていたのである。
 聞いておかねばならない、そうしなければ必ず後悔するという予感めいた思考が脳裏を過ぎったからだった。

「あ、あの! あなたのお名前は……」

 しがみついてくるアンリエッタをなんとか引き剥がすオルタンス。
 去り行く女剣士はそこで足を止め、ゆっくりと少女たちの方を振り向いた。そして自分の名を告げてくる。

「わたしか? わたしはアニエス。しがない流浪の剣士だよ」
「……え?」

 いつか聞いたような気のする名前。短めの頭髪。先ほど見せた高い戦闘能力。そして、口調。
 オルタンスの記憶の奥底に眠る女性と、目の前の女剣士アニエスの容姿が重なった瞬間だった。



 *



「護衛? それは確かに、いてくれると心強いけど……」
「ぼくはオルタンスの意見に賛成するよ。伯父は敵が多いし、ぼくたちも自分で自分の身を守るには限度があるからね」

 マザリーニ邸、その応接間。隣り合って話し合っているのは、白髪の少女オルタンスの母と兄ポールの二人。
 その向かい側では緊張した様子のアニエス、そして優雅に紅茶を嗜むオルタンスの姿があった。

 市街地での騒動の後、オルタンスはまずアンリエッタを王城へと帰していた。
 アンリエッタはこの後も一緒に過ごしたいらしい様子ではあったが……オルタンスに諭されると、わりと簡単に引き下がってくれたのである。
 その代わり、数日中には会いに行くことを約束させられてしまったが。また朝から連れ出されるのだろうか。

 そして、アニエスが職を探しているという発言を耳にしていたオルタンスが説得し、アニエスをマザリーニ邸まで連れてきたのである。

「でも、身元は大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ、お母さま。それについてはわたしが保証しますから」
「……ん、そうねえ。あなたがそう言うのなら……」

 そんな母子のやり取りを眺めるアニエスはどうも腑に落ちていなかった。
 自分は確かに怪しいところなど微塵もないつもりではいるが、どうしてこのオルタンスという少女は、今日あったばかりの自分を信頼してここまで連れてきたのだろう?
 戦闘能力を見せたからだろうか? まだまだ未熟ながら、腕にはそれなりに自信がある。
 ……いや、それは違うかもしれない。
 ならばどういうことか。どこの馬の骨ともしれない平民を信頼する、確固たる理由があるはずだ。
 けれども、それを知っているのは白髪の少女だけ。他人にわかるはずもない。
 アニエス自身としては、それなりの好待遇で雇ってくれると言っている目の前の青年―――マンチーニ男爵に感謝をするだけだ。
 男爵はまだ年若く、母親の影響を受けてはいる。しかし決めることは自分で決めるようだ。

「うん。それじゃあ、この契約者にサインを」
「はい。……これで」
「あら。文字が書けるのね」
「自分の名前と簡単な文章くらいなら書けます。傭兵家業をしていると、どうしても必要になりますので」

 あからさまに驚いたことを隠しもしないオルタンスの母ジェローラマの言葉に、若干の苦笑を交えながらアニエスは答えた。
 さらさらと羽ペンでポールの差し出した紙にサインをしていく。それが終わると、何枚かの束になった書類を差し出すのだ。
 紙を持ったまま目を通していくポール。
 やがてそれが終わると、彼はソファーから立ち上がってアニエスに握手を求めた。

「ようこそ、マザリーニ邸へ。これからよろしく頼むよ。ああ、しばらくはオルタンスと一緒に行動してやってくれ」
「は、はぁ。わかりました」

 なぜオルタンスと?
 そんな疑問を抱きつつ、アニエスは差し出された手を握り返すのであった。


 ―――翌日。

 アニエスは、自らに割り当てられた屋敷の使用人棟の一角にある部屋で目を覚ました。
 長い間物置として使われていたらしく、どうにも埃っぽいのでさっそく窓を開ける。本当なら一晩中開けておきたいが……、冷える時期なので無理はしない。
 あまり日当たりの良い部屋ではないものの、暖かな太陽の光はアニエスの体をしっかりと照らし出している。
 白く細い、しかしながら引き締まった体つき。カモシカのような脚はすらりと長く、背筋はしっかりと伸びている。

 彼女がさっそく仕事を始めるために用意された制服に着替えて使用人棟の外へ出ると、そこへふわふわの金髪を伸ばした少女が通りかかった。
 一応は自分の雇い主の家族である。改めて背筋を伸ばし、アニエスは朝の挨拶をする。

「おはようございます。オリンピアお嬢さま」
「あら、わたしの名前をもう覚えてくれたの」

 意外だ、といった口調と表情でオリンピアは告げてくる。
 しかしアニエスからしてみればそんなことは当たり前のことだ。雇い主やその関係者の名前くらい覚えていて当然なのだから。
 少しの間アニエスを観察してから……、オリンピアは彼女に告げる。

「あなた、お風呂は?」
「いえ、わたしは平民ですから。とりあえずタオルで念入りに体を拭きましたので……」
「あら、それじゃ駄目よ。仮にも女性なんだから、もっと清潔にしないと。そんな状態でオルタンスのそばにいられたくないし。さ、来なさい」
「え? えっ?」

 有無を言わさずに混乱するアニエスを引きずるオリンピア。どうやら、アニエスをお風呂に入れるつもりであるようだが……。


 所変わって、ここはマザリーニ邸内部に設けられた浴室。この空間は端から端まで歩いて何分もかかるほどの広さがある。
 壁から床からほとんどの部位が大理石で作られた重々しい雰囲気の広い風呂場だ。

 浴槽の脇にある洗い場では、白髪の少女が体を洗っている。オルタンスだ。
 彼女は自分の下腹部を見つめている。兄に治療してもらったからか、男に殴られた腹部にはあざもなにも残っていない。
 内臓も大丈夫だとは思うのだが……。もし潰れていたらそれはそれで好都合かもしれない、などと不謹慎なことをわずかに考える。
 石鹸で髪をゆっくりと洗う。まだ短い頃はあまり手入れに気を使ってこなかったのだけども、すっかり伸びた今となっては手入れは欠かせないのである。

 しばらく髪を洗い、流したところで。ばたんと風呂場の扉が開いた。
 何事かと思ってその方向を見てみれば……なぜか、オリンピアが嫌がるアニエスを引きずってこの場へ入ってくるところであった。

「姉……さま?」
「オルタンス。今からこの子を綺麗にするから、あなたも手伝ってちょうだい」

 普通、ハルケギニアの貴族が平民に浴槽付きの風呂を使わせることはない。
 稀に例外はある。都市部の高級娼館だとか、物好きな好色貴族の場合は平民の女性に風呂場を使わせることがある。だが、それはほんのごく一部の話。
 平民生まれで孤児として育ち、今まで各地を放浪してきたアニエスは、これほど大きくまともな風呂に入ったことなどないのである。

「覚悟しなさい平民。綺麗にしてあげるわ」

 わしゃわしゃと泡の付いた手をうごめかせるオリンピア。
 実際の戦場では優秀な兵士であるアニエスも、この得体の知れない存在の前では哀れな子羊に過ぎないようだった。
 目を瞑り、子供のように背を丸めて頭を洗われている光景はなんだか不思議なものだ。目に泡が入ることを恐れているのだろうか?
 タルブの戦いで勇敢に戦ってアンリエッタの目に留まる女性の思わぬ姿。なんだか得した気分でないともいえない。

 オルタンスが一足早く湯船に浸かってそんなことを考えていると。

「ひゃ、ひゃあぁぁっ! お、オリンピアお嬢さま! おやめください!」

 石鹸の泡まみれになりながらオリンピアがアニエスの体を無理やり洗う光景が目に飛び込んできたではないか。
 なんだか、アニエスに同情を禁じえないオルタンスであった。


 風呂を出た後、オルタンスはアニエスを連れてマザリーニ邸の中庭にまで来ていた。

 まだ風呂から上がったばかりなので、二人とも火照った顔から湯気を立ち上らせてしまっている。なんだかシュールな光景といえないこともない。
 少しの間、中庭のベンチに腰かけて風に当たっていると……。脇で立ったままのアニエスが、オルタンスに問いかけてきたではないか。

「そろそろ、目的を聞かせてもらえないだろうか?」

 アニエスはなし崩し的にこの場所へ連れて来られた。それは仕事を探していたし、ちょうど待遇も破格だったので異論はないが……。
 マンチーニ家が自分を雇う直接の理由を作った、このオルタンスという少女の考えていることがわからないのだ。
 だから、出来るならば真意を今のうちに問うておきたい。アニエスはそう思った。
 しばらくの沈黙の後。ゆっくりとオルタンスは口を開き出した。

「あなたが、腕の立つ剣士であると見込んでお願いがあります」

 風が流れる。冷たい風がアニエスの頬を撫でていく。白髪の少女はなおも続ける。どこまでも真剣な表情で告げた。

「わたしに、剣と銃での戦い方を教えてください」
「剣と銃? きみは貴族だろう?」

 驚きと共に、アニエスはオルタンスの言葉に応えた。なぜそんなことを言い出すのか。まったくわからないようだった。

「わたしはメイジとしては出来損ないなんです。だから、少しでも戦えるようになりたい。剣と銃は野蛮だって貴族の多くはいいますが……。
 わたしは、たとえそうだったとしても手段として放棄するつもりはありません。自分の命すら守れないようでは、人の命なんて助けられませんから……」
「し、しかし……」

 まだ懸念を、渋るような顔をするアニエス。自分は教えるほどの域に達していないと思っているというのに。
 だが、眼前の少女が送ってくる視線はまさに必死そのものだった。なんとしてでも自分に剣と銃を使った戦い方を教わりたい、そういう目だ。
 アニエスとて昔はなんの戦う力もない少女だった。多くの人に教えを乞い、度々発生した紛争や亜人の討伐依頼などをこなして成長してきたのである。
 前提は違う。
 生まれ故郷の、家族の復讐だけを糧として生きてきた自分。
 貴族の元で生まれ、強くなりたいと言う少女。
 けれども本質的にはそれほど変わらない。そこにあるのは、強くなりたいという欲求だけだ。

 アニエスは静かにオルタンスを見つめる。大きな緑色の瞳には、強い意思が映っているようにすら見える。
 しばしの沈黙。

 そして、女性は顔を上げる。まっすぐに白髪の少女を見据え、おもむろに口を開くのであった。





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